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夜明けの月  作者: びるす
新生夜明けの月
19/89

第六節:試験の終わり

「リット、そっちのソース取ってくれ」


「…………」


「おいリット、ソース取ってくれって」


「あぁはい、どうぞ」


「ん、ありがと」


 町に戻り、コロラドとの戦闘でついた返り血を洗い流すと、ギルドへと向かい換金とコドラの回収を済ませた。

 ギルドを出た後は、特にやることは無く、エマ達女性陣の帰りを待つだけなので、俺達は暇をつぶすため食事をすることにしたのだった。


「それにしてもアキラさん、食べすぎじゃないですか?」


「ん? そうか? なんだかいように腹が減ってな」


「確かにあれだけ動けばおなかは空くとは思いますけど、女王の食事風景を見て腹が減っているってだけで、よくここまで食べられますね」


 山のように詰み重ねられた食器を見ながら、リットがあきれたように言い放つ。

 注文の品が届いてから約20分間、休むことなく食い続けた俺は、ここの日替わりメニューを3人前、A定食2人前、パコラ(スープスパゲッティみたいなの)4人前、その他おかず各種とすでに10人前近く食していたのだった。

 以前はさすがに3人前も食べれば限界がきていたはずなのだが、こちらの世界に来てから徐々に食欲が増大していき、今では10人前でもぺろりと食べてしまう大食漢となってしまっていた。

 なぜここまで食欲があがったのかは大体予想がついている。

 予想というのは、俺の回復能力上昇に伴う副作用だというものだ。

 こちらの世界に来て驚異的な回復能力が身についたが、回復を促すためには材料がいる。

その材料というのがもちろん食事。

 常に筋肉痛や擦り傷、切り傷、骨折など、怪我の絶えない俺は怪我の治療のため必然的に多くの食事が必要になったのだ。

 今回も、予想より遥かに上回る戦いを強いられたので、いつも以上に食事をしている。


「食える時に食う、ってのは結構大事だからな。ましてや傭兵やっている俺達みたいなのには必須スキルともいえると思うぞ。だからリットお前も食っとけ」


 そう言って、俺はウェイターに追加注文を取った。

今回の報酬の半分近くは飯代に消えそうだ。

 その後も食べ続け、12人前に突入しようとした時、店の入り口が開く鐘の音が聞こえてきた。

 手は食事を運ぶことに集中させ、目だけをそちらに向け伺うと入り口のほうからエマが向かってくるのが見える。


「ん、えばぞっぢんおわっだんらな?」


「ええ、終わったわ。それはいいからちゃんと飲み込んでから話しかけてよ。最初なんて言われたのかわからなかったじゃない」


「あぁ、悪い」


 水で口の中身を一気に飲み干す。


「そっちは……その子が合格ってことでいいのかしら?」


「あぁ、名前はリット、ランクはさっきDにあげてきた」


「よろしくお願いします。団長さん」


「うん、よろしくね」


 リットはエマに対して右手を差し出す。

エマはその手を取り軽く握手をして微笑んだのだった。

 彼らの軽い挨拶はさておき、リットのランクが変わっていることを説明しなければならないだろう。

 今回、女王と兵隊コロラドの報酬はリットに換金をやらせて、ランクを上げておいたのだ。

 なぜそうしたかというと、あまりに俺達とランク差があったため。

 もし俺が換金していれば、兵隊コロラドはB、女王はAランクだったのでめでたくBランクとなったのだが、それよりも全体的にランクを上昇させることを俺は選んだのだ。


「ところでそっちはどうなんだ? もしかして0か?」


「それは見てのお楽しみ。ちょっと待っててね」


 エマは軽くウインクして見せると、店の外へとでていった。

そしてすぐに2人の女性を連れて戻ってきたのだった。


「合格者はこの2人、リオとジェシーよ。小柄のほうがリオで、金髪のほうがジェシーよ。それとおまけ付きでジェシーの相棒、ブルーアイの、のんちゃんよ」

 

 満足げな表情を浮かべるエマが紹介した人物達は、なんとも個性的な2人だった。

 1人はすごく小柄なのだが、その体に似合わない大剣を背負っているし、もう1人の金髪の子はお嬢様みたいな、なんとなく高貴の生まれですといったオーラを発している感じがする。

 そして、そんなお嬢様のような子の腕に抱かれているのは地球で言うシャム猫だった。


「よろしくお願いします」


「よろしくお願いしますわ」


「あぁ、よろしくな。そっちも色々あって疲れただろう。とりあえずエマ達も食事を取ったらどうだ? 動いた後だし喉も渇いているころだろうしな。だから一段落してから改めて自己紹介ってことにしないか?」


「そうね。そうするわ」


 俺の提案にエマがうなずくと、空いている席にエマ達は腰掛けウェイターへと思い思いの品を注文したのだった。

そうして彼女達との食事を開始して30分、みんな一通り食べ終わり落ち着いて話せる状況となった。

いよいよ自己紹介の時だ。


「ふう、それじゃここらで改めて自己紹介といきますか」


「そうだな、それじゃエマ、まずは団長として最初にどうぞ」


 そういってエマに自己紹介をするよう促す。

普通に考えたら団長が最初だろう。


「む、なんかちょっとむずがゆい感じね。まぁいいわ。私が夜明けの月団長、エマ=セムリアよ。気軽にエマか団長って呼んでね。ランクはA、今のところは一番ランクが高いと思うわ」


 みんなの視線が集まるなか自己紹介をしたエマは、言い終わると同時に俺のほうに目線を移す。

順当で言えば俺の番なのは当然か。

 ふぅと一呼吸おいてから俺は口を開いた。


「俺が夜明けの月の数少ない団員かつ副団長、アキラ=シングウ、まだランクはCで傭兵暦は1ヶ月ちょいだけどよろしく頼むよ」


「「「えぇーーー!」」」


 俺の自己紹介が終わったとたん新人達から驚きの叫び声が起きた。

その叫び声のおかげでほかの客から熱い視線が俺達のテーブルに注がれてしまう。


「おいおい、一体どうした?」


「いやアキラさん、僕はてっきりもっと年季が入っているものだと思って」


「私もそう思っていましたわ」


「私も」


 どうやらいろんな噂ねじれにねじれまくって、事実とは異なる情報を与えていたらしい。


「まぁ驚くのも無理ないわね。ど素人とほとんど変わらないのにレベアル倒しちゃうし。まぁおかげで1ヶ月入院する羽目になってたけどね~」


 そう言ってエマがこちらを笑いながら見つめてきた。

 それは仕方ないだろうと、その視線に反応しようとしたのだが、俺が口を開く前にほかの3人が口を開く。


「「「えぇーーー!」」」


 本日2度目の叫び声。

 おかげで、俺達のテーブルに熱い視線がまた注がれる。

ただでさえ俺が食事をしていると視線が集まるのに、それ以上視線を集めないでいただきたい。

 俺のそんな微妙な気持ちを知ってか知らずか、リットが先ほどの会話の時よりも少し大きめの声で俺に尋ねてきた。


「そ、それじゃアキラさんは、傭兵として活動していたのっていったいどれぐらいなんですか?」


「ん~4、5日? かな」


「確かにそんなものね」


 エマが相槌を打つと新人全員が唖然とした表情を取っていた。

なんか俺まずいことでも言ったのだろうか?


「…………アキラさんってあまりにも常識はずれですね」


 リットがそう俺に話しかけると、ほかの2人もコクリとうなずいたのだった。


「ん~とりあえずは俺のことは置いといて、次いこうぜ。次はリットお前からで」


「は、はい」


 急に話を振ったためかリットは戸惑いを隠せなかったが、それでも大きな返事とともに勢いよく立ち上がった。

なんだか新人社員が入ったみたいで初々しい。


「名前はリット=マクスロウ、ランクはさっきDにあがりました。傭兵暦は5ヶ月です。皆さんの足手まといにならないように頑張りますのでよろしくお願いします」


「おう! よろしくな」


「よろしくね」


 リットは微妙に恥ずかしがりながらの自己紹介が終わり、自分の席へと腰を落ち着けた。

その後は緊張したのか、胸に手を当て深呼吸をしていた。

 リットの挨拶が終わると、今度はエマが口を開いて進行役を務める。


「次は女性陣ね。それじゃリットの隣のリオお願い」


「はい」


 エマに軽い返事を返したリオは、リットとは対照的に落ち着いた雰囲気で立ち上がりしっかりとした口調で自己紹介を進めていく。


「名前はリオ=マクスロウ、傭兵暦は1年と少しでランクはCです。どうぞよろしく」


 流れるように、自己紹介を済ませたリオだったが、彼女の自己紹介にエマから疑問の声が上がった。


「あれ?」


 エマの疑問の声は俺も上げそうになった一言である。

なぜ上げそうになったかというと、彼女の苗字についてだ。

 リットとリオこの2人の苗字が確か同じなのだ。


「あぁ、そうでした。言い忘れていましたが、リットとは姉弟です」


「「なにーーー!」」


 本日3度目の叫び声は、新人からではなくエマと俺の2人から上げられることとなった。

またも熱い視線がテーブルへと浴びせられ、気まずい雰囲気をかもし出す。

 さすがにこの状況で、話を続けるのはなんだったのかリオは視線が外れるのを待ってから続きを話しだした。


「私が姉でリットが1つ違いの弟です」


「2人で夜明けの月の入団テスト受けて、絶対合格しようって約束していたんです」


「なるほど、それにしても俺達にそのことを言わずに両方合格するとは……」


「ねぇちゃんのほうは実力があるので絶対受かると思っていましたから、後は僕だけが頑張れば何とかなると思っていたので」


 そう言って、リットは照れたように左手で頭をかいた。

どおりで危険になっても逃げなかったわけである。


「それにしてもびっくりしたわね。まさか姉弟なんて――それじゃ次はラスト、ジェシーお願いね」


「ジェシー=シリウスト、ランクはCランクですわ。傭兵になって8ヶ月。そして私が今抱いているのがブルーアイの、のんちゃんですわ」


 そういってジェシーが持ち上げて見せたシャム猫は、猫とはかけ離れた鳴き声で『る~』と声を上げた。

普通の猫の鳴き声よりもかわいいかも。


「よろしくな」


「よろしくお願いします」


 女性陣達は先に紹介を済ませていたのか、笑顔で彼女の自己紹介に答えるだけにとどもあり、俺とリットだけが口を開いて答えた。

 その声に反応してか、こっちを見たジェシーだったが、視線が合うとすごい勢いで逸らされてしまった。

ちょっとショックである。


「よし。みんな一通り挨拶が済んだわね。それじゃ新生夜明けの月を祝うため、今日は飲むわよーーー!」


 俺の微妙な感情の起伏などエマが感じ取るわけはなく、全員の自己紹介が済んだところで飲み会をやると、1人盛り上がるエマ。

その盛り上がり方は、本当に楽しそうだ。

俺もショックを受けている場合ではないな。

そう心を切り替え、新人歓迎会もかねた飲み会を、大いに楽しむことにした。


「そうだな、久しぶりに浴びるほど飲むとしよう。病院じゃぜんぜん酒とか飲めなかったし、俺の退院祝いと新人歓迎会もかねてな」


「え?」


 その言葉に疑問を浮かべたのが1人、リットだ。


「もしかしてアキラさん、今日って退院初日ですか?」


「あぁそうだ?」


「それで、コロラド数十体と兵隊コロラドや女王コロラド相手にしたんですか?」


「まぁそうなるな」


「「「えぇーーー!」」」


 本日4度目の叫び声が鳴り響くとさすがに店員に怒られてしまい、そのまま逃げるように酒場へと場所を移すこととなった。


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