閑話:修学旅行
「明、次どこ行く?」
「とりあえず飯だろ。お前らと一緒だとこの先、飯が食えるかどうかが危うくなる」
「それはいえてるな」
俺はいつもつるんでいるクラスメート、鈴木勝也、荒井信二、小林翔哉と談笑しながら歩いている。
今、俺達がいるのは忍者村、修学旅行の一環としてきた場所だ。
この場所に着いたのは30分ほど前、日本の歴史に関して学ぶとか言っていたが、もちろんそんなものはなく学生業の息抜きとしてあてがわれているようなものだ。
そんな場所に俺達は約4時間過ごすことになっている。
「んじゃ飯できまりだな。パンフでみたけど確かあっちの方に飲食店があったはず」
勝也が丸めたパンフレットで指しながらそう答えた。
「さっきもらったばっかなのに、すでにぼろぼろだな」
「そういうお前はどうしたんだよ? パンフ」
勝也にそう声をかけた俺だが、まぁ持っているだけ俺よりましか。
俺は先ほどもらったパンフの所在地を目線で教えてみる。
「すでにゴミ箱かよ。読む気ねえだろ」
「読まなくてもどうせお前らに連れまわされるんだ、あんな物必要ねぇだろ」
「「たしかに」」
荒井と翔哉がその返事に同意する。
俺達四人組は、俺と勝也、翔哉が幼馴染で今までずっと一緒につるんできた。
荒井はというと中学の時に俺達三人組の中に何の違和感もなく入ってきた形だ。
もともと俺達は波長が合ったのだろう、そのためか今の今までずっとつるんでいる感じだ。
「それより早く飯食っちまおうぜ? 俺はちょっと行きたいところあるし」
「行きたいとこ? どこだよそれ」
勝也の行きたいところなどたかが知れているが、やはりここはこう聞き返すのが礼儀だろう。
パンフを捨てた俺にとっては貴重な情報源でもある。
「ここだよここ、手裏剣訓練場やっぱ忍者つったらこれだろ」
「手裏剣? そんなものまであるのかここ」
「そりゃ忍者村だし」
「この分じゃ水蜘蛛とかもありそうだな」
「さっき見たらあったぞ。要着替えとかだったが」
「……よし荒井出撃」
やはりここはこいつに振っておかなければ、こんなおいしいものは奴にやらせるに限る。
ほかの二人も間違いなく同意してくれるだろう。
「俺かよ!?」
「お前以外に誰がいる? 俺は飯を食うのに忙しいのだ。一人さびしく着替えなしで突貫して見事落ちて来い。しかも俺達が誰も見ていないところで」
「いや~そんなおいしい役うらやましいね~よっ! 荒井さん憎いね~」
「翔哉てめぇ……」
「んじゃガンバ!」
「って俺は飯抜きかい!」
「冗談だ。とっとと飯食ってから荒井の散りざまを見ようか」
「おい! 違うだろ」
「おぉ! 勝也お前だけは味方か!」
「俺達は手裏剣だ。水蜘蛛は荒井一人だろ?」
「きさまもかーーー!」
なんてことの無いやり取りをすごしながら4人で食事を済ませ、いよいよアトラクションへ出陣。
もちろん荒井には水蜘蛛をぜひともやってもらわなければ。
「んじゃまず手裏剣行って、その後水蜘蛛ってことで」
「「異議なし」」
「ちょいまて」
「何だよ荒井」
「やっぱりやるのか俺?」
荒井の表情に焦りの表情が見て取れる。
着替えなしでの一発勝負、落ちたら即ゲームオーバー。
そんな面白いものを君がやらないでいったい誰がやるというのだい?
「「「当然」」」
「ハモんな! ……わかった、百歩譲って俺が水蜘蛛やるのは良いとしよう。だが俺一人というのはあまりに残酷だ。さっきパンフを確認したところどうやら手裏剣は得点制らしい。そこでだ、手裏剣の結果一番低かった奴が水蜘蛛をやるってのはどうだ?」
荒井としては苦肉の策なのだろう。
この状況で自分が水蜘蛛をやらなければ間違いなく場がしらける。
お調子者の筆頭である彼がそれを避けるのは至極当然なことだ。
しかし、だからといってこのまま流れに従うのは癪、そんなわけでこの提案をしてきたのだろう。
それにしてもこの提案こそが彼を地獄に落とすわれわれの作戦だとは知らずに……。
「よし、俺達もそこまで鬼じゃない。俺達の中で一番点数が低かった奴が水蜘蛛をやる。それで良いんだな?」
勝也が荒井の話に乗る。
勝也さんおぬしも悪よのう~。
翔哉と俺は思わず顔を見合わせた。
お互い笑いをこらえているのがわかるが、ここで噴出してはだめだ。
「な、なんかあっさりしすぎてて怖いがそれなら文句はないぞ」
やったね。
これで荒井は今日一番のコメディアンに決定したよ。
三人ともそのことを確信し、食事の時にメールで打ち合わせをしていた作戦を実行する。
「んじゃ決まったところで早速手裏剣だがいったい誰からにする? 最初に行けばほかのやつらのプレッシャーにもなるかな。さて、誰が良いかね」
「「「とりあえず荒井で」」」
荒井のその答えに荒井意外の皆がそう答える。
やはりコメディアンの彼が一番なのは避けられないだろう。
「タイミング合わせてハモんな! わざわざ明も指でカウントダウンするんじゃねぇよ!」
「意見をあわせるだけなら簡単なんだが、さすがにタイミングまではまだまだなんでな。大目に見ろ」
「いやいやいや、わざわざあわせるなと俺は言って……」
「荒井とりあえず投げろ」
「ファイトだ! 荒井」
勝也と翔哉が追い討ちとばかりにたたみ掛ける。
もう間違いなく一番は荒井だな。
「く、みとれ俺の美技を見せてやる。あ、お兄さん一回ね」
意気込んだ後、一般人との会話で素に戻るのはなんとなく見ている側としては笑える。
やはり奴は根っからのお笑いだな。
さて今からやろうそしている手裏剣投げはいたって単純もので、畳に書かれている的に当てるというものだ。
投げられる回数は3回、手裏剣は十字手裏剣と棒手裏剣があり棒手裏剣だと得点が3倍になるとのこと。
一発狙いで大概の奴は一投目で棒手裏剣を選び投げ、刺さることなく撃沈している。
「さて俺の実力とくと見ろ」
そういって荒井が手にしたのはほかの奴同様棒手裏剣だ。
投げ方の看板を見ながらフォームを確認し、狙いをつけて手裏剣を放つ。
投げられた手裏剣は勢いよく畳目掛けて飛んでいき接触。
しかし棒手裏剣は回転しながら飛んでいったため刺さることなく撃沈。
「なかなかの実力ですな荒井君」
「うるさい! だまっとれ」
勝也の野次に荒井が怒鳴る。
無理だってわかってるのにやるからそうなるのに……。
「次こそ、次こそ決める」
荒井は十字手裏剣に換え勢いよく投げはなった。
手裏剣は直線な軌道を描き見事真ん中を射止めたのだ。
「よし! 次!」
勢いに乗ったのかすぐに手裏剣を手にし投げる。
手裏剣は先ほどと同じような軌道を描き、またも真ん中を射抜く。
「しゃー!」
なんだかんだでここ一番の集中力を見せる荒井の姿は、周りの客から驚きの声が上がるものだった。
「お、なんか今日最高得点みたいだなあいつ」
翔哉が見ていた掲示板にはその日のトップの点数が記載されている。
中央を2回射抜いた荒井の点数は200点とさっきまで会った今日一番の点数180を上回るものだった。
「さてさて俺は終わったぜ? いったい誰が俺と一緒に水蜘蛛やるのかな」
すでに腹をくくった荒井にとっては楽しい一時である。
誰が生贄の羊なのかじっくり見ていられるのだから。
「んじゃ次どうするか?」
「ん~、おっ、まとめてで良いんじゃないか?」
「だな、ちょうどレーンあいたみたいだし」
そういって俺達は俺、勝也、翔哉の順で右から並び手裏剣を開始する。
むろん荒井とは違い最初から全員十字手裏剣を持って。
ザッ、ザッ、ザッ。
投げ始めた翔哉はすぐに終わりを迎える。
翔哉は何の迷いも無く三回投げ、わずか10秒という時間で終わらせてしまったのだ。
刺さった手裏剣はすべて80の点数部分。
合計で240点と荒井に続き今日一番の得点をたたき出した。
「やるな、んじゃ俺も」
そういって勝也も翔哉に負けじと投げ100、80、60と3回ともきっちり決め翔哉と同じ得点を出すのだった。
俺はというと……。
「どうやら俺と水蜘蛛やるのは明で決定みたいだな」
口元に笑みを浮かべるは荒井。
それもそのはず、この俺としたことが2回とも的をはずしてしまっているのだ。
「いや~まいったね。俺着替えないし」
「ふふふ、観念しろ。俺と一緒に楽しい水中旅行としゃれ込もうじゃないか」
「そうだな、それも悪くないが遠慮させてもらうよっと!」
俺は手裏剣を投げ、的を射抜く。
手裏剣は円の中心ではなく少しずれており80を指していた。
「いまさら当ててももう遅いぞ」
「いや? そうでもないぜ」
「荒井よく見てみろ。あれ棒手裏剣だ」
「な!?」
勝也の指摘どおり俺が最後に投げたのは一発逆転の棒手裏剣。
普通の奴とは逆のパターンを俺は使ったのだ。
「たしか棒手裏剣は得点3倍だから240でいいのかな?」
「「そうですね~」」
「それでビリは誰かな? たしか200点の荒井でいいのかな?」
「「いいとも~」」
「ちょっとまてー!!」
昼間に流れるテレビ番組のノリで誰がビリかせっかく教えてやっているのにここで突っ込みますか。
「勝也と翔哉の得点はまだわかるが何でお前十字当てられないのに棒手裏剣当てられるんだよ!?」
知らない奴からすればもっともな話か。
しかたない面倒だが話してやるか。
そう思いしゃべろうとした時だ。
「それは俺が説明してやろう」
横から身を乗り出し勝也がそれを止めたのだ。
なにかと説明したがりのこいつのことだ。
今回もその癖が出たのだろう。
まぁこいつも一緒に練習していたのだから知っていて当然だし、この流れを断ち切ってわざわざ自分で説明するのも面倒なので勝也に任せておくとしよう。
「なぜ明が棒手裏剣を投げられたかっつーのは、ここのびっくりニュースを見たからなのだよ」
勝也は荒井に説明をはじめると、常にかつかつと歩いては時たま身振り手振りを交え自分の話に熱中させようとしている。
どうやらどこかの探偵もののドラマ化なんかの影響らしく、まるで推理するように説明しているようだ。
「はっ?」
勝也は荒井の疑問の声を無視しそのまま説明を続ける。
「そうあれは俺達が小学生の頃、つまりこの忍者村がそれほど有名でない頃だ。ここの経営者が考えたのかそれとも忍者に扮する従業員が考えたのかわからないが、人を寄せるためいろんな忍術を披露していたんだ。そしてついにそれがテレビに取り上げられニュースとして流れたのだよ」
「で? それがどうしたってんだよ」
「まぁ聞け、その中で箸を畳に刺すっていうものがあったって言えばわかるかな?」
「ハシ? ハシって飯食うとき使う箸か?」
「そうその箸だ。当時それを見た俺達はぜひとも体得したいと思い昼夜練習に明け暮れました。そしてとうとう箸を畳に突き刺すことに成功したのです。しかしここにおわす明様はそれだけでは飽き足らず、日に日に的を遠ざけついには20メートル先の的にも箸で射抜けるようになったのです」
「な!?」
荒井が驚きの表情を見せているが、俺はもちろん、翔哉もただただその光景を眺めているだけで驚きは一切ない。
当然だろう自分のことを言われているだけだし、翔哉もそのことを良く知っているのだから。
「ちなみに俺と翔哉もたまに明といっしょに練習してたから、コントロールにはちょっと自信があるんだよね」
「そうそう、明の奴はいまだに練習しているみたいだけどな」
「お前本当かよ?」
「イエス! 荒井」
にこやかな笑みで、親指を立て荒井にそう答えてやった。
毎日というわけではないが何かむしゃくしゃした時は発散もかねて的当てをやっている。
発散目的で投げるのは良いが、うまく的に当たらない時は逆にストレスがたまってしまうのが難点ではあるが。
「ちょ、ちょっとまてもしかして最初の2回はまさかわざとはずしたのか!?」
「ダー」
俺は首を縦に振る。
「うがーーー! 俺だけ一人で浮かれてたのかよ!? くそ! けど全員同点だと誰が水蜘蛛やるんだよ?」
「いやだからお前だろ」
「そりゃ、おれはやるだろうけどほかはどいつなんだよ?」
「だからお前だって」
「いやいやいやおれはやるって」
このままではらちがあかん。
さて説明してやるかと思ったとき横から翔哉の手が。
なるほど翔哉さん私に代わりあなたが落とそうというのですな。
「まぁ待て荒井、さっきお前行ったよな。俺達の中で一番点数が低い奴が水蜘蛛だって」
「あぁそういったが」
「その俺達の中には無論お前も入ってるよな?」
「お前何言って……!?」
どうやらさすがの荒井も悟ったらしい。
そう俺達が仕掛けた卑劣な罠に。
「俺達はお前もその中に入ってると思っていたから承諾したんだぜ? そしてお前は見事に俺達に負けた。さてそこから導き出される答えは何でしょう? はいそこの明君! 答えをどうぞ」
「とりあえず二回やれ」
俺は勢いよく荒井を指差した。
「なーーーーーーーー!!!!!」
「おま、おまえらこの俺をはめたな!?」
「おや奥さん。あちらの方がひどいこと言ってますよ?」
「あらいやですわ勝也さん。私達何もしてませんわよね? ただ荒井様の言うとおり点数の低かったお人に水蜘蛛やってもらおうとしているだけですわよね?」
「て、てめぇら」
「荒井、言って来い」
最上級の笑顔と先ほどとは逆に親指を逆さに向けて立て、荒井への手向けとして送ってやった。
「くそーーーーー!!!!!」
その対応に荒井は叫びながらも一直線に水蜘蛛へと向かい、律儀に2回こなしては2回とも水中探索を楽しんでいた。