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夜明けの月  作者: びるす
シリウスト
59/89

第十四節:開放

 いつもの俺ならあれぐらい察することができたはずなのに、怒りのせいで無意識に反抗していたようだ。

 俺はゼルバが扉を開け、戻ってくるまでの間、階段の下の方に隠れながら思う。

 そして隣にいるグレンの顔を一瞥しまた考える。

 何でこいつらがここにいるのか?

 だめだ、考えてもよくわからない。

どうやら、ゼルバに対する恐怖と怒りが大きすぎるため、頭が良く回っていないようだ。

 しかたない。

そう思った俺は、グレンへとそのことについて尋ねたのだった。


「なぁグレン、何でお前達はここにいるんだ?」


「ん? そりゃお仕事のためでしょ」


 話しかけた声は上にいる連中に聞こえないよう小さい。

 しかしそれでも近場にいるグレンに対しては十分で、上を見ていたグレンがこちらに振り向き、俺の質問に答える。

 その時なにやら上で笑い声が聞こえたような気がしたが、俺はさらにグレンに対して質問を続けた。


「仕事? 奴隷を売り買いするって意味じゃないよな?」


「もちろん違うって。奴隷商人を捕まえて、ここの奴隷を解放するのが俺達のお仕事、まぁ俺達って言うか、ゼルバのおっさんの仕事がかな。俺はおっさんのサポートをするため、ここに無理やり奴隷として送り込まれた、かわいそうなギルドの傭兵なのよ」


 グレンはそう言い終わると、目元に手を当て泣きまねなんかしている。

いや別にかわいくないし、かわいそうにも思わないから。

 俺がグレンにしらけた目を送ると、『のりが悪いぜ』と泣きまねをやめまた笑顔を見せた。

グレンとちょっとしたふざけあいが始まった頃、上のほうから足音が聞こえてくる。

 すぐさま俺とグレンはそちらの方へと目をやった。


「片付いたぞ。とっととあがって来い」


 俺達を確認するとゼルバは体を反転しまた階段を上りだす。

そんな彼の表情は、相変わらず嫌そうな顔だった。

 なんだか釈然としないながらもグレンはその言葉を聞くとすぐさまゼルバの後を追ったので、俺も彼に倣って階段を上っていった。

 扉を過ぎると目に光が飛び込んできた。

さほど光量は大きくはなかったが、うすぐらい牢屋で瞳孔が開いていた俺にとってはまぶしさを覚える。

 目を薄目にしつつ、徐々に慣らしていくと目の前には強烈な赤の色彩が映る。

 その色を目にした途端、鉄錆のような臭いが鼻についた。

 男2人が赤い池に体を浸している。

 どちらもぴくりとも動いていなかった。

 そう彼らはゼルバに殺されたのだ。

 俺は死体達を見て立ち止まってしまっていたが、殺した張本人のゼルバとそれを見てもなんとも思っていないグレンは、死体の血の池を何の抵抗もなく進み、今後の予定について話し始めている。

 だが俺には、その話している内容が、耳に入ってくることはなかった。

 死体はきれいなものだ。

 以前、偶然立ち会うこととなってしまった、交通事故の死体なんかよりもずっと。

それと比べれば、現実じみていないこの死体は漫画やゲームで出てくるものに見える。

 けれど、こちらの世界で始めてみた人の死に、現実なのだと認識させられることとなった。

 人の死を見て、やっと現実であると理解すると言うのはあまりにも鈍い。

 きっとこの世界に来たこと自体に浮かれすぎ、肉体強化などの特殊な機能も備わってゲーム感覚に思っていたに違いない。

 もちろん今までやってきたことがすべてゲームだなんて思ってはいなかったが、人の死を見てそう感じてしまっていた。

 何度も死ぬような体験しているのに、ゲーム感覚でいたなんてお笑い種もいいところだ。

 どおりで普通ならばためらってしまうはずなのに、モンスターを平気で殺せていた訳である。

だが俺は心のそこからこの世界は現実なのだと理解した。

人が人を殺す仕事がある。

そういう世界にいるのだと。

 すべてを理解した途端に、体が震えた。

その震えは自分が死ぬとおもったどんな戦いよりも、深く暗い震えだった。

 体調に変化が訪れた。

胃が逆流するような感覚がし、思わず手で口を押さえてしまう。

 けれど、吐くことはなかった。

 俺の中にわずかに残っていた意地と見栄が、それを阻んだのだ。

 俺は吐きそうになる気分を落ち着かせると、これからどうするか打ち合わせしている2人の下へ、血の池を踏んづけて進んでいった。


「それじゃ、元締めの奴隷商人以外は殺っちまうってことでいいのか?」


「あぁ、かまわん。ただし逃がすな。それと俺に後ろを見せるな。衝動が抑えられんかもしれん」


「おぉ怖」


 耳を傾けた頃にはゼルバとグレンの話は結論が出ており、ここの大本以外は殺すらしい。

 それを聞いてまた気分が悪くはなったが、顔に出さないよう努めた。

 俺が近づいてきたのがわかったのだろう。

2人はこちらに顔を向け、俺に話しかけてきた。


「俺の邪魔はするな。殺されたくなければな」


「まぁ、ゼルバのおっさんの目の前にいなきゃ大丈夫だとは思うけど、気をつけておけよ。俺もいつ切られるかひやひやもんなんだから」


「あぁ、気をつけておくよ」


 顔を向けて話しかけてきたと思ったら、ゼルバは言葉を告げるなりすぐに顔を背け、建物の先の方へと意識を移した。

 俺はそんなゼルバに一睨み利かせたが、内心では怒りなんかよりも気持ち悪さのほうが勝っていた。

 そんな俺の気持ちを知るはずのないグレンは、本当に険悪だと思ったのか、明るく振舞い笑顔で冗談を言って俺達に気遣いを見せた。

 もしかしたら冗談ではないかもしれないが。


「それじゃいきますか。おっとそうだ。アキラ、お前武器ないだろ。とりあえずそいつのもらっとけよ」


 俺の返事を聞いたグレンは、ゼルバと同じ方向に視線を移し、この建物にいる奴隷商人達に、制裁を食らわせるため動き出そうとしたのだが、何か忘れていたなといった具合に俺のほうを向くと、死体の腰につけてあるものを指差しそういった。

 俺はその言葉に違和感を覚える。

 死体から物を剥ぎ取るなんてと、場違いで勘違いもいい考えを思いついてしまったためだ。

魔物の一部を剥ぎ取って生計を立てている傭兵なのに……。

 ためらいはおそらくグレンには伝わってしまったことだろう。

 道徳的には正しいことでも、今の状況からすれば拾うことの方が正しいのだ。

 俺はためらいを振り切ると、死体の腰のものを手に取って剣を抜き放ち、血で汚れた鞘を投げ捨てた。

 おそらく俺はこれから人を斬る。

 もしかしたら斬らなくても済むかもしれないが、いつかは絶対に人を斬るだろう。

 以前エマにAランク以上の仕事について聞いたことがあった。

その中には山賊や、賞金首の討伐なんかもあるという。

つまりターゲットが人間だということだ。

 Aランク以上のギルドの仕事は、ギルドの都合上、罰金を支払わない限り拒否することはできない。

もし金がなかったとしたなら、受けるしかないのだ。

 仮にそれでも拒否をしたらギルドから追放され、職を失ってしまう。

人を殺すよりは断然いいはずだ、いいはずなのだが、俺はこの世界でほかの生き方は知らない。

知らないだけで、やってみたら傭兵より向いている職もあるかもしれないが、今の俺は傭兵以外の仕事はもう考えられなくなっていた。

 だから俺は傭兵を辞めないために、いつかは人を斬るだろう。

この考えはおそらく変わらない。

それならばいっそ、今のうちに人を斬る事に慣れておいたほうがいいのかもしれないと考える。

 慣れないほうが、いいと心が叫んでいたとしても。

 鋼色に輝く刃とその先の血の池に横たわっている死体を交互見ながら、俺は一度目を閉じた。

 そして軽く深呼吸をして息を整える。

覚悟を決め、目を見開くと、こちらを見つめているグレンに視線を合わせ言ったのだった。


「あぁ行くとしよう」


 斬った感触は、獣系の魔物と大して変わりはなかった。

 唯一の違いは魔物は毛があり、人は服を着ているというだけ。

 どちらも剣で切ると、それらの感触の後に、ちょっとした弾力と抵抗を感じ、硬い何かにぶち当たる。

そしてそれを断ち、斬り進むとまた同じような感触を味わい、ついには抵抗するものがなくなって剣が赤く染まって出てくる。

 ただそれだけだった。

 叫び声も似ている。

 声にならない声、断末魔の叫びというのは、人も魔物も言葉にはなってはいなかった。

 ゼルバやグレンに遅れずについていくと、10人近くいる剣を持った男達に出くわし、戦闘が開始されることとなった。

 ゼルバとグレンはそれぞれ反対方向に進んでは、ためらいなく剣を振るい、奴らのアジトを赤く染め上げていく。

 あまりのためらいのなさに、こっちが剣を振ることをためらってしまう。

 俺がどうすればとためらっていると、俺の後ろにはすでに奴隷商人が1人回り込んでいた。

敵に後ろを取られるなんてなんとも間抜けな話だが、心の整理がついていなかった俺は奴隷商人が剣を振りかぶるまで気づくことはなかった。

 しかしその剣は、俺に届くことはなかった。

 ためらいながらも剣を構えていたのが良かったのだろう、鋼色に輝くその刃は鏡の役割をし、後ろで俺を殺そうとする奴隷商人を捕らえたのだ。

 奴隷商人を確認した途端、不意に体が動いた。

生きるための本能とでもいうのだろうか。

 体をひねり、後ろに立つ奴隷商人の一撃を紙一重で避けると、そのひねりを利用し、そのまま奴の体に剣を走らせたのだ。

 遠心力と体全体の力が加わった一撃は、難なく奴隷商人を両断した。

振り下ろされた両腕、細いとはいえないがっちりした胴をいともたやすく。

 斬られた奴隷商人の顔は、最初は信じられないといった感じで、こちらの目を見つめた後、自分の下半身を目視し、そのまま白目をむいて動かなくなった。

 死体から血が噴出し、すでに赤く染まったアジトに赤を塗り重ねる。

そして俺の体にはいたるところに返り血がつき、ぼろぼろの服に彩を添えていた。


「くそがー!」


 仲間を斬られた為だろう。

ゼルバやグレンとは距離があり、まだ斬られていない奴隷商人がこちらに向かってきた。

 その形相は鬼と言ってもいいだろう。

 だが、すでに人を1人斬った俺にはためらいはなかった。

 一直線に向かってくる奴隷商人の攻撃は、魔物のそれよりも恐怖を感じることもなく、軽く剣で受け流すことができた。

 全力の一撃を受け流された奴隷商人、その場でたたらを踏みバランスを崩す。

 俺はそこに迷いなく刃を突き刺した。

 突き刺した部分は心臓、丁度俺に背中を見せる形になっていたうえ、バランスを崩した奴隷商人に避けられるはずも無く、狙いをつけるときれいに突き刺さる。

 突き刺すと何か言葉を発するように口を動かしたが、言葉にはならず血を吐いた後に床へと倒れこんだ。

 おそらく1分とかかっていないだろう。

俺はそのわずかな時間で2人を殺した。

 赤く染まる剣を死体から引き抜き、周りを見る。

そこはまるで子供のお絵かきのように、赤一色で埋め尽くされていた。

 地面に横たわっているものは、すべて死んでいる。

 確認するまでもない。

皆どこかしら体の一部を失っているのだから。

 俺はそれらを見てもすでに何も感じなくなっていた。

ただ、そのせいで何かを失ったと感じたこと意外は……。

 感傷的になりながらも俺はグレンとゼルバの姿を探した。

どうやら彼らはすでに一階にはいないようだ。

 彼等を探していた時に見つけた階段にも、奴隷商人と思われる死体が2体転がっていたので間違いないだろう。

 階段を上り、その後も死体のあるほうにと進んでいくと、ようやく彼等を発見することができた。

 そこはこの建物の中で最も広く作られていた部屋のようで、これまで以上の死体が転がっていた。

 そして命乞いをするかのように、ゼルバの前で地面へと崩れ落ちている男が1人。

髪の毛は無く、豚の様に肥えており、今まで見てきたどの死体よりも服の質がいい。

間違いなく奴が、このアジトの主であろう。

 そんな彼にゼルバは血のついた剣を首の脇へと突きつけ、口を開いた。


「貴様がここの責任者だな?」


「は、はい! そ、そうです! ですから命ばかりは!!!」


 奴隷商人は恥も外聞もなく、すがりつくようにゼルバへと懇願していた。

 ゼルバはそんな奴隷商人の姿を眉一つ動かさず、冷めた目で男を見つめている。

 グレンはその様子を壁に寄りかかり、喜劇でも見ているかのように、先ほど俺に見せた笑みのまま彼らを見ていた。

 なんなのだろうか。

こんな異様な光景を見ているのに、俺の感情はピクリとも反応しなかった。


「安心しろ。今は殺さん。だがここ以外のアジトについて話さなければ死んでもらう」


「話します! 話しますとも! ですから命は!!! 命ばかりは!!」


 命乞いをする奴隷商人に、ゼルバが冷徹に言い放つ。

 恐怖のあまり泣き出している奴隷商人は、必死になってうなずいていた。


「ふぅ、ゼルバのおっさん、もういいんじゃない? とりあえずこいつ王都に連行すれば、一応解決でしょ。連絡とって下の連中を早く開放してやろうぜ」


「ふん、解決かどうかは貴様が決めることではない。だが、残りはこいつ1人だけ。貴様の言うとおりにするのは癪だが、開放してもいいだろう。牢屋の鍵だ開放して来い。それとこう言っておけ。救出用に馬車を用意した、それがここにつくまで外で待機しろと!」


 グレンの提案になんだかんだと言いながら賛同すると、ゼルバは剣を持っていない方の手で、鍵を放り投げた。

 その時だ。

ゼルバの視線が外れたのをいい事に、奴隷商人が立ち上がり逃げようとしたのだ。


「ひーーー! 耳が! 耳がーーー!!」


「黙れ、出なければ次は唇を落とす」


 奴隷商人は逃げられなかった。

 ゼルバの剣が奴の耳をそぎ落とし、その行動を阻止したのだ。

 奴隷商人は切り落とされた耳の部分を、両手で押さえながらごろごろと転がり、もだえ苦しんでいる。

 だがゼルバに、再度刃と背筋も凍る冷たい視線、そして脅し文句を突きつけられると、押し黙り必死に首を縦に振ったのだった。


「それじゃアキラ、お前さんも手伝えよ」


「ん、あぁ……」


 ゼルバの行動から目を話せなかった俺に、グレンがポンと肩に手を置いて話しかけるとそのまま階段を下りていく。

 俺はゼルバのほうに意識が集中しており、あいまいな返事しか返せなかったが、彼の後を追い牢屋へと歩を進め、奴隷達の解放を手伝だった。

 奴隷を助けた後はとんとん拍子に進んでいった。

 ゼルバが用意していたと言う馬車はすぐに到着し、俺を含むすべての人間を収容して、王都への道を進んで行く。

 ただ奴隷商人だけは、1メートル四方の鉄の折に入れられ、馬車に引きずられていた。

 捕まっていたのは、俺と同じ牢屋にいた三つ編みの女と、その目の前の牢屋にいた男3人、そして奥の牢屋に女が2人。

 こいつらがいつ頃から捕まっていたのか正確にはわからないが、人の流れは激しかったようでグレンの話によれば最長で5日ほどだという。

 これまでに売られてしまった人のことを思うと、人を斬っても動かなくなった感情が揺らいだ。

 俺は馬車の中で考える。

 今後についてのことを。

 今の今まで何度か死にそうになりながらも、それなりに楽しくやってきたこの世界。

それが今日を境に何かが変わってしまった。

 今俺はこの世界を楽しいと思うことができていない。

実際奴隷商人に売られそうになったわけだから、楽しくないのは普通かもしれない。

 だがその奴隷商人から開放されても、ほかの奴隷候補だった人たちみたいに手放しで喜べなかった。

 人をこの手で殺したことが、ずっと頭の中をめぐっていて。

 何か他の事を考えようとしても、魔物を斬った時と大差なかった感触がよみがえり、俺の中を支配する。

 だからといって、後悔しているわけでもない。

あの時斬らなければ確実に俺が殺されていたはずだから。

 しかし、心の中のもやもやはいつまでも消えなかった。

1人で悩んでいるせいか暗い思いばかり募っていく。

 そんな俺を見かねてか、同室だった三つ編みの彼女が話しかけてきた。


「大丈夫ですか?」


「ん、あぁ大丈夫だよ。怪我はしてないから」


 努めて明るく振舞って見せた。

体を動かし怪我もしてないことをアピールして。

 けれどそれが逆に彼女の心配を掻き立てたようで、より深刻そうな顔をこちらに向け話し始める。


「そうじゃなくて、その……なんていうか、捕まっていたときよりも暗いみたいですし」

 

 彼女の話を聞いて思ったことは2つ。

 鋭いということと、なんとも情けないということだ。

 まったく、助けたはずの人に心配されているなんて、どれだけやきがまわったのだろう。

俺は作り笑いを苦笑いへと変え、その顔をできるだけ見られないよう右手で顔の半分を隠し、彼女に言葉を返した。


「やっぱりばれる人にはばれるね。でも本当に大丈夫なんだ。後は自分で区切りをつけるだけだから」


「そう……なんですか?」


「あぁ」


 彼女の顔を右手の指の間からみる。

 その顔は納得してはいないようだったが、顔から右手をはずして再度彼女に語りかけると、それ以上彼女はこの話題について話すことは無かった。

 実際自分で言ったとおり、後は自分で区切りをつけるだけ。

それさえできれば、元通りの俺として過ごすことができるはずだ。

 だが、それがわかっていてもなかなか区切りをつけられない自分がいる。

 あの時、あいつらを斬ったのは自分を守るためであり、なおかつほかの奴隷たちを守ることにもつながっていたと理解しているのに。

 すでに人を殺したことについての感慨はなくなっている。

そしてあの状況で奴らを殺したことは罪にならないことも知っているし、むしろ殺した方がためになったことについても分かっていた。

 けれどなぜか心のもやが晴れない。

 何かしらが突っかかっており、こうして自問自答を繰り返し、それを取り除こうとしているのだが、いまだに消える気配はない。

 その後も何度かだめもとで自問自答繰り返したが結局は消えることは無く、その努力は徒労に終わることとなった。

 その後は何も考えないように、頭を空にしながら過ごした。

そして馬車に揺られながら1時間ほど立っただろうか、不意に聞き覚えのある女の声が耳に飛び込んでくた。


「ア……ラ…………こに……るの」


 その声は途切れ途切れではあったがエマの声に聞こえた。

 いったいどこからと馬車の外を見回してみたが、何も無い。

気のせいかと思い、腰を下ろそうとすると今度は間違いなくしっかりした声が聞こえてきた。


「アキラ、どこにいるの?」


「!?」


 周りの奴隷達もその声にはびっくりしたようで、その声の発生源である俺へと目を向ける。

 いったい何なのだと思ったが、なんてことは無い。

 腕についていたリンカが反応しただけだった。

 今思えば捕まった時にこれを使えばよかったと思う。

そうすれば、こんなに悩む必要はなくなったのかもしれないから。

 だが過ぎてしまったことは仕方が無い。

俺は改めてリンカを使い、仲間達と連絡を取ることにした。

 幸い手につけていたグローブ以外は無事だったようで、ぼろぼろのジャケットのポケットには仲間達と連絡が取れる銀が入っている。

 しかし、どういうわけか感度が悪い。

 よくよく見てみると、どうやらリンカに亀裂がはいっているようだ。

 亀裂は縦横無尽に走っており、少しでもどこかにぶつけたらすぐに粉々になりそうだった。

 リンカには自動修復機能があると聞いたことがあるが、ここまでボロボロになっても大丈夫なのか心配である。

 とりあえず俺はそのボロボロのリンカに、慎重にエマとの連絡用銀を当てると口を開いた。


「エマ、聞こえるか?」


「!? アキラ、アキラなの!?」


「あぁ、俺だ。死神には俺はどうやら嫌われているらしい。何とか今も生きてるよ」


 心配そうに聞こえる声はやはりエマのもので、彼女に自分が無事なことを伝える。

すると喜んだ時のように声のトーンが上がったと思ったら、今度は微妙に怒気を含んだ声が聞こえてきた。


「よかった! 本当に心配したんだからね! 生きてるならとっとと連絡よこしなさいよ!」


「悪い。ちょっといろいろあってな。それよりもほかの奴らは大丈夫なのか?」


 本当に心配されてるんだなと感じた俺は、少しうれしく思う。

そのことは声には出さないが、若干顔には出ていたかもしれない。


「たぶん、あんたよりは大丈夫なはずよ。皆擦り傷や、切り傷は負ってても骨折とかはしてないし」


「そうか、皆無事ならそれでいい」


 エマはすぐに俺の質問に答えてくれた。

 俺は若干前のめりになってリンカに顔を近づけていたが、それを聞いた途端、背中を馬車の壁へと預けた。


「それより、あんた今どこにるのよ? 今皆で手分けして川沿い探してるんだから」


「ちょっとまってくれ、グレン今どこら辺なんだ?」


 俺が安心していると、今度はエマからの質問が飛んでくる。

 今どこにいるかわからない俺は、グレンに尋ねた。

グレンは奴隷商人をじっと監視しており、外の景色を見ていたのでおそらくわかるはずである。


「ん~シリウスト領の丁度中間あたりかな。一度ここの中心の町で休憩入れてから、首都に向かうみたいだぜ?」


「わかった、ありがとよ。エマ、俺は今丁度ジェシーの屋敷の方に向かってるみたいだ。このペースで行けばたぶん後2、3時間もすればつくと思う」


 俺がグレンに感謝の言葉を述べると、彼はそれに手を振って答えまた奴隷商人の監視に戻る。

 その様子を見終わった俺はエマにそのことを報告した。


「みたいって……。あんたのほかにそこに誰かいるの?」


 俺の言葉のニュアンスから他に誰かいるとエマは感じ取ったのだろう。

ただグレンと話している最中、電話の癖でリンカを手で覆って声を聞こえないようにしたためほかに誰かいるのか確信がもてなかったようだ。

 俺はエマの質問に答えるべく口を開いた。


「あぁ、ちょっとな。話すと長くなるから今は省くけど、騎士団の馬車に乗っている」


「……なんか本当に長くなりそうね。わかったは私達も屋敷にもどるから」


「了解。っと、なんかリンカが悲鳴上げているみたいだからとりあえず、ここで話を切るわ」


 別に隠すことも無いので、正直に答えたが、いきさつは時間がかかりそうなので省く。

エマも俺の状況を思い描いて感じたのだろう、俺の意見を尊重してくれる。

 その時だ。

俺はリンカの異変に気がついた。

亀裂が入っているリンカは、赤く淡い光を発しておりはじけ飛びそうな感じである。


「リンカが悲鳴って、もしかして傷でもついた?」


「傷って言うか少しでもつついたら割れそう」


「あ、そりゃだめだわ。無理しすぎると使えなくなるわね」


 リンカの状態を説明すると、やはり俺の判断は正しかったらしく、今の状態は壊れる寸前だったらしい。


「できるならほかの奴らの声も聞きたかったんだが、すぐに会えそうだし今のところは我慢するか」


「そうしときなさい。リンカ高いし。それじゃ皆には無事だって伝えとくわ。きっとジェシーなんて泣きながら喜ぶわよ」


 残念だが仕方ないと思いながら、ほかのやつらとの交信をあきらめると、先ほどまで俺のことを心配していたエマではなく、いつものエマが答えてきた。

 やはりエマはこうでなくてはと、なぜかそう思う。


「そんな大げさな」


「……鈍感」


 エマがいつもの調子で話しかけてくれたことがうれしかったのだろう。

俺はエマの台詞に今までより若干声のトーンが上がって答えていた。

 しかし、それが悪かったのかもしれない。

しばしの沈黙の後エマに一言告げられることとなった。


「えっちょっとおい、ってこれ以上は本当にやばそうだな。色が変わり始めてる。まぁ皆無事だって言うし良かったかな」


 聞き間違いかなと思ったが、耳に入ってきて脳へと到達した言葉には間違いが無く、そのままの意味だということを伝えていた。

 そのことについて問いただしたかったが、リンカが先ほどよりも強く赤い光を出していたので俺は銀をそっとリンカからはずし、ジャケットのポケットへしまいこんだのだった。

すると、目の前にいる三つ編みの彼女は軽く笑みを浮かべながら俺に話しかけてきた。


「うれしそうですね」


「あぁ、ちょっとな」


 仲間との会話は予想以上に顔を綻ばせ、人を斬ったことについて悩んでいた顔を払拭させる結果となった。


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