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夜明けの月  作者: びるす
シリウスト
52/89

第七節:王都再び

 大きな門を、ためらうことなく俺達はくぐった。

 門のところに立っている警備兵には、じろりと睨まれたが、そんなもの気にする必要はまったくない。

 カツカツと、石畳の上をしっかりとした足取りでまっすぐに進んでいく。

 今俺達がいるのは王都マグワレ。

 まさかこんな日が経たないうちに訪れることになるとは、予想だにしていなかったことだが、事情が事情だけに仕方のないことだろう。

 門をくぐった後はそのままずっと直進を繰り返すだけ、そうそれで目的の場所へと行くことができるのだから。

 そして、大きな建造物の前へとたどり着くと、ハンスの様子が変わる。

 さきほどの門をくぐったときとは、比べ物にならないほどの緊張を帯び始めていたのだ。


「さすがに、緊張しすぎじゃないか?」


 あまりにもガチガチになっていたので、ハンスへと声をかける。

 するとハンスは顔をこちらに向け口を開く。


「だ、だだ、だ、いいい、じょう、ぶっぶぶ、っす!」


 あまりの緊張にうまく言葉がでなかったらしい。

 ハンスが発した言葉は、状況がわからない人間がそこにいたら、まず間違いなく意味を理解できないだろう。

 まったくどこが大丈夫なのか尋ねたくなる。

 ハンスを使って実践販売といきたいところだったのだが、こうまで緊張していたのでは話にならない。

 俺はひとまずハンスを落ち着かせるため、一度時間をおくことにした。

 ただ時間を置くだけでは、また極度の緊張を再発する可能性があるため緊張を軽くする作戦も実施しておくとしよう。

 そう思った俺はハンスを連れ、もよりの食堂へと足を運んだのだった。

 食堂には俺に似たような格好をしている連中が数人食事をしていただけ。

昼をとっくに過ぎていたため、傭兵のように不規則な食事をするもの以外はどこか違うところへといったらしい。

 俺は空いた席へと腰を下ろすと、緊張しているハンスへとメニューを渡しこう告げた。


「お前が頼め。ただし、一つでも噛んだり、同じものを大量注文したら、エマと2人でなんかすごいことをお前にやらかす!」


 メニューを渡され自然と受け取ってしまったハンスの表情は、緊張からあせりへと一変する。


「ちょっとまってくれっす! いったいなんなんすか!? すごいことっていったいなんすか!?」


「とりあえずすごいことだ。内容はお楽しみ。期待しておけ」


 焦りが緊張を上回り、ちゃんとした口調でしゃべれるようになったハンスに対し、俺は含みをこめた口調で奴に切り返した。

 するとハンスは視線を上へとむけ何かを思い浮かべると、ブルッと体を震わせる。


「それじゃ注文しておけよ。俺は連絡取るところがあるから、少し外に出るぞ」


 ハンスの様子を見て満足した俺は、食堂の外へと出て行った。

 実際はハンスが注文をミスしたとしても、すごいことなどする気はさらさらない。

 この忙しい時期にそんなことを考えている暇があったのなら、作戦のシミュレートしたほうがましである。

 そんな俺の考えを知らないハンスは、おそらく緊張よりも恐怖が上回っているはずだろう。

 とりあえずこれで緊張による失敗は避けられそうだ。

 もっとも恐怖による失敗の可能性は出てきてはいるが。


「おっと、そんなこと考えてないでまずは連絡だな」


 俺はジャケットの胸ポケットからイニシャルの書かれた銀を取り出すと、腕につけていたリンカへとはめる。


「ジェシー聞こえるか? 俺だアキラだ」


 語りかけてから数秒後、ジェシーの声がリンカから聞こえてくる。


「えぇ聞こえますわ。何か問題でもありまして?」


「いや、たいした問題じゃないんだが、ハンスのやろうが緊張でガチガチになっちまってな。それでこれから会う人物と話をさせて、練習させとこうと思ってな。だからそっちから連絡を取って欲しいんだ。向こうから俺のリンカに話しかけるように」


 俺がそういうとジェシーは、今のハンスの状態がすぐに浮かんだのだろう。

 ぷっと軽く噴出すと、了承の意を返してきた。


「なるほど、わかりましたわ。こちらから連絡をつけておきますわ。それにしてもハンス、もとは商人のはずなのに意外に肝が小さいのですわね」


「まったくだ。今度狩りに無理にでもつれてって鍛えた方が良いかもな。それじゃよろしく頼む」


「えぇ、それじゃ。何かありましたら今度はこちらから連絡を取りますわ」


「あぁよろしくな」


 通話を終えた俺はリンカから銀を取り外し、元あったポケットへとしまった。

 これでハンスの緊張対策の準備はすべて終了である。

用事を終えた俺は、ハンスが注文したはずの料理を食べるため食堂へと入っていった。

 食堂に入ると、先ほどまでの食堂とは若干違う空気が場を覆っていることに気がつく。

俺は何事かと思いウェイトレスに顔を向けると、彼女はおびえた表情でトレイで身を隠すように指し示した。

視線を移す。

するとその先にあったのは俺がハンスをおいてきたテーブル。

そして違うテーブルで食事をしていた連中が、ハンスの周りに立っていたのだった。

 その数は4人。


「なぁ兄ちゃんよ。ちょっとばっかり俺達にも奢ってくれないか? いいだろさっき出て行った兄ちゃんにも許可を取るからよう」


 そう言ってハンスの肩へと手を回して顔を近づけ、タバコの息を吹きかけている。

 ほかの連中も、それぞれハンスの周りに近寄って逃げられないように威圧していた。

 あまりにも典型的過ぎる。

 俺はやつらの行動を見た瞬間そう思った。

 食堂のマスターはそれを見てみぬ振りをし、食事を運んでいたウェイトレスは俺に状況を知らせた後、カウンターの奥へと引っ込んでしまっていた。


「お! ちょうどいいな。あんたの連れが帰ってきたみたいだ」


 俺が開いたウエスタンドアの音にも気がつかなかった連中ではあったが、見ている方向が微妙にこちらを向いていたので目の端で俺を捉えることができたのだろう。

視線をこちらへと向け、にやにやと笑みを浮かべている。

 俺はふぅと息を吐き出すと、ハンスへと歩み寄っていった。


「何やってんだお前は?」


「そ、そんなことよりも助けて欲しいっすよ!」


 すでに涙目になっているハンスは、男たちに威圧されて縮こまるばかり。

 これはさっきジェシーに言ったとおり、狩りにつれてって鍛えなおした方が良いかもしれない。

 そんな風に考えていると、ハンスの後ろに立っていた男が俺の肩へと手を置いてこう話しかけてきた。


「なぁ兄ちゃんよ。俺達ちょっとばっかり、持ち合わせが足りなくてな。だからよう。俺達が友達としてあった記念にちぃーとばっかし奢ってくれないか?」


 酒臭い息が、鼻につく。

 ボキャブラリーの少ない台詞の言い回しにいらついたものの、俺はにこやかに男へとこう返す。


「悪いな。俺達も持ち合わせが少ないんだ。また今度にしてくれないか?」


「んなこたぁ~ねぇだろうよ。今からお食事としゃれ込もうとしてたじゃないの。そいつをちぃーとばっか減らして俺達におごってくれれば良いんだよ」


 俺が下手に出ると、男は自分が強くなった気にでもなったのだろう。

付け上がりぐいっと顔を近づけむかつく笑い顔を俺の目に飛び込ませた。

 うっとうしい。

 できることなら穏便に済まそうと思っていたが、男の行動でその考えは消える。

俺は肩に置かれた手をすっと振り払い、その勢いでよろめいた男の顔をむんずと捕まえたのだった。


「いいかよく聞け。今の俺達にはてめぇらにかまっている暇なんてねぇって言ってんだ。それぐらい分かれ」


 言葉のボリュームを上げるとともに、男の顔をつかんだ右手にも力を徐々に加えていった。


「ぐわぁああ! やめ、やめてくれ!」


 少なくとも100を超える握力で握られた顔は、激痛のあまり歪む。

 俺は男の声など気に求めず、そのまま右手を持ち上げた。

すると右手でしっかりとロックされた顔は、強制的に持ち上げられ男を爪先立ちにさせる。

だが、それだけでは終わらせない。

俺は男の爪先が床から離れるまで持ち上げ、その様子を見て後ろでうろたえている男の仲間へと投げつけたのだった。

 男達は仲間を受け止めるため、身構える。

もちろんハンスの肩に手を置いていた男も例外ではない。


「た、たすかった~!」


 カタから手が離されたハンスはここぞとばかりに椅子から立ち上がり、いや立ち上がるというよりは飛び出すといったほうが近いか、彼はそんな感じでその場から離れると俺の後ろにすべての体が隠れるよう縮こまったのだった。

 そんなハンスとは対照的に俺に仲間を投げつけられた男たちは、アルコールですでに赤くなっていた顔をさらに赤くさせ、怒りの表情をあらわにした。


「てめぇ! 自分がどんなことしたのかわかってんのか!」


「俺達に喧嘩売ってただで済むと思ってんのか!」


「どんなことしたかって? ただごみを投げただけだろ? ごみが集まっていた場所に。喧嘩? とんでもない。俺はごみに喧嘩売るほど暇じゃないんだがな」


 彼らの怒りの炎に油を注ぐ。

 この頃デスクワークばっかりで、体を動かしていなかったからちょうどいい。

 そう思いにらみつけると、顔を赤く染め上げた4人は、俺に向かってさらにこう付け足したのだった。


「覚悟しろよ! ギルバーン個人2位の俺様、アキラ様が率いる黒明けの海に喧嘩を売ったことを後悔しろ!」


 俺はその言葉に思わずポカンとした表情を作ってしまった。

 そんな俺の表情を、驚きのあまりに声が出ないと勘違いした男たちは、自分たちが優位であると思い今度は怒りの顔から人を見下す表情へと変え次々に、言葉を発した。


「あ? さっきの威勢はどうしたよ? なにもしかしてビビったの?」


「だらしねぇやつだな。名前聞いただけでビビりかよ」


「てめぇがどんなことしたかわかったんなら、とっとと俺らの前にひざまずいて詫びな」


 げらげらと下品な声を上げながら、自分たちの優位を確信に変えている男達。

 俺はそんな男達を哀れんだ目で一瞥すると、次の瞬間一番近場にいた男へと一気に踏み込んだ。

 距離は3メートルほど。

踏み込んだ一歩目で男との距離は俺の拳が届く距離へと変貌した。

 笑みを浮かべていた男達の表情は、まだこのときに変化はない。

 俺の動きに顔の表情がついてきていなかったようだ。

 踏み込んだまま、右の拳を男の顎へと繰り出す。

鈍い音とともに手からは何かが砕ける感触が伝わってくる。

 殴られた男はきれいに宙で一回転すると、後ろにあったテーブルに真上から落下し、そのテーブルを破壊したのだった。

 ここでようやく男たちの表情が変わる。

 俺はその表情の変化を気にすることなく、次に近くにいた男へとまた一歩踏み出すと、今度はがら空きの腹部へと左のフックを食らわした。

 勢いよく突き刺さったフックは男の腹部に大きな穴を作ったかと思うと、男を勢いよく吹き飛ばす。

吹き飛ばされた男はあたりのテーブルや椅子を巻き込み、泡を吹きながら崩れ落ちたのだった。

 ちなみに攻撃を加えたとき、俺はグローブをつけてはいなかった。

 もしつけていたらおそらく男達の命は、天にいや地獄に落ちていただろう。

 俺は男達2人を、気絶させると残った2人に向かって、こう言い放った。


「3つ言っておこう。1つ、たしかにギルバーンで2位になった男の名前はアキラだが、所属している傭兵団の名前が違う。そいつが所属しているのは、夜明けの月だ。2つ、アキラという男は少なからず自分の傭兵団に対してプライドがある。脅しとして使うことは無い。そして最後に、俺はてめぇみてぇな糞やろうじゃねぇ!」


 俺はそう言い放つと、自らをアキラと名乗った男に拳を振り上げた。

 男はすぐさま目を瞑り手を顔の前にあげ、その拳を防ごうとする。

 しかし、今までの威力からそんなことが無意味なのは誰が見ても明らかであった。

 だが、俺の拳は男の顔を殴ることは無かった。

すんでのところで拳を止めたのだ。

 拳の勢いで風が通り過ぎたときに『ひぃ!』と声を上げた男だったが、いつまでもその衝撃が来ないことに疑問をもち目を開けると、また『ひぃ!』という声を上げ後ろ向きに四つんばいになりながら後ずさったのだった。


「わかったら、有り金置いてとっととでていけ。もちろん仲間を連れてな」


 そういうと男達は、すぐさま言われたとおり自らの財布と、倒れている男たちの財布を俺の目の前に投げ一目散に食堂を出て行ったのだった。

 それを確認した俺は、男達の置いていった財布を広い、食堂のマスターへとすべて差し出した。


「とりあえず修理代ね」


 そういった後俺は倒れたテーブルと椅子を元に戻しはじめた。

 すると、同じようにハンスも店を片付け始める。

 それにしてもこいつはいったいどこに隠れたのだろう?

 いつの間にか俺の後ろにすらいなくなっていたハンスに疑問を持ちながらも、作業を続け壊れた椅子やテーブルをあらかた片付けた後、一息ついて椅子へと腰を落とした。


「それじゃ、とりあえず軽いものを何か適当によろしく」


 それまで恐怖で、震えていたウェイトレスにできるだけ怖がらせないように、営業スマイルで注文をする。

 と、その時だ。

 ウェイトレスが俺の注文に対して答えるのではなく、店のマスターが口を開き申し訳なさそうにこう話を切り出した。


「あの~、大変申し訳ないのですが、修理費も含むとこのお金ではとても足りないのですが……」


「へ!?」


 思わず間の抜けた声を上げてしまった。

 そして、その声の後に告げられたマスターの言葉により、よりいっそう愕然とすることになる。


「それどころか先ほど出て行った男達の飲み代すら達していません。申し訳ないのですがそちらも払ってもらえませんか? あなたが追い出してしまったのですし……」


「な!?」


 俺は思わずあんぐりと口を開けると、数十秒間思考が停止したのだった。


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