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夜明けの月  作者: びるす
異世界
5/89

第四節:準備

 歩き出した俺達は、街道の一角にあるこの武器屋に到着する。

 武器屋はギルドから離れているわけではなかったので、案外早く到着することができた。

 早速入ってみると、中にはロングソード、ナイフ、カイザーナックルのような物まで幅広く置かれていた。

そのため何か1つぐらいは自分に合うものがあるのではと、期待に胸膨らませてみたが手にとって感触を確かめてみると、どれもこれも今ひとつ。

もともとこんな鉄の塊どもを扱うことなんて無かったのだから仕方ないだろう。


「こういうのは、フィーリングが大事だから”これだ!”と思うものがあるまでよく選んでね」


 武器屋について最初にエマにそう言われたが、今まで持った武器でそんな感情が浮かんでくるのはひとつも無い。

どちらかというと、スポーツ店で売っているバットのほうがしっくりとくる気がしていた。


「どう? よさそうなのはあった?」


「ん~~~今のところはどれも今ひとつ。もともと武器なんてあんまり使わなかったからぴんとこなくて」


 武器を手にとって確かめては、また元の位置に戻す。

この作業を何回か繰り返してだろうか。

その様子を見ていたエマが話しかけてきた。

 エマの質問には首を縦に振って答えたかったが、捻る事しかできず、素直な感想を述べたのだった。

 そもそも現代社会において武器なんてまったく持って必要ない。

戦争でもしている地域なら別だが、安全な日本で暮らしてきた俺にとって無縁である。

もし、ここに置かれているどれかを持っていたとしたら、そいつは犯罪者予備軍に違いない。

 そんな物騒な武器よりも、実際日本で必要とする物といったら、資格に、技術。

これにつきるだろう。

 だがここは異世界、そんなことを思っていても、自分が戦わなくてはいけないことは変わりない。

 とりあえず俺は、オーソドックスなロングソード、ナイフなどの棚の物を一通りチェックしたので、次の棚に移った。


「そういえば、エマの武器ってナイフだけなのか? たしかに、エマみたいな小柄なやつならロングソードや、バスターソード使うのは難しいと思うけど、決定力に欠けないか?」


 武器を選びながらつぶやいた俺の何気ない質問に、エマは言葉を詰まらせた。

 返答が少しばかり遅かったので、彼女のほうへと顔を向けてみると、そこにはなんともいえない微妙な顔をしているエマがいた。

どうやら気にしていたらしい。

 しかし、傭兵団を組んでいる俺に少しは気を許していたのだろう、そのことについて彼女は語りだした。


「ぬぅ……人が一番気にしていることを……確かに私のナイフだけだと決定力にかけるわ。だから、私はほとんど外皮の柔らかい、牙獣系統の仕事ばっかりしていたの。ほかの、鱗とかがある、鱗獣系はパーティー組んでこなしていたし」


 エマの話を聞いて、何で傭兵団の団長もとい、傭兵団を作りたかったのかがわかったかもしれない。

まぁ1人が寂しいからという可能性も捨てきれないが、おそらくはこんな感じだろう。

 エマの武器だけでは決定力不足、それを補うためパーティーを組み、仲間にその決定力を補ってもらう、多分こういうつもりだったのだろう。

 彼女自身の武器は見るからに牽制、サポート用なのだから仕方あるまい。

 エマの決定力を補うため、俺は攻撃力の高いもののほうがいいのだろうな。

 しかし、意外と選ぶのが難しい。

 ウォーリアーアクスのような大型の斧にすれば、決定力は十分だが俺はあんなもの扱う自信がない。

それよりも攻撃力は劣るがエマの武器よりも威力の高い、一般的なロングソードは先ほど手にとって見たがしっくりとこない。

はてさて困ったものだ。

 そんな俺の考えをよそに、会話が終わるとエマは自分の主力武器であるナイフのコーナーへといってしまった。

 俺の言葉を気にしたのか、自分の攻撃力を上げようとしているようだ。

 俺も頑張るかと、気合を入れなおし武器を探し始めたが、結局自分にあったと思えるものは見つからなかった。

 そんな時だ。

カウンターのほうから騒がしい話し声が聞こえてきた。


「おやっさん、頼むから買い取ってくれっす! 本当にいい武器なんすよ!」


「だめだめ、そんなへんてこな武器、誰が使うってんだ。武器屋やってかれこれ20年近くなるが、そんな武器始めてみるぞ」


 声のするほうに顔を向けてみると、どうやら旅の商人が武器を売り込んでいるらしい。

俺はへんてこな武器と言うのに心引かれ、商人と武器屋の親父の下へと歩みを進めた。

 目的の場所に着くとそこには、ごちゃごちゃと店のカウンターに武器? と思われるものが並んでいた。

 これは武器屋のオヤジが、買い取りを拒否するのも無理はない。

 商人が持ってきた武器は、カエルの兜の上にハンマーのついているものや、穴あき包丁のように真ん中に穴が無数に開いているロングソード、一見軽量化されてよさそうかなと思ったが、穴を開けすぎなのか軽く振っているだけなのに、ぶるぶると剣が震えている。

他にも、もとはおそらく鎌なのだろうが、刃があちこちに張り巡らされ、まるで木の枝のようになっているものなど、10人中10人が買わないと答えるだろう。

 そんな、武器というよりもガラクタばかりが並ぶカウンターの上に、俺は2つ気になるものを見つけた。

 その1つはおそらく短銃、しかもリボルバー式のものだった。

ここの武器屋を一通り見てきたが、銃火器は1つもないので断定はできないが、へんてこな武器を作るこの旅の商人ならば、ありえるかもしれない。

 もう1つ気になったのはグローブ形の武器で、なにやらおかしな形状をしている。

 素材は鉄のようなものと革を混ぜて作ったような感じだが、鉄の部分にいくつか穴が開いていた。

まるで何かをそこに装着するかのごとく。

 あまり係わり合いたくはないと思ったが、自分の中の好奇心が勝り、気になったその2つについて俺は聞いてみることにした。


「なぁ。こいつとこいつ、どんな武器なんだ? 性能と値段によっては買うかもしれんぞ」


 武器屋のオヤジに散々言われて、床に泣き崩れている商人に、顔の位置を合わせるようしゃがみ込むと、カウンターの上からとった目的の物について尋ねた。

 その言葉を聞いた、武器屋のオヤジが面白そうにこちらの様子を伺っている。

おそらく変わった客だと思われたに違いない。


「よかったな兄ちゃん。俺じゃなくてそっちのお客さんが買ってくれるってよ。しっかし、お客さんも物好きだね。そんなわけわからんものを買おうとするなんて。まぁ、気に入らなかったら、うちの商品をもう一度選びなおしておくれよ」


 そういうと、軽く息を吐いて武器屋のオヤジは奥のほうへと行ってしまった。

 どうやらこいつがいなくなるのなら、少しの間ここで商売してもいいということらしい。

 その様子を見送っていた商人に、俺はもう一度尋ねた。


「で、どうなんだ?」


「ん、あぁ! まずはこれはっすね、シュートって言って遠くの敵を倒すもんなんっす。ここに、こいつ専用の弾を詰め込んで、この留め金をこう、倒してっすね、こんな感じに狙いをつけて、ここを押してやるとっすね、この筒から、その弾が一気に飛び出るっす!」


 俺の声に我を取り戻した商人は、あわてて説明をしだした。

その説明を聞くかぎり、申し分なし。

 これは、かなりいい武器を見つけたかもしれない。

この世界で銃に出会えたのだから。


「なるほど、それで、威力はどれぐらいなんだ? それと弾はどこで手に入る? 弾が無ければそいつは意味がないんだろ?」


「弾は、ここに30発分あるっす。んでもこいつは特注品でほかの店には売ってないっす。けど威力のほうは木の幹に5センチはめり込むっす。すげー武器っす」


 俺の次の質問に商人は熱心に答えながら、手でどれくらいめり込むか表現する。

それが終わると今度は銃に入れる弾を見せてくれた。

弾は鉄でできており、形状も地球のものとよく似ていた。

 威力としてはさすがに地球のもののほうが高いと思うが、それでも木の幹に5センチもめり込むなら上等だ。

やわらかい敵には間違いなく致命傷を負わせられるだろう。


「なるほど、なかなかよさそうだが、弾が特注じゃこいつは使い捨てになっちまうな。そんなんじゃさすがにな~?」


「まぁ待つっす。これは特注っていっても、意外に作るのが簡単なんっす。こいつは2つの型で出来てるんすけど、そいつに鉄を流し込んでやって冷えて固まったら、バクロの実を詰めて、その2つをあわせてやれば出来上がりっす。今ならこの型もつけるからお願い買って欲しいっす!」


 俺は買う気満々ではあったのだが、あえて買わないといった感じを臭わせた。

すると商人は手のひらをこちらに向けて引き止めるような態度をとると、弾の製造について話し始めた。

そんな商人の話は、最初説明口調で自信満々だったのだが、説明が終わるころには懇願である。

 目を潤ませ天を仰ぐように両手を組んで、こちらを見つめている。

はっきり言って鬱陶しい。

 それにしてもここまでするってことは、よほど自分の商品が売れないのだろう。

まぁ、あんなものじゃ誰も買わないと思うが。


「とりあえず、そのシュートっていう物についてはわかったが、もう1つのそのグローブのほうはどんなものなんだ?」


 その後何も言わないでいると、徐々に顔を近づけて迫ってきたので、とりあえずそれをやめさせる為、もう一方のグローブのほうを指差しそちらの説明を促した。

すると先ほどの懇願の表情はどこにいったのやら、商人は嬉々として自分の商品について説明をし始めた。


「あぁこっちはっすね汎用性を高いように作ったらこうなったんすよ。でもこいつは本当にすごいんすよ? なんせ、この専用キットを全部つけることが出来るっす!」


 熱く語りだしたと思ったら、商人はたくさんの商品が入っているリュックサックから1つの鞄をおもむろに取り出す。

 そいつをパカッと開くと、中にはとっての部分がすべて同じ形のものが入っていた。

 中に入っていたのは剣、爪のような形のもの、ムチの3種類。


「この全部の武器をつけることが出来るんす! これなら1つの武器で3つの機能があるんすよ! すごくないっすか!? ね! ねぇ! すごくないっすか!? お願いっすからすごいって言って欲しいっす! お願いっす!」


「あぁ、すごい、すごい。すごいのはわかったから、顔を遠ざけてくれ」


 興奮して説明する商人は武器を両手に持って、顔を近づけながら涙目で迫ってきた。 

 その距離およそ10センチ。

 男にキスされる趣味の無い俺は、両手でそれ以上の進行を阻止すると、かなり引きつつもすごいといってやった。

ここでボロクソ言ったら、大泣きしそうなので。


「とりあえずは武器については把握したが、あいにく俺は1ガルンしかないし、すべてセットじゃなきゃ買わん」


 最初の武器と今回の武器、どちらも俺は使えると判断する。

 よし! と思った俺は、肩で息をしながらも、何とか落ち着いた商人に買うと話しかけた。

ただし、予算以内ならと付け加えて。

 この予算の1ガルンだが、もちろん俺が稼いだものではない、エマからもらったものだ。

エマの話によると3ガルンで大体3日は暮らせるかな? といっていたので単位的には万と変わらないぐらいだろう。

 だが問題なのは武器の値段だ。

 武器屋に入ってわかったことだが、一番安いナイフで5シーター、一番安いロングソードで8シーターと、かなりお値段が高いことだ。

 エマにいいのを選んでと言われてはいるが、まずそんないいものは買えん。

そんなわけだから、ある意味ガラクタ売りの商人に賭けた部分もあった。


「あぁ! それでいいっす! それでいいっすからお願いっす! 買ってくれっす! 金がなくて3日間何も食ってないんす!」


 俺の問いに、商人は滝のように涙を流しながら語りかけてきた。

 上には上がいる15時間の空腹で音を上げた俺だったが、こいつは3日だ。

そりゃ多少のプライドは捨てるか。

 多少商人を哀れんだ部分はあるが、予算ないなら買うと決めていた俺は、商人の了解をえるとこう口にした。


「よし、それなら買おう」


「うぅ~ありがとうっす~! 本当にありがとうっす~!」


 商人はうれしさのあまりこちらに向かって抱きつこうとするが、俺はすかさず右へと避けそれをかわす。

かわされた商人は、勢い余ってカウンターへとぶつかり頭を抑えているが、これについてはかわいそうだとは思わず自業自得だと感じた。

ただでさえ男に抱きつかれるもの趣味じゃないのに、こんな涙と鼻水でぐしゃぐしゃな顔のやつに抱きつかれたいわけがない。

 俺は頭を擦り、痛みを和らげている商人に金を渡すと、武器を拾い上げその場を立ち去った。

ついでに、武器の収納ケースとして商人が使っていた鞄も貰ってきたのだが、何も言われなかったので付属品として受け取ってよかったものなのだろう。

 これでようやく一安心できそうだ。

 なんだかんだで、他の奴が見たらガラクタに思われるかもしれないが、武器を調達することには成功した。

俺は武器購入報告のために、未だにナイフの棚で財布と格闘して唸っているエマの方へと向かう。


「武器が決まったぞ。ちょっと特殊な武器だが意外と使いやすそうな武器になった」


「ん、ってそれガラクタじゃないの! そんなのどうするのさ!」


 財布を覗き込んでいるエマに俺は手を上げて話しかけると、こちらに顔を向け、手に持っている武器を見てエマがガラクタと言われてしまう。

 一般的武器じゃないので、そう言われてしまっても無理もない。

 俺は若干怒り気味のエマに、軽く笑みを浮かべ諭すように話しかけた。


「まぁそれは見てのお楽しみって事で。俺にとってはかなり使いやすいと思うから問題ないと思うぞ」


「むぅ……自分がいいならいいけど、ちゃんとそれ使って戦ってよ?」


「あぁ」


 ここの世界の人にはあまり理解されないかもしれないが、この武器達はかなり優秀だろう。

そう考えると、意外にあの商人は後々成功するかもしれないと思ったが、ほかの商品を思い出しその思いをかき消した。


「とりあえず武器はこれで決まりだ。で、残るは防具屋か」


「そうね。私は別に今のままでもいいけど、アキラのその格好はさすがに変だし。着替えましょう」


 武器の調達が成功した俺は、気持ちを切り替え防具屋についての話を切り出した。

 エマの言うとおり、どうもスーツ姿の俺は変らしい。

 俺としてはエマのような迷彩色の服や、RPGで出てくる皮の鎧や鉄兜を装備している方が異質と感じるのだが、そんな武装している人たちよりも、注目を集めていた俺のほうがやはり異質なのだろう。

 ようやくなじんできたスーツを手放すのは忍びないが、あまりにもこの世界には合わないのでこれを下取りしてもらって違う服を買うとしよう。

 服としては異質だが、生地はそれなりにいいはずなので、そこそこにはなるだろうし。

そんなことを考えながら、俺たちは武器屋を後にし、新たな目的地、防具屋へと急ぐのだった。

 防具屋は武器屋を出てすぐに見つかった。

 見つかったというか、なんというか防具屋は武器屋と道を挟んだ向かいに合ったのだ。

ちなみに、このことを事前に知っていたエマは迷うことなく真ん前の店に入っていく。

ギルドからきた時に俺も向かいの店の看板を確認したはずだが、防具屋だと気づくことは無かった。

 これだけははっきり言っておこう。

断じて見落としたわけではない。

看板の文字が読めなかっただけそれだけなのだ。

 やはり無知とは損をする。

早く文字を習得しなくては。

 そんなことを考えて進んでいたため、俺は道を歩く人にぶつかりそうになったのは、前を歩くエマには内緒である。


「さて、まずは今着ている物がどれぐらいになるか見てもらおうか。あ、おおよその値段だけ見てもらうだけだから、別に脱がなくても大丈夫よ」


 防具屋に入ってすぐ、振り返ったエマにそう言われる。

 とりあえずは、簡易的にスーツがどれぐらいで売れるか見てもらうらしい。

その結果により自分の買える装備が変わってくるというわけか。

 俺は少し埃っぽくなったスーツを軽く叩き、少しでも綺麗に見えるようにした。

気休めだがしないよりはましだろう。

 埃を叩き落とした後、改めて防具屋の全体を見回した。

 俺が考えていた防具屋とはだいぶ違っている。

 ごちゃごちゃとマネキンに鎧が着せられていて、壁には胸当てのような防具が無数にかかっている。

そんな風な防具屋を想像していたが、どちらかというとここは洋服屋に近い。

 エマの着ているような迷彩色のパンツや、厚手で丈夫そうな上着、よくみれば綺麗な装飾がしてあるシャツなど防御力とはかけ離れた洒落たものまである。

もちろん、昨日エマが言っていたレザーメイルと思われるものや、鉄や鋼でできた鎧もおいてあるが、そんなものは数点でほとんどが洋服や靴など、普段町ででも使いそうなものが大半であった。


「防具屋と聞いたから、鎧なんかがゴチャゴチャとおいてあるのかと思ったが、洋服がメインなんだな」


「防具屋なんてこんなものよ。武器と違って防具はサイズが合わないと、邪魔にしかならないからほとんどがオーダーメイドなの。あそこにおいてある鎧とかは、うちではこんなものが作れますよって意味でいわば飾りなのよ。そうすると必然的にすぐにお金に出来るものがなくなっちゃうでしょ? お金がない防具屋はつぶれちゃう。だから防具屋ってのは、洋服や靴なんかも売ったりして生計を立ててるわけ。それに、防御力がなさそうな洋服でも一応着れば防具っちゃ防具だから、あながち間違いって分けじゃないし」


 そう言ってエマは、自分でも言っていた防御力がなさそうな服を、手に取り確認しはじめた。

 俺の装備を整えるために来たのだが、どうやら彼女自身ショッピングで楽しんでいるようだ。

 しかし、防具屋が経済的な理由からこういう形になっていたとはびっくりだ。

 そういえば、武器屋にも草刈鎌や鍬なんかが置いてあったが、あれも経済的理由からおいてあったんじゃないかと思う。

そう考えると、武器や防具しか売ってない武器屋や防具屋はゲームだけのようだ。


「いらっしゃいませ。本日はどういったご用件で?」


 エマと同じように、一緒になって防具もとい洋服を漁っていると、奥のほうから店の主人と思われる人物があらわれた。

 武器屋のオヤジとは違い、眼鏡をかけた細身の男で、男がつけているエプロンには洋服を作るのに使われる、ハサミや定規なんかが入っている。

いかにも家庭科できますが肉体労働はちょっと、って男だったので、このオヤジがあのマネキンに付けてある鋼の鎧を作れるのかと疑問に思ってしまう。

 そんな考えもほどほどにし、俺は防具を選んでいる手を止め、防具屋の主人に用件を伝え服の鑑定をしてもらうことにした。


「魔物と戦うから丈夫な服が欲しくてね。それと、今着ているこいつの値段が知りたいかな。防具はこいつの下取りの値段で決めたいからね」


「はい、さようですか。かしこまりました。それでは失礼ですが上着だけ脱いでもらえますか? 生地と生地の状態を見ますので」


 俺は、スーツを脱ぎ主人へと手渡した。

 丁寧にスーツを受け取った主人はスーツをさわり、生地の状態を調べはじめる。

 ポケットの中、裏の生地、また縫い目などもしっかりと確認し、うむとうなずくと主人はスーツから目線をこちらへと戻した。


「なかなかいい生地を使ってらっしゃいますね。これでしたら、それなりのお値段で買い取らせてもらいます。一応ズボンの方も確認しますので少し失礼しますね」


 視線をこちらに向けた主人は、スーツの生地について一言話すと、今度はズボンを調べるため、たちひざになり俺のズボンへと触る。

 主人の手の感触が足から伝わり、なんともむずがゆい。

 むずがゆいだけならばいいのだが、男にたちひざで足を触られるというのは、何か自分のなかで大切な物を捨て去っていくような感覚を覚える。

 むずがゆさと消失感に耐えること30秒、主人は立ち上がると鑑定結果を下した。


「そうですね、上下あわせて8シーターぐらいですかね。ズボンの生地もスーツと同じもののようですので、良品として普通より高めに買い取らせてもらいますよ」


「わかったよ、ありがとう。買うものが決まったら持って来るからその時に買い取ってくれ」


「わかりました。それではごゆっくり」


 鑑定してもらった主人に感謝の言葉を述べると、彼は軽く会釈してカウンターのほうへ歩いていった。

 自分のスーツがどれぐらいで売れるかわかった俺は、いよいよ自分の防具選びと気持ちを切換えようとしたのだが、主人と話している間に、いつの間にかエマが消えてしまっているではないか。

 防具選びなどした事の無い俺にとって、エマのアドバイスは貴重である。

 彼女の意見を聞きながら買い物をしようと思った俺は、まずは消えてしまったエマを探し始めることとなった。

 店はさほど大きくなかったためエマはすぐに見つかった。

彼女は、3列目の棚のジャケットが売っている場所であれこれと選んでいる。

 どうやら、俺のためによさそうなのをピックアップしていてくれたらしい。


「どれぐらいになるって?」


「だいたい8シーターだってよ」


 エマは近づいてきた俺に気づくと、こちらへ向き直りスーツの売値を聞いてきた。

手には今まで見ていたジャケットが持たれている。

 これが俺に合いそうなやつなのかな? とエマの持っているジャケットに目がいってしまったが、すぐにエマに視線を戻すとスーツの値段を告げた。


「お、予想以上。それなら余裕ができるね。一応ジャケットはこれとこれのどっちかがいいと思うんだけど、どうかな?」


 そういって、エマは手に持っていたジャケットとは別に、もう一つ選んでいたジャケットを俺の前に提示する。

 両方とも生地は厚手で丈夫そうだ。

色も両方とも同じで紺と深緑を混ぜたような色、二つの違いはポケットの数と位置ぐらいかな。

 どちらを選んでもそれなりに役立ってくれそうだが、俺はポケットの数が多い4つのほうを選ぶことにした。

なぜなら少ないよりは多いほうがいいだろうという理論と、1つのポケットは銃の玉を入れておくのに使用してしまうので、いざという時に足りないってことになると困るからである。


「こっちかな、4つポケットがあるほうがいい。後々何かと持つものが増えると思うし」


「そう、それじゃこれにしよう。あ、でも一応これも、着てみてね」


 俺が一つのジャケットを選ぶと、エマはそれじゃといって棚の方へと一時的にジャケットを置く。

 そしてこれも、と言った時に、棚の影から一瞬息を止め、踏ん張らなくては持てないほどの洋服を両手いっぱいに持ち上げると、今度は俺がちゃんと見える位置、棚の上に置きなおした。

 もしやと思いエマの顔を見てみると、にやりと笑みを浮かべ、面白い玩具を見るような目つきへと変貌している。

 これは、これは間違いなく、俺を着せ替え人形にするつもりだ。


「エマさん。これは何かな~?」


「さぁ、何かな~? 私には洋服にしか見えないから、やっぱり着るんじゃないかな~」


 なんとか着せ替え人形だけは避けようと、口を開きやんわりと断ろうとしたのだが、財布を出されて目の前でちらつかされてしまっては彼女に従うしかほかは無い。

 俺は覚悟を決め、天を仰ぐとエマに身をゆだねたのだった。

 ジャケットを選らんだ後は、うんざりするほど、いろいろな洋服を渡され着替えに徹することとなる。

 そうしてようやく着るものがすべて決まり、着せ替え人形から脱出して防具屋を出るころには日はだいぶ傾き、空は夜の始まりを告げていたのだった。


「ふ~つかれた~。でも楽しかったね~」


 エマは宿屋の風呂から上がってきたばかりで、軽く湯気が出ている。

妙に色っぽい。

それはいいのだが、満足気味のエマとは対照的に俺はげんなりとしなびたレタスのようになっている。


「エマ、一人で楽しんでいただろ……最初のジャケットはいいとして、俺のスーツよりも奇妙な形であまりにも目に痛い色合いのものや、どう考えてもサイズが合わない子供服を無理やり着せようとしたりするし、後半はじれったいとか言って服を無理やり脱がせては着せる、の繰り返し。俺で完璧な人形遊びをしたんだからな」


 俺はうんざりしたように、ベッドの上から声をかけた。

 俺は疲れから宿屋についてすぐさまベッドに突っ伏した。

 突っ伏してそのまま寝て体を休めようとしたのだが、ここの宿屋お風呂あるから入って来いと、エマに無理やり部屋をおんだされてしまい、しぶしぶ風呂へと行くことになる。

 疲れた体に鞭打ってなんとか風呂を入り終え、ようやく休めると思っていたのだが、俺が戻ってきて数分でエマも風呂から上がってきてしまい、寝るタイミングを逃してしまっていた。


「ごめんね~、久しぶりに自分以外の人の洋服選びだったもんで楽しくてね」


 エマは軽く舌を出し、謝るが一切反省の様子はない。


「…………はぁ、まぁ、エマの金で、ここでこうしていられるんだからもういいよ。結局は、ちゃんとしたもの選んでくれたし」


 エマはなんだかんだやりながらも、ちゃんとこれがいいなって物は用意していた。

ただ、いいなと思うものは最後に着せられたものだったが。

 エマのコーディネートで洋服が変わった俺は、エマと似たように軍人のような格好に落ち着いた。

コーディネートはこんな感じだ。

 最初に見せられた4つほどポケットのあるジャケット、黒色で体に吸い付くようなアンダーシャツ、ズボンはエマのより大きいがデザインは同じ迷彩色のもの、ベルトは頑丈な皮のもの、そして俺の武器であるグローブを腰にぶら下げるための金具に皮製の丈夫なブーツ。


「そう、それじゃ明日の日程でも話し合いますか」


 エマも自分のベッドに座り俺と向き合う形をとる。


「あぁ、そうだな。だがその前に聞いておきたいことが2、3あるんだが、それを先に済ませてからでいいか?」


「ん、いいけどなに? 3サイズとかはなしよ?」


「それも大変気にはなるところだがそうじゃない。今エマが耳に付けているやつはリンクってやつなんだろ?」


「えぇそうよ。これがどうかしたの?」


「そのリンクってやつはどうやって使うんだ? ギルドの受付嬢の話だと、一方的に通話が出来るって様な印象だったんだが、ほかのやつがそれと似たようなものに話しかけてるのを見かけてな。もしかしたら、こちらからでも通話することが出来るのかって思ったわけなんだが」


 俺は、今日疑問に思ったこと聞いていく。

情報社会からきた俺にとって、自分に必要だと思った情報は確実に知っておきたい。

なぜなら、会社で知っているか知らないかで、ある意味生死を分ける戦いをしてきたからだ。

 まずはリンクについて説明を促した。


「あぁ、それはリンクじゃなくてリンカのほうね。この私が持っているリンクってやつは受信専用なの。つまりは、ギルドからの情報を伝えてくれるだけね。で、アキラが見たってやつはリンカってやつね。そのリンカってやつは送受信可能なわけ。リンクに情報を伝えるのもリンカの役目よ」


「なるほど、ちなみにリンカで特定のリンクもしくはリンカに話しかけることって出来るのか?」


 ここが俺の最も知りたかったところである。

特定のリンク、リンカに連絡が出来ないのでは常に誰かのリンカからの声を受信しっぱなしになってしまう。

そうなってはやかましいことこのうえないだろう。


「とりあえずは、リンクの説明を先にしちゃうわ。私の持ってるリンクってイヤリングの形をしてるギルドからの配布物だからこの形がリンクって思ってしまったかもしれないけど、本来リンクってのはこの赤い宝石のことなの」


「うむ」


「この赤い宝石にリンカの一部を溶かした銀をくっつけておくの。そうすると、あら不思議。そのリンカとの通信が可能になるわ。リンカの一部を銀に溶かしてたら、リンカがなくなっちゃうように思えるけど、これまた不思議なことにリンカは何日かすると元の丸い球体の宝石になってるの。専門家の話によると空気中にある、テニシンだかテルシンだかを吸収して自己修復するらしいんだけど、そこら辺は私にもよくわからないわ、学校ではそれ以上のことは教えてくれなかったし。ちなみにリンカ同士の場合は半分に割ってあげてそれぞれくっつければいいの。自己修復機能によりくっつくから問題ないわ。ただくっつけなくてもリンカ同士の場合はもっと便利な方法があるけどね」


「便利な方法ってのは、どんな方法なんだ?」


「そうね、例えば3つ以上のリンカ同士をくっつけて通話したらどうなると思う?」


 エマが、俺に質問をぶつけてくる。

ただ聞いているよりは、考えることにより眠気が覚めるので助かる。

返事や相槌で何とか正気を保っているが、俺はベッドの上で聞いてるため、今日の疲れも手伝って危うく落ちかけるところだった。

 少し考える。

情報を送る相手を指定せずに話しかけるということは、すべてのリンカに情報が駄々漏れということではないだろうか?


「結合したリンカ全部に対して送信されるが答えじゃないか?」


「そのとおり。何もせずにリンカを使って話すだけなら、結合したリンカすべてに会話が届くことになるわ。もちろんそのほうがいいときもあるけど、そのやり方にはちょっとした問題があるんだよね」


「問題ってのは?」


「時間が経つと通信ができなくなるの。通信ができなくなるといってもリンカとしての能力がなくなったわけじゃないけどね。通信できなくなるってのは、結合したリンカがそれぞれ混ざり合い新しいリンカになってしまい、今までのものとは別のものになってしまうからなの。今までとは違うリンカになっちゃうから、今まで通信できていたリンカと通信できなくなっちゃうって訳」


「そいつは不便だな。それで対応策とかはあるのか?」


「それは、さっき話したリンクが情報を受けるときの技術、銀を使うの。銀に違うリンカのかけらを混ぜ込んでそれをリンカに付けながら話すの。そうすると、そのリンカの相手とだけ通話することが出来るわ。このやり方なら銀をなくさない限り、通話することができるでしょ。だから今は銀を使うやり方が主流よ」


 エマはそういうと自分の耳についているイヤリングをピンとはじいた。

 今までのことを簡単にまとめて見ると、リンクはポケベル、リンカは携帯電話、そしてリンカを溶かした銀は、電話番号といったところだろう。


「とりあえずある程度はわかったが、リンカからリンクへの指定は出来ないのか?」


「それは、まだ無理みたいよ。リンクはあくまでも受信専用だから誰からか受けるってことしかできないし、リンカみたいにリンクに自己修復機能はついてないから、リンクみたいに銀に溶かしてってことはできないの。壊しちゃったらそれまでだし」


「うむ、よくわかったよ。で次の質問なんだけど、傭兵団について教えてくれ。ギルドで本当は聞きたかったんだが、エマが説明切っちまったからよくわからないんだが」


「あ、ごめん。知ってたからついつい飛ばしちゃって。でも、簡単よ? 傭兵団=常時パーティーをしているって感じよ。普通パーティーっていったら、ギルドが指定した者たちで同一クエストをおこなうとかで、一時的なものなの。それを常に一緒にお仕事しましょうってのが、傭兵団なわけ。まぁほかにも傭兵団が有名になれば、その傭兵団専用のリンカが渡され、いい仕事が回ってくるって利点もあるわ」


「たしかに……簡単だったな。俺の想像の範囲内の利点しかなかった。エマが説明を飛ばした理由がよくわかったよ」


「そう? それはよかったは、質問はこれで終わり?」


 そういうとエマは、ベッドの横にある棚の上のコップに水を注ぎ、飲む。

風呂上りということもあり、いろいろと話して喉が渇いたのだろう。


「あぁ、俺が聞きたいことは今のところこれだけかな」


 ほかに聞く事はないか考えたが、すぐには思いつかなかったので大して重要ではないだろうと思い質問を終了する。

後で思いついたらその時聞けばすむことだし。


「それじゃ、明日の日程について話すわね。明日はとりあえず、お金稼ぎ兼アキラのランクアップを目的とした狩りをするわ。今日換金したお金も、明日の食事代を払ったらなくなっちゃうし」


 武器に、防具それと宿泊費でほとんどの金が消えてしまったらしい。

なんだかんだでエマ1人の時よりも金を使わせてしまっているので、申し訳無く思う。


「狩りか、それでいったい何を狩るんだ? 俺のランクアップのためってことは、Eランクより上のモンスターを狩るんだろ?」


「もちろんよ、狩るのはCランクのドーガーっていう1メートルぐらいの鳥の魔物よ。空は飛べないけど、肉食で性格は荒いわ。鋭いくちばしと爪のついた足での攻撃に注意が必要よ」


 1メートルほどの飛べない鳥か、俺はレアという鳥を思い浮かべるが、おそらくは違うだろう。

どっちかというと、鷹や鷲を飛べなくしたような感じなのだろうか。


「よくわからんが、まぁ大丈夫だろう。エマもいることだし。とりあえず、悪いんだが限界。眠い」


 そういって俺は、ベッドに横になりすぐさま意識を手放した。

エマがなにやら言っていたようだが、夢の中にいざなわれた俺には理解することは出来なかった。


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