第三節:夫人からの依頼
「いたい……」
エマがそうつぶやく。
彼女は頭を抱えうずくまっている。
この痛みの原因はすべて昨日の出来事が原因である。
そうエマはまたしても二日酔い。
昨日の時点で2日連続二日酔いになっているのだから、やめればいいのに酒をかっくらったせいだ。
だが、昨日のように財布の関係上、お休みというわけにはいかず、エマは痛みを伴いながら、異世界のハローワーク、ギルドへ向わなければいけなかった。
彼女の手を取り引きずるようにギルドに向かっているのは、もちろん仕事をもらいにいくため、別にギルドにいかず魔物を倒して後で報酬もらうのもいいのだが、それよりもギルドの仕事をこなしていたほうが何かと利益が出るらしいので、今回はギルドで仕事を請けるということにしたのだ。
それにドーガーの戦闘の時とは違い、今度は1匹ほどうちの団員が増えている。
連れて行ってもお荷物にしかならないので、ギルドにコドラ預けるという理由もあった。
ギルドは今日も盛況であり、俺達と同じように仕事を求める傭兵達が書く部署の受付に並んでいた。
俺達もそれに倣い、彼らに負けないよう仕事を探し始める。
仕事を探すのにコドラは邪魔になるかもしれないので、預けてしまってもよかったのだが、かわいいので仕事が決まるまでは俺の頭の上にいてもらおう。
そんなことを思いながら、俺達は仕事を選ぶため専用のカウンターへと向った。
ギルドの仕事は、大体はこのカウンターで自分にあったランクのものを選び受付を通して決定される。
仕事はランクごとにファイルしてあり、自分にあったものを選びやすくなっているので、すぐに見つけることができるだろう。
ただしここにおいてある仕事の依頼はBランクまでとなっている。
それ以上のランクになると、大抵の場合はギルド側が直接傭兵に仕事を回すことになっているからだ。
そのことはエマに聞いたのだが、現在登録されてる傭兵でAランク以上の者は125人と全体の1割にも満たない、そのためファイルを置いてもほとんど意味が無いと、少し自慢げに話された。
ちなみにファイルの閲覧だけならどのランクでも可能だ。
現在Aランク以上の仕事が無いため、エマはBランクのファイルを取り出し何かいいものはないかともくもくと探し始めている。
俺もエマに倣い楽そうなのは無いかなと、Cランクのファイルを取り出し確認している。
俺が見ているCランクのファイルには、ドーガー5体の殲滅、カムナジア湖の調査員の護衛、ネムリアの木の根の確保など書かれていた。
どれも5ガルン以上の報酬がもらえるようになっている。
確かにこの報酬額なら、依頼を受けてから仕事をしたほうが利益がでるだろう。
余談だが俺が文字をある程度読めるようになったのは、昨日何十回と呼んだ絵本の効果である。
「よし、これにしよう」
選び始めて5分ぐらいたっただろうか、いい仕事が見つかったのかエマがファイルに挟まっている用紙を抜き取り受付へと持っていこうとする。
俺は読んでいたCランクのファイルを元の位置に戻すと、エマへ話しかけた。
「どんな仕事にするんだ?」
仕事の決定権は団長のエマがもっているためエマがこれだと決めてしまえば俺に変更する権利は無いが、さすがに仕事の内容は気になる。
こちらの知識はほぼないが危険と直感で感じる仕事なら、受ける前に何とかしたい。
「迷子のリンクスの確保よ」
「はい?」
思わず素っ頓狂な声を上げてしまった。
俺の聞き間違いではないではないのかとさえ思える。
しかし、耳に入った言葉に間違いはなく、エマは迷子のリンクスの確保と仕事の内容を話していた。
ちょっとまて、迷子のリンクスって何ですか?
そもそもリンクスって?
そんな考えが浮かぶ。
リンクスという名前から情報が得られないか頭の仲を検索してみると、魔物の本に載っていた規定外魔物である、リンクスを思い出した。
リンクスとは、地球で見る馬の形に似た生き物だ。
形は馬で、全身からマンモスのように白い毛が伸びている。
性格は臆病だが温厚で、一度慣れると人を乗せ走ったりもする。
確か本にはそう書かれていたはずだ。
リンクスについて、思い出した俺はさらにこんなことを考える。
別に仕事について文句を言うつもりは無いが、迷子のリンクスの確保って明らかにBランクの仕事じゃなくないですか?
不思議に思った俺は声に出しエマに尋ねていた。
「エマ、本当にそれBランクの仕事か? 明らかにBランクの仕事じゃないと思うんだが?」
「私もそう思ったんだけど、ちゃんとBランクの仕事みたいなのよ。報酬も15ガルンとかなりいいし、しかも捜索費用として別途で3ガルンもでるみたい」
彼女はそう言って、依頼書を俺の前へと突き出した。
読んでみると、確かにエマが行ったとおりの内容である。
これはなんとも、お得な話だ。
エマがこれに決めた理由は十分である。
この内容なら間違いなく俺もそれを選んでいただろう。
「もうこれに決まりっしょって感じ、アキラも異論はないでしょ?」
「あぁそれでいいんじゃないか? 楽そうだし」
「それじゃ、受付してくるわね」
エマは俺に軽く手を振って、受付カウンターに向かっていった。
報酬が大きいだけに少し機嫌が良くなっているようで、その足取りは軽やかだ。
仕事が決まり手続きまで暇な俺は、待っている間にコドラと遊ぶことにしよう。
頭の上にいるコドラをギルドの端にある椅子に乗せ、ぷにぷにと頬をつつく。
本来、この手の動物は硬い鱗を持っているはずなのだが、コドラの鱗は鱗なのか? と疑ってしまうほど柔らかく、程よい感触を指先に伝えてくる。
ぷにぷにされているコドラは、最初のうちはされるがままだったが、つつかれているうちに指にじゃれ始めた。
うん、すさまじい破壊力だぜ、これは。
そんな俺の安らぎの時間は長く続くことはなく、受付を済ませたエマがこちらに向かってくる。
「受け付け終わったわ、名残惜しいけどコドラを預けて仕事に取り掛かりましょう」
俺と戯れていたコドラを抱き上げ、俺と同じように頬をぷにぷにとつつき悦に入っているエマに、コドラを取られた事により生まれた嫉妬の目を向けるが、まったく気づこうとしないのであきらめる。
「あぁ、そうしますか。それじゃ2階の施設にと」
俺達はギルドの2階へと向かう、ドーガーを倒したときに確認したのだが、2階の受付の1つが託児所となっている。
本来、危険を大いに伴うこの傭兵という仕事を、子供がいる親がつくのはどうかと思うがこの託児所を利用する人は多いそうだ。
なにしろ託児所が出来た理由は、傭兵達からの強い要望だったというのだから相当なものだろう。
なぜそのような要望が出たのかというと、傭兵団など、グループで行動していると、どうしても男女との交流が身内だけとなり、そのまま結ばれるというケースが多くなったのが原因であるとか。
そんなわけで両親ともに傭兵という子供が増えていき、ついに託児所設立となったのだ。
そのことがきっかけで、今度はペット用も出来ないかという強い要望もあがってきた。
こちらは、主に一人で行動する傭兵の要望が多かったらしい。
この手の輩は、一人で仕事をする寂しさを補うため、規定外魔物を飼っていることが多いのだという。
こちらもそれなり数がいたのだろう、託児所が開かれてから半年でペット用も開設されたようだ。
ギルドとしては子供やペットを預かることにより、仕事のリスクが減りなおかつ効率もよくなる、しかも預かり料もはいるときたものだ、そのようなプラスの効果が得られるのだからすぐに開設したのだろう。
もし開設しなかったのなら、要望を無視するギルドとして多くの傭兵からマイナスのイメージをつけられ、子供やペットを理由でやめるものが激増していたにちがいない。
そんな現代社会での会社でも当てはまるテーマを考えつつ手続きを行う。
「はい結構です。1日~3日間のお預かりですね。料金の精算は後日、引き取りに来た際に頂戴しますので、その時にこの番号札をお見せください」
そういって渡されたのは、木の板に焼き鏝で番号とギルドのサインが入ったものだった。
これならば紙で出来たものよりは、無くす確率は少なくなるだろう。
受け取って地球から俺と一緒に運ばれてきた鞄にしまう。
「さて、手続きも済んだしとっとと仕事終わらせてくるか」
「そうね。タロウとずっと別れているなんて耐えられないしね」
「…………だからコドラだろ」
「ちっ……」
そんなやり取りをしながらも、俺達は仕事の依頼主の元に向かうのだった。
「うちのリンリンちゃんを、絶対に見つけてくださいざます」
「「はぁ」」
俺達2人は詳しい内容は依頼人より直接話を聞くこと、と書いてあったギルドの用紙に従い依頼人を訪ねたのだが、どうやらそれがかなりの曲者だったらしい。
後で調べてわかったのだが、本来迷子の~~~~で始まる仕事はEランク以下と相場では決まっているらしいのだが、これはBランクの仕事だ。
なぜにBランクになったのかは、この困った依頼主のせいだろう。
「ザマス夫人、リンリンちゃんは必ず見つけますから、落ち着いてください」
エマがなだめるように依頼主に話しかける。
この依頼主、ザマス夫人はというとハンカチを口でくわえ両手で引っ張りながらもだえている。
それにしても、漫画にしか存在しないだろうと思っていた人物を、この目で見ることがあろうとは……さすがは異世界といったところだろうか。
ザマス夫人の特徴は、体型は横綱、頭は色々とカールがかかったヘアー、ぴちぴちのドレスに身を包み、豚に真珠とはこのことだといわんばかりに、指輪やネックレスを大量に着飾っている。
もちろん、化粧は仮面のごとく厚化粧だ。
一種の魔物に近い夫人だが、かなりの資産家である。
もとは王族の血筋だったらしいが、今は地方貴族になり好きほうだいしているとの噂だ。
今も昔も、権力と財力を使い思い通りに過ごしていたためか、自分の愛するペットがいなくなったのが許せなかったのだろう。
すぐにリンクスのリンリンちゃんを見つけて欲しいがため、迷子の仕事にしては異例の報酬を出すことにより、Bランクまで依頼内容を底上げまでしてしまったのだから。
こんな夫人の夫はいったいどんな人なのだろうか? おそらく天使のような心の持ち主に違いないだろう。
まぁ、そんなことはいいとして俺達は非常に困っている。
何故かと言うと、俺達と夫人が話すこと約2時間、その間いっこうに話が進んでいないのだ。
話を切り上げてすぐに探しにも行きたいのだが、探すために必要な情報である、リンクスのリンリンちゃんの特徴と、逃げ込みそうな場所、そしてどのような行動を主にしていたかということをまだ聞き出せていないのだ。
エマがなんとか聞き出そうとがんばっているのだが、どうにもあちらのペースから抜け出せず、永遠とリンリンちゃんの自慢や、いなくなったことへの悲しみ、そして自分がどんな人物でどんなにすごいのかをエンドレスに聞かされている。
交渉のすべてを団長のエマにまかせっきりで、俺は相槌程度しかしていなかったが永遠と自慢話を聞かされ続けては、さすがにきつい。
このままでは、進展しないようなのでエマに変わり交渉することにしよう。
それに、俺よりも顔を引きつらせながら笑っているエマの方が限界だろう。
彼女の右こぶしが、ワナワナと震えているのが横目でちらちら見えている。
「それにしても、本当にザマス夫人はすばらしいですね。ご自分のペットにココまで愛情を注いでいるなんて、普通の人ならここまで深い愛情を注ぐことなんて不可能ですから」
俺はそっとエマの震える拳に手を置いて、抑えるように促すとザマス夫人を持ち上げた。
この手のタイプは、自分がほめられると相手のペースに乗りやすい。
せいぜいおだてて、必要な情報だけ頂いていこうというわけである。
「そうなのよ、私にとっては本当に大事な家族なの。だから早く見つけて頂戴」
「えぇもちろんですとも、こんなにザマス夫人が愛情を注いでいるのです。さぞやリンリンちゃんはかわいいのでしょう。リンリンちゃんのチャームポイントってどんなところですか?」
なんとか話の流れをリンクスの特徴に持っていく。
これを聞かなければ見つけることができない。
「チャームポイントは……そうね、普通のリンクスと違って鬣が黒色ですごくキューティクルざますのよ、そして首には金で出来た首輪をつけているところかしら」
これ以上ないっていうほどの特徴だ、こんなわかりやすい特徴があるならさっさと答えて欲しいものである。
「それは、さぞかしかわいいでしょう。そんなかわいらしいリンリンちゃんを見つけた時に、嫌われてしまったらと考えると、すごく胸が苦しくなってしまいます。私達が嫌われないように、リンリンちゃんの好きな場所や、好きなものをご教授願いないでしょうか?」
「それもそうね、私のリンリンちゃんに嫌われてしまうなんて何よりも不幸よね。わかったは教えてあげるざます。リンリンちゃんは、ココアラの森でしか生えないモロコがすごく好きざます。だからよく、使用人達を連れてココアラの森に一緒に行ったざます」
これで必要な情報はそろった、後はリンリンちゃんを探しだしつれてくるだけだ。
話をぶった切ってでも俺達が今から探す意思を示してとっととこの家から出よう。
俺はザマス夫人が次の言葉を話しだす前にこちらから声をかけた。
「なるほど、大変参考になりました。こうしている間にもリンリンちゃんはさびしい思いをしているに違いありません。すぐに、探すことにしましょう」
そう言ってすぐに立ち上がり、目でエマにも立ち上がるように催促する。
ここでのろのろしていると下手したら、またザマス夫人の自慢話に突入してしまう恐れがあるからだ。
エマもそのことは十分に予測がついたのだろう、ここぞとばかりに立ち上がり出口のほうへ向かう。
その行動の速さに早くこの屋敷から出たいという感情がにじみ出ていた。
「それではザマス夫人、今度こちらに来るときは、リンリンちゃんをつれてお伺いさせていただきます」
「頼んだざます。かならずつれてきて頂戴ざます」
その言葉に軽い会釈だけ残し、俺もエマのように急いで屋敷から出る。
それにしても、異世界にきてまで会社で培われた交渉術を使うことになるとは…………。
俺は地球ではSEの仕事をしていたのだが、これがえらく大変であった。
プログラム設計や、納期なども大変だったのだが何より大変だったのが、依頼してきた会社との交渉だ。
大概依頼してくる会社は大きな会社で、俺の勤めていた小さな会社は下に見られ、無理難題を吹っかけてくることが大概であった。
しかも俺の実年齢が若いせいか甘く見られ、依頼の内容はひどいものである。
そんな、ストレスが大いにたまる依頼会社との交渉をしているうちに、必要以上に交渉術が磨かれていったのだ。
それにしてもあの会社、いくら人がいなかったとはいえ、はいって2ヶ月しかたっていなかった俺をSEリーダーに祭り上げて、仕事をさせるのはやめて欲しいものだ。
それによって俺がどれだけ各地を転々としなくちゃいけなかったことか…………。
余談ではあるが、リーダーを務めた2年間で計10回もの転勤があった。
よくよく考えると、そんな仕事をしているよりは、今のほうが断然いいなと思う。
地球時代の思い出を引っ張り出して現状と比較していると、エマが話しかけてきた。
「よくあんな馬鹿げたやつと交渉できたわね。私なんかもうすこしでぶん殴りそうになったわよ」
エマは心底疲れたのかため息をつく。
無理もない、相手をしていなかった俺でも2時間あのペースは非常に疲れたのだから。
「あぁ、確かにむかつくが情報がないと何にもならんからな。あの手のタイプはおだてて情報を聞き出すに限るよ」
「なるほど、タッブもおだてりゃ木に登るってか」
タッブとは豚に似た規定外魔物で、主に食用として育てられている。
それにしても、まさかこっちにもあるとはあのアニメ番組の名台詞が。
「とりあえずは、ココアラの森に向かうとしようぜ。十中八九、そこに逃げていることだろうし」
「そうね、交渉に時間をだいぶ取られちゃったから急ぎましょう。ちょうどここから北に進んだところにココアラの森はあるみたい」
地図を広げて歩いていたエマが指をさす。
俺達は交渉で疲れきった精神に鞭を打ち、北へと歩みを進めるのだった。