第十三節:ゼルバ
なぜこのような事態になったのだ。
牢屋へと通じる階段の空気は冷たいというのに、俺の体は怒りで熱くなっていた。
いくらセリア姫の命令とはいえ、殺してしまいたい人物2人と行動しなければならないというのは不愉快極まりない。
俺は後ろからついてくる忌々しい2人の気配を感じながら、前へと進む。
今回の任務を完璧に遂行するために。
今の任務についたのは20日前、セリア姫じきじきに下されたものだった。
その内容は奴隷商人としてアジトに潜入し、奴隷商人を捕らえ、捕まっている人々を解放するというもの。
以前王に奴隷商人の探索の命令というものを受けたが、その時はあまりに情報が少く、奴隷商人を発見することはできなかった。
王は発見できないとわかると、すぐに捜索を打ち切り、新たな内政へと手を出していったので、この問題は国としてはあまり問題ないとされていたのだろう。
しかし、王が見限った政策をセリア姫は実行なされた。
今までこのような政はする人ではなかったのに……そうセリア姫が、野良犬と出会うまでは……。
もともと聡明で、政に強かったセリア姫は、あの一件以来、国の発展についてだけではなく、国の裏側についても勉強なされるようになった。
大の大人でも目を瞑り、耳を塞いでしまうような出来事であっても、何一つもらすことなく知識として吸収してき、貧困、孤児、略奪、殺人、奴隷等、さまざまなことに対して、まだ幼く、本来なら政をしなくてもすむ歳だというのに、その身ですべてを解決しようとし背負い込んでしまった。
それもこれも忌々しい野良犬が、セリア姫に国の裏側を見せてしまったため。
気高く、美しいセリア姫が奴のせいで、悩みを増やし病気にでもなってしまわれたらと考えると、やはり奴には死を持って償わせるしかほかにない。
だが奴がセリア姫に闇を見せたことにより、この奴隷商人のアジトが見つかったのもまた事実。
王も聡明ではあるが、それ以上にセリア姫は聡明であり、何より勘が働きになる。
そのためか、セリア姫が決めたポイントに偵察を送り込むと、何かしらのほこりが出てきたのだ。
この奴隷商人のアジトもその一つ。
バウラス領とシリウスト領の境界に位置しており、何か起きてもすぐにどちらの領にでも逃げ出せるようになっているだけでなく、交易路の賑わいを逆手にとって、隠れ蓑となっていた。
うちの内政担当には悪いが、あやつらではまず見つけることはできなかったであろう。
偵察の報告により奴隷商人の所在が判明すると、すぐさま対策として俺が呼ばれることとなり、任務が下された。
内容は先ほど告げたもの。
当然いつもの格好では潜入することは不可能であるため、服を替え、剣を替え、さらには交友の証として奴隷を1人、商人へとあるルートを使い差し出した。
差し出した奴が、よりにもよってグレンだとは思わなかったが。
今回の仕事は慎重を期すために、少人数で行動することになっていた。
そのため腕の立つ人物をギルドに頼み、味方として取り計らってもらったのだが、もし奴だとわかっていたら、多少リスクは高くなるが1人で解決していただろう。
時間がなかったとはいえ、奴隷役の人物と会っていなかった自分の軽率さに、腹立たしさを覚える。
それでも任務を成功させるために、気持ちは抑えてはいるが成功させた後どうなるかは俺にもわからん。
なるべくやつらの顔を見ないように、しなければ。
俺はいらだつ心を抑えながら階段を上がっていく。
階段の先には鉄でできた扉があり、奴隷達の声が外に漏れないよう分厚くできている。
そのためか、ドアを開くたびにギーっとかなり大きな音が発生してしまう。
別にこれからつぶすアジトの事をとやかく言うつもりはないが、もう少し考えた作りにした方がいいだろう。
この扉の先には見張りとして2人、扉の横に待ち構えているので見たくはなかったが、振り返り野良犬どもに言葉を発した。
「貴様らは、見えない位置で待っていろ。片付けてくる」
「???」
そう俺が言うと、ギルドから任務の内容が伝わっている方は頷き、扉から自分が見えない位置へと下がる。
だが、わかっていない野良犬の方は、その場で不思議そうな顔をしていた。
やはり、こいつは切り捨ててしまえばよかったか。
俺はそいつに一睨み利かせたあと、扉に手をかける。
だがまだ開けない。
開けていないのは、野良犬が扉の外から見える位置にいるため。
くっ、これだから阿呆は!
俺はもう一度奴に睨みを利かせ、手で追い払う動作をする。
その動作に奴は怒りの表情を浮かべこちらを睨み返してきたが、さすがに今の状況がどういうことなのかわかったのか、おとなしく下がっていった。
くそ、余計な手間がかかる奴だ。
俺は怒りのためか、それとも重い扉を開くために力を入れたのか自分ですらわからないが、ぐっと歯を食いしばり、扉を開いた。
外は階段よりも明るいため、光が目に入りまぶしさを覚える。
だがそれも数秒のこと、目が慣れ視界がはっきりすると、椅子に座った男達が視界に入った。
「どうだったんだい? あんたが持ってきた奴はいたのかい?」
「あぁ、ピンピンしていたな」
「そりゃよかった、そいつが高く売れりゃあんたもはれて俺達の一員になるって訳だ」
「そうそう、そうすりゃ俺達みたいに座ってるだけで高給取りって感じになれるぜ」
扉を開けた時からこちらの方を見ていたのだろう、そいつと目が合うと俺にしゃべりかけてきた。
俺は怪しまれないようにしながら右手を剣の柄の位置まで持っていき、話しかけてきた男に言葉を返す。
すると奴は笑いながら、さらに話しかけてくる。
そしてもう一方の椅子に座っていた男もその話に乗り、2人して『そうそう』などといいながら、高らかに笑いをあげている。
まったく、くだらん連中だ。
挟まれるように会話していた俺は、一歩前に出てそいつらと丁度三角形を描くような位置どりをすると、振り返りこう告げてやった。
「そんな腐れた未来はお断りだ」
奴らが俺の言葉の意味に気づく前に、奴らの首に剣を振るった。
横に振られた剣は、狙い通り一直線に奴らの首を捕らえ、通り抜けていく。
本当なら下にいる2人もこうしてやりたいのだが、今は任務に専念しておこう。
俺が血のついた剣を振るうと、椅子に座っていた奴らは声を発することもなく崩れ落ち、赤い水溜りをその場に作り出したのだった。