第八節:ギルバーン開催そして
「ここにギルバーンの開催を宣言する」
ウォォォォーーーー!!!!!!!!
熱気に包まれた闘技場は、盛り上がる観衆により埋め尽くされていた。
闘技場の大きさは東京ドーム……いやそんなものとは比べ物にならないだろう、その観客数は10万を超えている。
そこまでの人数を集め、熱狂させるもの。
それは今日から3日間開催される格闘祭、ギルバーンだ。
参加人数は前年を大きく上回り過去最大のものとなっているということだ。
そのためか参加人数の多い個人戦は、今年からチーム戦の後に回されることとなっていた。
「はぁ~~~あ、朝早いのに皆良く集まったわね」
欠伸しつつ選手控え室で闘技場の様子を伺うは、我が夜明けの月団長エマである。
「チーム戦の参加団体数は15チーム、それだけの団体戦を今日中に終わらせなければいけないのですから、当然朝は早く夜は遅くなります」
「僕達は朝に慣れていますけど、団長は弱いですからね」
リオに正論、リットに自分の弱点を言われたのだが、エマは気にする様子は無くというか眠気で認識せず、再び欠伸をしてはコドラを抱き枕に目を瞑るのだった。
「いいかげんかわいそうだから離してやれよ。それともそのまま試合に挑む気かよ」
「あと少しだけ~」
「あと少しだけじゃない。ジェシーと一緒にのんちゃんとコドラとっとと預けて来い。本当に試合始まっちまうぞ」
馬耳東風そんなことは関係ないとばかりに眠り続けるエマ。
さすがにこのままではまずいだろう、なにせ俺達は夜明けの月は第1試合、後30分かそこらで試合開始だというのに。
本来ならばこんなぎりぎりまでペットを控え室に連れているなどありえないことである。
しかしそのありえないことを普通にやってしまうのが、この夜明けの月もとい団長といったところであろうか。
ここは副団長として何とかしなければならないだろう。
俺のその行動がエマの恨みの1つや2つ買うことになろうとも。
俺は右の拳を頭上まで上げ振り下ろす。
「あ」
「まぁ」
「いったーーーーい!!!」
振りかぶった時点でジェシー達が、警告に近い言葉を発したがすでに遅い。
繰り出された拳はエマの頭を捕らえゴンという音を奏でだした。
拳を受けたエマは両手を音が鳴った部分へとすぐさま移動させ、擦る。
かなり痛かったのだろう。
その目には薄く涙が見えた。
エマの腕から離れ自由が得られたコドラはどうしたかというと、すぐさまこちらへ近寄ってきた。
「よし! 今のうちに預けてくるぞ。ジェシー俺が殺される前に行くぞ」
「あ! 待ってくださいですわ」
さすがに拳骨食らわせて、無事であそこに居続けることができるとは到底思っていない。
俺はすぐさまコドラを抱え、のんちゃんを抱いたジェシーを連れ出して、控え室を出るのだった。
「ふぅ、とりあえずこれで何とか間に合いそうだが……大丈夫だよな俺」
「だ、大丈夫だと思いますわ……たぶん……おそらく…………む、無理ですわね」
俺をフォローしようとしたジェシーだが結論、無理と判断してしまったようだ。
うん、どうせ俺も無理だと思っているよ。
エマのことを気にかけながらも闘技場のすぐ近くにあるギルドへと足早に向かう。
ほとんどの人間が闘技場にいるためか、いつもよりも道がすいているように感じられる。だがそれはただ単に、出店がギルド側に無かっただけのようで、遠くの方には芋を洗うように人があふれているのが見えた。
ギルドまでの道に出店が無いのは、参加する傭兵達への配慮だろうか。
ギルドについた俺達は、すぐさまコドラとのんちゃんを預け控え室へと戻る。
闘技場からギルドまではそう時間はかからない。
このまま行けば十分間に合う。
そう思い安心しつつも行きと同様帰り道も足早で歩いていると、目の端にとてつもなく嫌なものを捉えてしまった。
その嫌なものは無視するには少々、無理がある代物であった。
「あ、ジェシーちょっと先に行っててくれないか?」
「どうかしまして?」
「いや……そのなんだ、ちょっとトイレに。一緒に来るか?」
「遠慮しときます! は、は、はやく行ってきてくださいですわ!」
「わるいな」
ジェシーは顔を赤くしギルドに行く時よりも早い足取りで闘技場へと向かっていった。
この調子ならばまずこちらの様子を気取られることは無い。
恥をかいてまで会う必要があるのかは疑問ではあったが、きっと会わなければいけなかったのだろう。
そう俺に思わせるほどの存在感を放ちながら、俺の背後まで近づく人物。
そしてその人物からは、存在感と同様に肌がちりちりするような殺気をはなっていた。
そのまま斬りかかってこないのが不思議なぐらいの殺気を。
「気を使わせたようだな」
よく行ったものだ。
ジェシーの視界に入らないようにしたうえで、俺だけにガンガン姿見せて睨んでいた強面さんが。
「俺が気を使わなかったらどうしたんだよ?」
「その時はさすがにあきらめるしかなかったがな。私に姫様の従姉妹様を斬るなどということはできんからな」
「でも、その知り合いは斬っても良いって言うのか?」
「…………場所を変えるぞ」
「仰せのとおりに、騎士ゼルバ」
互いに顔をあわせることの無い会話は、ゼルバが移動することにより終わりを告げる。
俺はゼルバの足音が聞こえると、振り返り彼の後姿を確認した。
俺はこのゼルバを追ってはいけないと頭では理解していた。
この後ギルバーンのチーム戦が待っていて、その時間も押し気味。
移動して喧嘩してまた移動して、おそらくそれだけで1時間ぐらいはゆうに掛かってしまうだろう。
だが、それなのに俺はゼルバに乗ったのだった。
うちの連中には申し訳ないが、俺にだって引けないことがある。
こちらの世界に来てから、意地を突っ張る傾向が強くなっている気はするが、これは素の自分が出てきただけだと俺は思っている。
きっとこんなくだらない意地をやるのは良くないことののだが、気持ち的には悪くは無かった。
「こちとら優勝狙ってたんだ。それなりの覚悟はしとけよ」
「覚悟か……覚悟が無いものが騎士になど到底なれんわ」
ちょっとした距離を置きながら話す俺達。
そんなぴりぴりとした雰囲気を感じ取った通行人は俺達を避けるようにして道を空ける。
できることならこの後おこなう事や、現在の状況をとめてもらいたいものだが、通行人にそれを強いるのは酷と言うものだろうか。
おそらく前を歩くゼルバをとめられるのはごく一部の人間だけだろうから。
しかもそのごく一部の人間というのは、はるかかなたの目上の人物。
こんな町中にいるはずも無い…………おそらくとしかいえないが。
「だいたい見当はついてはいるけど、一応聞いとく。なぜ呼び出した?」
「見当がついているのに俺に聞くか。どこまでも腐った奴だ。貴様がしたことは姫様が許したとしても俺は絶対に許さん! 姫様の肌を傷つけるなどな!」
人がほとんど見えなくなったあたりで口に出した会話は、俺の予想通りに進んでいく。
昨日までおこなっていたセリアの特訓。
俺とセリアがおこなっていた特訓は、ルールがあるとはいえ実践さながら。
おまけに身体能力の差では圧倒的に俺のほうが上だったのだ、怪我の1つや2つしてもおかしくは無かった。
実際擦り傷や切り傷は何箇所かセリアの肌へと刻まれていた。
その異変を毎日顔を合わす騎士達が気づかないはずは無い。
セリアの傷は騎士達も何かあるのだろうと思い捜索をかけたはずだ。
そして、俺との特訓がついにばれた。
騎士の連中としたら、すぐさま俺をどうにかしたかったんだろうが、セリアの手前何もできずにいたのだろう。
そしてなにもできないまま特訓は終了した。
特訓の終了でセリアは傷を負う事はなくなったが、今まで受けた傷はもう取り返しのつかない。
姫を守るための騎士が何もできず、ただ君主が傷つくのをただ眺めているしかなかった屈辱。
そんな怒りがセリアとの繋がりが断たれた今解き放たれ、俺へと向けられているのだ。
まったく良い迷惑だ。
俺は俺でセリアに散々振り回されただけなのにな。
「止まったってことは、ここで良いのか」
「貴様の血で町を汚すわけには行かないからな」
歩き続けた俺達はすでに町の外まで来ていた。
そして何の因果か、いや奴は狙ってこの場所を選んだのだろう。
セリアと特訓したこの場所を。
「とりあえず俺を無事で戻す気はないってことか」
「ふん、戻す気すらないわ」
「上等!」
雲ひとつ無い晴天の下、セリアの特訓がおこなわれた場所で今日も俺は試合をする。
遠く響く闘技場の歓声を始まりの合図として。
「そろそろ帰してくれるとうれしいんだけどな。うちの団長に本気で怒られちまう」
「貴様の都合など知ったことか、我が君主セリア姫を傷ものにした報いを受けるが良い」
「……なんとなく卑猥な感じだな」
「貴様!」
歓声が遠くから聞こえてくる中で、金属のぶつかり合いだけが大きく響く。
左から切り込まれればそれに対応して盾を、右から切り込まれればソードを。
逆にこちらから切り込んでいけば、相手の剣が先に行こうとするその意思を受け止めはじく。
いつまでもこうしているわけにはいかない。
それはわかっているが、俺の相手を務めるゼルバが一向に離してはくれない。
その執念はすでに愛の領域にさえ感じる。
死と隣り合わせのワルツを踊りながら、体温と動悸だけが高まっていく。
今の状況を見たらセリアやあいつらはおそらく俺を止めてくれるだろう。
そうなるのが一番いいことだ。
だが少々俺はゼルバの一途な愛にあてられたらしい。
恐怖しか生み出さないダンサー、今目の前にいるゼルバと踊ることが怖くもあり、それ以上に楽しいと感じていたのだから。
「今ならまだ遅刻で軽くどつかれるぐらいで許してもらえそうなんだが、今回ばかりはそうもいか無そうだな」
「安心しろ貴様が殴られることはもう二度とない。だから安らかに眠れ」
「そいつは勘弁願うね。俺はあいつらが気に入ってるんだ。たとえどつかれようが理不尽な仕打ちを受けようが今が楽しくて仕方ないんだ。もちろん気に入っている中にはセリアも入っているぜ」
「貴様は!! またしても姫様を呼び捨てに!」
怒りに任せた剣の一振りが俺を襲う。
怒りは本来自分の技術を損なうものだ。
そう技術は間違いなく損なうはずなのだ、だが奴は違った。
いや違わないのかもしれない。
ただたんに俺の技量が未熟なだけだったのだ。
俺を襲った一撃は俺に苦戦を強いたセリアとは比べ物にならないものだった。
たしかにセリアは剣術初心者といって良い。
だがセンスだけなら一流の上、超一流だ。
少なくとも彼女は1週間という短い時間で、並みの剣士に引けを取らないだけの実力はつけたはずだった。
そうそれぐらいの実力をつけたはずのセリアを、俺は押さえ込めるぐらいの力はあるはずなのに本気になった奴の一撃で思い知らされてしまった。
ただの一撃でだ。
さっきまでの俺は何とか受けられるゼルバの剣術が奴のMaxの強さだと思っていた。
そのため恐怖の中にも楽しみを感じられたのだ。
だが今はそんな状況とはまったく違う。
怒りに身を任せたとしても圧倒的に俺の技量を上回るゼルバの技量。
恐ろしいまでの実力の差だ。
恐怖を感じずにいられるはずがない。
だが、それ以上に狂喜を感じずにはいられない。
怒りの一撃を何とか両手を使い衝撃を緩和して俺は受けきった。
「…………くっ……はは…………ははははは! つえぇ! めちゃくちゃつえぇ! 俺なんかよりずっと強い!」
「……なにがおかしい。貴様と俺の実力の差が絶望的だというのに」
「さぁな、俺にもわからねぇよ。この前死ぬような体験をした時は、こんな楽しさなんてこれっぽっちも感じてなかったんだけど、なぜだろうな。今はお前と戦えるのが楽しくて仕方が無い」
「やはり貴様のようなやからが生きているのは害にしかならんな」
先ほどの怒りに任せたときとは違い、今度はきちんと冷静さを取り戻したゼルバ。
構えを整えた奴の力は先ほどよりもまた1つ強くなっているだろう。
だがそれでいい。
それでいいんだ。
なんだかんだで俺は身体能力だけがとりえの傭兵だ。
このまえは偶然と偶然が重なりレベアルを倒すことはできた。
だが、それだけだ。
完璧に俺の実力とは言いがたい。
そんな凡人が急に強くなる方法はこれしかない。
命がけ。
自分が死ぬかもしれない状況でしか、急成長なんて望めやしない。
「あぁ怖い。ただ構えているだけなのに、すでに切らてしまったような感覚すらあるよ。まったくあんたのことも気に入りそうだ」
「くだらん」
整った構えから剣が振り落とされる。
一寸の狂いも無く俺の頭部めがけて振り落とされる剣は、まったく迷いが無い。
これが人を殺すための剣術というものなのか。
その様子を俺はしっかりと確認することがなぜかできた。
瞬きすら遅く感じ、その剣先だけを俺の瞳が追っていく。
(このままなら間違いなく死ぬな)
突如襲う悪寒、そして先ほどまで感じていた楽しみはすべて恐怖へと変わる。
(そうだ、俺はまだ死にたくないんだ)
今から防ぐのは無理かもしれない。
そうかもしれないとわかっていても俺は両手を奴の剣の前に突き出したのだ。
ガキン
幾度目かの金属音のぶつかり合い。
俺の目が捕らえるのは、剣で、盾で防ぐ奴の刃だった。
「な!」
ゼルバが驚きとともに距離をとる。
一撃でやれると思っていたのだろう。
だが実際のところは俺に受け止められ防がれた。
実力の差があまりにも大きいというのに。
「あーー! 死ぬかと思った。いや間違いなく死んだなあれは。ゼルバの旦那よ。間違いなくあんたはさっきの一撃で俺を殺していたよ。ただ少しばかり俺の諦めが悪かったみたいだがな」
「く、ほざけ。一撃でだめならもう一度食らわせるだけだ」
「やめて欲しいな。さすがにあんなのをもう一度防ぐ勇気も、実力も俺には無いんだ。だからあんな一撃が来る前にあんたを倒すぞ」
そう言い終ると同時に俺は地面を蹴った。
蹴りだされた場所からは砂埃が上がり、軽いクレーターが出来上がる。
勢いは過去最高、コンディションも悪くない。
限界まで速度を上げ、ゼルバとの距離を詰めていく。
「そんな特攻など私に効くと思っているのか!」
怒鳴り声とともに、先ほどの一撃同様に構えるゼルバ。
その姿は本来のゼルバの大きさを2倍、3倍へと見せた。
「思ってないさ。だけどあんたを倒す」
あと少しで奴の間合いに入る。
悔しいがリーチでも奴のほうが上だ。
俺が切りかかる前にこっちが切られてしまうだろう。
だったら素直に突っ込むなんてことはしないさ。
俺は左手を大きく振るった。
「な!」
お堅い騎士にはこんな発想はなかったらしい。
本来自分を守るための盾を切り離し、敵へと飛ばしているのだから。
ゼルバに飛んでいった盾は、俺よりも速いスピードで奴の間合いへと入った。
スピードも重量もあり、奴を倒すには十分な威力を備えているものだ。
ゼルバがもしこの盾をほうって置けば直撃し、大きなダメージを受けることは間違いないであろう。
「ちぃ!」
ゼルバは盾を叩き落した。
かなりの重量の物体を剣1つで叩き落す。
やはり強い。
楽に勝たせてなどくれはしない。
だがさすがのゼルバも盾を叩き落したことにより隙が生じた。
その隙はごく小さいものではあったが、勢いに乗っている俺にはその隙は非常に大きなものだった。
奴が体制を整える前に、自分の間合いに奴を入れることができた。
そして今まで受けた攻撃を返すように、ソードを振るったのだった。
「なめるな!」
しかし、ソードはゼルバへと届くことは無かった。
体勢を立て直す時間が無かったはずなのに、ゼルバは切り返す刃と怒りの咆哮で俺のソードをはじいたのだ。
俺にとって必殺の一撃である。
それを体制が整っていないのにもかかわらず、軽く奴は振り払ったのだった。
「なめているのはそっちだろうが!」
ゼルバの実力からしてこれぐらいは予想していた。
想定の範囲内だ。
これ以上のことがあれば想定の範囲外だが、ここで決める。
振り払い盾を投げた左手に鋭い鋼の爪を握る。
さすがに装着するような余裕は無かったが今はこれで十分だ。
そしていまだ体勢の整っていないゼルバの首へとその刃を押し付けたのだった。
だが、クローパーツの刃に血が流れることは無かった。
刃が首にぴったりとつき、少しでも動かせば間違いなく斬れるはずなのだが、それはおこなわれることは無かった。
なぜならばゼルバの剣の刃が斬る対象が違うだけで、俺と同じように首に引っ付いていたためだった。
ゼルバの剣は俺のソードをはじいたため、間違いなく軌道がずれていたはずであった。
しかし奴はその軌道のずれすらも利用し、俺の首へとその輝く刃を導いていたのだった。
「勝つ様にがんばったつもりなんだがな。まぁ実力が劣る俺がこの体勢まで持っていっただけ上等ってところか」
「ふん、貴様相手にこうなってしまうとは屈辱、かくなる上は……」
ゼルバの体は動きは見せていないが、何かしら動く気配を感じる。
この体勢でどうにかしようって言うのかこいつは。
若干あせりはじめたその時だった。
「それまでじゃ」
つい最近、昨日まで聞いていた声が聞こえてきた。
その声は殺伐とした空気を一掃する力の持った、凛とし威厳あるものの声だ。
「セリア……」
「姫様……」
「双方、刃を引け」
「は!」
セリアに言われるがまま剣を鞘へと収めるゼルバ。
それと同時に俺も奴の首から刃を引く。
「ゼルバ、お主何をしておる?」
「こ、これは……」
「言わずともよいわ! お主の忠誠それはわらわにとってかけがいのないものだ。だがのう、限度というものがあるわ!」
「も、もうしわけございません」
かたひざを突き頭を垂れる。
その様子を見る限りでは、とても俺の命を脅かしたものとは思えない。
「お主にも言い分はあろうが今日は何も言わず引け。なに、わらわもすぐ戻る。じゃから門のところで待っておれ」
「しかし……」
「くどい! 二度言わすな!」
「は!」
セリアの命を受けたゼルバは何事も無かったかのように、門へと姿を消していった。
まったくたいした忠誠心である。
度が過ぎるけどな。
「アキラや、迷惑をかけたな」
「あぁ、大迷惑だ。今日1日で2度も死ぬ危険ができちまったんだからな」
確かに迷惑と思ったが、セリアに対してそれをぶつけるつもりは俺にはない。
言葉ではあんなことを言っているが、顔にはそんなことを微塵も匂わせてはいない。
セリアも俺のことを察してか、それ以上あやまることはなかった。
「死ぬ危険か、ゼルバと渡り合ってよく言うわ」
「ただのまぐれだ。お前が来なかったら首が飛んでる。とりあえず礼はいっとく。ありがとな」
「当然のことをしただけじゃ。わらわの部下がしでかした始末なのじゃからな。だが礼をもらうついでに、違うものをもらいたいのう」
「意外に欲張りな奴だな……まぁとりあえず聞くだけ聞いてやる」
「騎士としてわらわに仕える気はないか?」
だいたいは予想はついていた。
俺がその願いを予想していたようにセリアも、俺がどう答えるか予測していたことだろう。
だが俺は即答はできなかった。
なんだかんだでセリアとの特訓も楽しかったから。
「……わるい。お前が嫌いなわけじゃないが、それ以上に今いる夜明けの月が楽しくて仕方ないんだ。副団長なのに使いっ走りになったり、理不尽にどつかれ怒られたりしてもなんだかんだでやめられないんだわ」
「……まぁそうであろうな。わらわの従姉妹殿がいるくらいじゃ。それだけで楽しいというのはよくわかるわ」
「本当に悪いな。あぁそうだ。代わりにこれやるよ。この前銃渡すときに渡しそびれた奴なんだけどな」
代わりとして取り出したのは小さな銀のアクセサリー。
とてもお姫様がつけるような豪華なものではないが、ベビーホワイトの細工がされてある、かわいらしいものだ。
「何じゃこれは?」
「俺のリンカが混ざってる銀でできたアクセサリーだ。必要は無いかもしれないがもらっといてくれ。庶民のリンカに話すことなんか無いとおもうけどな」
セリアへと笑いかけながら話す。
それにしても女にプレゼントなんてめったにしたことないのに、こんなちびっ子に2回も渡しているなんてな。
俺もどうかしちまったらしい。
「…………も、もらっておくぞ」
大事そうに受け取ったセリア。
その表情はうれしそうな顔をしていた。
目に水のようなものをためて。
「ん、泣いてるのか?」
「な、泣いてなどおるか! それよりもお主今日の格闘祭は良いのか?」
俺が突っ込むとすかさず体を反転し、顔を隠した。
これ以上突っ込むのはやめておこう。
逆に俺が泣かされる羽目になりそうだ。
気丈に振舞った後は、セリアは俺の痛いところをついてきた。
できるだけ考えないようにしていたのだが、ゼルバとの死合が終わってしまったからには考えなければならないだろう。
「……やばい、てか絶望的? 無理無謀? ……はぁ、殺されに行くとするか……」
「なにやら大変そうじゃな。わらわも気が向いたら見に行ってやるぞ」
「やめといて、どうせ試合前からぼこぼこだから」
「それならなおさら見に行かんとのう。楽しみじゃわ」
あせる俺をそれはそれは楽しそうに見つめるセリア。
くそ、どうせ見に来るなら、特等席で一部始終余すことなく見やがれこのやろう。
「ふぅ嘆いても仕方ない。それじゃ俺は行くか」
「気をつけるのじゃぞ。特に背後には」
「ご忠告痛み入る」
セリアと別れ、闘技場に向かう頃には、控え室を出てからすでに1時間はたっていた。
もう試合は始まっていることだろう。
下手をすればすでに終わっているはずだ。
だが、俺はそれでも足を進め、闘技場へ急ぐのだった。