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夜明けの月  作者: びるす
タイムトラベル
69/89

第五節:絵本の世界

 さんさんと太陽の光が降り注ぎ、風が木々を揺らし、若葉や花の香りを運んでくる。

 暖かい春のような風景を淡く映し出す湖には、魚達が学校に通いお遊戯しているかのように踊っていた。

なんとも心を和ませる風景である。

 できることなら足元に生えている芝の上で寝転がり、一眠りつきたいぐらいだ。

 しかし、俺はそれをしなかった。

 風景とその場の雰囲気に呑まれて、芝の上で眠りたいと思ったのは事実だが、中途半端に俺は冷静であったため慌てたのだ。


「とりあえず深呼吸~~。ついでに現状把握。俺はついさっきまでクレアさんの屋敷の地下室にいた。はい、ここまでは覚えてます。そんで、時間旅行をするため魔法陣の上に乗ってクレアさんから色々アイテムもらって、そんでいってらっしゃいって言われたわけで……うむ。そうすると、今いる時間は過去ということか」


 気持ちを落ち着かせるため現状を口にする。

そして自分が今どこにいるかわかると、今度は目的を口にして把握していく。


「過去に来た目的は、ロコという女の子の映像を取るためで、取り方は指輪の穴からその子を覗けばいい。よしここまではいいな。そんでもって覗いて映像を取れば自動的に俺は元の時間に戻れると、よし、任務の再確認はオッケーなわけだが、続いてアイテム確認。パーツ入りの鞄、よーし、指輪、よーし、カード、よーし3枚すべてある。続いて体調確認。いたって健康、どこにも怪我はありません。ふぅ、クレアさん。飛ばされた場所がどこなのか聞いてません」


 俺の頬に軽く汗が流れた。

 独白しながら自分の任務内容、持ち物、体調、それらを確認する俺は、間違いなく焦っていた。

道具のことをアイテムと言っている時点で焦っていることが自分でもわかる。

 こんな感じに、時間というか時空を超えるのは2回目。

普通なら2回目の今回のほうが冷静でいられるはずなのだが、俺は最初の移動の時よりも間違いなく焦っていた。

 よくよく考えれば、最初の移動、地球から異世界へは、ほとんど未練が無かったからあんなにも落ち着いていられたのかもしれない。

いや、親のことや友達のことに関しては今でも多少なりに未練はある。

そうじゃないとすれば、あまりに焦りすぎて一周していたのか?

 考えれば考えるほどどつぼにはまる。

 パニック状態に陥った俺は、魚の跳ねる音が聞こえる湖のすぐ近くで、う~~ん、う~~む等と言ってはただひたすらその場所で悩むのだった。

 そして十分ほど経っただろうか、あまりにも無意味なことをしている自分に気づき我にかえる。


「……まずは場所の確認のため、人に会わなきゃな」


 そうつぶやき、よしっと気合いをいれて俺は人に会うことを目標に定めた。

 腹をくくった俺は、一歩足を踏み出した。

しかしその一歩で、足は止まってしまう。

それはなぜか?

俺の周りがあまりに自然ばっかりだったことに、気がついたからだ。

 俺がいる場所は人が介入し、道が作られたような形跡が無く、どちらに進めば人に会えるのかわからない。

そんな場所なのだ。

 またしても問題浮上か、そう感じていた時だった。

 先ほどのように意味も無く歩くのではなく、木に寄りかかって考えをまとめていた俺の耳に自然の音とは違う音が聞こえてきた。

 なんだ? そう思った俺はすぐさま音のするほうに見てみた。

 どうやらその音は人の声のようだ。

 俺の目が捕らえたのは、小さな女の子、かなり離れているためはっきりと音は聞こえないが、楽しそうに腕を振りながらこちらへと向ってきていた。


「ちょうどいい、あの子に聞くか。ん、でも待てよ、日本で知らないおっさんに声かけられたら…………ちょ、ちょっと様子を伺うかな」


 俺は近づいてくる女の子の方へと歩みを進めようとしたが、一瞬母校の近くにあった変質者に注意の張り紙を思い出してしまい、女の子からこちらが見えない木の後ろへと思わず隠れてしまった。

 なぜこんな行動を取ってしまったかというと、ちょっとしたトラウマのためだった。

そのトラウマというのはなにか? それは以前、母校である小学校までの道、スクールゾーンを通った時のことだ。

 その時俺は珍しく、5連休という休みをもらったため実家へと帰ってきていた。

せっかく帰ってきたのだから、俺は地元の連中と遊んですごそうと思っていた。

だが、あいにく地元の連中とは遊ぶことができなかった。

彼らは仕事だったのだ。

 休日を知り合いと遊べないというのは悲しかったが仕方がなかった。

相手も仕事をしているのだから。

 俺は気持ちを切り替え、休みをどう過ごそうかと考えることにした。

しかし、これといって浮かばず1日家ですごす。

そして何の日程も決まらず次の日の朝になった時だ、ふと窓の外に学校へ通う小学生の列が目に入ってきた。

 少年少女らは一列に並びながら、班長を先頭に学校まで通っていた。

時々、その列を2列や3列にし話をしたりしながら。

 懐かしいな。

俺はそんな感情にとらわれた。

 そしてその5分後には何を思ったか、俺は部屋着から着替え外に出て行っていた。

暇をもて余していた俺は、自分の母校を一目見ようと思い立ったのだ。

 だが、それがいけなかった。

 家を出た俺は小学生の列をつけるように歩いていた。

そして順調に歩みを進め自分の母校までたどり着いた。

 しかし、そこに待ち受けていたのは、校門で挨拶をする小学校の先生の厳しい眼光であった。

 俺にやましい気持ちなど無かったが、なんともいえない気持ちになった。

当初の目的である学校を見るということも達成しいたので、俺は逃げるように近くの本屋まで歩みを進めた。

 もちろん俺は何もしていない。

やましい感情もあったわけでもない。

ただの散歩していただけで、別に怪しくはない。

そう言い聞かせ、俺は2時間ほど時間をつぶしてから本屋を出た。

 そして帰り道、同じようにスクールゾーンを歩いて帰ると、先ほどまで無かった変質者に注意の張り紙が張られていた。

 これがトラウマである。

 昔のことを思い出し、何故か目に涙が浮かんできた頃、女の子の声がすぐ近くまできているのに気がついた。

はっとなって木を盾に覗くと、ほんの数メートル先の花が咲いているところで遊んでいるではないか。


「……今から姿を現すと余計怪しい奴だよな」


 我に返って現状を把握する。

20代の男が、10歳、もしくはそれ以下の女の子を木の陰から見ている。

今俺は限りなく変態ではないだろうか?


「と、とりあえず、話しかけないと現状進展しないわけだし、話しかけよう。決してやましい気持ちがあるわけではなく、いたって普通の一般的な人間であるからして、あんな年端もいかない女の子をどうにかしようと言う気持ちはまったく無く、どちらかというとジェシーのような女性が好きであって、…………何を言ってるのだろう俺は」


 ひどく落ち込んだ。

 木にもたれながら、体育座りしてしまうぐらい落ち込んだ。

 だがそれがよかったのかもしれない。

俺が落ち込んでいる間に現状が進展する。

 ちょうど俺の後ろ、つまり女の子がいるほうからひとつの声が上がったのだ。


「ポポ、ポポ、どこにいるの~?」


 木の陰から覗くと、先ほどまで楽しそうに遊んでいた女の子が、立ち上がり必死に何かを探していた。

 なにか落としたのか? そう思い俺も女の子の周りを目だけで探してみる。

 探してみると女の子の近くに、黒い影が1つあるのに気がついた。

その影は、女の子の左後方にあり、彼女のものにしてはあまりにおかしな位置だ。

 太陽の位置から影を映し出す物体は上にあると感じ、そのまま視線を上へと持っていくと、そこには箒にまたがり、くまのぬいぐるみを持つ赤い髪の女の子がいたのだった。


「これはもしかして」


 俺がそうつぶやく最中、視線の先にいる赤い髪の女の子は声を上げた。


「ポポはここにいるわ」


 大きく聞こえるように発せられたその声は、探し物をしていた女の子に上を向かせる。

そして続けざまにこう言い放つ。


「でも私が気に入ったみたいだから、これからは私と一緒に遊ぶのよ」


 くまのぬいぐるみをぎゅっと抱きながら、自分のものだと主張した赤い髪の女の子は、森のほうへと飛んでいった。

呆気に取られている女の子は、そのまま上を見て立ち尽くしている。

 一方俺はというと、木に背を預け、俺はひと言つぶやいていた。


「なるほど、絵本の元となった時の時間軸に俺はいるということか」


 葉っぱの間から覗かせる空を見ながら、俺は今後のことを考える。

しかしその行動は徒労にさえ終わることなく、すぐさま無理だと判断された。

 穏やかな時を刻んでいた湖畔に、耳を覆いたくなるような泣き声が鳴り響いたためだ。


「ふぇ~~~~~ん」


 女の子が発する泣き声は、湖畔近くの森の木々から鳥達を一斉に飛び立たせ、湖の中にいた魚達は泉の奥へと追いやった。

 すさまじい泣き声である。


「どうしたものかな」


 指で耳に栓をしながら思わずそう口からこぼれる。

 そして今までのことを振り返った。

先ほど飛んでいったのは、幼いながらも炎のような赤い髪を持つ魔女。

間違いなくクレアである。

また、あれがクレアだとするならば、今ダムの決壊のように勢いよく泣いているのはおそらくロコだ。

つまり今泣いている女の子の映像を取れば、今回の依頼は達成される。

 天を仰いでいた視線を女の子へと向けた。

笑顔を晴天とするならば、女の子の顔は夏の台風よりもひどい状態である。

 あまりのひどさに女の子を泣き止ませたいと思った。

だが、それ以上に早く元の時代へと戻りたいとも思っていた。

そんな俺は、この後クレアと友達となりハッピーエンドとなるのだから、かかわらないでおこうと自分に言い聞かせ、指輪をはずして彼女を覗き込んだのだった。

すると指輪の宝石が淡く光りだし、映像を取得している合図を出した。


「こんなものかな」


 1分ほど良心の呵責にとらわれながらも泣いているロコを取り続けた俺は、指輪をはめ直し転送されるのを待った。

しかし、その後1分、2分と、時が経てども転送される様子がない。

 おかしいなと思いながら泣き声を聞かないよう、耳に手を当て無関心で何とかやり過ごそうかとしたが、いまだに泣き続けるロコにとうとう俺の良心が悲鳴を上げ始めた。


「おかしいな……ロコを取ったのに戻れない。あの子がロコじゃないと言うわけではないと思うんだけど」


 俺は、何の変化も見せない指輪を見つめながら、舌を鳴らす。

だが、そんなことをしても指輪に変化はない。

 このままでは良心が痛むだけだと感じた俺は、今回の依頼主であるクレアの言葉を思い出して、この依頼のちゃんとした終了条件を頭の中にめぐらせた。


『ロコちゃんのかわいい映像を取ってきて』


 そう、これがクレアの依頼。

俺が過去に来た理由である。

そして俺は彼女に言われた通りに、ロコの映像を取った。

だが、指輪には変化がなく、今も元の時間に戻る様子はない。


「どうすりゃいいんだよまったく……んっ!?」


 終了条件がわからない=帰れない。

この事実を自覚し、悩み、絶望し、途方にくれるという選択肢しか今後残こされていなかったため、微妙に自棄になりはじめた時、俺の頭に1つの光りがよぎった。

その光りというのは、クレアが強調していたある単語だった。


『かわいい映像です!』


 かわいい……。

クレアはこの単語を強調していた。

彼女のあまりの勢いに俺が飲み込まれるほどに。

 かわいい映像、これがクレアの依頼ものだと理解した俺は、何の変化も見せない指輪に、嫌味を利かせ1人つぶやいた。


「つまり、泣いているロコはかわいいとは言えず、帰ることができないというかとか」


 今も泣いているロコに視線を向ける。

 見た限り一向に泣き止む気配はない。

それどころか泣き声が、大きくなっている気がする。

 このままでは埒が明かない。


「たしか、絵本では……」


 俺は今後の状況が書かれている唯一の本、クレアの絵本の内容を思い浮かべた。

 クレアの絵本によればこの後木がしゃべりだし、ロコに城の場所を教えるということになっていたはずである。

しかし、辺りを見回したところそんな妖怪じみた木は無く、それどころか回りには若い樹木ばかりだ。

 唯一それなりの樹齢が経ってそうなものは、俺が隠れている木だけである。


「これはもしかすると、もしかしたりするのか?」


 回りを見渡したことにより、はっきりと自分以外にロコの近くにいないことを確認した俺は、ある仮説を思いついた。

それは今いる過去は、俺がこの時間軸に来ることが想定された過去であり、俺もこの時間軸の駒のひとつであるという考えだ。

つまり、俺はこの時間軸でやることがあるということ。

そして、おそらくそのやることというのが、絵本に描かれていた爺さん木の役である。


「だが、そうだとして俺が爺さんの木の役をやる必要があるのか? 普通に教えても……いや、やめとくかタイムパラドックスが怖すぎる。元の時間軸に戻ったら自分の居場所がなくなってたってのは嫌だからな」


 直接教えてもと思ったが、その考えは思いとどまり、俺は爺さん木の役をやることを決め、盾とソードパーツを取り外して、手荷物と一緒に木の陰へと隠すと、するすると木の上に登っていった。

 ちなみに思いとどまったのは自分でも口にしている通り、タイムパラドックスが怖いためだ。

 もし俺の行動で矛盾が生じ、元の時間軸に戻れない、または戻ったとしてもまったく違った世界になっているなんてことになったらたまったものではない。

 木へと登った俺はロコに聞こえるように、大きくそしてできるだけ老人のような声を上げた。


「これこれ泣くのはおよし。かわいい顔が台無しじゃないかい」


 これまでロコ以外の音が聞こえなかった湖畔に、俺の声が響き渡る。

すると、ロコはビクッと体を動かし、驚いたように涙で赤くなった目できょろきょろと辺りを見回した。

 しかし、人影は無い。

当たり前である。

俺は隠れているのだから。

気のせいと思われ、再度ロコに大泣きされてはたまったものではないので、俺はもう一度口を開いた 。


「こっちじゃよ、こっち。私はお嬢ちゃんの近くに生えている木じゃよ」


 ロコにわかりやすいよう、木の枝を軽く揺らす。

ざわざわという音を出し動く木は、ロコにもちゃんとわかったようでこちらへと歩み寄ってきた。

あまり近寄らせすぎて、正体がばれては意味が無いのである程度近づいてきたところで、ロコにぬいぐるみを持ち去ったクレアについて話し始めた。


「さっきの子は魔女のクレアじゃよ。クレアはたぶん、自分のお城にお嬢ちゃんのぬいぐるみを連れ去ったんだよ」


 ロコにクレアのことを教えると、彼女は泣きそうになるのを必死に堪えながら、震える口を開く。


「お、おじいちゃん。クレアのお城はどこにあるの?」


 絵本で書かれていた通りの言葉が返ってくる。

 俺はそれに倣うように絵本と同じ台詞を口にした。


「この先の森を越えたところに、クレアのお城があるよ。けれど森はとても怖い魔物たちでいっぱいだよ。それでも行くのかい?」


「うん」


 涙を溜めた目をこすってぬぐうとロコは目の前の木に強く言葉を返した。


「確かこの後は、こいつの出番か」


 ロコに聞こえないようつぶやくと俺はポケットの中から一枚のカードを取り出した。


「それじゃ気をつけてお行き。そうだ困ったらこのカードをちぎりなさい」


 カードをロコの目の前に落ちるように投げた。

 ひらひらと舞ったカードは、俺のだいたい思い通り位置へと落ち、彼女の注意を引いた。

 確かカードじゃなくてここは葉っぱだったよな、なんて思いながらも俺はロコにそう言った。

もしこれが絵本になるのだとしたら、葉っぱはカードに変わっているはずだが、館のことを城と絵本では書かれていることを考えると、おそらく絵本にするときにクレアが見栄えの良いように改良したと考えるのが妥当だろう。

 タイムパラドックスを警戒しながらも、結構あいまいに対応してしまう俺だった。


「うん、ありがとうおじいちゃん。それじゃいってきます」


 不思議そうにカードを拾ったロコは、それについて尋ねることなく、感謝の言葉を告げると森の奥へと入っていく。

そんな彼女のかわいい映像を取るため、俺は木から下り、荷物を持つと気づかれないよう後をつけるのだった。

 俺は森の中に入るや否や全力で走った。

目的地はクレアが住んでいる館である。

 幸いなことに、走る俺の目の前には魔物は現れず、その代わりといってはなんだが、地球にいる動物とよく似た生き物を見ることとなった。

 木の上にはリスのようなげっ歯類がおり、俺が通り過ぎると驚き、慌てて自分の巣穴へと戻っていったり、走りながらでたしかではないが、鹿のような角をもった動物が2匹ほど木々の間から覗かせたりした。

その動物達が魔物ではないという保障はないが、鹿のような生き物は、同じ個体と思われるのに大きさが不揃いであったため俺は動物と判断する。

おかしいと思いながらも小首をかしげるだけにし、俺は森を走り抜けた。

 10分後ぐらい走っただろうか、森の中にぽっかりと開いた広場に出る。

そこには俺がいた時間軸と同じように、立派な館が建っていた。


「すごいな。かなりの年月が経っているはずなのに、この館はまったく変わってないのか」


 荒くなった呼吸を整えながらも、感心の一言がもれる。

 クレアの館の位置を確認した俺は、すぐさまロコの近くへと戻ることに。

またも全力で走り出す。

ただし今度はロコに気づかれないよう行き以上に気を配りながら。

 ロコは丁度クレアの館と湖の中間ぐらいの距離で見つかった。

どうやら歩き疲れたらしく、切り株の上にちょこんと座って休んでいる。


「え~とたしか絵本ではここら辺で小人が出てくるはずなんだが……まぁ普通に考えてこれだよな」


 俺はロコに見つからないよう木の陰に隠れながら、残り2枚となったカードを取り出した。

物語には小人が現れて困っているところを助けるとあるが、絵本のように小人がいることはまずないだろう。

となれば、小人を出現させるほどの能力が必要である。

もちろん俺にはそんな能力があるわけもない。

つまり、このクレアからもらったこのカードで出現させねばならないということだ。

 俺は小人を出現させるため、条件を頭に思い浮かべた。


(たしか、服が破れて泣いている小人だったな。姿はまぁ絵本の通りでいいか。性格もまぁ、少し泣き虫だけど明るいぐらいでいいだろう。後は服を貰った時の行動だが……クレアさんが出すなぞなぞの答えを教える、でいいのかな?)


 俺はそんなことを思いながら、カードを1枚破く。

すると破いたカードが光りだした。

光りだしたカードは徐々に消えていき、手からカードの感触すべて消えると光は地面へと集まり、手のりサイズの小人の形を作り上げていく。

そして光が消える頃には、絵本に描かれていたものとそっくりとは言わないまでも似ている小人がそこに存在していた。

 小人は目を閉じたまま下をうつむいていたが、光りが完全に収まると顔を上げ、瞳を開いて俺に話しかけてきた。


「あなたがご主人か?」


「はぁ?」


 少しばかり予想外の台詞にこれまた間の抜けた返事をしてしまう。

すると、小人は腕を組み、口に手を当て、何かを考えた後こう聞き返してきた。


「言い方が悪かったかな。あなたがカードで私を作ったのか?」


「あ、あぁそうだが……」


 俺を見上げる小人に俺は、びっくりしながらも返答する。

小人はそんな俺を見て不思議に思ったようで、口を開いた。


「どうかしたかご主人?」


「いや、ご主人と言われたことが無くて、なんとなく戸惑っているのと、実際自分で魔法とやらを使って見てびっくりしているだけだ。たぶん」


「そうだったか、それならばいいのだが。あぁそれとカードで起こった現象は魔法じゃなくて魔術、ご主人はどうやらカードを作った本人ではないな」


 小人は俺をご主人と呼びながらも、どこか尊敬に欠く態度で答える。

ご主人として認めてもらいたいとかではないので、別にいいのだけれど。

 気を取り直し、俺は小人に意識を戻した。


「あぁ俺じゃない。だけどカードを使ったのは俺な訳だから俺の頼みを聞いてくれよ。わかっていると思うが、あそこにいる女の子がターゲットだ」


 俺はかがんで小人を手のひらに乗せると、見やすいように立ち上がり休んでいるロコを指差した。

 小人はその先を見て、ロコを確認する。


「あれか。わかった、行ってくる。ご主人よ。私が戻ってくるまで動くなよ。それとちゃんと映像を撮っておくこと」


 小人は人差し指を立てながらこちらに振り向いて俺に映像を取ることを催促する。

 俺はクレアと友達になった時のかわいいロコを撮るつもりだったため、ここでかわいいロコが撮影できるかもという可能性を忘れていた。

そのことを悟られないため、何食わぬ顔で小人へ答える。


「ん、あぁわかった」


「それじゃ、降ろしてくれ」


「ほら、頑張って来いよ」


「うむ」


 手のひらに乗った小人を屈んで下ろすと、彼はロコのほうへと歩いていくのだった。

そしてそこから彼の劇場が幕を開ける。


「うわぁぁ~~~~~~ん」


 ロコに近づいていくなり、彼は大声で泣き始めた。

その声につられるようにロコが声のほうを向く。

そしてびっくりした様子で彼女は口を開いた。


「どうしたの?」


 小人を確認したロコは屈んで、目線をできるだけ合わせた。

声をかけられた小人は、泣くのをやめ顔を上げるとロコに絵本どおりの返答をする。


「ひっく……僕のお気に入りの洋服が破けちゃったんだ」


 洋服は小人が誕生した時から破けていたので、破けちゃったというのは完璧に嘘である。

しかし、その演技力はすさまじく事情を知っている俺でさえ、あぁなんとかしてあげたい、と思わせるものであった。

 そんな演技を見せられては、子供で事情も知らないロコは完璧に小人の言うことを信じてしまったことだろう。

彼女は、どうにかならないものか考え始めた。


「う~~~~ん」


 首をかしげながら何かを無いかなと真剣に考えている。

俺はそんなかわいらしい様子を、指輪の穴からじっくりと観察するのだった。


「あぁそうだ!」


 しばらくして、ロコは名案が浮かんだのか、明るい声を上げた。

そして俺が渡したカードを、スカートのポケットから取り出すとえい! という掛け声とともに破く。

 すると破かれたカードは小人を作った時と同様に光りだす。

光は徐々にカードの形を見えなくしていき、完璧に見えなくなると光は小人へと集まっていく。

そして光りが収まると、小人の服は破かれていた部分がきちんと繕われ、新品同様の服となっていたのだった。


「ありがとう!」


 小人は感謝の気持ちロコへと伝えた。

その様子は演技かどうかも分からないほどに、喜んだ様子である。


「どういたしまして」


 小人の笑顔に釣られ感謝に答えるロコの表情は撮り始めて一番の笑顔だった。

これならば、と思ったが指輪は映像を撮っている時と変化は無く、淡い光りを放出しているだけ。

どうやらまだ、かわいいロコとはいかないようだ。

 とりあえず俺はそのまま映像を撮り続けた。

 撮り続けていると小人は絵本に則って話を進めていく。


「おねぇちゃんはこれからどこに行くの?」


「これから、魔女のお城にいくの」


 ロコの表情が一気に暗くなった。

おそらく人形のポポのことを思い出したのだろう。

 そんなロコを心配してか、小人は慰めるように明るく話す。


「そうなんだ。でも何で魔女のお城に行くの? あの魔女は意地悪だよ?」


「私の大切なお友達が連れて行かれちゃったの……」


「あぁ泣かないで。いいことを教えてあげるから。魔女はね、なぞなぞが好きなんだ。きっとおねぇちゃんがお城に着いたらなぞなぞを出してくるはずだよ。そのなぞなぞに答えられないと魔女は魔術でいたずらしてくるから洋服を直してくれたお礼に、なぞなぞの答えをたくさん教えてあげるよ」


 小人は泣きそうになったロコを必死で慰めると、なぞなぞの問題と答えをロコに一つ一つ教えていった。

そして10個ほどなぞなぞの問題とその答えを教えると、彼女に別れを告げ俺のほうへと戻ってきたのだった。

 一方ロコは、分かれる際は小人に手を振り、小人が見えなくなると何か決心したかのように気合を入れて、クレアの館のほうへと歩いていった。


「どうだったかな、ご主人」


「驚きだわ」


「そうであろう。ではいこう」


「あぁ」


 俺は小人を拾い上げ、自分の肩へと乗せる。

そしてロコの後をつけるため一歩目を踏み出した。

だが、1つ忘れていたことがあったので立ち止まり小人を、肩から手のひらへと移し変えた。


「どうしたのだご主人?」


「いや、1つ忘れてたことがあってな。お前の名前ヒカリノヒコってことでいいか? 名前がないと何かと不便だろ?」


「ヒカリノヒコ……それが私の名か?」


 どこか不思議そうに、それでいてうれしそうな声があがる。


「あぁ、普段は長いからヒカリって呼ぶぞ」


 手のひらに乗るヒカリに笑顔で答えてやると、彼もまたニカッと笑う。


「うむ、わかった。それでご主人よ、ロコを追わなくて良いのか?」


「あっやば!」


 名前を付ける事に気を取られ過ぎたため、ロコはすでに見えなくなってしまっていた。ヒカリの言葉でようやくそのことに気づいた俺は、あわててロコを追いかけるのだった。


「それでご主人、ちゃんと映像は撮ったのか?」


「あぁ撮ったが変化はない。どうやら絵本のハッピーエンドまで撮らないとだめっぽいな」


 ロコに気づかれないよう距離をとり、小声でヒカリと話す。

先ほどヒカリとロコが話す場面を撮っていたが、録画中指輪は淡く光るものの、それ以降に変化は無かった。


「うむ、そうであったか。あっご主人。館が見えるぞ」


「もうそんなところまできていたか。ロコが入ったら気づかれないように館に入るか。ヒカリ、俺だと気づかれる可能性があるから、まずはお前が入って中の様子を伺ってくれないか?」


「了解した。たしかに私のほうが気づかれにくい」


 クレアの館に入る打ち合わせを立てると、俺達はロコの様子に集中する。

 ロコは森の中にある館の出現に驚きながらも、深呼吸し、意を決しドアに力を込めた。

ドアは静かに開いた。

その向こうには、現代で見たクレアの館と変わらない長い廊下が見て取れる。

 ロコはおそるおそる館内部へと入っていった。


「ご主人、入っていったぞ」


「あぁ、後を追う」


 森の中から顔を出し、誰もいない館の入り口へと俺達は歩みだした。

そして扉の目の前まで行くと、肩からヒカリを下ろし軽くドアを開ける。


「先行隊頼んだぞ」


「まかせろご主人。ご主人は私から少し離れてついてきてくれ」


 ヒカリは俺の返答を待たずに、館の中へと入って行った。

俺はヒカリの言葉に従い、ヒカリから5メートルほど離れた位置を進んでいく。

進んでいく廊下は、やはり現代のクレアの館と変わらない。

 ヒカリを先頭に進み、あと少しでリビングというところで、ヒカリが振り返り、小声でこう告げる。


「ご主人、発見したぞ。ロコとクレア2人がそろっている。こちらに気づいてないようだから、近づいても大丈夫そうだ」


 ヒカリに言われたとおり進んでみると、ロコとクレアが対峙していた。

 漫画なんかではおそらく彼女達の視線が重なったところには、バチバチと火花が散っていることだろう。

 俺は指輪をはずしロコの撮影をしながら、聞き耳を立てる。


「自分の顔なのに自分で見られないものは?」


「そんなの簡単。寝顔だよ!」


「む、やるわね。それじゃ次! 天気のよい日に会える、自分にそっくりな友達って、なーんだ?」


 どうやら絵本の通り、なぞなぞが出されているようだ。

だされるなぞなぞは考えればわかるようなものばかりではある。

 しかも、ロコはそのなぞなぞの答えを知っている。

そのためすぐに答えたのだった。


「簡単簡単! 影だよ」


「正解……」


「ほら、なぞなぞに答えたよ。早くロコを返して!」


 なぞなぞを解かれたクレアの瞳には、少しずつ水がたまってきていた。

おそらくこのままでは泣いてしまうだろう。

だが、子供であるロコにはそんなことを察する余裕などは無く、強い口調でクレアを攻め立てた。

 ぐいぐいと迫るロコ。

そして後少しでロコの手が、クレアの抱くポポに届くといった時、盛大な泣き声が館の中を駆け巡った。

あまりの出来事に、ロコは困惑し目を白黒させている。

 ここで出て行って手を貸してもいいのだが、それでは元も子もないため、俺とヒカリはクレアの泣き声を耳にしながらも、リビングへ続く廊下で彼女達を見守るのだった。


「なんとなく歯がゆいな」


「そうかもしれませんが、出て行ったら今までのことが全部パーですよ」


「だよな」


 指輪の先に広がる映像を見ながら、俺はロコが行動を起こすのを待つ。

 ロコはいまだおろおろした様子で、クレアの前に立っている。

しかし、あまりにクレアが泣き止まないからか、ロコはついにクレアに話しかけた。


「どうしたの?」


 話しかけられたクレアは、答えるため口を開くが、泣くのがなかなか止まらずしゃっくりをしているかのように、鼻をすすっている。


「ひっく、あ、あのね、もう、もうね。ひっく……もうなぞなぞないの。ひっく。だ、だからね。っく、あなたの勝ちだからね。ポポをね。ひっく、返さなくちゃいけ、いけないの」


 たどたどしく話しだすクレアは自分の負けを認めていた。

潔く負けを認めると、よりいっそう涙を流し、声を上げる。

 こうなってしまうと対応に困るのはロコであった。

 本来ならここでポポを返してもらうはずだったのだが、さすがに子供でも泣いている子から物を取り上げるのは気がひけるらしい。

 だからといってここまできたのだ。

あきらめて帰るわけが無い。

ロコは大泣きしているクレアにまた話しかけた。


「何でそんなに泣いているの?」


「だって、だって……うぇーーーん!」


 話しかけられたクレアは必死に答えようとするが、涙が止まらず答えを出さぬまま、また泣き出した。

 しかし、ロコはそんなクレアに対し強く言い放つ。


「泣いてちゃわからないよ。ちゃんと話して!」


「……ひっく、だってポポを連れて行かれたらまた私1人になっちゃう」


 涙をこらえたクレアはそう告げたのだった。

すると何を思ったかロコは、部屋をきょろきょろと見渡してから、その後口を開いた。


「あなたしかいないの?」


「そうよ! だからポポを連れて行かれた私はまた――うぇーーーん!」


 すべてを言い終わる前にクレアはまた泣き出した。

その様子を見ているだけの俺達はなんともいたたまれない気持ちになる。


「非常に心が痛むな」


「我慢だ。ご主人」


 何度か飛び出しそうになるのをこらえながら、録画し続けている。

そしていつの間にか肩へと上ったヒカリは、俺の独り言にも似たつぶやきに答えるのだった。

 録画を続けていると、変化が現れた。

 クレアと対峙しているロコが、少し黙り込んだ後、すっと彼女に右手を差し出したのだ。


「1人が寂しいなら、私と友達になりましょう」


 突然の申し出にクレアは驚きを隠せないようで、先ほど間で盛大に泣いていたのにぴたりと止まり、涙で赤くはれた目を見開きロコを見つめていた。


「……いいの? 私意地悪ばかりしていたのに」


「うん、ゆるしてあげる。だから泣かないで私と一緒に遊びましょう」


 ロコが笑顔を向けると、クレアは恐る恐る彼女の手をとって仲直りの握手をしたのだった。

 その後ポポはロコへと返された。

そして、先ほどまでなぞなぞ大会の会場だったリビングは、ままごとの遊び場へと変わる。

 この時の2人の表情は、今までに見たことの無いいい笑顔をしていた。


「なぁ」


「なんだ。ご主人?」


「これならかわいいロコといえると思わないか?」


「そうだなご主人。それじゃ指輪をはめてみたらどうだ?」


 俺は指輪から覗くのをやめ、はめてみた。

以前はめた時はまったく反応が無かった指輪だったが、かわいいロコをとった指輪は徐々に光を強くしていった。


「これは……」


「どうやらうまく行ったようだな。ご主人」


 光り輝く指輪を見て、ようやく元の時間に戻れると思った時だった。

指輪に気を取られ過ぎて、箒にまたがって近づいてくるクレアに俺達は気がつかなかった。


「なにしてる! おまえ! 私の家から出てけ!」


 気がついたのはクレアが俺を怒鳴りつけてから。

 彼女は箒で空を飛びながら、右手に光を集めていた。

そして怒鳴りつけるとともに、右手に集めていた光をこちらに投げつけてきた。

 これは危険だ!

本能的に察知したがすでに遅かった。

 避けられない、そう感じた俺は両手を交差させて、顔をガードしたのだった。

 何かがぶつかった衝撃が伝わってくる。

すると俺の体は後方へと飛ばされたのだった。


「つつつ……、なんだったんだいったい?」


「あれは初歩的な魔術。魔力そのものをぶつけるものだ」


「ん、そうか……ヒカリお前も無事だったんだな」


「無事だが危なかった。あんな魔力をぶつけられていたら消えてしまっていた」


「そいつは――」


「貴様何者だ?」


 飛ばされ尻餅をつきながら、ヒカリと話していると首筋にひやりとするものと声が掛けられた。

俺は両手を上げ、恐る恐る振り返ってみるとそこには、大人の姿のクレアが立っていたのだった。


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