第十節:説教
俺が試合に乱入した後は、その後何事も無かったように反則負けとなり、何事も無かったように次の試合へと移り、そして何事も無かったように宿屋へと帰ることとなった。
ただ宿屋では何事も無かったようにとはいかなかった。
「そこのおっさん、時間内に試合にこられなかった理由を100個あげて、そんで10秒以内に全て答えて」
「無茶いうな!」
「なにか?」
「いえ、何も無いです」
宿屋の部屋についたとたんに始まったのは、これでもかといわんばかりの説教だった。
硬い床に正座をさせられ、柔らかいベッドの上から見下ろされる。
上司に怒鳴られることはあったとしても、さすがにここまでされたことは無かった。
そんな屈辱ともいえる現状を甘んじて受けているのは、遅れた原因が多少自分に関係があったことのためということと、王女との関係とジェシーの身分を話したくなかったからだ。
せっかくまとまり始めた夜明けの月に、ジェシーの身分という不安材料を俺は投入したくなかった。
わざわざ自分の身分を隠してまで、この庸兵団に入ってきたのだ。
なんとなくかばってみたくなるのが人情ってものだろう。
しかしそんな俺の考えとは裏腹に、浴びせつけられるのは罵声、大半というかほとんどがエマによるものだが。
他の連中も多少なりにいいたいことはあったとは思うのだが、説教が開始されると同時に俺へと牙を向けたエマの罵声やその威圧感、それらがあまりにすごかったため、今では俺に同情し始めていた。
「今回の件は一方的に俺が悪かったって、だから頼むからおっさんはやめてくれ。地味にきつい」
「何で一番年食ってるあんたをおっさんて言って何が悪いのよ? えぇ?」
「いや悪くは無いんだけど……一応これでも22だし、せめておにいさんってことに……」
「却下」
お怒りのエマ様にはどうやら言葉を聞いてもらえないらしい。
それにしてもおっさんか……もうそんな年何だよな。
「アキラさんって22才だったんですね」
「もっと上かと思っていましたわ」
「私も」
後ろでひそひそと話す3人組。
悪いが聞こえているぞ?
視線がそちらに向いたことに気づいたのだろう、しかし連中はあわてることも無く、何事も無かったかのように見つめ返してきた。
今の立場は弱すぎる。
バチン!
左頬が痛い。
「どこ向いてるかなあんたは? まだ私の話が終わってないのよ? ちゃんと聞いてる?」
「ハイ、トテモヨクキイテオリマス」
姿勢を正し、またエマへと向き直る。
背中にはツーと汗が流れるのを感じた。
彼女の放つ威圧感は、下手な魔物より怖い。
エマの威圧感は相当なものだった。
その言葉一つ一つにのせる力は、怒られていない3人の肩をぴくりと震わせ、時に自分が起こられているかのようにぐっと目をつぶらさせる。
俺はそんな怒られ方を正面で40分受けていた。
時間がたつにつれ威圧感に慣れとは言わないまでも、なんとか受け止められるようになった時、その威圧感がエマの表情からくるものだとは理解した。
エマの表情は怒ったかと主へば、天使の微笑みと見間違うような笑みを浮かべたり、全ての感情が抜けきった表情を浮かべたりと変えている。
自分の発する言葉の意味を理解し、その言葉に対して一番怖い表情をとっているのだ。
彼女の完成された怒り方は、正体がわかった今でも俺の尻尾を丸くさせ抵抗させる気力を沸かせない。
だがそれが良かったのだろう。
ほぼ無抵抗でいたことにより必要以上の怒りを買うことは無く、俺に対する文句をあらかた言い尽すとその怒りは徐々に静まっていった。
「とりあえず怒るのはここまでにするわ。けどそれなりに罰は受けてもらうわよ?」
ベッドの上であぐらと手を組んでエマが言う。
俺としては、もうすでに罰を受けているのに値するものだと思っているのだが、そんなことを口にするとエマの怒りを買う恐れがあるため俺は口には出さなかった。
「罰って鞭打ち百回とか、馬車に縛り付けて町中引きずり回しとか、女装させて娼館にうっぱらうとかじゃないですよね?」
代わりに口に出したのは俺が考える罰の中で、嫌なものあげてみた。
最初の2つは肉体的に、最後の奴は精神的にきついものだ。
「――それも良いかもね。とくに最後の」
「勘弁してください」
エマがにやりと笑ったのを見て、俺はすぐさま頭を下げた。
自分で言ってなんだが、全部洒落にならない。
「ふん、まぁいいわ。それじゃ裁きを申し渡す」
「ははー」
「明日の個人戦で優勝して来い」
「はっかならずや優しょ…………あのちょっと無理だと思うんですけど」
時代劇風に半分ノリで答えてみたのだが、エマが与えた罰は俺にとって無理なものだった。
エマの説教中にでてきた今日の対戦チームのことを思い出す。
どいつもこいつもランクはSランク以上という話で、そのうち1人を倒すのに全員本気でかかった上リットという犠牲が出たという話だった。
そんなやつらとあたるかもしれないというのに、個人で俺に勝てというのは無理難題と言うものである。
「無理じゃない。たとえ無理だとしても無理を通して賞金かっさらってこい!」
「無理を通せったて…………本気みたいですね」
「えぇ本気よ」
「でも、いくらなんでも出場できないじゃ?とっくに受付期間過ぎているはずだし」
考えてみればわかることである。
俺だけがこの町に早く来た理由、それはギルバーン出場のための受付であった。
出場できないということを避けるために、早めに受付をするというものであった。
受付はすんなりと終わり、そのおかげで今日は何の問題もなく? 夜明けの月はギルバーンに出場することができたわけだが、あれはあくまでもチーム戦の受付である。
俺は個人戦の出場手続きまでは取っていない。
「それなら大丈夫よ。今ハンスがあなたの変わりに受付にいってるから」
「え! 期間過ぎてるだろ」
「問題ないわ。個人戦は前日までが受付け期間だから。ただそのおかげで参加人数が多いから、明日には予選が行われるはずよ。たしか試合形式はバトルロワイヤル。参加人数にもよるけど100人中1人勝ち抜けとこよ」
思考がいったん停止する。
まてまてまて、それってとんでもなく倍率高くないですか?
焦りを感じ始めた頃、部屋の扉が開いた。
それと同時に皆の視線は、扉から現れた1人の男に注がれた。
「出場の手続きしてきたっす。しかし出場人数すごいっすね。番号札預かったっすけど1051番すよ。やっぱり個人戦はランク関係ないせいですかね」
「えぇ! 出場はBランクからじゃ?」
「あぁそのことなんすけど、どうやら今年から個人戦はランク取っ払うようになった見たいなんすよ。なんでもランクの低い強者を見つけるためとかで。だから今年出場者多いんすよね」
俺はすぐさまエマへと向き直った。
(なんでこんなことになった? 罰を受けるのはいいとして何でその罰が優勝なんだ? 無理だろ。てかいったいどうやって受付を……)
いろいろと頭の中で考える俺の顔は疑問符やら感嘆符などたくさんの記号を浮かべたような、そんな微妙な顔をしていたことだろう。
「ん? なに? 文句でも?」
「いや、文句はないけど」
「文句がないならいいでしょ。ハンス、アキラのギルド認定書元に戻しといてね」
「了解っす」
そういわれたハンスは、何のためらいもなく俺の鞄に近寄ってガバっと開ける。
そして何事もなかったように、ギルド認定書をしまったのだった。
そうかそうか、あれで俺に成りすまして受けてきやがったのか。
「とりあえずアキラわかったわね? 明日は個人戦よ」
「もう好きにしてくれ」
「いい返事ね。それじゃお説教はここまで。ご飯食べに行こうか」
エマはそういってベッドから降りると、すぐに部屋を出たのだった。
同じようにベッドから降りた三人は俺に、申し訳なさそうな感じでエマへと続く。
ハンスはまだここの空気を理解していなかったため、陽気にそれへと続く。
俺も何とか気持ちを切り替えて明るく食事しようと部屋を出ようとしたが、正座を長時間した俺の脚は他人様のもののようになっていて、動き出すことができたのは皆が食事を始めた頃だった。