第六節:招待の理由
「はぁ~~~あっとな」
日が昇り、町が動き出そうとした頃、俺も目が覚める。
今にして思えば夢だったのかもしれないと思うが、あれは紛れもなく現実。
俺はこの国の王女セリアと出会い、そして王とは何たるかを説いたのだ。
「いやそれにしてもまさか王女だったとはな~。バリバリため口のうえこれからどうしたいか~なんてえらそうなこと言っちまって大丈夫なのかね。しかも本日お城にお誘いときている。不敬罪で首とんでもおかしくないんじゃないか?」
まったくもってそのとおりだと自分で言って納得する。
彼女が王女とわかった時点で言葉を改めたならまだ情状酌量の余地はあっただろうが、その後もこともあろうに彼女に仕える騎士達の目の前でため口のオンパレード。
何かない方がおかしいというものだ。
おかげでその騎士隊長にすさまじく敵対されることになったのだけれど。
(名前何つったっけかな?)
改めて自分の立場と相手の地位を考えながら着替えを始めた。
「昨日俺はイベントがほしいというだけで外を出歩き、極上のイベントをゲットした。しかしあまりに極上すぎて少々もたれる感じ、むしろ今は部屋を一歩も出ずに寝てすごしていたいくらいだ。だが王女じきじきに城にこいと要望だ。けれど俺みたいな一般市民が平凡な傭兵が王女に会う機会などあるのか、いやない。きっとおそらく門番に止められてあやしいやつめといって牢屋にぶち込まれるに違いない。そして王女が気づくことなく葬られるんだろう。それでも俺は行かなきゃ行けない。なぜならいかなければいかないで首がとんでしまう。はぁ~困ったものだよ。あぁセリア君はなぜにセリアなの?」
と、自問自答と馬鹿なやり取りを着替えとともに済ませる。
自分でも馬鹿なことをと思ってはいるがそれはそれ、乗って気分を上げてかないと昨日の様に対応することができなさそうなので。
(昨日の今日で対応違うってなったらやっぱがっかりしたりするよな)
この手のお姫様の話は大概友達がいないわ~対等な人がほしいわ~ってことで、ため口聞いてくれる奴大歓迎ってのがセオリーだ。
ぶっちゃけ昨日もそのセオリー通りにやって問題なかったので多分当たりだとは思う。
「問題はあの騎士だよな……名前思い出しとこ。たしか、ゼラ、ゼリ、ゼル……ゼルバ!!…………でいいんだよな?」
印象的な自己紹介であったはずなのになぜか忘れてしまっている。
どうやら俺の中では彼のことよりも、今日の出来事の方がウェイトがでかかったようだ。
「まぁいいか、とりあえず昨日の内に洗濯しといたから汚いってことはないけど、場違いな格好ではあるよな。つってもこれぐらいしか服ないしな~」
傭兵生活には荷物は少ない方が良い。
そんなわけで俺が持っている衣服も少ない。
ほとんどが下着とシャツばかりでズボンと上着は2着のみ。
これらを交互に洗って使ってはいるがどちらも狩りに使うため多少ほつれが出ている。
「一般市民だもんこれぐらいだよな……はは」
昨日の王女の格好を思い浮かべ少しブルーになりながらも宿を後にした。
城へ行く道中の出店で軽く腹を満たしながら、昔やった面接での対応を思い浮かべそれをもしかしたら会うかもしれない王への受け答えとしておく。
「そうこうしているうちに、ついちまうんだよなやっぱり」
歩くこと数分純白の城が目の前にそびえ立つ。
町の中心に位置するこの城は町の外からでも見えるほどでかい。
「でかいでかいとは思っていたが、改めて見るとやっぱでかいわな」
入り口から頂上へと目線を移動させながらその全貌を見渡してみる。
中央とその両脇に塔のようにそびえ立つものがある。
おそらくそのどれかにセリアがいるのだろう。
「そこの者城に何かようか?」
城の入り口に立つこと数分。
門番と思われる若い兵士に声をかけられた。
これだけの城だ、観光客も良そうなものだがあいにく今日は周りにおらず俺だけが浮いていたようで声をかけられた。
出店が始まってまだ少ししか立っていないので時間的にも早かったのかもしれない。
「はい、私はアキラ=シングウと申しましてギルドの傭兵として在籍しております。このたび第一王女であられるセリア姫にお招きいただいたので参上仕ったしだいです。よろしければ御確認の後お目通り願いたいのですが」
「……ふ~~~~ん、まっておれ今確認する」
「ありがとうございます」
とりあえずは牢屋にぶち込まれることはなさそうだ。
兵士が見下したような目でこっちを見たが、まぁ城に仕えるものとしての一種のプライド見たいなものだろう。
それに城に仕えていても門番なんかしていると、王や王女に会う機会なんてないと思うし、会えたとしても一般市民も含めた祭りかなんかだけ。
そんなわけで多少なりにうらやましさも手伝っているんだろうと思っておこう。
じゃないとあの対応はむかつく。
「おいそこの、いつ王女様に城に来るよう言われたのだ?」
「昨日のことですが?」
城の方へと行った兵士とは反対の位置に立っていた兵士が話しかけてきた。
先ほどの兵士よりも幾分年をとっているように見える。
おそらくさっきの奴の先輩になる人物だろう。
「なるほど、騎士団長がもしかしたら明日野良犬が尋ねてくるかもしれないが覚悟しておけといっていたのはお前のことだったのか」
「……野良犬ですか」
とんだ言われようだ。
思わず顔をしかめそうになる。
「あぁだが気にすることはない。あの人にとって一般人やましてや俺ですら野良犬みたいなものだ。むしろそんな野良犬だったからこそセリア王女も呼んだのだろう」
「セリア……王女から何かお聞きなんですか?」
「聞いたというか手紙でな。侍女を通じてまわされてきたんだ。明日アキラ=シングウというものが参る。この者が参ったら私の部屋につれてくるように。この者野良犬のように小汚いかもしれんがわらわの命の恩人じゃ。くれぐれも粗相のないようにってな」
「はははは……はぁ……」
セリアまで野良犬呼ばわりかよ。
でも、その手紙のおかげで問題なくは入れそうではある。
「それにしてもあなたみたいに話のわかる兵士もいるんですね。てっきり門前払いでも食らうのかと思ってましたけど」
「昔はどうもそんなことばっかりだったらしいが、今は話を聞くようにしてるさ。王様はたぶん昔の対応でも問題ないと思うが、王女様が下々の意見もって人だ。本来なら王様の意見を優先するところだが、俺としては王女様の意見の方が正しいと思っているからそう変えたんだ。なにせ俺が兵団長の1人だからな」
親指を立て自分に向けアピールする。
なるほどできた奴が上になった良い例か。
「驚きましたね。あなたのように人がいるなんて。それに兵団長さんが門番をしているのも」
「まぁな。兵団長といっても、兵をまとめる以外ほかの兵士と変わりはない。おかげで騎士達に頭が上がらないんだわ」
両手を肩の位置まで挙げお手上げ状態にしおどけた顔で首を振ってみせる。
なるほどどうやら階級としては兵団長よりも騎士の方が上のようだ。
となると騎士団長に喧嘩売った俺って結構てかかなりやばかったんだな。
「私としてはあなたみたいに良いことは良いと受け入れてくれる人が、上に立ってくれればうれしいのですがね」
「おぉうれしいこといってくれるじゃないか」
その後も兵団長とたわいもない話で盛り上がったりしていた。
よくよく話して見ると兵士というよりも居酒屋のおっちゃんのほうがあっているような印象を受ける。
でも話のわかる公務員? がいるってのは良いもんだからこのままでも良いのだろう。
兵団長と話を始め数十分、若い兵士が帰ってきた。
「確認を取ったところ、謁見が許可されている。ついて参れ」
「えぇわかりました」
帰ってきた兵士は兵団長に挨拶をし、城の中への案内をする。
俺も兵団長に一礼し挨拶を済ませ、後を追うのだった。
「外もすごいが中はそれ以上だな」
兵士の案内の下、セリアの待っている部屋へと移動しているさなか俺は充実した時間を過ごしていた。
白で統一されている壁にはいくつものレリーフが浮かび上がり、一歩進むごとに違う顔を見せてくれる。
所々に配置されている調度品も、光輝くだけの悪趣味なものとは違い、どれも作りは一級品。
素人目でもそのすごさが伝わってきている。
この美的センスは俺では一生かかっても身につけることができないだろうな。
周りの調度品を見て楽しみながら歩いていくと、長い直線だった道が分岐する。
今まで扉も何もなかったことが不思議だったが、考えて見ればかなり考えられたつくりなのかもしれない。
分岐ちょうど3つ。
十字の文字を描いている。
おそらくそのまままっすぐ進めば謁見の間、または王の居場所に通じているのだろう。
左右に分かれている道は城の外からも見て取れた、塔のような場所に行く道に違いない。
このつくりの利点は謁見の時に迷わないということ、そしてもう一つはもし攻められたとしても入り口の1箇所だけを守り通せば良いということだ。
ほかにも利点があるのとは思うが、城についての考えはこれぐらいにしておこう。
兵士は分岐点を右に曲がり歩みを始めた。
右に進んでいくと先ほどまで見ることがなかった、メイドの姿を見かける。
中央の通路とは違いこちらにはいたるところに扉を設置されていた。
おそらくその扉の向こうの部屋ではいろいろな仕事をしているのだろう。
見かけたメイドの服装は19世紀イギリスのメイドの物と大差はなく、なんとなく心惹かれる感じがする。
俺は自然と彼女たちを目で追って眼福とばかりに目の保養としていたのだが、どうやらもうその行動はできなくなるらしい。
なぜかと言うと兵士がある扉の前で足を止めたためだ。
兵士は扉をノックし、中の人物に了承を得ようと試みた。
「アキラ=シングウ殿をお連れしました」
「そうか、通せ」
「はっ」
兵士は扉を開け中に居る人物に一礼すると、俺へと向き直り部屋の中に入るように促した。
部屋の中には真紅のじゅうたんが引かれ、窓際にはレースのついたカーテン、全体的に城と同じ白で統一されているがところどころ赤でアクセントをつけている。
また先ほど廊下にあったものよりも、さらに一つ飛び出している調度品が配置されておりひと目で高貴なものの部屋であることが見て取れた。
そんな部屋の中央でテーブル椅子に腰掛け紅茶を楽しんでいる人物が1人、部屋のどの調度品よりも輝く人物セリアだ。
「ご苦労、さがってよいぞ」
「はっ」
兵士はそう言われると扉をしめ出て行った。
あまりにも、なれた指示するので俺まで一緒に返事して外に出てしまいそうになったのは内緒である。
「……改めて驚いたな。やっぱり王女だったのか」
「おぬしはわらわが嘘をついていたと?」
「いや、思ってはないがあの時は突然すぎて実感がわかなかったんだ」
「なるほど、それで実際に城に来てわらわを見ることでようやく実感したと」
「そういうことだ」
セリアに俺は笑顔で答えた。
だが実際は心中穏やかではない。
依然会った時のように、気さくに話しかけようと努力はしているが、王女であると改めて実感させられると本当にそれでいいのかと感じさせられる。
なにせ城の中で堂々と王女とため口で話しているのだ。
何かないほうがおかしい。
しかし、セリアはいたって普通で、今までどおりに話しかけてくれる。
「アキラ、お主いつまでそこに立っておるつもりだ。こっちに来て座らんか」
「それじゃお言葉に甘えて」
入り口の前で立ち止まっていた俺は彼女に呼ばれ、セリアの前の椅子へと腰を掛けた。
テーブルには紅茶のほかにクッキーのようなお菓子も添えられている。
「それにしても、さすがに言葉遣いを直すかと思っておったが杞憂だったようだな」
「俺もそれについては迷ったが、もう遅いだろ。あの騎士さんに聞かれちまったし」
「ゼルバのことか。あやつは真面目すぎるのじゃ。真面目すぎるからわらわが勝手に町に出るのじゃ」
「ちがいない、……セリア、お前は俺が言葉遣い変えたほうが良かったか」
紅茶を一口含みそれを飲み込むと笑顔を向けセリアは答えた。
「わらわは今のままがよい」
「そうか、ならこのままにしておくか」
コンコン
「紅茶の替えをお持ちしました」
先ほど入ってきた扉からまたノックの音と女の人の声が聞こえる。
セリアもその音に気づき扉の外の人物に向け言葉を紡ぐ。
「入れ」
「失礼します」
侍女と思わしきメイドがティーセット一式を台車に乗せて持ってきた。
テーブルの上にも同じものが乗っているので不要だと思ったが、よくよく考えてみれば俺は客である。
彼女は俺の分を持ってきたのではないだろうか。
案の定侍女は俺の目の前に入れたての紅茶を出すと、テーブルの上のティーセットと今もって来たティーセットを交換し出て行った。
「あれがお前のお付の人か?」
「そうじゃ、美人な上なかなか気が利く」
「確かに美人ではあったな」
「……手を出せばどうなるかわかっておろうな?」
「その顔見れば」
ただ単に同意しただけなのにあんな顔を見せられるとは。
威厳のあるやつがすごむとさらに効果的ってことか。
「ところでセリアなんで俺を城へ呼んだんだ? お前達から見れば俺はしがないただの傭兵だぞ?」
「まったく無粋な奴め、少しは茶と会話を楽しもうとはしないのか? まぁよい。昨日の礼をと思い呼んだだけじゃ」
「本当に?」
「あぁ本当じゃ」
その表情は嘘偽りなどないと言うものだった。
だが俺にとってこれはあまりにもできすぎた表情に思える。
成長するにつれて嘘をつくのも嘘を見抜くのもだんだんとうまくなっていく。
そして最終的には嘘をつく者は嘘をついてないと思わせる表情を、完璧なまでに使いこなすことができる。
知り合いの一人にそういう奴がいるので、まず間違いない。
「そういつはありがたいな。お姫様自らお礼を言われた後、ただ茶を飲んでご機嫌のまま土産でももらってとっとととんずらできるってわけか。いや~実にありがたい」
「……おぬし、なかなかの道化だな」
「今年で22歳。だてにセリアより長く生きてないよ」
本来なら子供にこんな対応はしないはずなのだが、あまりにも嘘のつき方が完成されすぎている。
おそらく城の中ではそうしなければいけないことが多いのだろう。
「……22とはまことか?」
「え? いやまぁ本当だけど?」
「5はさばをよんどるであろう」
「よんでどうするんだよ……」
仕返しとばかりに今度は俺のほうが遊ばれている。
年上に見られることはなれているが、さすがに少女に言われるときついものがあるな。
「町中でかっこいいお兄さん捕まえて遊ぶんじゃないっての」
「そうであったな。老けた顔したおっさん捕まえて遊んでもどうにもならんからのう」
「いってくれるな……」
「子供の遊びじゃ我慢せい」
「よく言うよ。言葉遊びを子供の遊びと言い放つ子供がどこにいるっての」
互いにけん制しあいながら、どこで仕掛けるかを探りつつ楽しむ。
時折紅茶で間を取り、手の動作を加え言葉を煽る。
「ここにおるではないか」
「おおそんなところに。あまりに美しいから人形かと思っていたよ」
「人形ならば言葉を紡ぐまい、やはり顔だけでなくおつむの方も老けてしまっているかのう?」
「なるほど、きれいなバラには棘があるようにこの人形にすさまじいほどの棘があるようだな」
お互いがお互いの顔を見て笑う。
さすがにこれ以上は無意味ってもんだ。
「さて、そろそろ本題に入ってもらいましょうかセリア姫」
「わらわとしてはもう少し遊びたいところだが、時間をかけすぎるとうるさいハエどもに何を言われるかわかったものではないからな」
「で、俺をここに呼んだ本当の理由は?」
紅茶で一息つけたあとセリアは口を開いた。
「だめもとで聞くがお主騎士になる気はないか?」
「今のところは無いかな」
「やはりな。そんなに傭兵とは面白いものなのか?」
「面白いときかれれば面白いと答えるがそれだけじゃない。俺がもし1人で傭兵やっていたら二つ返事で答えてやれたんだが、あいにく俺には仲間がいてね。しかもだ、そのうちの1人は俺の命の恩人といっても過言じゃない。そんな奴らがいるのに俺だけ1人大出世とはいかねえよ」
「まぁ、もっともな話じゃな」
予想はしていたのだろうその表情には落胆の色は無い。
だがわかっていてもため息の1つは出てしまうようだ。
「それにしてもただの傭兵を騎士にしようとはずいぶん大胆なことをするな。ぜったいどこかで摩擦が起きるぞ」
「そんなことはわかっておる。だがおぬしがただの傭兵というのはずいぶん謙虚なことじゃのう? レベアル殺しの傭兵が」
「……予想以上に早いな」
「ここでは情報が命にかかわる。これぐらい調べるのはどうということはないわ」
「なるほど騎士の強さは十分と……だけどそれだけじゃないんだろ? 俺を騎士にしようとしたのは」
テーブルのお菓子をちょいと摘み上げて口へと運ぶ。
さくさくとした歯ごたえと甘さの抑えられたその味は上品そのものだ。
紅茶も口に運び胃に流し込んだ後、セリアの答えを待った。
「お主はそうは思わないかもしれんが、わらわには何かと敵が多い。殺されそうになったのも1度や2度ではない。信頼の置ける家臣もいるがそれもごくわずかじゃ」
「なるほど、それで俺なわけか。町で偶然であった人物と約半日過ごしてみたら強さは騎士にしても大丈夫、信用も置けそうで何より自分を姫様扱いせずに接する。なかなかいい駒かもしれんってところか」
俺がそう彼女にいうと、セリアは少しだけ眉を動かし紅茶を片手に俺の答えの採点をした。
「まぁそんなところではあるが、さすがにわらわでも家臣を駒とは思わん」
「わるい。ただ乗りで言っただけだ」
「よい。しかし困ったのう。お主が騎士にならんとなると牢屋に入れねばならんかも知れんな」
「!?」
飲んでいた紅茶を噴出しそうになった。
今何といいました!?
「ちょっちょっとまってくれ、いったいどういうことだ!?」
「アキラ、お主わらわが何者か忘れてはいまいか?」
「忘れるわけ無いだろ。この城の姫様じゃないか」
「そう、わらわは姫じゃ。その姫の願いを無碍にしたのじゃ。処罰があっても不思議ではなかろう」
「な!?」
「しかも今の今までわらわにため口じゃ、不敬罪ととられてもなんらおかしくは無いのう」
「……ここにきてはめてくれたな」
「はて、何のことかわらわにはさっぱりわからんのう?」
口元を隠しクックと笑っている。
その姿も絵になっているが、さすがにこの状況はまずい。
俺が助かる道は騎士になるしか道がなくなっている。
「俺をそこまで騎士にしたかったのか?」
「おや? 騎士になってくれるのか? それはそれでありがたいがさすがにわらわ無理強いするつもりはない。ただ一週間わらわに武術の稽古をつけてほしいだけじゃ」
「はい?」
張り詰めた空気が一瞬にして散っていった。
子供に良いように遊ばれている気がしてならない。
「さっきも言ったとおり、わらわには敵が多い。護身術もかねて武術を習いたいと申したのじゃ」
「いやまぁわからないわけじゃないんだが……それが俺である必要ってあるのか? 騎士や兵士とかに教われば良いんじゃないのか?」
セリアは肩肘を突き窓の外を眺めながらため息とともに言い放った。
「それができたら苦労はせんわ。あやつらにとってわらわは絶対的な姫じゃ、怪我をさせたらという思いしかない練習など効果などありはしないわ」
「たしかに実の無い練習しても意味は無いな。でもゼルバだっけかあいつならお前のこと怪我させずに練習付き合ってくれるんじゃないか?」
「あやつこそ無理じゃ。わらわに武術を教えることが恐れ多すぎるといって役に立たん。まったく畏怖と尊敬は無いよりあった方が良いが、ありすぎるというのは困ったものじゃ」
敵が多いと自分でも言っているのだおそらく間違いない。
そんな中ですごしているのに自衛の手段が口だけでは心もとないというのもうなずける。
しかし、だからといって出会って間もない傭兵を教師役にしようというのは大胆も良いところだ。
「話はわかった。だがまだ一つだけ問題がある」
「なんじゃ?」
「俺は武術を知らない。知っているのは戦い方だけなんだよ」
「どういうことじゃ?」
今度はセリアからの質問。
さっきとまったく逆の状況である。
「もともと俺は武術を習って傭兵になったんじゃなくて、傭兵になってから戦い方を覚えたんだ」
「?? レベアルと戦ったのに武術を知らないと?」
「そういうこと。もともと武術とはどんなのかとか、簡単なものとかは見たことあるからある程度は知ってはいたけど、誰かに習って強くなったりしたんじゃなくてすべて実践で成長してきたんだ。それができたのはもともと身体能力が異常に発達してたってだけで、つまり俺には実践を交えながらの戦い方しか教えられないし、しかもこの方法はすごく危険ときてる」
「ぬう……じゃが、何かあるじゃろう。剣術なんかはどうじゃ? お主だって何度か使ってコツぐらいはつかんでおろう?」
俺の答えが意外だったのだろうセリアに少しあせりの色が見て取れる。
無理も無いかもしれない期待していた人物がまったく使えないかもしれないのだから。
「それも残念なことに俺の武器は特殊で、剣術といって良いものかどうかって……それにもしセリアが剣を手にしたところで振れるかどうか…………ってあ!?」
「な、なんじゃ!? いきなり大声を出して!」
俺が大声を出してしまったせいで、セリアが驚いてしまったが、それは勘弁して欲しい。
何せ彼女にぴったりの先生について思いついたのだから。
「いや、ちょっとお前にぴったりの剣術を持っている人物に思いあたりが……。しかも都合の良いことに明日にはこのマグワレに到着するぞ」
「つまりそのものならばわらわに教えることができると?」
「あぁ、おそらく大丈夫だ。今日帰ったら連絡を取ってみるよ。でも一応姫様ってわかったら抵抗あるかもしれないからその辺は内緒にしとくぞ」
「うむそのほうがよいだろうな。これでようやくわらわも武術が習うことができるのか……ふふふ明日が楽しみじゃな」
「俺も楽しみかも」
互いに明日のことを考えながら紅茶に口をつけ明日へ思いをはせるのだった。