第三節:告白
「ここが私の実家がある町、バンシリウストですわ」
「へ~きれいな町だな」
俺はジェシーに素直な感想を告げた。
町の入り口から見た感想ではあったが、目の前にはきれいな町並みが映りこんでいたため自然とそう口にしたのだ。
バンシリウストといわれるこの町は、王都とはまた違った感じの町で、王都が絢爛豪華とするならば、バンシリウストは豪華とはいかないまでも趣のある町である。
町並みは統一されており、それぞれの外観がほかの家の外観を壊すことはなく存在し、またところどころにちりばめられた花壇や街路樹が、町に潤いをもたらしている。
そんな町へは走ることにより30分ほどで到着することとなった。
うっすらと額に汗が流れ始めたが、そのかいあってか後ろにいたエマと思われる人物は、目を凝らしてみても見つからない。
どうやら撒けたようだ。
なにやらたくらんでいるみたいだが、彼女達のターゲットは間違いなく自分であると思われるので、わざわざ乗ってやるつもりはない。
「それじゃ行きましょうか。ちょうどこの町の中心にある屋敷が私の実家ですわ」
息を整えるために町の入り口に立ち止まっていたが、俺が町の外観を見ている間に、いつの間にか2人とも息は整っていた。
すると休憩は十分と感じたのかジェシーは、俺に言葉を残すと歩みを進め、町の中心へと向かっていった。
俺はジェシーに遅れないようすぐに歩き始めたが、確認のためもう一度後ろを凝視し確認する。
目線の先には、何1つ動くものがないのを確認すると、すぐさまジェシーへと向き直り、後ろを見たことで離れてしまった距離を駆け足で縮めたのだった。
町の中はその外観のとおり、落ち着いた賑わいを見せていた。
例えるなら、平日の遊園地といったところだろうか。
しばらく歩くと町の入り口からも姿を見せていた大きな屋敷が、その全貌を見せ始める。
さすがに、王都の城まではでかくないが、それでも庭だけでほかの家が5、60軒は優に建とうかというほどの広さを持っており、屋敷も普通の家の10倍の面積はあるだろう。
「あれ? ジェシーちゃんじゃない」
「あ、花屋のおば様。お久しぶりです」
屋敷を眺めながら歩いていると、目の前を歩くジェシーに声をかける人物が現れた。
年は50歳ぐらいだろうか、ふくよかな体と、人懐っこい笑顔をもつこの人物は、近所のいいおばさんといった感じだ。
おばさんはリヤカーに花を積み屋敷の方からでてきたので、おそらく花を売りに来た後なのだろう。
ジェシーもおばさんへと返事を返すと、その場へと立ち止まり軽く会釈をして挨拶をした。
「いや~本当に久しぶりね。たしかジェシーちゃんがこの町を出て行って、もうそろそろで1年ぐらいでしょう。おばちゃん心配してたんだよ。いくらジェシーちゃんが強いって言ってもやっぱり女の子だからねぇ~。いや~本当に無事でよかったよ。ん、ところでそちらの男性は?」
おばちゃん特有のマシンガントークで、有無言わさず話をし始めたおばさんだったが、その言葉にこもった感情には、言葉のとおりの意味が込められており、ジェシーを心配するものであった。
ジェシーもそのことを感じたのか、うれしいような恥ずかしいようなといった様子。
俺としても、自分の知り合いを心から心配してくれる人物がいるというのはなんだかうれしいものだ。
心配した後もおばさんはジェシーについて話すのかと思ったが、興奮が少し落ち着いたことによって視野が広くなり、横にいる俺に気がついて、ジェシーへと俺の事を尋ねた。
「私が入っている傭兵団の副団長のアキラですわ。ちょっと用事がありまして、一緒に来てもらいましたの」
「どうも」
俺はおばさんに軽く会釈をし、できるだけ印象がいいよう営業スマイルを展開する。
おばさんも俺に倣ってか、こちらへと会釈を返した。
「へ~ジェシーちゃん傭兵団に入ったのかい。それなら1人よりも安心だね。アキラさん、ちゃんとジェシーちゃんの面倒見てあげてね」
「えぇ、そのつもりです。ただ、どちらかというと自分のほうが面倒見てもらっている感じですよ」
おばさんに笑顔で、そう言われると、照れ隠しのため頭を左手でかきながら答えた。
実際、武器を預けていた時や、剣術指南といった形で面倒見てもらってばっかりなので、普通ならこの台詞は社交辞令として言うものだが、事実になってしまっているのが少し恥ずかしい。
「そう、それは良かったわ。それにしても用事があるからってジェシーちゃんが男の人を連れてくるなんて、びっくりだわ~。今まで一度もそんなことなかったのに。まさか……ははぁ~ん、なるほどなるほど。やっぱりジェシーちゃんも年頃なのね。もう結婚する時期になるとはね~おばちゃんも年取るわけだわ」
「おば様! ちがっ……」
おばさんというのはいつも突拍子もないことを言う。
さすがにその台詞にはジェシーどころか俺すらも驚いた。
思わず、ん!? とした表情になってしまう。
ジェシーも似たような感じで、驚いては顔を朱に染め、おばさんの勘違いをどうにか正そうと声をあげる。
しかし、おばさんはジェシーのその声に自分の言葉を重ね、ジェシーの否定の言葉をかき消してしまった。
「いいっていいって、わかってるわよ。町の皆には黙っておくから、えぇっとはいこれ、私からのお祝いね。それじゃ、私はこの辺で失礼するわね。いつまでも若い2人の邪魔をしちゃ悪いからね」
「ちょっと、おば様!」
「幸せになるんだよ~!」
おばさんの勘違いはとどまることはなく、ジェシーの必死の呼びかけをことごとく潰しては、自己解決してしまった。
そしてジェシーへ赤いバラの花束を手渡すと、そのままリヤカーを引いて屋敷から遠ざかっていったのだった。
まるで急に発生した台風のようだ。
俺は唖然としながらも、あの勘違いっぷりはすごいと思い、こちらに有無言わせずしゃべる話術は恐ろしいと感じた。
あのおばさんはきっとおしゃべりが大好きなのだろう。
でなければあの技術の習得は不可能だ。
そんなおしゃべり好きなおばさんが、ほかの人にこの話を話さないわけがない。
いくら言わないと言って心に決めても、口が勝手に動いてしまうことだろう。
なぜここまでの確信を持つことができるのかと言うと、自分の母親のしゃべり方とあまりにもそっくりだからであった。
俺は言いふらされた後のことを考えると、なんとなく恥ずかしくなる。
しかし恥ずかしくはあっても、隣にいるジェシーを見ると、いやな感じはまったくしなかった。
その後2人はしゃべる機会を失っていたが、おばさんの後姿が見えなくなると、場の空気は徐々に落ち着きはじめた。
ある程度もとの空気に戻ったことを感じ取った俺は、おばさんに対しての素直な感想をジェシーへと述べたのだった。
「なんか、パワフルなおばさんだったな」
「もともと明るい人でしたけど、今日は特にすごかったですわね」
2人して微妙に照れはあるものの、何とかいつも通りに繕ってしゃべることはできた。
「それじゃ、行こうか。ん? あぁそうだ、自分で知りたい知りたいと思っていたのになんだかんだで、まだ聞いてなかったんだよな。ジェシー、俺が必要な用事ってなんなんだ?」
このまま立ち止まっていてもなんなので、屋敷へと行こうとしたのだが、ふとさっきのおばさんとの会話で出ていた用事について俺は思い出した。
どうやら自分にも関係する用事のようなのだが、まだその内容について俺は知らない。
道すがら用事については何度か尋ねたが、教えてくれなかったり、教えてくれそうになっても邪魔が入ったりとで、結局聞けなかったので今の今まで延ばされていたのだ。
俺は改めてジェシーへと、顔を向けその口から答えが出てくるのを待った。
ジェシーは俺が顔を向けると顔を赤くし、うつむく。
さっきのおばさんに婚約者と間違えられたこともあり、照れているのだろうか。
それでも俺が用事の答えを待ち続けると、ジェシーは覚悟を決め、うつむいていた顔をあげ、強い意志のこもった目をこちらへと向けると、用事とは何なのか、はっきりとした口調で答えたのだった。
「アキラ、あなたを結婚を前提とする、婚約者として連れて来ました」
「えっ……も、もう一度言ってくれるか?」
「ですから、あなたを結婚を前提とする、婚約者として連れて来ました」
頭を何度か殴られたような感じがした。
どうも脳が正常に作動していないらしい。
ジェシーの口から婚約者と言う言葉が、俺に向けられて発せられたが、おそらく聞き間違いだろう。
だが、しかし……聞き間違いだろうとは思っても、ジェシーの真剣な瞳とはっきりした口調は聞き間違いというものを否定し、結婚を前提とする婚約者というものは俺であると決定付けていた。
「いや、その――えーーーーーー!!!!」
何か言おうと口にはしてみたものの、頭の中がオーバーヒート寸前で言葉にならず、驚きだけがあふれ出てきた。
今まで何度か女性と付き合ってきたことはあるが、好きだという告白の前に結婚についての話をされたのは初めてなので正直言って何がなにやらさっぱりだ。
「えっと、その、つまりだな……何かの間違いじゃないのか?」
驚きの一言が最初に出たため、その後口をあけてもそれ以上の驚きの言葉は出ず、焦りながらも、何とか意味のある言葉を口にする。
もしジェシーの台詞が間違いじゃなければ、これは正式なプロポーズとして受け取っていいのだろう。
ふと、ジェシー顔が目に映る。
端整な顔立ち、整ったプロポーション、三大貴族の娘という権力、そのうえ金遣いが荒いわけでもなくちゃんとした一般的な金銭感覚や、人との付き合い方も心得ている。
断る理由がまったくない。
むしろこんないい子が俺のものになりたいと言っているのだ。
これはいただかない手はない!
ジェシーの返事を待つ間ほんのわずかな時間であったが、俺の脳は焦りながらもすごい速さで決意したのであった。
「間違いありませんわ」
そして、俺の決意をさらに強固なものへと固める返答、もはや迷う余地はない。
そう思った俺はすぐにこう口にした。
「そうか、それなら男の俺の方から言わなきゃ失礼だよな、位も低いわけだし。俺、アキラ=C=シングウはジェシーお前に求婚を申し込む」
「!?」
片膝をつくと、そっとジェシーの手を取り、軽く手の甲へとキスをする。
よそから見たら馬鹿みたいかもしれないが、高まった感情はこれぐらいの恥ずかしい行動も素直にさせるほどの効果があった。
俺にそんなことをされたジェシーの顔は今日一番の赤色に染まり、目を見開き驚いていた。
「か、勘違いしないでくださいませ! その、あの、そのですわね。こ、婚約者といってもべ、別にほ、本当のこ、こここ婚約者にならなくてもよろしくてですの」
ジェシーはすぐさま自分の手を引き戻し、もじもじとしながら俺に対して勢いよく言葉をぶつけてきた。
ははぁ~んここにきて照れたか、なかなかじらすな。
「へ~じゃぁ、どういうわけなんだ?」
俺は立ち上がり笑顔をジェシーへと向けて問いただす。
なんだかんだで焦って顔を赤くしているジェシーはかなりかわいく、ついついこういう聞き方をしてしまう。
ガキか俺は。
「そ、そのですわね。おっほん。実は私、今回実家に戻ってきたのはお父様に見合いをしろといわれたためですの」
恥ずかしさを振り払うため、ジェシーは咳払いをして自分を落ち着かせると、どういう訳なのか語りだした。
その語りは先ほど俺に向けて言い放った婚約の時と同様、真剣なまなざしで、微妙ににやけていた俺の顔を引き締めさせるものだった。
「そ、それで」
その真剣な様子と見合いをしろというジェシーの言葉から、1つの真実が浮かび上がってきた。
できることなら考えたくはないが俺の考えた事実が、ジェシーの真の目的なら……。
「私としてはまだ、結婚する気はありませんし、傭兵を辞めるつもりもありませんわ。そこで見合いを断るために、傭兵団の中に婚約者がいますといえばお父様も諦めがつくかと思いましてその……アキラ、あなたにその婚約者の役を頼もうと思いましてつれてきたの」
ジェシーの言葉により俺の中で何かが壊れた。
別に自尊心とかだったらまだ良かった、俺の中で壊れたのはこれからのジェシーとの甘い生活を妄想したもので、幸せいっぱいの未来であった。
砕かれた破片が、胸へと突き刺さる。
痛い、痛すぎる。
恥ずかしすぎて穴があったら入りたい。
絶望に打ちひしがれる俺の顔はなんと言うか、それはそれは生気の抜けた顔になっていたことだろう。
しかし、その顔は長く続くことはなくすぐに力を取り戻すことになった。
「で、でもいくら芝居だからといっても、婚約のこ、告白もしていないのも、おおお、おかしな話ですわね。先ほどアキラからされましたし、私もしておかないといけませんわね」
精気の抜けた俺の顔へと視線を向け言い放つ。
その様子は腕を組んで、別にたいしたことじゃないのだけれどといった感じではあったが、その動作とは対照的にジェシーの顔はリンゴの様に赤く染まっていた。
「私、ジェシー=C=シリウストは、アキラ=C=シングウの婚約をお受けしますわ」
そう言い終わるとふぅっと息を吐き、すぐに後ろを向いてしまう。
「か、勘違いしないでくださいませ! あくまで芝居ですから!」
恥ずかしさを隠すためかいつもよりも大きな声で、そう宣言した。
そして屋敷の方へと早足で進んでいく。
その時のジェシーの顔は見ることはできなかったが、耳の先まで真っ赤に染めていたので先ほどよりも顔が熱くなっていることだろう。
俺はその姿をうれしいような、がっかりしたような、微妙な感情になりながらも、それでもなぜか自然と笑顔を浮かび、ジェシーの後を追いかけていったのだった。