第二節:迷わずの森
「はぁ……はぁ……今のやつ確かBランクだったっけか?」
息も絶え絶えに、地面へと寝転がりながら隣に座るエマを見る。
「そのはずよ、はぁ~~疲れた」
エマも同じように呼吸は荒く、顔には幾筋もの汗が流れている。
その少し離れた場所でリオは大剣についた返り血を振り払い、俺達の近くまで来ると腰を落としながら話をし始めた。
「予想以上もいいところですよ。たった一匹なのにこんなに強いなんて」
リオの一言は今回の戦いで誰もが思ったことだろう。
現に俺も彼女と同じことを思っていた。
「本当だよ。村長の言ったとおりだったな」
体を起こしながら俺が言った台詞に、ジェシーが同意する。
「そうですわね」
ジェシーは先ほどの戦いで右腕に軽い切り傷ができたエマを治療していた。
エマは治療をすべてジェシーに任せ、顔をリットに向ける。
「リット、荷物は無事?」
「なんとか、今水持っていきますね」
「お願い」
リットは、荷物から水筒とそれぞれのカップを取り出して歩み寄ってきた。
このように団員のほとんどが疲れ果てる事態となったのは、迷わずの森に到着してすぐのことである。
それまで魔物に会うことはなく、体力が削られていなかったのが幸いだった。
もし他の魔物とやり合っていたら、こんな小さな怪我ではすまなかっただろう。
俺はそんな風に思ったが、村からここまでの道のりの長さを考えると考えを改める。
(ちがうな……幸いなんかじゃない。ここにくるまでに魔物の強さを知ることができなかったことを考えると、逆にマイナスだな)
途中であんな魔物と会っていれば、村にいったん戻り対策を立てに出直そうと思ったことだろう。
しかし、今いるのは森の入り口。
村に帰るには、半日歩かねばならない。
今から村に帰るとなると、暗い獣道を歩くことになり自殺行為に等しい。
だからといってここにいても同じように危険である。
今後についての対策を考えなくてはなるまい。
「エマ、これからどうする? 村に戻るにしても、夜の獣道を歩くのは危険だし、だからといってここにいるのも同じように危険だぜ?」
リットに受け取った水を飲みながら、エマは視線を俺へと向ける。
そしてカップに残っている水を一気に飲み干し、こう答えた。
「そうね……本当どうしようか。まさかここまでとはさすがに私も予想外だったわ。なんとかなると思ってたから、これからについてとかよく考えてなかったわ。ちょっと自分達のこと過大評価しすぎてたみたいね」
少しお茶らけた感じに話すエマ。
「それは俺も認めるし反省もんだが、本当にどうする?」
「ん~皆、何かいい案ない?」
エマの視線がぐるりと回る。
先ほど自分で言った言葉どおり、どうやら彼女にはこれからどうするかという案はないようだ。
ちなみに俺は案を持っていないわけではないが、いい案という点では答えを持ち合わせていない。
そのため口にするのは残念な言葉のみ。
「無いな」
俺の一言がきっかけでほかの団員達も口を開く。
出来ることなら、誰かいい案を持っていて欲しい。
だが、そんな淡い期待はあっけなく崩され、彼等が発する言葉の意味はすべて俺と同じものであった。
「無いですわ」
「無い」
「無いですね」
全員の意見が嫌な方に綺麗にまとまる。
やはりいい案は全員持ち合わせていないようだ。
エマはその答えを聞くと、ふぅとため息をひとつつき、今度はこう聞いてきた。
「これからやろうと思っている対策は2つあるんだけど、2つより多く対策もっている人いる?」
エマがそう質問した後、俺は一人一人の顔を見ていった。
全員が俺と目が会うたびに、軽く首を横に振る。
彼らもそれ以上の対策案は無いようだ。
俺はそのことも踏まえエマの問いに答えた。
するとまたその言葉がきっかけで、次々に口を開く。
「いないと思うぞ。俺もいい案以外では2つだけだし」
「アキラと同意見ですわ」
「右に同じく」
「僕もですね」
皆の意見が出揃い、自分が思っている2択しか案が無いことがわかると、エマはその二択を今度は口にした。
「わかったわ。それじゃ今から村に引き返すのと、少し森から離れたところにテント張るのどっちがいいと思う?」
提示された2択は俺が考えていたものとまったく同じであり、きっとほかの団員もきっと同じことを考えていたことだろう。
さぁて、どちらにしたものか?
今度は少しばかり考えをめぐらせる。
考えをめぐらせ、先ほどよりも答えを出す反応が遅れると、俺よりも先にジェシーが口を開いた。
「私は後者でお願いしますわ」
ジェシーは医療品を片付け、荷物へとしまう。
彼女が口にした通り、危険ではあるが依頼を果たすなら、ここにキャンプを張ったほうがいいかもしれない。
そう考えがまとまった。
俺は声に反応してジェシーに向けた顔をエマへと戻す。
「俺もその考えかな」
「うむ、リオとリットは?」
エマの視線はリオとリットへと向かう。
「僕もそれでいいと思いますよ。今から帰るのはリスクしか負わない気がしますから」
「皆の意見を尊重」
全員の意見が出揃った。
エマは一度うむっと腕を組み、目を閉じてうんうんと何度か首を縦に振った後、目を見開いて皆に向けて今までの意見を考慮した結果を告げる。
「それじゃ、近くのところにキャンプを張って一夜過ごしましょう。見張りは大体2時間交代。最初は私からで、アキラ、リット、リオ、ジェシーの順でいい?」
「いいんじゃないか?」
エマに一言返すと、皆も首を縦に振り自分の意思を示す。
こうして森の近くにあった崖下のところで、キャンプを張り俺達は一夜を過ごすこととなったのだった。
テントを張り、休める状態になると、火を起こしてそれを中心に円になるように腰掛けた。
リットはその火でお湯を沸かすため、ヤカンをぶら下げる鉄製の簡易的な台を製作している。
「明日からどうする?」
カチャカチャと台が組み立てられていくなか、最初に口を開いたのはリオであった。
まだ夕焼け空であるため、誰も寝ていない。
これから少しすると見張りの関係上、就寝するものも出てくるので今のうちに明日の予定を決めておきたいと言う意図が汲み取れる。
「とりあえず森に入ってみるしかないんじゃなくて?」
「確かにそうだが、考え無しに入るのは避けたいな」
「それじゃどうしますの?」
「う~ん」
見張りで外に注意を向けるエマ以外は、今後について思いをはせる。
そうしているうちに、台の組み立ては終り、組み立てられた台は焚き火のところにおかれ、ヤカンが吊るされた。
そして作業が終わったリットが自分の席へと腰を下ろしながら、明日の行動の選択肢を告げる。
「情報がほしいため、分散して森の調査」
「却下、敵が強すぎる」
否決の後、今度はジェシーが語る。
「森を伐採し、戻ってしまう場所の境界線をはっきりさせる」
「却下、いい案ではあるが、人数、日数、道具そのすべてが足りない」
視線はキャンプの外に向けながらも、エマが口を開く。
「依頼を破棄し、あきらめる」
「却下、前金をもらったうえ、王国からの依頼」
リオが話す。
「この森の魔物を相手にして私達のレベルアップ」
「却下、リスクが高いうえ時間がかかりすぎる。なおかつ依頼がおぼつかなくなる」
全員が1つずつ提案を出し、それをすべて却下した俺が今度は意見を出す。
「地道に木に目印をつけながら、森を進んでいく」
「採用。はぁ~やっぱそれしかないのね」
俺の意見にエマが判決を下す。
採用された意見は、決して画期的というわけでもない方法。
今まで調査してきた人物達がおこなってきた方法だろう。
現にエマもそう感じているのか、後姿だというのにその表情が芳しくないことが判る。
そんなエマから視線をはずし、他の団員の顔を見てみるとジェシーとリットもエマと似たような雰囲気の顔をしていた。
「しかたないですわ。こうも敵が強いと下手に動けませんし」
「ですね。はぐれたりしたらお仕舞いって感じの強さでしたからね」
明日どのようにこの森を調査するか決定し、皆納得しながらも表情はあまりよろしくない。
あまり画期的で得策といったものではないため、暗い気持ちになったのだろう。
俺も同じように感じている。
そんな皆の暗い感じを察してか、少し早いながらも、いつも最初に食事の準備をするリオがこう声を上げ話題を切り替えた。
「それじゃ夕食の準備をしましょう」
日が沈み、明日への不安を抱きつつも、リオの一声により気持ちを切り替え、夕食の準備を俺達はしだしたのだった。
森の近くで俺達は緊張した夜を過ごした。
太陽が沈み、月の明かりさえ届かない森は、数分おきに何者かの遠吠えが聞こえ、張り詰めている神経をより尖らせ、恐怖を煽る。
しかし幸いなことに、その遠吠えの主が暗闇の中から顔を出すことは無く、空の色が黒から青へと変わり、無事に朝を迎えことが出来たのだった。
「ようやく朝って感じね。ずいぶん遅く感じられたわ」
降り注ぐ日の光を、片手でさえぎり、空を見あげるエマがそうつぶやいた。
そのすぐ近くで荷物を整理していた俺は、その声を聞いて同じようにつぶやく。
「ぐっすり寝てたくせによく言うよ」
「うっさいわね。とりあえず朝食を済ませましょう」
エマは口を尖らせたが、なんてことない朝の挨拶のような会話であったため、すぐに次の話題へと移った。
俺もそれ以上は突っかかることはなかった。
「あぁ、リオ、今日の朝飯は?」
「干し肉と乾燥した野菜をお湯で戻したスープと、町で買ったパン。後はお好みで」
リオはつるされている鍋の中から温かいスープを、カップへ注ぎ、縦に切れ目が入れられ、干し肉を挟んだパンを手渡してくれた。
さほど夜は冷えなかったとはいえ、すこし霧が立ち込める朝には温かいスープはありがたい。
「どうも、それじゃ食後のデザートとして干したフルーツの詰め合わせでも食べますか」
受け取った暖かいスープを一口含み、パンをかじる。
スープが喉を通り、胃へと入ると活力が沸いてくるように感じた。
俺が食事を開始してもリオは自分の食事を開始することは無く、違うカップへとスープを注ぎ、ほかの団員へと食事を配る。
そしてすべての団員がリオから食事を受け取ると、彼女も食事を始めたのだった。
食事は焚き火を中心に行われたが、その中の1人だけは焚き火に背を向け森のほうから目を離さない。
「ジェシーさん、森の変化はどうですか?」
「特にありませんわ。やはり中に入らないとわかりませんわね」
ジェシーは視線を森からはずすこと無くリットに答えると、手に持つパンを一かじりした。
彼女の言うとおり、一夜森の近くで過ごしたが、わかったのは魔物が強いというだけ、まだこの森の特性である森を進むと元の位置に戻るというものを味わってはいない。
結局は地道な作業をしなければいけないということだ。
俺はその作業をあまり好ましいと思わなかったが、自分を納得させる意味も込め口にした。
「それじゃ飯食い終わったら地道な作業ってところか」
「まぁそういうところね。必要な荷物だけもって森に入りましょう」
「「「「了解」」」」
それぞれが別の動きをしていたが、エマの指示に俺達は同じ言葉と同じタイミングで答えたのだった。
朝食を終えると、すぐさま準備を始め森の中へと足を踏み入れた。
森の中は特に変わっているといった雰囲気は無く、ただの普通の森と大差は無い。
ただどこから襲ってくるかわからない強力な魔物に意識がいき過ぎてか、普段の倍以上に神経を疲れさせた。
そして森を進むこと30分、今だ変化の無かった俺達の前に1匹の魔物が姿を見せた。
俺は最後方にいたため、リットの声で魔物がいることを認識する。
「センドルッド!」
センドルッド、サルに似た形で鋭い爪と牙、額には鬼の様な角を持ち、茶色い毛皮に覆われている。
体長は1メートルほどだが、俊敏な動きと、長い尻尾の先にある棘のついた拳大のコブはかなりの脅威だ。
おまけにこのセンドルッドという魔物は、群れで行動しており、小さいコロニーでも10以上いるため傭兵達にとっては会いたくない魔物の一種に数えられる。
そんな魔物がこの迷わずの森の特性の1つである、魔物の強化がされているとなると非常に危険だ。
俺は奴の仲間が後方にきているのではないかと思い、武器以外の荷物を地面へと投げ、盾と剣のパーツを突けたグローブを構え振り返った。
敵はいない。
その重要な情報をすぐさま伝えるべく大きく口を開ける。
「後方にはいない! ほかに入るか!?」
「今のところ確認しているのは前方の1匹です! 団長、ジェシーさんそっちは!」
「気配は感じませんわ」
「こっちもよ」
俺が荷物を投げた音のほかにも、地面と何かがぶつかる音が聞こえてきていたのできっと、ほかの団員も同じように武器以外はすべて、体から放していることだろう。
そしてリオを中心に、円陣を組んでいることも想像がついた。
それはなぜか?
答えは簡単だ。
俺達は森を探索するさい、リット、エマ、リオ、ジェシー、俺と、こう並んでいたからだ。
この並びは、防御力のある2人が、前方と後方を守り、素早い2人がその前後にいることにより、襲われたときにすぐ敵に対応できるようにし、攻撃力のあるリオが、ほかの団員を相手している魔物の止めをさす、そういう役割を持っていた。
だが今俺達の前に現れた魔物は、群れで行動する魔物である。
そのためこの1匹を倒せばいいという状況ではなくなった。
奴の仲間がどこから来ても対応できるように、中央にいたリオを支点に円陣を組んだのだ。
その円陣の中央にいる、リオから希望的言葉が漏れる。
「はぐれかも」
それならどれほどいいものかと思う。
「それならいいが、あまりに期待しないほうがいい」
最悪なパターンを予測し、気を引き締める。
だが、1匹のセンドルッドと円陣を組んだ俺達とのこう着状態は、それから数十秒過ぎてもかわらず、またほかの魔物が現れる気配もない。
俺を含む全員が、もしかしたらと思ったことだろう。
そしてまた数十秒が経過し、その考えが確信に変わった頃、俺は後ろの警戒を弱め、前方にいるセンドルッドに視線を向けた。
その時だ。
今の今まで動かなかったセンドルッドが、ものすごい勢いで襲い掛かってきた。
おそらく、今まで張り詰めさせていた神経の糸を、奴がはぐれだとわかり緩めてしまったせいだ。
しかも俺が振り返ることで生じる音に、少しではあるが団員の意識をこちらへと向かせてしまった。
振り返りざまに目で捉えたセンドルッドの攻撃の初動は、見事なものだった。
リットは盾を構えていつ攻撃されてもいいように身構えていたのだが、油断したため少し盾が下がってしまい、盾の守る部分を少なくなったところへ攻撃を仕掛けたのだ。
襲い掛かるセンドルッドは、リットが空けてしまったスペースを突くように飛び上がり、体をひねったかと思うと、体の後ろに隠れていた尻尾を遠心力をつけながら打ち据える。
自分が油断していたことに気づいたのだろう。
リットははっとした表情の後、すぐさま盾を上にかかげようとしたが、どう見てもやつの尻尾がリットにあたるほうが早い。
まずいと思った瞬間俺の口からは彼を呼ぶ声が叫ばれる。
「リット!!」
その声と重なるように、ガツっといういやな音が耳を通り抜けた。
そしてすぐさま何か地面にぶつかる音が聞こえてくる。
頭部へとセンドルッドの尻尾を打ち付けられたリットは、何の言葉も発することはなくただ地面へと横たわっていた。
俺とジェシーそしてエマもその様子を見て思わずリットに駆け寄ろうとしたが、一番近くにいて、しかも目の前で見ていたリオが、それを静止する声を上げた。
「動くな!」
リオの声で全員がその場に立ち止まる。
「大丈夫。たぶん気絶しているだけ。今はリットよりもセンドルッドを倒すのが先決です」
体に似合わない大剣を構え、センドルッドを睨みつけながらリオは冷静にそう言い放ったのだった。
彼女が静止を呼びかけなければ、リットに注意が移った俺達をきっと奴は好機とばかりに襲い掛かってきたことだろう。
我に返った俺達は、リオの言葉により今何をしなければいけないのかはっきりと認識する。
そして各々の武器を構えなおし、センドルッドと対峙した。
「私が一気に攻めます。ジェシーと団長はフォローを頼みます。アキラさんはリットを」
「わかった」
緊迫した空気の中、リオはそう言葉を発すると地面を蹴り、前方で蛇が発するような威嚇音を出すセンドルッドへと切りかかった。
俺はそれとほぼ同時にリットの足を掴んで引っ張り、戦闘場所から彼を遠ざけた。
縦に振られたリオの大剣は自重もともなって、かなりの速さでセンドルッドへと襲い掛かった。
だが、奴はその速さをものともせずに右へと大きくジャンプし、リオの一撃を避ける。
センドルッドが避けた地点には木が生えており、ちょうど奴のジャンプが落下に変わるときに接触した。
そしてすぐさま奴はその木を蹴ってリオへと襲い掛かかってきた。
襲い掛かるセンドルッドをリオの視線はちゃんと捕らえていたが、重い大剣はリオであってもすぐに構えなおすことできない。
このままでは直撃してしまう。
けれど奴の攻撃も、リオには届かなかった。
センドルッドがリオに襲い掛かる途中、奴めがけてナイフが飛んできたためだ。
ナイフは絶妙なタイミングで投げられ、空中にいるセンドルッドには避けるすべがない。
この攻撃で俺はやった! と思ったのだが、迷わずの森で強化された魔物はこれだけではすまなかった。
避けられないと思われたナイフを、何と自慢の尻尾の棘で弾き飛ばし、防いだのだ。
防ぐことにより、リオに向う推進力は失い地面へと落ちたが、華麗に着地したセンドルッドは今度はナイフを投げたエマへと襲い掛かっていった。
「ちっ」
エマは向かってくるセンドルッドに舌打ちをしながら、手に握られているナイフをセンドルッドへと投げつけた。
ナイフは一直線にセンドルッドへと向かっていく。
「キー!」
センドルッドはそのナイフがこのままでは自分にぶつかることを悟ったのだろう。
掛け声とともに左と回避する。
けれどその動作をエマは読んでいた。
「甘い!」
気合とともにナイフにつながる紐を引っ張り、エマは無理やり軌道を変え逃げたセンドルッドへとナイフを仕向けた。
このまま何事も無ければ、ナイフが奴にあたることは間違いない。
エマを中心に、コンパスのように円を描きながらセンドルッドへと向うナイフ。
当たれ! リットの状態を確認しながらも、エマ達の戦いを食い入るように見ていた俺はそう念じる。
しかし、その願いはかなわない。
ナイフが軌道を変え襲い掛かってくるのがわかると、奴は自慢の爪と尻尾の棘を地面へと刺し、急停止しナイフをやり過ごしたのだ。
そしてすぐさま地面から引き抜くと、武器を持たずがら空きになったエマへと飛び掛った。
「まずっ!」
エマの口からそんな言葉が漏れたのが聞こえる。
顔はあせりの表情を浮かべており、次の策はおそらくない。
思わず俺は避けろと叫びそうになったが、俺はその言葉を飲み込んだ。
「はぁ!」
光が一閃。
エマの目の前にそれが現れると、センドルッドは地面へと叩き落とされ、目から血を出しながら騒ぎ立てた。
光の正体はジェシーの細剣。
これまでセンドルッドの動きを観察していたジェシーが、確実に避けられないと言うタイミングで奴の目に切りかかったのだ。
「ギャーーキーーー!!」
叩き落されたセンドルッドは尻尾や爪をところかまわず振りまわし、暴れている。
「皆、離れて!」
声の方向を見て、ジェシーとエマはその場からすぐさま遠のいた。
すると、鎖が勢いよく引っ張られるような音とともに、何かが風を切る音が聞こえてくる。
そしてその音の終了とともに、ドゴンっという鈍く大きい音が鳴り響いた。
大きな音のほうを見ると、ピクピクと痙攣を起こし、体の原型が無くなった血まみれのセンドルッドが、ハンマーにより木の幹にめり込まされていた。
ようやく戦いが終わった。
戦いが終わると、リオはハンマーがついているグローブをはずすし、一目散にリットの元へと駆け寄っていく。
「リットは!?」
その表情は先ほどまで戦っていた人物なのかと思わせる表情であり、心底リットのことを心配しているものであった。
「あぁ今のところは大丈夫だ。幸い奴の尻尾の棘は目の上の額を軽く切るだけで済んでる。骨のほうも砕けた様子はないから、おそらく一時的に気を失っているだけのはずだ」
「そう、よかった」
そういい終わると、ぺたりとその場にリオは座り込んだ。
彼女にとってリットは仲間である前に姉弟だ。
きっと俺達以上に心配していたに違いない。
俺は心身ともに疲れているリオを気遣い休憩を提案した。
「とりあえず、ここで少し休もう」
しかし、その提案に誰も賛同はしなかった。
代わりに、ジェシーからこんな声が。
「それはやめたほうがいいですわ。今の戦いでほかの魔物に私達の存在が気づかれたみたいですから」
思わず俺はエマの顔を見る。
すると、彼女はうなずき、すぐさまこう言った。
「アキラ、リットを背負って。そしてリオ。疲れてるところ悪いんだけど荷物をお願い。ジェシーあなたは殿ね」
「えぇわかりましたわ」
剣を鞘へとしまい、ジェシーはそう答え、荷物をまとめ始める。
リオも、座り込んでいた体を起こして、ハンマーを引き抜き、血を水筒の水とそこら辺に生えていた草で洗い流して片付け始めた。
「おい、戻るのか?」
「そうよ。だから急いで」
先に準備が整ったエマは、あたりに警戒を向けながらそう答えた。
いつものふざけたエマとは違い、眼光が鋭くなっている。
俺は彼女に言われたとおり荷物をまとめ、リットを背負う。
こんな状態でここに住んでいる魔物と戦闘になれば、ただの怪我ではすまない。
早く戻ろう。
そう思った時だ。
俺の中で違う考えがひらめいた。
「もしかしたら戻るよりも、進んだほうがいいかも知れないな」
「どういうこと?」
警戒しながらもエマは俺の質問に対し疑問を投げかけた。
「村長の話によれば30分も進めば、もとの位置に戻るって話だ。俺達も30分ぐらい歩いてはきたが、慎重に進んできたためかまだその戻る位置まではたどり着いていない。この森の特性を信じるなら、来た道を戻りよりは進んだほうが多分距離は短いはずだ」
俺が村長に聞いた話を踏まえながら答えると、エマは口を閉ざした。
しかしそれも数秒で終わる。
「……そうね。戻ると言う現象を私達は体験していないからなんとも言えないけど、もしそれが本当なら進んだほうが早いはず。村長の話と王女様を信じましょう」
エマの決断が出された。
そしてそれから、約1分ほどで俺達はその場から離れる準備が整い、森の奥へと踏み入れる。
俺達が戦闘をしたせいか、興奮した魔物達の声があちらこちらから聞こえてくる。
慎重に、けれど早く。
そんなペースで俺達は歩き続けた。
歩き続けて10分ほど経っただろうか、もうそろそろ元の位置にも戻ってもいいのではないかと思い始めた頃、目の前の木々の間から開けた風景が見えてきた。
戻ったのか?
そう思い、そこまで進んでみたが、どうやら森の入り口ではないらしい。
「なにここ……」
先頭を歩いていたエマがつぶやく。
それもそうだろう。
着いた場所は森にぐるりと囲まれた広場。
その広場の中央には、森の木々よりも高い館が建っていたのだから。
森の外からも見えなかった上、村長の話にもこのような場所があるなど聞いてはいない。
「どうやら、俺達は戻らなかったみたいだな」
俺は館を見ながらつぶやいた。
そして俺の後ろにいるリオも口を開く。
「団長どうします?」
「とりあえず、館に入りましょう。おそらくあそこに依頼の手掛かりがあるはずよ。それにもし無かったとしてもあの中に入れば休めるはずよ」
「わかりました」
話がまとまったところで俺達は屋敷の扉の前へときた。
俺達が来た方向の森からは、魔物達の声が聞こえてくる。
「アキラ、大丈夫だとは思うけど、調べてくれる?」
「あぁ、リオ、リットを頼む」
「はい」
俺はリットをリオに頼むと、扉を叩いた。
コンコン。
2回ほどノックをし、扉に耳を当て中の状態をうかがう。
すると、なにやら中から足音が近づいてきた。
「さがってろ」
俺は彼女達を扉から下がらせ、何が来てもいいように左手につけている盾を前面に構えながら、目の前の扉を凝視した。
足音が扉に耳を当てなくても聞こえるぐらい近づいてきて、鳴りやむ。
そして、その後ガチャリという音がした後、扉が開いたのだった。