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夜明けの月  作者: びるす
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72/89

第八節:オーディグルス

 巻き上がる砂埃が落ち着いてくるとようやく、巨大な魔物の全容が明らかになってきた。

 巨大な魔物は今まで見てきた魔物の中で最も大きく5メートル近くはあるだろうか。

またその異形の姿から放たれるプレッシャーは他の魔物の追随を許さないほどであり、この魔物が並でない事を物語っていた。

 その姿は何に似ているかと問われれば、一番似ているのは上半身が人の女性の体で、下半身が蛇の形をしているナーガである。

 似ていると言っても、あくまでたとえるならば、と言ったところであるため非常に似ていると言ったわけではない。

俺が似ていると思ったポイントは上半身が女性の体のようだということと、下半身が別物であると言ったところだけだ。

 上半身はさっきも言ったとおり、女性の体に形は似ており、滑らかなフォルムで、胸は乳房のような隆起も確認できる。

 だが、その表面は蛇のような鱗に包まれており、女性のようなやわらかさはまったくと言って良いほど感じられなかった。

 また、肩から伸びる両腕は長く、手には地面を掘りやすいためだろうか、非常に大きく頑丈そうな、らせん状の爪が生えていた。

 他にも肘や肩からも同じような角が生えている。

 大体上半身はこのような感じなのだが、特に変わっているのは下半身である。

 下半身は蛇というよりも、蟻などの昆虫類を思わせる。

 だが、昆虫の腹のように楕円形の球体が1つあるだけではなく、それが4つほどくっついていた。

 その中で、上半身につながる楕円形の球体は一回り大きく、他の球体とつながっている。

 そんな楕円形の球体は、以前戦った巨大蛙の外殻のようなものに覆われているため、並大抵の攻撃ではびくともしないだろう。

 現れた魔物の説明としては大体これぐらいなのだが、一番恐怖というか違和感があるのは、やはり顔である。

 顔が人なのだ。

 もちろん肌は体同様、鱗で覆われてはいるが、その顔は若い女性。

しかも、造りは悪くなくむしろ良いぐらいであるため、なんともいいがたい感情を抱かせた。

 俺は魔物から視線を向けたまま、両手に剣を一振りずつ構えるアーサーへと尋ねた。


「……あれは何なんだ?」


「君も聞いた事ぐらいはあるだろう? 大量の魔物を引き連れ町や、村を襲う最悪な魔物について」


「オーディグルス……」


 質問に質問で返された。

だがその質問はすでに答えになっており、俺に1つの答えを導き出させた。


「そう、奴はオーディグルスだよ。俺達の村を襲った」


 アーサーはぎりっと奥歯をかみ締めた。

 横目で彼の顔を見てみる。

アーサーは綺麗な顔を鬼の面をつけたように変え、怒りをあらわにしていた。

 彼から発せられる殺気に、自分に向けられている訳でもないのに鳥肌が立つ。


「アーサー今度はいけるわね?」


 アーサーの後ろからシルメリアが話しかける。


「あぁ、もう迷ったりしない」


 そう言ってアーサーは地を蹴った。

 ぐんぐんとアーサーはスピードを上げ、オーディグルスへと向かっていく。

 最初俺は、彼には何か策があって、わざとオーディグルスの正面へと向かっているのだと思っていたが、シルメリアの次の言葉によってそれが違うことがわかる。


「アーサー! 正面からは無茶よ!」


 彼女はそう言いながらも、アーサーを援護しようと弓を振り絞った。


「くそ! この前のことで頭に血が上っているらしいな」


 いつの間にか俺のそばまで来ていたサーベストが、舌打ち交じりでオーディグルスと奴へ突き進むアーサーを見据える。


「しかたがない。アーサーをできるだけ援護しよう。サーベストは右から回り込んでくれ。俺は左から行く。シルメリアはこの位置で全体を把握しておいてくれ」


「わかったわ」


 アイザックの提案にシルメリアは言葉で、サーベストはうなずいて答えると、彼の指示通り動き出した。

 完全に置いてけぼりを食らってしまった俺は、この後どうするか考えていた。

 このまま逃げる。

 選択肢の1つの中で、もっとも生存する確率が高いものではあるが、なんとも情けなく寝覚めの悪いものとなってしまう。

 そこで俺は、数ある選択肢の中から一番かっこいいと思われるものをチョイスした。

 これからする行動が決まったら、俺はすぐに動き出した。

 手に持っていた鞄をシルメリアの近くへと置いて、オーディグルスに気づかれないよう岩陰に隠れながら奴の後ろへと回っていった。

 その間、オーディグルスとアーサーの距離は縮まっていく。

そして、ついにオーディグルスの射程範囲へと彼は足を踏み入れたのだった。

 オーディグルスは右手を振りかぶると、ものすごい勢いでアーサーへと振り下ろした。

 振り下ろされた右手は地面をえぐり、辺りに粉塵を巻き起こす。

だが、アーサーの血で地面を染めることは無く、ただの空振りとして終わっていた。

 アーサーはオーディグルスの攻撃を読んでいたのだろう。

彼は攻撃が来る前に急停止し、そして後ろへと飛びのいていた。

 攻撃をかわしたアーサーは、オーディグルスが巻き起こした粉塵が晴れることを待たずに、再度足を走らせる。

 そして攻撃して伸びきっている右腕へと、両手に持つ剣をクロスさせながら切りかかったのだった。

 剣が右腕に接触すると、けたたましい金属音が鳴り響いた。

 オーディグルスはその音に反応したのか、はたまた右腕の感触に違和感を覚えたのか、伸ばしていた腕を持ち上げる。

 腕が持ち上げられたことにより、急激に剣が右腕をすべることになり、火花を散らした。


「くそ!」


 力いっぱい切りかかっていたのだろう。

アーサーは腕を動かされると、バランスを崩し、片膝をついていた。

 一方攻撃を食らったはずのオーディグルスは、右腕に何かで引っかかれたような傷はついていたが、まったくダメージは無く、アーサーを見据えている。


「こっちだ!」


 アーサーが体勢を立て直す時間を稼ぐためだろうか、奴の右側へと回りこんでいたサーベストが声を上げた。

 そして、何本かのナイフを勢いよく投げつける。

ナイフは正確にオーディグルスを捉えたが、硬い鱗に阻まれ金属音とともに地面へと落下して行った。

 だが、それでも注意を引くには十分で、オーディグルスはアーサーからサーベストへと視線を移していた。


「うぉっ! 本当に向きやがったぜ……」


 サーベストは額に一筋の汗を流しぼやく。

 一方オーディグルスは彼に何かするわけでもなく、深く空気を吸い込んでいた。


「まずい! サーベスト隠れろ!」


 サーベストに助けられる形となったアーサー、感謝の言葉ではなく焦りの言葉放つ。

 いったいどうしたというのだろうか?

 岩陰から隙をうかがう俺は、彼らの様子を見つめながら思う。

 サーベストと、オーディグルスの距離は10メートル近くあり、いくら体の大きいオーディグルスとはいえ射程の範囲外である。

 普通ならば安全である位置にいるサーベストに、アーサーは何かの攻撃を避けるよう彼に指示をだしていた。

 アーサーが叫んだ後、サーベストははっとした表情を浮かべるとすぐさま岩陰へと隠れた。

 すると次の瞬間、俺は驚きを隠せなかった。

 大きく空気を吸い込んでいただけのオーディグルスであったが、吸い込むのをやめ吐き出し始めると、口から吐き出されるものは空気ではなく、燃え上がる炎となっていたのだった。

 炎はサーベストのいた位置までたどり着き、彼の隠れた岩をも飲み込んだ。

 まずい!

 それを見た瞬間、俺は岩陰から飛び出し助けに向かおうとした。

だが、次の人物の姿を見て、その行動に待ったをかける。


「こっちだ化け物!」


 大きく振りかぶられた斧がうなりを上げながら、オーディグルスの鱗へとぶち当たる。

 攻撃が当たった瞬間、鱗と斧からは火花が散り、己が自身の硬さを誇示していた。

両者その硬さは並ではなかったが、軍配は斧へとあがる。

 斧は鱗をはじくように叩き割り、オーディグルスの体に傷をつけたのだった。

もちろん、大声とともに攻撃を繰り出した人物はアイザックである。

 彼はサーベストと逆の方から回り込んでいたため、サーベストに視線を向けるオーディグルスからは死角となっており、気づかれずにいたのだが仲間のピンチに声を張り上げ前線へでてきたのだ。


(あの斧で攻撃されてもあれっぽっちの傷かよ!)


 岩陰に隠れている俺は、舌打ちをして顔をゆがめた。

 今いるメンバーの中で最大の攻撃力を持つと思われるアイザックの一撃で、オーディグルスにとってはかすり傷程度なのだ。

その堅牢さに舌打ちもしたくなる。

 オーディグルスは炎を吐くのをやめ、攻撃を当てたアイザックのほうへと振り向く。

 奴のそのなんとない動作だけで、対峙していないはずの俺でさえ背筋に寒いものを覚えた。


「アーサー! サーベストを見て来い! こいつは俺とシルメリアで時間を稼ぐ!」


「だが!」


「おまえの軽率さのせいで、サーベストがあぁなったんだ! 責任を感じるなら行け!」


「…………」


 アーサーはアイザックに言われるまま、サーベストの元へと向かっていった。

反論する言葉が彼の口から漏れていないため、負い目を感じていたのだろう。

 急に走り出したアーサーの動きに、オーディグルスが反応し彼を追おうとした。

 だが、シルメリアが正確無比な弓を奴の顔付近に射て注意をそらす。

 また、アイザックも額からいやな汗を流しながらも、自分の持つ巨大な斧を振り回し、オーディグルスへと再度攻撃を食らわしていく。


「アイザック! だめ! 避けて!」


 アーサーをサーベストの元へ向かわせてから、オーディグルスへと繰り出した攻撃が5手となったとき、悲鳴にも似たシルメリアの声が上がった。

 後方から全体を見ることのできる彼女だからこそわかったのだろう。

 アイザックが繰り出した攻撃にあわせるかのように、オーディグルスの鋭い爪が彼の胴を捕らえようとしていたのだ。


「くぅ!」


 とっさにアイザックは体をひねり、攻撃をかわそうとしたが、自身が攻撃途中ということもあり、体勢が悪くかわしきることはできなかった。

 アイザックはオーディグルスの手によって大きく吹っ飛んでいく。

宙へとまったアイザックは、地面にぶつかるたびに一転二転と転がり、3回ほどバンウンドしてから、ようやく動きを止めた。

 人としては巨体に入るはずのアイザックをこうも吹き飛ばすのだから、オーディグルスの力は恐怖そのものでしかない。

 そんなオーディグルスに攻撃をされた彼にとって不幸中の幸いは、避けようとしたことで爪に突き刺されずにすんだことだろう。


「うぅ…………」


 力なく横たわるアイザック。

しかし彼は、あんなにも激しく吹き飛ばされたのにもかかわらず、自分の武器である斧を放すことはなかった。

 ぼろぼろになりながらも、あきらめずに武器を持って立ち向かおうとする姿勢は感嘆に値する。

 だが、オーディグルスにはそんなことは関係ない。

止めを刺し損ねたアイザックへと歩みを進めていく。


「下がりなさい! 下がりなさいってば! 下がれよ!」


 オーディグルスの進行を止めようと、シルメリアが必死に矢を放つが、硬い鱗に包まれているオーディグルスには大して効果はあがらず、コンマ何秒か遅くさせる程度でしかなかった。

 このままではアイザックに止めが刺されてしまう。

そう思ったときにはすでに俺の体は動いていた。


「鱗が硬くても無い所なら刺さるよな」


 岩陰から気づかれないように近づいてきた俺は、アイザックが攻撃し鱗がはがれた部分へとソードパーツを突き刺した。

肉を刺す感触が右手へと伝わってくる。


「ウィィィィギィィィウィィィィ!!!」


 高周波とも呼ぶべきだろうか。

オーディグルスが叫び声をあげた。

 刺した部分からは、黄色のどろどろとした液体が流れてくる。

暴れる体に俺は必死にしがみつきながらも、さらにソードパーツを深く刺そうと右手に力を込めた。


「いけない! 下がるんだ!」


 これならばいけると、そう思った矢先の出来事だった。

サーベストを担いでシルメリアの元へと運んでいたアーサーが声を上げたのだ。

 注意がそちらへと移ったため、目の端で彼らを捉える。

どうやらサーベストは、炎に焼かれたものの生きてはいるらしく、荒く呼吸をしているのが見て取れた。

 ほっとし、一息つきたいところなのだが、暴れるオーディグルスを相手にすることと、先ほどアーサーが口にした言葉の意味がなんなのか理解することに手一杯で、そうすることはできなかった。

 暴れるオーディグルスに張り付くこと数十秒、アーサーが口にした言葉の意味を理解する時がきた。

 右手から伝わってきた感触が、微妙に異なり始めたのだ。

そしてついにそれは実態を表す。

 オーディグルスが大きく体を揺らすと、ソードパーツはポキリといともたやすく折られ、俺は宙を舞ったのだ。

 空中で何とか体勢を立て直そうと努力はするが、意味を成さず地面へと導かれる。

アイザックのように、俺は背中から地面へとたたきつけられた。

肺の空気が抜け非常に苦しい思いをしたが、彼よりはダメージが少なかったためか俺はすぐに動くことはできた。


「つつつっ…………なんであそこで折れるんだ? ハンスの野郎手抜きしやがったか?」


 製作者に対し悪態をつきながら、俺は自分の右手についているソードパーツを見てみた。

ソードパーツは見事なまでに先端部分はなく、なんとも情けない形となっている。

 だが問題はそこではなかった。

たしかに、ソードパーツが使えなくなったことは問題ではあるが、それ以上に問題なのは折れ方だった。

 切断面が綺麗な形なら、オーディグルスの抵抗が強くて折れてしまったで、片がつくのだが、肝心の切断面はどろどろと何かに溶かされたような跡があるのだ。


「こいつは……」


 俺は切断面を見ながら、一言つぶやく。

すると、アイザックが武器に持たれながら立ち上がり、俺のソードパーツが折れた訳を話してくれた。


「奴の体液は強い酸でできているんだ。 魔女に魔術を施してもらった俺達の武器でないとそういう風になる」


 魔物を産むだけでなく、非常に厄介な特性をオーディグルスは持っているようだ。

俺は使えなくなったソードパーツをはずして、投げ捨てた。

 武器として使えなくなってしまってはただの重りでしかない。

そんなものをいつまでもつけていられるほど状況はよくないのだ。

 一方オーディグルスはというと、体を刺され暴れていたが、体内の酸で体に入った異物をすべて溶かしきったのだろう、暴れるのをやめ、敵である俺を見据えている。

 人の顔によく似た顔は、表情を表さないためよくはわからないが、雰囲気で奴が怒っていることが感じ取れた。

 そしてまたもオーディグルスは大きく息を吸い込んだ。


「やばい!」


 このままではサーベストの二の舞である。

 体を反転し、炎の届かない岩陰へと逃げようとしたのだが、そこで待ったがかかった。

先ほど何とか立ち上がったものの、アイザックは動けなかったのだ。

 俺から距離にしておよそ数メートル。

オーディグルスが炎を吐けば直撃はまず避けられない位置にいた。

 すぐさまアイザックのもとへと向かったが、オーディグルスは炎を吐く準備を整えており、たどり着いたころには口から炎がちろちろと漏れ出していたのだった。

 視線はアイザックへと向いていたが、右目が端のほうでオーディグルスが炎を吐いたのを捉えた。

 この時俺の脳は危機を感じ、高速に回転し辺りの風景をスローモーションにして映した。

 オーディグルスが吐き出した炎は空気中の酸素を燃やしながら、確実に俺達のもとに近づいてきていた。

 その証拠に、炎は熱を伝え皮膚を刺激する。

 鎧を着込み、まだ距離があるというのに皮膚へと伝わってきているのだ。

相当な火力である。

サーベストが隠れていた岩の焼かれ具合から見て、2000℃近くはあるのではないだろうか?

 高速に回転する脳はほんの一瞬で炎の温度をも分析するほどではあったが、アイザックをつれこの場を離れる方法を導き出すことはできなかった。

 だが、代わりといっては何だが、動かなくても助かる方法をはじき出した。

しかし、それは俺にかなりの負担がかかるものだった。


「くっそーーーー!!」


 俺は炎を吐くオーディグルスに、怒鳴り声ひとつあげると、アイザックをかばう様に炎の前へと立ち、左手につけている盾を前面に突き出した。

 炎が盾に当たった瞬間、風で押されたような感覚をうけた。

だが、やはりというか炎は風のように甘くはなく、押す力のほかにもすさまじい熱を浴びせてくる。

 熱は鉄でできている盾を赤くし、左腕をこれでもかと刺激する。

 刺激された左腕は脳へと痛みを伝えたが、あまりの痛さのため途中で信号が途切れたのが自分でもわかった。

 炎は秒数にして10秒ぐらいだろうか、その間ずっと吐き出され続け、俺だけでなく周りの地形にも傷跡を残したのだった。


「……こ、この野郎が……、後で見とけよ……」


 汗は頬を流れ、顔を苦痛の表情に歪めながら、オーディグルスをにらみつける。

左腕の痛覚は完全に麻痺していたが、腕を動かすたびに全身に嫌な汗が流れた。

 俺はこれ以上左腕に負担をかけないため、赤黒く光を放つ盾をはずした。

そして比較的軽い火傷で済んだ右手でアイザックを支えると、ゆっくりとオーディグルスと距離をとっていった。


「すまん……感謝する」


 アイザックから声が漏れた。

 その言葉だけで絶対に助けるという気力がわきあがる。

しかし、オーディグルスは攻撃の手を緩めるつもりはさらさらないのだろう。

 距離をとる俺達へとじわりじわりと近づいてきていた。

だが、その時俺達の横をアーサーが通り過ぎていった。

 シルメリアにサーベストの手当てを任せ、もう一度オーディグルスへと向かっていったのだった。


「もとは俺のせいでこうなったんだ……。後は俺がひき受ける!」


 横を通る際にアーサーをそう告げていった。

 はっきりいって1人で奴と相対するのは無謀といっていい。

だが、重症のアイザックに手を貸し、なおかつ自身もかなりの火傷を負っているため俺は彼と一緒にオーディグルスへと向かうことはできなかった。

 歯がゆい思いをしながら、アーサー1人にオーディグルスを任せサーベストを治療しているシルメリアのもとへと向かっていった。


「大丈夫ですか!?」


「なんとか、ただ俺よりも彼のほうが重症だよ」


「つぅ…………!」


 シルメリアの心配そうな声に答えると、俺はアイザックをゆっくりと地面へと寝転がせた。

 少しでも動くと体に響くのだろう。

丁寧に扱ったはずなのだが、アイザックの口からは苦悶の声が漏れる。

 その声を聞いたシルメリアは泣き出しそうな顔をしながらも、アイザックの手当てをし始めたのだった。

 俺はアイザックの治療が始まったことを確認すると彼等から目を離し、アーサーに視線を移した。

 状況はあまりよくはない。

 最初のように感情に任せて戦っていない分、冷静に攻撃に対して対処しているが、オーディグルスへダメージを与えられていない。

 奴の堅牢な外殻が問題なのだ。

それだけでもかなりの問題なのだがそれ以上に問題なのが、俺とアイザックがつけた傷が微妙に回復し始めていることだった。

 生き物により傷の回復の速さはさまざまだが、あの生き物の回復速度は見たところ俺と同等かそれ以上なのである。

 このままでは俺がつけた傷が10分後にはなかったことにされてしまう。


「何なんだあの回復力は!」


「奴の足元を見てみるといいぜ」


 独り言のように悪態をついた俺の言葉に、先ほどまで気を失っていたサーベストが答えたのだった。

 よろよろと体を起こし、火傷を負いシルメリアに包帯を巻かれた右腕を押さえながら語りだす。


「ここはもともと緑豊かな土地だったんだが、あいつのせいでこんな荒れ果てた土地になっちまった。奴はあの無数の触手を地面へ突き刺しその土地の養分を吸収するんだ。そしてその養分を利用して、魔物を新しく生み出したり自分の傷を治しちまう。以前戦った時も奴のその性質のせいで倒しきることができず、逆に魔物を増やされ逃げることしかできなかった」


 オーディグルスを鋭い眼光でにらみ続けるサーベスト。

 彼の言うとおり、オーディグルスの下半身から生えている触手を見てみると、深々と地面へと突き刺さっており、その近くは養分が搾り取られているのか、乾燥しひび割れがおき始めていた。


「くそ! 奴の装甲さえ破ければ! 破けるような強力な一撃さえあれば!」


 オーディグルスの傷が回復していくのを見て、サーベストが悔しそうに地面をたたく。

 自分ではどうすることもできない状況に、憤りを感じているのだろう。

きっと俺も同じ状況だったなら彼と同じ用になっていたはずだ。

 だが、俺にはオーディグルスを打ち抜く武器を持っていた。

 俺は悔しがるサーベストの横を通り過ぎ、シルメリアの近くにおいていた鞄を無言で開いた。

そして中に入っていた1つのパーツを取り出し、右腕へとはめたのだった。


「俺がその役やってやるよ」


 言葉を置き去りにし、止められる前にオーディグルスのもとへと走り出した。

 目の前ではアーサーがオーディグルス相手に、何とか立ち回っている。


「アーサー! いったん引け!」


 俺はアーサーに大声で指示を出すと、踵で地面に穴を開け、足を固定し、固定された足に右手を乗せ左手でそれを動かないようにしっかりと抑える。

アーサーはその行動を見て、何かするのだと感じが俺の指示に従い、オーディグルスから離れていった。


「はじめて使う相手が、お前のような大物だとはな……光栄に思うよ!」


オーディグルスにそう語りかけると、俺は右手でボタンを押した。

最初に感じたのは爆音。

自身が破裂したのではないかと思わせるほどの音が鳴り響く。

次に感じたのが衝撃。

車にはねられたような衝撃が右腕から伝わり、後方へと大きく吹き飛ばされた。

 吹き飛ばされてしまい体勢は最悪であったが、それでも打ち出された砲弾を俺の目はししっかりと捕らえていた。

砲弾はまっすぐにオーディグルスへと向かっていった。

 触手を地面に刺し、固定されているオーディグルスにはまずよけることはできないだろう。

 案の定オーディグルスは、砲弾を正面から受け止めることになったのだった。

 砲弾はオーディグルスに当たると一瞬金属音のようなものをさせた。

そしてすぐに、また別の音を出す。

 肉をハンマーですりつぶしたような鈍い音と、オーディグルスの鳴き声を。


「ギィィィィイィィィィィ!!!!!」


 耳を劈くような声は先ほどオーディグルスが上げたものとは比べ物にならない大きなもので、砲弾の爆音で若干おかしくなった俺の耳をさらにおかしくし、めまいを引き起こした。

 地面に片膝を付きおかしくなった感覚を元に戻すため、目頭を押さえながら頭を振る。


「こいつは効いただろ…………嘘だろ……まだ生きてるのかよ」


 砲弾で巻き上げられた砂煙が晴れ、ようやくはっきりし始めた感覚で目を開けオーディグルスを見て俺は舌打つ。

 オーディグルスは腹の辺りの鱗がはげ、肉をあらわにしていたが砲弾は体の奥までめり込んでおらず、軽く動けばすぐに落ちてしまいそうな位置で止まっていた。

 案の定オーディグルスが体を動かすと、砲弾はボトリと落ちてしまう。

落ちた砲弾は、オーディグルスの体液により溶かされ、綺麗な丸だった砲弾を歪な形へと変えていた。


「ちきしょう! あんなにピンピンしやがって! 俺の攻撃は無意味だって言うのか!?」


 目の前で暴れているオーディグルスを見ながら声を荒げる。

 そんな俺にサーベストが答えた。


「いや、あんたはよくやってくれたよ。後は俺達がやるさ」


「俺達がって……その傷であんたもう一度奴に立ち向かおうってのか!?」


 サーベストはオーディグルスの炎に焼かれ、重度の火傷を負っているはずなのにオーディグルスへと進む。

 普通ならば挫けて、絶望に打ちひしがれていてもおかしくないというのに。


「えぇ、アーサーがあきらめてないから」


 サーベストの歩みを止めようとしている俺の横を、シルメリアが通り過ぎる。


「俺達はあいつをサポートするだけだ」


 サーベスト同様、ボロボロのアイザックも俺の横を通り過ぎ、オーディグルスへと向かっていった。

 俺はそれ以上彼らを呼び止める言葉を掛けることができず、ただ呆然と見送ったのだった。


「……だせぇ、切り札がたいした効果を上げなかっただけで、弱気になって……しかも俺以上の怪我人に気を遣われて…………」


 俺は一人つぶやく。

あいつらと、夜明けの月のメンバー達と一緒ならこんな弱音は絶対に吐かなかったはずなのに、俺は弱音を吐いた。

新しい時間、新しい場所に次々に飛ばされ弱気になり始めていたことを自覚する。

いくら身体能力が向上していても俺もただの人間なのだ。

オーディグルスという強敵を前にして、弱気ぐらいはいてしまうさ。

だが、その弱気は今の状況下では、最高にダサかった。

そんなダサすぎる弱気を振り払うべく、俺は仲間達のことを思い浮かべた。

 人をおちょくることが好きだが、いざという時は真剣に仲間を心配するエマ。

なんだかんだと巻き込まれた形だが、しっかりと仕事をこなすハンス。

小さいながら俺以上の怪力で、夜明けの月攻撃の要、リオ。

そんなリオの弟で、何かと器用にこなすリット。

そして、俺にとっては特別な存在となっているジェシー。

俺は彼等を守るためなら、いくらでも踏ん張れる自身がある。

 だから俺は夜明けの月のメンバーとアーサー達を照らし合わせ、自分がすべき行動を導き出した。


「俺も踏ん張るしかねぇよな」


 自分に活を入れ立ち上がる。

 砲弾の反動で、右手はしびれてあまり言う事を利かない。

だけれども、そんな俺以上にボロボロな彼等が、オーディグルス相手に立ち回っているのだ。

 怪我をしているから戦えませんなどと、甘いことなどいっていられない。

 俺は右手の砲弾パーツを取っ払うと、足掻きとばかりに残っているクローパーツとウィップパーツをつけて走っていった。

 砲弾の影響でか、オーディグルスは暴れるように攻撃を仕掛けていた。

 その攻撃を器用にアーサーは避け、砲弾の攻撃であらわになった腹の肉の部分へと剣を導く。

 剣は鱗のときとは違い、しっかりとオーディグルスの体を捉え、切り刻む。

剣で刺される度に、オーディグルスは悲鳴のような叫び声をあげ、いっそう激しく暴れだした。

 オーディグルスの攻撃の頻度が上がると、さすがのアーサーも避け続けることは難しくなる。

だが、怪我を負いながらも果敢に立ち向かっていく仲間のサポートを受け、何とか交わしていた。

 シルメリアはオーディグルスの顔周辺へと矢を打ち込み、視界をできるだけさえぎる。

 サーベストはアーサーから意識を離すため、彼から離れた位置から攻撃をしかけ、アイザックはアーサーへと振り下ろされる攻撃を斧で受け流していた。

 連携が今のところはうまくいってはいるが、それでも一時的なものでしかないと、オーディグルスに向かいながら俺は感じていた。

 シルメリアが放つ矢は、確かに視界をさえぎってはいるが、矢は通らず、地面へと落ちているし、サーベストが攻撃してもオーディグルスは徐々に反応をしなくなり、アーサーへ集中する時間が増えている。

アーサーへの攻撃を受け流すアイザックは何度目かの攻撃で、片膝を付くほど疲弊しきっていた。

 そして、肝心のアーサーなのだが、彼も肩で息をし始め攻撃の頻度が減り始めていた。


「まずい……このままでは」


 近づいていくにつれ、アーサーの声が聞こえてきた。

 彼のその言葉から、危機的状況であることがいやおうなしにうかがえる。

 確かにこのままではジリ貧だ。

 こちらは怪我と疲労により動きが鈍くなっているが、オーディグルスは砲弾を受けたときと大して動きが変わっていない。

 それどころかアーサーが剣で奴の傷口を抉っているというのに、傷口は徐々に固まりだし回復しているように伺える。

 単純にこちらの攻撃よりも相手の回復速度が速いのだ。

それなのに、こちらの攻撃の手数は徐々に少なくなる。

 詰め将棋のごとく、一手一手詰められている状態なのだ。

俺はそんな状態を打開すべく、左腕につけたウィップパーツをオーディグルスの傷口へと振るった。


「アーサー! 伏せろ!」


 掛け声とともに振るわれた鞭は、うなりを上げながらオーディグルスへと向かっていき直撃する。

 直撃するとかさぶたの様に固まりだしたオーディグルスの傷口を切り裂き、奴の体液を噴出させた。

 だが、その体液をかぶったウィップパーツは煙のようなものを出しながら、振り抜けた時にちぎれ、半分以下の長さへと変わってしまう。

 俺はそんなウィップパーツを取り外すと、右腕のクローパーツで傷口を殴りつけた。

 傷口からはまたも体液が飛び出し、鎧やクローパーツへ溶かしていく。


「危ない!」


 少しでもオーディグルスへダメージをと思い、奴の傷口をさらに抉ろうと粘ったのがいけなかったらしい。

オーディグルスはそんな俺を振り払うべく、巨大な手で俺を殴りかかろうとしていたのだ。

アーサーの声で自分の状況に気づくことができたが、対応する時間はなく俺は奴の攻撃をじかに受けることとなった。

巨大なハンマーで殴られたような感触が体全体から伝わってきた。

すると、体は宙を舞う。

 空、地面、空、地面と視界は何回も回り、俺の平衡感覚を失わせる。

そしてどちらが空なのか地面なのかわからなくなったころに、体を打ち付ける衝撃が走った。


「がはっ!」


 口から血が吐き出された。

もしかしたら内臓を痛めてしまったかもしれない。

 その後俺は、ごろごろと地面と思われる場所を転がった。

だが、それはすぐに止まる。


「大丈夫か!」


 血を咳き込むように吐き出す俺を抱え、アーサーが声を掛けた。

不意に回転が止まったのは、どうやらアーサーが受け止めてくれたらしい。


「わる、ぐはぁ……はぁ……悪い」


 咳き込みつつ俺はアーサーへ向けて声を出す。


「そんなことはいい! それよりも早く逃げるんだ! あいつは俺達が抑えておく。 だから早く」


 アーサーはそれだけ言うと、俺を優しく地面へと寝かせ仲間の元へと駆けていった。


「くっそ……身体能力が上がっても、ギルドのランクが高くても、オーディグルスには無意味ってことなのかよ」


 自分の不甲斐なさに腹を立てながら、俺はこぶしを作り地面を叩いた。

このままでは確実にアーサー達はやられてしまう。

 英雄達がやられてしまえば、歴史が変わってしまうではないか。

そうなれば俺は夜明けの月の連中に会う事すらできなくなってしまうのではないだろうか?

 そんなのは嫌だ。

絶対に嫌だ。

 俺は歯を食いしばりながら体を起こす。

なんとしてでも奴を、オーディグルスを倒さねばと心に誓う。

 しかし、気持ちの上で奴を倒そうとしても、決め手が欠けている。

結局は倒されるしかないのだ。


「なにか……なにかないか!」


 悔しさのあまり、もう一度地面にこぶしを叩きつけた。

その時だ。

 一枚のカードが目の前にひらひらと舞い落ちる。


「これは……」


 手に取って見てみる。

 そのカードはクレアから貰った最後のカードだった。

どうやら激しく吹き飛ばされた時に、ポケットから出てきてしまったらしい。


「――――これなら」


 カードをぐっと握り締めた俺は砲弾パーツの元へと、ずしりと思い体を引きずるように向かっていった。

 砲弾パーツまでの距離は非常に長く感じた。

実際はたいしたことはないのだが、疲れきりあちこちを怪我している俺の体はさすがに限界にきていたようだ。

また、時々聞こえるアーサー達の悲鳴にも近い声が、焦りをうんだ。

何とか砲弾パーツの元へとたどり着くと、俺はそのパーツを装着するべく、溶けて使えなくなったほかのパーツを取り外す。


「……やはり歪んでいるか。このままじゃやっぱり無理だよな」


 俺は握り締めていたカードへと視線を移しこうつぶやいた。


「この砲弾パーツをオーディグルスが倒せるような威力付きで戻してくれ」


 すべての願いをカードに託すと、祈るようにカードを破いた。

すると、カードは光を発し始め、その光は砲弾パーツを包み込んだ。

 そして光がやむと、砲弾パーツは綺麗な形へと戻っていた。

 俺はすぐさまそれを右腕へとつける。

そして、確実にオーディグルスへと当てるべく、右腕を引きずるように近づいていった。

 確実に当てることができるだろうと思われる射程距離に入った頃には、アーサー達の体はさらにボロボロになっていた。

 怪我を負っていなかったシルメリアさえ、足に傷を負っている。

 奴をしとめる。

俺はその気持ちを胸に刻み、最初に砲弾を打ったときのように足場を固定しはじめた。

足場が動かないように、穴を軽く掘りぐっぐっと何度も地面を踏み固めるとともに、体育座りのように足を曲げ座ると、足と足の間に砲弾パーツをがっちりと固定し、さらに左腕で支えた。

準備は整った。


「みんな! どけーーーー!」


 俺はできる限り大声を上げた。


「これでダメならお前の勝ちだ」


 視線をこちらに向けたオーディグルスに言い放つと、俺は砲弾のスイッチを押したのだった。

砲弾のスイッチが押されるのと同時に全身に衝撃が駆け巡った。

 砲弾を発射した反動のせいだ。

その反動は最初の一撃よりも遥かにすさまじいものだった。

体をしっかりと固定し、身構えていたというのに弾き飛ばされるほどだ。

 衝撃は右腕を最初に、肩、胸、腹、足、頭すべての部位へと伝わっていった。

 最初に反動を受けた右腕は、あまりの衝撃にその力を受け止めることができず、がっちりと上から押さえていたはずの左腕を弾き飛ばし、天を仰ぐ。

 そしてそれだけではとどまらず、空へと突き進む。

弾き飛ばされた左腕は、肩を支点にぐるりと180度回ると、そのまま右腕とは逆に引っ張られた。

 ある程度右腕が空を舞うと、今度は視界が回る。

 視界が回ったと思ったら、今度は背中を巨大なハンマーで殴られたような衝撃が襲った。

気を失いそうだ。

 衝撃はそれだけでは終わらず、今度は全身をハンマーで何度も叩いていった。

 数十回繰り返されたハンマーでの殴打は、体が止まると同時に終わりをつげる。

あまりの激痛に意識が朦朧とする中、俺は目を見開いて状況を確認しようとした。

すると地面には何かを転がしたような後があった。

その部分をよく見てみると、何かの液体を吸収し湿った部分もある。

俺はそれらを見てハンマーの正体が硬い地面であったことを理解した。

 地面を湿らせたのは、腕の傷や、口から吐き出された俺の血だったのだ。


「いてぇ……がはっ!」


一言言葉を漏らした途端、血を吐き出した。

反動で内蔵までやられていたようだ。

 砲弾を打った後の俺の状態は、最低な状態であった。


「動かないで! 今治療するから!」


 動くたびに激痛が走ったが、それでも動かねば治療ができないため、必死に痛みをこらえ体を起こそうと努力していると、怒鳴り声にも近い声でシルメリアから待ったがかかった。

 彼女は俺に近づくと、ゆっくりと俺の体を起こし近くにあった岩にもたれかかれるように、座らせた。


「あなた、またあれを撃ったのね。しかも最初の奴よりもうんとすごいの。あんなのを生身の体で撃てばこうなって当然よ!」


 体についている鎧をはがし、怪我をした部分に包帯を巻きながらシルメリアは俺に向かって話しかける。

 その言葉にはどことなく棘があった。

 俺自身もここまでの反動とは予想していなかったのだから、勘弁してもらいたい。


「まったく、うちの男どもも馬鹿だけど、あんたも大馬鹿よ! こんなにまでなって戦おうとするのだから!」


 包帯を巻く力が少し強くなった気がした。


「でも、あなたの大馬鹿は無駄じゃなかったわ」


 シルメリアはそう言って立ち上がった。

 眼前からシルメリアがどいたことにより、戦場の状況が見て取れるようになる。

俺は目を凝らして、戦場の様子を伺うのだった。

 残念なことに、オーディグルスはまだ生きていた。

しかもちゃんと立って。

 だが、姿形が大きく変化していたのだった。

オーディグルスの両手が吹っ飛んでおり、あの恐ろしい爪の姿がない。

 さらに、ところどころの鱗が剥がれ落ち、肉があらわになっていた。

 そして極めつけは、体に開いた穴。

人が屈めば通れそうな穴が、腹だけでなく下半身の楕円の球体部分をも貫通し、後ろの風景を除かせていたのだ。


「後はすべて私達に任せて。あなたと同じで魔女に力を貰ったから」


「!?」


 シルメリアはそう言うと、戦場を見据え静かに笑って見せた。

 俺は彼女の一言に驚きを感じながらも、シルメリアと同じように戦場を見据えたのだった。


「鱗が剥げ、肉がむき出しになり、おまけに体に穴まで開いたのにまだ生きてるなんてほんとに化け物だな」


「そうだな。だが、そんな化け物にも終わりは来るだろう」


「あぁ、終わらせよう」


 サーベストとアイザックがにやりと笑う。

 そして引き締まった顔をしたアーサーがその2人の間から、オーディグルスへと向かっていった。

 そんな3人はおもむろに何かを取り出した。


「あれは……」


 彼等が手に持っているものを凝視する。

 それは紛れもなく俺が貰ったカードと同一のものだった。


「「アーサーに力を」」


 アイザックとサーベストがそう言ってカードを破く。

すると光はアーサーを包み込む。


「俺にオーディグルスを倒せる力を」


 アーサーもカードを破く。

光はよりいっそう強くなり、アーサーを輝かせた。


「終わりにしよう」


 砲弾を受け今だ叫び続けるオーディグルスを、ぐっと見据えるとアーサーは走り出しそして空高く舞い上がった。

 オーディグルスは痛みに悶え、アーサーの動きを把握していないのか、彼を迎え撃つことはせず、その場で暴れているだけだった。

 アーサーの剣がクロスし、オーディグルスの顔へと打ち付けられる。

 打ち付けられた剣は、オーディグルスをまるで豆腐でも切るように切り裂いたのだった。

 傷口からは雨を降らすように、オーディグルスの体液が空へと舞う。


「ギィィーーーー!!! ギィィィ…………」


「終わった……」


 さすがのオーディグルスも上半身を切り裂かれ、体に穴が開いては生きてはいけない。

断末魔の叫びを上げると、その体はゆっくりと重力に逆らうことなく、地面に横たわっていった。

 一方アーサーはオーディグルスを切り裂いた後、見事な着地を決める。

 だが、着地を成功させた後、その場に眠るように倒れこんだ。


「「「アーサー!」」」


 俺以外の全員から声が上がる。

 彼等はボロボロな体を引きずりながら、アーサーの下へと向かっていった。

 俺も、多少休んだことにより、砲弾を撃った直後よりはよくなってはいたが、それでも動くことはできず、彼等を見守ることしかできなかった。

 数分後、彼等はアーサーをつれ俺の元へとやってきた。

 俺と同じように寝かしつけられたアーサーの腕は、常人の3倍近くに腫れていた。

おそらく、先ほどの一撃の副作用だ。

 自分自身使ってわかったが、あのカードは確かに力も与えてくれたが、それ相応の反動を受けることになる。

 もしかしたら反動なく力を貰うやり方があったかもしれないが、切羽詰った状況で俺達はそこまで頭を回転させることはできなかった。


「みんなの怪我の治療を」


 カードについて考えていると不意にシルメリアが声をあげ、いつの間にか手に持っていたカードを破いた。

 すると、光は俺達全員を包み込み、傷を癒していった。

 そして、数分後光は収まる。

だが、俺の体にあったすべての傷は癒える事はなく、ある程度の傷を癒しただけであった。


「…………やっぱり、魔女さんの言っていた通りね」


「仕方あるまい。それでもないよりは全然ましだ」


「1枚ではある程度の力しか望めない。だったかな」


 アイザック達はそう言いながら、目を覚まさないアーサーを見つめる。

 どうやら俺が使ったカードよりは、力の恩恵は少ないらしい。

 カードでの治療が限界となると、シルメリアは包帯と傷薬を使い仲間達を治療し始めた。

 治療を開始してから少し時間がたつと、アーサーが目を覚ました。


「アーサー!」


 シルメリアはちょうどアーサーの腕に包帯を巻いているところであったため、彼が目を覚ましたことにいち早く気が付いた。


「…………体中が痛いや。でも、それ以上の成果はあったよね?」


「うん」


シルメリアの目には軽く涙がたまっている。

そんな彼女にアーサーは笑顔で話しかけていた。


「シルメリア、悪いんだけど俺の剣を取ってきてくれないか?」


「あ、うんわかった」


 アーサーに言われるがまま、シルメリアは彼の剣を取りに行った。

そして彼女が2本の剣をもって戻ってくると、こう話す。


「それを彼にあげてくれないか?」


「え!? でも」


「いいから」


「うん」


 何かいいたそうなシルメリアであったが、アーサーの指示に従い俺にその2本の剣を手渡したのだった。


「これは?」


「それは俺からのお礼。君はオーディグルスとの戦いで武器を全部だめにしちゃったみたいだから。お下がりみたいで悪いんだけど使ってくれないか?」


「それはいいんだが、本当にいいのか?」


「あぁ、いいんだ。当分剣は触れそうにないしね」


 アーサーが自分の手を見てにっこりと笑う。

最初のときよりは腫れは引いていたが、彼の腕はとても動かせる状態でないことは明らかであった。


「ありがとう。助かる」


 俺はそう言って彼から貰った剣をぐっと握り締めた。


「あぁそうだ。君に1つ確認したいことがあったんだ。聞いていいかな?」


「ん? 俺に答えられることなら」


 貰った剣をベルトに挟みながら答えると、アーサーはそんな俺を見つめながら軽く目を細めて話し出した。


「君ってやっぱり魔女の使いさんかな?」


「…………自分の意思に反してそうなっているかもしれない」


「やっぱり。魔女さんに会ったときに言われたんだ。1人元気のいい奴送るって。まさか魔物の群れの中心にいた君がそうだとは思わなかったけどね」


 くくく、と笑うアーサー。

 彼等にしてみれば俺は彼等を助けるために派遣された人物となるのだが、それが逆に助けられたのだからおかしくもあるだろう。


「あ、あれは、なんだその~不慮の事故なわけで」


 実際不慮の事故ではあったのだが、信じてもらえず笑顔で切り返される。


「ふふ、そういうことにしておくよ。あ! そうだ肝心なことを聞くのを忘れていた」


 話の途中でアーサーがいきなり大声を上げた。

 そのため俺はびっくりしてしまい、最初に口から出す言葉をかんでしまった。


「か、肝心なこと!?」


「君、名前は?」


 アーサーにそういわれ、俺はぽんと手を叩き納得する。


「あぁ、そうかそう言えば名乗ってなかったな~。俺の名はアキ…………ラなんだけど、嘘だろ……」


 アーサー達に名前を告げようとした時、彼等に気をとられ指輪の淡い光に気づかなかった俺は名前を告げる途中で、飛ばされてしまうのだった。


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