第三節:コロラド
(ちっ、俺達はランクの低いこいつに見てもらうのかよ)
(でも、噂によるとこいつが1人でレベアルを倒したらしいぜ)
(どうせデマだろ? 大方20人ぐらいで倒して、称号欲しさに金で解決したんだぜ? きっと)
(ちがいねぇ、でもまぁ俺達もその称号があるからここにいるんだけどな)
(じゃなきゃこんなちっせぇ傭兵団なんかはいりゃしねぇぜ)
俺の後ろからついてくる、男達が好き放題言ってくれる。
聞こえないように小言で言っているみたいだが、もともと耳がいいほうなので、ほとんど耳に入っていた。
(とりあえず、あいつとあいつは落としだな)
そんな事を思いながらも、行商人が襲われたというポイントについた俺達は、早速魔物の痕跡を探すことにした。
「みんな聞いてくれ。今から狩りを開始したいと思う。ここら一帯に生息するコロラドの群れの殲滅が目標だ。このまま全員まとまってコロラドの捜索をしてもいいのだが、それだと時間がかかってしまう。そこでだ。俺も含めるとちょうど5人ずつ3班に分かれる事ができる。捜索はその3班で行うとする。班分けはこちらで指定するので名前が呼ばれたら前に出てきてくれ」
俺は受験者にそう告げると、エマから渡されていた彼らの名前が書かれた用紙を取り出して班の構成を考える。
受験者のランクはCが5人、Dが8人、Eが1人となっていた。
(Cランクを2人ずつにして、そのうちの一人をリーダーとするか。後は名前順に割り振るとするかな、Eランクの奴は安全のため一応俺と同じ班にしてくとして……)
考えがまとまった。
俺は一度用紙から目を離すと、全員の顔をざっと見て名前を読み上げた。
「まずは、サイ、ジェンボン、グース、コンラド、ケイト、この5人をA班として、サイに班のリーダーをやってもらう。次に、ゾール、タリス、ゼロ、ダダ、デンをB班とし、ゾールがリーダーとする。そして最後は俺と、デブロ、トーマ、バルガス、リットはC班とし、この班は俺がリーダーを勤める。各リーダーは敵を発見したら、誰か2人を伝令としてほかの班に向かわせてくれ。残った者もできるだけ戦闘は避け、今いるこの場所までうまく誘導してみてくれ。以上だが何か質問は?」
班割りをし、それについて意見が無いかと問うと、なにやら話しかけてくるものが一人。
さっき無駄口たたいていた人物サイだ。
「アキラさんよ。ある程度はわかったが、別に5人もいればコロラドぐらいどうって事無いと思うぜ?」
小指で耳の穴をほじりながら話しかけてくる彼は、俺が試験官だとこれっぽっちも思ってない様子だ。
その様子にはむかついたが、表面上それを表に出さずに彼の質問へと答えた。
「たしかに、2、3匹程度なら問題ないが、異常繁殖したコロラドの群れの規模は30以上と聞いている。見つけた数が少なかったからといって、自分達だけで狩ろうとはしないでくれ。おそらく近くに群れあるはずだ。30以上もいたら5人では太刀打ちできないだろ?」
「でもよ」
「何事も安全のためだ。もしその事が守れないなら今ここで失格にしてもいいぞ?」
サイは、その言葉を聞くととりあえず身を引いた。
だがその表情からは、不満の二文字が読み取れる。
このサイという男。
自分と同ランクの奴に命令されているのが癪らしい。
(やっぱりあいつはだめだな。あいつみたいなのを真っ先に裏切るタイプだし、うちの傭兵団に入れたら最悪なことになりそうだ。名前の順でリーダーにしたのはまずったな)
名前と顔がまだ一致していなかったため、適当に名前の順でリーダーを付けてしまい、サイがリーダーになってしまった事を後悔しつつ、俺は次の指示を出した。
「それじゃ、A班は北、B班は西、C班は東を捜索、1時間探してなにも見つからなかったら、いったんこの場所まで戻ってきてくれ。さぁ捜索を開始しだ」
各班リーダーを先頭に、おのおの指示された方向へと向かっていった。
俺も自分で提案した東へと捜索しながら歩みを進める。
「ねぇアキラさん、アキラさんの武器ってちょっと変わっていますね」
捜索を開始して約5分、もくもくと先頭を歩く俺に急に声がかかった。
話しかけてきたのは、今回の参加者の中でおそらく最も若いとされる、Eランクの男。
リットだった。
年は15歳ぐらいで、身長160cmぐらいと小柄、武器はオーソドックスな片手剣で、栗色の猫毛が特徴的などこか憎めない顔の男の子だ。
「あぁこれか、確かに普通の武器屋じゃ売ってないだろうな。見た目はあんまりよくないかもしれないが、結構使いやすいんだ。こいつは狩りの状況に合わせて、武器を付け替える事ができるようになっててな。名づけるならカートリッジシステムってところかな」
そういって、左につけているソードパーツを取り外してみせた。
「へ~~~~面白いですね。確かにこれならいろんな状況に合わせて対応できますね。でも、僕にはこの片手剣ぐらいしか扱えないから、アキラさんみたいな戦い方は無理かな」
へへへと屈託無く笑うリット。
弟がいたらこんな感じなのだろうか?
その後も狩りについてや、日常的な会話など、リットと話をしながらあたりを捜索した。
しかし、肝心のコロラドは姿を見せず、40分が経過しようとしていた。
完全に油断し、気が緩み始めていた頃、後ろから声が聞こえてきた。
「大変だ! コロラドの群れが!!!」
後方から聞こえてきた声の主は、A班に割り振ったケイトによるものだった。
かなり遠くからだったため、最初は風などにかき消されてしまっていたのだろう。
俺達がその声に気づいたのは、ケイトが後方50メートルぐらいに差し掛かった時だった。
「敵の数はどれぐらいだ? それと状況は?」
ケイトの声に気づいた俺達は先ほどまでの気の緩みを引き締めると、急いで近寄って彼に説明を促す。
ケイトは声を上げながら全力でこちらに向かい走ってきていたため、息切れが激しく、俺の質問に答えるのに時間がかかった。
「はぁ……はぁ……50匹……以上だ…………最初は……1匹しかいなかったからよ…………俺達だけで狩っちまおうってことなって、でも……狩り始めたら、いつの間にかあたりを囲まれちまって、何とか俺はその群れから抜け出す事が出来たんだけど、ほかのやつらはまだやつらと戦っているんだ……」
(くそ! 最悪なケースじゃないか!)
最初から悪い予感はしていたが、ここまで最悪になってしまうとは思ってもみなかった。
リーダーの命令無視、予想以上のコロラドの群れ、B班への伝達不備、これではA班の連中が殺されるのは時間の問題だ。
思わず顔を歪め、苦虫を噛みつぶした様な表情になってしまう。
A班の失態の所在について徹底的にケイトに問いただしたい気持ちにかられながらも、そんなことをしている暇はないと思いなおし、俺はすぐさま自分の班の連中に指示を出した。
「C班急いで戻るぞ! リットお前はB班にこの事を伝えろ! ケイトお前は体力が戻ってからこっちにこい」
「はい!」
「……あぁわかった」
指示を出した俺はすぐにA班の元へ走り出した。
C班の連中も俺に続き、焦った表情を浮かべながら走り出す。
俺に指示を出されたリットは、B班がいるほうへと走り出した。
そんな緊迫した状況の中、なぜかケイトについて俺は冷静に分析していた。
地面を見つめながら答えたケイトの歯切れの悪い返事に、おそらくこいつはもう来ないだろうと。
「くるな! くるなーーーー!」
コロラドの群れの中心で、サイが剣を振りながら怒鳴り散らしていた。
その様子はあまりにも滑稽で威嚇とはよび難い。
腰が抜けて立てず、ただただ唯一の武器である剣を振り回す。
まるで赤ん坊がガラガラを振り回しているようだった。
サイの隣には、コロラドにかみつかれたのだろう右腕から血を流しているジェンボン、同じように足に怪我をしたコンラド。
そしてその中央にはあまたの咬み傷のせいで血を流しすぎ、気絶してしまったグースが、コロラドの牢獄に捉えられていた。
本来狩られる側だったはずのコロラド達は、狩る側であったはずのサイの声に反し、じわりじわりと距離を詰め、A班を取り囲む円を小さくしていく。
このまま放って置けば、コロラド達は見事に狩りを成功させることだろう。
「こっちだ!!!」
ケイトの伝令を受けてから10分、ようやくA班の元へとたどり着いた俺は、彼らを救出する為、先陣を切って、コロラドへと突っ込んでいった。
左腕のソードでなぎ払う。
目の前にいたコロラドはなぎ払われたソードに当たり、両断される。
コロラドは胴体部分がやわらかいため、刃を止めることなく振り切れる。
切られたコロラドは緑の血を流し、ギギギといやな音を立てながら、その命に幕を下ろした。
俺より少し遅れて到着したC班の連中は、俺に倣い、各々の武器で胴部分を狙い殲滅していこうとした。
だが、彼らはうまくはいかなかった。
俺よりも行動が遅かったため、デブロ、トーマ、バルガスの3人はコロラドの吐いた糸にとらわれてしまったのだ。
コロラドが吐く糸は粘着性が強く、弾力性もあり丈夫である。
本来足が遅く、胴体が柔らかいという弱点があるため能力値的にDクラスの魔物なのだが、この糸のせいで奴らはCランクの枠に収まっているのだ。
「くっそ! とれやしねぇ!」
デブロが自分の大剣についた糸を取ろうと必死にもがくが糸は切れず、余計大剣へと絡まりついている。
他の2人も糸のついた場所こそは違うが、デブロと同じように糸をはずすのに必死になっていた。
「糸に砂をつけて粘着質だけでも取り払え! 後は、互いの武器で糸を断ち切るんだ!」
「でもよ! そんなことしてたら中の奴等死んじまうぞ!」
「俺が何とかする! それより早く糸をはずすんだ!」
円の中心に向いながらも、目の端でデブロ達の状態を確認した俺は、すぐざま指示を出す。
指示を出し終えたら、今度はすべての意識を中央まで続くコロラド達に向け、剣を振るっては道を切り開き進んでいく。
コロラドを切るたびに飛び散る血が体に付着し異臭を放つ。
普段ならばすぐさま拭って風呂に入るところだが、今はそんな事を気にしている余裕はない。
早く中のA班の連中を外に引っ張りださないと、デブロの言うとおり彼等はコロラド達の餌となってしまう。
中心近くまで斬り進んでいくにつれ、サイ達の様子がはっきりと見えてきた。
先ほどまで意識があったはずのジェンボンとコンラドが、あの後も攻撃され続けたのだろう、グース同様真っ青な顔のまま横たわっていた。
唯一意識があったサイはというと、恐怖のあまりがたがたと震え、最後の抵抗とばかりに振るっていた剣を抱くようにして構え、ぶつぶつと独り言を発していた。
(サイはともかく、ほかの3人はすぐに町に連れて行かないと命にかかわる!)
中心に近づくにつれコロラドの攻撃が激しくなる中、足によりいっそう力をいれて一気に中心まで突き進んだ。
斬り進められた道はすでに、ほかのコロラドによって埋め尽くされてしまっていたが、何とか中心まで到着した俺は、最初に倒れていたグースを両手で持ち上げ、思いっきりデブロ達のほうへと投げた。
「受け止めろ!」
俺がA班の連中と合流する間に、糸を断ち切る事に成功していた3人は声に気づくと、飛んできたグースを受け止めた。
本来このような手荒な手段は取りたくなかったが、状況が状況だ。
仕方あるまい。
同じようにジェンボン、コンラドと投げ、外の3人がそれを受け止める。
そして唯一意識のあるサイと共に脱出しようとした時だ。
今までの行動をその目ではしっかりと見ていたはずなのに、彼は一向に動かなかった。
「脱出するぞ! 何をしている早く立て!」
時間が経てば経つほど悪化の一途をたどる状況で、一向に動こうとしないサイに痺れを切らせ怒鳴りつけた。
しかし、彼は近距離からの怒鳴り声に何の反応も見せず、ぶつぶつと壊れたラジオのようにただ独り言を発するだけだった。
「ちっ!」
あたりを警戒しながら仲間達を救出していたが、俺自身すでに3本もの糸が絡まりついていた。
こうなってしまっては、人1人担ぎながらこの中心から抜け出すのは不可能である。
だからといって壊れたサイを放っておくわけにはいかず、結局他の3人同様、俺はサイを担ぎ上げ投げたのだった。
投げられたサイは、恐怖が臨界点に達したのかそのまま気絶してしまう。
「遅くなりました!」
何とかA班の救出が済んだ時に、幼さが残る声が群れの中心にいる俺にもはっきりと聞こえてくる。
どうやらリットがB班をつれて戻ってきたのだ。
「ダダ、デン、リットは負傷した3人を町まで急いで運べ! 残った者たちは、1匹のコロラドに対して2人1組であたれ!」
命のともし火が消えかかっている3人をこのまま置いておけば、間違いなく死んでしまう。
彼等に直接触り、そう感じていた俺は、すぐさま町へ運ぶ指示を出した。
人の命が懸かっているため素早い指示を出せたのは良いのだが、B班が到着した際に意識を外に向けてしまったのはまずかった。
意識を外に向けてしまったことにより、避けられるはずだったコロラドの糸を体へと付着させてしまったのだ。
3本ほどだった糸は、あれから2本追加され5本体に付着している。
このままでは、身動きがとれずやられた3人の二の舞になってしまう。
「新調したばかりなんだけどしかたねぇよな!」
レベアルとの戦い後、ぼろぼろになったジャケットの代わりに新しくエマが似たようなデザインの物を買ってきてくれたのだが、それとも今日でお別れである。
(後で、エマに謝っとくか)
体に付着した糸をはずすことは不可能と判断した俺は、右手のクローでジャケットを切り裂くことにより自由を取り戻した。
切り裂かれたジャケットは糸を放ったコロラドの元へと飛んでいき、ジャケットを餌と判断した奴等はむしゃむしゃと残さず食べてしまった。
そんなジャケットを見て自分が食べられたときのことを想像し、寒気に似たものが体を駆け巡った。
ジャケットを切り裂き体の自由を取り戻した俺は、中心へ向かっていった時と同様、左手のソードでなぎ払いながら外へと向かい走り出した。
ジャケットが無いため、半そでになった俺は、地肌に返り血をモロに浴びる事となり、生暖かい感触が、脳へ絶え間なく送られてくる。
脳へ送られてくる感触が、十を越える頃、俺は何とかコロラドの群れの中心からは抜け出す事に成功した。
コロラドの群れの中から逃げ出した俺の体は、奴等の返り血がべっとりとついているほか、ところどころ切り傷ができていた。
切り傷に関してはさして問題にならないので放っておく。
俺は握り拳を作っていたため、血で汚れていない手のひらで顔の返り血を拭いながら逃げ出してきたコロラドの群れへと相対した。
「数が多いな…………そっちはどれぐらい狩った!?」
「こっちは4匹だ!」
「5匹!」
「7だ!」
(16匹か……俺も侵入と脱出で10匹以上狩っているはずなんだが…………)
異様なまでに減る様子を見せないコロラドの群れに、俺は焦りを感じ始めていた。
当初に想定していたコロラドの数ならば、イレギュラーが起きた今の状態でも苦戦はしても殲滅できる自信はあった。
だが、コロラドは一向に減る気配がない。
それどころか倒しているはずなのに増えているようにさえ思えてならなかった。
(何か、原因があるのか?)
息遣いを荒くしコロラドを切り伏せながら思案するが、答えは出てこない。
「コロラドの生態に詳しい奴はいないか!?」
だめもとでパーティーの連中に声をかけるが、案の定返事はなく、ただコロラドとの戦闘回数が増えるばかり。
(このままじゃ、3人戻ってきても大して変わりないぞ…………)
町のほうから怪我人を運んでいった3人と思われる影を確認したが、今のコロラドの群れを見る限り、戦力の追加があっても旗色が変わる事はなさそうだ。
2人1組でコロラドと対峙させているが徐々に皆疲れを見せ始め、怪我を増やしていくのが見て取れた。
最初に怪我をしたのは、C班だったトーマ、バルガス組、あったばかりで連携をしろと言うのが無理なのかもしれないが、バルガスが後ろから近づいてきたコロラドにより足に怪我を負ってしまったのだった。
それを皮切りに次々とほかの組も怪我をしていく、ある者は腕を、またある者は背中を、と徐々に劣勢に追い込まれていく。
そして怪我人を町に届けた3人がたどり着いた時には、俺以外の3組全員が切り傷とは言いがたい怪我を負っていまっていた。
「ダダ、デン、リット! 1人ずつ小隊に入れ!」
「でも、そうするとアキラさんが!」
「俺にかまうな! それよりも、お前達の中にこいつらの生態に詳しい奴はいないか!?」
1人で戦っている俺のところには誰もつけず、怪我を負っているほかの小隊へと配置を促した。
その指示にリットからの心配の声も上がったが、たいした怪我もなく何とかまだ体力を保っていられている俺よりも怪我を負い始めている小隊への配属のほうが重要である。
異世界に着たばかりの頃ではこうはいかなかっただろう。
体力の続く限り繰り返しおこなった、入院中のトレーニングが実を結んだようだ。
「隊長さん、いったい何匹ぐらいコロラドを狩った?」
俺の質問に答えてきたのは、ダダだった。
「おそらく30以上! さっきから狩り続けてはいるが一向に減る気配がしない!」
口だけではなく手を、足を動かしながらダダの質問に答えた。
するとダダの表情がどんどん悪化していくのが見えた。
「そいつはまずいぞ……女王が近くにいる」
純粋な恐れを含んだ声で、ダダが言葉を発した。
確かに言われてみればなるほどと感じる。
コロラドの容姿は芋虫とバッタの合いの子みたいな奴だったため考えもしなかったが、もしかすると蜂や蟻といった昆虫類と同じ生態系をしているのかもしれない。
そうであるならば女王を守るため全勢力で立ち向かうのだから、この数の多さもうなずける。
それに数が減らないのはきっと女王が次々に新たなコロラドを産んでいるのだろう。
しかしすさまじい繁殖能力だ。
「ダダ! 女王を倒せばいいんだな!」
「そうだが、そいつは無理だ! ここはいったん引いたほうがいい! 女王の近くには一回りでかいコロラドがいて、そいつらは普通の奴とは違って酸を吐きかけてくるぞ! それに、女王は他の奴と違って全身が硬い甲殻で覆われていて、並大抵の力じゃ太刀打ちできないんだ!」
ダダが戦闘しながらも説明を続けてくれたため、コロラドの生態についてある程度把握する事が出来た。
先ほどの質問で気がついた通り、こいつらは蜂や蟻と同じようだ。
働き蟻が餌を集め、女王に危険が及べば兵隊蟻が迎え撃つ。
「隊長、こいつら発見して何分たったんだ? こいつらの女王は30分以上何も口にしていないと凶暴化して自ら餌を探し出すぞ! そうなる前に逃げるんだ !女王が凶暴化したら逃げられない!」
ダダの焦る声を聞きながら、考えをはせる。
ここに到着するまでに10分以上経っており、そして応戦を開始して約10分、もしこいつらの女王が最後に食事をしたのが俺達がコロラドの群れを発見した10分前だったなら、もうそろそろ女王が出て来てしまう。
「わかった! みんな引くぞ! 殿は俺がつく、合図と同時に町へ…………」
「ピギャアーーーーー!」
逃げる指示を出したとたん、地面が大きく盛り上がったかとおもうと、すぐさまそこが爆発した。
あたり一帯に砂埃が立ち込めたその中心からは、耳障りでけたたましい怒声が響き渡る。
砂埃でよくは見えないがシルエットから察するに、先ほどダダが言っていた凶暴化した女王が、兵隊を5匹ほど引きつれてのお出ましだった。
(退院してすぐにこれかよ……)
緊迫した空気の中、俺は自分の運命を本気で蹴り飛ばしたいと思ってしまった。
「ひぃぃぃ~~~~~!」
普通のコロラドよりも圧倒的な存在を放つ女王の出現により、それまで一歩たりとも動こうとしなかったサイが悲鳴をあげ町へと走り出した。
女王の発するプレッシャーに耐え切れなかったのだろう。
こちらとしても、いても邪魔にしかならないので好都合である。
他の者達もサイのように悲鳴こそあげなかいものの、同じようにプレッシャーに負け次々と逃げ出していった。
勝てる戦いではないのだ、逃げ出して当然だろう。
もともと中途半端とはいえ逃げるように指示を出していたので、その行動を咎めるつもりは無い。
ただ心配な事は逃げ出す彼等にコロラドの兵隊達や、女王が襲い掛かっていかないかということだ。
怪我を負っている彼等に、自分達よりも上位のモンスターの攻撃にたいして対処できるわけがない。
やはりここは俺が一踏ん張りしなくちゃだめなようだ。
普通のコロラドは約70cm、兵隊はその約2倍、女王にいたっては5倍とレベアルに匹敵する大きさだった。
ちょっとした救いとしては、女王のプレッシャーがレベアルのものよりはるかに劣っていること。
だが劣ってはいるのとはいえ、並みの魔物が放つプレッシャーとは比べ物にならず、復帰第一戦でそんな魔物とやりあわなきゃいけないのは精神的にきついものがあった。
「さぁ~て、どうしたものかな」
どうにか踏ん張ってあわよくばすべて片付けてやろうとは考えたが、女王1、兵隊5、ノーマル多数、1人で相手にするにはいくらなんでも無茶がある。
すべての神経を奴等へと集中し、構えると一筋の汗が頬を流れた。
「アキラさんどうしましょう?」
「!?」
全員が逃げたものとばかり思っていた俺にとって、その声はドッキリと同じ効果だった。
一瞬、体がビクッと反応してしまう。
いったい誰だ!? こんな馬鹿げた戦いに挑もうとする馬鹿は!
そんな馬鹿である自分を棚に上げ、険しい表情をしながら声のほうに目線を移してみると、残っていた馬鹿がランクの一番低いリットだということがわかった。
「リット! お前なんでここにいるんだ! とっとと逃げろよ!」
「でも、アキラさんがいるなら大丈夫でしょう?」
怒気を含んだ俺の言葉をものともせずに、その瞳と言葉で訴えてくる。
そんな瞳で見つめないで欲しい。
純粋にあなたがいれば自分は助かるという安心しきった瞳で。
夜明けの月の副団長を務め、なんだかんだでレベアルを倒したことになっている俺だが、まだ傭兵初めて1ヶ月とチョイである。
しかもその大半をレベアルにつけられた怪我のせいで、病院で過ごしていたのだ。
傭兵としてはひよっ子も良いところである。
それなのにリットの瞳は信頼していますと訴えてきていた。
きっとリットは俺の経験についてまったく知らないのだろう。
もしかしたら噂を鵜呑みにし、レベアルを倒した歴戦の勇者などと幻想を抱いているのかもしれない。
彼の勘違いにため息が漏れそうになったが、リットが次に口にした言葉によってため息は飲み込まれた。
「それに、仲間置いて逃げるなんて僕は死んでも嫌です」
微笑むように、こちらを見据えるリット。
まったく良い根性をしている。
うちの傭兵団に死にたがりはいらないのだがな。
俺も自分を餌にしてエマを逃がしたことがあるため、そんな風に啖呵を切られてしまってはこれ以上引き下がれと怒れないではないか。
「だーーー! 死んでも知らんぞ! とりあえずは俺のそばから離れすぎるなよ。それと今からあいつらが近づいてきたら一発派手にお見舞いするから、ちょっとばかり力を貸せ」
「はい!」
緊迫した状況にもかかわらず、そのすがすがしいまでの透き通った返事は、まるで小学生の返事そのものだった。
そんな会話を続けるさなか、2匹獲物が残った事により女王達は逃げ出した者を追う事はなく、こちらへと的をしぼり普通のコロラドを使いじりじりと取り囲もうとしていた。
この昆虫といっても過言ではない奴らに、女王からの指示を受けるだけの頭脳があった事にも驚いたが、それ以上にも驚いたのは指示を出したと思われる女王の次の行動。
一匹ほど自分の近くに招き寄せると、そのまま一気にかぶりついたのだ。
いわゆる共食いという奴である。
先制パンチといわんばかりにグロイ光景を見せ付けられたが、俺達にとってはある意味これは喜ばしいことであった。
このグロイ光景さえ我慢さえすれば敵の戦力が減るのだ、食事の邪魔はしないさ。
「うぇ……」
横のリットから、吐き気を模様した声が聞こえたがそんなものは無視だ。
まずは、この渾身の一撃で敵を減らさなくてはいけない。
「リットいくぞ! 手伝え!」
「はい!」
女王のお食事中にソードパーツとウィップパーツを取り替えていた俺は、群れを薙ぎ払う様に鞭を振るった。
鞭は風を切る音を発しながら、群れのコロラドたちを飲み込んでいく。
「ぐーーーーーーー!!」
しかし、数が数だけにスピードは徐々に失速し、威力も落ちてくる。
だがここが踏ん張りどころであるため、鞭を振り切る俺の両手をリットに横から思いっきり力任せに押させた。
ブン!!!!!
何とか振り切ることができた鞭は、その特性を十二分に発揮し群れの半数以上のコロラドをただの物へと変貌させた。
「だーーー! しんど! 絶対明日は筋肉痛だぞ!」
「はぁはぁはぁ、そうですね。僕も明日を迎えるのがちょっと怖くなってきましたよ」
すさまじい負荷がかかった、左腕はボツボツと斑点ができたように内出血をしており、熱を持ち始めていた。
なんとか正常に動くものの明日何が起こるのか伝えてきている。
全力で力を込めたリットには内出血した部分こそ無いものの、似たような症状が出ている所があるようだ。
「でも、これで少しは楽に…………って後は女王と、兵隊コロラドだけですね…………」
「うげぇ……、さすがに引くな、これは…………」
女王の飢餓状態は限界だったのか、さっきの渾身の一振りで仲間が倒されているにもかかわらず、そんな事はお構い無しで次々に普通のコロラドを食べていた。
指令を出した後からずっと食事をしているようだ。
ただ驚いたのはそれだけじゃない、女王だけじゃなく兵隊コロラドや普通のコロラドも、死んでいった仲間の死肉をむさぼっていた。
一体全体、女王の指令はどうしたのだろうか。
とりあえず今起こっている光景を簡潔にまとめると、死体を普通のコロラドが食べ、そのコロラドを女王が食べる。
その光景が目の前で繰り広げられているのだった。
「女王はわかりますが、何で普通のコロラドまで食事を始めたんでしょうか?」
「さあな、女王の意識と連動でもしているんじゃないのか」
食事が終わるまでの間にそんな会話が始まったが、それもすぐに終わってしまう。
女王の食事はものすごく早い、かじると、飲み込む、それらをほぼ同時にこなしているようで、一匹食べるのに2、3秒ぐらいしかかかっていない。
そしてあっという間に、兵隊コロラドと女王のみとなっていた。
「おいリット、剣に刃毀れはあるか?」
「いえ、今のところはありません。いつでも戦えます」
かなりの数を斬った俺の剣は、ちらほらと刃に凹凸が出来始めていたのでもしかしたらリットの剣にもその症状がでているかもと心配したが、どうやら大丈夫のようだ。
それならば、逃げなかった根性とその剣を武器に頑張ってもらおうじゃないか。
「よし! なら兵隊コロラド1匹任せるぞ」
「えぇ! は、はい!」
「いい返事だ。あとの奴らは全部俺が何とかする…………何とかできないかもしれないけど」
最後の一言がなければ、かっこよく決まったに違いないが、どうも昔から決まった台詞をビシッと決められないな。
こんなだったから、よく不良に絡まれていたんだろう。
昔の事は思い浮かべるのもほどほどに、仲間の緑の血で染まった女王チームと俺達即席コンビとの戦いの火蓋が切って落とされようとしていた。