第二節:追跡者?
町を出てはや3日。
進んでいた道は徐々にその姿を変え、今では最初に見た風景とまったく別の顔をしている。
また、暑い日差しを受けることにより、季節も春から夏へと変わっていくのを感じることもできた。
周りは徐々にではあるが着実に変化を見せ、時の流れを感じさせているというのに、ジェシーとの距離と、言葉のやり取りだけは一向に変わっていなかった。
「目的地はまだなのか?」
「もうすぐですわ」
つかず離れずの位置関係から発せられる言葉の応酬は、決まってこれだ。
つまり、いまだに俺はこの道を歩いている理由すら知らずにいる。
はっきりいって進展したといえるのは、目的地までの距離だけということだ。
できることならジェシーとの距離も縮めたかったが、なぜだか運良く道中に宿屋があり、2人だけの楽しい野宿とはならなかった。
別に野宿じゃなくても、同室ならいろいろと楽しめる! と思いもしたが、ジェシーが受付を済ませると、いつの間にかそれぞれ別の部屋に泊まることが決定していた。
いつもは皆1つの部屋にぶち込んでいるというのに。
この2人旅に関して1つの部屋に泊まれないということは、ちょっと……いや、かなり残念である。
普段の俺ならそんな不埒な考えは切り捨てるのだが、何も伝えられずいきなり2人旅を強要されれば勘違いを起こし、ついでに俺の中の狼も起こしてしまうというものだ。
今のところはその狼も理性という檻に入っているので大丈夫ではあるが。
一応この旅自体は楽しんではいるので、旅をすることに対しての文句はない。
だが、さすがに目的地は知らされず、つれていかれる理由もわからず、おまけにお預け状態というのはきついものがあった。
「なぁ、ジェシー。そろそろ訳を話してくれても良いんじゃないか? とりあえず今の今まで我慢してきたが、ゴールのない持久走をさせられてるみたいで結構精神的にきついんですけど」
「それは……ごめんなさい。そうですわね。確かに理由も話さずには連れて行けませんし、ここはきっちり話しておきましょうか。あと1時間もすれば目的地つきますし」
ジェシーは歩みを止め、たまたま道の隣にあった大きな石へと腰を落とし、端へ詰めると、人1人分空いている隣の部分をぽんぽんと手でたたき、俺に座るように促した。
俺はジェシーに誘われるまま、隣へと座る。
暑い日差しの中、熱気を奪うさわやかな風が流れると、ジェシーの髪がゆれ俺の首筋をなでるとともに、淡い洗髪料の香りが鼻腔をくすぐる。
(まずい、これはくる!!)
純情少年というわけでもないのに、胸の高鳴りを感じてしまった。
ジェシーはそんな俺のドキドキ感などお構いなしに、なぜこんな場所まで来たのか理由を話し始めた。
「今いるのがちょうどシリウスト地域になりますわ。軍備が整っていますし、保安隊が巡回などもしておりますので、比較的魔物の被害や犯罪が少ない所ですわ。それから……聞いています?」
「ん、あぁ聞いてる聞いてる。続きを頼む」
何食わぬ顔で聞いているとはいったが、俺はジェシーの話を理解することはできなかった。
何せ絶え間ない攻撃をしのぐので、いっぱいいっぱいなのだから。
風によって導かれたジェシーの髪の毛は、首筋から頬にかけてなぞるように進んでいく。
そして香りは風に乗り鼻へと運ばれてくる。
たったこれだけと思うかもしれないが、俺の理性の檻に大打撃を与えるのには十分であった。
たとえるなら近代兵器のバズーカーを1発ぶちかまされたようなものだ。
いかに鋼鉄製の頑丈な檻だとしても、近代兵器のバズーカーをぶっ放されりゃガタガタというか壊れていてもおかしくはない。
何とか冷静さをとりも戻そうと頑張っていたのだが、部分的に敏感になり始めた俺の体に追い討ちがかかる。
ジェシーの吐息が耳元をすっと通った。
サブマシンガンでの追い討ちはさらに理性の檻をぶち壊していく。
(もう少ししたら、壊れる!)
自分でも壊れるとわかるほど崩壊しかけた檻を気合と理性で修復するが怒涛の攻撃に、修理する職人すら撃たれかけていた。
「……いいですの、つまり私達は私の故郷つまり実家のあるシリウスト家に向かっていますの。なぜ向かっているかといいますと……」
場所を示すさいに、彼女は自分の鞄から地図を取り出し、半身俺との距離をとるとそこに地図を広げた。
絶え間ない攻撃もこうして終わり、檻の修復が崩壊スピードよりも上になると思われたが、予想以上の攻撃が待っていた。
地図を指し示すジェシーは、地図を見るため前かがみの体勢になっていた。
そして俺も地図を見るため前かがみとなった。
無論俺の方がジェシーよりも悲しいかな、座高が高いため彼女を見下げるような形となる。
するとどうだろう。
きれいな地肌から作られる2つの山が、そしてその2つの山の間にはとても深い谷間が目の前へと飛び込んできた!
ジェシーは常に胸当てをしていたため、その全貌はほとんど隠されたままだったが、今回は前かがみになることにより、胸当て自体の重さが災いし、胸と胸当ての間に隙間が生まれたのだ。
そこから覗かせる風景は、理性や気合といった最後の守護者達も傍観しろとささやき始めるもので、現に俺はそのささやきにしたがっていた。
「その……ですわね。つまりその……」
できることならじっと見ていたかったが、ジェシーが瞬間的に顔を上げたため、反射で視線をそらしてしまった。
だが、それにより理性だけがわずかに冷静さを取り戻した。
(あと1回、あと1回みたら、壊れる。いろいろと壊れる。……よし、見よう)
だが、その冷静さは自分の中にいる狼の檻が後どれぐらいで壊れるか、という分析をしただけで、衝動を止めるものではなかった。
そしてもう一度見ようと、視線を戻そうとしたとき、何かの光が自分の目に飛び込んできた。
何事かと思い、辺りを見回したが魔物の気配はない。
それにその光はジェシーにはわからなかったらしく、まだ前かがみでここにつれてきた理由を自分の中の何かと格闘しながら話そうとしていた。
気にすることはないと思ったのだが、この時ばかりは俺の眼福を邪魔された光について知りたくなり、光が差し込んできたほうをじっと見つめて正体を暴こうとした。
光が差し込んできたのは、俺とジェシーが歩いてきた道の方で、歩いてきたときには光を反射するような水溜りなどは一切なかったはずである。
怪しいと思った俺は、さらに目を凝らしじっと見つめていた。
すると、ずいぶんと離れた場所で何かが動いた。
魔物! とも思ったが、なにやらその場から動こうとしていない。
不思議に思った俺はさらに、じっと見つめると筒状の何かを目に当てている人だというのを確認することができた。
(まさか…………)
「ジェシー、そういえばさエマに許可もらったって言ってたけど、どんな感じで許可してもらったんだ? エマのことだ、すんなりって訳じゃないだろ?」
「え! え~っとですわね。……別にこれといって何も言われませんでしたわ。むしろ歓迎してもらえましたし。それがどうかしまして?」
(やはり)
不意の俺の問いかけに、何かと格闘していたジェシーは驚きながらも、冷静さを取り戻してしっかりと答えを返してくれた。
その答えを聞いて俺は確信する。
奴はつけていると。
俺はすぐさま立ち上がり、地図とジェシーの手を握ると一気に走り出した。
「ちょっちょっと! いったいなんですの!?」
俺の急な行動に、ジェシーは問いかけの時よりも驚き転ばないように必死で走る。
「いや、嫌な魔物が後ろにいたんで、逃げようと思ってね」
ジェシーの方へと顔を向けそう言うと、俺はそのまま走り続けた。
くそ~、逃がした魚は大きいとはこのことかと思いながら。