第九節:農作業
「あのエマさんや」
「なんだいアキラさんや?」
「ちょいと尋ねたいんだけど、俺の職業って何かな?」
「ギルドの傭兵で夜明けの月の副団長」
「うん、確かそうだったね。それじゃ傭兵ってどんな仕事?」
「重要人物の護衛や魔物の討伐、後はトレジャーハンターかな」
「じゃぁこの状況は何なのかな?」
サンサンと太陽が降り注ぐ中、滴る汗を服の袖でぬぐう。
気温は真夏と変わりなくおそらく30℃を超えているだろう。
そんななか何が悲しくてこんなことをしなくてはいけないのか、疑問しか浮かんでこない。
「仕方ないじゃない! 仕事で受けちゃったんだから!」
微妙に申し訳なさそうにしながらも、そう大声で答えるしかないエマ。
汗をぬぐった時についたのだろう、右頬に土がついている。
俺達が今いる場所は、あたり一面緑の葉と栄養が含まれていそうな土でかこまれた場所にいる。
そう、芋畑にいるのだ。
なぜこのような場所にいるのかは3時間ほど前にさかのぼる。
「それじゃみんなよく聞いてね。私達は今アキラと同じように武器を鍛冶屋に預けているため戦闘力は格段に下がってます。だけど、私達夜明けの月の所持金はほぼ0に等しい。その原因はみんなも知っての通り全員分のリンカを買ったことが原因なんだけど、これは無駄遣いじゃなくあくまで必要経費だから文句は受け付けないわ。とりあえず所持金が無いって事が重大なんだけど、お仕事しないと今日の夕飯は抜きになります。本当に。マジで。そんなわけだから皆さん、今の私達でも出来そうな仕事でなおかつ支払いがいいものを探してください。以上! それじゃ仕事が見つかるまで解散!」
エマがそういうと俺を除いた全員がそれぞれ仕事用のファイルをあさりだした。
本来ならばこのように全員で仕事を探さず、エマが決めればいいのだが事が事だけにそうも言っていられない。
先ほどエマが言っていたとおり俺達の団費が底をついてしまったのだ。
原因は明らか。
それぞれにリンカを配布したことによるものだ。
携帯電話のように使えるのこのリンカだが、産出量が少ないため当然値が張ってしまう。
1つ20ガルンほど、それを5つも買ったのだ、いくらレベアルの報奨金があったとはいえぎりぎりの値段だった。
(まぁこれで連絡取るのが便利になったから、エマの言うとおり必要経費ではあるよな)
ちなみに俺のリンクは腕時計型、リンカのほとんどがイヤリングやピアス型の物なのだがあいにく耳に穴が開いているわけでもないし、開けるつもりも無し、というか耳に装着する気などさらさら無かったので身に着けるものとして一番しっくり来るこの形になった。
「アキラさん、団長が仕事見つけたそうですよ。しかも高報酬だからこれしかないって言ってました」
腕のリンカを見つめていた俺に話しかけてきたのはリット。
先ほどまで仕事を探していたはずなのにいつの間にこっちまで来ていたのだろうか。
時計のほうを見てみると、どうやらエマの解散の号令から30分ほど立っていたようでその間俺は腕についているリンカを見ながらボーとしていたらしい。
「ん、あぁわるい。それでどんな内容なんだ?」
「それなんですけど、なんか詳しい内容は依頼主に直接聞いてくれってとなっている、変わった仕事でしたね」
(おい、なんかいやな予感がぷんぷんするんだが…………)
「あのリットさん、その依頼ってもしかしてBランクとかじゃなかった?」
「えぇたしかBランクでしたね。何でわかったんです?」
(あぁ、以前もこんなことあったよな~)
リットの返答を聞くと急いでファイルのある棚を目指し走り出す。
途中何人かにぶつかりそうになったがそんなこと気にしてはいられない。
ファイルがおいてある棚に到着した俺は、真っ先にBランクのファイルをあさり始めた。
(お願い、マジでお願い。あの方の名前は書いてありませんように…………)
依頼用の用紙を見つけ名前の欄を見てみると、かすかに残されていた淡い希望を見事に打ち砕く名前が書かれているものだった。
「リット! エマはどこだ!」
「えっ! アキラさん隣にいますよ?」
「んな!」
時すでに遅し、エマは彼女からの依頼を請けてしまっていた。
「なによそんなに驚いて、それよりもいい仕事みつかったわよ。畑の監視だけで20ガルンよ」
「エマ…………この用紙をよく見ろ」
「ん、なによ。どれどれ……これって私が受けた依頼内容じゃない。それがどうしたのよ?」
「いいから隅々まで読め。音読で」
俺は頭を抱えながらエマに無理やり依頼書を手渡す。
エマ最初ムスッとした表情をしたが、俺の迫力に負けて素直に依頼書を読み始めた。
「んっわかったわよ……アキラがそこまで言うんだったら読んであげますよ~だ。えっと、Bランク依頼書、仕事内容デリア近くの畑の監視、報酬20ガルン(必要経費別途支給)、詳細については依頼主に直接伺うこと。なお、この依頼の契約破棄は報酬の十分の一の違約金がかかります。依頼主ザマス…………何ーーーーーーーーーー!!!!!!!!!!!」
と言うように見事ザマス夫人のギルド操作により、なぜか本来はGランクの仕事を俺達がこなさなければいけなくなってしまったのだ。
以前の経験からザマス夫人の依頼なんか破棄して違う仕事を探したかったのだが、今の俺達に違約金が払えるわけがなく拒否権がなくなってしまったのだ。
「今度から最後まで読んでください。特に依頼主」
「……気をつけます」
エマも自分が軽率だったと反省し素直な返事を返した。
それはさておき、なぜ本来の依頼の内容である畑の監視が芋掘りになっているのかを説明せねばなるまい。
何でもザマス夫人自ら芋掘りがしたいということで、彼女の安全を守るため畑の周辺を監視しているという仕事であった。
だが、最初のほうは楽しんでいたはずなのに10分もすると日差しの強さも手伝ってか、ザマス夫人は汗だくで泥まみれ、そしてついには身につけていた手袋を投げ捨て『こんなのやってられないざます!』とキレ『あなた達私の代わりにやるざます! 出なければ依頼料は払わないざます!』とあまりに身勝手な命令を下しそのまま帰ってしまったのだ。
もちろんこんなのはあちらの契約違反なのだが、おそらくそのことをギルドに話してもザマス夫人の権力によりもみ消されてしまうだろう。
そうなっては依頼料どころか下手すればこちらが違約金を払わなくてはいけなくなり、金の無い俺達がそうなってしまってはギルドの認定書がなくなること必至。
そんなわけで彼女のわがままに付き合わさざる終えなくなってしまったのだ。
しかし、そのわがままな要求にも問題なく対応することの出来た2人がいた。
「それにしてもお前ら元気だな」
「私達農家の出ですからなれているだけですよ」
そういって掘り起こした芋の山をひょいっと持ち上げ荷馬車へと運んでいく。
重さはおよそ80キロ、体積もかなりでかいので持ちづらいはずなのだが、そんなことをまったく感じさせることは無い。
まるでダンボールの空箱を運んでいるような身軽さである。
さすがに力がアップした俺でもあんなふうに持つことは不可能だろう。
荷物を運んでいるのは、大剣使いのリオである。
実はこの子の力は悲しいことに俺よりも上だったりする。
歓迎会のときに酒の勢いで腕相撲することになったのだが、ものの見事に瞬殺されることとなりました。
地球にいたときから腕相撲にはかなり自身はあったのだが、以前戦ったヒョードルに負けるならまだしも、俺よりも若い、しかも女の子に負けるとは思いもよらないできごとだった。
(おかげでみんなが酔いつぶれた後、そのことがショックで一時間ほどさらに1人で飲んでたんだよな)
リオのパワフルな動きを見せ付けられ打ち崩された自尊心が何度も崩されていくのを感じていた時、リオの弟のリットはというと、それはもうかなりの速さで芋を採取しまくっていた。
どれぐらいの速さかというと、エマ、ジェシー、俺、この3人が掘り出した芋の量を軽く倍は掘り出している。
「恐ろしく早いな、器用とか以前の問題だぞ?」
「そんなことないですよ。ただ慣れてるだけですって」
そうはにかみながら答えるリットだが、そのはにかんだ笑顔と太陽光を反射した汗が恐ろしいまでの相乗効果を生み、もともと青少年であるリットをよりいっそう輝かせ農作業のもっとも似合うであろう青少年として光り輝かせた。
「いや、本当にすごいな。それに比べ俺達ときたら素人同然だからな~。でもまだましかあっちよりは」
そういって指をさした方向にはすでに屍と化しているジェシーの姿があった。
どうも農作業は一度もしたことがなく、なれない仕事と照りつける太陽の餌食となり先ほど『なぜ私が』と言ったのを最後に動かなくなった。
おそらく熱中症だと思われるので木陰に運び、水分を取らせ濡れたタオルを頭にかぶせて横にしておいた。
「ジェシーさんなんとなくお嬢様みたいですから苦手だろうなとは思っていましたけど、案の定といった感じですね」
「しかたないだろうな、今日は異様に暑いし」
「そうですね。もう夏真っ盛りって感じですしね」
「「きゃーーーーーー!!!」」
リットとジェシーの話をしていると聞こえてきたのは、エマとリオの叫び声だった。
何事かと思い振り返ってみると、そこには太くて長くてうにょうにょとうごめく黒い影。
「あ、すごく土がいいと思ったらツイッツがいたんですね。この畑後3年は確実にいい作物取れますよ」
黒いうごめく影を見てもリットはいたって冷静でむしろそいつに好感すら覚えているようだ。
「なんなんだツイッツって?」
「え~とツイッツは畑には欠かせない魔物なんですよ。あいつがいるといないとではぜんぜん違うんですよ。主に土や腐葉土を食べてるんですけどあいつが土を食べることによって畑が耕されたり、糞はすごい栄養のある土に代わるんです」
(なるほど見た目もそうだが、まんまミミズの巨大化版だな)
黒くうごめく正体ツイッツはやや黒ずんだピンク色をしていて横に縞模様のようにラインが入っている。
「で、あいつって危険なのか?」
「いえ、自分から攻撃してくることは絶対にありませんし、こちらから攻撃したとしてもすぐに逃げてしまいますよ。それにしても、姉さんまだあいつになれてなかったんだ」
そういってリオのほうを見て笑っている。
リットにとってツイッツはいいものとして映っているらしいが、男の俺でもさすがにあれは気色悪いぞ。
エマ達2人が悲鳴をあげるのもうなずける。
2メートル以上の巨大ミミズがうにょうにょと地面を這いずり回っているのを想像してもらえばわかるだろう。
とりあえずリットの話によれば人畜無害ということなので、今だに叫び声を上げている2人をとめにいきますか。
俺は歩みを進め、二人へと近寄っていく。
「おーい、リットによれば襲われることは無いから大丈夫だ……っ……てってぐ……るじ……い!」
そう呼びかけに言ったのだが、恐怖のあまり理性を失ったリオには、その言葉は届いていなかったらしく、おもむろに両手を前にかざし俺の首を捉えることとなった。
リオは怖さのためか目を閉じうずくまっていたので、屈んで肩に手を置いて落ち着かせようとした俺の首にリオの両手が届いたのだ。
そして、ちょうど奴と同じぐらいの太さである俺の首は、ツイッツだと思われ両手で思いっきり締め始められたのだ。
「ちょ……し、し……ぬ……」
自分よりも力の強いものに人体急所の1つである首をグイグイと締め上げられ、意識が朦朧とし始める。
逃げようともがけばもがくほど、ツイッツと勘違いされさらに力を込められる。
気道は完全につぶされ、動脈も完全に閉まっている。
もって後数秒といったところなのだが、どうやら俺の意識あるうちに助け出されることはなさそうだ。
助けを求めようと横のほうをちらりと見たが、唯一この場で正常に動けるリットは30メートルは離れている。
(なんかこの頃気を失うことが多いよな)
そう思うとすぐに意識がブラックアウト。
ジェシーについで本日2人目の脱落者となったのだった。