第四節:王都
どうも俺が仕事をするといろいろなところに飛ばされるらしい。
もちろん役職が平でも社長でもなく中間管理職という能力的にも申し分なく、だからといって必ずしも一つの場所にいなければいけない人物というわけでもない。
つまりは一番扱いやすいといった人間ということだ。
「だからって俺だけ先に行って受付済ませろってそりゃねぇよな」
王都への道をただひたすら歩きながら愚痴をこぼす。
途中すれ違う人たちもいるが、どうにも皆様馬車をお使いのようで、ちょっと一緒に会話でも楽しみませんかといったことにはいまだなっていない。
さて、俺が何でこんなところにいるのかというと、お気づきだと思うが愚痴でこぼしている様に、ギルバーンの受付を済ますためだ。
当初の目的としては、全員がランクBになってから王都への凱旋ということだったのだが、どうも受付の期間までに間に合うかどうかと言う風に微妙だったため、急遽、副団長である俺が単身王都を目指すことになったのだ。
そんな王都への道は草原にできた石畳の道で、馬車が通りやすいよう馬車の車輪用の穴が掘られている。
しかしだからといって、こうまで徒歩で向かう人物たちがいないというのは、一人歩いて王都へと向かっている俺にとってはまったく持ってさびしい限りだった。
「はぁ……なんで俺副団長なんだろ」
ため息交じりに自分の役職について考えながらも足だけはきちんと動かし、1秒でも速く王都に着くことを願う。
それにしてもこちらの世界に来てから一人で町の外に出るのは、もしかしたらはじめての経験ではないだろうか。
日本で町の外といわれても、どこまでが町でどこからが外なのか境界がまったくわからないが、こちらの世界ではそれがはっきりしている。
何せ町を覆うように作られている壁があるからだ。
もちろん魔物対策のためだろう。
そんな感じにあまりにも境界がはっきりしているためRPGを思い出す。
ただゲームとは違って5分で次の町へと行けないところが、現実のつらいところだ。
「たしかにたまには1人でいたいときもあるが、結構王都まで時間がかかる上、道中の楽しみ、知らない人達との安らかな談笑がないとなるとかなりつらいんですけど」
またも1人だと言うのについ口から言葉が漏れてしまう。
人間さびしくなってくると独り言が多くなっていけないな。
しかしこうでもしていないとつらいものがある。
テレビやパソコンなどの世界で生きてきた俺にとってはまさにこの旅は完璧な孤独である。
夜になるとそれはもう本当に、この世には自分しかいないのではないかとさえ思ってしまう。
「アキラ今どのへん?」
夜はまたさびしく野宿かと考えていると、どこからともなく聞きなれた声が聞こえてきた。
どうやらあまりにも孤独なせいでついに幻聴まで聞こえてしまったようだ。
「……ちょっとあんた聞いてんの? 夜明けの月団長エマ様を無視しようって言うの?」
そう確かにこれはエマの声だ。
けどなぜそれが聞こえてくる?
やはり孤独はいけないな。
頭を横に振るって、気をしっかり持とうと気合を入れた。
「こら!!!! とっとと返事せんか!!!」
「うお!」
気合を入れた直後、草原だというのにこだましそうなぐらいの音量が右の腕の辺りから鳴り響く。
「なんだ、いるじゃない。で今どこらへんなの?」
何事かと思い、右腕を凝視する。
視線の先にあったものは、まるで腕時計のようなリンカだった。
ここに来てようやく思い出す。
皆といる時間が多いため使う機会がなかったのですっかり忘れていたが、この世界での携帯電話、リンカを持っていたことに。
気づいた俺はすぐに腕につけているリンカを胸元近くまで持ってきて声が届きやすいようにする。
まるでどっかのアクションヒーローが使っている通信アイテムみたいだ。
できればもう少し若いときにこれがほしかったかなと思ったが、今の状況でこれがなかったことを考えるとその思いすぐに消えてしまった。
「えっと……なんて答えりゃいいかな。とりあえず王都への道をひたすら歩いてる感じかな。大体1日50は歩いてるはずだから…………およそ後2日って所か」
「ふ~~んまぁまぁなペースね。王都に着いたら一度リンカで連絡頂戴よ? そうでもしないと何のために高いお金出してリンカを買ったのかわからなくなっちゃうんだから」
「確かにそうだな。それはそうとそっちはどんな感じなんだ? こっちはひたすら道を歩いてるだけなんで、恐ろしく暇なうえすれ違う人たち皆馬車で、会話を楽しむことすらできていないんだが」
「まぁ王都への道なんてそんなとこでしょね。普通の商人達はまず町の外を歩いて渡るなんてことしないし。魔物がいるかもしれない道をただ歩いて渡るなんて、自殺行為の何者でもないでしょ?」
なぜだろう。
このなんともいえない感情がわきあがる感覚は……
「そんな道をたった一人で歩かされてる俺は、一体全体何だって言うのかな?」
「夜明けの月の副団長」
「期待通りの反応ありがとよ」
これでもかといわんばかりに皮肉を込めて言い放った。
向こうにもそのことは伝わっているだろう。
ただエマにとっても俺にとっても予想通りのシナリオといったところなので、そろそろ本題に入ることにしよう。
「実際どうなんだ? そっちの状況は?」
「とりあえずはリオもBになったし、リットもCにはなってるわ。一応リットのほうも後3つ仕事をこなせば何とかなるから明日か明後日あたりには出発できそうってところよ」
「てことはだ、なんだかんだいって、お前達が来るころでもぎりぎり受け付け間に合ったんじゃないか?」
「多分間に合うわね。でも一応保険みたいなものよ。ここまでやって期日に間に合いませんでしたーじゃ話にならないでしょ?」
「そりゃそうだ。ここまでして一気にランク上げたのだから参加は絶対しておきたいしな」
「でしょ? だからジェシーと一緒にアキラもBランクにして先に行かせている訳」
一般的なランクの上げ方、自分と同じランクの仕事をある程度こなし、ギルド指定の魔物を狩ってくる。
そのやり方でジェシーはBランクとなった。
しかし、俺はそのやり方ではまだCランクの仕事量が足りない。
そこでもう一つの上げ方、自分よりもランクの高い魔物を狩ってくる。
これに当てはめ、俺のランクをBランクへと強制的にあげることとなったのだ。
当初の考えを多少改変し、俺のランクを上げてしまうことになったのには理由がある。
先ほども多少触れたが、格闘祭ギルバーンの受付の問題である。
ギルバーンの受付は大会の1週間前までと結構期間があるように見えるが、ランク上げをしなくちゃならない俺達にとってはその期間はぎりぎりといって間違いなかった。
エマが立てたプランとしてはランク上げに1週間、王都までの移動に1週間となっており王都に着くのはギルバーンの1週間前というもの。
もしこのプランに誤差が生じれば、当然ギルバーン出場のためのランク上げは無意味なものとなる。
そこで安全策として、受付資格のある副団長以上の者、つまり俺が先に王都に行き受付を先に済ましてしまおうということになったのだ。
馬車を使えば多少余裕は出たのだろうが、もともとこの大会に参加する理由の1つと言うか大部分の金を大きく消費してしまうので最初から使う予定はないとのこと。
そんなわけでなんだかんだといいながら王都へと俺は1人で歩みを進めているわけである。
「そっちの仕事が終わってリットがBランクになったら教えてくれよ。すぐに受付済ましておくからな」
「わかったわ。そっちも何かあったらちゃんと連絡しなさいよ?」
「わかってる。ただ何かあるかもしれない道ならせめて馬車代だして欲しかったんだが」
「それとこれとは別、それじゃがんばって王都目指して歩きなさいな」
「あぁそっちもランク上げがんばって」
そういって俺は腕を自然体へ戻し、幾分か足を速め王都への道を踏みしめていった。
そしてそんな話をされたのが2日前のこと、俺は目的の場所まであと少しと言う所まで来ていた。
「こいつはすごいな」
思わず言葉が漏れる。
それもそうだろう。
今までいた町とはあまりにも格が違うのだから。
王都までの道をひたすら歩き続けで、若干疲れ始めていた俺だったが、その姿が見えると思わず早足になってしまうほどだ。
中心にそびえ立つ城はその威厳を存分に解き放っていた。
町の外観はもちろん塀で囲われているが、その高さは今まで住んでいた町の2倍以上あると思われる。
また、ただ高く積み上げられただけというわけでなく、その塀は白い塗装がされており王都の神々しさを際立てていた。
「とりあえず飯食って、ギルドに行くか。連絡はギルドついてからでいいだろうし」
肉体的にもある程度疲れていたが、何より1人旅のせいで、精神的にかなり疲れている。
ここは人様の作った食事でもしてそれを癒すのが先決である。
会話をして精神的な疲労を回復すると言う点では、ギルドに言っても良かったのだが、それよりも食事を優先させたのは、干し肉や乾燥した野菜を水で戻して食べるボルホロに飽きており、まともな食事を取りたいと体が要求していたからだった。
俺は道の先にある関所で手続きを済ませ、問題なく王都マグワレへと踏み入れた。
今までいた町は関所などなかったのだが、さすがに王都ともなると審査がいるらしい。けれど、その審査は結構ザルでギルドからもらった傭兵の証ギルド認定書を見せたらすんなりと入ることができた。
おそらくギルバーンの影響でもあるのだろうが、こんな風でいいのだろうか。
そんなことを思っていると、俺と同じようにギルド認定書を関所へと提示し王都へと踏み入れていく男達の姿が見えた。
「あの何人かとは戦うことになるんだろうな」
男達の背中を見ながらそんな考えをめぐらせ、旅の疲れを癒すべく食堂へと向かうのだった。
町についてまず探すのが酒場でなく食堂というのが、日本から来た者の習性というものだろうか。
俺はこんな昼間から酒を飲む習性など無い。
こちらの世界では実は朝から酒を飲んでいても、別におかしくもなんともないみたいなのだ。
そのため酒場は昼から夜遅くまで賑わっている。
朝から飲んでいてもおかしくないといっておきながら、昼からしか店がやっていないというのはおかしな話なのだが、朝からやらないのはだいたいの店が、夜遅くまでやっているためだ。
だが、その代わりといってはなんだが宿屋兼酒場の店では朝の食事のときに酒を出してくれる。
夜明けの月が利用している宿も宿屋兼酒場の店なので、エマやジェシーなどは出かける際に軽くエールを飲んでいるのことがある。
もちろん俺は朝から飲むような考えはないので遠慮しているが、朝からうまそうに飲んでいるのを見るとその考えも揺らいできていたりもする。
それにしても現代社会を生き抜いてきた俺にとっては考えられないことだが、傭兵という自由人がいるこの世界ではごく当たり前のことなのだろう。
なにせ下手すれば仕事に出てそのまま帰らぬ人になってもおかしくない職業だ。
そんな仕事をしているやつらに、酒の飲み方がどうとか言っても仕方ない。
酒について自分なりの答えを見出した頃、周りの空気の匂いが変わった。
その匂いは殺気じみた空気をはらんでいる訳でもなく、何の変哲もない料理をした時に発生する匂い。
肉が焼かれ、香辛料が効いた匂いだ。
辺りを見回して匂いの元を探ってみると一軒の食堂が見つかった。
なんてことない小さな店だったが、空腹と入り口のところからちらりと見えたウエイトレスの娘が、なんともいえない朗らかな笑顔を浮かべていたので迷わず入ることにした。
店に入ると小さいながらも繁盛しているようで、ほとんどの席が埋まっている。
空いている席がカウンター席ならちょうどいいのだが、俺と同じように一人身の者達が多いようでカウンター席はすでにすべて埋まっており、テーブル席の方で空いているところに合席するしかないようだ。
案の定先ほど笑顔を見せていた、おそらくここの看板娘だろうウエイトレスがそのことをつげに話しかけてきた。
「すいません、今カウンターの方は埋まってしまっています。あちらに座っている方が合席しても良いと言っているのですが、お客様がよろしければ合席でかまいませんか?」
年はリットと同じぐらいだろう。
まだ高校も卒業していないような年齢で、ちゃんとお客のことを考えたいい接客だ。
そんな接客をされてしかも自分は空腹、合席なんてもってのほかだなんていえるわけもない。
「あぁかまわないよ。あっちの人のところでいいのかな?」
「はい。あちらの赤い髪の男性のところです。あちらの方もお1人でしたのですけど、テーブル席しか空いていませんでしたので」
「なるほど、それで合席になる場合もあるかもしれませんがそれでもよろしければあちらでってことね」
そう娘に告げると苦笑を浮かべながらもうなずいた。
「それじゃメニューが決まったらまた呼ぶから、その時はまたお願いするよ」
そういって挨拶をし、男のほうへと歩き出した。
赤い髪の男の方はというと、ウエイトレスと俺の様子を見ていたらしく、合席になるのを予想していたようで近くに来たときに声をかけられた。
「どうやらにいさんと合席になるみたいだね。短い間だけどよろしく」
「あぁ後から来て悪いんだけが合席させて貰うよ」
年のころはおそらく俺よりも少し上ぐらいだろうか、でもちょいとふけ顔の俺を見た相手は同年代か自分より少し上と取っているかもしれない。
「にいさんもあの子目当てで来たのかい? それなら失敗だな。俺みたいな奴と食事する羽目になっちまったんだから」
「いや、ここにくるのは初めてだよ。まぁあの子を見たから店に入ろうと決めたのは否定しないけど」
「なら俺と同じだな。俺もここにはくるのは初めてであの子につられたからな」
男はそういって娘の方を指差す。
素朴ながらもいい笑顔を持っている、俺と同じようにつられる奴がいてもおかしくはない。
「ところでにいさんは見たところによると傭兵みたいだけど、やっぱりギルバーン目当てかい?」
そういって男は先に頼んでいたであろう酒を飲む。
酒場のように酒の種類は置いてないが、エールぐらいはどこの飲食店に行ってもあるもので男も食前酒気分で頼んだのだろう。
「まぁそんなところかな、一応これでも副団長って身でね。だけどそれをいいことに雑用まかされてギルドに出場の登録に向かわされているところ。それとにいさんはやめてくれ、なんか不良少年みたいでなんかむずがゆく感じるから」
「わかったよにいさん、それじゃなんて呼べばいいんだい?」
本当にわかっているのだろうか。
多分わかっているのだろう、おそらく最後になると思ったからあえてにいさんと呼んだのだろう。
「アキラ、そう呼んでくれ」
「よし、アキラね。覚えたぜ。それじゃ俺の名前も教えとくわ。俺の名前はグレン。ギルバーンでぶち当たるかも知れないけどそれまでは仲良くしとこうや」
「あぁ仕事は仕事で割り切っているからその点は大丈夫だ。とりあえず運悪くあたっちまったら手を抜いてくれると助かるんだが……それは無理みたいだな」
「ご明察、さすがに手を抜くとうちの連中がうるさいのでね」
グレンはまた酒で一息つく。
その姿は酒を楽しんでいるだけの男にも見えるが、戦いの話になった時の目はそれとは別のものだった。
なんだかんだと話しているせいで、いまだメニューすら見ていない俺には酒すらない。
このままでは腹の中の魔物が叫び声をあげそうなので、グレンが一息ついたときにメニューを見始めた。
メニューはいつも食べていた食堂と似たようなものが並んでいる。
どうやら、いつも食べていたものは日本で言うラーメンやハンバーグみたいなポピュラーなものみたいだ。
たまには違うのもとか思ってもみたが、始めてきた店でチャレンジというのは少々戸惑いを感じたので、いつも食べているものと同じようなメニューを頼むことにした。
「ちょっといいかな」
「はいただいま」
手を上げ、ウエイトレスを呼ぶとすぐにテーブルの方に向かってくる。
忙しいというのに、笑顔を絶やさない。
実にいい子だな。
「えっと、とりあえずこれとこれとこれ、3人前ずつで全部大盛りで」
「え……全部3人前の大盛りですか?」
「そうそれで頼むよ」
「は、はいわかりました」
注文を聞いた後すぐに厨房の方へと下がっていった。
1人で食うには少し多い量を頼んだので軽く驚かれてしまったか。
確かに量は多いかもしれないし、結構な出費になると思うが、久しぶりの暖かい飯なのだ贅沢にたらふく食いたい。
「へ~~~~結構頼むね」
「旅してきて久しぶりのまともな食事なんでね」
そういうとグレンは軽く笑みを浮かべ、俺の後ろの方を見ながらこう答えた。
「そいつはまたもや俺と同じだな」
グレンが俺の後ろの方を見ていたので気になり振り返ってみると、さっきのウエイトレスが、グレンが頼んだものを運んできているところだった。
もしかしたらさっきの注文に対してあの娘が驚いたのは量の多さからではないのかもしれない。
いやそうだろうな。
なにせ頼んだ俺すら驚いているんだから。
俺が注文してからまだ数分と立っていない、つまりは今運んでいる料理はグレンが頼んだもので間違いない。
しかし驚くべきは先ほど俺が頼んだものと1つ残らず同じ料理がテーブルへと運ばれてきたのだ。
「グレン……これはあんたが頼んだものだよな?」
「あぁそうさ。アキラが頼んだものと種類、個数、大盛り、まったく同じだがな」
そういって俺の驚き顔を見てほくそえむ。
注文している時、奴が一番驚いていいはずだったのに、それを気づかせないようにしたのは驚いた俺を見たかったためだろうな。
なんとなく負けた気がしたが、後からきた俺にとってはどうしようもないだろう。
「同じもの頼んだんだ、後であんたの貰うからさ、熱いうちに一緒に食べないか?」
「それはありがたいな。そうさせてもらうよ」
そのグレンの誘いに俺は乗ることにした。
待っていれば料理は来るだろうが、空腹時に目の前でバクバク飯を食われたんじゃ拷問もいいところだ。
「とりあえず俺達の縁に乾杯といこうじゃないか」
「昼間から飲むのはやめてるんで水で勘弁してくれよ。それじゃ」
「「乾杯!」」
王都マグワレについてすぐに入った食堂での奇妙な出会いは、この後控えているギルバーンの波乱……いや俺自身の波乱を表していたのかもしれない。