第十三節:準決勝
闘技場の出入り口の廊下は興奮冷めやらぬ観客の声が響いていた。
さすがに舞台上とまではいかないまでも、その声の大きさはそれでもすごいと感じられるものだった。
そんな廊下に1人の男が立っている。
ハンスである。
彼は俺を発見するなり、勢いよくこちらへ駆け寄ると口を開く。
その声はここに響く歓声よりも大きなもので、代償を支払い非常に疲れている俺に更なる疲れを上乗せさせるものだった。
「ひどいっすよ! 何で武器を使ってくれないんすか!」
彼の第一声はそれだった。
ハンスの言うとおり、カスタムパーツはここ2回うまく使われていない。
止めを刺したのは皆己の体である。
だが、だからといって武器をまったく使ってないわけではない。
「使っているだろ。それともなにか? 俺に着脱せずに無謀な戦いをして負けろとでも?」
「それはちがうっす! 着脱せずに優雅に勝ってほしいだけっす!」
「できるか!」
真剣にそう訴えかけてくるハンスに、グローブをはずしていない拳で拳骨を食らわす。
ゴツと良い音がすると、ハンスはその場に崩れ落ちのたうち回る。
一方拳骨を食らわした俺も腕の怪我のことを忘れて打ちはなったため、屈んでその痛みに耐えることとなってしまった。
「あんたら何やってんの?」
痛みで悶えていると、心底あきれた声が、廊下の奥の方から聞こえてくる。
徐々に歩み寄ってきたその姿は、紛れも無く我らが団長エマだ。
「いや、ちょっとした事情で」
「ふ~~~ん、まぁいいわ。アキラとりあえず1勝おめでとう。この調子でがんばってくれると良い感じね」
「俺もそうしたいのは山々だけど、さすがに優勝ってのはやっぱりきつくないかなって思っちゃったりなんかしちゃったりして」
俺の言葉の途中で、エマが表情を変えたため思わず言葉を濁してしまう。
だからあのなんかわからんオーラが出る顔はやめてもらい。
無条件で逆らえなくなる。
「とりあえず後2勝がんばってもらうからね。返事は?」
「はい……」
「よろしい」
あぁもうどうにでもしてくれとうなだれる。
うなだれると、ハンスが視界に入ってきた。
まだ痛がっているようで、頭を抑えてプルプルと震えている。
(かわいくない、小動物だな)
そんな感想が浮かび上がる。
「それでこれからどうする? 腕の治療はもちろんだけど、敵情視察のために試合を見る?」
「いや、飯。食って治す」
「……そう。それじゃ皆で食堂行きましょうか。ちょうどお昼だし。あ、そこの奴もちゃんと拾ってきてよ?」
「えっ……あの俺、腕が尋常じゃない色してるんですけど、わかってます?」
「腕がだめなら足をお使い! おーほっほっほっほっほ! ってことでよろしく」
どこのだれの物まねだかわからないが、手を口元に当てて笑った後、すちゃっとこちらに敬礼のように手で合図するとエマはそのまま出口へと行ってしまった。
怪我人の上、重装備持ってるんだけどな~。
「なんか、俺文句言ってすまねっす……」
「いや……わかってくれればいいさ」
痛みが引いて歩けるぐらいになったハンスに、肩にぽんと手を置かれ慰められる。
日に日に扱いがひどくなっていると感じるのは間違いじゃないだろう。
(昔はあんなに親切……いやそこまで親切ではなかったか)
などと思い浮かべながら重い体で、エマの後を追ったのだった。
「あんた嬉しそうね」
「うん、いやまぁ……ある意味男のロマンの極致を体験してるんで」
その後何とかエマに追いつき、皆と合流した。
そして俺の意思が尊重され、食堂へと向かったのだ。
食堂は闘技場の近くにあり、なおかつ昼時だったためかなりの混雑振りだったが、ギルバーン出場者と言ったらすぐにテーブルが用意され座ることができた。
この辺はギルドの配慮らしい。
席に着いた俺はとりあえず肉類のメニューを片っ端から頼み、破壊された筋繊維の修復に専念することにした。
普通ならそんなことしても無理だと思うが、俺自身の回復力を信じてたんぱく質の摂取に徹底することにしたのだ。
そしてメニューが届きいざ食事をしようと思ったのだが、腕が痛くて食べられませんという落ちになってしまった。
試合中は何とか動かせていたのになぜと思ったが、考えてみるとアドレナリン大量分泌中で痛みの感覚が鈍っていたのだと結論に至った。
ハンスを殴ったときはその余韻がまだ合ったため、ぎりぎり動かせたといったところだ。
そんなわけでナイフとフォークを持った時点で、叫び声にも似た声を上げてしまったためそれを見かねた、ジェシーが、
「仕方ありませんわね。私が食べさせてあげますわ」
と、口元まで食事を運んでもらうこととなった。
いわゆる『はいアーン』『アーンん~~~おいし~~~』と馬鹿ップルがやるあれの状態になったわけである。
「アキラさんの食事の速さは1人じゃ無理ね。私も手伝うわ」
とジェシーに倣いリオまでも、馬鹿ップルの演出に手伝ってもらうこととなった。
そんなわけで俺は今、めちゃめちゃ気持ちよく食事をしている次第である。
「それにしても相変わらず、すごい早さですね。3人でもいけそうな。はい、アキラさん」
リットがそういうと、俺の口元へ焼かれた肉をフォークで運んできた。
「ん、とりあえずもらっとくが、リット」
「はい、なんです?」
「野郎にやられてもうれしくもなんとも無いんだが」
「ですよね」
知っていてやったのか、俺の反応を予測していたらしくリットがこの後、俺に食事を運ぶことは無かった。
「で、アキラ。次の試合はどうするの?」
エマがエールを飲みながら俺に質問を投げかけてきた。
この世界の住人は酒の飲む時間なんてお構いなしである。
「とりあえずは、盾で守りを固めて、今度はジェシーに習った剣術あたりを使おうかと思ったんだが」
「ふ~~ん、一応は考えてるみたいね」
「考えなしだったらBランクの俺が勝ち残ってるわけ無いだろ」
「それもそうね」
何げなくスムーズに会話をしているが、その間も俺はジェシーとリオによって運ばれてくる食事を口にしている。
いくら怖いエマとの会話でも、この男のロマンを捨て去るなど言語道断だ。
「にしても、あんたつくづく人間離れしてるわね。あんたの腕、徐々に肌色に戻ってきてるわよ」
「あ、ほんとっす。さっきまでどす黒くてとても人の腕には見えなかったのに」
全員の視線が俺の腕へと注がれた。
エマが指摘したとおり、人の腕とは思えないどす黒い青さが引き、肌色に戻りかけている。
確認のため少し腕を動かしてみると、痛みと軽い熱がまだ感じられるがそれでも先ほどとは比べ物にならないほど動かしやすくなっていた。
「まだ痛みは引いていないけど、何とかなりそうな感じだな」
「それじゃ、ジェシーとリオに食べさせてもらわなくても大丈夫そうね」
「え!? そ、それは……」
エマの一言は俺からロマンを奪う一言であった。
ジェシーとリオを交互に見ていると、
「も、もう1人で食べられますわね。私がこんなことしていたのは夜明けの月の一員としてあなたに勝って欲しかったからであって、深い意味はありませんわよ」
「私もそういうことです」
ジェシーが声を張り上げて言うと、リオもくすくすと笑いながらそう答えた。
はかない夢が打ち崩された瞬間だった。
するとそこをあえて狙ってかリットが、
「それじゃ、僕が食べさせてあげますね~」
「……お前わざとだろ」
「はいわざとです」
にこっと微笑んで食事を口元に差し出す。
(リットまでエマに感化され始めたか?)
そう思いながらも、リットの差し出した肉にかぶりつくと、自分でナイフとフォークをもち食事を再開したのだった。
その後1時間ほどで食事を終えた俺達はすぐさま闘技場へと戻ることにした。
闘技場の外まで戻ってくると、闘技場ではシード者同士の戦闘が始まるのか、司会の口上がかすかに聞こえてきた。
よく聞き取れはしなかったが、一方はものすごい歓声を浴びている。
優勝候補といったところだろうか。
「今から始まるみたいだな。いったいどんな奴が勝ち残るのか気になるな」
「まぁ多少なりに気にしても良いと思いますけど、それよりも次の対戦相手のこと考えた方が良いのではなくて?」
「たしかにそうだが……誰が勝ったかわからんしな」
俺の対戦相手の試合は食事中に終わってしまっていた。
試合を観戦して相手の情報を集めておけばよかったとは思うが、怪我の治療ということで大量の肉を、うはうは気分で与えらていたので後悔はまったくしていない。
むしろ敵の情報など、あの状態にもう一度なれるなら一切いらないと言い切れる。
数分前の極楽を思い浮かべながら歩く様は、傍から見たらおかしな人物と思われるはずだが、表情に出る前に先ほどまで一緒に歩いていたリットが、前方から早足でこちらに近づいてきて口を開いたためそうなることはなかった。
「次の対戦相手の情報をある程度仕入れてきましたよ」
「そいつはいい。だがいつの間にいなくなったんだ? そして何でこんな短時間でそんな情報仕入れてこれたんだよ。お前はどこぞの工作員か?」
感心しつつもあまりにも行動が早かったため、少し疑いの目を向けてしまう。
「そんなんじゃありませんよ。ただ食事に行く前に観客にどんな奴が勝ったのか教えて欲しいって頼んでおいたんです。軽くお金を握らせれば結構情報なんてすぐ集まりますよ」
にこにこと笑いながら答えるリット。
純真な田舎の青年かと思っていたら、結構黒い部分にも精通しているようだ。
こいつ、間違いなく世渡りうまいぞ。
「とりあえず納得。で、俺の次の対戦相手ってどんな奴なんだ?」
「ちょっと待ってくださいね」
そういうと自分のポケットから1枚の紙を取り出した。
そこには身体的特徴などのほかにも好物なども書かれていたため、今度の対戦相手の情報がかなり詰まっていそうだ。
「えっと名前はフランツ=シルベア、ランクはAですね。体格はだいたいアキラさんと同じぐらいで、剣を主体としたオーソドックスな傭兵らしいです。性格は生真面目、何でも昔どこかの国の騎士だったって情報もあります」
「騎士か……」
騎士という単語に、つい最近の記憶がよみがえる。
あまり良い記憶とは言いがたい記憶が。
俺が話を途中でやめてしまったため、ちょっとした沈黙が生まれる。
その時の表情が微妙にしかめっ面だったらしく、心配したのかジェシーがその沈黙を破ってくれた。
「大丈夫ですわ。騎士でしたら決まった型での攻撃が大半ですから、それを崩せば何とかなりますわ」
「ん、まぁそんなもんかもしれんが……」
はっきり言って俺の騎士に対する印象は戦う上ですこぶる悪い。
なにせ俺の中での騎士のイメージはゼルバで統一されてしまっていたのだから。
なんだかんだで闘技場の外でまごまごしていると、中からまたも盛大な歓声が上がる。
何事かと思ったが、どうやら決着がついたみたいでかすかだが司会の声が聞こえてきた。
「あら、終わったみたいね。ってことは後10分ぐらいしたらアキラの試合ね。それじゃ私達観客席で見てるから、勝ってきなさいね。負けたら承知しないからね~」
「がんばってくださいね~」
そういうとエマと仲間達は控え室とは別の方へといってしまう。
せめて俺の反論を聞いてから言って欲しいものである。
「はぁ……とりあえず控え室で準備するか」
すでに小さくなっているエマ達の姿を一瞥すると、控え室の方へと足を運ぶのだった。
控え室に着くと裏方の進行係がそこにおり、かなりてんぱってる様子。
控え室を右へ左へと動きながら、『あぁどうしよう!』『どこいったんだ! あの人は!』とぶつぶつつぶやいている。
結構時間的にいっぱいいっぱいらしい。
俺が進行係に声をかけることなく控え室のベンチに座ると、人の気配を察知してか俺の方に顔を向ける。
そこでようやく俺の存在に気づいたようだ。
俺の姿を確認して安心したのか、進行係はほっとしたような顔で声をかけてきた。
「あぁよかった。いったいどこに行っていたのですか。試合がもうすぐ始まりますよ」
「悪いな。ちょっと食事に行ってて。すぐ準備するから」
「お願いします。5分ぐらいしたらまた着ますのでその時までに完了させていてください」
「わかったよ」
そう言って片手をあげ返事を返すと、すぐさま控え室をでて行った。
俺の不戦敗でないことを司会に伝えに行ったのだろう。
それにしても、もし俺が不戦敗になっていたら、いったい俺はエマに何をやらされていたのだろうな。
ぶるっとわずかに背中が震えるのを感じる。
「と、とりあえず準備準備と」
これ以上の考えはマイナスにしかならないと感じ、気を取り直して対戦相手のことを想像して準備に取り掛かった。
確か相手は俺と同じような体格で、オーソドックスな剣術の使い手という話だ。
それならば俺が考える作戦は2つである。
1つは盾と剣で相手の攻撃を防ぎつつパターンを覚えて隙を突く、正統派のやり方。
もう1つは武器を舞台に散らばらせ、多種多様なせめてでまくし立てる変則的なやり方だ。
どちらの攻撃方法にも長所と短所があるが、次の試合はどちらが良いだろう。
もう一度リットの情報を洗い出す。
すると自然と前者の正統なやり方にしようと考えがまとまった。
「やっぱり騎士って聞くと、なんか気後れするな」
苦笑を浮かべつつ戦いの準備をする。
騎士=ゼルバのイメージとなっている俺にとって、騎士=反則的に強い人物の方程式が出来上がってしまっており、盾無しでの戦闘が非常に不安になってしまっていた。
そのためいろいろ最初から盾を装備していくために俺は前者のやり方を選んだのである。
それでも不安は消えることはなかったため、ハンマーとランス以外はもしものことを想定して、鞄に入れて持っていくとにしたのだった。
作戦が決まった俺はソードパーツと盾を装備し似非騎士の格好をすると、進行係がくるのをまった。
格好が決まりベンチに腰をかけると、すぐに廊下からコツコツと誰かが歩いてくる音が聞こえてきた。
どうやら以外に準備に時間がかかっていたらしい、いや準備というより作戦算出時間か。
足音が控え室の目の前で止まりドアが開かれると、立ち上がりそのドアへと俺は歩みを進めた。
「頑張ってくださいね」
「あぁありがとう」
進行係が体をドアから半身ずらし、俺を通れるように誘導すると笑顔で一声かけてきた。
仲間以外の純粋な応援であったため、うれしさを感じる。
照れ隠しに、彼に背中を向けてから一声かけると、日の光で照らされている舞台へと進んでいった。
「お待たせしました。ただいまより準決勝を始めたいと思います! 私の右手にいるのが鉄拳のフレルディアこと、フレルディア=サイオンを見事倒し勝ち上がってきた、Bランク、アキラ=シングウ! 対するは1回戦、2回戦と激戦を制してきたフランツ=シルベア! 両者準備は……フランツさん大丈夫ですか?」
司会の前口上を始めたのだが、相手のフランツの様子がおかしいことに気づきそちらに大丈夫かと尋ねた。
俺もはっきり言って大丈夫ですかと聞きたいぐらいなので、かなりおかしい。
舞台に上がってきた時から感じてはいたが、フランツと呼ばれる男、これから試合だというのに立っているのもつらそうなぐらいふらふらと体がよろめいていた。
どれぐらいかというと、泥酔した酔っ払いの千鳥足に相当する。
膝はがくがくと振るえ剣を支えにようやく立っていられるような状態なのだ。
「だ、大丈夫だ。そっちの若造も大丈夫であろう?」
「あ、あぁ問題ないけど、試合始めて良いのか?」
「無論、ガハッ!」
司会と俺がフランツの行動により一歩後ずさった。
先の試合で内臓にダメージを追っていたのか、吐血している。
「あの~フランツさん。ここは棄権した方がよろしいのでは?」
司会が話しかける。
俺もその意見に賛成である。
戦う前から普通に死にかけていると思うし。
しかし、フランツはその意見を聞き入れはしなかった。
「心配後無用! それより試合をゴッホッゴホッ」
そういって盛大に咳きをする。
司会がどうしたものでしょうと、こちらに顔を向けたが、両手を軽くあげ左右に首を振って答えるぐらいしかできなかった。
「司会者殿、早く試合を」
はぁはぁと息を切らせながら、フランツに試合を催促される。
司会は顎に手を添えて少しの間考えをめぐらせたようだが、結局は試合を開始することとなった。
「え~フランツさんの意向もあり、準決勝を始めたいと思います。それでは始め!」
試合が始まって困ったのは俺である。
相手は瀕死であり、明らかに弱いものいじめをすることになったのだからイメージがすこぶる悪い。
「え、遠慮はいらんアキラ殿。さぁかかってまいれ!」
フランツはそう声を上げるが、どうしたものだろうか。
いまだに最初の位置から動いてはおらず、そればかりか剣すら構えていない。
構えていないというか、剣に寄りかかっているため構えることができていない。
おまけに片膝までついている。
そんな相手に、遠慮無しで攻撃できるわけがない。
けれどここでそのまま突っ立って待っているわけにもいかず、俺はフランツの前まで歩みを進めた。
「それじゃ~え~フランツさん、遠慮なく」
そしてそう一言だけ添えて、俺はソードの腹で彼の頭を軽く叩いた。
「む、無念」
必死に立っていたフランツであったが、俺の一撃を食らうと一言だけ発し、その場に崩れ落ち意識を手放した。
たしかに彼の精神は、傭兵というより騎士であったことは間違いないだろう。
「勝者! アキラ=シングウ」
倒れているフランツを大丈夫かと見ていたが、司会に手を取られ勝利宣言をさせられる。
その時の観客の反応なのだが、拍手はちらほらとしか聞こえず、勝利の興奮や、喜びなどは一切なく、俺は恥ずかしさしか沸いてこなかった。