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夜明けの月  作者: びるす
シリウスト
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第一節:二つの頼みごと

 アキラの場合。


「ちょっとよろしくて?」


 不意に後ろから声を掛けられたのは、昼食を食べて部屋でくつろいでいた時だった。

 その声からはどことなく気品が感じられ、聞いているとなんとなく体がシャンとするものである。

 俺の知り合いにそんな声の持ち主は2人しかいない。

 そのうちの1人はなぜだか良くわからないけど知り合ってしまった、この国の王女セリア。

そしてもう1人は夜明けの月の団員、ジェシーだ。

むろん王女がこのような場所にくることはないので、声の主はジェシーその人となる。

振り返って確認してみれば、俺の予想通り、ジェシーは腰に手を当て後ろに立っていた。

 俺は読んでいた魔物の図鑑を閉じ、エマと5時間にも及ぶ激しい交渉の末買ってもらった伊達眼鏡の位置を直すと、彼女の話を聞く姿勢へとなった。


「別に良いが、何だあらたまって?」


「……身支度をしてついてきてくださる?」


「ん、別に良いが」


 ちょっとした間の後にジェシーが言葉を口にする。

 どうやら外へ出かけるみたいだが、買い物の荷物持ちでも頼みたいのだろうか。

 王都からこの町まで戻って早2日、昨日のうちに買い物などいろいろと雑務をこなしたはずなので必要なものはそろえてあるはずなのだが。

俺は疑問に思いながらも、新調したジャケットをはおり準備を整えた。


「それじゃ行こうか?」


「武器と着替えもお願いしますわ」


「え?」


「早くお願いしますわ」


「ん、あ、あぁ」


 少し強めに言われたジェシーの言葉に戸惑いを覚えたものの、俺は素直に返事をした。

どうもエマとかかわってから、女性に対してNOと言えなくなってきているような気がする。

別にジェシーの申し出を断るつもりはなかったので、いいといえばいいんだが後々不安で仕方がない。

 俺はジェシーに言われたとおりグローブをはめ、ウィップ、クロー、ソードパーツ、基本の3点セットの入った鞄と衣類を数点入れたリュックを背負った。

 王都へ行った時と似た格好だ。

 別にこの格好が嫌いというわけではないが、なんで武器と着替えが必要なんだ? と改めて疑問に思う。

だが、俺はその疑問を一時しまっておき、ジェシーへと話しかけた。


「これで良いのか?」


「えぇ問題ありませんわ」


 ジェシーは荷物をまとめた俺の姿を確認すると、そのまま部屋の扉を空け外へと出て行く。

 おかしい。

いつものように振舞っているジェシーだが、明らかに何かを抱えているようだ。

何をそんなに焦っているのだろうか。

 俺は軽く首をかしげた。

 彼女と知り合って間もないとはいえ、毎日顔をあわせているのでこれぐらいの異変には俺でも気がつく。

もしかしたら、セリアに言われた何かが関係しているのだろうか?

この町に帰る道中も、何かと考えていることが多かったような気もするので、当たりかもしれない。

 しかし、何の気なしにジェシーが俺を誘ったという可能性も捨てきれない。

可能性だけなら他のケースもあるだろう……。

俺自身の悩みでもないのに考えれば考えるほど深みにはまっていく。


(ん~、本意がわからん)


わからないものはわからない。

俺は頭を軽くふるって考えていたことをそこで打ち切ると、俺はジェシーの後を追うのだった。

 扉を開け、階段をくだり、宿屋の入り口まで行くと、俺と同じように荷物を背負ったジェシーがそこで待っていた。

 いつもは髪を結んでいないジェシーだが、どうやら今日は風が強いためか外に出ると後ろで髪を束ねていた。

 これはこれでそそるものがある。


「それじゃ行きましょうか」


「あぁそれは良いんだが、いったいどこに行くんだ?」


「ついてくればわかりますわ」


 ジェシーは俺との会話を早々に打ち切ると、すぐに歩みを進めていく。

 俺は置いていかれないように彼女の後をすぐさま追ったが、この行動の理由から、行き先、すべてにおいてさっぱりわからなかった。

 とりあえずはジェシーの後を追うことぐらいでしか答えが出なさそうである。

 そう感じた俺は言われるがままジェシーの後をついていくことにした。

淡々と歩いていく先は、店で賑わう中央通からはずれており、明らかに町の外へと向かっている。

もしこのまま外に出て狩りに出かけるというのなら、皆で行ったほうがはるかに効率が良い。

 少し心配になった俺は言葉を口にする。


「おいジェシー、町の外に行くならほかの連中に声をかけとかないと」


「大丈夫ですわ。団長さんには伝えてありますから」


 後ろを歩いていた俺にちらっと顔を向けてそう言うと、また何事もなかったかのように黙々と歩みを進めていった。

 だめだ、本当に見当がつかない。

 どうやらエマ達には話を通しているみたいなのだが…………。


(だめだ! わからん。このことに関しては考えるのをやめよう)


今日幾度目かの考えを停止すると、早足でジェシーの隣へとむかっていった。


「まぁなんだ、よくわからんが、誘いに乗りましょう」


「!? べ、別にあなたでなくても、そ、そのよ、よかったんだからね!」


 いきなり横から話し掛けられたせいか、ジェシーの返答はしどろもどろなものとなった。

 微妙に顔をも赤い。

 うむ。

 今のところは何がなんだかまったくわからないが、とりあえず今はジェシーと2人きりという、この状況をフルに楽しむことにしよう。

 風で乱れた髪を耳まで掻き揚げているジェシーの横顔をみて、心のそこからそう思うのだった。




エマの場合。


「ちょっとよろしくて?」


 昼食後すぐにわたしに声をかけたのは、我が夜明けの月の一員ジェシーであった。

 これから気晴らしに、お買い物としゃれ込もうとしていたのだが、どうもそうはいかないらしい。


「なに? 一緒に買い物に行くお誘い?」


「いえ、そうではありませんわ。少し話しておきたいことがありますの」


「ふ~~ん、まぁいいわ。とりあえずここじゃ何だから、あそこの店に入りましょう」


 そう言ってわたしが指し示したのは、この町の甘味所として有名なお店の一つ、フェリールであった。

 ふわっふわのスポンジに甘さ控えめのシロップがとろりとたらされ、フルーツがトッピングされているティコットというデザートがここの一押しである。

 昼食の後でも、デザートは別腹の私はジェシーを連れその店へと入っていった。


「結構混んでるわね。あっあそこが空いてるわ」


 店の中は女性客で賑わっており、繁盛しているようだ。

しかし、運が良いことに席には若干の余裕があったため、私とジェシーは問題なく座ることができた。

 ジェシーはテーブルを挟んで私の目の前へと腰をかける。

私は何も頼まないのもなんなので、テーブルのメニューから、この店の一押しと紅茶を頼む。

 決して甘い香りに誘われたわけではない。


「で、話って何かしら?」


「2、3週間この町を離れますわ。それとアキラも一緒に連れて行きますわ」


「え!? ん~~~そうね~。今はこれといって用事もないし、お金にも困ってないからいいわ、いってらっしゃい。なんか訳がありそうだから理由は聞かないでいてあげる」


 急な申し出にびっくりしたものの、これといって人がいなくなっても困ることはないので許可を出す。

 2、3週間ぐらいなら2人ほどいなくても今のところは問題ない。

 許可を出すと、ジェシーはほっとした様子で感謝の言葉を告げた。


「感謝しますわ。これで心置きなく実家に戻れますわ」


「実家!?」


「えぇ……先日人伝でお父様から家に帰るように、言われてしまったのですわ。私としては今までどおりギルドの仕事をこなしていきたかったのですけど、さすがにお父様の命令には私も逆らえませんの」


 一応気を使って訳は聞かないつもりだったものが、ジェシーの口からはぼろぼろとその内容が語られていく。

語っている当の本人はそのことを気にすることなくテーブルに肘をつき、顎をその肘を突いた手で押さえため息をついていた。

 それにしてもなぜ急に実家に呼び出されたのだろうか?

 そう考えた時、私の脳に電撃が走る。

その電撃はこちらからは絶対に聞かないでおこうと思った私の意志を打ち壊すのに十分であり、質問をぶつけるにはそう時間はかからなかった。


「……ジェシー、あなた見合いかなんか用意されてたりしない?」


「えぇ、そうなのですの」


 私の発言にためらいなく答えたジェシー。

 見合い。

結婚相手として適当かどうかを互いに判断するために、男女が人を介して面会すること。

そしてうまく行けばそのままお付き合いが始まり、ゆくゆくは結婚すると言う事である。

 これは聞かなければ。

 電撃により崩壊させられた意思は、ジェシーの肯定で塵へと消え私の口から次の言葉が語られた。


「わかったわ。それじゃアキラをつれてくのは見合いの断りと婚約表明?」


「そうですわ。もっとも婚約表明についてはアキラにその意思があればですけど」


 顔を赤くし答えるジェシー。

 しかしその言葉には嘘偽りはなく、しっかりとした意思が感じられた。

 

(これは……これはなんて面白いんでしょう!)


「そう! うん! わかったわ! 気をつけていってらっしゃい! 3週間……いえ! 1ヶ月夜明けの月から離れる許可を与えるわ!」


「そんなにかかりませんわ。でも、団長さんの気遣いは受け取っておきますわ」


 そう言うとジェシーはここの支払いとばかりにお金をテーブルへ置くと、店の出口で軽くこちらに挨拶をしてから店の外へと出て行った。

 私はジェシーが席を立った後に運ばれてきたティコットを食べながらつぶやく。


「ちゃんと聞いてた?」


「はい、ばっちり聞いてました」


「それじゃわかってるわよね?」


「もちろん」


 声の主は私の後ろの席に座っていた小柄の女性のもの。

体は小さいけれど、アキラよりも力の強いうちのアタッカー、リオである。

 私たちが店に入る前からそこにいたため居合わせたのは偶然なのだが、彼女がここにいて本当に良かった。

こんな面白い話を、私1人で楽しむなんてもったいない。


「これは、つけるしかないわね」


「そうですね。リット達はどうしましょうか?」


「そうね~……、いればいたで役に立つとは思うけど、コドラとのんちゃんの世話もあるし、置いてきましょう」


「わかりました。それじゃリットには私から言っておきます」


「うん、よろしく」


 そう言うとリオは立ち上がり、ジェシーと同じようにこちらに挨拶をしてから店を出て行った。

 それにしても本当に面白いことになってきた。


(ギルバーンが終わってからなんかやる気が出なかったんだけど、くっくっくっく。楽しみだわ。)


 私はティコットを口に運びその味を楽しみながら、これからについての策略を練るのだった。


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