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夜明けの月  作者: びるす
シリウスト
57/89

第十二節:まさかの出会い

 俺は、俺はどうやら夢を見ているらしい。

 最初は現実なのかってぐらい鮮明な映像だったため、ここは? と疑問に思ったがどうも違うようだ。

 なぜそう感じたかというと、体が動かないし、声が出ない。

そして極めつけは、見ている映像に俺自身が映り込んでいる。

 一言で言うなら、自分が主役の映画を見ているような気分だ。

 この映画の始まりは、暗い夜道から始まった。

 最初、後頭部しか映されていなかったため、誰だかわからなかったが、振り返れば何のことは無い。

いつも鏡で見ている自分の姿。

 ただ、どこか違って見えた。

 そんな違和感を持ちながらも映像は流れていき、どこにいるのかわからないが、ただひたすら歩いている。

 道には何本か電信柱が立っており、一つ飛ばしではあるが街灯が灯っていた。

 そしてちょうどその街灯の下を通ったときだ。

 俺は気がつく。

違和感があったのはこのためかと。

 俺の格好は以前愛用していたスーツ姿で、そしてこの映像は紛れも無く地球のもの。

 まだ一年と経っていないのに、その映像はひどく懐かしく感じられる。

昔の自分を見つめる俺は感慨深い気持ちになりながらも、これといって何もすることはできず、ただただ流れていく映像を見るだけだった。

 映像に映し出されていた俺は、迷うことなく道を突き進む。

 そんななんて事のない映像が、数分間流れ、いったいこの夢は何なのだと思い始めた頃、映像の中の俺が立ち止まる。

 何かあったのか?

 疑問に思い首を動かしてあたりの状況を把握しようとするが、体が動かないためどうしようもなかった。

しかし映像が俺の意思を汲み取ったかのように、ぐるりと回転し辺りの風景を映し出してくれる。

 あぁなんだここか。

 映し出された映像は、暗い夜道であったためとてもいい映像といえるものではなかったが、ここがどこなのかは把握することができた。

ちょうど映像の中の俺の右手側には、ザザーと音を立てている、海があり、その反対側には民家が見える。

 そうここは間違いなく俺の故郷。

そして、俺が世界にさよならを告げた場所だ。

 先ほどまだでただじっと立っていた映像の中の俺は、海辺の方へと向き直り水平線をじっと見つめはじめた。

水平線の先には、わずかながら空は黒色を青く変貌させている。

 もうすぐ夜明けだ。

 じっと見つめられている水平線は、徐々に徐々に明るくなり、夜の色を取り払おうとしている。

もう少しすれば、日の出が見えるはずだ。

 しかし、何を思ったか映像の中の俺はそこで昇ってくる太陽に背を向けた。

 そりゃそうだ。

 途中から気がついたが間違いなくこの映像は、俺が異世界に飛ばされた時のものなのだから。

 映像の中の俺が見上げた先にあるのは、太陽とはまた違った明るさを放つ月。

 ちょうど月は満月で、いつもより得した気分だったのを覚えている。

 映像の中の俺がその月に魅せられている頃、俺とは違う別の人影を映し出した。

 まだ夜が明けきっていないため、薄暗く後姿の人物が誰なのかわからない。

 最初、俺はこんな人いたかなと、思い出してみたが月の光に魅入られていた俺にはそんな記憶はなかった。

 不思議に思いながらも、映像は続く。

 そして、その人物が俺の後ろまで近づくと、何を思ったか俺の肩へと手を置こうとし――――。


「はっ!」


「きゃっ!」


 起き上がった瞬間、臭いが鼻につく。

 公衆便所よりはましだが、なにやらあまりよくない臭いだ。

 それと勢いよく体を起こしたせいなのか、体のあちこちが痛い気がする。

 もう年なのだろうか。

 いまだはっきりとしない意識の中、くだらないことを考えていると、目の前に驚いたようにこちらを見つめる女性を見つける。

 年はジェシーぐらいだろうか、髪は赤茶で三つ編み、両頬に少しそばかすがあるが、顔の作りは悪くない。

ただ惜しいことに、服装があまりよろしくはなかった。

 彼女についての感想が頭に浮かぶと、ようやく頭が回転しだす。


(俺はたしか、ジェシー達と一緒に洞窟に行って……あぁそうだ。流されたんだ)


 自分が覚えている限りの記憶をたどり、最後に見た風景を思い浮かべた。

 水流に流され、水の中に沈んでいく自分に何か叫ぶ仲間達。

 はは、よく死ななかったものだ。

本当に悪運だけは人一倍強い。

 俺は自分の意識がはっきりしたことを自覚すると、ふと笑みをこぼし、俺を看病していたであろう、女性に声をかけた。


「悪い。驚かせたみたいだな。君が手当てしてくれたのか?」


「…………」


 返事がない、というよりはいまだに驚いているのか、こちらの声が聞こえてないようにも思える。

 俺はもう一度彼女に話しかけた。


「君が手当てしてくれたんだよね?」


「あっ、はっはい」


 声の音量を先ほどよりも大きくして話しかけると、今度は聞こえたらしい。

 彼女は、目をぱちくりと瞬きながら、なぜか姿勢を正し返事をする。


「そうか、ありがとう。ところでここはどこかな? ホテルのスイートルームって訳じゃないよね?」


 そんな彼女の動作を不思議に思いながらも、感謝の言葉を述べる。

 その後、辺りをぐるりと見回しながら、ここがどこなのか彼女に質問した。

 質問された彼女は、先ほどまで驚いた顔をしていたのに、今度はその顔に暗い影を落とす。

 普通ならどうかしたのか? と問いたいところだったが、辺りの様子を見た俺は彼女の表情の意味がなんとなく理解することができた。

 ちょっとふざけてスイートルームなんて口走ってみたが、俺が今いるところは紛れもなく牢屋だった。

 硬い石でできた壁と、鉄でできた頑丈そうな柵が俺達を閉じ込めており、右足には逃げられないようにか重そうな鉄球が鎖で結ばれている。

 向かいの牢屋にも同じように鉄球がつけられた男が3人ほどおり、絶望に打ちひしがれていた。

また隣にも牢屋があるのか人の声が聞こえくる。

 周りの様子を一通り見た後、また顔を彼女へと戻すと、暗い影が差す表情をさらに暗くさせるような小さな声で彼女は口を開いたのだった。


「ここは……ここは人買いの牢屋です」


「なるほどね。それで俺はどれぐらい寝ていたのかわかる?」


 俺は彼女の言葉を聞いて、自分がどんな状況に置かれているのか理解した。

 だが、あせりはしなかった。

 それどころか妙に落ち着いている。

 俺は彼女に自分がどれぐらい寝ていたのか尋ねた後、自分の体をさすって調べ始めた。

 基本的に外傷はない。

 ところどころ擦り切れたか、はたまた鋭い何かにぶつかり切れたのかわからないが、俺の着ている洋服とは対蹠的だ。

ただ唯一、洋服と一致しているの左手の傷、穴はふさがってはいるがまだ完治というわけではなかった。

 左腕は傷こそはふさがっていたが、ぼこっとそこだけ抉れたようになっている。

動かしてみると、心臓の鼓動のリズムとともにジンジンと痛みを感じた。

 しかし、動かせないわけではない。

ぐっと握りこぶしを作り、握力の検査もしてみが、穴が開いたばかりの頃と比べればぜんぜんましだ。

 ほかの部分はどうかといろいろと動かしてみる。

ところどころ筋肉痛のような痛みを覚え、いつもどおりとはいかないが十分動けそうである。

 そんな俺の様子を見てか、目の前にいる三つ編みの彼女は信じられないといった表情で口を開いた。


「なるほどって……なるほどって、それだけなんですか? 人買いですよ人買い? 私たち売られちゃうんですよ? 奴隷として一生過ごさなきゃいけないんですよ!?」


 彼女は話の終わりに近づくにつれ、徐々に語尾を大きくし、いかに自分達が切迫した状況であるかを訴えてきた。

 普通ならば彼女のように、慌て騒いでは絶望する。

そうなるのが普通なのだろう。

 だが異世界に飛ばされるという経験をした俺にとっては、こんなものどうということはなかった。

 多少、あせりはしたが、化け物じみた巨大蛙と戦った後ということもあり、俺にとっては今の状況は、この程度のことで済まされている。

 むしろ人買いだろうと何だろうと、外に放って置かれたらほかの魔物に食われていたかもしれないので、安全な場所に運んでくれたことに対し、ありがたいとさえ思えていた。

 そんなわけで俺は落ち着いている。

だが、必死で危機を訴える彼女には俺はあまりにも異質に映ったのだろう、さらに言葉を畳み掛けてきた。


「奴隷なったら、親にも兄弟に友達にも会えなくなるんですよ!? つらくないんですか!? 悲しくないんですか!?」


 彼女の声は牢屋全体に響き渡り、牢屋にいれらているほかの人々の顔に暗い影と涙を誘う。

 彼らに暗い影を落とす原因となった彼女はというと、声を荒げ今までの不満もこめて言い切った後、肩で息をしていた。

 全身全霊で言葉に気持ちを込めたのだろう。

 俺はそんな彼女の目を見つめ、もう一度こう尋ねた。


「それで俺はどれぐらい寝ていたんだい?」


「3日よ! それがどうしたの!? なんだっていうのよ!?」


 質問に答える彼女。

 俺を諭すために言い放った言葉が、自分の置かれている状況をより明確に頭に刻み込んだのだろう。

 彼女は俺の質問に答えた後、ヒステリックな声を上げ、涙をためた目でキッ、と睨みつけてきた。

 俺はそんな彼女の目を真剣に受け止め、一度目を閉じる。

 そして目を開くと同時に、笑みを浮かべこう言った。


「友達に会えなくなるのは、確かにつらいな」


 そう言いきると、その場に立ち上がる。

 俺に笑顔を向けられた彼女は、その笑顔の意味も立ち上がった意味もわからなかったためか、必死に訴えていた怒りと悲しみの顔を、きょとんと間抜けなものへと変えたのだった。

 立ち上がった俺は目の前にある鉄格子の扉をぐっと押して確かめた後、彼女に視線を向けてもう一度笑みを浮かべながらつぶやく。


「だから俺は今からここを抜け出そうと思います」


 その言葉が彼女の耳に届くと、また表情を変え声を上げる。


「そ、そんなの無理よ! 鍵は人買いのやつらが持ってるのよ? 抜け出すことなんてできないわ」


 彼女から紡がれた言葉は最初だけ大きな声であったが、無理だと改めて再認識すると少しずつ音量が静かになっていく。

 そして体育座りのように体を抱え込み、足の間に顔を埋もれさせたのだった。

 俺はそんな彼女に、こう一声かけた。


「んじゃ、壊せばいい。ちょうど武器もあることだしね」


「武器なんてどこにも……」


 彼女にそう声をかけると、埋まっていた顔をゆっくりと上げ口を開く。

 その言葉は武器の存在を否定するもの。

 しかし武器は存在している。

 彼女がその武器の正体がわからないというのなら、武器の存在を行動で示してやろうと考えた俺は、彼女が言葉を言い切る前に、右足を大きく動かした。

 ミドルキックの要領で蹴りだす。

右足には鉄球がつながれており、半分ほど動かすとぐっと負荷がかかった。

だがその付加を跳ね除けるようになおも力を込めると鉄球は宙を浮き、鉄格子の扉の部分へとぶちあたるのだった。

 牢屋内はけたたましい金属音が鳴り響き、その音の後にはブルブルと震える鉄格子が見えた。


「武器なら有っただろ? 後は気づかれないようにやるだけなんだけど、まぁあれだけ騒いだのに何も言われなかったんだ。近くにいないか、またはこの部屋の音はやつらの部屋まで届かないようになってるんだろう。それじゃ続けるからもう少し下がっていてくれるか? さっきは手加減したからそっちまで鉄球がいかなかったと思うけど、予想より頑丈みたいだからちょっと本気出す」


 俺は改めて三つ編みの彼女に向き直りそう告げる。

 彼女は俺の急な行動に驚き、体育座りしていたのに思わずのけぞってしまい、両手を床について硬い地面につきそうな上半身を支えていた。

 若干俺の言葉の後にちょっとした間があったが、言葉の意味を理解すると、こくこくとうなずいてその体勢のままあとずさる。

 彼女が十分に離れたのを確認し、もう一度鉄格子の扉へ向き直ると、今度は先ほどよりも威力を挙げるため、力を溜め勢いよく蹴りを放った。

 鉄球は先ほど同様、扉の鍵穴近くに当たり、大きな音を奏で扉をゆがませる。

 その後も同じように右足を動かしては、扉と鉄球のハーモニーを牢屋全体に響かせていった。

 それにしても3日か、どおりで傷があらかた治っているわけだ。

 戦闘前に食事したのも良かったのだろう、燃料がない状態ではさすがにここまで回復はしないだろうから。

 それにしても腹が減ってきた。

 自分は空腹だと感じながら蹴りを放つこと丁度10回目、鉄球と扉がぶつかる音だけでなく今までとは違う音を出してくれる。

 扉と鉄格子がぶつかる音だ。

 鉄球の衝撃に耐え切れなくなった扉が勢いよく開け放たれ、その勢いでくるっと半回転し鉄格子へとぶつかったのだ。


「それじゃ出るとしますか」


 鉄格子が開いたのを確認すると、俺はいまだに驚いた顔をしている三つ編みの彼女へ手を差し伸べ、今日何度目かの笑みを浮かべる。

 彼女は最初なにかおかしなものでも触るかのように、そおっと手を近づけてきたが、あまりにもじれったかったので、俺はその手をとり一気に立ち上がらせた。


「あんたらはちょっと待っていてくれよ。さすがにこれ以上やったら俺の右足がいかれそうなんでな。何、心配するなって、ちゃんと鍵持ってきて戻ってくるからな」


 彼女を立ち上がらせた後、うらやましそうにこちらを見つめる向かいの男どもに一言告げる。

 すると俺の言葉により希望がわいたのか『やった、これで助かる』『自由になれる』と騒ぎ始めた。

 その希望は牢屋全体に感染し、ところどころから『頼んだよ!』『絶対戻ってこいよな!』と声があがったのだった。

 しかしそのわずかな希望に暗雲が立ち込める。

 今まで人の声以外聞こえなかった空間に、突如として扉の開く音が鳴り響いたのだった。

 一瞬にして皆が口をふさぐ。

 どうやら扉の音は、俺の牢屋の隣に在った通路の先から聞こえてきたようだ。


「あっちが出口で間違いないよな?」


「えぇ、奥に進むと階段があってその先に扉があるわ。私は連れてこられたときに意識があったから間違いないはず」


 俺は小声で三つ編みの彼女に話しかけると、彼女もこれから訪れるであろう来訪者に聞こえないよう、ボリュームを絞る。


「牢屋の隅に隠れていろ」


 俺は彼女にそう言い残すと、鉄球を手に持って足音を立てぬよう、出口へとつながる通路の脇まで移動する。

 ここならば通路を通ってくる者に対しては死角になり、不意打ちを掛けることができるだろう。

 俺は鉄球をそっと地面へ下ろし、拳を構え人買いと思わしき人物を待った。

 コツコツと階段を降りる音が通路の先から聞こえる。

 その音はだんだんと近づいてきて、人の気配が牢屋のすぐ近くまでやってきた。

 そして人影が俺の目の前を通り過ぎた瞬間に、拳を発射する。

 だが放たれた拳は来訪者が持っていた剣の鞘ではじかれてしまい、当たることはなかった。

そしてちょうど、にらみ合うような形でお互いの顔を確認する。

 確認するとまったく同じタイミングで、違う言葉が牢屋に鳴り響いた。


「あんたは!」


「貴様は!」


 服装は簡素で、とても同一人物とは思えないが、その顔は忘れようとしても忘れない顔。

 不意打ちを見事かわし俺とにらみ合うその人物は、国に仕える騎士団長、ゼルバその人だった。

 はじかれた拳をすぐさま引き戻すと、ゼルバは剣を引き抜ききりかかってきた。

 今の状態で彼ほどの腕の立つ騎士とやりあうのは無謀といえる。

 しかし、逃げるにしても右足にくくりつけられた鉄球が邪魔をし、すばやく動くことは困難だ。

 俺は彼の初太刀を、体を思いっきり後ろに倒すことで回避する。

 剣は傾いていく俺の体の上を通過し、顔を風圧が撫でていった。

 俺は完全に倒れきる前に右腕で牢屋の鉄格子を掴み、背中を地面につけるのを回避するとすぐさま右手に力を込め、体を起こしながら後ろへとジャンプする。

 するとゼルバは、やはり俺が気に入らないのだろう。

 息の根を止めるため、さらに一歩踏み込んで今度は縦に剣を振るった。

 剣は俺の服を裂き、皮膚を薄く削る。

 通常なら何事もなく避けられたかもしれないが、鉄球が移動の邪魔をし、いつもよりも半歩分移動の距離を縮めていた。

 削られた胸からは、少しずつではあるが赤い血が流れ、俺の服を染めていく。

 だが、落ち着いて手当てなどしている場合ではない。

 俺は詰められた距離をもう一度、取る。

すでにゼルバが新たな一撃を繰り出すため踏み込んでいるのだから。

 先ほど縦に振った剣を切り返す。

 飛びのいた時、どうしても遅れてしまう右足に赤い筋が入る。

 傷は浅い。

 しかし、このままではいずれ体が二つに引き裂かれることは間違いないだろう。

それでも、俺はゼルバと距離をとるよりほか今の状況に対抗するすべを知らない。

 その後もゼルバは、右袈裟斬り、斬り返し、逆胴、突きと俺の体にその技の一つ一つを刻み込んでいく。

 何とか致命傷は避けてきたが、それももはや限界に近い。

 背中にあたる石造りの壁が体温を奪っている。

 これで最後とばかりに上段に構えたゼルバは、勢いよく剣を振り下ろした。

 やばいと思った瞬間、巨大蛙の時同様、世界が遅くなる。

 あまりにも危険な状況に陥ると、スローモーションを見ているように人間はなるそうだが、こんな短期間で何回も同じ感覚に遭うというのはどうしたものだろうか。

 もしかしたら、この感覚も俺の回復力とかと同じように異世界に来た時についた付加価値なのかもしれないが、確かめるすべがない。

 いや、無い訳ではないのだが、確かめるために毎回こんな危険な状況を体験するのはごめんこうむる。

 いろいろな考えをめぐらせている間、少しではあるがゼルバの剣はまっすぐに俺へと向かってきていた。

 自分の動きも遅く映る目でその剣筋を読みながら、俺はできる限り早く右足に絡みつく鎖を手にとってその剣筋の先へとピンと張って突き出す。

剣は導かれるまま、鎖へと接触しまばゆい火花を散らし、輪でつながっている鎖の片側を切り裂き、反対側までその身を食い込ませていた。


「たくっ! せっかく助かったってのに、殺されたらたまったもんじゃないな! いい加減俺を殺そうとするのをやめてくれないか?」


「ふん、野良犬の駆除も我等の使命の一つだ!」


 映像は剣を受け止めると、もとのスピードへと戻る。

 俺は剣を全力でもって受け止め、ゼルバはその守りを貫こうと剣に力を込めている。

 拮抗する二つの力により、鎖と剣はプルプルと振るえ、黒板を爪で引っかいたような、いやな音をあたりに撒き散らした。

 そんな両者一歩も引かない競り合いが繰り広げられている中、不意に横から聞き覚えのある声で、名前を呼ばれることとなる。


「たく、うるさくて眠れやしねぇな。ゼルバのおっさんに、アキラよ。もう少し静かにやってくれないか?」


「「グレン!?」」


 普通ならばこんな状況で意識を他へ移すのは非常に危険なのだが、俺の名前だけでなくゼルバの名前も呼ばれたため、一瞬ためらった後ゼルバがいったん距離をとったので、声が聞こえたほうを向く。

 俺が向いたのとほぼ同時にゼルバもそちらを見たのだろう、そして嫌なことにまったく同じタイミングで彼の名前を叫んでいた。

 グレン、俺が王都の食堂でたまたま合席になった人物だ。

 その後も何回か同じ食堂で飯を一緒に食うことがあり、それなりの仲にはなっていたのだが、まさかこんなところで会うとは夢にも思っていなかった。

 こんなところにグレンがいることにも驚いたが、ゼルバとも面識があったことにも驚く。


「なぜ貴様もこんなところに!?」


 俺は驚きながらも、ゼルバに注意を払いながらグレンとゼルバを交互に見る。

 ゼルバのほうは先ほどまで俺に釘付けだったのにもかかわらず、俺の事など気にも留めずグレンを苦虫でもかんだような表情で見つめ、なぜ彼がここにいるのか問いただしていた。

 ゼルバと意見が合うのは癪だが、俺もまったく同じ気持ちでいる。

 グレンはゼルバに睨みつけられながらも、ひょうひょうとした態度を崩さず口を開いた。


「いや~ね、ちょっとばっかりあれが負けこんじゃってさね……そのなんだ、仲間に売られちゃった」


 語尾にてへっ、とでもつけてくださいといわんばかりに話の後に舌を出すと、まいったまいったと言いながら頭をかき笑い飛ばしている。

 まったく何やっているのだこいつは?

 おそらくあれとは賭けの事なのだろう。

 いくら負けたのかは知らないが、仲間に売り飛ばされるとは、なんともまぁ……。

 いまだに笑みを浮かべているグレンを、俺は呆れ顔で見つめていると、怒りともよく似た表情のゼルバが口を開いた。


「もしかして貴様の方がそうなのか?」


「そっ、だからまぁ今回のところはよろしくということで、あっちなみにアキラがここにいるのは本当に偶然な。なんかまじめに捕まっちゃったらしいわ」


 ゼルバの言葉にグレンが返答する。

 話を聞く限り何か裏がありそうだが、真相はわからず。

 グレンの返答を聞いたゼルバはと言うと、こちらをゴミでも見るかのよう目つきで一瞥すると鼻を鳴らしながらこう俺に吹っかけた。


「情けない奴め」


 その後ゼルバは腰につけていた鍵でグレンの鉄格子の扉を開け、腰につけていたもう一振りの剣を鞘ごとグレンへ投げる。

 中傷された俺は、カチンと頭にきたが今の状態で反抗するのは得策ではないと冷静な判断を下せたため、ぐっと気持ちを押さえ込んだ。

 剣を受け取ったグレンは、鞘から剣を抜き放つと刃の輝きを見ながらつぶやき、ゼルバへと話を投げかけた。


「うわ~凡作、おっさんがいつも使ってる剣はどうしたのよ?」


「ふん、今回の仕事には目立ちすぎる」


「違いない」


 ゼルバは嫌そうな顔をしながらも、その質問に答えると足枷の鍵だろうか、それをグレンへと投げる。

 パシッと言う音を立てながらそれをキャッチすると、すぐさまグレンは鍵を使い足枷をはずした。

 それを確認したゼルバは、俺に背を向け通路の方へと足を勧めていく。

 俺のことは無視か。


「いくぞ」


「へいへい、あっちょっとまった。どうせならアキラにも手伝ってもらおうぜ? ここであったのも何かの縁だしよう」


 よっこらせっと口にしそうな感じでグレンが立ち上がる。

そして扉を開き、ゼルバの後を追おうとしたが、俺と視線が合うとゼルバに話を持ちかけた。

 手伝い? いったいなんのことだろうか?

 手伝いとはいったい何なのかわからない俺は頭の上に疑問符を掲げながら、ゼルバのほうへと目をやった。

 ゼルバは歩みを止め、こちらへ振り向くとこう一言だけ告げる。


「そんな奴必要ないわ」


 あまりにも冷めた感じで言い放つそれは、俺の感情を逆なでし思わず拳を握らせた。

 立ち上がり一発お見舞いしてやると心に決め、キッ、とゼルバににらみを利かせると、俺の肩にグレンが手を乗せ、俺が立ち上がってゼルバに飛びかかるのを阻止する。

 何だと思いグレンの方を見たが、先ほどと変わらず笑顔にも似た顔を浮かべていた。


「まぁまぁ、いいじゃないの。それとも何? 足手まといが増えると仕事ができないぐらいあんたって弱かったっけ」


 俺の肩を押さえながら、グレンはゼルバに対して口を開く。

 だがその内容は、ゼルバを馬鹿にするものなのだが、はっきりいってゼルバよりも俺の方が馬鹿にされている。

 俺はグレンに一言物申そうと、口を開いたが肩を押さえていた手が今度は口を押さえて、言葉が閉ざされた。


「く!?」


 一方俺と同じように馬鹿にされた、ゼルバはギリッと音がしそうなほど顎に力をいれかみ締めていた。

 数秒後、ゼルバは俺に視線を向けると、力の入った口で言い放つ。


「おい貴様!」


「な、なんだよ?」


 俺は口を押さえていたグレンの手を払いのけ、ゼルバに言葉を返す。

そしてゼルバは俺じっと見つめながらこちらに近づき、もう一度口を開いた。


「しっかり受け止めろよ」


 ゼルバが口を開くのとほぼ同時に、彼の右手が天井高く振りかぶられた。

 直感的にやばいと感じた俺は、すぐさま先ほど同様鎖をピンと張り身構える。

 剣が上から下に振り落とされた。

 振り落とされた剣は、先ほどのように鎖の影響でとまることはなく、俺の鼻先を通り過ぎその鋼の輝きを見せ付けていく。

 背中から嫌な汗が出たと思ったときには、鎖は断ち切られていた。


「あ、あぶねぇじゃねぇか!」


「ふん、いくぞ」


 俺の抗議をなど関係ないと言わんばかりに、ゼルバはまた俺へ背中を向けると今度こそ止まることなく通路の方へと歩みを進めていった。


「それじゃ俺らも行きますか」


「あ、おい、ちょっとまてよ」


 いつの間にか俺のそばを離れ、ゼルバの剣の届かない安全圏へと移動していたグレンがくいっくいっと手招きをして俺を誘うと、彼もまたゼルバのように通路へと向かっていく。

 俺は何がなんだかさっぱりわからない状態であったが、今のままではどうしようもないので、立ち上がりグレンを追う。

 途中俺が入っていた牢屋のところに、三つ編みの彼女がこちらを心配そうに見つめていたが、『助けに来るから、おとなしく待っていてくれよ』と言うとうなずき見送るのだった。


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