表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
夜明けの月  作者: びるす
シリウスト
60/89

第十五節:パーティー

 自分の帰る場所があることに、今日ほどありがたいと思った時は無いだろう。

 無事バンシリウストの町へとついた俺を出迎えたのは、夜明けの月の仲間達。

 エマの台詞は冗談だと思っていたが、俺の姿を見つけたとたんジェシーに抱きつかれ泣かれてしまったことは記憶に新しい。

 彼女が泣いてしまった原因の1つとしては、今回の一件の大本がジェシーのためということだからだろう。

そのため、彼女は人一倍俺を心配していてくれたらしい。

 何とかなだめると、エマやリット、リオにハンスと、皆が俺の帰りを心から喜んでくれた。

 その後俺も奴隷の1人として捕らえられていたため、軽い事情聴取などを受けたがダルマさんの配慮もあり、すぐに開放されることとなった。

 ほかの奴隷達には悪いが、一足先に自由にさせてもらう。

もっとも、王都まで行けばそれなりの金をもらうことができ、その後に開放されるので、行く当ての無いものや、自分の居場所が遠いものなどには、逆にそちらの方が都合がいいだろう。

 一応俺のように近くに居場所がある者に対しては、この町に残りたいと意思を伝えることで、ここに残ることが可能だとも騎士が奴隷達に話していた。

 だがその場合は金の支給は無いともつけたしていた。

 手持ちが無い奴隷達に選択の余地はほぼ無いといえる。

 そんなわけで俺以外の奴隷達は、全員王都行きとなったそうだ。

 俺は事情聴取の後、まっすぐ屋敷へと向かっていった。

するといつも以上に賑わっている屋敷があり、そこには今までの辛気臭さを吹き飛ばすパーティーが待っていた。

 何なのかとメイドに尋ねてみたら、俺の帰還祝いと、ジェシーのお見合い解消パーティーだそうで、企画は屋敷の主、ダルマさん。

 俺が生きていることがわかってすぐに手配していたとのこと。

 まったくこんなことされると嬉し涙が出そうだ。

 パーティーはこの町の職人達や、貴族達、ご近所の方々まで呼んでの盛大なものだ。

その中には残念なことに、いろいろな手続きに追われているダルマさんはいなかった。

 だが代理としてジェシーがいつも来ている傭兵時の洋服をドレスに変え、招待客に対応していた。

 そんな彼女に目を奪われていたが、自分の着ているぼろぼろの服を見て場違いだなと感じ苦笑する。

 だが、それもすぐに終わった。

 帰りを待っていたエマとリオにパーティー会場から連れ出され、俺が泊まっていた客室までつれてこられると、服をひっぺ返されたのだ。

 そして下着だけにされると、今度はその部屋に待機していたリットに連れ出され、風呂場に文字通り突き落とされた。

 そんでもって徹底的に体を洗われる。

 見事なコンビネーションだ。

 風呂から上がり綺麗な体になった俺は用意されていた下着を着ると、またしてもリットに『それじゃこっちです』などと言われながら、先ほどの客室に放り込まれた。

 そこで待っていたのは俺を人形とした着せ替えごっこ。

 一度エマにやられたことがあったが、まさかもう一度やられるとは思ってもみなかった。

 俺が着せられたのは黒いタキシードそのもの、この世界ではほとんど見たことの無い服だ。

 この服があるのなら、俺のスーツも普通におかしくないと思ったのだが、どうやらこの手のものは上流階級にしか出回っていないらしく、一般人は目にすることが無いのでおかしくみえるらしい。

 ただそうなると、洋服屋の店主が算出したスーツの値段は、かなりぼったくられたのかもしれない。

 いまさらそれを咎める事はしないが、なんとなく損をした気分だ。

 そんな考えをめぐらせていると、いつの間にか衣装が決まり、身だしなみも整えられようやく俺もパーティー会場に入ることができる格好となったのだった。

 なんだかんだ遊ばれていたような気もしたが、エマとリオのセンスはいい。

 ちゃんと俺に合うようにコーディネイトされていた。

 俺1人でやったら、こうはまとまらなかっただろう。

 なんとなく照れくさく感じたが、彼女達に感謝の言葉を述べ皆でパーティー会場へと向かっていった。

 ちなみにエマとリオそれとリットの服装だが、エマは燃えるような赤い色のドレスに、いつもつけているリンクとは違うイヤリングをし、着飾っている。

またドレスのスリットがかなり深く、いつものおちゃらけた感じを、どこか妖艶なものへと変えていた。

 リオはエマとは対照的に青を基調としたドレスを着ており、身長が低くやや童顔の彼女を大人の女性へと変貌させている。

 そんな彼女が時折見せる流し目は、パーティー客をドキッとさせていた。

 リットはというと俺と同じようにタキシードを着ているのだが、なんというかこちらは馬子にも衣装といった感じである。

 顔がリオよりも童顔な彼が着ると、どうしてもそういう印象を受けてしまうのだ。

 しかしそれが女性客の母性本能をくすぐるのか、俺と同じか少し上のお嬢さん方に声をかけられていた。

 あぁそうそう、一人忘れていた。

 パーティー会場に残っていたハンスの格好は、なんというか似合っていなかった。

 俺やリットと同じくタキシードなのだが、彼の雰囲気がタキシードとぶつかり反発しあっているような感じだ。

 だが、ハンスはそんなことはお構いなしと、このパーティーを楽しんでいた。

 彼もここでは注目の的の1人なのだ。

もっとも彼に言い寄っているのは、セメントを作ろうとする職人達ではあったが。

 パーティー会場ではそれぞれが思い思い楽しんだ。

 俺も何人かの女性に声をかけられたり、バンシリウストに新たな産業をもたらしたことに感謝されたりと気分が高揚していったのだった。

 そして時間が過ぎていき、食事も済み、皆の酒の酔いが程よく回ってきた頃、パーティー会場は踊り場へと変貌していく。

 パーティー会場の端のほうで演奏していた音楽家達が、先ほど以上に気合を入れて、けれど強すぎずしっとりとした音楽を奏で始める。

 さすがにダンスは柄じゃないため、踊ろうとは思わなかったが、極上の壁の花を見つけたので気が変わった。

 今まで父の代理として、自分の役割をこなしてきたのだろう。

 そして今もその役割のため、パーティーの盛り上がりに気を使い、声をかけられても踊ることの無い女性。

 白のドレスに、申し訳程度につけたアクセサリー、もっと豪華にすればと思う人もいるかもしれないが、彼女のその金髪がどんなアクセサリーよりも輝いているため、申し訳程度でつけられたアクセサリーがその輝きをより引き立てていた。

 ジェシーに歩み寄り、俺は彼女に一声かけた。


「踊ってくれませんか?」


「申し訳ございません。今回、私は……!?」


 後ろを向いていた彼女は、俺をパーティー客の1人と勘違いしていたのだろう。

 ゆっくりと振り返り、先ほどまでと同様に断りの言葉を口にしようとしたのだ。

しかし開いた口からはその言葉は述べられることは無かった。

 それどころか驚いた表情を浮かべ、俺の顔をじっと見ている。

 俺はそんな彼女にもう一度こう言葉を告げる。


「踊ってくれませんか?」


 手を差し出し、ジェシーに微笑むと、彼女は少し考えるようなそぶりを見せた。

 そして、いったん顔を下へ向け表情をリセットすると、いつも以上に輝く笑顔を浮かべ俺の手をとり答えてくれた。


「よろこんで」


 音楽は聴いたことの無いもの、踊り方などちっとも知らない俺。

けれど手を取り合い、音楽にあわせ体を動かすだけで俺の心は癒されていった。


「ふう、酔えやしないな」


 パーティーが終わり、ダンスの余韻も冷め始めた頃、俺は屋敷のテラスへと来ていた。

招待客も帰り、消灯した屋敷は静まりかえっている。

そんなテラスから見上げる空は、静かにたたずむ満月とその周りを取り囲む星達だけが、暗い夜に光を射していた。

 テラスにあるテーブルにはすでに飲み干したワインが2本。

 口当たりからして度数が強いワインであったが、酔うことは無い。

 回復力が常人より数十倍早い体になったのは良かったのだが、酔うことができなくなったのは少し悲しいと思う。

 俺はテラスの手すりに体を預け、満月をじっと見つめた。

 月に変化は無くただ静かにたたずむだけ。

そんな月を見た後、俺は自分の手を見る。

 今日この手はいろんなことをした。

 食事をした、酒を飲んだ、ジェシーの手を握りダンスも踊った――――そして、人を殺した。

 自分の開いた手を見ながら俺はぐっとその手を握る。

俺は目がさえていて眠れなかった。

いろいろあって心身ともに疲れきっているはずなのに。

 でも眠れない原因はわかっていた。

この手に残る感触、それが原因だということを。

 気にしないようにしても、なぜだか寝ようとするたびにその感覚が蘇る。

そのため酒に酔って眠ろうとしたのだ。

 だが酔うことはできず、それどころか月の明かりに照らされた夜をすごすことにより、どこか感傷的になってしまっていた。


「眠れないのかね?」


 眠れない自分に対し自嘲的に笑みを浮かべた時だ、テラスの奥のほうから声が聞こえてきた。

 その声の主についてはそちらを向いて確認するまでも無く、誰なのかわかっていたが顔を声のするほうへと向ける。

すると徐々に近づいてくる人物は、暗いテラスの影から月の光に照らされて夜の闇からのお披露目をした。


「えぇちょっと」


 俺はその顔を確認すると、その質問に答えた。

 闇夜から現れたのはダルマさん。

 ダルマさんはそんな俺を気遣ってか、俺の隣まで来ると先ほどの俺と同じように月を見ながらこう話し始める。


「アキラ君、君がいなかった間に何があったのかは、騎士達や捕まっていた人の話を聞いて、だいたい予想はついているよ。それが君にとてもつらい事だったということも、けれどあえて私は君の口から悩みを聞いておきたい。そうすることで君の気持ちが晴れると私は考えているからね。でも強制はしないよ。ここから話すかどうかは君しだいだ」


 すべてを話し終わると、ダルマさんはこちらに顔を向け軽く微笑んだ。

 その笑みには人を和ませる力が込められているのか、はたまた人を従わせる力なのか俺はその笑みを見て、この人に話してみようと思う。


「かなわないなダルマさんには、そう言われたら話したくないことでも話したくなるじゃないですか」


「そうかな?」


「そうですよ」


 軽いやり取りの後、どこかとぼけたようにこちらの顔を見返すダルマさん。

 そんなダルマさんの顔を見た後、顔を見られないよう月の方を見ながら話し始めた。

きっと人を殺したと話す時の顔を見られたくなかったんだと思う。


「今日はじめて人を斬ったんです」


「…………」


「相手は知ってのとおり奴隷商人達で、あくどい事をやっていて殺した方が後々のためになったかもしれない人物でした。ただ、それがわかっていても人を斬り殺した感触がこの右手から放れないんですよ。おかしな話ですよね。ほとんど魔物と変わらない感触だったのに、人の感触だけが残るなんて、けどその感触のせいで今自分はこうしているんですよ」


 話し始めると、ダルマさんは黙って俺の話を聞いていてくれた。

 けして軽蔑するわけでもなく、ただすべてを受け入れるように。

俺は話し終わると、ダルマさんのほうへと顔を向け彼の顔を見る。

 そこには先ほどと変わらないやさしい顔のダルマさんが、俺を見つめていた。


「なるほど、アキラ君、そんな君に1つ話をしておこう」


「話、ですか?」


 俺が話し終わった後、数秒間なにも言わず見つめていたが、ダルマさんは何を思ったか月に顔を向けて口を開く。


「そうちょっとしたお話だよ、なに短い話だぼんやりでいいから聞いていてくれないか」


「はぁ」


「それじゃ、話し始めようか」


 俺の質問に、ダルマさんはすぐにこちらに顔を向け肯定した。

しかし、その顔はまた月へと向けられる。

 どうやら先ほどの俺と同様に、話しているときの顔を見られたくないようだ。

 俺はそんなダルマさんにあいまいな返事しか返せなかったが、彼は気にすることなく語り始めたのだった。


「君も知ってのとおりこのシリウスト家は軍事をつかさどる家系だ。そんな家にある1人の男がやってきた。いわゆる婿養子という奴だ。そいつはどうしようもない奴でね。軍事の家系にきたというのにとんと武芸には疎くてね。剣術はからっきり、何でこんな男がといわれるようなやつだったよ。だけどその男には戦術を練る頭があった。彼はそれを使い汚名返上を成し遂げたんだ。だけど男はそれを喜ばなかった。それはなぜだと思う?」


「なぜかって聞かれても……」


 突然向けられた質問に俺はすぐには答えることはできなかった。

 だが、ダルマさんは気にすることなく続きを話し出す。

どうやらこの質問は話の演出らしい。


「男はね、自身の口で人を殺したからなんだよ。アキラ君、君ならもう察しがついていると思うけど、戦術を練ることができるということは、人を殺す命令を下すということなんだよ。当時まだ安定していなかった国境の戦争で彼はその口で、人に命令をして、男は人を殺していたんだ。彼の命令で死んだ人の数はおそらく万を超えるだろう。そんな男は今の君のように夜眠れなくなった。自分のたった一言で人の生死が決まることに耐えられなくなったんだ。もっとも直に人を殺したわけではないから、君の苦悩にくらべればたいしたことではないかもしれないけどね」


「それでその男はどうしたんですか?」


 いつのまにか俺は、年甲斐も無くダルマさんの話に夢中になっていた。

 そのためか話の続きを催促するかのように、彼にその後の男について尋ねる。

するとダルマさんは相変わらず月を見たままだったが、続きの話を語ってくれた。


「男は悩みに悩んだよ。それはもう何日も寝なかったし、眠れなかった。そんなある日ね。男にとってどんなものよりも守りたいものができたんだ。たった一人の愛娘が。その時男は決意したんだよ。この子に危険が無い世界を作るため、自分がすべて背負ってしまおうと。決意したとたん彼は眠りについた。自分が倒れてしまっては誰も守れなくなってしまうからね。そしていつしか人を殺すことに抵抗をなくしていったとさってね、まぁこの男のように人を殺すことに抵抗をなくさなくても私はいいと思う。でも何かを守りたいと君が思っているのなら、君自身を大切にしなければいけない。君がいなくなったらその守りたいものも守れなくなってしまうからね」


「…………」


 なんとなく感慨深い気持ちとなった。

 守りたいものも守れなくなる。

この言葉に異様な重みを感じたから。

 そんな時だ、月を見ていたダルマさんがいつもとは違う笑顔をこちらに向けると、口を開いた。


「さて、私の作り話はこれくらいにしておこうか」


「作り話って……、ダルマさん、本当に作り話だったんですか?」


「あぁ作り話だよ。ただのね」


 あまりにいい笑顔、たとえるならばエイプリルフールに知り合いをとことん騙しきり、ネタばらしした時の笑いに似ている。

 しかし俺は、騙されたと感じることは無く、その笑顔はおそらく自分を騙すダルマさん自身に向けられたものなのだろうと考えた。

 なにせあの話には重みがあったから、明らかにダルマさん自身のものだと思うから。


「なら、そう言うことにしておきましょう」


 俺は1度、ダルマさんに作り話かどうか聞いたが、これ以上聞くのはやめた。

 この人にとってあの話は決していい話じゃないと感じたためだ。

それなのに話してくれたのは、俺を心配してくれたためだろう。

その心遣いが痛み入る。

 幾分気分が楽になった俺は、ほかの事に意識が回るようになった。

 そのせいか今まで忘れていた一言を思い出し、ダルマさんに告げるのだった。


「あ! そうだダルマさん」


「ん、なんだい?」


「なんかこう言うのは変かもしれませんが、ジェシーのお見合いつぶれておめでとうございます」


 その一言を受けたダルマさんは、きょとんと目を丸くしこちらを見返した。

 あまりに突然の賛辞だったためあろう。

しかしそれもすぐに解け、今度は大きく口を開けて、夜だというのに大声で笑ったのだった。


「はっははは、確かにそれは変な感じだね。でもありがとう。その件に関しては私は君に本当に感謝しているよ。本当にありがとう」


 笑いのためか微妙に出た涙をダルマさんは拭うと、ビシッと引き締まった表情をして俺に対して深々と頭を下げた。

 さすがにこれには、焦りを感じる。

 対応に困った俺はすぐさまその頭を上げるよう、お願いしたのだった。


「!? そんなつもりで言ったわけじゃじゃないんですから、頭を上げてください!」


「いや、これは私が一人の親として君にしたいことだから、すまないが受け取ってくれ」


「……わかりました」


 こうまで言われては仕方が無い。

 俺はその深々と下げられた頭を、その気持ちを受け取ることにした。

 そして俺にとっては非常に長い時間、頭を下げていたダルマさんがゆっくりと顔を上げると、また真剣な顔をして口を開いた。


「アキラ君、君がいなかったらこのシリウスト領はおそらく隣のバウラス領に乗っ取られていた事だろう。それについても感謝したい。今度は領主としてね」


 ダルマさんは話し終わったかと思うと、すぐに深々と頭を下げたのだった。

 さすがに2回もされると、こちらの気がめいってしまう。

 一度は素直に受けたが、二度受けられるほど俺は肝が据わっていない。


「わかりましたから、ダルマさん! 頭を下げないでください! お願いしますから上げてくださいよ! 俺はただ仲間を助けるためだけにやったことなんですから!」


 彼に近寄り、頭を上げるように促すと、ようやくダルマさんは顔を上げたのだった。

 そしていました行いについてこう述べる。


「こんなことされても君が喜ばないとはわかってはいたが、私の気がすまなかったのだよ。領主としても父親としても。でもできる限り君に誠意を示したくてね。だけど、これ以上は私の誠意は君の重みになりそうだからやめておくとしよう。けれど今のままでは私の気はまだ治まらないんだ。だからアキラ君、何か望みは無いかな? 私ができることなら何だってしようと思うだが」


「そんな望みなんて……」


「頼む」


 頭を上げたあとも、今度はそれ以上に難しい頼みをされてしまった。

 困ったものだ。

 こう言われてしまっては、断ることなどできるはずも無いのだから。

 俺は望みについて考えをめぐらせた。

 できることならジェシーの父親のダルマさんには、負担になるようなことさせたくないと素直にそう思っている。

しかし、断りきれないのだから望みを言うしかない。

 なやましいことだ。

 俺はさらに考えをはせた。

 顎に手を添えて考えること数秒、妙案が浮かぶ。

自分が本当に望んでいて、相手に負担のかけない贈り物について。


「…………それじゃ俺がいなかった時の話を聞かせてくれませんか? なんだかんだでまだ聞いてなかったので、すごく気になっていたんですよ」


 顎から手をどけて、俺はそうダルマさんに告げた。

 これが俺の思いついた、ダルマさんに負担をかけず、俺の望みのものだ。

 俺の言葉を聞いたダルマさんは、話を聞くなり気の抜けたような顔をした。

けれどすぐにその顔を整え、やさしく俺に微笑みかける。


「君は本当に欲が無いな。だがそこが君らしいか。――わかったそれじゃ君がいなかった時のことを話すとしよう」


 ダルマさんはそう言うと一呼吸おいて、俺がいなかった時の話をしてくれた。

話の内容はこんな感じだ。

 俺が流された後、ジェシー達はすぐさま屋敷に戻り救援を呼んだらしい。

呼ぶだけならリンカでも良かったのだが、あいにくリンカは俺とリットしか持って来ておらず、俺は流されていなくなり、リットのリンカは俺以上に壊れてしまっていたため通信できなかったようだ。

 彼女達が屋敷に着くとちょうどバウラス領の次男坊がジェシーを迎えに来ていたそうで、彼女の到着とともに口説き始めたとのこと。

 けれど彼女はそんなことは気にも留めず、こう言ったそうだ。


「私より弱くて勇気の無い殿方には興味がありません」


 さすがにバウラス領の連中もそう言われたら黙ってはいなかったそうだが、さらにジェシーが口を開いて黙らせたらしい。

 そのときの言葉というのがこうだ。


「黙りなさい、私達はあなた方の土地の問題を解決して疲れていますの。わかったら立ち去ってくれませんか? あぁそうそう、あそこには少なくともSクラスの魔物がいましたわね。あなたにそれに立ち向かう勇気と力がおありなのでしたらべつですが?」


 そう言って静かに怒るジェシーの顔は、さすがのダルマさんも肝を冷やしたらしい。

 けれどその話をした後、ダルマさんはふざけたように、私の妻にあまりにもそっくりだったからと笑ってごまかしていた。

 そんな感じでバウラス領の連中を黙らせ、見事お見合いは破談にしたそうなのだが、実はそのあとのほうが大変だったそうだ。

 気丈に振舞っていたジェシーだったが彼らがいなくなると、泣き出してしまったらしい。

 俺のために泣いてくれたことはすごくうれしいが、泣かせてしまったことに胸が痛む。

 その後俺が行方不明になったことがエマに伝わると、夜明けの月の運営資金を使って人を集め川沿いに俺を探し回ってくれたとのこと。

 だが見つかったのは俺が落とした盾だけだったそうだ。

 探している対象の俺が、奴隷商人に拾われ牢屋に入れられていたのだから当然である。

 そして、数日が経ち捜索をあきらめかけていた頃に、俺のリンカにエマの声が入り今に至るといった感じだ。


「だいたい、こんな感じだよ」


 すべてを話し終えたダルマさんは、ふうっと息を吐き口を閉じた。

 話を聞いた俺は、本当にうれしく思う。

 迷惑をかけたことはすまないと思うが、俺のためにその迷惑を引き受けてくれる奴らがいてくれて。


「ありがとうございます」


 すべてを話してくれたダルマさんに俺は感謝の言葉を述べる。


「それじゃ私は寝るとするよ。アキラ君、君ももう寝なさい」


 ダルマさんはその言葉を聞くと、一度微笑んだ後、俺に寝るように促し背中を向け屋敷の中へと向かっていった。


「えぇ、そうします」


 俺はダルマさんの意見を聞き入れ、寝ることにした。

 不思議と人を斬った感触が消えていたから。

 ダルマさんから視線をはずし、俺は空になったワイン瓶を片付けようと手を伸ばした。

 するとどうだろう。

ダルマさんの声が暗闇の中から聞こえてきた。


「あぁそうだアキラ君、2つほど言わせてくれ」


「なんですか?」


 声のしたほうへと顔を向けたが、顔の表情は見えない。

月の光が当たらないテラスの入り口辺りにいるのだろう。

 俺はその声の方へと顔を向けて、話について質問した。

 するとその場の空気が変わる。

 先ほどまでの和んだ空気とは違い、明らかに張り詰めたものへと。

 そのことから表情は見えなくても、ダルマさんがこれから話すことが真剣あることがわかった。


「もし今度ジェシーを泣かせることがあったら私は君を絶対に許さない。それと君が本当にジェシーを愛しているというのならば、いつか彼女と結婚し幸せにして欲しい。そして私に1度、殴らせてくれ。あの子を連れ去ってしまう君を」


「……もう泣かせませんよ。それと殴るならいくらでも殴ってください。腕を切り落とされたとしても、彼女との結婚はこちらからお願いしにいきますから」


 張り詰めた空気の中、ダルマさんの台詞の後、少し間を置き自分の意思を確かめ、しっかりした口調で俺は答えた。

 その言葉には嘘はなく、俺の本心そのものだった。


「そうか……、それじゃおやすみ」


「えぇおやすみなさい」


 俺の返答を聞くと、どこか安心したような、それでいてさびしそうな声でダルマさんは答え、眠りの挨拶を告げる。

 俺はそれに倣いダルマさんに挨拶を返すと、テラスのドアが開かれ、閉じられるまで視線をはずすことはなかった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ