第十一節:予選
いやな感じだ。
うん、ものすごくいやな感じだ。
ここにいるすべての生き物の視線を全部感じる。
生きた心地がしない、しないが観客席からより強い視線が感じられるので、ここはなんとしても勝たなければならない。
勝たなければ確実にやられる。
「それでは予選Bブロックはじめ!」
試合開始の合図がなり、舞台に乗っているものはいっせいに動き出した。
だが、ここはあえてすこし時間を戻すとしよう。
「いい! 絶対優勝よ! 向こうの方がランク高いとかそんなのは関係ないわ。必ず勝て!」
「そんな無茶な…………ワカリマシタタタカワセテイタダキマス」
闘技場について第一声でエマから言われたのがこの台詞だった。
笑顔に怒気をまとわせるエマに、俺は否定することができず肯定の言葉で答えるしかなかった。
勝ちにいかなければ…………負けたときの想像など安易につく。
「アキラさん、番号いくつですか?」
「1051、はぁ~この番号聞く限りじゃ100人以上とバトルロワイヤルか……」
「ですね。確かシードが5人いましたから実際には200人以上かと思いますけど」
「がはっ」
落ち着かせるために飲んでいたジュースを、思わず吐き出してしまった。
シードが5人いたなどと聞いていない。
リットの言葉の真偽を確かめるため、俺は大会のパンフレットを開いた。
それによると今回の大会は選りすぐりの10人で行われるようだ。
そのうちの5人がシード、残りは地獄といって良いようなバトルロワイヤルの勝者ということだが、200人以上と戦う予選からの奴はどう見ても不利だ。
明らかに不利なため、優勝なんて無理無理無理という表情でエマを見るが、もどってくるのはだからどうした? という表情のみ。
きついことこの上ない。
「ごほごほっ、そ、それでほかに情報はないのかな?」
「えっと確か参加者のランクは最低でCでしたね。それとBランク者が600人ぐらいでAランク者は100人近くいました。Aランク以上で予選出ている人はいないみたいですから、なんとかなりそうですね」
「なるかーーー! 自分よりランクの高い奴が少なくとも20人は1ブロックいるじゃねぇか!」
いたって単純な計算である。
自分よりランクの高い奴が20人、自分と同ランクが120人、それ以外が60人といった形だろう。
しかし何なんだこの人数は、自分と同ランクが120人もいるのだ叫びだしたくもなる。
「僕に言われても……それに昔はギルバーンの出場最低ランクがBだったんですから、どちらにしろ自分と同等かそれ以上のランクしかいませんでしたよ」
リットの言うことももっともだ。
もっともなのだがあまりに理不尽ではないか。
「とりあえず頑張るしかないんじゃなくて?」
ジェシー、お前までもか。
「僕達は観客席で応援してるんでがんばってください」
「あぁちょっと!」
俺の必死の呼び止めもむなしく彼等は行ってしまった。
あんな馬鹿な奴に、ほいほいついていかなければ良かったという後悔だけが浮かんでくる。
そんな気持ちのまま時間だけが進み、Bブロック開始となってしまったのだ。
憂鬱も良いところである。
「しかし、暑苦しい! なんなんだこの人の量は! もう少し予選のブロック数分けろっての!」
舞台には200人以上が乗っているのである。
かなりの人口密度だ。
1人に与えられた面積など1平方メートルもいいところではないだろうか。
「うお!」
などと考えていると、右から、左から、さまざまな方向から攻撃が繰り出されてきた。
バックステップでそれらをかわしたと思ったら、今度は後ろの奴にぶつかる。
とてもまともに戦える環境ではない。
(まずいなこれは、相手が違う奴攻撃したつもりでも、狭いからこっちまでとばっちり来るし、よし! 少し掃除しよう)
今回俺がつけているパーツは盾とクローパーツである。
なぜこのようなパーツにしたかというと、こういう使い方を見越してのことだった。
俺はすべての力を盾に集中させるため、盾の付いている左腕を右手で支え足に力を込める。
場外までは約30メートル直線状には乱闘している、数十名。
押し切れなくても確実に何人かは削れるだろう。
「うおーーーー!」
大きな掛け声とともに踏み込んで駆け出す。
駆け出した直後にすぐに盾から重みが加わってきた。
その重みは一歩一歩進むにつれ重くなっていく。
だからといって止まるわけにもいかず、そのまま勢いに任せ突撃していった。
「ぐわー!」
「押すんじゃねぇ!」
「よ、よけろ!」
試合が開始してから、さまざまな言葉が飛び交っているがその言葉は明らかに俺の前方から聞こえてきていた。
気にしない、気にしたら負けだ。
言葉を気にして動きを止め、負けでもしたら俺の人生も負けてしまうから。
盾を前面に押し出して20メートルぐらい走っただろうか、盾にかかる重みはその頃から徐々に軽くなり始めた。
俺に押されたやつらが場外へと追い出されたのだ。
幸いなことに俺を後ろから攻撃する奴がいなかったため、順調に進んだ結果かなりの人数を落とすことができた。
(これ以上押すと、俺も勢いで押し出されそうだから、今度は逆側へと突き進むか)
そう思った俺の行動は早かった。
俺に押されていた奴等が体勢を立て直し反撃して来ないうちに反転し、スペースの空いた場所に向かって思いっきり突き進んだ。
今度はスペースが空いているため加速することはできると思うが、場外までの距離が長いため、おそらく途中で止まってしまうだろう。
それでもやらないよりは数は減らすことはできるはずだ。
こんな感じに多対一の戦いをしている俺であったが、他にも俺と似たようにまとめて脱落者を出そうと戦っている者達がいた。
俺と同じように力任せな戦法をとって、蹴散らしている奴が1人。
ガタイがめちゃくちゃでかく、身長は2メートルを超えているそいつは、殺さないために用意した木でできた大剣を振り回して、次々と場外へと飛ばしていた。
できることなら戦いたくない。
そんな俺らみたいな力任せな戦い方とは対照的に、その身軽さで翻弄し相手を次々に場外へと送り出している者もいた。
視界の端で捕らえたものなのではっきりとはいえないが、どうやら舞台の端で相手が襲ってきたところをその勢いを利用して外に追い出しているようだった。
そんな風に他人の様子を伺いながらもすべての力を走ることに費やしていた俺だったが、とうとう立ち止まることとなる。
予想以上の人数に俺の脚力がついていかなくなったのだ。
だが、それでもある程度は掃除できたはずだ。
開始されて約5分、ぱっと見あちこちで戦闘していた輩は100人以下になっていた。
けれど半数以下にはなったとはいえ、まだまだ人は多い。
もう一度シールドを使って掃除をしたいところだが、後のことを考えるとこれ以上はご遠慮願いたい。
やってみてわかったことなのだが、あれはかなりの体力を使う。
できれば今後のためにやりたくはない。
そうなると残る手段としては、根気よく一人一人沈めていくしかない。
が、体力に自信のない俺としてはそれも避けたいので、ここはやっぱり頭使い楽しておこう。
「よし!」
意気込んだ俺は、すぐに木剣を振り回す男へと近づいていった。
話を聞いてくれるかわからないが奴も人だ。
これだけの人数相手にするのがどれだけ疲れるのかわかるはずである。
「そこの木剣もってるの! 俺と組まないか! あんた見てただろ? あれをやったのは俺なんだが、背中預けさせてくれないか?」
「がはははは! いいだろ! ただし最後は容赦しないぞ!」
「上等。それで十分だ」
突然声をかけられたにもかかわらず、快く俺の作戦に乗ってきた。
さっきの攻撃が、ちょっとしたデモンストレーションになったようだ。
かなり疲れたデモンストレーションだったが、これで背中の安全は確保できた。
あとは俺の体力が持つかどうかだ。
「面白い取引ですね。私もそれに1枚かませてくれないか?」
声の先には優雅な戦闘をしていた男が1人。
盾を使い敵を押し出していた際に、目の端で捉えた色男だった。
「あんた、ずいぶん早いな。たしか向こう側にいたはずだろ?」
「それだけがとりえでしてね」
男は俺と会話しながらも、後ろから向かってきた敵を振り返ることなく沈めている。
俺やこの大男とちがってずいぶん感覚が鋭いようだ。
「そこの盾の、そいつ知っているのか?」
俺の後ろから視線と言葉が送られる。
大男はどうやら先ほどの戦いを見ていなかったようで、この色男について知りたいようだった。
「チラッと見ただけだが強さは、このBブロックでの優勝候補」
「がはははは! そいつはいい。それじゃお前さんにも背中任してやるわ」
「どうも。僕もさすがにこの人数は疲れていてね」
「同感」
そんな感じで俺達は急遽チームを組んだのだった。
チームとなった俺達は強かった。
圧倒的な攻撃力を持つ男、圧倒的なすばやさを持つ男、そしてそこそこ固い守備に定評のある俺。
2人が敵をなぎ倒し、その2人の背中を俺が守る。
はっきり言って俺のポジションは、裏方で地味かもしれんが、1人1人が役割をこなすことにより3人の持ち味を遺憾なく発揮することができたのだ。
そしてついに俺達以外すべての参加者を倒したのだ。
「やっとかたづきましたね」
「がはははは! なかなか面白みがあったのう!」
「ふう、できたら戦いはご遠慮したかったんだけど無理だよな。とりあえず邪魔なのは片付いたからこれからが本番ってことで、合図はこの石がついたらで良いかな」
背中をむき合わせていた3人が、お互いの顔を確認すると俺は石を上に放り投げた。
それと同時に後ろに下がり距離をとる。
ほかの奴等も俺が動くのとほぼ同時に後ろへと下がっていた。
考えは同じようだ。
「予選決勝、始まり始まりってな」
上に投げられた石は、重力に逆らうことなくそのまま地面へと接触した。
「いや~なかなかどうして、これはこれで難しい状況にはなったな」
2人と一定の距離をとりながら、考えるのはこの2人をいかに倒すか。
今の俺達の状況は誰が有利というようなものではないが、誰が不利というものでもない。
3人は今絶妙な位置で均衡しているのだ。
よく、蛙、蛇、蛞蝓に例えられる三竦みの状態といって良いだろう。
最初に動けば不利になる状態なのだ。
「さて、どうしましょうかね? このまま突っ立っているだけとはいきませんし」
「がはははは! それならお前から動いたらどうだ?」
「それは状況によってですかね」
大男と色男の話の掛け合い。
聞けば皆今の状況をどうにかしたいのがよくわかる。
だが動いたらその隙をつかれどうにかされてしまうので、どうにもできないのだ。
このままだと日が暮れてしまうかもしれないな。
「なぁ? 多分あんた達も感じていると思うけど、このままだと誰も動かないと思わないか?」
「それは…………まぁそうでしょうね」
「だったら俺が最初に動いてやるから、2人はその後から動いてくれよ。俺に倒された後にな!」
「「!!」」
言い終わると同時に俺は動き出した。
不利なのはわかっていたが、ここは動かないとどうしようもない。
なんといっても舞台の外から感じる視線が、時間がたつにつれて強くなっているような気がしたから。
俺って気が強いのか弱いのかわからん……たぶん弱いんだと思うけど。
挑発に対し一瞬遅れをとったものの、ほかの2人も動き出した。
案の定狙いは最初に動き出した俺である。
このままでは最初の脱落者は俺になるのは決定的だが、俺にはまだ秘策がある。
いままで魔物と戦うことしかしてなかったが、今戦っているのは人間だ。
対人武術なら地球にもあるっていうことを、教えてやる。
俺は大男のほうへと向かっていった。
相手もこちらへと向かってきているので、その距離はあとわずか、大男がその木剣を振るえば届いてしまいそうな位置だ。
そしてうしろからは色男が、俺以上のスピードで突っ込んできている。
もし大男の振りをガードすれば、後ろから決められるのはほぼ決定的。
そうなっては元も子もないので、左の拳を強く握ると同時に右手で盾を支える。
カチンと言う音とともに盾が外れ、右手に重力を感じるとともに大男へと投げはなった。
大男は俺に対して一振りかまそうとしていた状態だったが、俺の盾が飛んできたことによりぎょっと驚いた表情を見せた。
まさか盾が外れて飛んでくるとは夢にも思ってなかったのだろう。
だが大男もここまで勝ち残った人物である。
驚いたのも一瞬で、すぐにその盾をその木剣で打ち落とした。
しかし、盾のスピードは予想以上に速く鉄でできていることもあり木剣を粉砕したのだった。
粉砕した木片が大男へと降り注ぐ。
そんな中、俺はそのまま奴の後ろへと回り込んだ。
その際色男を目で捉えることができたが、まだ距離がある。
俺は大男にぶら下がるように、首に手を回し締め上げ始めた。
チョークスリーパーだ。
身長が大男のほうが圧倒的にでかいためぶら下がるようなかたちになったが、見事な形で決まったそれは気管と頚動脈をこれでもかと圧迫する。
このままいけば10秒と持たずに落ちるはずだ。
俺はさらに力をこめて、締め上げた。
早く落とさなければ、近づいてきている色男にやられてしまう。
けれどことはそんなに甘くは無かった。
何を思ったか、まだ落ちていない大男が後ろに倒れこんだのだ。
「がはっ!」
肺にあったはずの空気が一瞬にしてなくなる。
それと同時に背中と肺に強烈な痛みを伴った。
その痛みと上からかかる大男の重みによって俺は手を離してしまい、大男を自由にしてしまう。
「げっほ、げほ、あぶねぇあぶねぇ」
大男の判断があと少し遅ければ間違いなく倒せていたのに。
めいいっぱい深呼吸をして酸素を取り入れた大男の顔は、赤から青へと変化していった色を正常へと戻すのだった。
あのまま寝技に持っていかれたら、確実に負けていたがどうやらそうできなかったのは色男のせいらしい。
だが大男は立ち上がると代わりにとばかりに俺の腹に1発蹴りをお見舞いしてから、色男へと向き直った。
蹴りをお見舞いされた俺は、2メートル近く転がされる。
あの巨体から繰り出された蹴りは、それだけで致命傷を負わせるぐらいの威力を持っていた。
肺の痛みと腹の痛みとでろくすっぽに空気を吸えず、舞台を這いずり回っていた俺だったがその視界に映るものはしっかりと捕らえていた。
「はぁーーー!!」
色男の突きが大男へと繰り出された。
狙いは奴の肩、刺されば間違いなく決定的なダメージを負わされてしまう。
だが、大男は動かなかった。
動かなければ決定的なダメージを負うという事は大男ですらわかっているはずなのに、
大男は避けることは無くあえて正面から受け止めたのだ。
回復力の高い俺ですらその方法はとりたくない。
色男には驚きの表情が浮かぶ、おそらく避けられると思いながらも放った一撃だったのだろうが、それがきれいに決まったのだ。
「ぐぅ……」
決められた大男には、いやな脂汗が流れ始めている。
無理も無いだろう、剣は大男の肩を貫通し後ろからその鋭い刃を赤色に染めてのぞかせていた。
ここで剣を引き抜き、動きの鈍った大男の首筋に剣を突き立てれば色男の勝利だ。
そうしたならば、未だ痛みで動くことのままなら無い俺に、あの刃が向かってくることだろう。
何とかしなければと思うが、息をするたびに肺が悲鳴を上げる。
(つっぅぅぅ、まだもう少し時間がかかりそうだ……やばいな)
色男もどうやら俺の考えと一緒のようで、こちらを一瞥して確認すると刺した剣を抜きにかかった。
が、その時だ大男の右腕が色男の左腕をつかんだのだ。
「な!」
「がははははは! まだまだこれからだぜ?」
剣を抜こうとした左腕を無理やりひっぺがえしたと思うと、今度は勢いよく目の前へと放り投げた。
色男は左腕をつかまれても右手で剣をつかんでいたが、剣は抜けることは無く色男が投げられた後も、まだ大男に突き刺さったままとなっていた。
どうやら筋肉の伸縮だけで剣を止めていたらしい。
投げられた色男は背中からの着地となった。
無理な体勢で投げられたため受身もままならなかったらしい。
俺と同じようにヒュッという空気が抜ける音が聞こえた後は、その顔に苦悶の表情が浮かびあがる。
「ぐぅぅぅ!!」
色男を舞台に転がすと大男は左肩の剣を抜きにかかった。
大男の左腕には血がツーと流れ、指先まで達して舞台へと落下していく。
真っ白い舞台を赤に染めるその滴は、ここがオーケストラのような舞台ではなく、戦い好きの馬鹿者どもが集う戦場であることを物語っていた。
大男はその後腰に巻いていた布を左肩に巻き、簡易的な止血を施した。
そしてまだ倒れている色男への元へといき足をつかむ。
「なかなか面白かったぜ」
「それはありがとうございます。また機会があれば」
皮肉とも取れるその台詞に汗を流しながらも笑顔で答えた色男は、されるがままに宙を舞い場外へと落下していった。
残るのは俺と大男のみ互いに傷がある状態だ。
大男は左肩に刺し傷があり、俺は腹部に鈍痛が走っている。
何とか色男と大男のやり取り中に肺の痛みが緩和し、息がまともに吸えるようになり立ち上がることのできた俺だが、腹部の痛みはまだ残っており動き出すことを拒絶していた。
「やっぱりあんた強いね。あんたとまず手を組んだ自分を褒めたいよ」
「お前こそ、ちゃっかり生き残っているじゃねぇか。それに俺の蹴り受けてまだ元気そうだしな」
(残念なことに元気じゃないんだなこれが)
痛みを顔に出さないようにしているが、汗がその痛みを伝えている。
だが大男も似たようなものだった。
先ほどより血が流れているためか顔色が悪い。
2人とも満身創痍、おそらく次のぶつかり合いで決着がつくだろう。
「なんだな。そっちは武器なしでこっちが刃物ありってのもなんだ。フェアにいこうか」
そういって俺はクローパーツをはずす。
かっこいいことを言ってごまかしてはいるが、鉄でできた重しを持ったまま動くことができなかっただけであった。
「がはははは! 気に入った。悔いの残らないようきっちり倒してやるわ」
「そいつは遠慮するよ!」
掛け声をかけるとともに、これまでの戦いで割れた舞台の破片を蹴飛ばした。
両手が満足に使え無い大男には、隙を作るなら十分だろう。
しかし予想に反し大男は左手でその破片を跳ね除け、こちらに右手を出しながら突っ込んできた。
(やばい!)
石を蹴ったせいで体勢がよろしくない。
突き出された右手を跳ね除けるには、踏ん張りが利かなかった。
突き出された右手に左腕をつかまる。
このままでは、色男と同じように場外行きだ。
「なぁろぅ!」
俺はとっさに腰を落とした。
腕をつかんでいた男は、自分の突進の慣性もありそのまま前のめりな状態へと移行する。
そして無防備となった大男の脚の付け根へと、俺は思いっきり足を突き出した。
柔道の巴投げの形である。
「うぉ!」
投げはしても投げられることは経験したことが無いのだろう。
大男は自分が宙を舞う奇妙の感覚のためか、声を上げた。
俺をつかんでいた手も宙を舞うと同時に放されている。
本来なら背中をつければ良いのだが、今回の目標はあくまで場外だったのでほぼ投げっぱなしだ。
見よう見まねでやった技なので安全性は確保していない。
奴が受身を取れることを祈る。
ボスン!
大男がやわらかい地面の場外へと接触する音が聞こえてきた。
それと同時に会場から歓声が湧き上がる。
「おおーっと! これは予想外の展開だ! もはや絶体絶命だと思われていた小柄な男があの大男を投げ場外へと投げ出して決勝へと駒を進めたー!」
先ほどまで仕事をしていなかった司会がいきなり大声で実況し始めた。
手にはマイクのようなものを持っているが、電気機器のようなものをこちらに来て見かけてないので、おそらくリンカとかリンクのような特殊な性質の石でその音を拡大しているのだろう。
そんなことよりもちゃんと名前で司会してもらいたいものだ。
「まさか彼をあなたが投げるとは思っていませんでしたよ」
「俺もまさか投げられるとは思ってなかったな」
声のしたほうを見ると、先ほどまで戦っていた色男と大男だ。
2人の顔がこちらに向けられていることから、どうやら俺に話しかけられているたようだ。
その2人だが大男は左肩を押さえて、色男は投げられたときに折れたのか変な方向に曲がっている右腕を押さえている。
そんな状態にもかかわらずこちらに話しかけてきたのだ、こちらも答えなければ失礼にあたるな。
「それは俺もだよ。それにしてもあんたら大丈夫なのか?」
「大丈夫、とは言いがたいですがこれぐらいの怪我は傭兵をやっていればしょっちゅうですよ」
「そういうことだ。それよりお前の方はどうなんだ俺の蹴りをもろに食らっただろ」
「それなら大丈夫、てわけではないけどちょいとばっかり回復力には自身があるから明日には何とかなるって感じかな」
痛む腹を軽くなでながらそう答えた。
それにしてもさっきまで本気で戦っていたのに、笑いながら話ができるというのは不思議なものだ。
「それはすごいね。あぁ司会者も君のこと待っているみたいだし、敗者はとっとと去るとしますか。私は明日には直るというほど回復力は無いのでね。あぁそうそう良かったら名前を覚えておいてくれませんか? 私の名前はティーラ=モンティー、それではまたいつか会えることを願って」
そういってティーラは闘技場を出て行った。
その後ろ姿は哀愁よりも誇りすら感じさせる歩き方だった。
かっこいい奴は負けてもかっこいいってところか。
「たく、ずいぶんとかっこつけたもんだな。でもまぁ俺も倣ってかっこつけて名乗っておくか。ガバン=アルバーだ。またおめぇとは戦ってみたいもんだな」
そういうと、がはははは! と試合中同様豪快な笑い声を上げながら、ガバンも闘技場を去っていく。
その姿を見送ると、俺は司会に舞台中央まで案内され、調べられた名前と勝者宣言をされたのだった。