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夜明けの月  作者: びるす
シリウスト
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第四節:ダルマ=G=シリウスト

「中に入ると改めてここの大きさがわかるな」


「そんなたいしたものじゃありませんわ。セリアの城の方がもっと大きかったでしょ?」


「いやそれはそうなんだが、王族と比べるのは間違いだろ」


「あら、一応私のお父様は元王族でしてよ?」


「そういえば、そうだったな」


 俺はジェシーに案内されるまま、屋敷の中へと入っていった。

 彼女の家は、外から見てもわかるとおり非常に大きく、1人で歩いていたら軽く迷子になりそうだ。

 そのことを踏まえ、屋敷の大きさを褒めたのだが、彼女にしてみればこれが当たり前で、賛辞としては受け取られず、城の中の大きさを知っている俺の台詞は、逆に嫌味としてとられてしまったかもしれない。

 まずったなと思いながらも、違う話題の会話を始める。

 すると彼女は別段気にした様子もなく、その話に乗ってくれた。

 どうやら、彼女にとって家の大きさなど大した問題ではなかったらしい。


「あっ! この絵……」


 その後も会話を続けながら屋敷の廊下を歩いていると、1枚の絵の場所で俺は思わず立ち止まってしまった。

 その絵の迫力というかパワーを感じたというのもあるが、よく見かける絵であったからだ。

城にもこれと同じものがあったが、別に由緒正しいといった場所だけにあるものではない。

少し大きめの店等にも、ここにあるような立派な絵ではないが、同じ構図の物が置かれていることが多い。

 その絵の構図というのが、巨大な魔物とその周りを取り囲む魔物達に立ち向かっている人々の図だ。


「どうかしまして?」


 思わず声を上げてしまった俺を不審に思ったのか、前を行くジェシーも足を止め後ろを振り返る。


「いや、この絵は良く見かけるなと思ってな」


「それはそうですわ。英雄達がオーディグルスと戦っている様子ですもの」


 さも当然とばかりに、彼女は言い放った。

 オーディグルス、以前セリアに位について教えられた時に、聞いた名前である。

 あの後気になったので、自分でも調べてみたのだが数百年前から数千年前とてつもなく強大な力を持つ魔物が村や町で破壊の限りを尽くしていたらしい。

 確かに強大な力をもつ魔物という点では非常に恐ろしいものだっただろう、しかしそれだけなら力をあわせれば何とかなっただろう。

 だがその魔物は強いだけでなく非常に強力な特殊能力を持っていた。

卵を産み、自分とはまったく違う別の種を誕生させるという能力を。

 現在生き残っている魔物のほとんどが、この魔物オーディグルスが生み出したものだといわれている。

そのためオーディグルスはすべての魔物の原点というわけだ。

 そんな強大な力を持ち無敵かと思われたオーディグルスであったが、1人の青年により滅ぼされることとなる。

 彼の名はアーサー=B=スレイヤー、Bの位を持つ唯一の人物である。

 彼は混乱の時代と言われる魔物の全盛期に、仲間とともにオーディグルスへと立ち向かい、見事それを打ち倒したと言われていた。


「へ~やっぱりそうか、それじゃ真ん中で剣を持っているのがアーサーでいいんだよな?」


「えぇ、そのアーサーの後ろにいるのが右からアイザック、シルメリア、サーベストですわ」


 ジェシーは指し示しながら1人1人の名前を教えてくれた。

 皆それぞれの武器を持ち、アーサーが巨大な魔物オーディグルスへと導かれるように周りの魔物と相対している。

 だが、皆が魔物達と相対しているなか、1人だけ彼らを守るように盾を構える人物がいる。


「なぁジェシー? アーサー以外の他の3人の名前はわかったんだが、それじゃここの盾持ってる奴の名前は何なんだ?」


 そういって俺はアーサーの前に立ちオーディグルスと思われる魔物が吐く炎から、彼らを守るように盾を構える人物を指差した。

 いままで見てきたどの絵にも共通しているのだが、このポジションに書かれている人物はなぜだかほかの英雄達と違い顔の描き方があいまいである。


「一応仮の名はあるのですけど、その人物の本当の名はわかっていませんの。そこら辺は私も良くわからないのですけれど、突如アーサー達の目の前に現れ彼らを助けたと言われる人物ですわ」


「ふ~ん、突如現れた人物ね。なんかあいまいだな」


「えぇそうですわね。もう何世紀も昔の話ですし、今となっては確かめるすべはありませんわ。えっと確か仮の名は、ア、ア……だめですわ。私としたことが思い出せませんなんて」


 ジェシーは目をつぶり、必死に自分の頭の中を捜索してみたようであったが、結局は見つからなかったらしい。

彼女はあきらめて肩の脇に手を持って行き、手の平を天井へと向けると顔を左右に振ってお手上げのポーズをとったのだった。


「まぁ、気にすることはないさ。そのうち自分で調べるよ。それより悪いな。説明させちまって」


「いいえ別にたいしたことではありませんし、それに私はあなたに頼みごとをしている身ですから」


 そう言うと彼女は俺から顔をはずし、止めていた足を動かして目的の場所へと歩み始めた。

俺もその後に続く。

この後、彼女の親に会って話をすることになるのだが、果てさてどうなることやら。

 そんな思いを胸に秘め、歴史の授業の感想としたのだった。

 授業の後、俺がジェシーに案内されたのはちょっとした客室だった。

 ちょっとしたとはいっても俺達が泊まっていた宿の部屋よりも大きい。

それなのにもかかわらず、テーブルには2脚の椅子しかない。

おそらく個人で訪れた時に招かれる部屋なのだろう。

 1人用でこれだけの部屋の部屋なのだ、それ以上の人数だったらどれほどでかくなるのか。

少しばかり想像してみたが見当もつかないので、その考えは入ってすぐに打ち消した。

 客室に入ると、すぐにジェシーはメイドの1人を捕まえてお茶の手配をさせ、俺に対し客への礼をつくす。

 そして、俺がお茶を飲み一段落したのを確認すると、彼女は軽く微笑んで俺に話しかけたのだった。


「私は、この先の部屋にいるお父様に挨拶してきますわ」


「あぁわかった」


「一応ここで待っていて欲しいのですけど、時間がかかると思いますから、屋敷を見て回ってもらってもかまいませんわ。だだし、私の部屋には入らないようにしてください」


「……残念だが了解しとく」


「よろしい。それでは」


 客間のドアを開けた後、振り返り微笑むと彼女は父親の元へと向かっていった。

 出歩く許可はもらったが、いかんせん一番行きたかった場所には釘を刺されてしまう。

 この後どうしようか。

俺はカップに残っていた紅茶を、ぐっと飲み干すとまずは客室の探索から始めることにした。

 客室は人をもてなすためだけあって設備は整っていた。

ガラス張りで作られた棚には、数種類の酒が置かれており、そのどれもが高級感を漂わせている。

そして、天井には大きすぎるだろと思わずにはいられない豪華なシャンデリア、そして絨毯には見たこと無い魔物の毛皮が一枚ドンと敷いてあった。

ほかにも置かれている小物なども、一つ一つ丁寧なつくりでかつ豪勢な雰囲気をかもし出していた。

客に対してこれでもかと、アピールされている部屋である。

 個人的に一度は入ってみたいとは思うが、そう何度もつれてこられたくない場所だ。

ジェシーには悪いが、言うなれば権力者が自分の富と名声を客に対して誇示するための自己満足の部屋であった。


「ふ~~~、探索してみて改めてわかるな。この部屋は息が詰まるわ」


 一度探索を終えた後椅子へと腰をおろしたのだが、どうにも落ち着かず結局俺は部屋を出ることにした。

 それにしても全部あんな部屋だったら……いや、考えるのはやめておこう。

 とりあえず、ジェシーの許可も出ているので俺は客室を出て屋敷を練り歩く。

 歩くこと数分、俺は1つ疑問に思う。


(人がいない)


 そう人がいないのだ。

 ここまで大きな屋敷なら、もっと大勢のメイドや執事、小間使いがいてもおかしくないのだが、ジェシーがお茶を持ってこさせたメイド以外ここに来てまだ一人も見ていない。

 ここの主人つまりジェシーの父親が人嫌いというならばわかるが、それにしても人がいなさ過ぎる。


「じっくり屋敷を見て回るには良いが、さすがにこう人がいないと不安になってくるな」


 あまりの人のいなさに、不安を感じながらも廊下を歩いていくと、屋敷の入り口にあった広大な庭とは別に、屋敷内にある中庭へと出ることとなった。

 広大な敷地には整えられた木々が、その庭を盛り立てていたがこちらの中には数多い花々と中心にある噴水の像が美しさを引き立てていた。


「へ~きれいなもんだな。ただ、水が流れてないのがちと残念か」


「そう思いますかな」


「!?」


 不意に後ろから声をかけられ、思わずすごい勢いで振り向いてしまう。

 俺の後ろに立っていたのは、麦藁帽子と軍手、そして紺色の作業着をきたいかにも庭師といった感じのおじさんであった。


「おぉすまんすまん、脅かしてしまったかな」


「あ、いぇただ急だったのでびっくりしただけです」


 姿を確認し、落ち着いたもののさすがにびっくりしすぎたかなと思う。

 これまで人に出会わなかったのでその影響がここにきて強く出てしまったようだ。


「それはよかった。それできみは? ん~っと」


「あぁすいません。名乗り遅れました。私はアキラ=シングウといいます。ジェシーさんに連れられてここへ」


 そう尋ねてきた、庭師のおじさんだと思われる彼は、どうやら俺を屋敷の主人の知り合いかなんかだろうと思ったのだろう、彼は自分の記憶を探るようにうなり始めた。

 しかし、いくら記憶を呼び覚ましても俺の姿は見つかる事は無いだろう、なんたって今日初めて屋敷に訪れたのだから。

 このまま何も言わなければ怪しまれるだけなので、とりあえず俺はちんとした挨拶を彼にし誰の紹介でここへ来たのかを告げた。


「そうでしたか、それで彼女はどこに?」


「彼女は父親のところへ挨拶に行くと、私はその間、客室で待っていて欲しいといわれたのですけど、落ち着かない性分でこうして屋敷内を散策していたのですよ」


「なるほどなるほど、それでこの屋敷を散策してみてどうでしたかな? 何かめぼしいものはありましたかな?」


 どうやら俺の挨拶は問題なかったようで、彼に信用してもらえたようだ。

 ジェシーの所在について尋ねてきたが、それも素直に答える。

 どうやらこのおじさんもジェシーと会うのは久しぶりなのだろう、彼女が今どこにいるのか気になるようだ。

 彼女の所在がわかると彼は、俺がさりげなく付け加えたここにいる理由について質問してきた。

 屋敷の散策について。

 俺は手を顎に置き、ふと考えてみる。

 ここにくるまでに、数多くの美術品が廊下に展示されており、そのどれを見ても高価なものであると素人目でもわかるもので、めぼしいものと聞かれれば全部と答えるほか無いようなものばかりであった。

 しかしそれはここに来たことにより変わる。


「そうですね……どこをみても私には珍しいものばかりでしたので、これがと断定するのは難しいですが、しいてあげるとするならこの庭がいいですね」


「ほぅそれはなぜ?」


 少し驚いたように彼が尋ねる。


「たしかに屋敷においてある美術品には素人が見ても輝いているのがわかります、ですが庭というのは美術品とは違って常に手入れをしなければこんなに立派になりません。ですからこの庭が私にとっては一番価値があると思いますよ。もっともまだ屋敷を見て回って少ししか経っていませんからこれ以上のものがあるかもしれませんが」


「なかなか若いのにたいしたものですな。草花の美しさをわかるのですから」


 素直に思ったことを伝えると、おじさんは自分が手入れした庭を褒められたことがうれしいのか上機嫌で俺のことを褒める。

 実際この褒めはうれしい。

 たいしたものといわれたことよりも若いのにと言われたことに。


「いえ、そんなたいしたものではないですよ。ところで何でこの庭の噴水には水が流れていないんです? あれが機能してればもっと綺麗だと思うのですが……」


「それはですな、ん!? あぁすいません。ちょっと人に呼ばれたみたいですので私はこれで失礼するよ」


 うれしさを胸のうちにとどめて、この庭の唯一の欠点水が流れていない理由を聞こうとすると、なにやら彼が持っていたキーホルダーのようなものがちかちかと光りだした。

 彼の言葉から察するにおそらくリンカの視覚版みたいなものなのだろう。


「あぁお気になさらないでください、それよりも私のせいで仕事の邪魔をしてしまったみたいで」


「いやいや気になさらず、私も好きで話していたことなので、それでは」


「はい」


 おじさんはそのまま屋敷内へと消えていき、俺は1人中庭へと残されることとなった。


「結局、水が流れてない理由聞きそびれたな~。でもまぁたいした理由じゃないだろ。それじゃそろそろジェシーも話がついたことだと思うし一度客室に戻りますか」


 客室に戻る前に、もう一度中庭を一瞥すると振り返らずにそのまま戻っていった。

 戻ってみると、まだジェシーは戻ってきておらず、少しばかり当てが外れたらしい。


「結構時間がかかってるみたいだな」


 それもそうかもしれない。

 彼女がここに戻ってきた理由は、俺を使って見合いを断るためだ。

 しかも、一年近くここを離れていたのだから、話がいろいろあるに違いない。


「しかたない、もう一回散策でも……ってそんな暇は無い」


「えぇありませんわ。私に付いてきてくれます?」


「よろこんで」


 椅子から立ち上がろうとすると、ちょうどドアが開かれジェシーが顔をのぞかせた。

 それによって、第2回ジェシーの家宅散策は中止となり、俺はジェシーに導かれるまま奥の部屋へと進んでいった。


「お父様入りますわ」


「うむ」


 部屋の前でノックをし、ジェシーが部屋の中の人物に許可をもらうとドアを開け放った。

 するとそこには先ほどまで、俺と話していたはずの庭師のおじさんが大きな机に1人座りこちらを見据えていた。


「な!?」


「先ほどはどうも、まだ私からは名乗っていなかったね。私の名はダルマ=G=シリウスト、ジェシュリカ=G=シリウストの父親だよ」


 先ほどと変わらず、にこやかな笑顔をこちらに向けて答える彼に、俺は驚きの反応しか返すことはできなかった。


「ジェシー、立ち話もなんだから彼を席に案内してやりなさい」


「はい、お父様」


 彼女は父親に言われたとおりに、俺を応接用におかれている椅子へと案内し座らせた。

 それにしても驚きである。

 人がいないいないとは思っていたが、いたらいたでここの屋敷の主人だったとは……。

 どうりでジェシーの帰りが遅かったわけだ。


「ジェシー、お前も座りなさい」


「えぇそうしますわ」


 ジェシーの父親であるダルマさんは、業務用の椅子から俺の目の前にある応接用の椅子へと腰を移すと、彼女にも座るよう促した。

 そしてちょうど三者面談のような形となると、ダルマさんが口を開く。


「まずは挨拶といこうか。アキラ君我が屋敷、シリウスト家へようこそ」


 そういって彼は腰を浮かせ手を差し出し、握手を求めた。

 俺はどぎまぎしながらも同じように腰を浮かせ、その手を握りこう返す。


「ありがとうございます。急な訪れにもかかわらず対応していただいて」


「なに、娘が連れてきた人だ。歓迎せねばなるまい」


 首脳会議の対談にも似た俺とダルマさんとの挨拶が交わされると、握手をした手は解かれ腰を落とした。

 その後彼は笑みを浮かべ、ジェシーの方へと顔を向ける。

 久しぶりの親子の再会を、第三者の俺が邪魔しているのは心苦しいところだが、その親子の片割れ、ジェシーに頼まれてきていることなので仕方ないだろう。

 よく帰ってきたねといった表情を浮かべジェシーを見つめていたダルマさんであったが、それも数秒で終わり、またこちらへと向き直ると、話を切り出してきた。


「さてとだ、挨拶はこれぐらいにして本題に入ろうか。大体用件については察しがつくところだが、あえて聞いておこう。アキラ君どうして今日はうちを訪ねてきたのかな?」


 ダルマさんの対応は気さくな感じではあった。

 俺が尋ねてきた用件に関して察しがついているのにもかかわらず、明るく落ち着いた口調で語りかけられたのでそう感じたのだ。

 俺が何でここに来たのかは察しがついているのなら話は早い。

 とっとと本題を切り出すことにしよう。


「単刀直入に言います。お嬢さん、つまりジェシーのお見合いを中止してください」


「ほぉ~それはなぜ?」


 そう告げると、彼はどうして俺がそう言ったのかわかっているにもかかわらず、あえて自分の口から言わせるためにとぼけた振りをする。

 愛の確認というやつだろう。

人前で言うのは恥ずかしいが、ここは一つ男らしく話すとしよう。

 実際ジェシーについてはまんざらでもないし。


「俺はジェシーを愛しています。彼女がいない生活というのはもう考えられません。ですからどうか彼女の見合いを中止してください」


 俺はそう高らかに宣言した。

 一生で一回言うか言わないかの台詞だったが、どうやらかまずに言うことができた。

 はっきり言って上出来だと思う。

 俺の台詞を正面から受けたダルマさんは、一度驚いたような表情を見せたが、すぐに落ち着いた顔に戻り、今度は何か考えるように目を瞑り腕を組んだのだった。

 これは勝算は五分五分と見ていいかもしれない。

 あまり悪い印象を受けなかった俺はそう思った。

 ちなみに俺の横にいるジェシーはというと、俺の愛の宣言を堂々と父親の前で言われたため、ボンッと音がしそうなほど急激に顔を赤くして俯いている。

 ダルマさんが目を瞑ってから数秒後、彼は瞼を上げるとジェシーへと問いかけた。


「ジェシー、彼の言葉には嘘偽りは無いのかね?」


「あ、あ、あ、ああああありませんわ。わわわわ私もアキラのことをあ、あ、あ、あ、あああ愛しています」


 父親から話を振られたジェシーは完全に舞い上がっていた。

 なんとか振り絞って出した言葉も、これでもかといった感じに噛んでいる。

 いくらなんでもあがりすぎである。

 顔を真っ赤にし、あたふたと慌てる様子を横で見つめ、あきれながらもなんだかんだでかわいいと思ってしまっていた俺がふと気づく。


(あぁ、うちのやつらで一番かわいいのこいつだわ。ほかはなんだかんだで腹黒いし……人間わかりやすい奴のほうが好感もてるな)


 その感情とは別に着実に自分の中を支配していく何かに、あえて気づかない振りをしながら、俺はジェシーを見つめる視線をダルマさんへと戻したのだった。

 そして彼もまたジェシーへと移していた視線をこちらへ向けると、こう言い放った。


「なるほど君達のことは良くわかったよ。お互いに好いていることもね――だが見合いについては中止することはできないし、残念ながら君達の結婚を認めることはできないよ」


 どこかそう言い放つダルマさんは悲しそうな表情をしていたが、おそらくそれは気のせいだろう。

 彼の返答は想像していた中の一つの答えではあったが、少し飛躍しているようだ。

 確かに見合いの中止を申し出て、ジェシーについての感情を述べたが、結婚に関することは一言もまだ言っていない。


(まぁ、見合いを中止するために来たのだから、結婚前提と思われていても仕方がないか。だが今重要なのはそこじゃない)


 そう、今はそんなことはどうでもいいのだ。

 今、一番重要なのはジェシーの見合いを中止することであり、結婚を認めてもらうことではない。

 俺はそのことについてダルマさんに問いただした。


「親として娘を思う気持ちはわかります。ですから結婚について認めないのはわかります。まだあって間もないどこの馬の骨ともわからない男に、娘を差し出すわけにはいきませんから。ですが見合いに関してはジェシー自身も反対しています。どうかそこだけは聞き分けてはくれないでしょうか?」


「お願いします。お父様」


 俺の言葉を後押しするように、ジェシーの懇願一言が付け足される。

 するとダルマさんはもう一度目を瞑り、軽くうなりをあげた。

 その間俺とジェシーは息を呑むように、彼が口を開くのを待った。

 そして数十秒沈黙の後、彼は口を開いたのだった。


「アキラ君、君の言いたいことは良くわかる。そしてジェシーお前の気持ちも。だが、やはり今回の見合いに関しては中止することはできんのだよ。一父親としては娘の気持ちを汲んでやりたいのは山々なんだが、私はシリウスト地方の領主であり三大貴族。民のことを考えるとどうしても見合いをはずすわけにはいかんのだよ。すまないね」


 彼はそう言い切ると立ち上がり、俺達に背を向け窓の外を見つめる。

 彼がなぜそういう態度を取ったのかは、なんとなくわかる。

 俺達の意見を通さなかった自身の顔を、見て欲しくないのだろう。

 ジェシーは自分の主張が通らなかったことが、ショックだったようで父親の後姿を見つめた後、悲しい表情を浮かべて俯いてしまっている。

 なにやら辛気臭い雰囲気が漂い始めた。

 そんな部屋の中俺は一つ疑問に思う。

 それは彼、ダルマさんが発した言葉の一文。


『民のことを考えると』


 俺はこの部分が気になってしかたがなかった。


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