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妖刀怪奇譚  作者: かずくん
守山崩れ編
8/12

第二部 第二話 『接触』 カズミの場合

 「だからさぁ、やっぱりその娘は五助さんを待ってると思うよ? 絶対迎えに行くべきだね!」

 「そうなのか……おみよ……儂が、間違っていた! すぐ行くぞぉ!!」


 五助と呼ばれた男が振り返ってそのままあらぬ方向へと走り去ってゆく。


 「あぁあぁ……五助め、ようやく決心しおった。儂らも負けてられんな、貫蔵?」

 「ふふん。儂にはお清どのがおる。お前と一緒にするな、信吉」

 「なんじゃ、あんな年増後家……」

 「なんじゃとぉ!!」


 カズミを横目に、信吉と貫蔵とやらが言い合いを始めてしまった。


 やれやれ……とりあえず警戒はされていないか。


 カズミはようやく人心地つけた心境である。

 無闇に驚かせてしまった手前、宥めすかすのには気を遣った。

 とは言え、普段から剽軽ものの仮面をかぶって人当たりの良い好青年を演じているカズミのこと。

 たいして苦労も無く三人の百姓男の内に入り込み、挙句に五助とやらの恋愛相談にまで乗ってやったのだ。 



 「ねぇねぇ、考えてくれた? 少しの間で良いからさ、俺のこと面倒見てくれないかな?」


 カズミは頃合いと見て、二人に再度頼み込む。


 実は五助にも同じ事を頼んでみたのだが、色良い返事では無くなぜか恋愛相談されてしまって有耶無耶になってしまった。

 この二人はそれを隣で聞いていたのだが。


 「うーん……お父らの目もあるしなぁ。儂らはしがない百姓じゃからな、お前のような大きい男を養える余裕はないんじゃ」

 「そうじゃのぉ。儂の家も、五助にしても家族を食わせるだけで精一杯じゃからな」


 「ファーストコンタクトしっぱーい」

 「なんじゃ? ふぁあす?」

 「ううん、こっちの話さ」


 使えない連中だ、と身勝手な考えをしたままカズミは僅かの間に沈思する。

 それとなく与し易そうな人間の懐に飛び込んで、状況把握に努めようと考えたがそれはあっさりと頓挫してしまった。


「んじゃあさ、いま何処に向かってるの? ってか、ここ何処だっけ?」

 「あぁ? 伊勢国じゃ。なにを言うとる?」

 「伊勢? 伊勢神宮の伊勢?」

 「おおそうじゃ! なんじゃお伊勢参りの途中じゃったんか?」

 「いや、違うよ……」

 「ここいらは桑名のあたりじゃな。伊勢神宮はずうっと南じゃぞ」

  

 ヤバいな……さっぱり分からん。

 カズミは内心で困惑しているが、表情には現さず適当に相槌を打っては情報を引き出している。


 カズミは生まれも育ちも北海道で、本州以南には剣道の用事以外には行ったこともない。

 そこそこの学力は有しているのだが、知らない土地や名前など全国には無数にある。

 まして旧国名ともなると。


 先ずは伊勢国という地名が分からない。

 だが、伊勢神宮という単語は知識として知っていたので、先の発言に繋がる。

 もちろん、では伊勢神宮が何処にあるかと聞かれると、地図上ではっきりと指し示す事は出来ない。


 桑名という名前も単語は聞いたことがある。

 だが勿論、具体的な場所を日本地図上で描く程の知識は無い。


 とは言え、北海道民の高校生には不要な知識と言えばそうなのだが、この時ばかりは悔やまれた。



 この時とはこの状況、すなわち、カズミは既にこの状況が尋常のものではないということを一流の剣道家らしい高い精神性で受け止め、いま自分が立っている場所は全く見知らぬ土地であると認識している。


 「この辺で一番大きな、街? っていうか市、じゃないな。村……城下町っていったら?」

 「不思議なことばかり聞くのぉカズミは。この辺り一番といったら……津島かの? 豊かな城と言えばやはり東に行った先の尾張の那古野じゃろか? 商いが盛んじゃと聞くなぁ」

 

 ナゴヤ……名古屋か!

 名古屋なら判るな、去年の剣道の遠征で行ったな。


 正しくは、カズミの知る名古屋と彼らの言う那古野は似て非なるものだが、地理的にはさして違いは無い。


 見知った土地を聞いた事で、うろ覚えの日本地図を脳内で思い描き、自分がいまいる位置のおおまかな特定をする。


 伊勢神宮は確かこの辺りで、東に名古屋があるって事は……


 カズミの脳内で概ね納得出来る地点は、偶然にも現代の桑名市あたりであったことは幸運であり、ほぼ正確でもあった。


 自分の位置が判った事で、次の問題は目的地を定める事。


 カズミは次第次第に周りの環境や空気に順応し始めている。

 これは意識を取り戻してから最初に出逢った人物、五助らが温い性質であった為に生まれた気持ちの余裕による。

 これが敵性的な人物であったら情報収集もままならずに、自分の性格では然程辛抱出来ずに、いまも抱える村正を抜いただろうと思う。


 なんど感触を確かめても、不思議な刀だった。

 真剣を携えたのは、実家にそれもまた村正銘と伝わる刀を持ち出した時と、今を含めて二度でしかないのだが。

 手に馴染む感触は空恐ろしい程で、自身の一部のようにも感じられる。



 「のう、カズミは武家なのか?」

 「いや……しがない、浪人だよ」

 「そ、そうか……なぜそんな得意気な顔なんじゃ。つまり、行くあてはないのじゃろ? ならば千子院に行くと良い」

 「センジイン? なんだい、それ?」

 「桑名あたりじゃあ一等大きな寺じゃ」

 「……ここは伊勢国の桑名って場所なのね」


 つまり、ここに残った信吉やら貫蔵とやらもカズミの面倒を見ることは出来ないが、落ち着ける先を斡旋してくれるということか。

 

 寺ってなんだよ……出家しろってのか……


 下手に出てる割には随分と不遜な考えをしているのだが、まだ判断するには情報が少な過ぎた。


 「お寺かぁ! でも俺、無宗教だぜ? お寺で働けるってこと?」

 「ムシュ、なんじゃ? カズミの言う事はよぉ分からんな」

 「そうではなくてな、桑名千子院はこの辺りでも有数の寺領を持っておるし、守護様も手出しが出来ぬ程に勢いも盛んなのじゃ。男手ならば大歓迎じゃろうよ」


 お前らの言ってる事も大概解かんねえよ……


 カズミは口には出さず毒づいているが、ニコニコとした笑顔を浮かべながら二人に並んで歩いている。


 ジリョウ……分からんな、シュゴは守護か……守護地頭ってやつか?

 なんだっけな、日本史で習った気がする……守護大名だったか


 うろ覚えの知識を活かして懸命に信吉らの言葉を解そうとはするのだが、それにも限界があった。



 そうこう考えながら、色々と会話を重ねながら、小一時間ほど歩いた先で遠目に行く先から複数の建造物が見え始めた。


 「見えてきたぞ、カズミよい。あれが桑名千子院の郷じゃ」

 

 道を少し外れた先では、細いながらも水量が豊かな川が流れている。

 貫蔵がその川を指差してカズミを見遣る。


 「その恰好では、話をするにも聞いてもらえんかもしれぬぞ? ちとあの川で身体を拭ってきたらどうじゃ?」

 「えっ? シャン……石鹸なんてある?」

 「なんじゃと?」

 「なんでもない! 身体洗うのはいいけどさ、せめて拭くものぐらいほしいぜ?」

 「この陽気じゃ、風邪など引きはせんぞ? ほれ、これを使え!」


 そう言ってケラケラと笑いながら、信吉が腰に挟んでいた手拭いのような布切れを投げて寄越す。

 カズミはそれを受け取って、顔の前でその手拭いというよりは端切れのような代物を広げて見せるが、思わず顔を顰める。


 「汚ったねぇよ、コレ! 泥塗れじゃん!」

 「血塗れよりマシじゃろ! 気にする顔か!?」


 随分な言い様だが、短い時間でも親睦を深めたられたが故か。

 取り留めも無い事を口々に言い合いながら、カズミはひんやりとした清浄な小川で身を濯ぎ、貫蔵と信吉は足を浸しながら歩き通した身体を労り始めた。



 「やっぱ寒いし……ってか身体洗った甲斐が無えよ。えらくジロジロ見られてんぞ?」

 「血を落としてもそんな変わった着物じゃあ目を引くわい。ましてその恰好に腰には刀を差しとるんじゃ……全く何者じゃ、カズミは」


 カズミに、付き添いの信吉と貫蔵という格好で、ついに桑名千子院の領域に踏み入った三人。

 カズミにとっては、勿論、未だ曾て目にした事の無い光景が眼前に広がっていた。


 カズミには、それをなんと表現したら良いのか解らない、そんな造りの建物や風体の人間が、所狭しと犇めいていた。


 この領域、寺領は板塀に囲まれていた。

 一応、外からは路と思しき通りを真っ直ぐに向かって来たら、入口と思われる塀が欠けた場所に辿り着いた。

 とは言え、パッと見渡してみたが、塀囲いも処々が櫛の歯の如く欠けていたので、カズミの事前に持っていたイメージよりは開放的な雰囲気だった。


 足を踏み入れてから十分ほど経っただろうか、カズミは未だ口を開いていない。

 入口から十歩ほど踏み入ってから立ち止まったきり、周囲に視線を忙しなく泳がせている。


 武道の嗜みが効果を発揮して、早々に狼狽を見せることは無いが、それでもこの光景はカズミの度肝を抜くには十分だった。


 この異質な光景そのものもそうだが、やはり、自分は異なる世界、或いは時代に迷い込んでしまったのだという心中の結論が、絶え間なくカズミの胸中を波立たせていた。


 「カズミよぃ? どうしたんじゃ、立ち止まって?」


 信吉が問い掛けるが、上の空の返事しか出来ないカズミ。

 まさか自分たちの連れが、この時代の人間では無いなどと判る訳も無く、カズミが動きを止め、先程までの饒舌さが消えた姿に不思議そうに二人は顔を見合わせる。



 すげぇ……なんつーか、テレビや映画で見た、って言える程生易しい光景じゃねえぞ……

 なんか臭えし……砂埃がひでぇ。

 ってか、なんか皆が満ち足りた顔しやがって……勤勉労働の日本人ってのは今も昔も変わらねえのか。


 

 カズミが踏み込んだ場所、桑名千子院の寺領内は、ある種の商人街と職人街のような様相である。

 外から覗ってみた限りは、板塀は300メートルほど左右に続いていただろうか。

 奥行が分からないので全体の広さが掴めないが、現在位置から奥を臨めば、確かに寺らしき建造物の屋根が見える。

 あそこが最奥とすれば、奥行はおおよそ150メートル程か。

 

 所謂、東京ドーム二個分を優に超える広さを持つように見えるのだが、カズミにはそれを表現する術が無い。

 当然ながら、この類の光景を初めて見たカズミには、なにかと較べようも無い。


 街路に、と言っても現代の様に舗装などされていないが、沿うように平屋の建造物が並んでいる。

 軒並み全てが木造だと思われ、しかし、随分と朽ちた様子のものも多い。

 それでも人々活気付いて、建物をひっきりなしに出入りしては、街路を忙しなく歩いてゆく。

 

 人々の多くは、ボロの布切れのような服を纏っているように見える。

 所謂、野良着と呼べるような代物で、この陽気らしく皆が半袖か、現代のノースリーブのような、筒袖の着物に身を包んでいる。

 立派な着物の一種なのだろうが、カズミの現代的価値観からはボロ切れにしか見えない。

 時折、カズミがイメージするような着物、袴姿で様相の良い人物も目に入るが絶対数は少なそうだ。

 

 野菜売りや雑貨、小物売りが多く見られる。

 この辺りが商人街にあたるのだろうか。

 声を張り上げて客引きをする店の人間と、比較的様相の良い人物が店を覗き込んでいる。


 

 パッと見た限り、この辺りは物売りばかりか。

 向こう、奥の方は違うっぽいな、なんか作業してるし、職人の工房みたいな場所か。

 ……住宅、民家っぽいのが見当たらねえな。

 ここは……ショッピング街みたいなもんか……誰かが住んでるって訳じゃなく、職人やら農家やらが商品を持ち込んで店を開いて、客が買いに来る、って感じかな。


 

 現状の視界に収まる範囲から可能な限りの推測を立て、ようやく人心地がついたカズミ。


 「悪い悪い!? いやな、こういう場所に来たのは初めての田舎モンだからさ、ついつい見惚れちゃったよ!」


 剽軽さを取り戻して、自分を連れて来た二人に歩み寄って話し掛けるカズミ。

 信吉と貫蔵は、動かぬカズミに飽きて、手近な店を覗き込んでいた。


 「へぃ、いらっしゃい! おや、あんたらの連れかい? 随分と変わった格好をしてなさる……刀を差してるのかい?」

 「気にすんなよ、オヤジ。こいつは、ちょいと変わっちゃいるが悪いヤツじゃあねえさ」

 「なぁ、オヤジ……こいつはなんだい? 麻じゃあねえようだが」


 カズミが話し掛けても二人は店主と思しき人物とそこに並ぶ品から目を離さなかった。

 

 「へっヘ! こいつは知る人ぞ知る、当世流行の三河木綿よ!そんじょそこらの麻着たぁ物が違う。ちょいと触ってみてくれよ……どうだい、この手触り!」

 「ほほぉー、丈夫そうじゃなぁ。ツヤツヤじゃぁ、手触りも良い」


 随分と信吉が見入っているが、カズミにはただの生地にしか見えない。

 と言うよりは、カズミには麻やら木綿やらの区別はつかないのだが。



 三人が雁首揃えて、店の軒先に並ぶ品を見詰めている。


 「さぁ、どうだい? 一疋を百文でどうだ!?」

 「百文!? えらくふっかけたもんだなオヤジ!?」

 「なに言うんだい? わざわざ三河くんだりで仕入れた逸品だよ! こいつにゃそれだけの値打がある!」

 「いやいや、それにしたって……」


 買う気が無えなら、冷やかすような真似は止めろよ……


 カズミは喉まで出掛かった台詞を飲み込んだ。

 大の男がウィンドウショッピングなど、見苦しいという価値観を持つカズミ。


 二人に冷めた視線を送っていたが、ふと気付くと顔に翳りが射した。


 咄嗟に見上げる。


 背が高い、一人の若い男が立っていた。

 周囲の連中とは異なり、上等そうな半袖風の着物に袴を穿いている。


 「良い品だな、貰おう」


 一言そう言って、カズミの脇を越えて店主に伝えた。


 カズミは、無意識にこの男から目が離せなかった。

 カズミにとって、終生忘れる事の出来無い人物との、邂逅であった。

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