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夜明けの月  作者: びるす
シリウスト
61/89

休話:料理対決

 ダルマさんとの会話の後、不思議なことに俺に付きまとっていた感覚は消えうせ、自然と眠ることができるようになっていた。

 やはり気の持ちようでどうこう出来る問題だったらしい。

 まだ人を殺すことには抵抗はあるが、守りたいもののために力を振るうことにためらいはない。

 そう決意できたことが、一番の要因だろう。

 活気でにぎわう町中をそんなことを考えながら歩いていた。


「さすがに祭りだけあってすごいですね」


「あぁそうだな」


 俺の考えなど知るわけも無く、一緒に町へと繰り出したリットが俺に声をかけた。

 リットが言うように今日は祭りである。

 俺が屋敷についてから1週間後に開催されたものだ。

 タイミングがいいなと思うかもしれないが、実はこの祭りは昔からの祭りではない。

 何せ今回が初めての祭りだからだ。

 どんな祭りかというと、新しい産業ができたことのお祝いである。

この祭りを実行させたのはもちろんダルマさん、なのだが発案はハンスだったりする。

 ハンスを仲間に引き入れてわかったことだが、奴は賑やかな事が好きなのだ。

 どれぐらい好きかというと、賑やかになるなら自らエマの策略にはまって楽しむぐらい好きなのだ。

 もっとも、はまってというかはめられてといった方が正しいが。

 とにかく、そんな賑やか好きのハンスは製作者の1人としてダルマさんに頼み込み、見事祭りを開催させたのだった。

 だが、ダルマさんもただで祭りを開催したわけではない。

 なんだかんだ言ってもダルマさんは領主だ。

開催するからには領にとって、できるだけプラスになるようにしなけばならない。

 そこで彼は祭りの目玉の1つとして、ハンスにセメント販売講座を義務付けた。

言ってしまえば実演販売なのだが、それを祭りの最中にずっとやらねばならないという条件にしたのだ。

 本来自分が遊べない祭りなど面白くも無いと思うのだが、それでも奴は喜んで引き受けた。

 まったく何が楽しいのやら。

 俺も賑やかなのは嫌いではないが、自分を犠牲にしてまでしようとは思いはしない。

もっとも、自分の好きな人がそれを望んでいたなら別だがな。

 そんな訳で開催された祭りなのだが、思いのほか大いに賑わっていた。

 水問題やら、鉄問題など解決した反動だろうか。

 なんにしろ、楽しい祭りである。

遊ばねば損だ。

 そう思った俺はリットとコドラを引き連れて、町に繰り出したのだった。

 本来ならジェシーでも誘って祭りに繰り出したかったのだが、残念なことに、夜明けの月のお嬢さん方は、なにやらイベントがあるからといって別行動になってしまったのだ。

 1週間前にダンスを一緒に踊ったのだから、祭りの時ぐらい相手してくれてもいいと思うのだが。


「ふぅ~」


 何に対してかわからないが口からため息が漏れる。

ジェシーはエマに連れ去られるような感じだったので、本人の意思ではなかったとあきらめ、祭りを楽しむことにしよう。

 そんな感じで、祭りを楽しんでいる俺達がやっているのは食べ歩き。

祭りに出ている全種類の食べ物を制覇してやろうと思っている。

 俺は頭に乗せたコドラと、すでに満腹になりかけているリットを引きつれ屋台をめぐるのだった。

 そして食べ歩くこと2時間、ほぼすべての屋台を制覇した頃にはコドラの重量は軽く2キロほど増え、リットは食べ過ぎのあまりベンチに横たわることとなった。


「だらしないな。たかが36種類食ったぐらいで」


「たかがじゃないですよ……36種類もです……うっぷ……」


「そうか? 俺もコドラもまだまだいけるぞ? なぁ?」


「きゅ~」


 ベンチに横になっているリットに話しかけながら、手に持つ屋台料理を頬張る。

口の中に甘い味が広がって、幸せな気持ちとなった。

 そんな俺とは逆にリットは口に手を当てながら、なんとか吐き出さないよう努めている。

そんなリットとは対照的にコドラは元気で、まだまだ食べられることをアピールしている。

 俺はほらな、とリットに視線で合図をするとげんなりとした表情でリットが口を開いた。


「アキラさん達みたいな珍獣と一緒にしないでくださいよ」


「むっ失敬な。でもまぁなんにしても、その様子じゃ楽しむって訳にもいかなそうだし、とりあえず少し休むか」


「そうしてもらえると助かります」


 リットは俺とコドラを珍獣扱いすると少しだけ起こしていた体を完全に、ベンチへと預けた。

 さすがに食べさせすぎたか。

休むように提案すると若干コドラが不満そうにしたものの、リットからはふ~と吐く息とともに安堵の台詞が口からこぼれた。

 そして休むこと10分、やることのない俺はあたりを見回し祭りの様子を窺っていた。

するとあるところを境に人通りが多いと感じる場所が存在していた。

確かめてみると、その人の流れは広場の方へと続いている。

 どうやら何かあるらしい。

 祭りのイベントにについて詳しく知らない俺は、そのことをリットに尋ねてみた。


「なぁリット、あれが何かお前は知らないか?」


「えっ? 何かあったんですか?」


「知らないか。知らないならとりあえず見てみろよ。なにやら出し物みたいなんだが」


 リットは俺の言葉に反応すると体を起こした。

ただまだ腹の辺りが苦しいのか、起き上がった時にうっ、と言葉を上げる。


「ふ~~、えっと、うきうきわくわく第1回チーム対抗料理対決 ~私たちの料理を食べなさい~ だそうですね」


「なんだそのネーミングは?」


 俺の位置からはイベントの企画が書かれている看板が見えなかったため、何のイベントかわからなかったが、ちょうどリットからは見えたようで彼は企画名を読み上げた。

 なんとも気の抜けるネーミングである。

 あえて言うなら一昔前の深夜番組だ。

 そのネーミングにちょっとしたツッコミを入れ、俺は看板が見えるように位置を変えた。


「そんなこと言われても僕にもわかりませんよ。あっ参加チーム募集とか出てますよ」


「ふ~ん、じゃぁ出るか?」


「はい?」


 位置を移動していると、リットから看板から読み取れる情報が発せられた。

 リットの言うとおり看板には参加チーム募集と書かれている。

そして、その下にはもっとも大事なことまでも書かれていた。

 俺はそれを見た瞬間、こう決めた。

 参加すると。

 そのことをリットに伝えると、聞き間違いかなといった表情をした彼が疑問符を口にしていた。


「いや、だから出るぞ」


 リットのしまらない顔を見ながら、俺はもう一度参加する旨を彼へと告げる。

すると聞き間違いではないと判断したリットは慌てて反応しだしたのだった。


「ちょ、ちょっとまってくださいよ! こんなおなかいっぱいの時に料理なんて作りたくないですよ僕。それに出て何の得があるんですか?」


 彼の言うことはもっともである。

しかしあれを見たならば出場しないわけにはいかないだろう。

 俺はそのあれというものが書かれている看板を指差し、見るように促した。


「看板の横を見てみろ」


「え~賞金……30ガルン、へ~結構でますね」


「つまり、でるってことだ」


 リットに看板の方へと視線を向けさせ、ちゃんと目的のもの、賞金について確認させる。

 すると彼は賞金金額を口にし、自分が見たことを伝えてきた。

 賞金額が俺の脳へここちよくなりひびく。

 そうつまりこれはでなくてはならないのだ。

 俺は意思をできるだけ込めた目をリットへむけ、もう一度リットに出場することが決定であることを伝えた。

 もしこれが地球にいたときならば賞金が出たところで出場などしなかっただろうが、こちらの世界に来て魔物などから恐怖体験を味合わされ、楽しむことの喜びを心底味わった俺にとって、楽しめて賞金が入るイベントに出場しないなんて考えられないといった思考へと変貌していたのだ。


「いったいどこからそんな展開になったんですか!?」


「賞金が出るんだ。俺達が出ない理由が無いだろ?」


 俺は本気で出場することを告げたのだったが、それでもやはりリットは抵抗をみせた。

 だが今の俺には無駄である!

 この私が出場するというのだから、でなければいけないのだよリット君。

 内心でそんな体育会系の考えを膨らませていると、頭の上で今まで静かにしていたコドラも俺に賛同するかのように声を上げた。


「きゅー」


「ほらコドラも言ってるし」


 食べ物の気配を感じているのだろう。

さすが俺のペット、話がわかる。

 俺はコドラの後押しを受けてさらにリットに畳み掛けた。

 しかしリットも諦めが悪い。

身振り手振りをつかいながら、普通じゃないと逆に俺を諭そうとした。


「いやいやいやおかしいですって! 賞金出るからって普通でないですよ!」


「安心しろ。夜明けの月はもともと普通じゃない。よってでるぞ」


 あまい、あまいよリット君。

 すでに俺達は普通じゃないのだよ。

 俺はそのことをリットに伝え、彼の置く襟をむんずとつかむと引きずるようにイベント会場へと向かっていった。


「そんな~」


 リットの悲痛な声が聞こえてくるが、俺は気にせずに突き進みイベント客に怪しげな視線を向けられながらも出場の手続きを済ませたのだった。

 手続きを済ませると、すぐさま舞台へと上げられた。

周りからはそれだけでどよめきと声援が送られる。

 俺は観客に手を振りながらチームごとに分けられたキッチンの場所へと歩いていく。

そしてキッチンまでたどり着き、隣のチームに挨拶でもしようとした時俺達の表情が変わることとなった。


「まさかこんなところで出会うとは」


「本当にまさかよね~」


 俺は簡易キッチンの位置から、隣のキッチンにいる3人組の1人と睨み合った。

 黒髪でショートカット、目の色は黒、遠くから見ているだけなら振り返って確かめたくなるぐらいの美人ではある。

 だが、本性を知っている俺やリットは振り返ることは無いだろう。

 何せその3人組のリーダーは俺達の団長、エマなのだから。

 彼女が3人組のリーダーということは、後の2人は言わなくてもわかるはずだ。

そう、ジェシーとリオである。


「リット、言ったとおりだっただろ? 普通じゃないって」


「そうみたいですね……はぁ~」


「何の話よ?」


 俺に話題を振られたリットは、完全にあきらめた様子でうなだれる。

 団長と副団長が参加する気満々の傭兵団なのだから無理も無い。

 先ほどの俺とリットの会話を知らないエマは、そんな意味深な会話をする俺達に疑問を浮かべる。

 ちなみにエマの後ろに控えるジェシーは、俺達の会話など耳に入ってこないほど緊張しているのか、顔を朱に染めうつむいていた。

 ギルバーンの時にこんなことになったとは聞いていないので、おそらく彼女を応援する声援ためだろう。

領主の娘というためか、ジェシーはえらい人気なのだ。

 一方リオは別段気にした様子も無く、というかイベントの参加についても可もなく不可もなくといった様子のようで、俺とエマの会話を眺めていた。


「別にたいしたことじゃないさ。それよりも一緒に祭りを回らなかったのはこのためだったとはな~」


「面白そうなイベントで、しかも優勝すれば賞金あり。参加しない理由が無いでしょ?」


「同感だな」


 周りの様子を観察しつつ、俺はエマと会話を続ける。

 するとあろうことかエマは俺とほぼ同じ理由で、このイベントに参加する事を決めたという。

 その考えにはさすが団長と思った。

 この遊ぶことに対して力を注ぐ対応には、ある種の尊敬すら浮かんでくる。

 しかし、エマは1つの間違いを犯していた。

 このイベントが始まる前から。

しかも、いまだにその間違いに気づいてない様子。

 これは教えてやるしかあるまい。


「それにしても失敗しましたね~団長さん」


 手のひらを空へ向け、肩の位置まで上げて、さぁ? といったポーズをしながら、含みをこめつつ俺はエマに語りかけた。

 するとエマはその態度が気に入らなかったのか、若干むすっとした表情となり言葉を返してくる。


「なによ?」


「優勝を狙うのだったら、俺を一緒に連れていくべきだったなということですよ」


 俺はその一言を聞くと、一度目を閉じ軽く深呼吸した後、思い切り胸をはり自分に向け親指を立て、これでもかと自分の存在をアピールしたのだった。

 そう彼女が犯したたった1つの最悪にして最大の間違いは、料理の得意な俺を置いて行き3人でこのイベントに参加したことだった。


「ど、どうゆうことよ?」


 俺の強気の態度に一瞬慌てるエマ。

だが、すぐに俺の言葉の意味を問い返してきた。

 俺はその言葉を待っていたのだ。

 このイベントをより面白くするため、あえて嫌味たっぷりに挑発したのもそのため。

 これでもかと憎たらしい笑みを浮かべながら、俺はエマの問いに答えたのだった。


「今の状況を見りゃわかるだろ? 俺を連れてかなかったことで、戦力は落ち、なおかつ最大で最強の敵を作ってしまったんだからな~」


「はぁん、何かと思えばそんなこと? 別にアキラがいなくても何とかなるし、あなたが私達に勝てるとは到底思えないわ」


 エマも俺の意図を読んだのか、それとも本気でそう思ったのかはわからないが俺の挑発に乗ってきた。

 どちらにしても成功である。

 ここまで来ればこの提示もおかしくは無くなるからな。

 俺は身振り手振りを加え、より人を挑発するような態度をとると、そのことを話し出した。


「ほ~~言ってくれますね~。エマさん。それじゃちょっと賭けをしようじゃありませんか」


「えぇいいわねそうしましょうか! それじゃ私達が勝ったら奴隷として1日私たちに仕えてもらうわ!」


 かかった!

 エマは俺の挑発に強気な態度で答え、不敵な笑みを浮かべながら賭けの対象を提示してきた。

 こうなれば成立したも同然である。

 挑発した側としては申し分ない結果だ。

そのため、俺はリスクに関係なくエマの条件を飲んだのだった。


「なるほどいいだろう」


 そう俺が答えると、不敵な笑みを浮かべていたエマはさらに口の端をあげて、かかったわ! と言わんばかりに笑みをこぼした。

あちらもあちらでなにやら考えがあるらしい。

いったいどんなものを考えているのだろうか

 だがいくら考えがあるにしても、たいした自信だなと俺は思う。

 なぜそう思ったかというと、うちの傭兵団は基本的に料理はしないからだ。

 その原因は食事のほとんどを酒屋や定食店で済ませているため。

狩りに出かけた時は外で軽い保存食などを調理はするが、大概俺達が受ける仕事は町の近辺で行われるものなので半日で終わるのがほとんど、つまり料理をする機会はほぼ無いといっていい。

 しかも、不敵な笑みを浮かべているのはエマであるということだ。

 リオやジェシーは何度か料理をしているところを見たことがあるが、俺はエマと出会ってから一度も彼女が料理したところを見たことが無い。

 それなのにあの自信だ。

出所がわからない。

 俺はその自信を不気味に思いながらも、とりあえず挑発を完璧に成功させたことを喜んだ。

 万が一、エマが一流とまではいかないまでも、そこそこの技術は持っていて、俺よりも料理の腕が上なら失敗ではあるが。

 返事の後のちょっとした間にそんな考えを張り巡らせていると、今まで静観していたリットが声を上げた。


「ちょ、ちょっと待ってくださいよアキラさん! そんな約束していいんですか!?」


 どうやら参加するならまだしも賭けについては予想外だったらしい。

 だが、こうなった後の展開はきっと彼なら予想しているはずだろう。

俺は慌てふためくリットに対して彼も予想していたであろう答えを投げつけた。


「大丈夫だ。勝てばいい。でも負けたらお前も1日奴隷だな」


「そんな~!」


 俺の言葉を聞くとリットは、その場で肩を落としがっくりとうつむいている。

 それにしても強制参加の上、リスクを勝手に背負わされるのに、抵抗するどころか文句の1つも彼は言いわなかった。

 きっと強制的料理勝負に参加させられるのと同じで、この賭けも強制的に参加させられることがわかったのだろう。

 そう解釈した俺がリットとの会話が終わせると、それをまっていたかのようにエマがこちらの条件について聞いてきた。


「で、そっちの条件は?」


「そうだな……それじゃ俺が勝ったら1つお願い事を聞いてもらおうか。エマと同じ奴隷というのも捨てがたいが同じじゃ面白みが無いからな」


「それもそうね。わかったわ」


 俺はエマの問いに答え、エマもその答えに了承した。

 若干こちらの側の条件はあまりいいものではないが、それでも楽しむためには十分である。

 こんな具合にあっさりと、賭けが成立した。

 だが、俺やエマが納得しただけでチームメンバーの中には、納得しない人物がいるものだ。

 こちら側はその人物はリットだったが、彼はもうすでにあきらめたため承諾ととっていい。

 一方エマのチームの納得しない人物はジェシーであった。


「ちょっと団長さん! さすがにリスクを負うのは危険じゃなくて!?」


 彼女は今の今まで恥ずかしさのあまりうつむいていたが、さすがに賭けは危険と判断して口を開いた。

 若干止めるタイミングが遅いと思うが、おそらくリットが止めてくれると淡い期待を持っていたため出遅れたのだろう。

 そんな彼女に先ほど俺がリットに話しかけたように、エマが語りかける。


「大丈夫よ。負けなきゃいいんだから」


「でも……」


 しかし、リットのようにすぐにはあきらめないジェシー。

 ジェシーは何かいい案は無いかと考えているようだが、次の言葉が見つからないようだ。

 もし見つかったのなら、俺も参考のために聞いておきたい。

今のような状況になって参加を辞退するのは至難の業で、俺のボキャブラリーの中には回避方法が入っていないから。

 騒がしい舞台の上でジェシーの言葉を待つ。

 だが、やはりいい案は無かったらしく、ジェシーから次に繋がる言葉は出ない。

そのかわりか、はたまた焦るジェシーを見て面白がってか、今まで沈黙を保ちいたリオが口を開いたのだった。


「何とかなるわ。いざとなったらあなたを差し出せば万事解決」


「ちょっとリオ!」


 リオの思わぬ提案に、ジェシーは顔を赤くしすぐさま反応したのだった。

 その反応の早いこと。

考え事をしていたとは思えない反応で、思わずジェシーの声に俺は驚いてしまう。

 それなのに、ジェシーの反応をもろに食らったはずのリオは、しれっとした態度で彼女を見つめていた。

 リオの奴、こうなる事がわかっていて言ったな。

 だが、わかっていたとしてもこれ以上は少しまずいかもしれない。

 思いのほかジェシーは過敏に反応しており、せき止められたダムのように一気に何かを噴出しそうだ。

 もしそうなれば大衆の面前で、領主の娘の醜態をさらけ出してしまう。

 そう思った時だ。

いつの間にかジェシーの後ろへと回り込んでいたエマが彼女の口に手を当てこれ以上騒がないように押さえ込んだ。


「はいはいはい」


「んー! むー!」


 興奮していたためエマに気づかなかったジェシーは、きれいに押さえ込まれてしまっている。

 多少は抵抗しようと試みたみたいだが、団員の中で一番力の弱い彼女にきれいに決められた拘束が解けるはずも無く、口から発する文句は、んーや、むーとしか聞き取れなかった。


「リオちょっと押さえててね」


「わかりました」


「んーーーー!」


 とりあえずエマの押さえ込みにより最悪の醜態は晒さないですみそうだが、これでは話が進まない。

 エマも俺と同じように感じたのだろう、ジェシーのことをリオに任せ、彼女を引き渡した。

 食って掛かろうとした相手に、逆に抑え込まれる形となったジェシーはそれに対して文句の声でもあげたのだろう、ふさがれた口から音が漏れる。

 しかし、その音は言葉に代わることは無く音として会場の賑やかさに消されていった。


「エマ、大丈夫か?」


「えぇ」


「それじゃ決まりだな」


「楽しくなってきたわ」


「あぁ」


 ジェシーが取り押さえられたことにより、賭けに対して反発するものはいなくなり、賭けの成立を確かめるようにエマとの会話をする。

 これで俺達の舞台は完成。

本当に楽しくなってきた。

 俺は心のそこからそう思いつつ、大会の開始の合図を待つ。

 その間俺はジェシーの顔を見ることは無かった。

興奮冷めやらぬ中彼女を見てしまったら、きっとリオの提案に二つ返事で答えてしまうから。


「お待たせしました。これよりうきうきわくわく第1回チーム対抗料理対決 ~私たちの料理を食べなさい~ を開催したいと思います」


 司会者の挨拶とともに、会場はすさまじい盛り上がりを見せた。

 それもこれもお隣のチームの出場者のため。

ほとんどの声援が『ジェシーちゃん、頑張って!』というもの。

 後で聞いたのだが一般市民には、ジェシーがシリウスト領のすべての問題を解決したことになっているらしい。

 もともと綺麗で好かれる要素を持っていたのだ、そんな付加価値もプラスされては人気が出ないはずが無い。

 彼女に対する声援は老若男女問わず向けられていた。

 ただ、『ジェシーちゃ~ん。結婚してー!』と声援があった時だけは、できる限りの殺気を込めて俺が睨んでおいたのは内緒である。


「ルールは簡単、そこにおいてある食材か自分たちで持ち寄った食材を使い、あちらにいる5人の審査員に点数をつけてもらうというものです。そして審査員が出した合計得点が高いチームが優勝となります」


 声援の飛び交う中、司会はイベントを進行していく。

 それにしても本当に簡単なルールである。

 ようはうまいもの作って、審査員5人から点数を頂戴すればいいだけなのだから。

ただ気になるのが2つあった。

 自分たちで持ち寄った食材を使うということと、用意されている食材が明らかに参加しているチーム分は無いということだ。

 参加チームは全部で5組、それなのにどう考えても材料は2組分程度。

 まさかこれは……。

 俺が危険な香りに気がつくと、エマがこちらを見てにたりと笑う。

どうやら彼女も気がついたようだ。

 食材を確保するためには、俺達が食材を集めに行かなければならないことを。


「リット、できるだけ早く食材を運び、そしてなおかつ奪われないように構えろ。この勝負かなり不利だ」


「どういうことです?」


 俺の台詞に疑問を持ったリットが、そう切り替えしてきた。

 若干雰囲気から察しているとは思うが、俺はそれを詳しく説明する。


「まず参加チームだ。俺達以外すべて女性チーム。そして食材、あれでは明らかに足りない。足りないということは奪い合いが必然的に起きるはずだ。そうなれば俺達は格好の的、紳士な俺達が一般人、ましてや女性に手を上げるわけにはいかんだろ? つまりだ俺達は食材を奪われることはあっても、奪うことはできん。その点エマたちはそんなこと気にすることなく食材をゲットできる」


「っということは……まずいじゃないですか! 僕奴隷なんてなりたくないですよ!」


 説明が始まるとリットの顔は徐々にゆがめていき、終わると同時に怒声にも似た声を上げる。


「俺だってごめんこうむる。だからなリット、早さが勝負だ。幸い食材の位置は俺達が一番近い。目標のものを定め、すぐに調理を開始するんだ」


 あせるリットの言葉に同意すると、この状況を打破するための提案をした。

もっとも一時的な対応でしかないが。

 それでも話さないよりはましなので、俺は回りに聞かれないようリットの方に手を回し耳打ちをする。


「わかりました。それで何をとればいいのですか?」


「まずはトツブだ。これだけはなんとしてでも確保しろ。後は野菜なのだが、これは何でもいいから確保だ。後の食材についてはおそらく俺達は取ることができんだろうから、会場の外に取りに行くぞ。あぁそれとコドラにも食われないように気をつけろよ」


「了解です」


 すべての計画を伝え、リットから手を離し、俺はすぐさまスタートが切れるように前傾姿勢をとった。

 そして司会が始まりの合図を告げる。


「それでは料理対決スタートです!」


「きゃあ!」


 スタートと同時に走り出した俺達2人、間違いなく食材には一番乗りすることができそうだ。

 やったなと心で喜んでいると、不意に俺達の後方から女性の悲鳴が聞こえてきた。

 男の声なら振り返らずに突き進めたのだが、悲しいかな女性の悲鳴を聞いた俺達は思わず後ろを振り返ってしまう。

 振り返ってみるとそこには転んでスカートの隙間からパンツを除かせる女性が1人尻餅をついていた。


「ちょっとしたサービスよ」


 俺の横をそうささやきながらエマが通り過ぎていく。

 謀られた!

 どうやら彼女を倒したのはエマであり、俺達と倒したチームの両方に妨害を成功させたのだ。

 くそっ! エマの声で意識を取り戻したがもう遅い。

 立ち止まったことにより最初の有利だった距離はすべて無効となり、なおかつ動き出すときに加速がない分マイナスになってしまう。

 すでに前方にはほかのチームのメンバーが数人食材へと群がっていた。

 悲しいかな男の性というものは、見ていちゃいけないとわかっていてもどうしても行動に遅れを生じさせてしまうのだから。

 そんな俺達は遅れながらも必死に食材へと走っていった。

 エマの術中にまんまとはまったことに悔しさが込み上げてくる。

だが立ち止まったことには後悔は不思議と感じておらず、むしろなぜまだ見ていないと逆に怒る自分とエマよくやった! と褒める自分がいるのがなんともなさけなかった。

 食材にたどり着いた頃には、すでにその場所は戦場となっており、壮絶な取り合いが始まっていた。

 これを壮絶といわずなんと言うといった形で、食材での殴りあいも始まっている。

 ただ幸運なことに、どうしても手に入れたいと思っていたトツブは誰の目にもとまらず残っていた。

 ここが小麦文化であるため、米によく似たトツブの調理法が少ないためにおきた現象だ。

 俺はすぐにトツブの入った袋を取り、後ろにいるリッドへと投げ渡す。


「はやく、そいつをキッチンへと運ぶんだ!」


「わかりました! アキラさんはどうするんですか!」


「ふん、戦場に散ってくる」


「……御武運を」


 軽く敬礼をして、リットとちょっとした小芝居をした後、リットはキッチンに俺は食材を取り合っている戦場へと身を投じた。


「ちょっとどきなさい!」


「ぐは!」


 トツブ以外の食材置き場は文字通り戦場だった。

 しいて言うのならデパートの大安売りといったところ。

実際巻き込まれたことは無かったが、きっとそんな感じだろう。

 食材に手を伸ばすたび、拳や蹴りが飛んできて俺が食材に手をつけるのを阻み、体を外へと追い出す。


「くそ負けるかーーー!」


 追い出された後も果敢に俺はアタックを仕掛けた。

 反撃ができない分は気力でカバーだ。

 左から飛んでくる拳、密集していて避けられない。

綺麗に頬を捉える。

右からくる蹴り、避けると隣のかわいい子に当たるので避けない。

腹部を強打する。


「げはーーー!」


 そんな感じで、何とか食材までたどり着くとぎりぎりで残っていた緑のお野菜を手にすることに成功した。

 俺は取られないようにしっかりと両手で抱きかかえながら、急いで戦場から立ち退きキッチンへと向かう。


「よし! これで」


「きゃ!」


 何とか戦場を脱出して、キッチンへと向かうと走り出したときだ、先ほど転ばされた女の人と肩がぶつかる。

 どうやら、あの戦場に入るタイミングを失っていたようだ。

 俺とぶつかってしまったため転んでしまった彼女に、俺は手を差し出し立たせる。


「ごめん、大丈夫か?」


「あ、ありがとうございます。あぁ~食材が~……」


 彼女は食材をとり逃し、落胆の表情を浮かべる。

 そりゃそうだろ。

 あんなに出遅れてしまったのだから。

しかし、ここで俺が情けをかけてしまえば、俺達の優勝が危ぶまれるため俺は心を痛めながら立ち去ることにした。

 だが、そううまくはいかなかった。

 それはなぜか?

 なにやら右手にすさまじく気持ちいい感触が、伝わってきたためだ。


「あの、助けてください」


「はい!?」


 何があったのか見てみると、立たせた女性が俺の右手を抱きしめ、胸を押し付けていた。

 抱きしめる彼女は、まぁ顔は普通なのだが、どこか愛嬌がありかわいらしくも見える。

それと先ほど醜態をさらしてしまったためか、顔がほんのり赤く色っぽい……。

 彼女のそんな動作に俺は一瞬時を止めてしまっていた。


「ちょろいわね」


「えっ! がはっ!」


 潤んだ瞳で俺を見つめていた彼女がいきなりそんな風に声を上げた。

 彼女の先ほどのどじっ娘ぶりはいったいなんだったのだろうと思うぐらい、すばやい動きで俺の腹部を殴り、その攻撃で緩んだ俺の手から野菜をもぎ捕ったのだ。


「やっぱ男はちょろいわ。それじゃ~ね。優しいお兄さん」


 そしてそんな捨て台詞を残して、自分のチームが待つキッチンへと走っていった。

 残された俺は、腹部を押さえながら呆然と立ち尽くす。


「ださいわね」


「ださいですね」


「最低!」


 呆然と立ち尽くす俺に、エマ、リオ、ジェシーの順番で一言言葉を残し俺の横を過ぎ去っていった。

 俺はその言葉に心を刺されながら、自分たちのキッチンへと戻る。


「あれは仕方ないです」


「ありがと……」


 俺を慰めるリットの言葉がやけに、心に染みた。


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