第九節:夜明けの月第一試合
試合が開始されるまで後5分、興奮高まっている観客達は今か今かと始まりの合図を期待していた。
しかしそれは観客の思いであって、参加者としてはその合図を少しでも遅くしたくて仕方がなかった。
「遅い!」
「遅いですわね」
「遅いですね」
「遅いわ」
「遅いっす」
控え室で待つ夜明けの月の全員がそれぞれあいつのことを口にする。
まったくあいつは夜明けの月の副団長としての自覚があるのだろうか。
私は苛立ちながら、最後にあいつと一緒にギルドに出かけていたジェシーへと質問を投げかけた。
「ジェシー、本当にアキラのことは知らないの?」
「知りませんわ。と、トイレに行くといったきりそれだけでしてよ」
「本当にトイレなんですか? さっきすべてのトイレ調べてきましたけどアキラさんいませんでしたよ?」
「トイレの場所がわからなくて野ぐそでもしてるんすかね?」
「「「「…………」」」」
「冗談っす」
急な沈黙に驚いたハンスはすぐさま取り繕っていたが、冗談には聞こえなかったので後でアキラに伝えてあげよう。
「けど、本当に遅いわ。アキラさんのことだから逃げるとは思いませんけど」
「このままだと4人で出るしかいかなくなりましたわね」
「う~~~む」
困った。
私は椅子にあぐらをかきながら、腕を組み考える。
アキラがいないというのはかなりの戦力ダウンを否めない。
もちろん人一人分の戦力がなくなるので当然のことなのだが、なんだかんだ言ってアキラは、今のところは夜明けの月の中で最強なのだ。
リオより力は強くないとはいえ、重量系の武器を使いこなす、あの身体能力。
実戦経験が少ないのにもかかわらず、焦ることなく戦うことのできる冷静な判断力と度胸。
そして極めつけはなんと言ってもあの回復能力である。
レベアルの一件でそれはわかったことなのだが、今では擦り傷や切り傷などは、怪我をしてから30分ぐらいで治りかけていた。
あの回復能力は、あまりにも異常なため一度徹底的に調べてみたいとは思うほどだ。
(調べると言っても医者の知識なんてないけどね)
そんな回復力にくわえ、最近では盾も手に入れて防御面もアップした。
それらすべてを計算すると、間違いなく夜明けの月最強である。
しかしそんな彼でも弱点はある。
紳士というと聞こえは良いが、女子供に弱いのだ。
これは本人が言ったわけではないが、アキラ自身の行動がそれを裏付けている。
アキラはなんだかんだ言ったとしても、最後には私の言うこと聞いてくれるし、町中でコドラと散歩して子供に声をかけられれば笑顔で対応する。
このほかにも彼が女子供に弱いことを示す行動はあるが、今はこれだけにしておこう。
それにしても遅すぎる。
もしかしたらアキラが来ないのは、彼の弱点である女か子供、そのどちらか絡んだ事件に首を突っ込んでいるせいなのか?
それともただ単に私を殴ったことにおびえているだけか…………。
とりあえずあれはあれできちんと報復するつもりではあるが。
そんなことをいろいろ考えはしたがアキラが戻ってこない理由は、結局わからなかった。
(いろいろ考えてもしかたない、気持ちを切り替えるためにジェシーでもいじくりますか)
「そういえばジェシー、ここ数日アキラに呼ばれていたみたいだけど何だったの? もしやひそかにデートとか?」
「ち、違いますわ! ただ剣術を教えて欲しい人物がいると言って誘われただけですわ」
「ほほ~~それで?」
「それだけですわ!」
ジェシーは頬を赤くして手を必要以上に振って否定する。
まったくかわいいことで。
それにして進展ないなんて奥手も良いところ。
気に入ったならがばっといけば良いのにがばっと。
そんなことを思っているとジェシーが声を上げた。
「あ!」
「どうかしたの?」
「いえ、もしかしたら……」
どうやら何か思い当たることがあったようだわ。
とっととしゃべってもらってアキラを何とかしましょう。
「実は……」
トントン
ジェシーがしゃべりかけようとした時、控え室のドアがなる。
なんとまぁタイミングの良いこと。
「試合が始まります。こちらに来てください」
「副団長のことはあきらめるしかありませんね」
「あーーーー! もう後でぶん殴ってやるわ!」
結局間に合わなかったアキラを放って置き、私達は闘技場へと移動していった。
夜明けの月の団員でも武器専門のハンスは場外の位置で、こちらの様子を伺っている。
「これより第一試合を始めたいと思います!」
ウォーーーーーーー!!!
私達が舞台の袖に到着すると、司会が進行を始めた。
すると同時に歓声が歓声を生み出し闘技場に鳴り響く。
対戦チームとは舞台をはさんで相対しているため、にらみ合いをするということはおきなかった。
ただあまりの歓声に私達も対戦チームの方も同じように耳をふさいでいた。
「ちょっともう少し静かにしてくれません」
「本当にうるさいわ」
ジェシーとリオもこの騒音にはご不満らしい。
もちろん私もだが。
「ですがその前にルール説明に移らせてもらいます。今から行われる試合はチーム戦であり5人以下の人数で戦闘が行われます。武器の制限はありません。勝敗は相手チームのリーダーを戦闘不能にすることです。戦闘不能の基準ですが気絶、ギブアップそれとこの円形の舞台から落ちる場外、これらが戦闘不能とみなされます。またリーダー以外の気絶、場外等は勝敗にはまったく関係ありません。ただし場外の場合のみその後の試合に参戦することはできません。ですが気絶の場合は、その試合中に回復することがあればいくらでも参戦して結構です。そして最後に注意事項ですが、皆様もご存知のとおりこの格闘祭ギルバーンは殺人を良しとしません。そのためもし誤って相手を殺してしまった場合その時点で殺されてしまった方の勝利とします。以上がチーム戦のルールとなります」
長々と説明されたルールだが、何簡単なことだ。
リーダーである私さえ負けなければ、勝てるというものだ。
「そうだ気になったから行っとくけど、くれぐれも怪我には気をつけてね。いまだにこの大会では死者は出てないみたいだけど、この大会で受けた怪我が元で死んだ人は結構いるみたいだから」
「エマさん、試合始まる前に脅かさないでくださいよ」
リットがこちらを見て軽く震え、苦笑いを浮かべた。
私は決して脅しのつもりで言ってはいない。
事実、私の知り合いはこの大会に出たせいで、傭兵家業から足を洗うことになった。
そんな危険な大会で、私達は優勝を狙っている。
けど、それはあくまで怪我しないことが前提にあってのことだ。
もし誰かが致命傷を受けそうになれば、私は迷わずギブアップを選ぶ。
団長として最低限度の心構えを改めて認識していると、司会の口が動いた。
「それでは時間も押してきたようなのでさっさとはじめたいと思います。赤の門から来たのは、皆さんもご存知、現世の騎士だーーー!」
司会の口上に観客達は大きなどよめきを見せその後、大いな盛り上がりを見せた。
「え!?」
驚きのあまり私は思わず目を見開き、口からは言葉が漏れた。
なぜならば、司会が口にした傭兵団の名前があまりにも有名すぎるものであったためだ。
「対して青の門から入場したのは現在急成長の新鋭、夜明けの月だーーー!」
私の驚きなど関係なく私達の団名が告げられる。
その団名が述べられた時も大いに歓声が上がった。
私達の団名で盛り上がってくれるのは非常にうれしいことだが、その歓声は私にはここで終わりなのだからと、いたわりを含んだ歓声に聞こえてならなかった。
「試合はじめ!」
対戦相手の再考をという、私の思いなど通じるわけなく、無情にも第一試合は始まってしまった。
私の記憶が正しければ……いや今は記憶が正しくないことだけを祈りたい。
だけど目の前の相手チームを見て、その祈りは少しも届いていないことが伝わってきた。
「皆急いで下がって! それと決して別々に戦わないで! くだらない他の命令なら破っても良いけど試合中の命令だけは絶対にきいて!」
試合が始まったばかりだというのに、私は焦りからか怒鳴るように叫んでしまった。
現存する全傭兵団のどのメンバーであたったとしても、おそらく彼らには勝てないからだ。
普通なら彼らのような傭兵団はシード枠で出てくるはずなのだが、それがシードではなく、一般枠で出てくるなんて思いもしなかった。
それどころか出てくることさえ私は考えていなかった。
なぜなら彼らはここ数年間、大会に出てなかったためだ。
だからこそ私は本気で優勝を狙っていたのだが、それが今回に限って出てくるなんて……嫌がらせもいいところである。
頭に意識をもっていけばもっていくほど愚痴しか出てこない。
それでも何とか現実を見つめなおし、私は作戦を立てたのだった。
「いい、良く聞いて! 向こうに参加してるメンバーは私の記憶が正しければおそらく全員ランクS以上よ。あなた達もわかっていると思うけどAとSとの壁は、BとAとの壁なんかより何倍も厚くて強固なものなの。はっきり言って私達が勝つ確立なんて絶望的も良いところよ」
「ずいぶんといやな情報ですわね。私も先ほどの団名に聞き覚えがありましたので、頭の中を調べなおしていましたら、団長とまったく同じ結論に達しましたわ」
ジェシーが私の言葉に同意する。
そんなジェシーの顔には、まだあまり動いていないというのにツーと汗が流れ始めていた。
彼女も肌で感じているのだろう、彼らの実力を。
「団長、全員対1人に持っていかないとだめってことですか?」
「えぇ悔しいけど。そうでもしないとぼろ負けも良いところよ。リオ彼らを分断するように大きく切り裂いて。ジェシーは分断された人物が反撃できないように手数で圧倒して。リットと私はその隙を突いて場外を狙うように攻撃」
そう簡単にいくとは思ってないけどやるしかない。
私は全員に視線で確認を取る。
皆、首を縦に振りうなずき返してきた。
私は、目を閉じふぅっと思い切り深呼吸する。
そして戦うことだけに意識を集中させると、目を見開き声を上げた。
「それじゃ、作戦開始!」
その言葉と同時にいっせいに地面を蹴った。
先行するのはリオ、その大剣をものともせずに敵へと突っ走る。
狙っているのは、一人微妙に離れている槍を持っている男だ。
その男を分断するために右に少しヒットポイントをずらし大剣を振るう。
大剣はその重量感にものいわせ、恐怖の鉄槌と化す。
ガキン!
勢いよく振るわれた剣は、予定通り相手を逆側によけさせることに成功する。
変わりに剣の餌食となった舞台は、剣の形の亀裂を作ったのだった。
「おぉ怖、あたったら死んじまうぜお嬢さん」
「シュウ~~。お前は遠慮しないで死んどいていいぞ。骨は拾ってやらんから」
「ひでぇ!」
メンバーから一人孤立されたというのに、槍を持った男は軽口を叩く。
また、他の団員からは冗談まで飛び出してきた。
そればかりか、不利な状況に追い込まれたのに、誰一人として動こうとしていない。
これは完全になめられている。
私はその態度に、悔しさのあまり歯に力がこもる。
だが、私はその悔しさを口には出さず、次の指示を出したのだった。
「リオ、他の連中は気にしないでジェシーと一緒にそのまま攻めて! 相手のリーチには気をつけてね!」
「はぁーーーーー!」
リオは言われたとおりに、槍を持ったシュウという人物を攻め立てる。
振り下ろした剣を横なぎにして攻めた攻撃は、シュウを移動させジェシーへと導いていく。
すでにシュウを助けるには1手どころか2手ぐらいは遅れてしまっているというのに、奴の仲間は試合を開始したときと同様に動こうとはしていなかった。
それどころか先ほどシュウに声を掛けた男は試合中だというのに、その場に腰を下ろしあぐらをかいて観客のように声を上げる。
「いいぞー! やれーーー! そのまま殺せーー! そんでそいつ終わったら俺と一緒にデートしよう~」
「調子に乗りすぎよ。せめて立ってなさいよ」
「いいじゃねぇかよ。お前だってやる気無いんだろ?」
「やる気が無いわけじゃないわ。優勝は狙っているもの。ただ動きたくは無いの」
「なんだそりゃ」
時間が進むごとに仲間が不利になっていくというのに、彼らは談笑していた。
私からすれば、なんだそりゃ、はこっちの台詞である。
手を出さないでくれるのは非常にありがたくはあるが、ここまでなめられるとさすがに腹が立ってしかたが無い。
しかしそんな状況であっても私は彼等に向かって啖呵を切ることも無く、そのまま次の指示を出したのだった。
「ジェシー、リオそのまま押し切って!」
「わかっていますわ!」
私の言葉どおり彼女達はシュウを攻め立てていた。
リオはその威力とリーチを武器に彼がよけるのではなく防がなくては無理な場所を攻撃し、ジェシーはその時にできた隙を攻撃していく。
見事な連係プレーである。
けれどシュウはまだかすり傷一つおっていなかった。
普通ならば倒されていておかしくないはずの猛攻なのに、それを難なく切り替えしているのだ。
状況が非常に不利であるというのに、笑顔を浮かべて。
腹が立つ。
「いや~二人とも強いね。終わったらどっか一緒にいかない?」
「いきませんわ!」
「いかない」
猛攻を余裕の笑みを浮かべながらかわすシュウの言葉に、2人は即答し攻撃を続ける。
ジェシーはより早く、リオはより強く。
しかし、いくら早くしようが強くしようがシュウは攻撃を防ぎ、いなす。
そして笑顔を浮かべ、また軽口を叩くのだった。
やはり腹が立つ。
「え~! じゃあ付き合って」
「いやです。ちなみにそっちの子もダメ。ジェシーは好きな人いるから」
「ちょっとリオ!」
「そいつは残念」
シュウは残念と目を瞑りうなだれた。
Bランクの傭兵2人を相手にして、それはあまりにも無謀な行動である。
リオはシュウの無謀な行動をチャンスとして受け取り、攻撃のパターンとリズムを変えて攻撃を加えた。
ジェシーもリオの返答に多少なりに動揺してしまったが、すぐに気を引き締めてこちらもうなだれているところに攻撃を加える。
2人の攻撃は普通の人間ならば間違いなく回避不能の攻撃であった。
けれど一方はリズムとパターンを変え、もう一方は手数を増やしたというのにシュウはそれらの攻撃を見事にかわし、いなしたのだった。
「ジェシー! リオ! 下がって!」
今だかすり傷すらつけることができてはいないが、それでもリオとジェシーはシュウを場外近くまで追い込んだ。
後一押しあればシュウを無力化することができる。
私はその一押しをすべく、2人に向かい声を上げ、両手いっぱいに持ったナイフをシュウヘと投げつけた。
彼女達は私の声が聞こえるとすぐに指示に従い、ほぼ同時にバックステップをして、シュウから距離を取り投げられたナイフをかわす。
投げられたナイフはきれいにまっすぐ刃を前にして飛ぶものもあれば、回転してしまいぶつかるのが刃か柄か不安なものもあった。
だがそのすべての進む先にはシュウを捕らえている。
「食らえ!」
「そいつは勘弁」
当たる。
飛んでいくナイフを見ながら私はそう確信していた。
けれどナイフは当たることは無かった。
シュウが槍を目の前で回転させることですべて叩き落したのだ。
(まるで曲芸じゃないの!)
切り札のひとつでもあるナイフの全発射を、こうもたやすく切り抜けられてしまうとは腹立たしいことこの上ない。
「シュウ~。その女の子は誘わないのか~?」
「誘いたいけど無理~! 俺の顔見て怒ってるし!」
彼のメンバーが茶々をいれた。
私はシュウを睨みつける。
すると彼は私の顔を見て答えた。
その答えに私の怒りのボルテージが2段階上がる。
(無理って何よ! 無理って!)
結果としては誘われても断るので同じなのだが、それでも無理と言って私だけ誘われないのは非常に腹立たしかった。
それだけで怒りは1段階怒りが上がる。
この時点でもかなりの怒りの量なのだが、さらに私の怒りのボルテージを高揚させる原因は、こちらが全力を尽くしているというのに、シュウの本気を今だ引き出せないうという自分達の不甲斐なさであった。
あぁ腹が立つ。
「こうなったら……! リオ、ジェシー、押さえて!」
その指示の言葉が聞こえた二人は動き出した。
同じく聞こえているはずのシュウはというと、2人にされるがまま両手を差し出したのだった。
「いいね~両手に花だ。やっぱり付き合ってくれる気になったの?」
「「…………」」
2人は答えずそのままシュウを抑え続ける。
「リット、いくわよ! 思いっきり奴に走りこんで!」
「はい!」
全員でたった1人の男に全力を出している。
プライドも外見もかなぐり捨てての攻撃であるが、今のところそれすらもきいていない。
だったらもう1つ切り捨てた攻撃してやろうじゃない。
「リットそのまま突撃! 私も後ろから続くわ!」
「了解です!」
シュウとの距離が縮まる。
後5メートルも無いだろう。
「2人とも名残惜しいのはわかるけど、そろそろ放してくれるとうれしいんだけどな」
「その願いは却下します」
「あなたみたいなのを掴んでいるのは不本意ですけど、命令ですの」
「ふぅそれじゃ無理やりはがさせって――――っちょっと右側のお嬢ちゃん。できたらそんなにきつく握らないで……いたい! 痛いってば!」
やった!
どうやらリオの力はシュウよりは強いみたいだ。
笑顔を浮かべていたその顔も今は脂汗と、苦痛の表情を浮かべている。
よし今ならいける。
「うら!! これでも食らえ!」
私は瞬間的に加速し、リットの背中へと体全体を使って蹴りを食らわした。
「え! えぇぇーーーー!!!」
リットは予想外の出来事に対応することができていない。
おし! そのままぶち当たれ!
「お願い! マジで放して! いやホント放して! お願い!」
「ダメです」
「ダメですわね」
必死に逃げようとするシュウを2人は放さずリットの到着を待つ。
そして…………。
「うわーーー!」
ドゴ
リットの叫び声とともに接触。
それと同時に両手は開放される。
しかしそれでは遅い。
猛烈な勢いのリットを受け止めたシュウは、そのままリットもろとも場外へと落ちたのだった。
「つぅ……激しい挨拶だこと。たく、今晩お前が付き合ってくれるってのか? よく見たらかわいい顔してるじゃないか」
「ひぃ! こ、これ以上近寄らないでください!」
「あら、残念」
場外に落ちたというのに気にしていないようだ。
それどころかリットを口説いている。
もうなんなのよこの男は!
「俺、場外に落ちちゃったから後よろしく~!」
「お~、そろそろ俺達も飽きたしすぐに終わらせる」
「な、なにがすぐに終わらせるよ!」
頭にくる。
たしかに彼等からしたらたった1人に、こんなにもてこずっているのだ。
そう思われても仕方が無いのかもしれないが、やはりむかつく。
本当にすぐ終わらせられそうなのがよけいに。
「ジェイラとシグレはあっちの2人やってね。俺はこっちの大将相手にしてくるから」
「あとでボトル1本ね」
「わかったわ」
それぞれがそれぞれのターゲットを決め動き出した。
まずい。
私達はできるだけ集まって、戦わなくてはいけないのに。
「皆集まって!」
「それは後にしてくれ」
早い。
先ほどまであぐらを掻いて、座っていたというのにリーダー格と思われる男はすでに私の目の前まで迫っていた。
「それに、もうそろそろあっちも終わっちゃう頃だと思うよ?」
剣を振りかぶった男の横から見えるのは、苦戦しているジェシーとリオ。
ジェシーは鞭の変則的な軌道とそのリーチに苦戦して、リオはナックルの連打に翻弄されていた。
これが私よりも上位ランク者の戦い……。
圧倒的な戦力の差を見せられる。
「ほらほら、よそ見してるとこっちもすぐに終わっちまうぞ?」
「くぅ!」
振り下ろされた剣をナイフではじき返しなんとかしのぐ。
だが男の攻撃は終わることはない。
攻められじりじりと後退させながる。
男の攻撃を受けるナイフを持つ手は、徐々にしびれ始め握力がなくなってきた。
そして、何度目かの攻撃で私のナイフを男は弾き飛ばしたのだった。
「そんじゃこれで終わり」
そういい終わった後に振り下ろされた剣は、まっすぐに私に向かってきた。
やばい! やられる!
その瞬間ダメだとわかっているのに、目を閉じて両手で防ごうとしてしまう。
(目を閉じるなんて傭兵失格かな……)
ガギン!
けたたましい金属音が聞こえてきたのは、両手をだしてすぐだった。
そしてそれと同時に巻き起こるどよめきの声。
目を開け見てみればそこには見慣れている男が1人立っていた。
大きな盾で攻撃を防いでいるそいつは、
「悪い、遅くなった」
そうただ一言つぶやいた。
「たく、遅い! それに…………」
「それに?」
「反則じゃーーーー!!!」
私の拳がアキラの顔面を捉えるのと同時に、試合終了の合図がなったのは言うまでも無い。