休話:男の料理
トツブしか材料のない俺達は、トツブを炊き上げる準備を整え火をくべると、すぐ食材を探しに会場を飛び出した。
普通の料理対決ではありえない光景だが、そこが観客にとっては面白いらしくかなりの盛り上がりを見せる。
人を掻き分けながら会場の外へと向かう途中、唯一の男チームとあってか応援の声をかけられる。
なかには『あんちゃん頑張れよ。さっき騙された事なんて気にするな』と慰めの声も混じっていた。
ちきしょう、あんがとよ。
会場の外へ出るとすぐさまリットと俺は別々の行動に移る。
一緒に食材を探しても効率的ではないからだ。
探す材料の分担についてはトツブの調理中に決めておいた。
リットは副菜の材料となるものを、俺はメインとなるものをと探すことになっている。
ちなみに俺達のキッチンには人が誰もいないため、コドラに火の管理を任せてある。
そりゃ無茶だと思うかもしれないが、後でうまいもん食わせてやるから伝え、火の調整の仕方を教えると、言われたとおりにしっかりとこなし、まかせろ! と言わんばかりの声を上げ俺達を見送ったのだった。
まったくできのいい仲間である。
火の心配をする必要はないため心置きなくメインの食材を探していると、ほかの参加者が目に飛び込んできた。
俺達のように食材の足りないチームは、皆会場の外へと飛び出しているためおかしくはない。
しかしこれは非常にまずい。
何がまずいかというと、その参加者の女は俺の目の前を走っており、メインとなりそうな食材を片っ端から持ち去っているのだ。
このままでは、いい食材は彼女達すべてもっていかれるうえ、仮に彼女達と同じような鮮度の食材がゲットできたとしても食材がかぶっては優勝は難しい。
何とか追い越せないかと、スピードを上げては見るが結構距離が離れているため、すぐに抜くことはできそうもない。
どうしたものかと考えていると、ふと右手にあるギルドの建物に意識が持っていかれた。
ギルドを最初見た時はこの頃行っていないなという感想しか浮かばなかったが、その後も何の気なしに見ていると俺の頭の中に1つのひらめきがおきる。
これしかないと。
俺はすぐさま走る方向をギルドへと変え、走る速度を上げていった。
ギルドのウエスタンドアを走っているスピードのまま開く。
勢いよく開かれたドアは蝶番でつながれている壁に当たりバンという大きな音を立て、ギルドの中にいた人々を驚かせた。
視線のすべてが俺へと集まる。
だが今はそんなことにかまっている暇はない。
ギルド内にいる人間に怪訝な顔で見られながらも、俺は依頼書をあさりだした。
「たしか、あいつはCランクだから~~~え~~~っと~~~あった!!!」
思わず見つけた拍子に、声を張り上げてしまう。
そのせいでまたもギルド内の視線が俺へと集まったが、もちろんそんなことに気にしてはいられないので、俺は依頼書を抜き取ってすぐさまギルドをでていった。
「場所は……全力で走れば5分でつくはず、問題はそこにいるかどうかだが、あっ、おっちゃんこのロープ頂戴」
「はいよ」
「どうも」
ギルドを出た後は、依頼書に書かれている魔物の生息地を確認しながら走り出した。
途中、目にとまった雑貨を売る屋台で魔物を運ぶためのロープを購入し、再度目的地へと向かう。
今回の俺の目的は魔物の討伐ではない。
イベント中なため当然といえば当然だが。
ではなんななのか?
答えは魔物の捕獲だ。
そのため武器はかならずしも必要ではないが、ないとかなり不安である。
それなら持っていけばいいのだがそうはいかない。
なにせ俺の武器は修理中なのだから。
この前の巨大蛙との一戦で俺の武器はすべて壊れていた。
夜明けの月の武器に関してはすべてハンスに任せてあるが、いかんせん今はセメント製作指揮が忙しくなかなか取り掛かれないでいる。
セメントについては俺から奴に振った仕事であり、今シリウスト領でもっとも必要なことであるため、やめろとは言うことができず、とりあえず落ち着くまで順番待ちの状態である。
シリウスト領は一応武器、防具の産地で有名なのだから、ほかの鍛冶屋に任せてもいいのだが、俺のグローブはあまりに特殊であったため、作った本人でなければどうにもならないということをほかに鍛冶屋に言われてしまっていた。
だから俺は律儀に順番待ちをしているわけなのだ。
別に盾やハンマーなどパーツ部分が壊れたなら、ソードパーツやクローパーツなどをつければ問題なかったのだが、今回は大本のグローブ部分の欠損ということでかなりの痛手となっている。
そんな訳で俺は今、丸腰だ。
もっとも狩りに慣れ始め、自分の体の動かし方を覚えた俺にとって、Cランクの魔物に素手で挑むことになっても恐怖は感じないがな。
「そんな軽い気持ちを持っていた時期も私にはありました」
ロープを勝手から数分後、俺の頬には汗と緊張が流れていた。
全力で町を抜け、シリウスト領の水源である川の近くの森へと足を運んだ。
運良く、すぐに目的の魔物を見つけることができたのだが……あった瞬間眼を疑った。
でかい。
予想以上に大きく、図鑑に記載されていたよりも明らかに大きいサイズの魔物がそこいたのだ。
体長は約2メートル、ハサミも入れれば3メートルはあるだろう。
色は緑と茶色の斑模様で、大きなハサミを2つ持ち、四角く角ばった胴体からは左右に4本ずつ、ハサミを入れれば合計10本ほど足をはやしており、体やその足には殻が覆われていて、歩くたびにカチャカチャという音をだしその殻の固いことを予測させる。
まぁぶっちゃけ蟹だ。
どでかい蟹だ。
蟹の種類についてはそんなに詳しいわけではないが、あえて言うならどでかい上海蟹といったところか。
そんな蟹に似たCランクの魔物、ハンマーサイズというのだが、こいつは実に美味い。
一度屋台で奴の足が焼かれているのを食べたのだが、濃厚でいてしつこくなく口の中に広がる旨みは、なんともいえないものだった。
俺はそのことを思い出し、ギルドへと向かいこいつが出没していないか調べていたのだ。
もしかしたらここら辺には生息してなく、大幅なタイムロスになるかもしれない一種の賭けに近かったが、成功したのでよしということで。
ちなみにこのハンマーサイズという魔物が市場に出ることは稀である。
確かに奴は美味なので多くの傭兵から狙われて入るが、縄張り意識が強く凶暴、そのうえ群れを作り行動しているため、なかなか捕獲できないからである。
唯一の救いは草食であることなのだが、そのせいで川の近くにある農家ではこいつらの被害に遭うことがあるそうだ。
今回俺がギルドで見つけた依頼は、畑が襲われたとかの内容ではなく、森の伐採の邪魔になるとの事で張られていたが、ここまででかいなんて書いていない。
でもまぁそれはいいとしておこう。
問題は奴が群れで生活していない事だ。
先ほども述べたがこいつらは群れで行動しているはずである。
そのため俺は軽く2、3匹食材として捕まえて、とんずらここうとしていたのだが、いるのは1匹だけ、しかも超巨大なハンマーサイズしかいないのではそうもいかなくなってしまった。
「だーーー! もう時間ねぇしこいつ捕まえるしかないか!」
そう悪態をついてみたが、事態が好転するわけでもない。
仕方がない。
俺は腹をくくり、奴と対峙することにした。
だからといって馬鹿正直に真正面からいくようなことはさすがにしない。
後ろからそっと近づき、奇襲をかけるのことにする。
俺は気づかれないようできるだけ気配を消して近づいていく。
とりあえず最初に狙うはなんといってもあのハサミ。
先ほどから奴の動作を見ているが、あのハサミは危険すぎる。
その巨体から見ても大きいと感じるハサミで、俺の胴体と同じぐらいの太さの木を切断しては木の葉を食べているのだ。
もしそんなハサミにつかまったら一発で切断されてお陀仏である。
俺は脳裏に自分が2つにされた風景を思い浮かべてしまい、背筋に冷たいものを感じてしまう。
しかし歩を止めることはせず、ハンマーサイズとの距離を縮めていった。
そして奴が木を切り倒し、餌を捕食するため若干前かがみになった時、それまで慎重に進んでいた足を勢いよく蹴って走り出した。
右足が地面を蹴り上げ、俺の体を宙へ浮かすと、今度は左足でハンマーサイズの背中を蹴って進み、奴の右のハサミへと手を伸ばす。
ここでようやく自分に対しての異変を感じたのか、ハンマーサイズは体を警戒モードへ移行していった。
だが、遅い。
すでに俺は奴のハサミにはロープをかけることに成功していた。
あらかじめロープで輪を作り引っ張れば締まるように細工しておいたので、短時間で奴の右のハサミを無効化することができたのだ。
「よっしゃ! 後は左ぃぃぃぃーーーーいぃ!?」
やったと思い、奴の背中を伝って左のハサミへと移動しようとしたのだが、さすがにその隙は与えてはくれなかった。
背中に異物がいることがわかったハンマーサイズが、まるでトラックが土砂を降ろすかのように体を大きく傾けたのだ。
それなりに凹凸はあったが、基本的につるつるしている甲羅の上にいることはできず、大して粘ることもなく、奴の思惑通り俺は地面へと降ろされてしまった。
地面へと無理やり降ろされた俺は、落ちる途中に離してしまったロープを拾い肩に掛けて体勢を立て直す。
ハンマーサイズは自分の上にいた異物が何だったのか確かめるため、器用に足を動かし向きを変える。
奴と俺の動作はちょうど同じくらいのスピードで、ちょうど体制が整う頃には、正真正銘の正面での対峙となった。
できることならハサミを両方封じてから、いや、捕獲するまでこういう状況にはなりたくなかったのだがな。
俺はそんなことを思い浮かべたが、思っていても仕方がないのですぐに気持ちを切り替え、奴の捕獲するためまた地面を蹴ったのだった。
狙うはまだ封じていない左のハサミ。
先ほどと同じ狙いなのは、奴のハサミがワニの口のみたいに閉じる力は強いが開く力は弱いみたいだからだ。
そう思った理由としては、右のハサミにロープをつけた時にすぐに切られることはなく、ちゃんと今も役割通りその使命を果たしている。
そのため俺は当初の計画通り、左のハサミを封じる作戦続行したのだ。
走り出した俺は正面からではハンマーサイズの攻撃があると予想し、奴の側面に回りこむ。
そしてそのまま奴の足を土台にして昇り、右のハサミのように封じてやるつもりでいた。
けれどそれがいけなかった。
「えっちょっとなにそれ……」
すばやく動かなければいけなかった俺だが、思わずそうつぶやいてしまった。
奴の目が自分の横にいる俺を捕らえると、ものすごい勢いで足を動かし始めたのだ。
よく考えればわかることだったのにと後悔する。
ハンマーサイズの形は地球の蟹である。
そのため蟹と似た特徴を持っていても不思議でない。
そう、つまり奴は横に走ることが非常に得意だったのだ。
奴のあまりの急変振りに唖然としている俺に、準備運動を済ませたハンマーサイズが勢いよく襲い掛かってきた。
すべての足をわしゃわしゃと動かして迫ってくる様は、威力が高い牛の突進よりも威圧感があり、何より生理的な気持ち悪さから恐怖を感じられる。
「うおぉーーーーーーー!!!!!!!!!!!!」
やばいと思った俺はすぐに逃げた。
すべての力を逃げることだけに使い、奴に背を見せ、なりふりかまわず逃げる。
ブン。
背を向けて走り出した直後、後頭部に何かかすった感触と風切り音が聞こえてくる。
おそらく奴のハサミが振られたのだと思う。
「こえーーーー!!!!」
左手を後頭部に押し当て、自分の頭が無事なことを確認すると思わず声が漏れた。
これでは後ろを振り返って、ハンマーサイズの動きを確認している暇などはない。
俺はひたすら森を走るのだった。
奴の進行を妨害するため、あえて木が生えているところを突き進んでいるのだが、微妙に効果がない。
後ろを振り返ってないため確認は取れていないが、おそらく奴はそのご自慢のハサミで大木を一瞬にして切り倒し、俺の後を追っているのだ。
木が生えている場所を通り過ぎた後に聞こえる、キンという金属音のようなものと、大木の倒れる音がそのことを連想させている。
「くそーー! どうする!? どうするよ俺!?」
腕を思いっきり振って、全力で走りながら自問を繰り返す。
さすがにこの速度でいつまでも走っていることはできないし、ましてやこのままではエマ達の奴隷確定、もといこいつに調理されかねない。
俺は焦りの中、なんか対応策はないかと蟹について考え始めた。
蟹、甲殻綱・十脚目・短尾下目に属する甲殻類の俗称で、食用としてはタラバガニ、ズアワイガニ、上海蟹などが有名である。
雌雄の判断は蟹をひっくり返し、蟹のふんどしと呼ばれる三角形の腹部の形によって――。
「って関係ねー! なにうんちく考えてんだ俺は! 死にたいのかまったく! ――ん、だが待てよ……」
焦りのせいで変な方向に、蟹について考え始めた俺に1つの妙案が思いついた。
やはり何事も考えることが大事なのだと思う。
だが思いついた内容を、妙案と言ったのはさすがに言い過ぎだった。
それは俺の考えがかなり危険で、成功率も低そうなためだ。
しかし現状を打破するにはそれ以外の方法は俺には思いつかず、少しばかりやけくそ気味に思い切ってその作戦実行に移したのだった。
「うらぁーー!!」
先ほどまで逃げの一手の俺だったが、反転し奴の足に向かって全力でドロップキックをおみまいした。
もちろん急には止まれないハンマーサイズは、避けることはできず綺麗な形で奴の足へと当たる
しかし、奴もただ食らうだけではなく芸はないと言わんばかりに、向かってくる俺に対してご自慢のハサミで攻撃を仕掛けてきたのだ。
一撃必殺のハサミが俺を襲う。
だがドロップキックの体制だった俺は運良くその攻撃を逃れ、ハンマーサイズに空を掴ませた。
ドロップキックのように体を横に倒していなければ間違いなくあのハサミに捕まっていたことだろう。
だがこれが決まり手となった。
足元が突っかかり、上半身にった重い巨大なハサミを振るったことにより奴は俺の作戦通り、ひっくり返ったのだ。
ひっくり返ったハンマーサイズは地面を抉りながら、そのままの体制ですべり木にぶつかってようやく止まった。
止まると奴はじたばたと、足とハサミを動かして必死に起き上がろうと暴れる。
はっきりいってまだ危険であるが今しかない。
俺はドロップキックで地面へと寝転がった体を起こし、担いでいるロープを両手でピンとはって、ハンマーサイズをじっとにらんだ後、決死の覚悟で挑んでいった。
そして5分後には見事に縛り上げられ、泡を吹くハンマーサイズができあがった。
「よくやった俺、頑張った俺! …………だがこの縛り方はないよな」
テンションが上がり自分を褒めた俺だったが、改めてハンマーサイズの格好を見て軽く落ち込む。
縛ってあるハンマーサイズはきれいに亀甲縛りされていた。
別に最初からこうしようと思っていたわけではない。
最初は足同士をしっかり固定し、動きを封じることだけを念頭においていたはずなのだが、縛っているうちに、なぜか縛るなら亀甲縛りだろという結論に達しこうなったのだ。
「溜まってんのかな俺……」
亀甲縛りを始めた経緯を思い出し、俺はさらに気分が落ち込み1人つぶやくと、リオの提案をなぜか思い出したのだった。
「おい……なんだありゃ……」
「でけぇ……」
「あんなの見たことねぇぞ」
「すげぇ……てかあれを1人で捕まえてきたのか!?」
ずしりと重い一歩一歩を踏みしめながら歩くたびに、俺の耳にはそんな声が届いてきた。
まぁこの姿を見れば当然か。
俺は周りの視線や、声を気にせず俺は目的地へと向かう。
一刻も早く会場に着かなければ俺達の負けが決定してしまうから。
注目の的になりながら街中を歩いたことにより俺の後ろには長蛇の列ができ、目的地の会場にたどり着いたころには、その列は100人近くにのぼっていた。
なんとか会場にたどり着くことはできたが、舞台までの距離約30メートル。
俺は思わず立ち止まる。
なぜならその30メートルという距離は、すべて人で埋め尽くされていたからだ。
飛び出していった時よりも若干人が多くなったように感じる。
盛り上がることはいいことなのだが、問題発生だ。
舞台へ上がるためには、どうしてもこの人ごみの中を進むしかないからだ。
こんなでか物を背負ったまま、この人ごみを掻き分けて舞台に上がるのは至難の業だな、などと思っていると、後ろの異様な気配を察知したのだろう、観客の数人が振り返り俺の存在に気がつくと声を上げる。
「おいおいおいおい、なんだありゃ!」
「道開けてやろうぜ」
「そ、そうだな」
観客から声が上がったことにより、1人が2人、2人が4人と徐々に俺の存在に気づき、とうとう会場にいた全員の視線が俺へと集まったのだった。
そしてそれまで異様なほど盛り上がっていた会場はシンと静まり返ったかと思うと、会場の人たちは俺が通りやすいように道を作ってくれる。
まるでモーゼみたいだ。
そんなくだらないことを思ってしまったが、おかげで俺は苦労して、人ごみを掻き分けながら舞台へとあがることは避けられたのだった。
それにしても面白いほど、俺へと視線が集まっている。
ほかの参加者の視線も俺が独占中だ。
その中には俺のチームであるリットも例外ではなかった。
「アキラさん!?」
驚いたように話しかけてきたリットの声が静まり返った会場にこだまする。
その驚きの原因は、おそらく2つ。
まず1つは俺の背負っているメイン食材、ハンマーサイズ。
急にこんなでかい魔物を持ってきたんだから当然といえば当然だ。
そしてもう1つは俺の格好。
これでもかというくらいに濡れている。
なぜ濡れているのか?
理由は簡単。
メイン食材、ハンマーサイズを食べられるように川で洗ってきたためだった。
普段なら自分が濡れないよう洗うものだが、あまりにでかくまた時間も無かったため、俺自身が川に入らなければ洗うことなどできなかったのだ。
そんな水も滴るいい男状態の俺は、いまだに驚いた表情のリットに声をかける。
「よう、野菜はみつかったか?」
「え、えぇ、見つけてちゃんと持ってきましたけど、いったい何なんですかそれは!? それとどうして濡れてるんですか!?」
声をかけられたリットは、驚きつつもちゃんと質問に答え、俺の背中のものについて尋ねてきた。
「何ってメイン食材だ、それに濡れてるのはこいつを洗ってきたわけでーっと、だーーーーしんどかったーーー」
「洗ってきたって……」
俺は軽自動車ほどのハンマーサイズを舞台上まで運び、背中から降ろす。
降ろすと同時にリットの質問に答えると、今までの疲れがどっと足にきてしまい、思わず俺自身の腰も下ろしてしまう。
リットは質問に答える俺にまだ何か言いたそうではあったが、俺の様子を見てかそれ以上は何も言わなかった。
爺みたいに腰を叩いていたのでそのせいかもしれない。
座り込んでいる俺はふうっと大きく息を吐きだし、軽く体を休ませるといまだこちらを見ている敵チームの1人リオに話しかけたのだった。
「なぁリオ、悪いんだけど剣を貸してくれないか?」
リオに剣を借りようとした理由は、すでにわかっているとは思うがハンマーサイズ解体のためだ。
本当ならこのまま茹であげたいところだが、さすがにこの大きさの鍋はない。
それで仕方なく、こいつを解体してから料理をしようとしたのだが、ぶっちゃけ用意された包丁では歯が立たない。
リットが腰に挿している剣でも怪しいぐらいだ。
そこでしかたなく敵であるリオに、助力を願う。
彼女の持つ大剣ぐらいしか、このハンマーサイズを解体できるものがないから。
それにしてもイベントに参加することがわかっていたはずなのに、リオがなぜあんな重たい大剣を持ってきたのかは謎である。
「いいですよ。ただし奴隷2日で」
俺が話しかけるとリオはすぐに答えをくれた。
その返答は敵対している割には好意的で、貸してもいいとのこと。
だがさすがにタダでとはいかないらしい。
「む、ちゃっかりしてるな」
「えぇ、だって貸さなければ私達の勝ちが決定なのに、わざわざリスクを犯すのですからこれぐらいはしてもらわないと」
ツッコミにしれっとした態度で答えるリオ。
こちらは苦笑を浮かべるしかなかった。
たしかにと思う。
彼女の言っていることはもっともであり、あの大剣を貸してもらわなければ俺達の負けが決定である。
それなのに条件付とはいえ、貸してくれるのだ。
賞品が倍になってしまったが、仕方あるまい。
「そうだな。わかった。それでいいから貸してくれ」
「はい、どうぞ。よかったですね、私が武器を持ってきていて」
「まったくだ」
リオの条件を飲み、俺は大剣を借りることになった。
壁に立てかけられていた大剣を、彼女は座り込んでいる俺へとよこす。
その時、彼女に言葉をかけられたが、まったく持ってそのとおりで、反論の余地もなかった。
俺は大剣を杖にして立ち上がると、泡を吹くハンマーサイズの正面へと構える。
また構えると同時に、リットが持ってきた野菜を確認し指示を出した。
「リット、できるだけでかい鍋に湯を沸かせ。それとお前の持ってきた、ダイシロ、キャロンの皮をむき、5ミリ間隔で切った後、丸い切り口を十字に切って鍋に入れろ」
ダイシロとキャロンとは地球で言う大根と人参のことである。
異世界により多少違いはあるだろうが、味や形はほぼ一緒。
地球と同じでポピュラーな野菜の1つだ。
「はい!」
指示をだすとすでに俺に対する驚きは消えたのか、リットは指示通りてきぱきと動き出した。
静かな会場に包丁の音が響く。
すると、今まで俺のほうばかり見入っていたほかの参加者たちもはっと気づいたのか、自分達の料理を再開し始めた。
そして同じように俺が現れたことで、驚き唖然としていた進行役も眼を覚ます。
「……はっ! す、すみまさん皆様方。少々私も驚きのあまり口を閉ざしてしまったようです。今回の黒一点、アキラチームでしたが、そのリーダーが一向に姿を現さないと思ったら、な、な、ななな~んと彼は美味で有名なハンマーサイズを生け捕りにしてきたようなのです! こんな短時間でよく捕まえてこれたなと感心するばかりですね。しかし、捕まえてきたハンマーサイズはあまりに巨大! 果たして残り時間で調理は間に合うのでしょうか?」
その実況が合図となり、静かになっていた会場が徐々にざわつき、すぐに先ほどのような盛り上がり始めた。
「むぅ、静かなまま集中したかったんだが……まぁ関係ないか。こんな人数に見られて緊張しないわけないしな」
活気付いた会場に、ちょっとした文句をたれてみたがどうすることもできないのであきらめると、俺は大剣を握る手に力を込め、呼吸を整える。
そして自分の中にあるタイミングがここだと囁いた時、息を止め一気にハンマーサイズへ大剣を振りかざした。
大剣が当たった瞬間、自分は岩でも切っているのかと錯覚する。
手にあんなに力を込めたというのに、はじかれそうになったからだ。
しかし、その感覚はすぐに無くなった。
はじかれないように必死で手に力を込め直すと、硬い殻に切込みが入り、大剣はハンマーサイズを一気に2つに引き裂いたのだった。
「おぉっとこれはーーー! アキラチーム! あの巨大なハンマーサイズをたった一撃で真っ二つに切断したー!!!」
復活した司会が俺の行動を実況する。
それとほぼ同時に周りからは歓声の声が上がり、拍手が巻き起こった。
いや~こういう拍手は気持ちいいもんだな。
切断されたハンマーサイズはさすがに生きてはおらず、切断にしたことにより縄の解けた足を軽く動かしただけで沈黙した。
「ふぅ、よし、次は足だ」
そう自分に言い聞かせ、しびれた両手に信号を送り、大剣握り締めハンマーサイズを解体していった。
まずは足を体から切り離す。
力を込め、上から順番に1本、2本と。
「アキラさん! 下準備完了しました!」
「よっしゃ! それじゃこいつを入れてしっかり煮込め」
「はい」
大剣を振るい解体していると、リットからの声がかかる。
鍋が沸騰したようだ。
準備が整った事がわかった俺は、リットにハンマーサイズの胴体を16分割したものを2つ手渡した。
さすがに半分にしただけでは入らなかったので、ここまで小さくしたのだ。
もっとも小さくといっても1つ30センチ以上ある。
リットはそれを受け取ると、言われたとおりに鍋へと放り込んだ。
俺はその後も解体を続け、何とか調理できそうな大きさまで加工すると、大剣を担ぎなおし最初食材争奪戦が行われた台へと近づいていった。
「うぉっらぁ!」
手を伸ばせば台に触れる位置まできた俺は、担いでいた大剣を思いっきり横へと振るった。
すると台は大剣により、鉄でできたプレートと木でできた土台へと2つに分断される。
この台だがどうやら主催者の配慮か壊れないよう、上の部分を鉄のプレートで補強しておいたようなのだ。
実際あのすさまじい争奪戦でこの台が壊れていないのはそのためだろう。
しかし、こんな補強をするなら、ちゃんと食材用意しておけよと心の底から思う。
まぁその争奪戦も楽しみの1つなんだろうが。
「リット! このプレートを使ってハンマーサイズ焼くぞ! 手伝え!」
大剣を使い鉄のプレートを手に入れた俺は、リットに声をかけた。
解体したハンマーサイズを焼くために。
「はい」
「きゅっきゅ~?」
俺の声にリットは素直な返事をし、すぐにプレートを乗せるカマド作りに取り掛かった。
するとその脇でカマドの火を調節しているコドラが、声を上げた。
どうやらいろいろと新しい指示を出されるリットを見て、自分はこのままでいいのか心配になったようだ。
人に気遣いをするとは、まったく愛くるしいやつめ。
「コドラはそのままでいいよ。そいつを続けてくれ。続けていたら本当にうまいもん食わせてやるからな」
以心伝心とまではいかないが、すでになんとなく気持ちがわかるようになっている俺は、コドラの声にそう答える。
「きゅーー!」
コドラは俺の返事を聞くと、その言葉に反応し声を上げ、目をきらきら輝かせ、よだれをたらしながらカマドの火をじっと見つめては、自分の役割をこなすのだった。
さて料理もいよいよ終盤だ。
俺は時間やほかのチームの料理に注意しながらも、自分たちの料理を黙々と作っていくのだった。