第五節:セリア
「後2日ぐらいでそっちにつけそうよ」
腕のリンカがエマの声を届けてくる。
「あぁわかった。一応5人泊まれるよう宿を確保しておいたから、ついたら連絡してくれ。入り口のところまで迎えに行く」
「了解了解。それじゃまた後で連絡するわね」
最後にそういい残すとリンカは元のアクセサリーのように何も発することはなくなった。
「さてと、この後何するかな……」
先行して王都についた俺は、ついたその日の内にギルバーン参加受付を済ませていた。
先に王都に来た理由がそれなので、当然と言えば当然である。
しかし逆に理由がそれだけだったので、受付を済ませてしまえば何もやることが無い。
その結果俺は暇をもてあますこととなった。
ギルドに行って仕事でも、とも思ったのだが、下手に怪我でもすると後々エマ達に迷惑をかけてしまうので今はやめておく。
そんな訳でやることのない俺はここ数日王都をぶらぶらして過ごすことになったのだった。
王都といっても町は町である。
行商人達が出している出店は、以前いた町とも同じように賑わいをみせていた。
「たしかにこの辺うろつくと楽しいといえば楽しいんだけどさすがに同じところばかりは飽きたな」
そう独り言をつぶやく。
確かに町の散策は楽しいのだが、暇をもてあましている俺にとってその作業は夕刻の頃にはすべての場所を行くことができるものだった。
まだ誰かしら知り合いがいれば変わってくるのだが、来たばかりの王都でなじみの店や知り合いなどというものはない。
王都に来たばかりに入った店も、俺と同じような奴が行ったりきたりしているようで、あの看板娘ともなかなか仲良くなることができないでいる。
俺と似たような考えで合席したグレンとはどうなのかというと、何度かその店で会い一緒に食事をするがそれまで、向こうももちろん、こっちも何が楽しくて男とデートしなくちゃいけないのかという結論に達しているためだ。
「せめてコドラつれてくれば良かったか……」
すれ違う傭兵がつれている魔物を見てそう思う。
魔物を追うように視線を動かしていくと、そのさきに薄暗い裏通りへの通路を発見する。
(行ってみるか)
どんなものにしろ何かしらのイベントがほしいと感じていた俺は、視線の先にある裏通りへの道をじっと見据えながら歩みを進めていった。
表通りからはずれた裏通りは、表通りとは違い日の当たりが悪く昼でも薄暗いところがある。
こういった不良のあんちゃんが居そうな所にはイベントは付き物だ。
ただこういったところで起きるイベントの大半は厄介な代物なのだが、そんなものでもないよりはましだと俺は自ら足を進めたのだ。
薄暗い裏通りには人の気配はなく、表通りの方から聞こえるわずかな雑踏だけが鳴り響いていた。
(少し時間が早かったか)
今の時刻は昼を回って少ししかたっていない。
たいていの食事所は表通りに面しているので、今の時間帯はここによくたむろする連中も表通りに行っている事だろう。
それに薄暗いといっても太陽が高らかと昇っているため、目の良いものならすぐに人を見つけられる。
どうやら俺が期待していたようなイベントはおきそうも無い。
「久しぶりに運動でもできると思ったんだけどな」
淡い期待がつぶれ、苦笑交じりにそうつぶやいた後、はっと思う。
以前ならば、こんな考えを持つことはなかったはずなのに、こちらの世界にきてからどうやら自分の攻撃的一面が突出してきているみたいだ。
(喧嘩ならガキの頃で済ませたはずなんだがな)
頭をかきながらどこか懐かしく思うこの感覚を沈め、それでもどこで何かしらのハプニングを期待しつつ俺は裏通りを歩いていく。
イベントを期待する以外特に目的もないので、ただぶらぶら歩いているだけの俺は、傍から見たら怪しい人物この上ないかもしれない。
「何をやっているんだ、俺は」
自分の事を客観的に見ることができるくらいに冷静になると、自分の行動があまりにも滑稽に感じる。
イベントを求めてきたのにもかかわらず、それに会うことはできず、そればかりかこんな意味も無いところを目的も無くただ歩く。
不毛である。
俺は立ち止まり、裏通りの横道からこちらでは感じることのできない活気を見せる表通りをみつめてみた。
あちらではだれかれかまわず、楽しそうに歩いているではないか。
「……やっぱり表通り歩くとしよう」
ため息混じりにそうつぶやき表通りのほうへ一歩踏み出そうとした時だった。
俺の右の視界に小さな影を捉える。
その影は俺が進んでいた裏通りの先にあった。
(なんだなんだ、もしかして)
影を見て俺の心が弾んだのを感じる。
なんとも馬鹿としかいいようがない。
確かにイベントに会いたいとは思っていた。
それがどうしようもなく面倒なことでも暇がつぶればとも。
君子危うき近寄らず、昔の人はよく言ったものだ。
まったく俺ってのはとんでもなく愚者だ。
あれはどう見てもトラブル出しかないと思うのに。
頭では理解しても体と気持ちはまったく正反対である。
俺は小さな影に向かって意気揚々と歩みを進めていくのであった。
近づくにつれて小さな影は徐々にその形を見せ始め、怒声が聞こえてくる。
その声は裏通りでは響いているものの、人通りが多く雑音の大きい表通りには届いてないようだ。
「さぁ観念して一緒にくるんだな」
「いやじゃわらわは今から遊ぶんじゃ」
「聞き分けのない子だな。そんな子にはお仕置きが必要だ」
なにやら男と女の声、これはもしかしたらちょっとばっかり良い目が見れるイベントじゃなかろうか?
邪な考えを頭によぎらせた俺の行動は早かった。
すぐさま声のする影の方へと駆け出したのだ。
影が人影だとは、ある程度近づいた時に気づいていたが、より近づくことによりその形を明確にし2人の男を映し出した。
(とりあえずは……殴るか)
物騒な考えであるがもっとも単純で簡単だ。
殴った後間違いなら誤れば良い。
男達はいまだこちらに気づいていないようで俺の方を見向きもしない。
それを良いことに、俺は距離が近い方の男の顔を思いっきりぶん殴った。
走ってきた勢いが足された拳は、男の意識を刈り取るのに十分な威力を発揮する。
「なっ!」
もう一方の男が異変に気づきこちらを見るが遅い。
すでに次の一撃の準備が整っていた俺は男の顎に強烈なアッパーをお見舞いすることとなった。
殴られた二人は裏通りの路地に横たわりぴくりとも動かない。
一応念のため脈を取ってみたが、死んでいないのでよしとしておこう。
「すまぬな。危ないところを助けられた」
脈を取っている最中助けた女から感謝の言葉をかけられる。
声のわりには、ずいぶんと変わった言葉遣いだなと思ったがそんなことよりも男の俺は助けたお礼を考えずに入られなかった。
これから先に起こることを楽しみにしつつ、平静を装い後ろを振り返り女の姿を確認する。
上の上が理想だが、それはなかなかないのでせめて中の上なら良いなと思いをはせながら。
「いやいや別にたいしたことじゃ……」
「なんじゃ? わらわに何かついているのか?」
そう確かにそこにいたのは紛れもなく上の上に分類される女ではあった。
女ではあったのだが後ろに子がつき、俺の妄想を打ち砕く12、3才の女の子だった。
落ち着いて考えよう。
女の子の顔を呆然と見つめていた俺は、何とか自我を取り戻すと現状をよく把握しようと頭を回転させる。
とりあえずはあの子があの男達に対して不満があったのは間違いなく、俺がやったことは限りなく正義に近い。
つまりは間違いではないということだ。
だからといってこんな子供に俺の考えていた見返りを期待するのは無茶、無理、無謀というもの。
俺は肩を落とし今までの不埒な考えを一掃すると、なぜあのような状況になったのか女の子へと尋ねるのだった。
「いや、なにもついてないよ。ただなんでこんなことになっているのかなと思って」
「おぉなんじゃ、そんなことか。まぁ大方金目当てじゃろ。それかわらわの美しさに心奪われたか。どちらにしろ下種な男どもじゃ」
女の子はそう言うと腕を組み冷ややかな目で倒れている男達を一瞥する。
(あぁ、なんか、うん、あんまりかかわらない方がよさそうな人種っぽいな)
ちょっとしたイベントを探していた俺だが、どうもこれは触れてはいけないイベント、かなりの面倒ごとだと感じ、会話を終わらせすぐに去ることにした。
「とりあえずは無事で何よりかな。こっちの裏通りは人通りが極端に少ないから気をつけなよ。それじゃ僕はこれで退散するよ」
普段使わない代名詞で良いお兄さんを演じつつ、なるべくかかわらないようにその場から逃げ出す。
普通ならこの子を送るのが紳士の勤めだと思うのだが、第六感が危険と判断しているのでこれ以上かかわりたくない。
だがここまでかかわってしまったらすぐには退散できないだろうな、という考えが頭から離れなかった。
「またれよ。そなた名前は?」
「ん…………アキラ、アキラ=シングウだよ」
「そうか。ではアキラとやらわらわを案内せい」
「へ?」
名前を教えようかどうか迷ったが、別に問題ないと思い教えたのが仇となったか。
教えずそのまま聞こえない振りをしてそのまま立ち去っていればなんてことなかったのに。
いや、すでに俺の考えの中に退散できないだろうなと思っていた時点で名前を教えていようがいまいが無理というものだっただろう。
「聞けえなかったのか、わらわを案内せいと申したのじゃ。わらわはまだこの町のことを良く知らん。じゃから案内せいと申したのじゃ」
「いや、聞こえなかったわけじゃないけど……なぜ俺が君の案内を?」
「男は黙って女の言うことを聞くもんじゃ。野暮なことを聞くでない」
女の子は堂々と言い放ち、力強い目でこちらを見ていた。
その姿は女の子の年齢とはかなりかけ離れていたもので威厳に満ちたものだ。
「……わかった。うん、わかった。それじゃどこを案内しましょうかお姫様」
「!?……そ、そうじゃな、まずはあっちのにぎやかな道を案内せい」
「お任せください。迷わないようにお手を」
いろいろ考えた末、このまま逃げ出してはさすがに男としてどうしたものか。
その結論にたどり着いた俺は毒を食らわば皿までもということで、とりあえず普段以上に紳士的に乗っておくことにしよう。
そう思った俺は以前見たドラマのワンシーンを思い出し実行。
恋人のわがままを聞く男の役だが、あまりにもくさい台詞なので使ったことはなかった。
だが、まぁ紳士遊びにはこれぐらいあっても良いだろう。
いきなりそんなことを言われた女の子はびっくりしたみたいだが、元がしっかりとした性格のようですぐに平静を取り戻すと、差し出した手を握り返してきたのだった。
「そういえばお姫様、お名前を聞いてまいせんでしたね」
「そういえばそうじゃな、わらわはセリ……セリエラじゃ」
「わかりました、セリエラ姫。それでは参りましょう」
何の因果かわからんがとりあえず一人でぶらぶらするよりはましか。
セリエラと手をつなぎながら表通りのほうへと歩いていった。
基本的表通りはいろんな道に分かれているので、あそこを通っていれば、たいていの場所にいくことはできる。
「セリエラ、君はどんなところに行きたいんだい?」
「わらわか? わらわはこの町を見るだけで十分じゃ」
「ん~~~~そうか、それじゃ最初は出店でも回ろうか」
やはりセリエラはどこかの貴族なのだろう。
俺はセリエラの答えを聞いてそう確信する。
容姿もそうだが着ている服も顔に負けず劣らずきれいなものだ。
その上あのしゃべり方と存在感、そしてセリエラから出てきた街を見るだけで十分という、この言葉。
十中八九間違いない。
そんなセリエラを楽しませるには、一般市民でにぎわっている出店がベスト。
そう思い俺はこの選択をチョイスしたのだった。
もっとも俺の予想が外れてセリエラが一般市民であったとしても、面白いところではあるので十分楽しむことができるだろう。
「うむ、わかった。それでは案内してたもれ」
セリエラと手をつなぎながら歩く俺は傍から見たら兄にみえ……ないか、もしそうとられたらセリエラに失礼にあたるかな。
あまりにも顔のつくりが違うし、俺が着ている洋服は粗末なものだ。
おそらく貴族とその護衛が良いところだろう。
下手したら誘拐犯に見られてしまうかもしれない。
さすがにそんな風に見られたらへこむしかないが、仲良く手をつなぎながら歩いているから大丈夫だと自分に言い聞かせた。
客観的に自分達がどのように見えるか考え終わると、セリエラがなぜこんなところにいるか考えてはじめた。
貴族と思われる娘がこんなところに一人でいるってことはおそらく『外の世界が見てみたいの!』とか、『こんな家出て行きますわ!』とか、言って家をでてきたんだろう。
普通なら理由を聞いて真っ先に送り届けるのが最も良いんだろうけど、さすがにそれはかわいそう。
セリエラも自分の事情を話したら、まっさきに家に連れて行かれると思っているだろうし。
しかし、何も聞かずに案内だけするってのも何かあった時に大変だ。
俺はいろいろ考えた末、とりあえず案内してから理由を聞くという、彼女にとって有利な条件を提示することにした。
「あぁそうだセリエラ、一つ約束してくれないか? 今日1日できるだけいろんなところ案内するから、案内が終わった後、なんでこんなところに1人でいたのか教えてほしいんだ。もちろん無理にとは言わないけど」
「…………考えておく」
有利な条件と思っていたが、セリエラにとっては時間が必要な問題だったのかすぐには結論をくれなかった。
考えておく、そう答えたセリエラの表情は一瞬どこか悲しそうだったが、俺の視線に気づくとすぐにもとの表情へと戻っていた。
もしかしたらめちゃくちゃ面倒くさいイベントを背負い込んじまったかもしれない。
そんな考えを思い浮かべながら、俺はセリエラの悲しい表情に気づかない振りをしてやるだけで精一杯だった。
表通りに出るとすぐに出店が見つかった。
もともと出店自体が表通りに並んでたっているので当たり前といえば当たり前なのだが。
出店の多くは飲食物を売っている。
肉を焼いたもの、果実酒、麺類などが主だ。
そんなわけで表通りに出るとあちこちからいい匂いが立ち込めてくる。
もっともここでの食事はおやつと考えられているため、昼時はもちろん食堂に人が流れているが。
「あれはなんじゃ?」
となりのお嬢様セリエラが指差すのは出店の1つクレープ屋だ。
クレープ屋といってももちろん地球にあるクレープではない。
ただ売っているものが似ているから俺だけがクレープと言っているだけで、本当はカッペと言うものだ。
生クリームやアイスはないが、果物などがふんだんに使われ、つなぎとして生クリームのようなシェールというものが含まれている。
はっきりいってうまい。
「あれはカッペってやつだな。薄い生地に果物やシェールを乗せて巻いたやつだ。シェールのふわっとした感じと果物の甘酸っぱさが絶妙でうまいぞ」
「そうか」
説明するとセリエラは一言だけ返すだけだったが、その顔は食べたいと語っている。
視線がカッペから離れない。
(やっぱり買ってやるべきか)
俺自身も少し小腹がすいてきたのでちょうど良いだろう。
「食ってみるか?」
「よいのか?」
「あぁ俺も腹が減ってきたしな。それと子供は大人に甘えておくもんだ」
そう言うとセリエラを引きつれカッペ屋の元へと歩いていった。
「いらっしゃいませ、どの種類にします?」
クレープを焼いている女の子から声をかけられる。
偏見かもしれないが、デザート系のお菓子を作ってもらうなら女の子の方が良いなと思うのは俺だけではないだろう。
そんなくだらないことを考えながら、セリエラにどれが良いか選んでもらうことにした。
「セリエラどれがいい? あぁ全部ってのは無しだぞ。1種類だけな」
「わかっておるわ。わらわだってそれぐらいの常識は持っておるわ」
そういうとメニューをじっと眺め、どれにしようかと格闘している。
迷うこと1分、2つまでしぼれたようだがいまだ悩んでいるようだ。
「……お嬢さん、この2つ1つずつで」
「わかりました」
セリエラは俺の顔驚いたように見て、店員はくすくすと笑いながらカッペを焼く。
俺はというとセリエラの驚く顔を見て楽しむ。
「半分ずつだぞ」
「わかっておるわ」
俺がそういうと少しむくれたように、しかしその後は笑顔であふれていた。
「お待たせしました」
「はいどうも、それじゃこれお金ね」
「またどうぞ」
出来上がったカッペを渡され、店を後にし近くの休憩場所へと移動する。
ちょうどテーブル席が空いていたのでそこに腰掛け、1つをセリエラへ手渡した。
「半分食べたら交換な」
そういって俺はカッペを食べようとしたのだが、わくわくし最も食べたがっていたはずのセリエラはなぜか食べようとしていない。
「どうした? 食べないのか?」
「いや……食べる、食べるが……」
食べる、そうは言っているのだが一向に食べようとしていない。
(いったいどうしたって……まさか)
1つの疑惑が浮上してきた。
セリエラは貴族、これは間違いないだろう。
ただもしかしたら普通の貴族ではないのかもしれない。
そうだとした時、貴族達の食事の対応で食べたいものをすぐに食べない理由といったら毒見……これがされていないからではないのか。
その理論の答えを出すため、俺は自分のカッペを一口食べセリエラに渡すことにした。
「うん、うまいな。そっちのはどんな感じだ?」
セリエラに自分のを渡し、セリエラのものを受け取る。
「セリエラお前も食べてみろよ」
「うむ」
セリエラがカッペを口にする。
どうやら間違いなさそうだ。
しかし毒見がいないと食べられないとは難儀なものだな。
「うまいか?」
「うむ」
一応こちらの質問には答えているがカッペに夢中のセリエラ。
ここまでおいしそうに食べてもらえるなら買ったかいがあるってもんだ。
そうこうしている内にセリエラはカッペを完食。
その姿を確認した俺はもう一つのカッペを一口食べセリエラへと渡す。
「よいのか?」
「半分つっただろ? 俺の一口はでかいんだ。これでちょうど半分ってとこだろ」
でかいといっても半分も一口で食べられるほどでかくはない。
まぁちょいとばっかりかっこつけただけのことだ。
そんな俺の気持ちを知ってか知らずか、おいしそうに食べるセリエラ。
(妹ってこんな感じなんかな)
セリエラが食べ終わる前にセリエラをその場に残し飲み物を買いに行くことにした。
さすがになにも無しであの甘いカッペを2つはつらいと思ったからだ。
飲み物は隣の出店で売っていたのですぐ手に入り、カッペに夢中のセリエラへと差し出した。
もちろん俺が一口飲んで毒見したのを見せて渡している。
受け取ったセリエラは俺の行動がうすうすわかってはいるのか、申し訳なさそうにそれを受け取った。
「うまかったか?」
「うむ、なかなか美味であった」
「そうかそいつは良かった」
さて今度はどこを案内しようかと思っていると、いきなりセリエラの表情が変わる。
そして俺に対し質問をぶつけてきた。
「アキラよ、おぬしはこの町をどう思う?」
一息ついて食後の余韻を楽しんでいる時にいきなりの質問である。
多少なりに驚きを感じた。
「この町か?」
「そうじゃ、おぬしからみてこの町はどう見える」
「そうだな……お前も見てわかっていると思うが、表通りはすごい賑わいで活気があるよ。これは町が潤っている証拠だとは思っている。ただ裏通りはそれとは対照的だな。もちろんどんな町でも犯罪がないわけではないけど、この町の裏通りは犯罪が多く感じるかな。実際にセリエラ、君自身がが巻き込まれているからわかるだろう」
「うむ」
「おそらく王が経済発展には力は入れているが、その弊害として起こる犯罪についての対処が不足してるんだろう」
「しかし、王はがんばっているぞ」
急にセリエラが身を乗り出してそう答えた。
突然のことで少しびっくりしたがそれだけだ。
俺はそのまま話を続けた。
「セリエラ、たしかに町の発展から見ると王は良くやっているように見える。だがそれは表だけだ。裏を見ていない。どんな町でも表と裏はあるが、その差が少ないほど俺は良い町だと思う。その点に関していったらこの町は差がありすぎる」
「なぜじゃ」
その目は今までのセリエラものとは違う目をしていた。
敵意を持っている目に見える。
「この町はこんなにも充実しておるではないか! それなのになぜ王を否定する」
「……セリエラ、少し付き合え」
俺はそういうとセリエラの手をとり表通りからはずれ裏通りへと向かっていった。
セリエラは表ばかりしか見ていない、裏がどんなに大事かわかっていない。
もしかしたら俺に助けられたときあんなにも冷静だったのは、自分が安全で絶対に助かるものだと信じて疑わなかっただけなのかもしれない。
表と違い裏の世界にはかすで反吐が出そうなぐらい、最悪なこともあるというのに。
(やっぱお嬢様にはそこら辺がわかってないみたいだな)
歩いていくと周りの景色は徐々に暗くなる。
日の光が当たる表通りではなく裏通りに入った証拠だ。
「アキラやいったいどこに行こうというのじゃ」
「もうすこしだから待ってろ」
つないでいた手を握り直し目的地へと急ぐ。
「ここだ」
「なんじゃ、ただの教会ではないか」
「あぁ確かに教会、だがただの教会じゃない。孤児院を兼ねている」
「孤児院?」
どうやら孤児院という言葉を知らないらしい。
それなりの教養を受けてきたと思っていたがやはり裏の世界の勉強はされていないようだ。
「親がいない子供を預かる施設のことだ」
「なぜ親がおぬ? 病気でなくなったのか?」
「それもあるだろう。だがそれだけじゃない盗人に殺されたもの、魔物に殺されたもの、親に捨てられたものもいる」
「!?」
セリエラは驚きを隠せないでいる。
温室育ちのお嬢様にはやはり刺激が強かったのかもしれない。
「なぜ、なぜ親が子供を捨てる……」
「金だ。生きていくには金がいる」
「金など稼げばよいではないか!」
「……やっぱまだわからねぇよな、たしかに稼げば良いかもしれないが、それは稼げればの話だ」
「どういうことじゃ?」
「さっきも言ったとおりこの町は経済発展に力を入れている。そのおかげで表通りは活気がある」
「そうじゃ、だから表通りで稼げば良いではないか」
自分の言っていることに間違いはないと、確信しているのか堂々と言い放つ。
たしかにもっともではあるが、問題がある。
「確かに表通りで出店を出せばそれなりに稼げるだろうが、出したくても出せないんだ」
「どういうことじゃ?」
「出店をそろえるだけでも金がいる。そして何より出店を出す場所を確保するために必要な維持費が高いんだ」
「道に店を出すぐらいでなぜ金がかかるのじゃ」
「王が決めたことだから」
「!?」
またも衝撃を受ける。
セリエラが驚いた表情を確認し、さらに続きを話してやる。
「経済発展を促すため王は表通りに休憩所や噴水などさまざまな施設を作った。それにより思ったとおり経済は発展し今のようになった。だが施設を作るのはただじゃない、大量の税金が使われている。そこで王は考えた。表通りに店を出すのに必要な場所代を上げることを。俺も値段についてまでは詳しくは知らないが、以前の場所代よりも5倍近い値段になったそうだ。そのせいで金のある強いものだけしか表通りで商売できなくなったそうだ」
「それなら別の場所で商売をすれば……」
「もちろん表通りで商売できない者達は裏通りで商売を始めたが、ここは犯罪地帯、盗みもあれば殺しもある。そんなところに人が来るはずもなく、店は悪人に搾取されるだけ。そうなったらどうなる?」
「……つぶれる」
「そのとおりだ。そして店を失ったものたちは稼ごうにも稼げなくなる。そういったもの達がしかたなく自分が生きるために子を捨て食い扶持を減らすんだ」
「…………」
ショックが強すぎたようでセリエラは一言もしゃべらない。
だが、子供だから知らなくても良いといった問題でもない。
「セリエラお前ならこれをどうしたい」
「……わらわは……わらわは裏をなくしたい」
「裏をなくすか、難しいぞ」
「それでもわらわは裏をなくしたい! 表のように明るい世界を裏にも与えたい!」
涙をためたその瞳に宿るのは力強い意思と決意。
「なら学べ、表のことも裏のこともすべて学べ。そして力を知力をつけ王になり町を、国を変えろ」
「……わらわにできると思うか?」
「1人で社会見学のため家を飛び出してくるような奴だ。それだけの根性があればできるさ」
わらってそう答えてやる。
しかし久しぶりに熱く語っちまったな。
「それじゃこの辺でお別れだな」
「急になぜじゃ!?」
俺は振り返らず後ろを右の親指で指し示す。
指の先には数名の騎士と思われる集団が、すさまじい存在感を放ちながらたっていた。
「お迎えにあがりました。さがしましたぞ」
隊長と思われる男がセリエラの前にかた膝をつき挨拶をする。
「ゼルバか、隊長自身の出迎えとはずいぶん心配をかけたようだ。すまなかったな」
「不肖の私には。もったいないお言葉」
ねぎらいの言葉を放つセリエラ。
さきほどカッペを食べていたときに見せた表情とは打って変わって、その表情は威厳にあふれていた。
「やっぱりお迎えがだったみたいだな」
「貴様無礼だぞ!!」
「よい!」
「ですが……」
「よいといっておろう!」
「はっ!」
俺に対し敵意を見せた隊長もセリエラによって諌められる。
隊長としてはどこか納得いかない様子だが。
「やっぱかなりお偉いさんだったみたいだな」
「気づいておったか」
「気づかない方がどうかしてるだろ。でもまぁ俺にしたら貴族だろうがなんだろうが関係ないけどな」
そういって俺が笑って見せると、セリエラも微笑む。
後5年この子が早く生まれてりゃな……。
「そうだ、セリエラ。どうせこれも偽名なんだろ? 本当の名前教えてくれないか?」
「む、これも気づいておったか。アキラお主なかなか食わせ者じゃな」
「俺よりもお前だろ」
「貴様!」
「よいといったであろう!」
またも俺の言葉遣いが気に食わなかったのか、隊長が仕掛けてこようとしたがセリエラに先ほどよりもきつく灸をすえられると押し黙る。
かわいそうな気もするが、話が進まないので俺からは何も言うことはない。
「わらわの名はセリア=D=シュペッツ、この国の第一王女じゃ」
「……こいつは驚いた。えらいえらいと思っていたがそんなかでも飛びぬけてるな」
「わらわに王になるための何たるかを説いたこと後悔しているか?」
「まさか、後悔なんかするかよ。セリアに必要なことを教えただけのことなのによ」
「そうじゃな」
「姫様、そろそろお帰りにならないと」
「うむわかっておるわ」
「アキラ、お主明日城へ参れ、わらわが王女であることをみっちり教えてくれるわ」
「おぉそいつは怖い、だが王女の頼みじゃ断れないか喜んでいかせていただきます」
俺は気取った感じでセリアに礼をする。
返事を聞いたセリアは満足そうにし、隊長へと話しかけた。
「それでは帰るぞ」
そういって城への道を歩き始めた。
「お待ちくだされ!」
何人かの騎士達が大急ぎでセリアの横へつき帰りの道を誘導している。
遠くに馬車が見えているので、そちらに向かわせようとしているのだろう。
その様子を見ていた俺に、さきほどから諌められてばかりの騎士がこちらに話しかけてきた。
「貴様、名はなんと言う」
「アキラ=シングウ、あんたの名は?」
「ゼルバ=ウルグラム、姫様を侮辱した罪許さんぞ。姫様があのように止めたから何もせぬが、もし今度何かあれば貴様を斬る、そのつもりでいろ」
「肝に銘じとくよ」
俺がそういうと、すぐさまセリアの後を追っていった。
「明日の予定はできたみたいだけど、なんかとっても危険な香りばっか漂ってくるな」
俺は苦笑を浮かべつつ、セリアが馬車に乗りその姿が見えなくなったのを確認してから、宿屋へと戻るのだった。