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夜明けの月  作者: びるす
シリウスト
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第六節:作戦始動

「あぁそうだ。金を使っても良いから、できるだけ早くそいつを持ってきてくれ。荷馬車? あぁ買っちまっていいぞ。どうせすぐに使うことになるからな。それじゃ頼んだぞ」


 俺はリンカから銀をはずすと、テーブルの上におかれていた用紙へと文字を記入していく。

 使われている文字はほぼ日本語。

 この世界に来てある程度の月日が経ったため、こちらの文字も読めるようにもなったし、書けるようにもなったが、20年以上見てきた文字にはその執筆速度は追いつけるはずもなく、俺は日本語で今回の計画をまとめていた。


「後は、裏づけだけだが、そろそろ来てもいい頃ではあると思うんだがな」


「アキラ、作業中申し訳ないですけれど、本当に私はこのままでいいんですの?」


 1人つぶやき筆を握り、計画書に修正を入れようとした時だ、後ろから聞こえる声。

 その声はお茶の入ったコップを持ってきたジェシーのものだった。

 振り返り確認した俺は、彼女を見ながらこう話す。


「あぁ、今はこのままでいい。むしろ外に出たりして動くのはまずいぞ。見合いの日程が早まることになる」


 俺がジェシーの質問に答えると、彼女はなんともいえない表情のまま、机の上に作業の邪魔にならないよう用紙を避け、俺が持ちやすいよう取っ手をこちらに向けてカップを置く。

 そして俺の向かいの椅子へと腰をかけたのだった。

 俺は彼女の持ってきたカップに手を伸ばし、口へと運ぶ。

 口の中には香りの良いお茶が流し込まれて、喉を潤した。


「あせる気持ちはわからなくもないが、さっきも言ったとおり見合いの日程が早まることになるぞ。今、見合いの日程が延びている原因として、お前が見つからずシリウスト領に戻っていないというのが前提なんだからな。もし下手に動いてバウラス領にそのことが伝わったら、すぐに見合いの日程が決まっちまうぞ」


 カップを机へと戻し、ジェシーにそう言って諭す。

 俺が言ったとおり、今バウラス領の連中はジェシーが実家に戻っていることを知らない。

 そのためダルマさんには、向こうから『お嬢さんはお帰りになりましたか?』という連絡が2日1回の割合で来ている。

 そんな中ジェシーがもし自分の家から出て、実家に戻っているという証拠が見つかってしまうと非常にまずいのだ。

 だから俺がまずおこなったことは、シリウスト領に入ってジェシーとあった花屋のおばさんへの口止めであった。

 彼女には、いろいろとジェシーとの関係を誤解されたが、それでも何とかジェシーの帰郷をほかの人に言わないでもらえることに成功した。


「それは……それはわかりますわ。でも、だからといって私だけ何もせずに家にいるというのは居心地が悪いだけですわ」


 そういって彼女は顎に両手を当て、机に肘を突くと暗い表情を見せた。


「そう言うな。今は確かにつらいかもしれないが、後でめいいっぱいお前には働いてもらう予定なんだ。その役はお前にしか務まらないんだから、とりあえず今のうちにおとなしくしといてくれよ」


「わかっていますわ」


 彼女は俺の慰めの言葉を聞くと、ふぅと息を吐いて立ち上がり『また来ますわ』といって部屋を出て行った。

 俺はそんな彼女に軽く手を上げて、挨拶として返す。

 ジェシーの気持ちもわかるが、作戦を成功させるため彼女には今動くことを我慢してもらい、俺は自分の計画を練りに練る。

 ジェシーが出て行って1時間ほど経っただろうか、用紙のいたるところに計算式が書かれ、白色を探すのが難しくなった頃、ドアを開く音が聞こえた。

 俺は集中するあまり気がつかなかったが、ふと視線を上げると、目の前にはエマが俺の書き込んだ用紙をまじまじと見ながら、椅子へと座っていた。


「何だ。きてたのか」


「む、なんかひっかかるいい方ね」


 筆を置き一呼吸置くと、俺は彼女へと話しかけた。

 その声は長時間集中していたことにより、微妙に気だるさを含んだ言い回しになってしまう。


「あぁ、悪い。別に悪気はないんだ。それでそっちはどうだった?」


「これぐらいかしら」


 俺はエマに不快な気分にさせたことを謝ると、早速本題に入る。

 すると彼女は、鞄から数枚の用紙を取り出し机の上へと置いた。

 そのどれもが、バウラス領内でギルドに依頼された内容である。


「目ぼしいのは?」


「特にないわ。見てもらえばわかるとおりほとんどがCランク以下の依頼ばかりよ。ただ気になるのが一つだけあったわ。それは……これね」


 俺がほかの依頼に目を通していると、彼女は1枚の用紙を差し出した。

 用紙に書かれている依頼の内容は、洞窟内の調査。

 別段これといって疑問に思うところはないが、その依頼のランクを見てみるとBと大きく書かれていた。


「なるほど、たしかにただの洞窟内の調査でBランクって言うのはきな臭いな。ん!?」


 俺は読み続けていくと、その調査対象となっている洞窟名が目に止まった。

 わずかだが身に覚えがある。

 疑問を解決するため、俺はすぐに以前ジェシーによって運び込まれた地図を開き確認してみる。

 すると、その洞窟はすぐに見つかった。

 何せ赤丸で囲んである部分にその洞窟名が書かれていたからだ。

 その場所はバウラス領の水源である、ラテーム川の出発点、ラテームの洞窟。

 ギルドの依頼がなくても調べようとしていたところである。

 俺はそれを確認するなり、ほくそえむ。

 自分の推察が、正しいと感じることができたためだ。


「こいつはリオの帰りを待たないといけなさそうだな」


「そうね」


 俺はそうつぶやいた。

 エマもその言葉に同意しうなずいて見せる。

 俺がリオに指示したのは、バウラス領の水不足の原因を調査するというものである。

 はじめはダルマさんあたりに聞けばわかると思ったのだが、どうもバウラス領の連中はそのことを詳しくは伝えていなかったらしい。

 ダルマさんのほうとしても事情は聞いておきたかったらしいのだが、もしその話し合いでうまくいかなかった時のことを考えると、深く追求することはできなかったとのこと。

 もし水不足の原因を深く追求したせいで契約がなくなり、水を買ってくれなくなってしまったら、と考えたのだろう。

 無理もない、シリウスト領も財政の危機でピンチなのだから。

 そんなわけで俺はリオに、バウラス領の水不足の原因について調査させているのだ。

 そしてその結果によっては、俺の推察はより確固たるものとなり作戦の成功率を大きく上げることとなる。

 俺はそんなことを考えながら、筆を持った。


「そういえばアキラさ」


「ん?」


 ことのほかうまくいっている事に、浮かれながらエマのもたらした情報を元に、作戦に修正を加えていると、目の前に座っているエマが話しかけてきた。

 俺は筆を止めることはなく、声だけエマへと返す。


「あんたいつ記憶戻ったの?」


「!?!?」


 俺は急な問いかけに、焦りを隠せないでいた。

 やばい……。

 エマや夜明けの月の団員達には俺が記憶喪失で、昔のことがわからないとなっている。

 だが、エマが見つめている俺が作戦を記述していた用紙には、この世界では見られない日本語が書かれていた。

 つまり、彼女はそれを見て、俺が言葉の違う国で過ごしていたと予想するにはあまりにもたやすいことだったのだ。


「いや、そのなんだ! そう! そうだ! ついこないだギルバーンあっただろ! あの時しこたま殴られたおかげで記憶の一部が蘇ったみたいでな、こうして俺の国にあったと思われる言葉がすらすらとだな、書けるようになったり読めるようになったりしたわけで」


「ふ~~ん、それならべつにいいけど」


 エマは俺の狼狽した態度とは違い、別に気にした様子もなく用紙を元の位置へと戻し、部屋の隅に置かれているベッドへと足を運ぶと、そのまま勢いよくダイブした。


「アキラの記憶が少しでも戻ったのなら、それはよかったって思えるけど、私としてはあんたとジェシーの関係の方が気になって気になって仕方ないのよね~」


 ベッドへと突っ伏したまま、ん~と伸びをした後、顔をこちらに向け怪しげな笑みを浮かべながらエマはそう答える。


(これは!)


 俺はその瞬間本能的に危険を察知した。

 あの目は新しいおもちゃを見つけた時の目だと。

 俺は自分の記憶について指摘されたときよりも、焦りを感じるとこの流れを変える新たな来訪者の訪れを心から願った。

 しかし、その願いはかなうことはなく、リオの到着は次の日の昼となる。

 その間俺はエマに質問攻めと、言葉で良いように遊ばれ、途中からやってきたジェシーと一緒にいじられるのだった。

 それから2日が経ち、俺は屋敷のリンカがある部屋へと来ていた。


「悪いな、無理を聞いてもらって。多分馬車で行くことになるから3、4日でつけるとは思う。あぁ、期待しておいてくれ。それじゃまた連絡する」


 俺はリンカから銀をはずし横の収納スペースへと戻す。

 今回俺が使ったリンカは自分のではあるが、銀はシリウスト家のもの。

なぜそうなったかは連絡を取った相手と会ったときにわかるだろう。

 俺は屋敷に備え付けられている巨大なリンカを一瞥してから、客間兼作戦会議室へと歩みを進めていった。

 現在この家にはすべての夜明けの月メンバーがそろっている。

 昨日の時点で、リオ、リット、ハンスとすべての人間がそろい、今は作戦会議室へと集まっていた。

 途中、数少ないこの屋敷に使えるメイドに挨拶をされながらも、俺は作戦会議室の前までたどり着く。

 ちなみに聞いた話では、今この屋敷に仕えているメイドはたったの2人。

 掃除と食事だけで1日が終わってしまうと、彼女達は嘆いていた。

これだけ広い屋敷に2人だけなのだ、屋敷の主人自ら庭の掃除しなければいけないわけである。

 財政難の影響を感じさせる。

 そんなことを思っていると、目的の部屋へとたどり着く。


 ガチャリ


 ドアを開けると、全員の視線が俺に注がれた。

 俺は気にすることなく、空いていた席へと腰を下ろす。


「それでどうでしたの?」


 最初に口を開いたのはジェシーだった。

 彼女には屋敷にある連絡用の銀を使わせてもらうため、先ほどまで一緒にいたので特に気になっていたのだろう。


「あぁ大丈夫だ。了解は取れた。後で俺とハンスで向かうとするよ」


「それでその間、私たちは何をすればいいのです?」


 ジェシーにそう答えた後、次にリオが口を開く。

 バウラス領から戻ったばかりだというのに、元気なものだ。

 俺はテーブルの上に丸められていた地図を広げ、皆に見えるように指示を出す。


「リオ、リット、エマはまず、ここら辺、そうちょうど川沿いあたりで粘土が出る地層を調べて欲しい。おそらくすぐに見つかると思う。そして見つかったらこの地図に場所を記述しておいてくれ。そうだな数は3箇所から4箇所見つかればいいかな」


「わかりました。僕達の仕事はそれだけですか?」


 聞き終わると同時にリットが口を開く。

 俺はその言葉に反応し、顔をそちらに向けると作戦の続きを口にした。


「いや、そのあとは、ここら辺つまり岩山の辺りだな。ここで石灰石の鉱脈を見つけてほしい。おそらくこっちは素人じゃつらいだろうから、町にいる鍛冶屋の人たちに手伝ってもらってくれ。その間お前達は護衛として彼らの警護に当たるといった感じだ。もしかしたらついでに新しい鉄の鉱脈も見つけられるかもしれないが、これはあくまで希望的観測だから今回の作戦には考慮されてない」


「それじゃ石灰石の鉱脈を見つければいいのね?」


 話が途切れると、今度はエマが俺へと質問をぶつける。

 それぞれが、俺の言葉の後次々に話しかけてくる事に対して、順番待ちしているようだと感じ、心の中で少し笑う。

 しかし、その感情は表へと出さずリットの時と同様に、エマへと顔を向け俺は質問に答えた。


「あぁその2つが見つかれば後は何とかなる。こいつの材料には。あと数種類の材料が必要だが詳しい話は省く。おそらく何個かはこの土地で見つかりそうだがとりあえずはその2つだけをしっかり頼む」


「わかったわ」


 エマの声とともに、リオとリットも頷き、作戦がしっかりと伝わったことをこちらへと返してくれた。

 それを見て、よしっと思ったのだが、1人私は? といった表情の人物がいる。

 俺はその人物に向け口を開くが、内容を伝えるのに少しためらいがあった。


「んで、ジェシーなんだが……」


 俺は鼻の頭をかき、ちょっとした間を作ってからもう一度口を開く。


「悪い、今回もこの家で待機だ」

 

「……なんとなくわかっていましたが、改めて言われると悲しいものですわね」


 期待はしていなかっただろう。

 話の流れから、ジェシーが家で待機することが決まっていたようなものだから。

 俺から待機を言い渡されたジェシーは、俺の言葉を受け止めると、ふぅと息を吐き軽く笑顔を浮かべたのだった。

 ただし、その表情には若干の暗さがある。

 そんなジェシーを心配してか、ハンスとリットが慰めの言葉をかけた。

 

「しかたないっすよ。見つかったら元もこもないんすから」


「そうですよ。無理してジェシーさんが見つかったらそれこそ本末転倒ですよ」


「そうですわね。おとなしく皆の帰りを待っていますわ」


 2人の慰めにより、ジェシーは仕方ないと、気持ちに整理をつけ今度こそ暗さのない笑顔を皆へと向けたのだった。

 その様子を見て安心した俺は、そこで作戦の開始の号令をかける。


「それじゃ皆、それぞれの作業に移ってくれ」


 すると皆自分の荷物を手にとって、それぞれ外へと出て行った。

 そして俺とジェシーだけが部屋へと残った時、俺はこれまで聞けなかった疑問をジェシーへと聞くことにした。


「そういえばジェシー。聞こう聞こうと思ってたんだが、いろいろありすぎて今まで伸びていたんだけどな、ダルマさん最初ジェシュリカってお前のこと呼んだだろ? あれはいったい?」


「あぁ、あれは私の真名ですわ」 


「真名?」


 思わずジェシーの言葉を繰り返す。

 これまで聞いたことのない単語だったため、疑問符が頭の上に浮かぶ。

 そんな俺を見てか、ジェシーは真名について話してくれた。


「そうですわ。あまり一般的には知られていないとは思いますが、上位の貴族や、王族は必ず真名と生名とがありますの、そして私の真名がジェシュリカというわけですわ」


「とりあえず2つ名前があるってことはわかったが、またなんで?」


 疑問に思ったことはとことん追求する。

 こちらの世界にきてから、よりいっそう身についたこの特性は、些細なことに対しても発揮され、更なる疑問についてジェシーへと尋ねた。


「そこまでは私もわかりませんが、おそらく昔の貴族や王族達は普通の人よりも優れていることを証明するためにつけたのではないかと思いますわ。まぁえらそうにと言った感じですわね」


 しかし、ジェシーもあまりこのことについては知っておらず、彼女自身の推察が語られた。

 俺も特にその推察に疑問は持たなかったため、それが答えであると納得する。


「ふ~~ん。で、今現在も名残で続いているってわけか」


「えぇ、私は生名のジェシーだけで十分と思っていますから、真名は名乗らないようにしていますわ」


 ジェシーがそう切り返す。

 考えてみると名前が2つあるのは、ある意味不便だよなと感じたので、ジェシーの考えには名乗らないともったいないという気持ちにはならなかった。

 そんな感じでここまで何事もなく真名についての話がされてきたが、俺は不意に更なる疑問が浮かぶ。

 そしてその疑問を解決するため、俺はすぐに疑問を口にしジェシーへと尋ねたのだった。


「それじゃ何でダルマさんは、ジェシーの真名を口にしたんだろうな?」


「さぁ、それは私にもわかりませんわ」


 そういえばという表情をジェシーがする。

 しかし、ジェシーもそれに関しては思い当たる節はなく、さぁと首をかしげ、本当にわからない様子であった。

 これは1回ダルマさんに聞いてみるか? と思ったが、別になんとなく使ったってのもありえるため、どうしようかと頭をめぐらせる。

 しかしその考えはすぐに消えた。

 荷物を荷馬車へと積み終えたハンスが部屋のドアを開けたことにより。


「アキラさん、準備できたっすよ。いかないんすか?」


「あぁ、悪い今行く」


 俺はすぐさまハンスへと返事をする。

 すると、『それじゃ待ってるっすよ』と一言残し、開けたドアを閉め馬車へと戻っていった。

 ハンスが出て行った後、ジェシーへと向き直り一言、ハンスと同じように彼女へと言葉を残す。


「それじゃ行ってくるとしますか」


「気をつけてね」


 すぐにドアへと向かった俺は、彼女の言葉を背中で受けると、手を上げひらひらと振って合図とすると、ハンスが待っている荷馬車へと向かっていった。


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