第七節:休日
「うん、まぁ昨日の時点で予想はついていたよ」
俺は、二日酔いの面々を見てそう言い放った。
昨日食事を済ませた俺達は、歓迎会もかねてそのまま酒場に直行。
夜遅くまで飲めや騒げやの宴会を繰り広げ、1人2人と酔いつぶれ最終的には俺だけが残り、全員をベッドへ運ぶこととなった。
俺もかなりの量を飲んだのだが、驚異的回復能力のおかげでほろ酔い程度にしかならず二日酔いとは無縁となってしまった。
こちらの世界に来たばかりの頃は、普通に二日酔いになったのでこの回復能力は徐々に俺の体へとなじんでいったものらしい。
もしかしたらそのうち、腕とか切られてもすぐにくっつくみたいな回復能力になったりして。
そんなことを思いつつベッドで横たわる死屍累々に一声かける。
「大丈夫じゃないとは思うが、もう朝だぞ。とりあえず水置いておくから、飲んで酔いを覚ましておくんだな」
「う~~~」
帰ってきた返答は、ゾンビが発するうめき声と酷似したもので思わず笑ってしまう。
以前の俺ならあの中に混じっていたと思うと、この回復能力がありがたいようなさびしいようなそんな微妙な感情がわきあがる。
「起きるのに時間かかりそうだから俺は出かけるぞ。昨日の狩りで武器がぼろぼろだから鍛冶屋に行ってくる」
「う~~~~」
同じような返答が、屍達から輪唱のように聞こえてくる。
なんともおかしな状況だ。
「コドラ、お前もいくか?」
「きゅー」
コドラに話を振ったが、首を横に振られ断られえてしまった。
どうやら、今日はのんちゃんと遊んで過ごそうとしているようだ。
「振られちまったか。それじゃ1人さびしくお出かけと行きますか」
遅くなるかもしれないので、コドラとのんちゃんにご飯の用意をした俺は、愛用の鞄を片手に宿屋兼酒場を後にした。
「今日の予定はっと、とりあえず鍛冶屋で武器を調整してもらって、あっとそれと弾も作ってもらわないと、それから~~~~眼鏡だな」
今日の日程を独りつぶやきながら、鍛冶屋へと向かう。
鍛冶屋でやることは3つ、昨日の戦いで刃こぼれができてしまったソードパーツとクローパーツの打ち直し、そしてただのアクセサリーと化している銃の弾の製作、最後に新しいパーツの作成だ。
最後の新しいパーツの作成は鍛冶屋でできるかどうかわからないが、できることならすぐにでも新しいパーツを作ってもらいたい。
この前の戦闘でも感じたのだが、どうも初期のパーツだけだと大ダメージを与える武器としては今ひとつな感じだ。
クローパーツは動きやすさメインのため余り威力は高くないし、ソードパーツは一般的な片手剣と大差なし、ウィップパーツは甲殻種にはほとんど効果はない。
今のパーツだけでは、コロラドの女王みたいな硬い敵に対して苦戦を強いられる、そのためハンマーやリオの持っている大剣に匹敵するようなパーツがぜひとも欲しい。
もっとも団員にリオが入ったのだから、彼女に任せてもいいのだが攻撃のパターンはより多いほうがいいだろう。
いろいろな思いをはせながら歩いていると、すぐに鍛冶屋にとたどり着いた。
一度看板を見て、ここが鍛冶屋であることを改めて確認すると俺はドアを開けて中へと入っていった。
ドアを開けた瞬間から温度ががらりと変わる。
鉄を溶かしているため熱気がすごく、何もしなくても汗ばんでくるほどだ。
こんなところにはあまり長居はしたくないと思った俺は、すぐに用件を済ますため、入り口近くにいる男に話しかけようと近寄っていった。
「あの~すいませ…………なぜお前がいる」
「いや~なんでって言われても、行き倒れていたら拾われたとしか言いようが無いっす」
入り口近くで武器を鍛えていた男の顔は以前武器屋で見た商人のものだった。
「行き倒れたっておい、俺のやった金はどうした? 少なくとも2日は持つはずだから、その間うまく商売すれば問題なかったはずだろ」
そういうと男はうなだれてしまった。
あぁそうか、うまく商売できなかったんだな。
買った自分が言うのもなんだが、この男の商品は武器の右斜め上を突っ走っていたからな。
「まぁなんだ、とりあえず拾われてよかったじゃないか。空腹で倒れることはなくなったことだろうし」
「その代わり商人廃業っすよ…………」
「向いてなかったからいいだろ」
「ひでーーー!」
俺があまりにもあっさりと商人をやっていたこいつを全否定したため、声をあげると共に微妙になみだ目になってしまっていた。
「とりあえずそれは置いといて」
「置いとくのかよ! おれっちの商人人生を置いとくのかよ!」
「武器の手入れを頼みたいんだが」
「無視ですか、そうですかそうですかって、おれっちの武器ちゃんと使ってるんすか!?」
俺の台詞に、素の状態で乗り突っ込みをかます。
まったく騒がしい奴である。
こっちもそれについて突っ込んだりしていると、何かと時間がかかってしまうため、俺はそのまま武器について話し始めた。
「あぁ、昨日の戦いでソードパーツとクローパーツに刃こぼれができちまったけどな。それ以外は問題なく使えてるぞ。後こっちの奴も結構いい感じだ。ただ弾がなくなっちまったから、いまはただのアクセサリーだけどな」
そういって銃を取り出して見せてやる。
そんな俺を見た男は、見る見る顔が明るくなり、今度はうれし泣きをし始めてしまった。
「よがったー! 本当によがったーーー! おれっちの作品がまじめに使われてるの初めてだからすっげーうれしい!」
(初めてだったのかよ……まぁでもほかの武器とか見たら誰も使わないだろうしな)
俺は武器屋で売り込みをしていた商品を思い出ししみじみ思う。
「わかったから、とりあえず泣き止め。さっきも言ったとおりソードとクローパーツの打ち直し、それとこいつの弾の製作を頼みたい。弾の型も持ってきてるからすぐにできるだろ?」
「あぁ、問題ないっすよ」
うれし泣きしたこいつは鼻水まで垂れ流し、武器を買ってやったときと同じ表情をしていた。
こんな奴に改めて頼むのはどうかとは思ったが、それでも一応俺の武器の製作者である。
俺は俺の武器に一番詳しいこの人物に、新たなパーツの製作も頼むことにした。
「それじゃ新しいパーツの作成とかはどうだ?」
「あ、新しいパーツ!?」
「そうだ、新しいパーツ。今のパーツだけだと、どうしても硬い敵には苦戦するからな。だからハンマーや大剣みたいながつんとダメージが与えられる武器が欲しい」
「なるほど」
「作ったのはお前だろ? 何とかならんか?」
「いや、うん、そうっすね。そうっすね」
なにやら、さっきとは打って変わって真剣な表情で考え込み始めてしまった。
俺もプログラムを構想している時に、こういう風になったことがあるのでわかるが、一度考え始めると回りのことが頭に入らなくなってしまう。
つまり、奴の頭はすでに新しいパーツの構想で埋め尽くされてしまい、俺がここにいるということすら忘れているに等しい。
ただ、自分がそうなるのはいいが、人にこれをやられるというのは結構むかつくものであえて軽くどついて俺の存在を思い出させよう。
「つ! あっ! 大丈夫っす! 何とかなるっす!」
どついたことにより、自分の世界からこちらの世界に戻ってきたこいつは、あわてて答えを返した。
「そうか、それでどれぐらいかかりそうだ?」
「そうっすね……ほかのパーツとは違い一から作らなくちゃいけないっすから10日ぐらいかかるっす」
「うむ、それぐらいなら問題ないだろ。あぁくれぐれもお前の趣味に走って、変な武器を作らないでくれよ?」
ここは、特に念を押しておかなければいけない。
こいつが作った武器、今俺が持っているグローブのカートリッジシステムはまともに機能しているが、ほかのものはどうやって使えばいいのかわからないものばかりなので、そんな物を作られた日には武器として使えないだけでなく、それをネタにエマにいじられるにちがいない。
2人だけの時ならまだしも、新しい団員がはいったばっかりで、そんな赤っ恥はごめんだ。
「その点は大丈夫っす。下手な物を作ると親方に元の鉄に戻されるっすから…………」
どうやら、すでに何度も経験しているのだろう。
最初笑顔でしゃべりだしたのに、後半に行くほど自分の作品が鉄へと変貌するのを思い出したらしく表情が暗くなっていく。
「いい親方でよかったな。客が」
「ひどいっす」
「とりあえず、10日でよろしく頼むわ。あぁそうそう、もう合う事も無いだろうと思ってたからこの前は聞かなかったけど、なんだかこれからかも会いそうだから聞いとくは、お前の名前なんていうんだ? ちなみに俺はアキラ、アキラ=シングウだ」
「あっおれっちの名前はハンス=ガンラクっす」
「うし、覚えた。それじゃハンス10日後またくるわ」
「了解っす。驚くような新パーツと新品と間違うぐらいに鍛えなおしたソードとクローパーツ、大量の弾をつくっとくっす」
俺はその返事を聞きながら、振り返らずに手を上げ返事として返す。
なんとなく、映画でそんなシーンを見たことがあったため、一度やってみたいと思っていた。
今までやらなかったのは、なんとなくやられたほうに対して失礼じゃないかと思っていたため。
なのになぜやったかというと、ハンスなら別にやっても大丈夫という俺の中での格付けがなされたためだった。
鍛冶屋での用事を済ませた俺は、もっとも大事な物を買いに出かける。
そう、眼鏡だ。
その眼鏡なのだが、ぶっちゃけ今の俺にはまったく必要ない。
必要ないのだが、必要なのだ。
何事も習慣というのは恐ろしい。
眼鏡をつけて10数年、今ではつけていないとなんとなく落ち着かない。
そんなわけで、視力が戻った今でも俺にとって眼鏡とは必要なものなのだ。
ちらほらと眼鏡をしている人を見かけるので、こちらの世界でも普及しているはずである。
ぶらぶらと町を散策し眼鏡屋探しを開始する。
しかし、これがまたなかなか見つからず、ようやく発見した時にはすでに鍛冶屋を出てから2時間ほどかかってしまった。
「やっと見つけたのはいいが、この値段はちょっと…………」
とりあえず店の中に入り一回り見てきたが、眼鏡は全体的に高かった。
俺の場合はレンズはいらないのでフレームだけの値段でいいのだがそれでも20ガルン、レンズも入れたら50ガルンと、ポンと買うには度胸のいる額だ。
しかも、俺の場合は目が悪いわけでもないのに欲しいということなので、完全にアクセサリーと同じ意味合いである。
それに20ガルンというのは贅沢すぎる代物である。
「何かお探しですか?」
俺に気づいた亭主が話しかけてきた。
ぶっちゃけ、20ガルンという大金はさすがに払えない。
だからといって金が無いので帰りますというのも恥ずかしいので、苦し紛れの言い訳をして立ち去ることにした。
「いや、とりあえず一通り見たんだけど、気に入ったのが無かったからまた今度にするよ」
「そうですか、それではまたのご来店お待ちしております」
そういって亭主は出て行く俺にお辞儀をして別れの挨拶をする。
無難に切り抜けたように見えるが、おそらくは俺のお財布事情を見抜いていただろう。
「まさかあそこまで高いとは……昨日の報酬だけじゃ足りないし……」
ちなみに女王の報酬は10ガルン、兵隊コロラドは1ガルン5シーターそのうち3ガルンをリットに手渡したので今もっているのは、残り少なくなっていた財布の中身の8シーターと昨日の報酬8ガルン5シーター合計9ガルン3シーターと明らかに足りない。
俺が倒したレベアルの報酬はまだ残っていると思うが、しっかりとエマに運営資金としてほぼ全額取られているので俺の手元にあの札束は無い。
「当分は裸眼か…………」
そんな独り言をつぶやきながら、自分の懐具合に嘆きつつ、帰り道を哀愁漂わせ歩く俺だった。