第七節:セリアの特訓
「聞いてませんわよ!」
青空の下ジェシーが大声を上げる。
隣にある木からは、突然の出来事に驚いた鳥達がいっせいに飛び立っていった。
「いや……いっただろ。ジェシーに剣術を教えてほしい人がいるって」
「えぇ聞きましたわ。1週間ほど剣術を教えてほしいと。ですがセリアに教えるなど一言も言われてませんわ!」
「たしかに俺はセリアに教えてほしいとは言ってないけど……ところでジェシーはなんでセリアのこと知っているんだ? しかも呼び捨てしてるし」
「! ……それは…………」
ジェシーの表情からは、しまったと見て取れる。
もともと雰囲気からして一般人ではないなと思っていたが、これはひょっとしてひょっとするかも。
ジェシーの表情からいろいろと読み取ろうとしていると、今まで静観を決め込んでいたセリアが動き出した。
「ジェシーとアキラが知り合いだったとわな。さすがのわらわもそこまでは読めんわ。それにしてもジェシー、お主仲間に自分の素性を知らせていないというのは無責任ではないのか?」
腕を組みじっとジェシーを見つめ言葉を発する。
今日は剣術の練習のため城にいる時のようにドレス姿ではないが、びしっと決まったその服装は見た目だけなら名のある女騎士にすら見える。
そんなセリアに見つめられれば一歩たじろいでもおかしくは無いのだがジェシーはそのことを気にもかけず口を開いた。
「あなたこそ、先ほどアキラに聞きましたが王族にしてはいささか軽率ではなくて? しかも素性も知らせず連れ回した挙句、騎士に目をつかせるなんて」
なにやら険悪なムードが漂ってくる。
さきほどのジェシーの声でも逃げなかった少しはなれた木にいる鳥も、それを感じ取ったのか一斉に飛び立っていった。
俺もできることならこの場にいたくないのだがそうとばかりは言っていられないだろう。
「と、とりあえずだ。俺はジェシーの過去は知らないのは本当だし、騎士に目をつけられてやばいなと思ったのも確かだ。だけどどっちもなんとも思ってないからさ。頼むからお前達の関係だけ教えてくれ」
「「…………」」
抑え方に失敗したか。
脳裏にそうよぎる。
先ほどよりは空気が緩んだような気はするが、二人とも言葉を発することが無くなり静寂がまた新たな緊張感を生んでいる。
この緊張感をとくには誰かしら言葉を発すれば良いのだが、質問を投げかけた俺が口を開くというのはすこしばかり違和感がある。
タイミングの難しさから言葉を発せられない俺は、結局二人のどちらかが口を開くのを待つことになった。
俺の質問から数十秒、あるいは数分たっただろうか、まるで観念した犯人のように軽い口調で言葉を発したのはジェシーだった。
「ふぅ、このままでは始まりませんはね。たしかにアキラの言うことはもっともですし、お教えしておきましょうか」
髪をかき上げ言葉の間を取るとジェシーは語り始めた。
「もともと私はこの国の三大貴族の娘ですの」
「三大貴族?」
「えぇ、ロスト、エンペラル、そして私のシリウストがその三大貴族になりますわ。それぞれ政治、経済、軍事をつかさどる貴族ということになっています。その中でも今最も王族に近いのがシリウストなのですわ。それはなぜかといいますとシリウスト家の現当主、つまりは私のお父様、ダルマ=G=シリウストは現国王ダルラ=D=シュペッツの双子の弟ですの」
「へ~~~もともと普通とはどこか違うと思っていたらだいぶ大物さんだったってわけだ。ん? もしかしてその名前ってかなり有名なんだよな?」
これにはさすがに驚いたが、セリアの件もあり多少耐性がついたようで取り乱すことは無かった。
けどよくよく考えると、そんなジェシーのブラジャー姿を眼福してるんだよな俺は……殺されはしないよな?
そんな俺の考えとは関係なくジェシーは説明を続けたのだった。
「当然ですわ。学校の教科書にも乗っていましてよ。むしろ知らない方がおかしいくらいですわ」
「だったら俺はともかく、なんであいつら気づかないんだ?」
あいつらとはもちろんあいつらだ。
今頃酒でもかっ食らって明日には二日酔いででうなされている。
そう、そんなあいつらだ。
「それは……」
「それはわらわから説明してやろう」
今まで先ほど同様落ち着いた様子で聞いていたセリアが、ジェシーの言葉をさえぎった。
よくよく考えればセリアとジェシーは従姉妹にあたる。
その理由を知っていても不思議ではない。
理由について語りだしたセリアに対し、俺はジェシーへと向けていた視線を彼女へと移した。
「もともとロスト、エンペラル、シリウストの名前は地名なのじゃ。そしてその地名にいる人達はたいていこの名前を持っておる。つまり当たり前のなのじゃよ」
「三大貴族が当たり前の名って……それじゃどうやって区別してるんだ? 名前だけだとわからんだろ?」
当然区別のつくようになっているんだろうが、区別の仕方がわからなきゃ意味がない。
現にジェシーが三大貴族だということがわかっていなかったのだし。
「もっともな話じゃがそれは簡単なこと、位が名前に入っているかどうかじゃ。わらわの名にもDの位が入っておるじゃろ? あれは王族を意味するものじゃ。そして三大貴族にはそれぞれE、F、G、の位がありシリウスト家はGの位があてがわれておる」
確かに言われてみればそうである。
けどなんで中途半端なDからなのか。
「なるほど、位を名前に入れなきゃただの一般人と同じってことなのか」
「さよう、もっとも一般人がこの位を名乗ったところで位のほかに必要な紋章がなければ、ただの戯言になってしまうがな」
「う~~~む、だいたいは位についてわかったが、なんで中途半端なDが王族のくらいなんだ? いっそのことAあたり名乗れば良いのに」
順当に考えてAを名乗れば良いと思うのが普通だろう。
それともやっぱりDに意味があるのか。
一般常識みたいだし聞ける時に聞いておいてしまおうか。
また記憶喪失だからって言わなきゃならないと思うけど。
「お主はずいぶんと大胆なことを申すな。Aは神の位ということぐらいわかっておるだろう? そもそも位の説明自体学校で習うものだぞ」
少し呆れたようにセリアが話すがそれも仕方が無い。
実際俺はこっちの一般常識をほとんど知らないのだから。
「面目ないな、その辺の知識はごそっと抜けてるんだ俺は。一種の記憶喪失ってやつでね」
まさかまたこの説明が必要になるとは。
でもこれは一種の免罪符と同じで、知らないことをすぐに恥ずかしがらずに聞けるってのがいい。
今後もこの設定を利用しておこう。
「……まぁそれならば仕方ない。続きを説明して進ぜよう」
セリアはどこかびっくりしたような表情を見せたがそれもほんの一瞬だけで、すぐにもとの表情へと戻った。
やっぱりこの子は普通よりも精神的に大人になりすぎている気がするな。
「そいつはありがたい」
「さっきも言ったがAの位は神の位で人が名乗ることは無い。Bの位は一応人が名乗ることになっておるがここ数百年この位を名乗れる人物は現れてはおらぬ。名乗ることが許されたのは混乱の時代、すべての魔物の原点とも言われていたオーディグルスを倒した英雄アーサー=B=スレイヤーのみじゃ、ゆえにBの位は英雄の位となっておる」
「へ~~~なんかずいぶんとすごい人物だったっぽいな。それでCの位は?」
「それは王族、または貴族達が婚姻時に使う位じゃ」
婚姻に使う?
そんなものに使うなら王がCの位を受けていれば良いのにと思うが、やはり理由はあるのだろうな。
そう考え俺はセリアに説明を促した。
「ん~~~ちょっとそれだけじゃよくわからないんだが」
「詳しく説明すると、相手に自分が好きだという意志があるというのを示す位といった方が正しいじゃろうな。この位がついた名前を語られた後に自分もその位をつけた名を名乗り返せば見事婚姻成立。人の恋愛は王族の力すら超えるという意味でなりたっているということじゃな」
なるほど愛は地球を救うとかそんな感じの力があるってことは、どこの世界も一緒みたいだな。
それにしても説明するセリアは生き生きとしている。
この子が王族でなければ先生みたいな職業があっていたかもしれない。
「ずいぶんと面白いもんだな。名乗りにそこまでの意味を持たせるってのは。でも俺には関係ないか貴族でも王族でもないしな」
「か、関係なくも無いかもしれませんわよ、もしかしたら貴族に名乗られるかもしれませんし。もし名乗られたら同じように名乗り返さなければいけませんから一般人でも」
急なジェシーの反応に少し驚く。
すこし早口で発せられた言葉の意味が本当なら、名乗られたら名乗り返さないといけないのかもしれない?
「セリア、名乗られたら一般人でもCの位名乗って良いのか?」
「もちろんじゃ、むしろ名乗り返さなければ失礼にあたるというものよ。本来婚姻というのは自分より位の低いものが意思を伝えるものじゃ。それを上の位のものが先に名乗るということはよほどのことよ」
「ふ~~~んそういうものなのか、しかし貴族とかはやっぱり婚姻やら結婚やらはごたつくみたいだな。そんな決まりがあるくらいだし」
「なに風習じゃ、それに今はそんなに厳しくは無い。現にシリウスト家は一般人が結婚相手になることが多いしのう」
そういわれてジェシーの顔を見る。
従姉妹というだけ会ってセリアと顔のつくりは似ており、美しさなら上の上。
この子もいつかは誰かに嫁ぐことになるんだよな……。
なんとなく少しブルーになったので話題を変えるか。
「よし、だいたいジェシーとセリアの関係や位についてわかったからそろそろ本題に移るとしますか」
「そうじゃな」
「そうですわね」
なんとなく俺の気持ちを察してくれたのか、急な話題変化も二人は受け流してくれた。
こんな感じで日本にいるときも受け流してくれる人が多ければどんなに苦労しなかったことか……。
昔のことを思い浮かべるのもほどほどにし、俺は次の指示を出した。
「俺は周りに危険が無いかの見張り、ジェシーは先生でセリアが生徒ってことで」
ジェシーの実力からして俺が見張りにつく意味はあまり無いとは思うけど、それでもセリアは王族だし、しかも最初は俺が先生役頼まれたわけだし一人だけ帰るわけにも行かない。
それにジェシーの剣術につては俺も少しばかり気になっているし。
「えぇ私の剣術をしっかり教えて差し上げますわ」
「ジェシーに教わるのは癪と言えば癪じゃが、わらわも好き嫌いで実力を判断するほどおろかではない。しっかり頼むぞ」
軽く棘のある言葉の応酬が風とともに流れていく。
青空の下ジェシー先生によるセリア君への授業が始まった。
そして時間は流れていった――――。
セリアの特訓が開始されてからはや3日。
天候にも恵まれ、雲ひとつ無い青空が続き特訓は順調に進んでいた。
そんな中、繰り返し行われている基礎練習はすでに万は超えているのではないかと思わせる。
初日は基本の型を一通り教わりそれを反復するというもの。
とにかく丁寧に行うということで、縦切り、横なぎ、突きこの3動作を100回行うのがやっとだった。
そして昨日も同じように反復練習である。
ただ初日との違いは丁寧さの中にも速さが出てきたことだ。
特に突きの動作はほかよりもぬきんでているものがあり、その鋭さはとても剣術2日目のお姫様とは思えないものだった。
そして終わる頃にはすべての動作を1000回は行われていた。
そんなセリアの現在はというと、あいも変わらず基本動作の反復なのだが、その動作一つ一つが初日とは同一人物のものかと疑うほど洗練されているものになっていた。
回数を重ねるごとに鋭さが増し、風の切る音が聞こえる。
まったくうらやましいほどの上達振りである。
俺も見張りのほかにやることは無いので、ジェシーがセリアを教えているのを聞きながら型の練習をしていたのだが、もともと武器の性質が違うこともあるとは思うが踏み込みが甘い、勢いが足りないなど色々とジェシーに怒られていた。
基本の身体能力は高くてもセンスや運動神経というものは、はっきり言って俺は並も良いところだ。
こういった技術面ではやはりセンスがあるものに一歩も二歩も及ばずといったところ。
それでも少しの成長で喜びを感じることができるのは、多少なりに大人になったからであり、セリアの動きを見てなんとなく悔しく思うのはまだ男の子だからなのかもしれない。
繰り返し行われた反復練習は今日の特訓の終わりまで続くこととなり、何事も無く終了したのだった。
「今日はこのぐらいにしましょう。それにしてもさすが私の従姉妹だけあるわね。センスだけなら一級品ですわね」
「当然じゃ、しかしまだまだ実践使えるまでとはいかんな。ただの型だけなら阿呆でもできるわ」
セリアは流した汗をタオルでふき取りながら、ジェシーに答える。
「それもそうね、それじゃ明日から実践を交えたものに切り替えるとしますわ。本当なら1週間ずっと型だけにしようかと思っていたのですけれど予想よりも上達が早いようですので良いでしょう」
「ほぅそいつは楽しみじゃのう。それにしても珍しいな、お主がわらわを褒めるなどと」
「失礼ね、私は努力しているものを笑うほど愚者ではありませんことよ」
セリアとジェシーはなんだかんだで相手を挑発するようなことを言ってはいるが、俺が横から見ていると二人は仲の良い姉妹と言って良いものだと思う。
ジェシーはしっかりとした剣術を教えるため、たまにきつく言う時はあるが俺が見てもこれはと思う型を出した時は満足そうに微笑んで、さりげなくアドバイスとともに遠まわしではあるが褒めている。
(本人が褒められていると感じるかどうかは別として)
セリアのほうはというと、普通型というものは地味でいてきつい特訓のうちにはいるのだが、それを何一つ文句も言わずこなしている。
しかも俺達との特訓が終わった後も一人で特訓していたらしく、マメなど作ったことなど無いだろう手に血マメを作っては次の日の特訓を迎えていた。
自分が言い出したことなのでしっかりやっているのだとは思うが、先生のジェシーの期待にこたえようとしているようにも見えた。
「それじゃ今日はここまで。また明日城の裏口にいますわ」
「いや、あそこはもう無理じゃな。騎士達が動き出したわ」
「あら、意外に遅かったわね。それなら西の水路はまだ大丈夫そうね」
「あぁあそこなら大丈夫じゃろう。あの道を知っているのはお主とわらわぐらいじゃからな」
なにやら怪しげな相談である。
特訓を始めたときからうすうすは感じていたが、今の相談で確信へと変わる。
おそらく、この特訓はセリアの独断で城のものに対して無許可で行われていると。
今の今までそのことについて尋ねなかったのは、城の許可が下りて特訓をしているという淡い期待を持っていたため。
しかし、その期待ももう捨て去るしかないだろう。
腹をくくった俺は、恐る恐るその答えについて聞いてみるのだった。
「なんか脱走の話をしているみたいだが、やっぱりこれって城には無許可でやってるのか?」
「もちろんですわ」
「あやつらがわらわの外出許可など出すはずが無かろう」
さも当然とばかりに堂々と言い放つ2人の答えは想像通りの最悪な答えだった。
ジェシーは冒険者である前にセリアの従姉妹でもある。
もしこのことがばれても軽く咎められるだけであろう。
だが、俺がばれた時は……悲惨な結果しか思い浮かばない。
しかし、もうすでに3日間町の外に連れ出してしまっている。
今ばれても後でばれてもおそらく刑に変わりないだろう。
それならばマイナスのイメージは首を振って消し去り、気持ちを切り替えて明日の予定を決めておいたほうが建設的である。
ここまできたなら毒を食らえば皿までもってことだ。
「ふぅ、予想通りといったところだよ。ところで明日から実践特訓っていったがなにやるんだ? まさか本気で斬り合いとかはしないよな?」
「さすがにそこまではしないわよ。ただ剣は使いますわよ? それとアキラにも協力してもらいますわ。あなたもいつまでも型ばっかりだとなまってしまうでしょうし」
ジェシーはなまってしまうという風に答えたが、実際のところはそんなことは無い。
型やったおかげで攻撃がスムーズにできるようになった気がするし……何よりもともと我流なうえ身体能力に任せた戦い方しかしてなかった俺にとっては、技術面を磨くのがこれから一番必要なことだと思う。
そう思った俺は否定の言葉を口にしようとした。
「そんなことは……」
「とりあえず明日は剣だけじゃなくて盾も持ってきて頂戴。それでセリアと戦ってもらいますから」
俺の否定の言葉はジェシーの言葉によって遮られた。
ちょっとまってください。
私の言葉を聞いてくれないばかりか、私がセリアの相手になれと?
「ちょ、ちょっとまて! 盾持ってくるのは別に良いが何で俺が相手するんだ!? 下手したらセリアに怪我させちまうぞ」
「それは別にいいですわ。危機感の無い特訓なんて意味が無いですもの。それと私が相手をできないのは強固な装備無いからですわ。私の剣術は守りの高い敵を力無い者がいかに倒すかですの。そう考えると私よりもアキラのがぴったりですわ」
たしかにそうかもしれないが。
ジェシーの防具といったら薄い鉄でできた胸当てぐらいだ。
とても守りが堅いとはいいがたい。
その点でいえば俺は両手部分はグローブでガードされているし、普通の奴よりも回復能力もあるから打たれ強い、それについこないだ手に入れた盾を加えれば守備という点で申し分なしだ。
だからといっていきなり戦うというのはどうしたものだろうか。
「話はわかるけど、さすがにいきなり戦うのは無茶だろ」
「確かに無茶かもしれないけど、これぐらいじゃないと本当に意味が無いですわ。それにただ斬り合うだけではないから大丈夫ですわ」
「へ?」
てっきり実践さながらぎりぎりな斬り合いでもさせられるのかと思ったが、さすがにそこまではしないということか、なんだかこの頃最悪のケースばっかり考えすぎてそれが最も確率が高いように思えてしまっている。
「頭と両肩そして両膝にフワリの実をつけてもらいますわ。それでそれを壊せば終了というものにしますわ。目的としては動く敵に対して的確に急所を突けるようになってもらうため。それにただの斬り合い特訓なんてやってしまったら経験不足のセリアが怪我をするのは間違いないですから。さすがに従姉妹とはいえ王女を無理に傷つけるほどの権限はありませんわ」
なるほど、実戦といいながらもなんだかんだでゲーム見たいな乗りか。
少しばかり安心したが、でも結局俺がやるのは変わらないんだよな。
「そういうことで良いですわね二人とも」
あまりよろしくは無いが選択肢は無いようだしな。
「どっちにしろ、適役が俺しかいないなら仕方ないだろうな」
「わらわは怪我など気にせんから、斬り合いでも良かったのじゃがの」
「それはさすがにだめよ。なんだかんだであなたは王女なんですから。怪我でもしたら大事よ? それにあなたがいくらセンスが良くても身体能力では圧倒的に負けているアキラにかなうはずありませんわ。けどこのルールでしたら、怪我の心配もぐんと減りますし、あなたでも勝てるかもしれないわ」
そういうとジェシーはこちらを見ながらかるくウィンク。
そんな目で見られたらどきどきするじゃ、じゃなくて手を抜けってことか……。
しかしうまいものだ。
明らかに手を抜けということが伝わるようにして敵対心を持たせ、実のなる特訓を指せようとしている。
しかも安全を確保するためのフワリの実でのルール。
やっぱりジェシーはセリアの従姉妹だな、言葉や人の操作じゃ俺は勝てそうに無い。
「これで明日の日程は決まりですわね。フワリの実は私が用意しておきますから。セリア今日はゆっくり休みなさい。明日は型より数倍疲れるはずですわ」
「うむ、わらわも疲れた体でこやつに勝てるとは思っておらぬ。今日はしっかり休むとしよう」
む、疲れてなけりゃ負けないってか。
手加減しろとか釘を刺されていると思うが、負けてやるほど俺は甘くないぞ?
セリアの言葉に男の子の顔を少しのぞかせた心を諌め、俺は平静を装いながら対応する。
「しっかり休んで疲れを取っておけよ。そんじゃ城の近くまで送ってくとするかな」
「そうじゃの、送られるとするかのう」
門番達に気づかれぬよう、軽く変装をしたセリアをジェシーと俺は2人で城の近くまで送っていった。
そして次の日の朝から、フワリの実を使っての特訓が始まった。
特訓を開始して俺が感じたことは、若さってのはいいということだった。
若さと言うのは何事も本気で取り組むことができる。
本気で取り込んだ後へろへろになっても、寝て朝を迎えればケロッと元通り。
しかも何でもかんでもすぐに覚えてしまう。
やっぱり若さってのはいい。
若い、ただそれだけのことなのに魅力であり、美しさであり、強さなのだ。
自分の若かりし頃にこの世界にいられなかったこと心底悔やむ。
この世界に生まれてこなかったことを心底うらむ。
もしこの世界に生まれていたとしたら、今ある異世界からこちらに来た時に発生した能力は無いだろう。
しかしその能力と引き換えにでも、この世界で若さを堪能することができたなら……。
本当にこの世界に生まれいたら、おそらく今持っている俺の能力の方がうらやましがったと思うが、セリアの動きはそう思わせるには十分なものだった。
「戦いの初心者がこんな動きをするのは驚きだぜまったく、だけど初心者に負けてやるほど甘くは無い!」
セリアの剣を盾でいなしそのまま回るようにして、右腕に装着したソードで頭についているフワリの実に横なぎが炸裂する。
フワリの実は音も無く二つへと割れ、地面へと落下していった。
「はいそれまで。今回はなかなか良かったですわよセリア。特に最後のフェイントを交えた攻撃はよかったわ。ただ狙ったフワリの実に視線を戻すのが少し早かったですわね。あれが無ければアキラのフワリの実一つぐらいは割れたかもしれませんわ」
「なるほどのう、ジェシー次はどんな作戦が良いか?」
「そうですわね……」
試合が終わるたびにジェシーは、今みたいにその戦いでよかったところ悪かったところを伝えている。
その部分は対戦している俺が、まだまだと思うところとヒヤッとするところだ。
それを的確に言い当てジェシーは指示しだす。
しかもそれだけでなく、どうすれば俺の牙城を崩せるかのヒントまでだしている。
まったくなんだかんだ最初はもめていたが、結局立派に先生をしているではないか。
たしかにジェシーの先生ぷりは驚きだが、真に驚くべきはやはりセリアだろう。
試合をやるたびに強くなっていることをじかに感じる。
俺の経験を若さと才能でどんどん詰めていているのだから。
(まったくうらやましい限りだ。俺が経験浅い冒険者って言っても一応Bランクだし、それなりに強いってのも自覚してるのに、そんなのお構いなしでバンバンステップアップしてくるからな。そろそろ俺が恥じかくんじゃないか?)
そんな気持ちを毎回思いながらやっていた試合も、今日で最後である。
このまま逃げ切ることができれば何とか面目は保てると思うが、どうもこのまま帰れる気がしない。
なにより最初の頃は俺にもアドバイスを出していたジェシーが、一切何も言ってくれなくなったのだから。
「アキラ、そろそろもう一本やりますわよ」
「おぉわかった」
あちらの準備が整ったようだ。
俺に割られたフワリの実を交換し新しいものと付け替えたセリアがこちらを見て言い放つ。
「今度は負けんぞ。わらわには秘策ができたのでのう」
「秘策かそれは怖いな。少しばかり手加減して頂戴よ」
「ぬかせ」
かなり軽い口調で言ったため、セリアは少し怒ったみたいだが実際その言葉に込めたのは真実である。
今のセリアの実力は、俺がフワリの実を割らせずぎりぎり抑えられる程度のものだ。
もし本当に秘策なんかがあったら、割られてしまう可能性が非常に高い。
「はぁー!」
セリアがお姫様とは思えないような掛け声で、勢いよく突き刺してくる。
何度か同じような攻撃をしてきてはいるが、こちらには盾があるため今のところすべていなしていた。
今回も同じように盾でいなそうと前へ突き出す。
しかし盾への衝撃が無い。
しまったと思ったのもつかの間、盾の横を右足に狙いを定めた剣が突き進んでいった。
「ちっ!」
盾では間に合わないと判断した俺は、すぐさま右のソードを限界ぎりぎりの速さで振り下ろしセリアの剣の腹をはじく。
はじく勢いに剣を取られまいと踏ん張ったセリアだったが、勢いのついた体はそう簡単には止まらず隙ができてしまった。
そこをすかさず左手の盾で頭についてあるフワリの実を狙いつぶす。
そしてバックステップを駆使し、セリアとの距離をとりセリアが体制を整えるのとほぼ同時にこちらも攻撃後の隙を立て直したのだった。
「たく、褒められた部分のフェイントがまたうまくなってるじゃないか。相手するのがしんどくてしかたない」
「アキラお主何か言ったか」
「……まだまだだなっていったんだよ!」
小声でつぶやいたためセリアに本音は伝わらなかった。
しかし、その後にかっこつけてまだまだなんていったのは、ちょっとした大人の意地である。
言葉の発すると俺はすぐさまセリアへと迫っていった。
今度はこちらから仕掛けるつもりなのだ。
本来大きな盾を持つ俺はカウンターの方が有効なのだが、セリアのスピードにカウンターであわせるのがきつくなっているのを感じ、やられる前にやる作戦に切り替える。
盾を前に突き出し身を守りながら、目だけはセリアをしっかりと見据え突進していく。
セリアは俺の突進から繰り出される攻撃を回避するため、サイドへとステップでよける。
「予想通り!」
盾を地面へと付け急ブレーキをかけ、すぐにセリアの方向へとステップで移動する。
ステップ移動してから攻撃、本来ならこのようにすればいいのだが、成長したセリアにはそんな攻撃は受け流してしまうだろう。
そう確信していた俺はセリアのステップとは別物、体を非常にかがめスピードのみを重視したステップでセリアへと迫ったのだった。
スピードを重視したおかげで、まだステップ後の硬直が残っているセリアへと近づくことに成功する。
そしてそのスピードの中ソードでセリアの両足を横なぎすると、俺がすり抜けるとともにフワリの実は元の形を忘れてしまっていた。
「くぅ……盾をそのように使うとは」
「俺は剣術だけでやっていけるほど才能無いんだよ。自分にできることを精一杯やってやっと戦えるんだ。それよりも俺が本気出さなきゃいけないぐらい強くなってる自分を褒めとけ」
「剣術すらまともに扱えぬお主を本気にさせたぐらいで、自分を褒められるとは思わぬわ」
「言うねぇ、さすがセリア姫ってところか」
まったく挑発を挑発で返すとはやっぱり、駆け引きに関しての才能も一級品だ。
「セリア、後2つ実は残っているし秘策もあるわ。一つぐらい割って見せて」
「わかっておるわ」
ジェシーの活にセリアが答えるとまた空気が動き出す。
(さっきのフェイントが秘策じゃなかったのか……少し怖いが楽しみだな)
セリアは持ち前の速さを生かし、連続で突きを繰り出してきた。
フェイントがない分素直な攻撃ではあるが、確実にフワリの実を狙ってくる正確さは芸術に近づきつつある。
「まだまだじゃ!」
なおも連続して突きを繰り出すセリア。
徐々にスピードが上がり盾をその動きにあわせるのがつらくなってきた。
「良いスピードだ、だがあまい!」
若干スピードが上がったとはいえ正確に狙ってくる攻撃は、攻撃の位置さえわかっていれば逆にこちらの攻撃のチャンスとなる。
パターン化されていた攻撃を読んだ俺は突きを盾で防ぐのではなく避け、突きを繰り出した腕を引かせる前にソードをフワリの実へと添えたのだ。
攻撃されると思い思わず腕を引いたセリアは、しまったという顔をしたがすでに遅い。
自分の腕を引く勢いでフワリの実は見事に割れてしまったのだ。
「さすがにアキラのほうが戦いなれしていますわね。相手の力を利用することを知っていますわ」
「あのような戦い方もあるのじゃな」
肩で息をしながらも次の攻撃のため冷静に相手を分析している。
まったくほんとに恐れ入る。
子供の若さと、大人の考え持っているんだから。
「セリア、残りは1つだ。まだ秘策は残ってるんだろ? そろそろ見たいと思うんだが」
「ふん、ならば望みどおり見せてくれるわ。覚悟しておけ」
そういって息を整え、低い姿勢でかまえた。
(あんなふうに構えたってことは、突きにすべてをかけるって感じか……)
セリアのスピードを警戒しながら、その剣先を見据えセリアの攻撃を待った。
風向きが変わりセリアにとって向かい風となったとき、試合が再開された。
すべての力を足へと集中し、地面をけったセリアの突きは今までの中でも一番のスピードを繰り出す。
(くそ! 盾じゃまにあわねぇ!)
そう思った俺は右手のソードでいなそうと突きの軌道上を斬る。
しかしそこには鋼同士の衝突音は無く、風を切る音が聞こえただけだった。
狙われたのは確かに右足のフワリの実、それは間違いなかった。
そして俺がソードを振るったタイミングもおかしくは無かった。
だが俺の右足につけられたフワリの実は原形をとどめることをあきらめてしまっていた。
なぜだと思ったが、それもそのはずである。
セリアの秘策、それは剣を手放す最後の賭けの一撃だったのだから。
突きの勢いと投力が加わった剣は俺の予想を超える速さで、俺の右足につけられたフワリの実を捕らえ深々と地面に突き刺さっていた。
「どうじゃ!」
してやったりといった表情のセリア。
してやられたと思う俺。
だがここでは顔に出さない、まだ試合は続いている。
「まだまだだ!」
そういってセリアへと駆け寄りソードを振るう。
全力を尽くし、剣まで無くなったセリアにもう防ぐ手段は無い。
最後に残ったフワリの実はいともたやすく割れるのだった。
「はい、ここまで」
ジェシーの今日何度目かの終わりを告げる声が聞こえてくる。
それと同時に最後までたっていたセリアが勢いよく大の字を形作りながら倒れていった。
「さすがにつかれたわ」
「おつかれさま、秘策はうまく言ったわね」
「あぁ見事成功じゃ」
うれしそうに喜ぶ、セリアの顔は今までで一番の笑顔で年相応のものだった。
「それにしてもアキラ、Bランクの傭兵が素人に一撃食らうってまずいんじゃなくて?」
「それを言うかな……、セリアの実力とお前の教え方が良かったせいだろ」
「と、とうぜんですわ。私が知っている剣術は国随一なんですから」
本当にこいつら良い生徒で良い先生だよ。
俺は体についているフワリの実を取り、セリアの元に近づく。
「最後のはさすがに予想外だったよ。ほれ俺からの記念のプレゼントだ」
俺は懐から取り出した銃をセリアへと手渡した。
「これは、たしか銃とかいった奴じゃな。これをくれるのか?」
「あぁもってけ、使い方は前見せたから知っているだろ? そいつなら力の無いお前でも敵を簡単に倒せる。剣術の特訓の記念でそいつを渡すのもなんだが、俺よりもお前が持っている方が役に立ちそうだし、もらっとけ」
銃の使い方は剣術を始める前にセリアに見せていた。
世の中にはこのような武器もあるという勉強のために。
「そうか、なら遠慮はいらんな。もらっておくぞ」
「おう」
何度か銃に助けられているが、セリアにくれてやるなら惜しくは無い。
まだ子供のセリアが自分を守るために必死で剣術を磨いていたんだ、それに付き合った俺が彼女に情が移っても仕方のないことだろう?
この試合を最後にセリアとの特訓は終わり告げた。
俺とジェシーはセリアを城の近くまで送り、彼女が城にちゃんと入ったのを確認してから、宿屋へと帰るっていく。
「はぁ、最後の最後でやられちまったな。お前とその従姉妹に」
「ふふ、これが私の実力でしてよ。お解りになられて?」
「あぁ十分に。……そうだセリアにプレゼントしてジェシーに何かやらないのも変な話だよな」
「え!」
ジェシーが驚きの表情を見せる。
俺が何かプレゼントしたいと言っただけで、そこまで驚かなくても良いとは思うんだが。
「そんなに驚くことは無いだろ? 実際のところ無理やりセリアの先生やってもらう形になっちまったし、礼の1つぐらいさせてくれよ」
「べ、別にお礼なんて、私はなにもいらなくてよ」
「そう言われると俺も困るな……そうだじゃぁこうしよう。俺が1つだけジェシーの言うことを何でも利くってのはどうだ?」
俺の提案をなぞるようにジェシーが繰り返す。
「何でも利く?」
「そ、何でも利く。期限は無期限。俺にできることで何かして欲しいことがあったら1つだけ言うことを利いてやるよ」
「面白い提案ね。それじゃ遠慮なく使わせてもらいますわ。お願いはそうですわね……考えておきますわ」
少し考えた後、特に思いつかなかったのかそう切り替えしてきた。
「あぁゆっくり考えてくれ期限は無期限だしな」
その後ジェシーとの会話を楽しみながら、宿屋へと帰った俺は彼女の願いがどんな願いになるのか、怖さ半分楽しみ半分で待つのだった。