第二節:選考開始
「退院おめでとう」
朝早く荷造りを終えた俺は病院の前で待っていたエマに迎えられ、そう告げられた。
「ずいぶん早いな、てっきり俺の事を忘れて寝てるもんだと思ったんだがな」
「いやまぁそれでもよかったんだけど、今日用事あるしね」
「用事? いったい何があるんだ? ここは普通に俺の退院祝いじゃないのか?」
おそらく退院祝いではないだろうな、とわかっていながらもあえて聞いておこう。
さすがに退院した直後に、仕事って事は無いだろうし。
そんな俺の淡い期待を裏切るように、エマが重大な発表を繰り出した。
「えっと、今日は夜明けの月の入団試験を実施します」
「はい!?」
静かな朝に俺の声が鳴り響いた。
これはあまりに予想外な展開である。
俺は軽くパニックになっている頭を落ち着かせるべく、エマへと聞き返す。
「ちょっとまて。ちゃんとわかるように順々に説明してくれないか?」
「いいわよ、説明しましょう。うちみたいな、設立して間もない傭兵団に入団希望者がでてきた訳を」
エマはそう言って、病院の入り口から移動し庭のベンチへと腰掛ける。
俺も同じように移動すると、エマの横へと腰を下ろした。
「この前、私がレベアルの換金をしてきたのは知ってるわね」
「あぁ、コドラに頭をかじられた時に聞いたな」
エマのいたずらに、少し嫌味を込めて切り返す。
するとエマは少し顔をゆがませたが、すぐに元の顔へ戻り続きを話しだした。
「コホン、まぁ、そのことはおいといて、大事なのはレベアルを倒したって事なのよ」
いたずらに関して完璧にはぐらされる感じではあるが、これ以上突っ込んでも話が進まないので自重する。
たしかにレベアルはSSランク、多少騒ぎが起きても不思議ではない。
そんなことを思っていると、エマが説明を続けた。
「アキラも知っている通り、レベアルはSSランクでも上位の魔物よ、それをたった2人の傭兵団で討伐。しかも実質Cランクのあなた1人で倒したのよ? これが噂にならないわけ無いでしょ」
「なるほど」
俺はうなずいて一言返した。
たしかに、いわれてみればレベアルは俺1人で倒したように見える。
実際は誰かに助けられたはずなのだが、今のところはその事を伏せているので、エマでさえ知らない事実だ。
「夜明けの月には、レベアルを倒す凄腕がいる。あの傭兵団に入れば安心だ。て噂が瞬く間に広がっちゃって、ギルドに行く度に入団を希望してくる傭兵が後を絶たないのよ。確かに、仲間が増えればより安全に仕事ができるけど、やっぱり人って相性ってあるじゃない? だからすぐに入団させるって訳には行かないと思うの。だから入団テストを行うことにしたのよ」
エマはそう言って右の人差し指を立てながら、事の発端の説明を済ませた。
この説明で大体のことは把握することはできたのだが、如何せんなぜ今日出なければいけないのか?
そのことを疑問に感じ、エマへと質問する。
「とりあえずは入団希望者と、入団テストについてはわかったが、何で今日なんだ? 明らかに俺病み上がりなんですけど」
「なにが病み上がりよ。病院で筋肉トレーニングしていたくせに、でも退院初日からってのは私もどうかとは思ったんだけど、最初に入団希望を出してきた人って3週間も前なのよ、さすがにこれ以上待たせるのはどうかと思ってね」
「たしかにこれ以上またせると悪いな。うん、わかったそういうことなら仕方ないか。それで、試験の内容はどうするんだ?」
一通り話の内容はわかった俺は、今度は試験内容のほうが気になってきた。
「それについては、ギルドについてから話すわ。希望者のみんなが待っていることだと思うし」
そう言い終わるとエマは立ち上がり、『行きましょう』と一声かけた後、ギルドへの道を進み始めた。
俺はというと着替えなどの入った袋を両手に持つと、遅いとわかっていてが『少しぐらい持ってくれよ』と愚痴をこぼしながらその後を追っていった。
ちなみにコドラはというとエマに抱かれていたのだが、朝早くということもありいまだに寝ている。
退院したんだから、少しはコドラからも祝いの言葉を聞きたかったな。
「女の人は私に、男の人はこっちのアキラについていってね」
途中俺の荷物に気づいたエマは『ごめん忘れてた』と笑いながら答え、まず荷物を置くため宿屋へと目的地を変えた。
俺の不必要な荷物が、宿屋へと置かれると今度こそギルドへと出発。
予定よりも少し到着は遅くなってしまったが、集まっていた入団希望者達はそんなことは気にすることなく、エマの入団テストの説明を文句もいわずに聞いてくれていた。
入団テストの内容は、パーティーを組んでの魔物退治。
最近被害が多い、Cクラスのコロラドとスヌーがターゲットだ。
選考基準については、より魔物を倒したかではなく、チームプレイがちゃんとできるかどうかというもの。
確かに個人技は重要だが、これから一緒に仕事をしていくのだ、何よりも相手の事を考えた動きが出来なければダメということだ。
「はい、これ男の人たちの名前の一覧表とランクね。一番高い人でCランクだからアキラと変わらないわね」
レベアルを倒した事になっている俺だが、ギルドの自分よりも強い魔物を3匹以上倒すという規定があるため、SSランクの魔物を倒しても俺のランクはまだ変わっていない。
まぁランクが上がらなくても、仕事はエマが請けるからいいんだけど。
エマから受け取った表には、14人ほど名前が書かれていた。
「あらためて見てみるとかなり多いな。女の子はどれぐらいいるんだ?」
「こっちは11人かな? そっちよりは少ないけど、もともと傭兵自体男性が多いから、これでも相当集まったほうよ」
全部で25人、いったいどれだけの人数が残るのかな? と自分が審査員なのにもかかわらず、傍観者のような気分でいる。
「あ、アキラ、そっちはコロラド狙いでお願いね。私あいつなんか生理的にちょっと無理だから」
さてそれじゃ行こうかと思った時、エマがそう耳元でつぶやいた。
傭兵をやっていて標的のえり好みをするのもなんだが、確かにあれは女の人にとっては受け入れがたいかも知れない。
コロラドという魔物、いわゆる虫系の魔物である。
芋虫のような胴体と、バッタのような顔がついた形をしている。
動きが遅いために本来は動物の死肉を食べているらしいのだが、このところ異常繁殖し食べ物が少なくなったため、群れで行動し強力な顎を武器に行商人を襲っているらしい。
あまり綺麗とは言いがたい魔物なので、芋虫が苦手という奴にはきっと受け入れられないだろう。
「たしかに、あいつは見た目がグロテスクだからな……。うん、わかった。あいつらのところへはこっちのパーティーで行くとするよ」
「良い返事。それじゃよろしくね」
倒すターゲットの割り振りも決定し、いよいよ入団試験が始まる。
「みんな今から魔物退治に行くわよ。くれぐれも怪我の無い様に気をつけてね。それじゃしゅっぱーつ!」
「おーーーー!」
エマが拳を握り、腕を振り上げて音頭を取ると、周りも同じように腕を振り上げ気合いの一声をあげた。
気合は十分。
エマと俺は、それぞれのパーティーメンバーをつれ、エマは南、俺は北の入り口へと向かい、町の外にある狩り場へと歩みを進めていった。