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夜明けの月  作者: びるす
シリウスト
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第九節:作戦会議

「さて、全員そろったことだし、これまでのことをまとめ、これからのことについて話し合おうと思う」


 個人専用客室兼俺の書斎と化していた場所から、皆が座れるよう大人数用の客室へと会議室を変更した俺達だったが、全員が集まって話し合うのはシリウスト領に来てから初めてかも知れない。

 各自それぞれに仕事を割り振っていたため、仕方なかったといえばそれまでだが。

 テーブルは微妙に楕円の形をしているが、円卓と同じようにそれぞれの顔が確認できるつくりになっている。

 俺はそのテーブルに今までしてきたことについての資料を、皆に見やすいように並べた。


「とりあえず報告は俺からしていこうと思う。まず俺達が行った事について述べてから、そのあとにそれに対する結果を話す。とりあえず質問や意見は話を聞き終わってからでたのむ」


 俺はそういい終わると一人一人の顔をぐるりと見回す。

 何日かぶりだろうか、皆の顔を見るのは。

 ダルマさんに契約を譲渡してから、さらに2日経過しているためより懐かしく感じられる。

 そんな懐かしさを感じる顔ぶれの誰もが首を縦に振ったことを確認すると、俺は口を開いた。


「まず、俺達が行ったことは、このシリウスト領に新しい産業をもたらし、この領の経営の危機を乗り切るというものだ。そしてその危機を乗り切るための産業として、このコンクリートの原料、セメントを製造することに決定した」


 俺はセリアに見せたものと同じ、正方形のコンクリートをテーブルへと置く。

 それぞれ個別にこのコンクリートを見せていたのだが、確認のため置いたのだ。

 ドスンと音を立てて置かれたコンクリートは、それぞれの視線を集めたもののすぐに俺へとその視線は戻ってくる。

 一度見ていたため、特に注目してみるほどの事でも無いと思ったのだろう。

 視線のすべてが自分へ戻ったのを感じると、俺はまた口を開く。


「見てのとおり、コンクリートはただの石だ。だがこれがこんな風に乾く前は普通の石とは違い、どんな形にもなるまさに魔法の建築物といっていい。その強度は水の量で変わり、または鉄で支柱を作れより頑丈になる。そして何よりも魅力的なのが、石とは違い、持ち運びが安易だということだ。材料を見ればわかるとおり、ほぼ粉。石のように割れを気にすることなく運ぶことができる。っとまぁここまでがセメントからできるコンクリートのいい所だ」


 俺はここで一呼吸置き、目の前にあったワイングラスを手に取り、その中身を口に含み喉を潤した。

 そして俺は誰にも気づかれないように笑った。

 仲間内に話しているだけなのに、なぜか微妙に緊張している自分がおかしかったのだ。

 とりあえず俺はその緊張をプラスに働くように仕向けながら、続きを話し始める。


「でだ、そんないい事尽くめの建築材料があったとしても、認識されなければ売れはしない。そこで、俺は皆も知ってのとおり、王家へと売りに出た。ここで失敗すればすべてがだめになるため、これはある意味賭けだったが、賭けは見事成功、コンクリートの材料販売で2万ガルンの契約をすることができた」


 この内容について知らない、エマ、リオ、リットから『おぉー!』と歓声が上がる。

 俺は歓声がおさまるのを待ってから、次の言葉を発した。


「そして、現在シリウスト領ではその契約を成就させるため、急ピッチでセメントの生成と砂と砂利を集めている。――俺から報告することはこんなところかな。それじゃ次ハンス、1人あたりのセメントの生産量と、そのセメントを作っている職人の数を頼む」


 視線とともにハンスへと話を振ると、びくっと一瞬肩を震わせたものの、それ以降は特に怪しげな動作を行うことなく話し始めた。

 セリアと話したことで多少なりに耐性がついたのかもしれない。


「了解っす。基本的におれっちは、ほかの職人にセメントの作り方を教えまわってるっす。そんで今シリウスト領でセメントを作れる職人は、おれっちも入れて18人っすね。教えてない鍛冶職人からセメントの作り方を教えて欲しいって人が、まだまだたくさんいるっすから、このまま行けば50人近くになる予定っす。それで1人頭1日で1袋が大体の生産ペースっす」


「なるほどよくわかった。ハンスはこれからもセメントの製造方法の伝達、ならびに自身もセメントの製造を行ってくれ」


 俺はハンスが述べた、人数と生産量を用意しておいた用紙へと、書き込んでいく。

 そして軽く計算をした後、ハンスへとこれからの指示を出した。


「わかったっす」


 俺の指示に素直にうなずくハンス。

 その表情はどこか楽しそうである。

 セメントを混ぜているときにも感じたが、やはりこいつは商人じゃなくてすでに職人なっている。

技術を伝えることにも喜びを感じ始めているようだ。


「次はエマ達3人なんだが、誰が報告する?」


 とりあえずそう思いながらも俺は口には出さず、ハンスから視線をはずすと俺と別行動をしていたエマ、リオ、リットの3人の顔を見たのだった。

 そこには隣に座っているリットの肩に手をポンと置く、エマが映し出されている。

 エマは……説明する気がないようだ。

 どうやらリットから聞くことになりそうだと思った時、その隣のリオが軽く手を上げ一言こう述べた。


「それじゃ私が」


「……そうか、それじゃリオ頼む」


 予想外の展開にリットも多少驚いていたが、俺と目が合うと進めてくれと訴えた。

 確認の意味もこめ、同じようにエマにも視線をやったがこちらは我関せず、自分がやらなければ良いらしい。

 俺はリオへと視線を戻し、説明を頼んだのだった。


「はい、まず私たちはアキラさんに言われたとおり、粘土、石灰石の鉱脈を探しにいきました。粘土に関してはアキラさんが言っていたとおり、すぐ見つかり、予定よりも多い5箇所発見することができました。産出量も安定しています」


 一度ここでリオが話を区切る。

 そして俺に向けてここまでは良いですか? と視線で訴えてきたので俺はコクリと頷いた後話の続きを要求した。


「あぁ続けてくれ」


「そして石灰石なのですが、結論から先に言いますと見つけることはできました。ただ、石灰石の鉱脈がある部分は魔物の通り道になっているため、常に傭兵かそれに準ずる者を雇って警護に当たらせないと採掘できない状態です。幸いにもBランク以上の魔物は出ていないので、一般的なギルドの傭兵を雇えば大丈夫だとは思います」


「なるほどな……それで今回探索と発掘にかかった費用はどれぐらいだ?」


 ハンスの時同様、俺は目の前に置かれている用紙に、リオの話を書き込みながらさらに詳しい話を聞きだす。


「探索には仕事にあぶれていた炭鉱夫を20人雇い、それぞれ1日1ガルンの日当を出したので人件費だけで140ガルンは出ています。ほかにも食料等の費用もこちらで持ったので最終的には200ガルン近くなっていると思います」


「そうか、それで採掘は今も継続されているのか?」


「はい、粘土、石灰石とも市場の値段を考慮して、採掘量に見合った賃金で働いてもらっています。だいたい1人頭1ガルン2シーターぐらいです。鉄の採掘をしていただけあって、仕事振りは早かったですね。それと警護の方ですが、昨日まで私たちが行っていましたが、こちらに連絡した際にダルマさんが手配したらしいので、大丈夫だとは思います」


 リオはここまで話すと、『以上です』と話の最後につけたし口を閉じた。

 その様子は敏腕秘書といった感じで、落ち着いたもの。

俺の知りたかった情報もしっかりと抑えていたので、初めてにしては見事といえる。

 もしかしたら、傭兵団やっているよりも会社でも起こした方が儲かるかな? と頭をよぎるが、みんな柄じゃないなと思い直しその考えを打ち消した。


「よし、大体の現状は把握できたな。それじゃ今度は新しい作戦の話といきますか」


 俺は口元を上げ、にやっと笑いを浮かべると、用意しておいた用紙を各自に配ったのだった。

配られるとすぐに皆、用紙へと目を通しだした。

そして読み出してすぐ、それは起こった。


 だん!


 静かな雰囲気の会議室に突如その静けさを振り払う、爆発音のようなものが鳴り響いたのだ。

 何事か、と皆一様にその音のした方へと視線を向ける。

俺以外は驚きの表情でそれを見つめているが、実は音がする前から皆の表情は変わってはいなかった。

 音は勢いよくテーブルが叩かれて発せられたもの。

 叩くと同時に立ち上がったため、座っていた椅子も後方にガタンと倒れている。

そして何を思ったかテーブルを叩いた主、エマは皆の視線が集まっていることなど関係なしに勢いよくテーブルに上がると、一直線に俺のほうへと向かってきた。

 テーブルの上に置かれていたグラスが傾き、中のものをぶちまけテーブルをぬらし、広げられていた用紙が錯乱する。

 距離は瞬く間に縮まり俺の目の前までやってくると、屈んでこれでもかと力を込めて胸倉をぐっと掴んだのだった。


「夜明けの月を抜けるってどういうこと!?」


 エマは後10センチもすればキスができそうなぐらいに顔を近づけ、怒りの表情を携えて怒声をあがる。

 俺は成されるがままそれを聞き入れている。

とりあえず何発かは殴られる覚悟だ。

 他の者達はというと、あまりの急な展開に驚きの表情を驚愕にレベルアップさせ、戸惑いの表情へと進化させていた。

 エマが怒るのは無理も無い。

 俺が配った用紙の冒頭にはこう書かれていたからだ。

 アキラ、ジェシー、リオ、リッドの4名は夜明けの月を脱退すると。

 彼女の行動の速さからして最初の一文しか読んでいないため、こうなったのだろうがそれも仕方ないこと、エマにとっても他の団員にとってもこの一文はあまりに衝撃的だったからだ。

 胸倉を掴みながら問いただすエマに対して俺は口を開く。


「そのままの意味だ」


「!!」


 高く振り上げられた拳が、右の頬に突き刺さる。

 痛みよりも衝撃が最初に通り抜け、顔を揺さぶった。


「ちょっとまってください!」


 さすがにこれはまずいと思ったのだろう、近くにいたリットが止めにかかる。

 他の団員達もその声に我を取り戻し、エマの拳を止めにかかった。

そのときすでに俺の頬は2度殴られており、軽く赤みを帯びていた。


「放しなさい! とりあえず放せ!」


 皆に押さえつけられたエマは怒りの形相で、他の団員達に怒気を放つ。

 あまりの迫力に一瞬たじろいだものの、皆それなりの傭兵である。

エマを放すことは無かった。

 ハンスだけは元から止めには入る勇気は無かったみたいで、エマと視線が合った瞬間に硬直して動かなくなってはいたが。

 俺はずれた眼鏡を直すと、こう口にする。


「エマ、お前の怒りももっともだが、内容を最後まで読んでくれ。その後でも文句があるなら、いくらでも殴ってもらって結構だ」


 そしてもう一度同じ用紙を差し出した。

 息が荒く、怒りを映し出している瞳で、その差し出された用紙と俺の顔をギロリと睨むと、自分を抑えていた仲間達に『放して』と要求する。

 とりあえずこれ以上暴れる気が無いとわかった皆は、エマの要求通り押さえつけていた力を緩めたのだった。

 自由を取り戻したエマは、差し出された用紙を乱暴に引っ掴むと、目を通し始めた。

 あたりには沈黙が流れ、暗い雰囲気が漂い始める。

 そして最後まで目を通したエマが顔を上げ、怒りの表情のまま俺に向き直りまたも胸倉を掴んだ。

 注意はしていたがあまりにもエマの行動が早かったため、他の団員達が止めるのは追いつかない。


「ごめん、よく読んで無かったわ」


「わかってくれればいい」


「は~い、皆ちゃんと座って座って~。会議の続きをしましょう」


 一言謝罪の言葉を口にしたエマの顔はすまなそうに、そしてどこかおどけた表情へと変わっていた。

 俺はそれに対して笑顔で返す。

 エマは殴った頬へと手を添えて軽くなでた後、とんっとテーブルの上から下り、皆に笑顔で指示を出しながら元の席へと戻っていった。

 これからエマが俺を殴るとばかり思っていた他の団員は、目を丸くして突っ立っている。


「あの? どういうことなんですか?」


 不思議そうな顔を浮かべ尋ねてくるリット。

 辺りを見回すように首を動かすと、他の団員達の顔もリットと同じように疑問を浮かべていた。


「最後まで読めばわかるわよ。はいはい、皆席に着く」


「お前が言うなよ」


「いいのよ。わたしが団長なんだから」


 エマが手を叩きながら、再度着席の音頭をとると、さらに皆の疑問が深まったらしい。

そんなエマの行動に笑いながら突っ込みを入れると、エマも笑いながら胸を張って切り返す。

 さっきまで一触即発の状態だったのにもかかわらず、俺達のいつもどおりの対応に他の団員達は疑問符を頭の上に増やしていった。


「まぁ皆、とりあえずは落ち着いて用紙を最後まで見てくれ。まずはそれからだ」


 全員が元の席に座ったのを確認した俺はそう言って、もう一度用紙を見るように促した。

 エマがテーブルに上ったことにより、錯乱したテーブルの上は皆が座る前に片付けられていた。

 ぬれたテーブルはリオが台拭きで拭き取り、散らばった資料を他の者達が整頓していたのだ。

汚した本人は『悪いわね』の一言だけで手伝いはしなかったが。

 片づけが終わった皆は先ほど配った用紙へと目を通す。

 数分間の沈黙。

読み終わった皆の頭からは、疑問符が消え去っていた。

 なぜこのような作戦になったかのかわかると、団員達は納得して自分の役目を確認するため口を開く。


「これ本当にやりますの?」


「もちろん。じゃなきゃシリウスト領がバウラス領に恩を売ることにならないからな」


 そんな中、まず口を開いたのはジェシー。

今回の鍵を握る役のため、若干不安があるのだろう。

 俺はできるだけ不安を取り除くように、やさしい口調でジェシーへ話しかける。

 ただ、言っていることは、やらなきゃだめと同じ意味なため不安を取り除け無いかもしれない。

 ジェシーとの会話が終わると今度はハンスが話しかけてきた。

 今回の作戦に自身がほとんど関係ない、自分とエマについての質問である。


「それで残されたおれっちとエマさんは何してればいいんすか?」


「お前はさっきも言ったとおり、鍛冶職人に技術の伝達、エマはジェシーと代わってここで連絡役ってところだな」


「わたしはそれで良いわ。ゆっくりできそうだし」


 ハンスの質問に答えると、エマはそう言った。

 元に戻されたグラスにワインを注ぎ込みおいしそうに、口へと運んでいる。

すでに観戦モードといった感じだ。

 それを見て苦笑いを浮かべながら、今度はリオとリットの方へと視線を動かした。


「私達なら問題ありません。結局は元に戻るのですから」


「そうか。それなら」


 リオと、リットの了承も得たところでしゃべりながら俺は席を立ち、さきほど怒りでテーブルを叩いたエマ同様軽くテーブルを叩いて鼓舞すると。


「作戦の第二幕を開演しよう」


 新しい作戦の狼煙を上げたのだった。


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