第六節:過去のクレア
首に付けられたひんやりするものは、鏡のような光沢を放つ鋭い剣であった。
下手に反撃を企てようとしていたら、ばっさりと切られていたことだろう。
頬に汗の雫が流れる。
いまだに突きつけられる剣、そして毛が逆立つほどの殺気を込めた視線が俺の自由を奪う。
あまりにも突然の出来事で頭の回らなかった俺は、目の前に立つ大人の姿をしたクレアがもう一度同じ質問をするまで喋ることは無かった。
「お前は何者だと聞いている」
クレアは剣を首に強く押し当てた。
まだ首は切れていないが、少しでも動けば綺麗に切れてしまうことが安易に想像できる。
だからといってクレアの質問に答えなければ問答無用で切る、そう感じさせる殺意が俺の周りを取り囲んでいた。
そんなどうしようもない状況で出した俺の答えは、少し首に傷がついても彼女の質問に答えるということだった。
「クレアさん、俺のことはお忘れですか?」
喋るたびに首に突きつけられた剣の存在を確認させられる。
これはちょっとした恐怖だ。
だが、そんな思いをして搾り出した言葉は、クレアに一蹴されてしまった。
「しらん、お前のような奴は見たこともない」
鋭い眼光は疑惑の色を灯している。
このままではまずい。
クレアの目を見れば俺でなくても、誰でもそう感じたことだろう。
なぜクレアがこのように殺気立ち、俺を知らないという理由はわからないが、この状況は何としても打破しなくてはいけない。
そう思った俺は、彼女と接点があるものについて話を切り出した。
「見たことも無いってそれはひどいじゃないですか。俺に依頼したじゃないですかロコのかわいい映像を撮ってきて欲しいって」
「な!? 何でお前がロコのことを知っている!?」
クレアとの接点である、ロコについて話を切り出すと彼女に動揺が見て取れた。
すると少し首に痛みが走る。
どうやら、彼女が動揺したため突きつけられた剣がわずかに動き、首の皮を切ったらしい。
とりあえず俺は傷のことは無視し、これまでのいきさつについて話し始めた。
「いやだな。クレアさんが言ったんじゃないですか。過去に行ってロコのかわいい映像を撮ってくれって。だから俺はクレアさんの魔術で過去まで行ってきたっていうのに」
「…………」
剣の圧力が少し弱まった。
クレアはどうやら何か考え出したらしく、言葉を話さない。
俺はより話の信憑性を高めるために、過去のことも話すことにした。
「過去に行ったら大変でしたよ。ロコの映像を撮れば終わりだと思っていたのに、映像を取っても帰ってはこれないし、それではっと気づいたんですよ。かわいいロコの映像を撮らなければいけないんだって。だから俺はあの絵本に倣って行動するはめになったんですよ? ある時は木の老人に化けてロコを手助けしたり、ある時はクレアさんから貰ったカードを使いなぞなぞの答えを教える小人を作ったりって。あぁそうそう俺の背中に隠れているのがその小人です」
そう話すとクレアは俺の背中を覗きこんだ。
冷や汗を流しながらちょこんと座って隠れているヒカリ見て取れたことだろう。
「は、はじめまして。創造主。私の名はヒカリノヒコだ」
「…………」
クレアはじっとヒカリを見つめている。
そして、数秒間眺めていたと思ったら、彼女はヒカリの襟首をつまんで持ち上げ、俺から剣をはずすとテーブルのほうへと歩いていった。
「ちょ、ちょっと乱暴には――」
「お前もこっちへ来い。荷物をまとめてな。もう少し詳しく聞きたい」
ヒカリはつまんで持ち上げるクレアに文句を言ったものの、話の途中で彼女に阻まれた。
クレアはこちらに一度振り返り、俺に来るように促すと腰に付けていた鞘に剣を収め、奥側の椅子へと腰を下ろし、テーブルの上にヒカリを置いた。
俺は彼女に従い、幼少の頃のクレアに吹っ飛ばされたときに散った鞄の中身を集めると、クレアの正面の椅子へと腰を下ろした。
テーブルにはいつの間に用意したのか、紅茶と茶菓子が置かれており、ヒカリは俺のほうによってくるとその茶菓子に手を付ける。
その様子はリスを思わせるようで、非常にかわいらしく場が少し和んだような気がしたが、そう感じたのは俺だけだったのか先ほどとたいして変わらない口調でクレアは話し始めた。
「お前名は?」
「アキラ=シングウ、クレアさん本当に俺のことを知らないんですか?」
名前を尋ねられた俺は素直に答えた。
だが、名前を知らないというのはどうも釈然としなかったため、俺はそのことについて聞き返す。
すると、クレアは意味深な言葉を返した。
「あぁ知らんな。今の私は」
「今の?」
あまりに漠然とした答えに、思わず首ひねる。
「まだおそらくといった段階だが、お前は未来の私に依頼を受けたのだろう」
「未来のって……でもクレアさんは全然姿が変わって――」
俺がそう言葉を発すると、クレアに途中で話をかぶせられる。
「姿が変わってないか、それはそうだろう。私は魔女だ。姿かたちなどどうとでもなる。今の私ですらロコと会ったのは、100年は前のことだ」
そういってクレアは自分の目の前にあるカップに手を付けて、すっと紅茶を飲んだ。
彼女と話すにつれて、徐々に今の状態がどんなものなのか明らかになってきた。
俺は絵本の時代からは100年は未来に近づいたらしいのだが、どうやら元いた時代よりはずいぶんと過去のようである。
「それじゃつまり……」
「つまりロコがいた時代にしてみればここは未来だが、お前にとってはまだ過去ということだ」
「そんな……、いったいなんで」
「ご主人、あの魔力の塊のせいでは?」
元いた時代に戻れなかったことに愕然としていると、茶菓子を食べていたヒカリがこちらに話しかけてきた。
口の周りにはその茶菓子のカスがついている。
「魔力の塊って転送されるときに子供のクレアさんから食らったあれか?」
「うん」
ヒカリは首を縦に振る。
すると、俺とヒカリの話を聞いていたクレアがそのことについて尋ねてきた。
「アキラ、1つ質問するぞ。お前はロコがこの館に来た時、ここにいたか?」
「えぇいましたよ。未来のクレアさんからの依頼で、かわいいロコの映像を撮るために」
「それでどうなった?」
「えっとですね。クレアさんとロコが友達になって、本当のかわいいロコの映像を取れたので指輪をはめたんです。すると強い光が出て転送の準備が出来たみたいなんですけど、子供のクレアさんに気づかれまして、それで魔力の塊をぶつけられたんです」
過去の出来事を話すと、彼女は考え込んでしまった。
考えがまとまるのを邪魔するのもなんなので、俺は彼女が口を開くまで待った。
そして、数分経っただろうかクレアが口を開いた。
「なるほど、あれか…………おい、アキラ。その指輪を見せてくれ」
「えぇどうぞ」
俺は手にはめてある指輪を抜いて、差し出されたクレアの手のひらへと乗せる。
「これはどんな能力があると私は言っていた?」
「はい、未来のクレアさんによればこの指輪は、映像の記録と、時を飛ぶ能力が備わっていると。映像の撮り方は指輪をはずして覗き込めばその映像が記憶されます。時を飛ぶ能力については詳しくはわかりませんが、今回の目標であるかわいいロコの映像を撮れば作動するようになっていたはずです」
俺がそこまで説明すると彼女は指輪をテーブルの上に置き、なにやらぶつぶつと唱え始めた。
すると、指輪は少しずつ光だし映像を撮っているときと同じような状態へ。
そしてある一定以上の光量になると、その光はクレアさんの頭へと流れ込んでいった。
指輪からクレアさんへと流れ込んでいく光は徐々に弱まっていき、最後にはその光は完全に消えうせもとの指輪へ。
俺は光が消えたのを確認すると、彼女に話しかけた。
「なにかわかったんですか?」
「あぁ。ずいぶんと面白いことになっていることがな」
クレアはそういって、テーブルに置いた指輪をつまみ独楽のように回して見せた。
「面白いことですか?」
「そうだ。今のままではお前の運が帰れるかどうかをにぎっている」
「どういうことですか!?」
俺は驚きのあまり、強い口調で彼女へと尋ねてしまう。
勢いでテーブルを叩いて、立ち上がってしまうほどに。
「まぁまずは落ち着いて座れ。どういうことになっているか話してやる」
「…………」
その言葉を聞いて、俺がどれだけ興奮していたのかを自覚する。
自覚したからといって、その興奮を完全に冷めさせることはできなかった。
だが、クレアの言葉を理解するくらいは落ち着き、俺はクレアの言葉に従いゆっくりと席に着いた。
俺が席に着いたことを確認すると、クレアは指輪が今どんな状態なのか話し始めた。
「この指輪は今正常に作動していない。原因はおそらくお前達が先ほど言っていた魔力の塊のせいだろう。ではどうなったのか?」
「……ど、どうなったんですか?」
クレアに相槌を打ち、俺は説明を促す。
「簡単に言うと、時の魔術と映像を撮る魔術が混ざり合い、新たな魔術ができあがったということだ。その魔術なのだが、映像を撮った人物と関わりのある場所、あるいは人物の下へと転移するという変な魔術さ。つまり、これを使ったことのある私かあるいはアキラ、お前と関わりのある場所、人物の下へと転送する装置へと変貌したということだ」
「そんな! それじゃ元に戻る事は……」
「かなり難しい。これを作った時代の私はおそらく数百年後の私だ。関わり合いのある場所、人物等数え切れないほどだろうからな」
「そんな…………」
俺はあまりのことに肩を落とした。
もう戻れないのかと思うと、心に穴が開いたようだ。
完璧に放心状態となった俺を心配そうにヒカリが見つめているが、俺は何の反応も返してやることはできなかった。
「面白いほど落ち込んでおるな」
「創造主様、さすがにその追い討ちは……」
うなだれている俺の前でクレアとヒカリの会話が始まった。
クレアは落ち込む俺を、笑みを浮かべながら見ているようで、ヒカリはそれを自重するように促している。
「別に良いじゃないか。本当に面白いほど落ち込んでおるのだから。まったく目の前に過去に飛ばした本人がいるというのに」
「え? でもそれは未来の創造主さまでは?」
「確かにそうだが、今の私でもできないことはない」
俺はクレアの言葉を聞くや否や、落ち込み、下を向いていた顔を上げ彼女を見つめた。
見つめられているクレアはすまし表情で笑みを浮かべている。
「私が手を貸せば、お前のいた未来に限りなく近い時間にたどり着けるはずだ」
クレアはじっと俺の瞳を見つめ、にやりと笑い語りかけてきた。
彼女のその言葉を聞き、口元が緩む感触を覚える。
そしていつの間にか、拳は握られガッツポーズしている自分がいた。
「お願いします! 俺を元の時間に返すために力を貸してください」
帰れるのなら、と俺は頭を下げ必死にクレアへとお願いをした。
こんなに誠心誠意頭を下げたのは、過去に数度しかないだろう。
俺の必死の願いが通じたのか目の前にいるクレアは、首を縦に振ってくれた。
しかし、なにやら思惑があるようである。
どうやらタダでとはいかないらしい。
「あぁ、いいだろう。ただし2つほど条件がある」
クレアは俺の目の前に人差し指と中指を立てた。
クレアが立てた指の数は、丁度条件の数と同じである。
俺はその指を見つめながら、彼女が出す条件を聞くこととなった。
「条件ですか」
「そうだ。まず1つ、ヒカリはここ置いていって貰う」
「えっ!? なぜです?」
1つ目の条件に驚きの声を上げる。
ヒカリも自分が条件の1つであったため驚いていた。
条件を出したクレアはというと、俺が聞き返すことを予想していたのだろう、すぐにその訳を話してくれた。
「こいつは私の魔力で構成されている存在だ。しかもかなりの魔力が使われている。そんな奴を一緒に連れて行ってしまうと色々と問題が出るんだ」
彼女はそう言って紅茶を一口飲んだ。
クレアの言葉が、未来のクレアの言葉とかぶる。
「そういえば、未来のクレアさんもそんなこと言ってましたね。魔力の多い人間が時空を越えると色々と問題が出るって。ん? でもそれじゃ、こいつを作る元となったこのカードは大丈夫なんですか? 時空を越えるほどの魔力はないと言ってはいましたけど、それでも小人を作るぐらいの魔力はあるはずですよ」
ポケットの中に入っている残り1枚となったカードを取り出した。
何の変哲も無いタダのカードに見えるが、これを使いヒカリを生み出したのだ。
これに魔力が入っていないということはまずありえない。
「どれ見せてみろ。――なるほど。これなら平気だ。こいつには魔力を安定させる術式が組み込まれている。持っていても問題ない」
彼女にカードを手渡すと、何かを調べた後すぐに返してくれた。
俺は元あったポケットへとしまい、クレアに視線を戻す。
「それじゃ、その術式をヒカリにもつけてやれば……って無理だから置いてけって言ってるんですよね?」
「その通りだ。どうしてだかは説明しても多分わからないから省くが、とりあえず問題が出るからこいつは置いていってもらうぞ。なに心配するな。こいつは私の魔力で動いているのだから私が魔力を注いでいれば、いずれまた会うことになるはずだ」
クレアはヒカリの頭を指で撫でて、微笑んだ。
俺の視線が自然とヒカリへと向く。
すると彼が、くしゃくしゃになった髪の毛を気にすることもなく、微笑みながら口を開いた。
「ご主人、私に気にせず行ってくれ」
ヒカリの言葉が胸を打つ。
しかし、俺はどうしても元の時間へと帰りたいため、気がひけたが、彼の気遣いを受け入れた。
「…………悪いな。それでクレアさんもう1つの条件は何ですか?」
ヒカリへ謝罪の言葉を述べ、クレアへと視線を戻す。
「もう1つの条件は……」
「条件は?」
最初の条件はすぐに口にしたクレアだったが、2つ目の条件をクレアはなかなか口にしようとはしなかった。
しかし、時間が経つに連れ、彼女は少しずつ話し始めた。
「……と……ちになって欲しい」
「え? なんです?」
あまりに小さな声。
おもわず俺は耳に手を当て聞き返す。
すると、彼女は顔を赤くし、今度は怒ったように声を荒げて言い放った。
「だから! 友達になって欲しいといっている!」
「…………あの、そんなのでいいのですか?」
あっけに取られながらも俺がそう答えると、先ほど同様クレアは声を荒げて俺を怒鳴りつけた。
「そ、そんなのとはなんだ! そんなのとは!」
「いえすみません! てっきりもっとすごい条件を提示されるのかと思いまして」
彼女の怒鳴り声に思わず身をすぼめ、すぐに俺はあやまった。
「たく、友達よりもっとすごい条件とは、いったい何があるというのだ。それで、どうなんだ? 条件呑むのか呑まないのか?」
腕を組んでこちらを見つめるクレア。
頬は赤く、むすっとした表情。
もし俺が冷静ならばかわいいかもと錯覚してしまっていただろうが、この時の俺はそんな冷静さは無く彼女の対応にあわてて答えていた。
「呑みます、呑みます! むしろ呑ませて下さい。……でもなんで友達なんです? クレアさんみたいな綺麗な人なら友達だけじゃなく恋人ぐらいすぐにできそうな気がするんですが」
「それは……私の寿命に関係がある。お前も知っているだろう? 私はほぼ不老不死だ。私と友達や恋人になるのなら、それをわかっている人間しかできないのだ。仮にわかっていたとしても先に死んでしまう人間と友達になるのはつらい。ロコのように……」
友達になろうと言う言葉とは一転して、彼女の顔は暗い影を落とした。
そういえばロコとあったのは、100年は前といっていたのだから、彼女はもう死んでいるのだろう。
「――なんとなくわかりました。でも、もうひとつ聞かせてください。たしかに俺はクレアさんの不老については知ってます。ですがおそらく俺のほうが先に死にますよ? それでもいいんですか?」
「かまわん。お前は数百年後にも私の前に現れてくれるからな。それに私より先に死ぬとは限らん」
「????」
クレアの言葉の意味がわからず俺は思わず首をひねってしまった。
俺は不老不死ではないのに、いったいどういうことなのだろうか?
そのまま何も話さず黙って考え込んでいると、クレアが先に口を開いた。
「ん? なんだその顔は? まさか何も聞いていないのか時空を越える弊害について未来の私に」
「へ、弊害!? 聞いてないですよ、そんなこと! い、いったいどういうことなんです?」
思わず声を大きくしてしまう。
まったく聞いていなかったので、驚きである。
慌て取り乱す俺にクレアは落ち着くよう話しかけ、弊害について話し始めた。
「落ち着け。なに、そんな悪いことじゃないから大丈夫だ。人が時空を越える際、体は一時的に分解される。そして時空を越えた後再構成されることになる。ここまではいいか?」
クレアに落ち着くよう言われた俺は、内心焦りながらも、表面上冷静を保ち彼女の説明を聞きいれる。
「は、はい、続きを」
「うむ。それで再構成された後に、人の魂とも言うべき存在魔力体が体に入り元に戻るのだが、その際ちょっとした弊害が起きる」
「そ、それで弊害とは?」
「体に魔力体が入る時に、その近くにある魔力の影響を受け体の細胞が変化する。その変化は体を元の形に維持するための変化なのだが、それは思いのほか肉体の細胞を強力なものへと変貌させてしまうのだ。たとえばこの私のように不老不死にとかな」
彼女はそういって微笑んだ。
しかし、その話を聞いた俺は心中穏やかではない。
時空を超えた時に起こる肉体の変化で、体がどうなっているかわからないのだから。
「それじゃ、俺も時空を超えたから何かしら体に変化が起きたという事ですか!?」
「あぁそうなる」
「ちょ、ちょっとまってください。俺はすでにここに来るまでに2回転移してるんですよ? いったいどれぐらい俺の体に変化が……」
俺は自分の体を擦ってみた。
今のところどこにも変化はない。
見た目が少し変わっているかもしれないが、それを確かめるすべは無いのでなんともいえないが。
そんな俺の様子を見て、クレアが話しかけた。
「それは心配するな。体の変化が起きるのは1回だけだ。1度変化すると体に耐性がつき変わらなくなる」
「そ、そうなんですか……」
俺はその話を聞き少し安心すると同時に、地球からこちらの世界に来た時、体に変化があったのはもしかしたらこれだったのかも知れないと思った。
「と、まぁ転移について注意する点はこんなものだが他に何か質問は?」
「いえ、大丈夫です。――もしかしてクレアさん俺が先に死ぬとは限らないって、俺が転移したから……」
「みなまで言うな」
彼女はそう言って軽く微笑んだ。
とても綺麗な微笑であったが、なんとなく暗い影のある微笑だと俺は感じる。
感じたところで、適当な返事が見つからず、俺は生返事を返すことになった。
「はぁ」
なんともキレの悪い返事ではあったが、それでもクレアは怒らず、微笑んだままであった。
「まぁ何はともあれお前と私は友達だからな」
「そうですね。クレアさん」
「さんは余計だ。友達だろ?」
「え、でも……」
クレアがいいと言うのだからいいのだが、何せ出会った当初からさん付けしていたため少しやめるのに抵抗がある。
一応本当に、さん付けをやめていいのか尋ねようとすると、クレアは目を細め尋ねる前に口を開いた。
「帰りたくないのか?」
こう言われては、拒否するわけにはいかないだろう。
俺は少しためらった後、さん付けをやめたことをわかってもらうため、彼女の名前を呼んだ。
「――わかりました。それじゃ俺が元の時間に戻るため、協力してくれよクレア」
「あぁまかせろ。準備は明日までかかる。今日は泊まっていけ」
「そうさせてもらうよ」
リビングに笑顔があふれた。
俺達はこうして気軽に呼び合う仲となったのだった。