第十四節:控え室
俺の試合の後、決勝までの休憩として模擬戦が行われていた。
決勝戦の試合開始は後2時間ほど、その時間で自分の傷を治す事が勝利の分かれ目といったところだ。
ただいくら傷が完治したからといって、勝てるかどうかと聞かれたら『勝てます!』と元気で答えることはできそうにない。
「決勝戦は、なんとギルバーン初、Sランク者以外が行うという事態になりました! これは非常に楽しみですね。それではお楽しみの決勝戦の前に、前菜として模擬戦をご覧ください。私の右手にいるのが…………」
先ほど司会が模擬戦の前にいった口上で、そう話していたので、自分がいかに稀な存在かを確認することができた。
しかも聞いた話では相手はSSランクのシュウという男。
Sランクでさえ逆上させて隙を突き、何とか倒せたってだけなのにそれ以上強い相手となると、やはり気持ちは憂鬱へと傾いていく。
「情報収集はリットに任せているけど、どうしたものかな。詳しく探ってきますって言ってたから、結構時間が掛かってるんだとは思うけど。ハンスには武器の手入れをして持ってくるように言っといたから時間ぎりぎりに来るだろうし、ジェシーとリオは席取りしてるって言っていたから来れないか……」
不安のあまり口に出して現状を語ってしまっている。
プレッシャーに弱い自分を自嘲気味に笑う。
だが、笑っても不安は消えることはなく、むしろ増すばかり。
そしてその不安に比例するように、独り言が増えていった。
「それにしてもエマが来ないってのが釈然としないな。もしかして相手がSSって話だからあきらめたか? あきらめたにしてもやっぱり一声ぐらい欲しいよな決勝だし」
あーだ、こーだと1人つぶやきながら愚痴を言ったり議論したりと、気持ちを落ち着かせるつもりでやっていたのだが、効果は上がらなかった。
むしろそれはマイナスに働いて、気持ちがどんどんと沈み、控え室の空気が淀んでいった。
こんな気持ちじゃいけないとはわかっているが、格上中の格上と戦わなければいけないとなるとやはりこうなってしまう。
なんといっても相手はSSランク。
モンスターで言えばレベアルと同じランクである。
そんな奴と戦わなくてはいけないのだ。
恐れて冷静になれないのも当然。
「ふぅ、水でも飲みに行こう」
このまま控え室にいても気持ちが落ち込むだけなので、気分を変えるため、そう独り言を口にし控え室を出た。
廊下に出ると控え室の静けさが嘘だったようにざわざわと、人の声が聞こえる。
控え室のきれいな壁とは違い、岩を削りブロック上に積み上げられ作られた廊下は、その構造から岩同士に多少の隙間ができているためか、舞台の状況が歓声とどよめきである程度把握することができる。
どうやら、未だに盛り上がっているので模擬戦の決着はついていないらしい。
「俺とシュウとかいう奴の前菜として盛り上げているみたいだけど、メインが食前酒にも満たない戦いだったらどうしよう」
歓声を聞き、自分が刹那の勢いで負け、この盛り上がりに水を差してしまわないかという不安も出てきてしまっている。
あまりにも盛り上がるギルバーンのテンションに、プレッシャーで胃の辺りが痛くなってきた気がした。
ふぅっとまたも息を吐き、その痛みは気のせいだと自分に強く言い聞かせると、当初の目的である水を飲むという行動を行うべく、舞台の音に集中するために、立ち止まってしまっていた足を動かし始めた。
コツコツと歩き始めてすぐ、またもその行動は中断させられる。
目の前に現れた大小2つの影によって。
「おぬし、何をそんなに落ち込んでおる。聞けば決勝まで残ったというではないか」
小さい方の影が発する声は紛れもなくこの国の王女、セリアのものであった。
うつむいて歩いていたため、自分の目の前に来るまで気づかなかったのだ。
声に反応して顔を上げると、案の定そこにはセリアの顔があり、強気な微笑が見えた。
そして少し顔の角度を変えてもう1つの大きな影を見ると、できることなら二度と見たくなかった騎士様の顔がにらみを聞かせてこちらを見ていた。
「ははは……、本当に見に来たのね」
「当然であろう。ギルバーンの優勝者には王自らがその栄誉をたたえ、賞金の授与をしておるのだから。もっとも今回は父上と兄上が所用でいないため、わらわの仕事になったためでもあるが」
「それでお付の人と一緒に朝からいたのね」
そういってゼルバの顔を見ると、先ほどからずっとこちらを睨んでいたその瞳にさらに力を加えプレッシャーを与えてくる。
こんな奴と戦ったのに、俺は何で生きているのだろう。
そんな俺の気持ちを頭の良いセリアは、俺の顔と動作を見て察しただろうが、ゼルバに注意を促すことはなく話を進めた。
「打ち合わせも多少あったからのう。ただわらわにはこの行事のほかにも、この所遊んでいたせいで仕事がたまっておったから、そのまま城へととんぼ返りじゃ。じゃから残念なことに未だに試合の1つも見ておらぬ」
セリアはいかにも残念そうに肩を落とし、少し演技じみたがっかりを体で表した。
その行動に嫌な予感しかしないが、ただここで話を切り上げて水を飲みに行くわけにもいかず、セリアの口が動くのをただ待つこととなった。
「決勝戦は最初から最後までじっくり見るのでのう。わらわを楽しませて欲しい」
嫌な予感ほど当たるもので、案の定見事に的中した。
王族の頼みごとプラス、手を胸の前で合わせ美少女による上目遣いのお願い攻撃。
断れる理由なし! むしろ断ったら色々とダメ! 男としてダメ!
そんなテロップが頭の中を駆け巡る。
「わ、わかった! 楽しみにしておけよ」
無理難題であるにもかかわらず、俺は笑顔でセリアに返答した。
プレッシャーで顔には汗が流れようとするのを、必死にこらえながら。
その行動は今までやったことがない挑戦であったが、顔の触覚が汗の流れを感じなかったので、何とか成功する。
たが、その代わりにとばかりに、背中には尋常じゃないほどの汗が流れているのを感じた。
そのせいか落ち着かせるために水を飲みに行こうとした俺だったが、本当にのどの渇きを覚えた。
「そうか。ならわらわは特等席でおぬしの散りざまをしかと目に焼き付けておこうかのう。それと、わらわに焦りを悟らせないようにするなど百年早いぞ」
そうセリアは言葉を残し、くすっと笑いながら軽くウィンクをして俺の横を通り過ぎていった。
どうやら俺のポーカーフェイスは無駄だったようだ。
さすが腹の探りあいが日課の王女様である。
セリアのウィンクにより多少やられたと感じたが、これにより気持ちが落ち着いたのを俺は実感することができた。
子供の癖にと思い感情が落ち着いた気がした。
だがそれも長くは続かなかった。
セリアの後を追うゼルバが横を通り過ぎた時に、俺にしか聞こえない声で言い放った言葉によって。
「姫様の期待に添えなかったときは、わかっているな?」
今度は間違いない。
胃が痛い。
俺はそのままセリア達の足音が消えるまで、その場から動くことはできなかった。