第十節:第二作戦始動
会議から一夜明け、俺達は今バウラス領の水源、ラテームの洞窟へと向かっていた。
向かっているメンバーは、俺、ジェシー、リオ、リットと元夜明けの月メンバーである。
なぜ元なのかというと、昨日のうちにギルドで退団したためだ。
そして今俺達は、シリウストの剣という傭兵団となっていた。
もちろん新しい傭兵団を作ったのには訳がある。
今回の目標はシリウスト領がバウラス領へと恩を売ることにある。
つまり、夜明けの月の中で唯一シリウストと繋がりのある人物、ジェシーが全面に出なければいけなかったのだ。
別に、傭兵団を新設しなくても夜明けの月の団員としてジェシーが活躍すればそれでも良かったかもしれない。
しかし、新しく傭兵団を設立し、さらにその名前をシリウストに関係するものに変えることによりその効果を高くすることができるはずだ。
そんなわけでシリウストの剣の団長は、ジェシーが務めている。
ちなみに会議室で配った用紙に書かれていた作戦の内容なのだが、こんな感じになっている。
先ほどと同じ内容になるが、まず俺とジェシー、リオ、リットの4名が夜明けの月を退団し、新しくシリウスト領にちなんだ傭兵団を設立する。
その際の団長はジェシーが行うこと、そしてエマとハンスのみになってしまった夜明けの月はこの問題が解決した後、再構築されるのでハンスを仮の副団長とし、維持すること。
そしてバウラス領の定期連絡とタイミングを計り、今バウラス領で一番の問題となっている水問題について解決するというものだ。
タイミングというのは、定期連絡が来る日にシリウストの屋敷を出ること。
なぜかというとダルマさんに、今丁度ジェシーが帰ってきたのだが、バウラス領の現状を話したら、隣の領が困っているのを放ってはいけないと、見合いの話を聞かずにすぐに飛び出していった、という話を向こう側に伝えてもらうためだ。
これにより、ジェシーが、つまりシリウスト領でかなりの地位に位置する人物が、バウラス領のためだけに動いているということと、ジェシーが見合いの件については知らないというのが相手に伝えることができるのだ。
簡単に説明するとこんな感じなのだが、水問題の解決はバウラス領が今の今まで手をこまねいているのでかなり難しいと思う。
だが、恩を売るにはこれ以上のことは無く、後々また見合い話をあげられることはなくなるだろ。
この作戦は難しいながらも、決して不可能ではないプランであると俺は思っている。
ただ気になることがないわけでもない。
以前、リオにバウラス領について調べてもらった時にわかったことなのだが、バウラス領で水不足の前に結構大きい地震があったらしい。
そして、地震が起きてすぐに水が引き始めたことから、ラテームの洞窟で落石があり川をせき止めたと推測される。
このことはバウラス領でも推測され、ラテームの洞窟への調査が始まったらしいのだが、ラテームの洞窟へと行った傭兵団、鋼の牙、疾風の翼、テルメア。
この3つの調査を受けた傭兵団、すべての人間がいまだラテームの洞窟から戻っていないことだ。
普通調査の依頼は簡単ですぐに終わるはずなのだが、それなのに依頼されたすべての傭兵団が戻ってこないというのは異常である。
もしかしたら、調査中に落石に巻き込まれたのかもしれないが、それでも依頼を受けた時期が違う3つの傭兵団すべてが同じ目に遭うとは考えにくい。
おそらく何かしらの危険が潜んでいるのは間違いないはずだ。
だが、作戦の中止は無い。
俺の中でそんな危険よりも、ジェシーの見合い話のほうが大きくウエイトを占めていたのだから。
「後どれぐらいでラテームの洞窟なんだ?」
「そうですわね。後1時間もすればつくと思いますわ」
川沿いの道を水の流れにさかのぼるように、上流へと歩みを進める。
川の大きさはかなり大きかったものの、今は大量の水が流れていた形跡だけが残り、水は一本の細い糸のようにちょろちょろとしか流れていない。
こんな量では水不足になるのは当たり前だ。
ざくざくと乾いた土を踏みしめながら、進むこと約1時間。
ジェシーの言ったとおり洞窟が姿を現した。
巨大な入り口は、山をぶち抜いているかのように思わせる。
そんなトンネルのような洞窟の入り口へとたどり着いた俺達は、入る前にここで小休止をとることにした。
「んじゃ、いったんここで休憩しようか。中に入った後は何が出るからわからないからな、今のうちに軽く食事しておこう」
俺がそう口にすると皆首を縦に振り、同意する。
そして、今回武器のほかに持ってきておいたリュックから、レジャーシートのような敷物を取り出してそれぞれが腰を下ろした。
屋敷にいたメイドに作ってもらった、弁当をあける。
中にはパンに新鮮な野菜と、少し濃い目に味付けされ香ばしく焼かれた肉が挟まっており、うまそうな匂いを漂わせていた。
しかし、俺だけはそのほかにもう一つ違う入れ物から、あるものを取り出した。
白く輝く三角形の食べ物。
そうおにぎりだ。
これは出発前にメイドと一緒に俺自身が作ったものである。
最初はいきなり厨房に入ったため、何事かと不審な目で見られてしまったが、事情を説明すると快く厨房を貸してくれ、さらに手伝ってもくれた。
少し残念なことは、この世界に海苔が無かったことか。
シリウスト領の地図やバウラス領の地図を見た時に、海が見当たらなかったのでかなり内陸であると推測される。
そのためか海産物は非常に少なかったので流通していないのだろう。
海苔が無かいためおにぎりには代わりとしてシソの様な葉が巻くことにした。
味も匂いもシソとそっくりだったため、それを塩もみし海苔の代わりに巻いたのだ。
それにしてもさすが水が豊富というだけはある。
今まで主食といえばパンしか無かったが、シリウスト領では米が栽培されておりそれを味わうことができるのだから。
まぁ米といっても米みたいな穀物、トツブというものだが。
けれどそれも今回の一軒で、水が少なくなり生産の危機になっていると聞く。
早く何とかしなければと思いながら、俺はメイドが作ってくれたサンドイッチを胃の中へと導いてやると、自分で作ったおにぎり20個へと手を伸ばしていった。
するとそれを不思議そうに見つめるのが、3人ほど。
俺を除いて全員がその変わった料理に、注目していたのだった。
「アキラさん、それなんですか?」
最初に好奇心に負けたのはリオだった。
1つ、2つと軽快に口に運ぶ、俺の顔をいや、その口に運ばれているおにぎりを指差しながらたずねてきた。
ほかの2人もうんうんと頷いていたので、どうやら皆興味津々のようだ。
「あぁこれか、俺が住んでいたところの料理でな、トツブの中に具を入れ、こんな風に三角に固めて塩を振って食べるんだ。主に弁当なんかに使われる料理なんだが、一つ食べてみるか?」
俺はそういうとリオの方に、おにぎりの入った容器を差し出した。
「それじゃ遠慮なく」
「あぁ食べてみてくれ。よかったらお前達もどうだ?」
「はい、もらいますね」
「それじゃ私も」
リオが物怖じすることなくおにぎりに手を伸ばしたのを見て、ほかの2人にも勧めてみる。
すると2人とも一言告げてからおにぎりを1つ手に持って、口へと運んでいった。
「初めて食べたけど不思議な味、パンとは違うおいしさがある。――中の具が何かわからないのも面白いわ」
「良かったらもう一個どうだ?」
驚いたように、それでいて最後まで食べきったリオを見て、気を良くした俺はさらにおにぎりを勧めてみる。
「いただきます」
遠慮することなく、リオはさらにおにぎりに手を伸ばし口へと運んでいった。
自分で作ったものを、おいしそうに食べてくれるのは本当にうれしいものだ。
「あの、僕ももう1つ良いですか?」
「あぁ、食べてくれ。1つと言わず何個でも良いぜ。ジェシーも良かったらもっと食べてくれよ」
「えぇ頂きますわ。それにしてもトツブにこんな料理の仕方があるなんて知りませんでしたわ。普通はデザートに使うものですのに」
リットの一声に返答し、ジェシーへもさらに勧める。
2人とも具材が何なのかわからない楽しみと、おにぎりのおいしさを感じることができたようで、嫌がることなく食を進めていった。
結局食べ終わる頃には、リオが4個、リットが5個、ジェシーが3個とそれぞれ結構な量を食べたのだった。
「今度、日帰りの依頼があったら、おにぎりもって行きませんか?」
「私は別にかまいませんわ」
「右に同じく」
お茶が各自に配られ食休みとなり、優雅な時間が流れていく。
すぐに洞窟の探索、とも思ったのだが皆多少食いすぎたようで、誰からも『探索しましょう』という声が上がることは無かった。
ちなみに俺は胃がまだまだ余裕であったため、食べるにしろ探索するにしろどちらすぐに行うことができるのだが、食べるのはもう料理が無いため無理であり、探索するには皆動きづらそうなので空気を読んだ。
それにしても最初は自分の腹のために大量に作ったおにぎりが、仲間に喜んでもらえるとは本当にうれしいものだ。
俺はおにぎりについての会話がなされている中、お茶を飲みながら軽く笑みを浮かべるのだった。
休憩をとった後、荷物を整理し武装をしてから俺達は洞窟内へと入っていった。
すべての荷物を持っていくと邪魔になるため、武器以外は飲み水と軽い保存食、そして松明だけ持っていく。
ほかの荷物は特に盗まれても問題ないものだが、一応枯れ草をかぶせ、人目につきにくい位置へと隠していった。
洞窟に入ると、空気が変わる。
風を感じることは無いと思っていたが、どこか奥の方に穴が開いているのか風が流れていた。
そのためか淀んだ感じは無く、澄んだ空気は肌寒く感じるほどだ。
そして湿度が高い。
さすがは水源の洞窟といったところか。
ところどころから水が滴り落ち、鍾乳洞を形成しているがそれでも川の幅は糸のほうに細い。
どうやら滴り落ちてくる水では何とか流れを作るだけがやっとのようで、もっと奥の方にある水源をどうにかしないといけないようだ。
俺達は時々狙ったように背中に入る水滴に、ビクッと体を震わせながら奥へと進んでいった。
かなり奥に来ただろうか、入り口の光はすでに消えうせ、各自それぞれが持っている松明の光のみが、あたりを照らしていた。
ここに来るまでに、いくつかの鍾乳石が折れ、地面に砕け散っていた。
あまりに大きな鍾乳石は地面へと突き刺さっており、これが落ちてきたらと考えるとあまりいい気はしない。
これらの鍾乳石を見る限り最近壊れたようで、地震がバウラス領で起きたのは間違いないだろう。
あの突き刺さった鍾乳石のようなものが、おそらくこの洞窟にある水源を塞いでしまったに違いない。
まだ川の道が奥へと続いているため、どうやらもっと深くまでもぐらなければならないようだ。
奥に進むにつれ気温は先ほどより下がる。
皆一言も文句は言わないが、時折肩に手をあて擦りながら歩くさまを見てとれた。
それにしてもこの洞窟はどこまで続くのか? そう疑問に思い始めた頃、カツンと足元で今まで歩いてきたときに発していた音とは、違う金属音が洞窟内に響く。
いままでにない音に対して不思議に思った俺は、松明を下へと向け音の原因を探ってみる。
するとそこには折れた剣の刃がぽつりと転がっていた。
手に取り調べてみる。
鉄でできた剣の刃は、手にひやりとした冷たさを移し、熱を奪う。
しかし、そんなことは気にするほどのことでもないので、無視して剣の刃を調べてみるとこの剣の刃が最近のものだということがわかった。
なぜわかったかと言うと、水に浸かっていたというのにもかかわらず刃には錆一つ無く、銀に近い光沢を放っており、松明の柄の部分に軽く押し当て動かすと、すっと切込みが入り切れ味もそれなりのものだということもわかったからだ。
もし古いものならば、腐食し剣の一部ということさえわからなかったはずである。
「新しいですね。もしかしたら帰らなかった傭兵団の物かも」
「あぁそう見て間違いないだろう。ほかにも何か無いかあたりを探してみよう」
「そうですわね」
近くにいたリットが拾った剣の刃を見て答えた。
その内容は俺が考えていたものと同じで、ほかの2人もそう考えていたことだろう。
俺はほかにも何か無いか、あたりを探索する提案をした。
その提案にジェシーが言葉で答え、リオが頷いて同意する。
リットも目でこちらに合図を送り、全員の同意が得られた俺は軽く頷いて始めの合図とし、あたりの探索をし始めたのだった。
暗さだけならまだしも寒さが探索の邪魔をしたが、10分ほどあたりを見回したことにより、最近ここを訪れた者達の形跡と、それより少し前に訪れたバウラウ領から派遣された者達の物と思わしき物品が見つかった。
その物品は先ほど見つけた折れていた剣の柄の部分と、何本かの鋭いナイフ、そして壊れた鎧が数着、古いものは少し錆付いたつるはしが3本ほど。
この洞窟内で彼らに何かあったのは間違いなさそうだ。
俺達はその現状を把握すると、より神経を尖らせさらに奥へと進んでいった。
暗い洞窟内は、何年かけてできたのか想像すらつかないほどの大きな鍾乳石と、その積み重ねた年月を調べることができなくなった崩れた鍾乳石、そして滴る水滴と代わり映えの無い風景が続く。
しかし風の流れだけは僅かずつではあったが強まっていった。
いつになったら目的の場所へとつくことができるのかと、思い始めた頃、松明以外の光が前方にあることに気がついた。
一番後ろにいたリオだけはその光に気づくのが少し遅れたが、見た感じ日の光だというのがわかる。
「この洞窟は通り抜けられないよな?」
「ええそのはずですけど」
「じゃぁ何で日の光が見えるんだ? 地図で見た限りじゃ入り口はさっきのところだけだったはずだが……」
疑問に思った俺は水源の位置を確認のため後ろのリットに尋ねる。
その答えは俺の記憶にあったものと同じようで、俺の記憶を肯定した。
しかし疑問の消えない俺はさらにリットへと話を振ってみたが、彼もその謎の明確な答えを持ち合わせていなかったらしい。
口元に手を当てて少し考え込んでいる。
そんなやり取りを後ろで見ていたジェシーとリオが、話を進めた。
「もしかしたら地震のせいで地形が変わったのかもしれませんわ。ここの水源がとまってしまったように」
「そうかもしれない。とりあえず行ってみましょう」
ジェシーの推測にリオは賛同する。
そして彼女達は光の場所へと進んでいく。
俺達もそれに倣い、リオの後を追って行った。
光は天井が崩れ落ち、空を覗かせてできたものだった。
そしてその崩れた一枚岩の天井が川の流れをせき止めている。
すべての原因はどうやらこいつのようだ。
早速シリウスト領にいるエマに連絡を取り、この岩を取っ払いたいところなのだが、どうもそうはいかないらしい。
上から降り注ぐ日光を気持ちよさそうに浴びていた、今まで見たことの無い魔物がこちらに気づきその巨大な体で威嚇し始めたのだから。