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夜明けの月  作者: びるす
ギルバーン
39/89

第十二節:一回戦

 疲れきった体に鞭を打ち残されたわずかな力を振り絞って、何とか俺は宿屋まで帰還することができた。

 身体能力の全般がこちらの世界に来て成長しているのに、体力だけは元の世界にいた時のままというのはどうにかして欲しいものである。

 傭兵家業でそれもだいぶ改善されてきていたとは思ったのだが、やはりまだまだ体力不足。

傷は少しずつ治り始めているというのに、体力はなかなかもどらず、疲労感が体を埋め尽くしていた。

 だが、けっして悪いことばかりではなかった。

杖でも突いて歩きそうな俺を心配してか、まだギルバーンの試合が残っているというのに付き添いでジェシーとリットが一緒に来てくれたのだ。

なんともうれしいことではないか。


「悪いな。ギルバーンの残りの試合見たかっただろ? それなのに俺の付き添いなんかさせて」


「いえ、そんなこと無いですよ。それに団長命令で明日のことを話しておけって言われていますから」


 リットは笑いながら答えた。

彼は決して悪気はなかったのだろう。

だが、心配して一緒に来てくれたのだと思っていた俺は、リットになんとも間抜けな表情を向けてしまった。

どうやら自意識過剰だったようだ。


「あ、あぁそれでも嬉しいさ。ジェシーがついてきたのもそんなところか?」


「そ、そうリットの言うとおり団長命令よ。べ、べつに私はその心配だったからとかじゃなくてその……」


 ジェシーはそういってそっぽを向いてしまった。

少し顔が赤いようなので彼女については期待してもよさそうだが、俺は期待して良いほど顔は良くない。

 きっと彼女自身がいう通り、団長命令と取っておくほうが後でそうとわかった時のショックは少なくて済むだろう。

 冷静に分析し自分の心がこれ以上傷つかないように過度の期待を捨て、俺はジェシーに向けていた視線をリットへと戻し明日の予定について尋ねるのだった。


「まぁなんだとりあえず2人ともありがとう。それで明日の予定はどんな感じなんだ?」


「明日はですね、アキラさんも知っていると思いますがギルバーン最終日です。そのため最低で3回以上戦ってもらうことになってます」


「今日みたいな戦い方も嫌だけど、それもそれで結構ハードで嫌だな~。というかギルバーン自体もう参加したくない」


 気分を切り替えて話しを進めたものの、リットの話す現実に少し気持ちが落ち込む。

ティーラーやガバンにでさえ、全力を尽くしてやっと勝てたというのに、彼等よりも強い者達と連戦し、勝たなくてはいけないというのはご遠慮願いたい。

それに試合のたびに背中から殺気を纏った視線を受けなくてはならないというのは、それ以上にご遠慮願いたかった。

ため息とともにうなだれると、ジェシーが口を開ける。


「参加の拒否はできませんわ。棄権したらどうなるかぐらいわかっていますわよね? 団長さん試合中すごかったですわよ?」


「うっ……それは言わないでくれ。試合中、背中に嫌というほど感じてたから」


「はははっ……」


 リットは苦笑い浮かべた。

 少し離れた位置にいたジェシーにさえ感じていたのだ。

エマの隣で見ていた彼はそれ以上に俺が感じていた特殊な気のようなものを知っていたのだろう。

 少しでも俺の気持ちがわかる同士がいることに、うれしく思う。

 ただ、これ以上その話題について話していると、心が折れてしまう気がしたので俺はリットへ話を振った。


「その何だ、とりあえず明日のこともっと詳しく教えてもらおうかな~」


「そ、そうですね。そうしましょうか」


 リットも俺の意図を察してか、コホンと軽く咳払いすると、明日の試合形式について説明し始めた。


「先ほども言ったとおり最低で3回は戦わなくてはいけません。その対戦方法なんですがすべて1対1で行われるトーナメント形式です」


「ふむふむ……ん? トーナメントだと最初は良いけど2試合目1人余らないか?」


「えぇそうですね。あまりますね。ですがそれもシードが5人というのが関係しています」


「まだそれじゃ良くわからんな。続きを頼む」


 まだ話の途中なため内容がわからない。

俺は相槌とともに続きを促した。


「はい、まずはシード者と予選通過者は別々にくじを引きます」


「ほう、それで」


「そのくじは赤、青、黄色の3種類でできていて、黄色だけ1つしか入っていません。するとシード者に赤2人、青2人、黄色1人、予選通過者も同じようになります。アキラさんもだいたい予想はついたと思いますが、同じ色同士の者が戦います。ただしシード者はシード者同士、予選通過者は予選通過者同士で戦います」


「まぁ流れからしてそうなるな。そうじゃないならわざわざ分ける必要も無いし。ちなみに黄色は特殊でシード者と予選通過者が戦うってことでいいのか?」


 話の流れからある程度の試合形式を予測し、質問を投げかける。

リットもそれに答えるため説明を続けた。


「そうです。黄色だけはシード者と予選通過者で戦います。シード者同士が2試合、予選通過者同士が2試合、シード者、予選通過者の試合が1試合、これが明日の1回戦です。次に2回戦ですが5人となるため1人あまると思います。そのあまるのが黄色を引いた人物です」


「なんとなくそうじゃないかなとは俺も思ったが、それはどういうわけだ?」


 これについてはだいたいの予想はついていたが、それでも疑問に残る。

やはり最後までリットの説明を聞かなければわかりそうに無い。


「説明しますね。2回戦なんですがここでもシード者はシード者同士、予選通過者は予選通過者同士で戦うんです。そうすると今度は3人まで絞られるわけですが、ここで戦わないのはシード者同士で戦った人です。そのため3回戦はここまで勝ち抜いてきた予選通過者と、1回戦でシード者と戦って勝った予選通過者か、それとは逆かです」


 リットがここまでは良いですか? っといった表情でこちらに視線を送ったので、声に出してそれに答えた。


「うむ、続けてくれ」


「何故こんな形かというと、シード者に予選通過者が勝ったとしたら、その分だけ力があるとされ1試合免除される。逆にシード者が勝った場合は、ほかのシード者が1試合多く戦っているためもう一度戦うといった感じです」


「なるほどな、戦う順番については良くわかったが予選通過者の俺って不利じゃないか? 運が良くないと4試合戦うわけだし。それにその話を聞く限りじゃ、あの壮絶なる予選を勝ち抜いてきても、シードの奴のほうが圧倒的に強いからお前らここでも厳選されるため1試合多く戦いなって言われている気がするんだが」


「…………そう聞こえなくも無いですけど、実際1回戦でシード者に勝った予選通過者がいないので仕方ないのかもしれません。AとSの壁ってそれぐらい厚いんです」


「実際に私達もSランク者と手合わせしましたけど、あれが同じ人だとは思えませんでしたわ」


 リットの返答にジェシーが補足として付け足す。

 剣術では夜明けの月一の彼女が言うのだ。

その強さに間違いないはないだろう


「つうとだ、優勝を狙う俺は2回そんな化け物と戦わなくちゃいけないと?」


「そういうことになりますね」


「本気で棄権したくなったのだが」


「エマさんにいいますよ?」


 リットがにこやかに切り返す。

こいつこんなキャラだったけかな? 疑問に浮かぶ。

だが、今までのリットならばごり押しでまくしたてれば、何とかなると踏んでいた俺は立ち上がり怒鳴り声にも近い声を口から発した。


「リット、見逃せ! お前ならわかるだろ? あのなんかわからないとてつもないオーラの存在を!」


「えぇわかりますよ! 横で感じていたんですから! アキラさん棄権させたら僕にそのオーラが向いてくるじゃないですか! それにそんなオーラを受けるようなことをしたの、アキラさん自身のせいじゃないなんですか! 自分でけじめをとってください!」


「ぬぐぅ……」


 リットはまるで鏡のように、俺と同じくらいの大声で切り替えしてきた。

その切り返しは正論だけに言い返すことができない。

完全に押さえ込まれた俺は、そのまま腰を落としてうなだれる。

 けれどそれでも棄権の二文字を諦める事ができず何かないかと考えていると、俺はジェシーに止めを刺される事になった。


「あきらめて出るしかありませんわね。それにせっかく予選を通過したのに棄権なんかしたら今日戦った相手に失礼ですわよ?」


「ぬぅ……」


 ジェシーのからの正論に俺は反論する言葉はなく、ぬぅとなんとも情けない声だけが口から漏れたのだった。


「はぁ~~~、しかたない頑張ってみるか……あーー! よし! 気分変えるためにエマ達と合流して飯いこう飯!」


正論で追い込まれ、打つ手がなくなった俺は、諦めにかぎりなく近い開き直りを見せた。

そして、食事をするとすぐに怪我を癒すため眠りについたのだった。


「3回勝てば良いだけだから頑張ってね」


 闘技場の舞台へ続く通路で、見送りに着ていたにエマが発した言葉はそれだった。

 その3回がいかに大変なことかなんて、自分でもわかっているはずなのに。

 俺はエマの言葉に肩を落としながらも、後ろ手をぷらぷらと振って答えた。

 昨日のダメージはすっかり抜けて体はいたって健康、むしろ昨日の戦闘が軽い運動と同じ効果を出していつも以上に調子が良かった。

普通ならば筋肉痛と怪我の痛みでそれどころではないはずなのに、回復力様様だ。

 しかし体調とは裏腹に、これが株価だったら経済を破綻させるのに十分なくらい急降下していた。

何せ初戦からSランクという化け物と戦わなくてはいけなくなったのだから。

 ギルバーン3日目が開始されてすぐ行われたことは抽選会だった。

シード者から順にくじを引いていき、特殊なトーナメント図に名前が書き込まれていった。

 俺も予選を通過しているのでくじを引いた。

黄色いくじを。

 それが良いかどうかなんかわからない。

ただ、今まで黄色いくじを引いた予選通過者は、2回戦へと勝ち残ったことは無いということだけ、無駄知識として頭に入っていた。

 本来なら1試合減って喜ぶべきなのだが、その無駄知識のせいで憂鬱である。

もっとも赤や青を引いていたとしても一試合増えるので、それはそれで憂鬱になっていたであろう。

 ちなみに俺が今から行う試合は1回戦、最後の試合である。

2回戦は戦わないため、当たり前といえば当たり前なのだが。

 そんなわけで俺には朝方時間が多少あり、敵情視察をできたはずなのだが、1回戦で負ける気満々だったのでしていない。

 こんなことエマに知れたら怒鳴られそうだが、ジェシーにあそこまで言わせる人物達に俺は勝てる気が道にある小石ほども無い。


(それでも自ら戦いの場に行くのは、さきほど手を振った女王陛下のため。いや、女王陛下に折檻されないために行くのだから自分のためか)


「はぁ、ぐだぐだ考えてたらもう舞台の中央ですか」


 意識が頭から目の前の状況へと移った時、思わず声に出してしまう。

エマに手を振ったのはほんの少し前だというのに、すでに司会と対戦相手がいる舞台の中央に俺はいた。

 このときばかりは自分の歩く早さを呪いたくなった。


「これより1回戦最終試合を始めたいと思います。私の右手にいるのが鉄拳のフレルディアこと、フレルディア=サイオン。Sランク。対するは予選を見事勝ち抜いてきたBランク、アキラ=シングウ。両者準備はよろしいですね?」


 司会はフレルディアと俺の交互に見て、準備の有無を尋ねた。

 フレルディアは何のためらいも無く首を縦に振っている。

その表情は明るい。

 俺はというと本当のところ横に首を振りたいのだが、場の空気にあわせて縦に首を振った。

自分の表情は見ることはできないのでわからないが、おそらくその表情は暗い。

 けれど司会は表情の暗さなどお構いなしに、確認した意思表示に従い試合を開始したのだった。


「それでははじめ!」


 開始の合図とともに、闘技場を歓声が埋め尽くす。

 闘技場の中心にいる俺は、耳を押さえたくなる気持ちを抑え、盾を構え相手の出方を窺うのだった。

今回も俺は盾を装備していた。

これはどんな敵と当たったとしても、一撃で終わらせられないようにと守備力を固めた結果である。

そして武器として選んだのは、スピアパーツ。

情けないかもしれないが、これはSランクという化け物と戦うため、できるだけ遠くから攻撃したい、近づきたくないという願望がこのパーツを選ばせたのだ。

 だが、選んでみたのはいいものの、使い慣れていない武器ということもあり、それだけでは心配である。

そのため、初期パーツが入っているかばんも俺は持参していたのだった。

 そんな俺の対戦相手は、俺以上にごついグローブをはめている男であった。

二つ名が示すとおり、鉄拳というわけである。

 心境的にはヘビー級のボクシングチャンピオンを目の前にしていると感じだ。

もっとも、本物のボクシングチャンピオンとは会ったこともないので、その表現が正しいかどうかさだけではないが、フレルディアの放つ威圧感に俺はそう感じさせられたのだった。

 そんな化け物クラスの人間とにらみ合いは数十秒つづいた。

その間彼は俺に襲い掛かってくることはなく、両腕を前に構えただけで最初の場所から動くことはなかった。

 俺と同じように、相手の出方を窺っていたらしい。


(それなら、こちらから動くとしようか)


長い得物であるスピアはカウンターには不向きである。

それならばこれ以上の観察は無意味と感じた俺は、相手から先行を取るためこちらから近づいていくことにした。

細心の注意を払いながらすり足で奴との距離を少しずつ縮めていく。

そしてあと少しで俺の間合いにフレルディアが入ろうとした時、試合が動いた。

彼がものすごいスピードで間合いを詰めてきたのだ。


「!!」


 盾の横から、かろうじて目で捉えることができた奴は、後2メートルといったところまで迫ってきており、そのままのスピードで突っ込めばたった1歩、歩を進めるだけで俺に渾身の一撃を加えるには十分な位置へときていた。

 奴のスピードに驚いた俺は、突くつもりでいたスピアを真横になぎ払う。


ガギン


 重厚な金属音がしたかと思うと、スピアの先端が天を仰ぐ。

フレルディアがグローブに当ててスピアの軌道をそらしたのだ。

 そらされたことにより、体勢は大きく揺ぐ。

そこをSランクといわれる猛者が見逃すはずは無くさらに距離をつめ、サイドステップで横に回ると盾の隙間から、右の拳を頭めがけて振るってきたのだった。

 ゾクッとする感覚が流れる。

俺はとっさに盾をずらし、盾の角をやつの腕にぶつけた。

そのおかげで拳のヒットポイントはずれ、盾とともに動かしていた頭の後ろを風切り音とともに鉄の塊が通り過ぎていった。

 攻撃が外れたことがわかったフレルディアは、バックステップで距離をとる。

完全に相手の間合いとなり、追撃を受けるものだと考えていた俺はその行動を疑問に思う。

 疑問に思った俺はすぐさま答えを導くべく、考えを馳せた。


(なんで追撃をしてこなかった? 自分の間合いに入り込んだというのに。俺に何かあると思ったのか? それとも……あぁそうかそうだった。俺はBランクだったな。だからか。あれはSランクの余裕ということか)


そう考えがまとまると、頭の中から何かが切れる音が聞こえた。

本来の俺ならば相手の余裕に感謝していたことだろう。

 だが、今回は違っていた。

ここ数日間で行われた戦闘によって、俺の血は通常よりも熱くなっていたのだ。

 俺はおもむろに両の拳を握る。

 拳を握ると同時に、盾、スピアともにその腕からはずれガシャンと音を立てて舞台へと落下していった。

その光景を見ていた司会が口を開く。


「おぉーと、どうしたことでしょう! アキラ選手、ここで武器を手放した! これは棄権ということでしょうか!?」


 観客も俺の行動が解せないようで、ざわめきが巻き起こっていた。

一方対戦相手のフレルディアは構えを解き、腰に手をあて見下すように口を開く。


「おいおいどうした? まさかさっきの動きで実力がわかっちまったか?」


「…………」


「どうやらそうみたいだな。だったら早くギブアップしてくれ。降参なら俺も楽で良い」


 無言を肯定として受け取ったフレルディアは、俺のことを完璧に舐めきり、試合は終わったと背を向け自分が出てきた闘技場の通路へと歩いていった。

 だがもちろん俺に降参する意思などはない。


「ふぅ……誰が降参なんかするか、カスが! 人間が生まれた時から一番扱える武器を振り回して、いい気になってるんじゃねぇよ。それぐらい俺にもできるってこと教えてやるために武器をはずしてやったんだ。なにかっこつけて勝手に帰ってんだ」


「!! いってくれるじゃねぇか糞が!」


 立ち止まり振り向いた奴の顔は、先ほどまでの顔とはまったくの別物となっていた。

鬼の形相といって良いだろう、顔の形が変わるほど怒りをあらわにしている。

 そして、勢いよく向かってきたのだった。

 俺は両の拳を顎の前で構えた。

ピーカブースタイルという奴だ。

こんな風に構えてはいるが、ボクシング経験は皆無である。

 では何故このような構えをしたかというと、悔しいことに相手の実力のほうが上であったためだ。

フレルディアは間違いなく俺よりも両の拳を正確に扱うことができる。

奴の最初の一撃でそれは明らかだった。

彼はやろうと俺のウィークポイントを狙い、一撃で俺を倒せるということだ。

 俺がどんなに回復力が高くても脳を揺さぶられる一撃を食らっては、それは意味を成さないだろう。

つまり俺を一撃で倒せる攻撃は絶対に防がなくてはいけいない。

そう、この構えはそのための構えなのだ。

 盾を捨てなければこんな構えをしなくても良かったかもしれない。

だが、奴のスタイルに合わせて倒してやると心に決めたので後悔はしていなかった。

 しっかりとウィークポイントをガードした俺にちっと舌打ちをすると、俺のガードを崩すべくフレルディアは左、右と左右の連打を叩き込んできた。

鉄でカバーされた拳は重く、一撃一撃が骨まで達する衝撃。

見る見るうちにガードしている腕は、青黒く変色していった。


「おらおらおらおら! さっきまでの威勢はどうしたよ!? まさかこのままで終わりってことじゃないだろうっな!」


「…………」


 20を超える連打の後、手を休めずフレルディアが口を開いた。

 挑発をしたのにもかかわらず、攻撃をせずにガードばかりしている俺を挑発し返すために。

 けれど俺はその挑発には乗らず、口を閉じたまま奴の拳を受け続けた。


「けっ! だっせぇ! んじゃこれで最後だな!」


「あぁ最後だ!」


 フレルディアは勝利を確信したのか、大きく振りかぶり最後の一撃として言葉とともに打ちはなった。

大きくひり上げられた右の拳は、これまで付け入る隙が無いくらい早くて重い連打が途絶えさせ、今まで見せたことの無いがら空きの顔を覗かせた。

 そんな奴の隙を、必死に耐え忍んできた俺は見逃すはずはなかった。

 けれどガードをはずせば攻撃が当たってしまう。

そんな恐怖心をフレルディアの大砲のような攻撃は抱かせるのに十分であった。

だがその恐怖心はすぐに退くこととなる。

今までの魔物達との命がけで戦ってきた経験が生かされたのだ。

 恐怖に身をゆだねて目をつぶることはなく、しっかりと奴の拳を捕らえた俺は、攻撃のタイミングを計るとその拳に合わせるように体をかがめ拳の下を潜る。

そして、後から体に追いつくように放った右の拳はカウンターとなり、フレルディアの顔面を捉えたのだった。

 右の拳に気持ち良いぐらいフレルディアの感触が伝わってくる。

 綺麗に決まったカウンターは、体を大きく回転させ舞台に激しいキスをさせた。

 舞台に接触した音を聞いてから振り返って見た奴の姿は、歯が何本か欠け、鼻は曲がり、白目をむいている。

体をぴくぴくと痙攣させ、自らの血に顔をうずめるその姿は、意識は完全になくなっておりこれ以上の戦闘が不可能であることを意味していた。

 腕をだらりとしながら奴の背中を見つめていると、俺の横を司会が通り過ぎていく。

そして司会がフレルディアの状態を確認すると、大きく口が開かれた。


「おぉーーーーと! 1回戦最終試合を勝ち抜いたのは、まさかのアキラ=シングウだーーー! しかも止めをさしたのは相手のお株を奪う拳による攻撃! いったいこいつは何者なんだ! 次の試合も期待したいものであります」


 片手を取られて高らかとあげさせられた勝利者宣言は、司会の感想が半分混ざっているものであった。

 フレルディアを倒し、ほっとしていた顔がゆがむ。

司会がした勝利宣言は、喧嘩を売っているのではないかと思えた。

 試合を実況し俺の腕の状態を知っているならば、そんな喧嘩を売るような勝利者宣言を自重してもらいたい。

 何とかSランクの相手を倒すことのできた俺だったが、それに対して支払った代償は大きかった。

 両腕の色はすべてどす黒い青色へと変貌しており、肌色が一切見受けられない。

動かすたびに激しい激痛が走るものへと変貌していたのだ。

 そんな手を無理やり動かされた俺は、勝利の涙を浮かべるところを、激痛の涙を浮かべてしまう形になってしまっている。

 ほどなくして勝利宣言が終わり、ようやく解放された腕をいたわると、俺は自分の武具達を拾い集めて舞台から降りていった。

 鳴り止まない歓声は俺の勝利を称えてくれているものが大多数だったが、なぜか『なんで勝った!』『負けろよ!』という罵声も混ざっていた。

とにかくこれで残る試合は後2つ。

数時間でこの腕が完治するとは思えないが、次の試合までにある程度回復することを祈るとしよう。


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