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夜明けの月  作者: びるす
ギルバーン
42/89

第十五節:決勝戦

「ん~盛り上がってきたし、そろそろ本番って事で良いかな?」


 目の前の槍を持った男が軽口でそんなことを叩いているが、冗談ではない。

こちらは最初から本気でやっている。

決勝戦が開始されて早5分、会場は1試合前の模擬戦とは比べ物にならない盛り上がりを見せ、メインのイベントの役割をしっかりとこなしていた。

 だが、その盛り上がりの大半は目の前の男のパフォーマンスであり、俺との戦いで盛り上がったのかと聞かれれば首をかしげるところだった。

 目の前で槍を回し観客にアピールしているこのシュウという男。

リットの情報によればどうやら今大会の中で2番目に当たりたくない人物らしい。


「なんだよそれ! そんな奴と戦いたくないんですけど」


 思わずリットに向かって言ってしまったが、彼が言うには、


「僕達も彼らと戦ったんですから、アキラさんもあきらめて戦ってください」


 だそうだ。

 どうも、チーム戦で戦ったチームの1人だったらしい。

 あの時は危ないと思い、急いで飛び出して攻撃を防いだため、眼鏡でポニーテールをしているきれい系の女が相手チームにいることしか覚えていない。

 やっぱりポニーテールはいい。

あれは男のロマンの1つに数えられる。

今度あったら一声かけてお茶にでも誘いたいものだ。

 ……脱線してしまったが、とにかく強さで言えば傭兵の中でベスト3に入るらしい。


「弱点は!?」


 ここまで勝ち残っているのだから強いというのは覚悟をしていたが、そこまでの強さとは考えてもいなかった俺は、そうリットに強く聞いてしまった。

 よく考えればそれほどの男に、聞いて分かるような弱点があるはずないのだが。

けれど予想に反しリットが返した返事には、彼の弱点がしっかりと含まれていた。

ただその弱点というのは、あまり参考にならないものだった。


「なくはないですが、多分弱点を突くのは無理ですよ? なんたって彼の弱点は聞くところによると女の人らしいですから」


それはほとんどの男に当てはまることなので、弱点というものではない。

俺もそのほとんどの男に当てはまっている。

 そんな俺の勝利を絶望的にする男、シュウ。

彼の特に注目する点は、その槍捌きで槍を持たせれば右に出るもの無しだそうだ。

 戦ってみて俺もそう思う。

 本気を出していない彼の攻撃を、盾と剣を使って防ぐので精一杯なのだから。

 槍を両肩に担ぎ、案山子のように腕を槍に引っ掛けた状態で自分自身が回りながら攻撃を繰り出してみたり、


「危ないからしっかり防げよ」


 などと言っては自分の槍を投げる。

こちらが必死で防いで槍を弾き飛ばすと、槍が地面につく前にキャッチし、軽口を叩いてまた投げるなどふざけた戦い方だ。

 そんな戦い方をされているのに、俺は防ぐのに必死なのだから、情けないというかなんと言うか。

 ただこれらの行動でわかったことは、このシュウという男、残念なことに間違いなく俺よりも身体能力が上だということだ。

 力は競り合ってないのでまだ分からないが、跳躍力、体力、瞬発力と抜きんでている。


「くそ……SSってここまで違うものなのかよ! やっぱりなまりきった社会人の体じゃ異世界パワーアップでも限度か、高校の時こっちにこれたならもうちょっとましに渡り合えたかもしれんが…………こりゃ体鍛え直しが必要だな」


 まだまだいけると思っていても、全盛期はとうの昔に過ぎている。

こちらの世界に来てからの劇的な変化のせいで、昔以上の力が出ていただけのことなのだ。

 しかしそれもここまで、元が高校陸上で力を出し尽くした出涸らし。

俺が強くなるには、これからは自分自身を苛め抜くしかないようだ。

ちなみに戦闘中に自分の強くなる方法など考えているなんて余裕だなと思われそうだが、余裕じゃなくて現実逃避の一種である。


「よし! それじゃここから本気だから覚悟しろよ? それ!」


 早い! 合図した後のシュウの動きは今まで以上のものだった。

距離があったためシュウの体は線で捉えることができたが、高速でぶれる槍の先端は狙いが分からず捉えることができない。

 このままではと思った俺は奴の勢いを消すため横に動き、シュウの槍の先端が俺から外れるように仕向けた。

 だがシュウの反応は俺の予想よりも早い、槍が届くが届かないかのぎりぎりの距離まで詰めて来ていた彼は、俺の筋肉の動きを読みほぼ同時に横へと動いたのだ。

 槍の先端はいまだ俺の体を指し示し、今か今かとその刃を輝かせている。


「はぁ!」


 そしてついにその刃が牙を剥く。

横への高速移動中にもかかわらず、正確に俺の右腕を捉えた槍は赤い雫を散らし、また俺の体を狙う。

 槍に突かれた右腕はたらーと血が流れ赤く染まっていく。

 シュウの動きはかろうじて目で追う事はできた。

だがそれも何とかといった程度、狙われたと分かった右腕を軽く曲げるぐらいしかできなかった。

 そんな些細な行動しかできなかった俺だが、正確に放たれた槍の直撃はどうやら避けられたようだ。

もっとも避けたといっても腕にはかなり深くえぐられた切り傷ができている。


「右腕は……まだ何とか動くか……それにしてもなんだあの正確さは、老獪な達人が放つならまだ分かるとして、俺と同じぐらいの年の奴が何であんなことできるんだよ!」


 未だ向けられる槍に注意を払いながらも、直撃を回避するため精一杯動き、少しでもヒットポイントをずらそうとしている。

 ただそれをあざ笑うかのように、シュウは俺の動きにぴったりとついてきていた。

このままではさっきの二の舞だ。


「ぐっ!」


 俺は意を決し傷ついた右腕を思いっきり振るった。

ビュンと風斬り音を発しながら振るった右腕は予想以上の反動があり、傷をより深いものとし、あまりの苦痛に顔をゆがませ声が出る。

 だがこれで良い。

なんとしてもやつと距離をとらなければ勝機はないのだから。

 普通の奴が見たら、何馬鹿なことを、と思うかもしれないが無論この行動には意味がある。

移動中も流れ落ちる血は、ついにソードの先端まで達しそこからポツリポツリとたれるまでになっていた。

 そこで急激に腕が振られ、強力な遠心力が発生する。

それにより血は一気に飛び散っていった。

そうシュウの目へと。

 むろんきれいに当たるとは思っていない、ただ少しでも飛びのいて避けてくれさえすればよかったのだ。

 幸運にもシュウは俺の考えたとおりに、後ろへと飛びのき血を回避する。

槍の間合いからはずれた俺の体は、すぐさま反転し用意してあったパーツの入ったかばんのところまでたどり着くと、痛む右腕に鞭を撃ちかばんをあけ中身を闘技場へと投げ放った。


「おまえなにやってんだ?」


「さぁ? なんだろな?」


 その行動にシュウは疑問を持ち話しかけてきた。

しかし、その疑問に答えてやるほど俺は余裕がないので、適当にはぐらかす。

 これで何とか準備は整ったが果たしてうまくいくかどうか……。

こちらの不安要素はたっぷりだ。

奴の攻撃から逃げるために使いすぎた体力がどこまで持つか、俺の作戦が通用するのか、もっともこれが通用しなければ俺が負けるだけである。

 歓声が鳴り響く舞台で繰り広げられる決勝戦は、俺の踏ん張りにより続いていく。

 横なぎの一閃を瞳が捉えるのと同時に動く。

かすかに見えた光が、目の前を通るとはらりと髪の毛が地面へと誘われていった。

 攻撃が終わり一呼吸置くとまた攻め立てられる。

切り替えし、襲いくる刃は確実に俺の姿を捉えていた。

 なんとか一瞬の隙をつき、舞台が自分に有利なように細工をしたものの、それでも実力の差はあまりにも大きく、未だにこちらの攻撃は当たっていない。

それどころか奴の攻撃は鋭く、危険と判断したものだけでも避け、弾こうとするがスピードが足らず確実に傷を増やしていた。

 つけられた傷が10を超えたあたりから、洋服は赤黒く染まり今では乾いている方を探すのが難しい。

 俺は血で重たくなったジャケットを破り捨て、シュウの動きを伺った。

 構えは低く、眼光は鋭い、両手で持たれている槍は小刻みに揺れ、狙いをどこなのかわからなくしている。

 強い、この二文字だけが頭に浮かび、敗北、の二文字が体へと刻まれていく。

 血を流しすぎたのか、いつもよりも息が荒い。

肩で息をし、汗がにじみ出る。

 だからといって戦いを終わりにするつもりのない俺は、シュウに睨みを利かせ反撃のチャンスを狙っていた。

そんな緊迫した状態だったのだが、奴は何を思ったか、奴は構えを解いて語り始めたではないか。


「あんたか? レベアル倒したって噂の人物は?」


「……一応な」


「ふ~~~ん……全部ガセって訳じゃなさそうだけど、ちょいと実力が足りない気がするんだけどな」


「だろうな。あの時は偶然に偶然が重なって、奇跡が起きただけさ。それにあの時より戦いなれしたといっても、それを補うほど強力な武器を、ついこないだ知り合いにやっちまったんでね。残念だが今の俺で我慢してくれないかな!」


 会話が終わると同時に切りかかる。

不意をついたつもりの攻撃は、簡単に槍にいなされてしまう。

 その動きは槍自体がまるで生きているようで、俺はシュウを相手にしているのか、槍を相手にしているのわからなくなるぐらいだった。

 意識が驚きから、感心に移ってしまった頃には、槍は傷ついている右腕を絡めとり、その腕を滑走路とし体へと突き進んでいく。

 そして新たな傷が増え、血がまた流れ始めた。

 今度の傷は深い、がまだ大丈夫なはずだ。

間一髪、武器をはずすことで軽くした右腕を勢いよく体へとひきつける事により槍の軌道をそらしたためだった。

 後コンマ何秒か遅かったら、ケーキに蝋燭を立てるように深く、きれいに突き刺さっていただろう。

 さすがにこの攻撃には、背筋に悪寒を感じてしまう。

こいつ俺を殺す気か? と疑ってしまうほどだ。

 いくら殺人は厳禁であり、前例でも死者は出てないと言ってはいたが、俺はSランク以下で決勝まで進むというギルバーンの歴史を変えた男、死ぬことでまたその前例を塗り替えてしまうのではないかと心配になってしまった。

 けれど、俺は死ぬ気はない。

だからといってすぐに降参するつもりもなくなった。

なめられすぎたことにより、男の子の意地ってのが出てきちまったらしい。

悪い癖だ。

 先ほどの攻撃により胸に大きく切り込みが入り、他人から見たらドクターストップものの体を動かす。

 それにしても胸に攻撃した後に、追撃がなかったのは幸いだった。

もしあの後にもう一撃食らわされていたら、さすがに俺でも生きていたかどうか危うい。

 恐れらく追撃をしなかったのは、この攻撃で勝敗が決したと思ったからだろう。

無理もないか、ぶっ倒れちまったし俺。

けどまだ終わっちゃいないぜ。

 決着がついたと思ったシュウは、俺に背を向け中央へと向かっていた。

後もう少ししたら司会がでてきて勝利宣言する位置だ。

 俺は渾身の力を足へ込め、勢いよく立ち上がるとその力を利用し、遠心力で腕が折れそうになるのを我慢しながら、盾をシュウに向かって投げつけた。

 盾は左腕からカキンと外れる音を出すと、勢いよくシュウへと向かっていった。

このまま何もなければ、20キロ近い鉄の塊がシュウへとぶつかる事になるがそこはさすがSS、後ろにも目がついている。

 風の動きか、投げた時の俺の気配を察知したのだろう、すぐさま振り向き槍で盾を叩き落したのだ。

 しかし、これぐらいは俺も予想していた。

そう盾はあくまで囮である。

 本命は自分自身と突撃だ。

俺は盾の直線状に並び、奴の視界から自分の姿を消していたのだ。

 シュウからしてみれば、突然伏兵が現れた感じではないだろうか。

 盾を叩き落したことで隙の生じた体へと、俺はソードを突きたてた。

 手ごたえはない。

捕らえたと思った体は、なぜか俺の右前方に移動している。

 そして、突きたてたソードは思いっきり槍で叩き上げられた。

右の肩が負傷しているとはいえ、叩き上げられた右腕は抵抗することは許されず、肩の根元から引きちぎられるような錯覚を覚えた。

 本能的に危機を感じ取った俺は、何とか右腕に力をこめソードを切り離す。

切り離されたソードは支えるものがなくなり、シュウの叩き上げの力を一身に受け天高くへと舞い上がった。

 何とか右腕の自由を取り戻すことができたが、非常にまずい。

 両腕にパーツがついていない状態となってしまった俺は、この状況を危険と判断し、すぐさまバックステップで距離をとり右の拳を地面へと叩きつけ、配置しておいたクローパーツを装着する。

 そしてお互いが体制を立て直すと、俺が動き出した時からシーンと静まり返っていた、闘技場が今日、いや今大会で一番の盛り上がりを見せた。

 負けたと思った者の意外な攻撃が、人々の注目を集めたのだ。

 しかし、いくら注目を集めたといってもこの場は好転しない。

 戦いを開始してそれなりに時間は経過しているが、こちらは傷だらけで満身創痍、相手は無傷でぴんぴんしている。

 はっきり言おう、俺は負ける。

 血を流しすぎたため、立つこともつらくなり始めた体で目の前の男に勝つことは無理だ。

傷の一つつけることでさえ難しいだろう。

 おまけにこうして睨み合っているだけで、俺の体力は徐々に失われていく。

後3分もすれば、どっかの宇宙ヒーローのように倒れてしまうかもしれない。


「「アキラさん、がんばってください!」」


「わいの武器の真骨頂見せたって!」


「アキラ! あなた男でしょ! もう少し踏ん張りなさい!」


「負ける気で挑んだら、後でひどいからね!」


 不意に夜明けの月の団員達の声援が、耳元へ届く。

これはやるしかない。

俺はわずかに残された体力をすべて燃やしきることをここで決定させた。


「えらくモテるな。お前」


「知らなかったのか? 圧倒的な強さで勝ち抜く英雄より、苦しみながらも努力し勝ち進む英雄の方が人気あるんだぜ?」


「へ~そいつは知らなかったな」


「それじゃ、勉強料として勝ち譲ってくれないかな?」


「高すぎ。準優勝で我慢しな」


 会話が終わると一斉に動き出した。

こちらが先制したかったが、やはり動き出すのはボロボロな俺よりもシュウの方が早く、槍が首を刈るように攻めてくる。

 だが、先ほどの声援で気持ちが高ぶりアドレナリンがでまくっている脳は、体と右腕を動かし槍に反応する。

 そしてクローと槍が交わろうとした時、右手に力を込め、クローパーツを取り外した。

見た目だけなら右腕にしっかり固定されているように見えるが、あくまで見えるだけだ。

 案の定槍はクローパーツを吹き飛ばし、場外へと運んでいった。

しかし、これによりシュウの隙ができた。

槍から伝わってきた予想外の感触に、反応が一瞬鈍ったのだ。

 俺はその一瞬で奴の後ろに回ると、近くにあったソードパーツを右腕で叩きつけるように装着し、先ほど叩き落された盾を蹴り上げ、空中で殴りつけ装着する。

 そしてその勢いのまま盾で体を隠し、その脇からソードを出して襲い掛かった。

 右腕にわずかな感触と、左腕にこれまで感じたことのない衝撃を受ける。

 ソードから伝わってきた感触は俺の祈願であった、シュウへの一撃を食らわした証拠の感触だった。

シュウの右二の腕に、わずかなかすり傷を付けただけではあったが、一撃を食らわしていた。

 左腕の衝撃はシュウの槍の一突きによるものだった。

あの体勢から反撃をしてくること自体驚くことだったが、それよりも驚かされたのは槍が俺の顔の前にあったことだ。

槍が盾を貫通し、俺の鼻先で止まっている。

 後で聞いた話だが、奴にとっては自分の後ろも攻撃の範囲であり、しかももっとも強い一撃である奥義『一閃』を繰り出すことのできる位置だったらしい。

 体はボロボロ、戦う体力はさっきの行動で完全燃焼、その上目の前には槍の刃が、これはもうこう言うしかない。


「まいった」


 ギルバーンの決勝はこの一言で、幕を下ろすことになった。

激戦を物語る俺の体に、惜しみない拍手が染み渡る。

 そして、司会が勝利宣言をしようとした時だ。

何とか中央まで行き、奴の勝利宣言を一番近くで見てやろうと思ったのに、なさけない。

俺は意識を手放していた。


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