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夜明けの月  作者: びるす
シリウスト
56/89

第十一節:洞窟での戦い

 目の前に姿を現した魔物は大きかった。

 体長はワゴン車ほどの大きさで、こんな奴に体当たりでもされたらひとたまりもないだろう。

 巨大な魔物を一言で表すと蛙と言うのがまさにふさわしかった。

 後ろ足をたたみ、前足をピンとさせ座る姿はまさに蛙そのもの。

違うところといえばその大きさと、鳴き声、そして体を覆っている外殻ぐらいだろう。

 外殻は周りの岩とほぼ同色で、角ばっており、鱗のように1つ1つ分かれ、敷き詰められている。

 蛙にブロック状の石を隙間無く貼り付けた、と言えばわかるだろうか。

 威嚇した際、天井から落ちた石が頭へと当たったのだが、カツンという音がした後、石の方が割れていたので、奴の外殻は周りの岩と同じか、またはそれ以上に硬いということもわかった。

 鳴き声は蛙のものとは違いゲコゲコと可愛らしく鳴くのではなく、すべてを震わすような重低音。

 耳を塞がなければ、いられないほどだ。

 どこにそんな鳴き袋があるのだと問いただしたくなる。

 何かあると思い戦闘準備だけはしっかりと整えてきた俺達だったが、まさかこんな怪物に出くわすとは思っても見なかった。

 いったいどこから? と考えてしまう。

 巨大蛙は威嚇の鳴き声の後、こちらをうかがうようにカッと開かれた目でそれぞれを捉えている。

 緊張感が極限まで高まり、アドレナリンが分泌され始めた頃リットが口を開いた。


「どうやらあそこから掘り出されたみたいですよ……」


 巨大蛙に対して警戒しつつ、リットが穴の開いた天井の一部を指差した。

 思わずその先を追ってみるとそこには、この巨大蛙が丁度収まっていたようなきれいな型が出来上がっていた。

 まさかこの硬い岩の中に人知れず、ずっと眠っていたというのだろうか。

 そう疑問に感じたがある一つのことを思い出す。

 以前蛙について奇妙な話を聞いたためだ。

 その話の内容は、石炭や大理石から生きた蛙が出てきたというまゆつばもの。

当時の俺はそんなことがあるものか、と否定的な意見を持っていたが現状を見る限り信用するしかないだろう。

 それにしてもいったい何年前からこの岩に挟まれていたのか、考えただけで気が遠くなりそうである。

 もしかしたらオーディグルスがいた時代、いやそれよりも前の魔物かもしれない。


「どうしますの? といいましても戦うしかないんでしょうけど」


 ジェシーの声は緊張に包まれていた。

 誰に尋ねたのかわからない質問は自己解決しており、ここにいた誰しもが思ったことだろう。

 殺らねば殺られると。


「見た限りじゃ、奴に効きそうな武器を持っているのは俺とリオのみだ……ジェシーとリットの2人は俺達の攻撃が当たるように奴の注意を引いてくれ。くれぐれも慎重にな。どんな攻撃があるか!?」


 周りの状態をうかがうことなく、巨大蛙だけを見据え仲間に作戦を伝えていた時、奴が口を大きく開いた。

 そして次の瞬間、その口からものすごい勢いで何かが飛ばされてくる。

危険と判断した俺は、すぐさま左手につけていた盾を前方へとかざすと、盾越しに強い衝撃が襲ってきた。

 警戒していたため、反応することができたが奴の姿を確認する前に攻撃されていたら、抵抗することなく食らっていたことだろう。

 ゾクッとしたのを背中に感じたのもつかの間、今度はものすごい力で盾が引っ張られる。

 その力はすさまじくとても片手で支えきれるほどのものではない。

 すぐさま右手を添えて引き戻し、足にも力を送り引きずられないように踏ん張った。


「はあっー!」


 俺が必死に何かわからない力に抵抗していると、前方でジェシーの声が上がる。

 そしてその瞬間、引っ張っていた力は急に無くなり、後方へと踏ん張っていた俺は後ろへと転がっていった。


「つっ……さっきのはいったい!?」


 転がったことにより軽く擦り傷を負ったが、ほかの怪我をすることは無かった。

 急いで起き上がり、思わず謎の攻撃の正体について口を開く。

 すると近くで身構えているリットが、その正体について答えてくれた。


「舌で攻撃したみたいです。舌での攻撃はどうやら獲物を捕食するときに使うみたいですね。盾に吸着していましたよ」


「なるほど、それで引っ張られていたのか。そんでもって急にその舌がはがれたのは、ジェシーの攻撃でか」


「えぇ、だけど攻撃が当たる前にすばやく舌を戻してしまったので、奴は傷一つ負っていません」


 なんとも厄介極まりない相手だ。

 硬い体と遠距離攻撃を持ち合わせているなんて。

 しかもその攻撃は一発で致命傷になりかねない。

 ちっ、と俺は舌打ちをすると、右手につけていたハンマーパーツに目をやった。

 今回の俺の装備は盾とハンマーである。

 盾はこのところ何かとお世話になっていたためもってきており、ハンマーはもしかしたら岩を壊すかもしれないと思い装備してきたものだ。

 屋敷を出てから数分は、ほかの装備よりも重量があるため、持ってきて失敗したなと思っていたが、ここに来てこの装備の組み合わせがベストだったと確信する。

 もし盾を持っていなかったら最初の一撃で、俺は奴の腹に飲み込まれていたことだろう。

 そしてこのハンマー以外の武器だったら、奴に傷を負わすことができたかどうか……。

 ハンマーパーツから目線をはずすと、俺は勢いよく右手を振った。

 そして丁度野球ボールを離すリリースポイントで、ハンマーパーツにつけられているボタンを押したのだった。

 ハンマーとグローブをつなぐ鎖が勢いよく伸びていき、洞窟内に激しくこすれる金属音がこだまする。

 ハンマーは一直線に巨大蛙へと飛んでいき、丁度顔の真ん中へとぶち当たった。

 ガキン!

 先ほど石がぶつかったときよりも大きい音が、鳴り響く。

 これならば少しは効いただろうと笑みを浮かべる。

 だが、奴は何事も無かったように巨大蛙はケロッとしており、こちらをじっと見据えていたのだった。


「なっ……」


「危ない!」


 俺は次につながる言葉が出なかった。

 懇親の一撃は弾かれ、弾かれたハンマーは地面へと転がっている。

 どうやって……という言葉が駆け巡り、思考がパンクしてしまう。

それにより、俺は巨大蛙の動きの変化を掴めなかった。

 目では巨大蛙を見据えていたのに、頭が奴の動きを認識していなかったのだ。

 どれぐらい呆けていたのだろう。

時間にしたらおそらくほんの一瞬だったのだとは思う。

 だが、その一瞬は奴が攻撃するには十分な時間だった。

 巨大蛙の攻撃に反応しない俺を見かねてか、リオが大声を上げる。

その声により、思考が危機回避一択に染まり、俺は急いで横へと駆け出した。

 地面に黒い影が見える。

 俺はその影にかぶらないよう必死で走り、そして最後はヘッドスライディングのように地面へとダイブした。

 その瞬間後方からものすごい風圧と、地面の揺れを感じる。

 俺と同じように逃げていたリットに、手を借りて急いで起き上がり後ろを振り返ると、そこには巨大蛙がその巨体を露にしていた。

 奴を受け止めた地面には、こまごまとした亀裂が入っておりその威力を物語っている。

 もし食らっていたら、車で引かれた蛙のように、この巨大蛙にぺちゃんこにされていたことだろう。


「こんのー!」


 巨大蛙は飛びかかりの後、すぐさまこちらへと向き直った。

 確実に俺とリットが狙われている。

 全身の毛が逆立つのを感じた。

 次は何をしてくるのだと、身構える。

 しかし、次の攻撃はなかった。

 リオが俺達に集中したことによりがら空きになった巨大蛙の背中に、ご自慢の力と大剣で切りかかったからだ。

 ガキン!

 耳に突き刺さるような金属音とともに、火花が散る。

 さすがに隙だらけのところの一撃は、巨大蛙も驚いたようで思わず攻撃された方へと向き直った。

 つまり俺達に背中を見せる体勢になったということだ。

 奴の背中には、リオが斬ったと思われる傷がほんの少しではあるがついていた。

だが、奴の血は見えていない。

 ダメージとしたら奴にとってはでこピンぐらいといった感じだろうか。

 俺は奴の硬さにもう一度舌を打ちながら、この隙に最大の攻撃をお見舞いするため、伸ばしたハンマーの鎖をある程度戻し、右手でその鎖をつかみながらぐるぐると回し、リオの傷がある部分へと投げ放った。


「あたれーーーー!」


 遠心力のついたハンマーは先ほどよりも早く飛んでいき、巨大蛙へとぶちあたる。

 ガキン!

 リオが放った一撃と同じような音が、また洞窟内に響き渡る。

 手ごたえあり!

 リオがつけた傷は俺がハンマーをぶつけたことにより広がり、岩の外殻がボロっと崩れ去りピンク色のヌメっとした皮膚を覗かせた。

 いける!

 一撃では無理でも、何度かぶち当てれば倒せる。

砕け散った巨大蛙の外殻を見て俺の中で僅かではあるが、希望が生まれたのを感じたのだった。

 致命傷とは程遠いが、外殻の奥の柔らかい皮脂をさらけ出させることに成功した俺達は、巨大蛙の攻撃をよけながら戦闘を続けた。

 柔らかい皮脂をピンポイントで狙うのは、ジェシーとリット。

 丁度2人1組の形で巨大蛙を始点に点対称な配置についているため、リオとジェシーの方を向けばリットが、俺とリットの方を向けばジェシーが背中に開いた外殻の隙間を突き刺すといった感じだ。

 その間俺とリオは敵の動きを見ながら、新たな外殻をはぐため全力で攻撃に当たる。

 正面を向けば、顔に、背中を見せれば、ピンポイント攻撃を行う2人の邪魔にならない場所を攻撃していく。

 俺とリオが攻撃するたびに、洞窟内にはガキンという金属音が鳴り響き、ジェシーとリットが攻撃すると巨大蛙の声が鳴り響く。

 そんな攻撃をし始めて5回目、俺達2人に背中を見せる巨大蛙。

 これまでと同じようにリットは急いで巨大蛙の背中へと飛び乗ると、外殻の隙間を突き刺した。

 俺もそことは別の部分へとハンマーを投げようと構える。

 その時、巨大蛙が叫び声とともに飛び上がった。

 今までに無かったパターンだ。

 足場が不安定な状態となる。

それに加え急な動きで発生した強力な重力がリットを襲う。

 リットはよろよろとよろめきながらも必死に絶えてはいたが、抵抗むなしく天井近くで巨大蛙の背中から投げ出されてしまった。


「うわーーー!」


 高さは約6メートル、体勢が不十分な状態で投げ出されたリットにはあまりにも高い距離だ。

もし、体勢が整っていたとしても、地面は岩でできているため硬い、骨折ですめば儲けものといったところだ。

 それなのにもかかわらず、リットの体勢は悪い。

 このままでは死ぬかもしれない。


「リット! 剣を放せ!」


 このままではリットが死ぬと感じた俺は、空中にいるリットに剣を離すよう指示しながら、落下点を予測し駆け出す。

 剣を放させたのは、落下の時にその剣で怪我をしないためだ。

 幸か不幸か落下点の位置は駆け出してすぐの位置にあり、リットが落下する前に間に合うことができた。

 間に合うことはできたが、リットが宙に浮いていた時間は数秒、受け止める体勢が不十分のまま、俺に横からのしかかるようにリットは降ってきたのだった。

 強い衝撃が襲う。

 体勢の整っていない俺は踏ん張りきれずに、リットともに背中をしこたまぶつけ、肺の中の空気が一気に外へと漏れ出した。


「がはっ」


「ぐっ」


 受け止めた俺も、落下してきたリットも苦痛が口から漏れる。


「あっ……はぁーーー、リット無事か……」


「な、なんとか」


 息をするたびに胸に痛みが走る。

 肺の中の空気が一気になくなったことによる弊害だ。

 リットの無事を確認しながら起き上がるため両手を地面へとついた。

 カクン。

 左腕から力が抜け、どさっと頭から地面に崩れ去る。

 

「!?」


 いったいなんだ、疑問に思った俺は左腕に目を向ける。

するとそこにはおかしな突起物が突き刺さっていた。

 急に左腕に痛みを感じる。

 左腕に突き刺さっていたのは、尖った鍾乳石、どうやら受け止めて転んだときに、突き刺さってしまったようだ。

 このままでは邪魔になるだけなので、俺は血が流れ出るのをお構いなしに右手で鍾乳石を引き抜いた。

 引き抜く際に鍾乳石と左腕の骨がこすれ、振動をじかに伝えてくる。

 いやな感じだ。

 引き抜かれた鍾乳石には赤い血がこびりつき、滴り落ちている。

左腕の空洞からも、血は滴り落ち、転んだときに濡れたジャケットをよりいっそう重くしていった。


「アキラさん、動かないでください!」


 巨大蛙のほうへと神経を集中していたリットだったが、いつまでも起き上がってこない俺に違和感を感じたのだろう。

 立ち上がった彼が、後ろを振り向いた。

 そして俺の傷を見て目を見開き、すぐさま駆け寄って自分のジャケットの袖を引きちぎると、それを俺の左腕へと巻きつけて止血する。

 その間俺は、自分を治療するリットではなく、巨大蛙と対峙する2人を見つめていた。

 リットを受け止めた衝撃のあまり、巨大蛙が地面へと降り立ったことなどまったく気づかなかった俺は、未だに宙へ浮いているものだと勘違いしていたが、現状はリオとジェシーが巨大蛙の注意をひきつけて俺達の復帰を待っていた。

 早く何とかしなければ、気持ちだけが焦る。

 ギルバーンが終わってからまともに魔物と戦っていないのに、いきなりこんな強敵と戦って勝てるはずが無いのだ。

 勝てると思ってしまった自分に憤りを覚える。

 計画があまりにも順調に進みすぎていたため、浮かれていたのかもしれない。


「くそっ!」


「あっ!」


 唇をかみ締め動く右手で、勢いよく地面を押して立ち上がる。

 俺の治療をしていたリットは、急に立ち上がったことにより思わず声を上げた。

 その瞬間左腕に激痛が走った。

 盾の重さが左腕に負担をかけ、地面へと引っ張っていたのだ。

俺は顔をゆがめながら、盾をとろうと左手をぐっと握ろうとする。

 だが左手の握力は、老婆のそれと同じぐらいで外す為に必要な力をえられることができない。


「ちっ!」


 舌打ちをして盾をはずすのをあきらめ、巨大蛙へと視線を移す。

 巨大蛙は、左右に分かれた2人を捕らえようと、右に左にと頭を動かし狙いを定めては舌を放っていた。

 ジェシーとリオは何とかそれを回避していたが、緊張感と洞窟内の気温が影響し、疲れの色が見え始めている。


「まずい! リット、俺のことはいい。早くあいつらに加勢してくれ!」


「わかりました!」


 リットはすぐさま巨大蛙に向かって走り出した。

 途中で自分が空中で放した剣を、走りながら器用に拾いしっかりと握りなおす。

 そして接近に気づいていない巨大蛙の背中へと上ると、先ほどの作戦と同じように外殻の隙間に剣を突き立てた。

 巨大蛙は刺されると、重低音の鳴き声とともに飛び上がる。

 しかし今度は剣を深々と突き刺していたため、リットはそれをしっかりと握ることにより投げ飛ばされることは無かった。

 ドスン!

 突風が顔に吹き付ける。

 思わず右手で目をかばう。

 その隙間からは、着地の衝撃でリットが地面へと転がっていったのが見えた。


「リット!!」


 そんなリットを見つめているリオが、その小さい体でどうやってそんな声出したのかと、聞きたくなるほどの大声で彼の名前を叫んだ。

 彼女の表情は目を見開き、ありえないものでも見たかのようになっている。

 しかし、敵の目の前で叫び声を上げ、視線をずらしてしまったのはまずかった。

 リオの大声に反応した巨大蛙が、彼女に舌を伸ばそうと口を開き始めていたのだ。

 視線の先をリットへと移しているリオには、それが見えていない。

 まずいと思った瞬間、リットが空中に投げ出されたときと同じように、俺は走り出していた。

 痛みなど無視し一心不乱で走り出した俺には、世界の流れがおそく感じられた。

 走りながら巨大蛙の口に視線だけ移すと、ゆっくりと舌が伸びている。

 間に合え!

 心の中で必死に叫びながら、俺は走り続けた。

 そしてリオに舌が到着する前に、彼女の前方へと言う事の利かない左腕を突き出して盾でカバーすることに成功する。

 僅差で俺がリオの前方へと到着するのが早かったのだ。

 しかし、盾に舌が当たった衝撃は飛び込んでリオの前へと現れた俺にはどうすることもできず、そのまま後方へと飛ばされ、後ろにいたリオへとぶつかってしまう。

 さらに疲労が蓄積し、体勢が非常に悪い俺に、盾へと引っ付いた巨大蛙の舌の引っ張る力に抵抗することなどできるはずもなく、巨大蛙の口へと飲み込まれていった。

 巨大蛙の口の中は生物なのかと疑いたくなるほど冷たかった。

 こいつが本当に蛙と同じ系統ならば、両生類ということになるから冷たくても普通なのだが、口の中へと飲み込まれた俺にとってはこの冷たさが体力を奪っていく。

 さらに驚異的な圧力で、体全体を押しつぶす感じだ。

 左腕は穴が開きほとんど役に立たない状態で、こんなところに導かれてしまった俺は、その圧力に十分な抵抗ができず、徐々に冷静な判断ができなくなってきていた。

 ただ暴れる。

 ただもがく。

 それだけが俺にできる唯一の抵抗になっていったのだ。

 耳に届いてくるのは、巨大蛙の体の動き、筋肉の収縮音とそれによって生じる奴の体液のねちゃねちゃといった気持ち悪い音だけ。

 もしかしたら外で誰かが俺の名前を呼んでいたかもしれないが、俺の耳には届くことは無かった。

 飲み込まれてまだ数秒しかたっていないのに、俺の体と精神は悲鳴を上げ、十分ではないにしろ必死に抵抗していた体はその動作を緩めていき、意識が遠のいていった。

 死んだな。

 そう感じた。

 今まで死んだと感じたことはたくさんあったが、その中でもこれはベスト3に入る。

 レベアルと死闘を繰り広げくたばった時、ゼルバのおっさんに本当の殺意を向けられた時、そして今回だ。

 今まで何とか助かっては来たが、今回は無理だろう。

 なんたって食われてしまったのだから。

 遠のいていく意識の中、自分の最後が食われるという情けない結果に終わったことに俺は笑ったのだった。

 しかし、奇跡が起きた。

 急に右腕が引っ張られる感触が、諦めた体に伝わってくる。

 その後、鈍い衝撃が1発。

 その衝撃の後にもう1度、今度は先ほどの衝撃よりも大きいのが1発。

 巨大蛙がその衝撃で口を開き、わずかながら光が見えた。

 そこにまたしても腕を引っ張られる感触、今度は右腕だけでなく左腕も引っ張られている。

 すでに疲労困憊、意識が朦朧としていたため、左腕を強く引っ張られていたのにもかかわらず痛みを感じることは無かった。

 ずるん。

 どさっ。

 何かに引っ張られたことにより、俺は巨大蛙の口の中から飛び出し、硬い地面へと居場所を変えた。


「ごはっ!」


「大丈夫ですの!」


「しっかりしてください!」


 いつの間にか内蔵がやられていたのだろう、吐血する。

 それに伴い、意識と痛みが鮮明になっていき、大体であるがあたりの状況がわかってきた。

 まだ生きている。

 まったく悪運だけは強いらしい。

 どうやら俺を引っ張り出してくれたのは、ジェシーとリットだったようだ。

 彼らの手に巨大蛙の体液が付着していたので、それだとわかった。

そして俺が奴の体内で感じた衝撃は、俺自身のハンマーとリオの一撃だったみたいだ。

 いつの間にか手元に戻っていたハンマーと、巨大蛙の頭にリオの大剣が軽く突き刺さっていたのでそう感じたのだ。

 おそらく俺が体内にいた時、こんな感じのことが起こったのだろう。

 俺が奴の体内で必死に暴れていると、偶然ハンマーを手前に戻すスイッチが押される。

すると伸びきったハンマーは勢いよく俺の手元に戻ってくるため、蛇の尻尾のように揺れながら奴の頭に一撃を食らわした後、手元へと戻ってきた。

 そしてその一撃によって巨大蛙に隙ができたところに、リオの渾身の一撃、今まで攻撃を続けていた頭に今まで以上の力でお見舞いしたに違いない。

 その一撃で外殻は剥げ、ピンク色の皮膚に大剣が突き刺さったのだ。

 あまりの衝撃に思わず口を開け、鳴き声をあげる巨大蛙。

 口が開かれたことで、ハンマーを引き戻した際に若干口の入り口の方に近づいていた俺をジェシーとリットがすぐさま見つけ、駆け寄り、奴の鳴き声を無視して引きずり出してくれたのだ。

 冷静な判断ができなくなった頭でよくこんな推測が立てられたものだと感じ、これしか俺を助け出す出来事はないと思い込んで、心配そうに見つめる2人に声をかける。


「助かった。ありがとう。どうやらまだくだばりそうには無いよ」


 痛みを無視して笑顔を作る。

 顔色を見たら、その動作は不釣合いだったかもしれない。

 だがこれが今俺にできる感謝の気持ちの伝え方だった。


「くっ!」


 俺が悠長に感謝の気持ちを2人に伝えていた頃、リオは巨大蛙の頭に刺した大剣をより深く突き刺そうと大剣の柄につかまりながら力を込めていた。

 しかし、痛みのためか必要以上に暴れ、体をそこかしらにぶつけている巨大蛙の上ではそれ以上の追撃には無理があった。

 最初は振りほどかれないよう必死に踏ん張ってはいたものの、勢いで大剣が抜けその拍子にリオは放り出されてしまう。

 何とかバランスを保ち、うまい具合に地面へと着地することはできてはいたが、未だに暴れる巨大蛙に向かっていくには危険すぎる。


「リオ! これを使え!」


 残りの力のほとんどを使い、俺はリオに声を掛けると、右手のグローブをハンマーごと投げた。

 グローブはリオの近くに音を立てて落下する。

 グローブを見た後、すぐに俺へと視線を移したリオに、背中をジェシーとリットに支えられながら、ぐっと親指を立てて言ってやった。


「そいつなら遠くからでも攻撃できる。決めちまえ」


 リオはコクリと頷くと、グローブを装着し巨大蛙と向き合った。

 最後の力をリオの応援へと使った俺は、リオの視線が外れたのを確認すると、体の体重を支えている2人へ預ける。


「悪い、もう今日は動けねぇわ」


「気にしないでください」


「えぇ、後は私達がやっておきますわ」


 俺の謝罪に笑顔で答えてくれる2人。

 いい仲間を持ったもんだ。

 2人は俺を肩で担いで巨大蛙から死角になる岩陰へとそっと運ぶと、自分達の武器を手に取り、リオのサポートに回っていった。

 3人の動きはこれまで以上に良くなっていた。

 ジェシーとリットは一切攻撃をせず、完全に囮役として巨大蛙の視線を釘付けにする。

 時折武器を振るい、天井から差す光を反射させて巨大蛙の目へと導いたりもして見せた。

 狙いの対象から外れたリオは、俺以上の力を遺憾なく発揮する。

 ハンマーを自分の手足のように扱い、巨大蛙にハンマーを当てたと思ったら、その反動を利用して自分と一緒にハンマーをぐるりと回すと、遠心力をプラスした一撃を逆側へと当てる。

 俺以上の力で放たれたハンマーは遠心力もプラスして、一撃でその外殻を砕き、奴の血を噴出させていった。

 血がすべての外殻にまとわりつき始めた頃には、巨大蛙は自分の状況にパニックを起こしたのかその場でただただ暴れるだけとなり、自ら壁にぶつかってはその外殻を傷つけている。

 それでもなんとか自分を攻撃している人物が誰なのか、判断することのできた巨大蛙はリオへと向き直った。

 だがその行動で奴は最後を迎える。

 奴の眉間の辺りには、先ほどのリオの攻撃で外殻が剥がれており、血が流れ出ている。

 そこにハンマーの扱いをこの戦いですでに会得してしまったリオが狙わないはずもなく、たっぷりと遠心力が加わった一撃がピンクの皮膚にめり込んでいった。

 今までのような金属音ではなくグチャと何かをつぶしたような音が、聞こえてくる。

 音の後を断末魔の叫びといっていいだろう、巨大蛙の鳴き声が口から放たれると、ハンマーを引き抜こうとしたのだろうか、勢いよく後ろへとジャンプし壁へとぶつかった。

 壁へとぶつかった巨大蛙は足で飛び上がった衝撃を緩和することなく、崩れ去りそのまま動かぬ岩に変貌したのだった。


「お、終わったのですの?」


 必死に敵の注意をひきつけていたため、肩で息をしながらもジェシーが動かぬ巨大蛙を見て口を開いた。

 同じように肩で息をしているリオとリットは、ジェシーの声にすぐには反応せずに、動かない巨大蛙に視線を向けていたが、リオがハンマーを引き戻した際にピクリとも反応しなかった様子を見て、ジェシーへと向き直っていた。


「やった! 倒した!」


「やりましたよ! 僕達あの怪物みたいな魔物倒しましたよ!」


 そして満面の笑みを浮かべて高らかに声を上げる。

 リオとジェシーなどは勢いあまって、抱きついて喜んでいた。

 倒せたことは俺もうれしいんだが、一人取り残されたようで少し寂しい。

 俺は動く右手を使い、体を何とか起き上がらせ岩にもたれかかりながら声を上げた。


「おめでとさん。これでミッションコンプリート、万事解決だな」


 俺は喜んでいる皆の顔を一人一人見て終わった後、皆に向けてぐっと拳を突き出した。


「えぇ!」


 俺の台詞にジェシーが答え、皆も同じようにこちらに拳を突き出した。

 なんともいえない達成感が、体中を駆け巡る。


「それじゃ、喜ぶもほどほどにしてさっさと帰ろうぜ? さすがに疲れた」


「そうですわね。私も早く帰ってお風呂に入りたいですわ」


「僕もですよ」


「私はちょっとこれの練習したいかも」


リオがハンマーを見てそういった瞬間、皆から笑いが上がった。

 まったく、あれだけ暴れたのにまだ元気だというのか。

 涙を浮かべながら、ようやく笑いが収まり始めた頃、涙をぬぐっていた俺の瞳にいやな光景が飛び込んできた。

 別に巨大蛙が蘇ったとかではない。

 巨大蛙の戦闘で落ちてきた岩に亀裂が入り、そこからピューと勢いよく水が噴出していたのだ。

 それも最初は1本だけしか出ていなかったのに、発見してから10秒と立たないうちに2本目、3本目と、水が摘んだホースから出るように噴出し始めた。


「皆急いでこっちに来るんだ! 水が噴き出すぞ!」


 急に焦りの表情へと変わった俺に皆どうしたという表情をしたが、俺の視線の先を追って振り返り気がつく。

 そしてすぐさま俺が寄りかかっている岩陰に駆け寄ってきた。


「くそ! やばいぞ。溜まりに溜まった水が一気に流れ出てくる。あぁどうすりゃいい考えろ、考えるんだ!」


 いい考えが浮かんでこない、ついには頭を掻きだしうなるばかり。

 その間も水噴出は威力と数を増し、地面に小さな川を作り始めている。

 時間が無い。

 何か無いかと、辺りを見回すと丁度リオのところで目が留まった。


「それだ!」


 俺はリオの持つハンマーを指差して、声を上げた。

 リオやほかの皆はこれ? といった表情をしていたがこの際説明している暇は無い。

 俺はすぐさまリオに指示を出した。


「リオ! 大剣を地面に突き刺せ! できるだけ深くしっかりとだ!」


「はい! はあぁぁぁーーーーー!」


 俺は自分の寄りかかっていた場所を退き、ここに突き刺せと手で指示を出す。

 それに素直な返事をリオが返し、思いっきり力を込め突き刺した。

 地面は硬いはずなのにもかかわらず、剣は深々と刺さりしっかりと固定される。


「よし! そいつにハンマーを巻きつけるんだ! いいか皆、絶対にハンマーの鎖を放すなよ!」


 俺の指示の意図がわかったのだろう。

 リオがハンマーを大剣へと巻きつけると、しっかりとハンマーの鎖を握りだした。

 ゴーーーーーー!!

 数秒後、我慢の限界に達した水達が、岩を突き破り勢いよく流れ始めた。

 岩陰に隠れていたおかげで最初の突発的な水圧には耐えることができたが、絶え間なく流れ出す水は勢いを緩めるどころか増していき周りの岩を流し始めている。


「くっ!!」


 リオ、リット、ジェシー、俺といった順番に鎖を持っている。

 力が残っているものが、前になり水の勢い減らす役目をしているのだ。

だがそれでも、あまりの勢いに、俺の前で必死に鎖にしがみつくジェシーが声を上げる。

 ゴツ!!

 必死に耐えている俺達に無情にも悲劇が訪れた。

 水の勢いで投げ出された岩が、俺達とは反対方向にある壁にぶつかり割れ、その半分になった岩が丁度俺達の場所へと降り注ぐように影を落としたのだ。

 世界の流れがまた遅く感じられた。

 俺はとっさに動かないはずの左腕に力を込め頭上へと掲げた。

 腕に穴が開いて、つけているだけでもつらかったはずだったのに、未だに装着していた盾が水の中から姿を現す。

 だが、遠い。

 岩の落下地点は丁度リットとジェシーの間、いくら腕を伸ばしても届かない。

 仮に届いたとしても、傷を負っている腕で弾き返せる大きさではない。

 どうすればいい? なんてことは無い。

それならばそこまでいけばいいことだ。

 俺は何を思ったのか、自分で絶対に放すなと指示していたはずなのに、自ら鎖を掴んでいた右手をはずし岩の落下地点へと自身を導いた。

 火事場の馬鹿力という奴だろう。

すさまじい水の抵抗を受けていたはずなのに足は進み、落下地点へとたどり着いた俺は見事その岩を排除する。

 しかし、やった! と思った瞬間俺は強烈な睡魔に襲われ意識が遠のいていった。

 そして最後に俺の目に映ったのは、何かを叫ぶ仲間達の姿と、弾き返した勢いで外れてしまい水の中へと消えていく盾。

 せっかくハンスに直してもらったのに……。

しかも気がつけば眼鏡もなくなっているし、あれだけ交渉してエマに買ってもらった物を無くしたと言ったら怒られそうだな、などと、あまりにも危機感の無い考えを浮かべながら俺は意識を失った。


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