第三節:ギルド
「うぅ~、頭が痛い……」
すでにお日様は南に昇りきり、子供達が外で遊んでいる中、エマはベッドの中で頭を抱えていた。
「さすがに昨日は羽目を外しすぎたな」
俺はエマのそんな様子を見ながら苦笑を浮かべて答えるが、頭を手で押さえていた。
こうなったのは昨日エールを馬鹿みたいに飲んでいたのが原因なので、自業自得である。
何とかこの部屋に着くまで意識は保っていられたが、横になった時から記憶がなくなっていた。
それにしても、ここが酒場兼宿屋で本当によかった。
へべれけに酔っ払ったまま違う宿屋を探していたら、まず間違い無く探している最中にくたばっていただろう。
けれど俺達は何とかベッドで寝ることができていた。
それもこれも酔っ払い、ドロドロになっている俺達を気遣ってくれたウエイターのおかげである。
彼が、ここが宿屋もやっていると教えてくれなかったらどうなっていたことか。
本当にあのウエイターには感謝である。
ただ、部屋がひとつしか空いてないといわれた時はどうしようかと思ったのだが、ベッドが2つあれば問題ないとエマが言ったので、すぐここに泊まることに決定した。
まぁベッドがひとつだけだったとしても、あの状態の2人なら泊まっていただろうが。
そんな状態から一夜明け、俺達は辛いながらも起きようと努力している。
できれば一日中寝て過ごしたいが、エマの話によると、昨日の食事代と宿泊代で財布の中身はほぼ空だそうで、すぐにでもお金を手に入れないと、今日のお飯は抜きとなってしまうからだ。
「とりあえず、ギルドに行ってアキラの手続きと、昨日のやつの報酬いただきましょう……」
ベッドから何とか起き、外から聞こえる子供の声に頭を何度も殴られながら、彼女は立ち上がり準備をし始めた。
「それとこれ、これがアキラの名前だから忘れないでちゃんと覚えてね」
準備といっても、昨日と服装は同じなため寝るときに脱いだジャケットと、武器であるナイフを腰につけるだけであった。
そしてそれらの準備が終わると、彼女はベッドの横に置かれていたメモ用紙に何か書きなぐるとその用紙を手渡してきた。
受け取り確認する。
するとそこには、昨日のメニューで覚えた自分の名前が書かれていた。
「あぁ、一応昨日のうちに自分の名前は覚えたが、安全のためもらっとくよ。気を使わせてすまないな」
俺は受け取った用紙を忘れた時のための用心として、胸のポケットにしまい込んだ。
そして紙を受け取った代わりに、水の入ったコップを手渡す。
「ん、ありがと」
並々と注がれた水は、揺れるごとにこぼれそうになるが、表面張力のおかげでコップの外には出ることはなかった。
エマがコップに口をつける。
そしてゴクッと一口飲むと、そのまま勢いよくコップを傾け、中に入っていた水を胃の中へとすべて流し込んだのだった。
ちなみにこの水だが、エマが起きる前にウエイターが『辛いでしょうから』と、大きなポットに水を大量に入れて持ってきてくれたものだ。
昨日のことといい、今日のことといい、この酒場兼宿屋のサービスはかなりいいと俺は感じている。
「ふ~生き返る~」
コップの中身を空にしたエマは、水を注ぎ込んだ代わりにふ~と息を吐き出した。
若干顔色が良くなったように思える。
やはり二日酔いの時には水が一番だな。
俺はコップ1杯分の水ではおそらくまだ足りないだろうなと思い、ポットに余っている水を彼女の持っているコップに注ぐ。
エマもその好意を邪険することなく、コップを固定し水で満たされるのを待っている。
注ぎ終わると、彼女はまた勢いよく水を飲み干したのだった。
そんなエマを見て昨日の事を思い出す。
こんな感じでエールを飲んでいたなと。
思い出した俺は、あまりのハイペースぶりを改めて後悔した。
「よし、ちょっち元気でた」
水を飲んである程度血中のアルコール濃度が薄まったのか、言葉のとおりエマの動きが多少活発になり始めた、といっても、あくまで先ほどと比べたらであり、これ以上元気になるためには肝臓に頑張ってもらうしかあるまい。
その後も、水を飲んだりしてアルコールを薄めながら、調子を取り戻していった俺達は、勘定を支払いサンサンと降り注ぐ太陽の光を浴びながら、ギルドへと向かったのであった。
「お待たせしました。こちらの用紙がギルド認定書になりますね」
ギルドについて約30分、新規の俺はあまり待たずにギルドの傭兵認定を受けることが出来た。
思いのほか混んではいたが仕事の依頼や、換金に訪れた者がほとんどだったためであろう。
それにしてもギルドがこんな感じだとはな……。
ギルドについて、まず始めに起こったことは、俺の先入観の崩壊であった。
俺は最初、ギルドといったら薄暗い室内でタバコをふかした厳つい男どもが、仕事の内容に目をぎらぎらさせてたむろしているものだと勝手に想像していた。
しかし、実際は違っていた。
自分の目の前に映し出されているギルドは、綺麗に清掃され清潔感にあふれており、訪れている人々もきちんと窓口に並び整列している。
そうたとえるならば、銀行や市役所といった感じであった。
たくさんある窓口の1つ、ギルドの傭兵認定と引退を行なっている場所で俺は今手続きを行なっている。
「傭兵のランクですが、Aランクのエマ様の推薦があるため、Eランクとさせていただきました。ランクについてのご説明は必要でしょうか?」
「ああ、お願いするよ」
「かしこまりました。それではこちらの用紙をご覧ください」
エマのランクがAということは昨日の時点でわかっていたが、いかんせん情報が足りず、ランクについて今ひとつぴんと来なかった俺にとって、この対応は非常にありがたかった。
昨日の授業だけでは文字を完全に把握することが出来なかったため、受付嬢が差し出した用紙を読む事は残念ながら出来ないが。
だが、受け取った用紙には絵が描いてあったため、何とかフィーリングである程度は感じ取ることが出来そうである。
そんなことを考えていると、受付嬢が説明を開始した。
「ご覧の通り、ランクはG~始まっており、よりAに近づくにつれランクが高くなるようになっております。しかし例外的にS、SS、SSSがありまして、こちらはAランクの上になっております」
「ふむ、それでランクの利点というのは?」
「はい、ランクの利点は仕事内容にかかわってきます。たとえば報酬が多いけれど危険な任務などは高ランク者しか受けられなかったりします。また、逆に報酬は少ないが、危険度も少ないものなどはGランクからでも受けることが出来ます。つまりランクが高ければ高いほど、どんな仕事でも受けることが出来るということです」
受付嬢の説明は、受付に広げられた用紙を指し示しながらのものだった。
しかし、文字を読むことが出来ない俺にとっては受付嬢の口答による説明がすべてであるため、その動作は失礼だが余計であった。
別に用紙を見なくてもいいのだが、ただこの年になって文字が読めないというのは俺の羞恥心が反応してしまい、読めないことを悟られないよう目で追ってしまう。
「なるほど。で、そのランクはどうやったら上げることが出来るんだい?」
誤魔化しながら説明を聞き、その中で疑問に思ったことを受付嬢へと伝える。
すると彼女は用紙を裏返し、先ほどと同じようにその内容が書かれている部分を指し示しながら、笑顔で説明してくれた。
「はい、ランクを上げるにはいくつか方法がありますが、今回はもっともシンプルな3つを説明させていただきます。1つは、自分と同ランクの仕事を10回以上こなし、ギルドが指定した魔物を狩る方法です。もうひとつは、自分のランクよりも高い魔物を3体以上狩る方法です。そして最後に、自分のランクより高い仕事を5回以上こなすことです。本来は自分より高いランクの仕事は請けることはできませんが、パーティーを組むことにより、そのパーティー内で最も高いランクの持ち主と同じランクの仕事を請けることが出来ます。ただし、この3つのランク上げの方法はBランクまでが対象となっております。Aランク以上になるには、ギルドに対する貢献度や、大会などの成績を上げる必要があります。もっともめったなことではAランク以上にはなれませんので、ちょっとした知識として覚えておくだけでいいと思いますよ。以上が、ランクの上げ方についてですが、最後の説明した上げ方は強者に依存してしまい、自分の実力以上のランクをつけられてしまうことがあるので気をつけてください。ランクは傭兵一人一人の強さのステータスのようなものにもなっていますので」
「なるほどね。ところで実力以上のランクがつけられて何か困るようなことがあるのかな? さっき聞いた話では、ランクは高ければ高いほどいいみたいに聞こえたけど?」
ランクが高ければどんな仕事でも請けられる。
その利点しか感じなかったため、俺はこのことが非常に気になった。
もしデメリットがあるならばしっかりと聞いておかないと、後で痛い目を見ることになってしまう。
どんなことにでもいえることだが、契約などは慎重に慎重を重ねることが必須である。
俺はそのことについて受付嬢に聞くと、彼女ははっきりとした声でそれについて説明してくれた。
「はい、ギルドにはある一定以上のランクになるとたまに拒否が不可能な仕事を依頼されることがあるからです。もしこの依頼を拒否すると、契約違約金が発生してしまいます。仕事の重要度でこの違約金の値段は変動しますが、かなりの出費になることは間違いありません。ちなみに、違約金が払えない場合はギルド認定書剥奪となってしまうので十分気をつけてください」
「ギルドに入ったばっかりの俺にはあまり関係の無い話だと思うが、認定所の剥奪は怖いな。拒否不可能な依頼か……。とりあえずランクについてのデメリットはわかったけど、ギルドからの拒否不可能な依頼ってどうやって通達されるんだい? Aランクともなると人数もだいぶ少ないはずだろう? そんな奴等が都合のいいときにギルドに訪れるってわけではないだろうし」
昨日、酒場でのエマの言葉と先ほどの説明から推測するに、おそらくAランク以上の傭兵というのはかなり少ないと思われる。
そんな数少ない高ランク者と、どのように連絡を取るのか俺には疑問しか浮かばなかった。
疑問を打ち消すにはやはりこちらの世界の住人に聞くしかないだろう。
もし、一般的に流通しているシステムだったりしたら、かなり恥ずかしい思いをすることになるがそれも仕方あるまい。
なにせ、こちらの世界の知識があまりにも少ないのだから。
そんな俺の質問に受付嬢は一つ一つ丁寧に答えてくれた。
「えぇ、稀にちょうど依頼があった時に高ランクの方が訪れてくださる時もあります。ですがやはり稀ですので、そういう偶然ばかりには頼っていられません。ですので、基本的にはこのリンクを使います。このリンクですが、Aランク以上になられるとギルドから配布されます。これで、高ランク者との連絡を取ることにより解決しております」
受付嬢が説明の途中に、引き出しから橙色の宝石の入ったイヤリングを取り出して見せてくれた。
どうやらこれがリンクというものらしい。
思い返してみると、エマも右耳にリンクと思われる物をつけていたような気がする。
どういう原理で連絡を取ることが出来るのかはわからないが、なにやらあちこちで、それに似たもので会話をしている人々を見るので、おそらく携帯電話みたいなものだろうか。
できれば使い方も聞いておきたかったが、周りを見る限り一般流通物らしいので、これ以上の質問はさすがに恥ずかしいと思いしないことにする。
詳しくは後でエマに聞いてみるとしよう。
「ランクについての説明は以上ですが、ほかに何かご質問はありますか?」
「いや、ないよ。ありがとう」
「それでは以上で手続きは終了です。よいお仕事が見つかりますように」
他に質問が無いことを伝えると、受付嬢は手続きの終了を告げ、明るい笑顔とお辞儀で送り出してくれる。
俺もそんな彼女に軽くお辞儀を返すと、エマのいる換金所に向かっていった。
換金所は傭兵にとって要となりえる部分であるためか、ほかの窓口よりも若干多めに用意されてはいる。
だが、それでも集まる人数が多いため非常に混雑していた。
そんな換金所に、昨日狩った魔物を換金するためエマが並んでいる。
エマの並んでいる位置は3番目、最初きた時は20人ほど前にいたのでだいぶ進んだほうだろう。
でもさすがに待ちくたびれたのか、エマはちょっとばっかり疲れている様子である。
しかし、あと少しで換金できそうなので問題はないだろう。
俺はエマに近づいていった。
自分のことが終わり、やることもないので、興味がある換金の様子を一緒に並んで見ようと思ったのだ。
まぁ、別にギルド内に設置されている椅子に座って待っていてもよかったのだが、さすがにそれでは暇である。
そんなことを踏まえて、俺は自分とエマの両方が暇にならないために、エマの隣へと並ぶのだった。
「そっちは終わったみたいね」
エマが近寄ってきた俺に気づき声をかけてきた。
やはり疲れているのだろう。
話しかけられた声は、どこかだるそうだ。
俺はエマに苦笑を浮かべながら、自分がギルドの傭兵になったことを告げる。
「あぁ、こっちは終わったよ。エマの紹介状のおかげで、ランクはEからだ」
「そう、私がSランクだったらもっと上のランクになれたとは思うんだけど――まぁ、仕方ないか。私だってAランクになったばっかりだし」
エマは少し残念そうにしてみせたが、すぐに元の表情へと戻る。
あの説明を聞くかぎりでは、Aランクのエマが上に上がるには相当なことが必要なので、そうそう次のランクには上がれないだろう。
その後も、たあいもない話をしていると、前に並んでいた人物が動く。
どうやら、いつのまにか換金の順番が回ってきたようだ。
エマは自分の番がきたことがわかると、ジャケットの胸ポケットから袋を取り出した。
「はい、ジャエナの赤牙3匹分ね」
「たしかに、ジャエナ3匹分受け取りました。少々お待ちください」
エマは袋の中にしまっておいた牙を、受付嬢に手渡した。
受付嬢の対応はなれたもので、牙を受け取ると、奥のほうから書類と紙幣を持ってくる。
受付嬢が持ってきた紙幣を見て、改めてこの国では金貨のような貨幣ではなく、紙でつくられていた紙幣が通貨となっていることを認識した。
最初俺がこの国の金を見たのは、宿屋を出る時だった。
その時エマは紙幣のみを宿屋の主人へと支払っていた。
会計し、若干のおつりがあったようなので、小銭を貰うのだなと思っていたのに、紙幣が返ってきたことに多少驚いたものだ。
これらの事から、この世界は紙の製造技術はそれなりに高いらしい。
「こちらの書類にサインと、ギルドナンバーをお願いします。…………はい、結構です。お疲れ様でした。今回の報酬の3ガルン6シーターです」
紙幣について考えているといつの間にか、エマが手続きを済ませていた。
エマは差し出された書類に記入し、受付嬢から紙幣を受け取る。
彼女の顔をのぞき見ると、さっきまでのだるさはどうしたのだろうか、現金を受け取るとニコニコと満面の笑みを浮かべていた。
どこの世界でも金というのは力の源のようだ。
その後受付から離れ、ギルドの空いたスペースへとたどり着くと、エマがこちらを見ずに、財布へと金をしまいながら話しだした。
「さて、お金も受け取ったし、アキラの傭兵手続きも済んだから今度は傭兵団登録ね」
「あぁ、そうだったな。ところで傭兵団登録って何をすればいいんだ? 名前なら書けるようになったがほかは書けんぞ?」
「大丈夫よ、ギルド証明書もらったでしょ? あれ見せればいいだけだし」
軽い口調で俺の疑問に答えたエマは、金をしまい終えると『それじゃいくわよ』とこちらへ一声かけ、階段を上り二階の窓口に向かっていった。
俺もその後を追う。
階段を上り終わると、一階の造りとたいして変わらない窓口が顔を覗かせた。
二階には窓口が3つほどあり、それぞれが違う役割のものとなっている。
種別ごとに分かれているからといって、一階ほどの混雑はなく、すぐに終わらすことができそうだ。
案の定、順番はすぐに俺達の番へと回ってきた。
「ご用件は何でしょうか?」
「傭兵団登録お願いします。団長は私、エマ=セムリアで、副団長がこっちのアキラ=シングウでお願い。団名が……何にしようか?」
受付嬢が用件について尋ねると、エマは意気揚々、傭兵団登録をと話しかけていったのだが、肝心の団名でつっかかる。
あんなに団長になりたかったのに、団名を決めてないのはどうしたものだろうか。
しかもこちらに視線を送り、俺に話を振ってくるなんて。
しかし、ここで時間を食っても仕方ないので、傭兵団名について俺は少し思案してみる。
だが、急な振りだったため、考えてはみたものの、これといってピンと来る名前は思い浮かばない。
どうせならかっこいい名前と、変に思考を凝らしたのがまずかったのかもしれない。
かっこいい名前というカテゴリーではすぐには思い浮かばないため、今度は自分達に関係する名前がいいのでは、と思い自分が経験したことを思い返してみる。
すると思い浮かんだのは異世界に来る少し前の情景だった。
「そうだな、夜明けの月ってのはどうだ?」
「おぉ~いいね~それ! なんか意味深でかっこよさげ。んじゃそれにしよ。」
俺が考えていた時間は、およそ1、2分。
つまりあまり考えた名前ではなかったはずなのだが、俺が出した名称にエマは即決だった。
自分の団名なのだからもう少し考えてもいいと思うが、本人が気に入ったのならよしとしよう。
俺も気に入らないわけじゃないし。
即決されたおかげで、なぜ夜明けの月と思い浮かんだのか聞かれなかったため、少しほっとした。
説明するとなると、俺が異世界に来た時に見たものだと答えなくてはならないし、それにいくら異世界に来ることを喜ばしく思っていても20年以上過ごした世界での最後の風景だ。
説明しているうちに感慨深くて泣けてくるかもしれない。
まぁ正直に答えなければそんな感情も抱くことはないのではあるが。
そんな俺の心情を知る由も無く、受付嬢はエマが夜明けの月と記入した用紙に判を押し、次の手続きについて口にする。
「それでは、ギルド証明書の提示をお願いします」
受付嬢に言われるがまま俺達は、すぐさま証明書を手渡した。
俺の証明書は、先ほど作ってきたばかりの新品なため、まだ紙本来の白さを保っている。
同じように差し出したエマの証明書は、少し年季が入っており日焼けしていた。
なんとなく優越感。
そんなくだらないことで、優越感に浸っていたが、受付嬢は紙の状態など気にすることなく、証明書に書かれた内容確認していた。
「はい、結構です。団長、エマ=セムリア、副団長、アキラ=シングウ、団名、夜明けの月で登録します。それではこちらにサインをお願いしますね。傭兵団についての説明は必要ですか?」
「いや、必要ないわ。一度、違う傭兵団に入っていたから」
審査の結果、問題なし。
無事傭兵団契約ができるようだ。
受付嬢はエマにペンを手渡し、書類を見やすいようにくるりと回すと、サインを記入する場所を指差した。
エマはその示された部分へと、筆を走らせ自分の名前を記入する。
そしてそれが終わると、俺にペンを手渡した。
「名前は大丈夫よね?」
「あぁ任せろ」
若干不安そうな声で心配されたが、問題ないことをエマへ告げ、受付嬢が指差すエマの名前の下へと自分の名前を記入する。
まだこちらの文字に関しては違和感だらけだが、そのうち慣れるだろう。
サインが書き終わった俺は、受付嬢へとペンを返した。
「それでは、こちらが傭兵団証明書です。2枚ほどありますので、団長と副団長が一枚ずつ持つのがよいかと思います。以上で、傭兵団登録は終了です。よいお仕事が見つかりますように」
2人の名前が記入された用紙は、すぐに受付嬢に判を押され、書類棚へとしまわれていった。
だが代わりにギルド証明書と、傭兵団証明書が手渡される。
傭兵団証明書には発行された後に仲間が増えてもいいよう、空欄の場所がいくつかあるだけで、他の作りはギルド証明書と似たような感じだった。
それにしても傭兵団について説明をしてもらいたかったなと思う。
こちらの世界に来たばかり俺にとって、少しでも確かな知識を吸収しておきたいという願望があった。
そのため、説明になれている受付嬢から是非教えをと思ったのだが……。
エマにばっさり必要ないと省略されてしまったのだから諦めるしかあるまい。
その分、後でしっかりエマに説明してもらうこととしよう。
それぞれ書類を受け取った俺達は、受付嬢に礼を言ってからギルドの外へと出て行った。
「ん~~~、やっとギルドでの目的を果たせたね。それじゃ今度は武器と防具をそろえましょうか。アキラが使ってた、かったー? っての壊れちゃったみたいだし、素手じゃさすがに魔物退治はできないでしょ?」
外に出ると、エマは両手を組んで空へ向け大きな伸びをする。
なんだかんだで、結構な時間、エマは並ばされていたので気持ちもわからないでもない。
これでもかと伸びをした後、こちらへ向き直ったエマは俺の装備について話を振ってきた。
これからのことも考えるとすごく重要なことのため、俺はその話に素直に答える。
「きつい。断言しよう。素手であんなやつらと渡り合う自信は俺にはない」
「やっぱりそうだよね。それじゃ、次は武器屋にきまりね」
「そうだな、手ごろでいいやつがあるといいんだけどな」
決まりね、と軽くウインクしながら俺の顔を覗き込むと、エマはいくぞー! といった感じに武器屋へと向かっていった。
顔を覗き込まれたとき一瞬ドキッとしたが、エマの行動になんとなく笑みがこぼれる。
エマの背中が見えなくなる前に、俺は彼女を追いかけて隣に並ぶと、自分に合った武器を考えつつ、次の目的地である武器屋へと進んでいった。