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妖刀怪奇譚  作者: かずくん
現代編
6/12

第一部 第六話 『強敵』

 あぁ……うえっ!?

 ごほっごほっ!!

 な、なんじゃコレは……

 い、要らん、もう要らん!!

 

 あ、あぁ。

 儂を、殺さんのか……すまぬ、恩に着る。

 

 う、うむ。

 もう物頭もおらぬし……儂を殺さぬと言うなら、知っていることは話す。

 うむ? いや、儂はさっきも言ったが、百姓じゃ……

 名? 名前……なんじゃったかな……忘れてしもうた……


 気が付いたら、此奴らと一緒におったのじゃ。

 真っ暗い道じゃったが、なぜか此奴らの姿形だけはハッキリと見えてな。

 物頭が先導してな、儂らを率いておったのじゃ。

 後ろにも誰かが居た気もしたが、見えなかった。

 真っ直ぐ向こうには光が見えてな、光に着いたと思ったら、此処に着いたのじゃ。


 し、知らぬ。

 道々に物頭があれこれと説明しておったが……

 そ、それじゃ、その、村正とかいう刀を探しておると言うておった。

 なんでも、偉いお殿様がご所望じゃと言うておった。

 儂ら百姓足軽はお武家様には逆らえん……理由など分からずとも、せよと命じられればそうする他に無いのじゃ。


 お主……強いのだなぁ……

 百姓には見えんが、武家にも見えぬ……

 物頭も立派なお武家様じゃと思うておったが、お主はよほどの強者なのじゃなぁ……


 いや……覚えておらぬ……

 在所はどこであったか……お母と妹がおったような……儂は、何者なんじゃろうな……

 戦に駆り出されて、死んでしもうたのじゃな……

 あぁ、思い出した……儂は、大坂で死んだのじゃ……あの時、






 ドスッ!!


 目の前で語り続けた男の胸から、刃先が飛び出して来た。

 すぐ傍らにしゃがみ込んで聞いていたカズミが咄嗟に飛び退く。

 

 ズルッと刃が抜かれ、名無しの百姓が仰向きに倒れ込んだ。

 ブクブクと血混じりの泡を口の端から滴らせ、ビクビクと身体を震わせている。


 グチャッッ!!


 背後に浮かんでいた黒丸から、また一本の脚が突き出てきた。

 その脚が、百姓男の顔面を踏み潰したのだ。


 立派な甲冑の一部に脛を覆われており、足元も小綺麗な足袋に草鞋履きである。


 ヌゥっと、大仰な抜き身の槍が、続いて黒丸から現れる。

 次いで腕が、顔が、全身が黒丸から抜け出てきた。

 テレビや本で見るような、戦国武者が二人、高校生二人の前に現れた。



 こ……こいつは、無理だ……なんだこれ、なんなんだ……無理だ……こ、怖え……


 カズミは目の前の武者二人の姿に慄然としていた。

 村正を持った自分は、最早無敵ではあるまいか、と錯覚していた。

 事実、三人の命を奪い尚、自分は無傷で余裕のある状況だった。


 しかし目の前の武者は別格だという事が肌で感じられた。

 武道を嗜み、他に抜きん出てそれを修めたからこそ解る、強者の風格に声も出せず無意識に身体を震わせていた。



 もうイヤ……わたしがバカでした……みんなと京都に帰れば良かった……

 

 チトセは激しく自分の今朝の決断を後悔していた。

 自分の見栄と意地の為に、帰京の行程を伸ばした結果がこれである。

 自分の隣まで飛び退いてきた佐藤が身体を震わせている。

 自分もそうだし、ともすれば意識まで手放してしまいそうになるほど恐怖している。

 チトセもまた、剣道家としての高い能力が、相手の圧倒的なまでの武威を感知させていた。


 既にチトセは、自らの命を諦めかけていた。

 しかし彼女の目は、二人の武者に向けられて外れることが無かった。



 「市松よ……なぜ殺した」

 「うむ? 此奴はお喋りよ……我らの悲願、余人に悟られる訳にはいくまい。そうであろう、虎之助?」


 「あぁ! あぁぁっ! う、嘘……なんで」


 チトセが急に叫びを上げ、武者二人が怪訝そうな目を向ける。

 カズミはと言えば、チトセを見る余裕は無く、目の前の二人から視線を離せていない。


 「ふむ? なんじゃ小娘? 言いたいことがあるなら申せ」


 虎之助と呼ばれた男が水を向ける。

 チトセは信じられないと言いたげな顔付きで目の前の男に応えた。


 「あ、あの、もしかして……加藤、清正……さん、ですか?」


 そう逆に問い返したチトセを見て、武者の一人が目を丸くする。

 肩を揺すって、ほんの僅かに胸を反って、前に一歩を踏み込む。


 急な動きに思わずカズミは反応して腰を屈めるが。


 ズドンッッ!!


 もう一人の武者が槍の石突を床に叩きつけてカズミを牽制する。

 

 加藤清正と問われた男がそちらを一瞥するが、興味なさ気に娘に視線を戻した。


 「ふふん……やはり儂の名は年端も行かぬ小娘にも知れておるか……いかにも! 儂こそが加藤侍従清正である! 肥後守の官職も賜っておる、殿下の第一の家臣である!」


 この男、加藤清正は、身長は二メートルには届くまいとは思われるが、カズミも見上げる程の大男。

 しかも左手で小脇に抱えた細長い異相の兜を被れば、いよいよ化け物じみた大きさにも見える。

 頑丈そうな艷やかな黒地の鉄板と思しき素材で胴回りを覆い、袖や腰元には色鮮やかな錦糸が織り込まれている。


 そんな巨体と見事な長い顎髭を揺らし、圧倒的な出で立ちを誇る加藤清正という男が、チトセを睥睨している。

 なにやら得意そうな顔で更に胸を反らしていたのだが。



 「おい……なんと言うた……虎之助よぃ?」

 「なんじゃ市松よ。いま名乗りを上げたところじゃ……此奴らの名も……」

 「どうでも良いわい! いま、汝は……なんと言うたのだ!?」


 もう一人の虎髭の男が急に激昂して吠えた。

 顔を真っ赤に染めて、いまにも同僚と思しき武者に掴み掛からんばかりの剣幕で寄ってゆく。


 「はて……どこがおかしい? おぉ、主計頭の官職ならば返還しておる。勘違いするでないぞ?」

 「違うわっ! 貴様……言うに事欠いて、殿下第一の家臣じゃとぉ!?」

 「そうであろうが……なにをいきり立っておる。この娘っ子でさえ、儂の名を知っておるのじゃぞ? 後世にも儂の名が広く殿下とともに知られておる証左じゃ」


 それを聞いた虎髭の男が、癇癪を起こしたかのように、右腕に手挟んでいた大きな抜き身の槍を振り回した。

 しかし一際大きく振り回したと思った直後に、ビタリと槍を定めてチトセの顔先に刃を向けた。


 「うぬぅっ! おいっ、娘ぇ! 儂の名を知っておるか!?」

 「い、市松さん……では?」

 「戯けぇぃ!? 幼名はこの虎之助も申しておったわ! 儂のいまの名前じゃ!……分かるな?」


 ギロリと目を剥いてチトセを見下ろす虎髭。



 チトセの本日最大の災難が迫って来た。

 カズミは隣に立っているが、正しく気配を殺して自らを空気と化すような努力をしている。

 

 チトセはちらりとカズミの顔を見遣るが、確かに目が合った気がしたのだが、ごく自然な様子で、カズミに視線を外されてしまった。


 最早一刻の猶予も無い。

 チトセのあらん限りの歴史オタクとしての知識を総動員して、正解を導き出していく。

 目の前の虎髭が構える槍が、俄に震えてきた。

 この数秒で我慢の限界に達したのか。


 「ふ……」

 「ふっ!?」

 「ふ、くしま、まさのり……さん?」


 ニンマリと弾ける様な笑顔を見せる武者。

 どうだ、と言わんばかりに後ろに立っている加藤を見返る。


 「娘っ! 声が小さいぞ! もっと大きな声で申せっ!」

 「福島、正則さん! 官位は……従三位で参議……だったかな」


 「うわーははっは!! 聞いたか虎之助よっ! そうよ! 儂は従三位まで昇叙したのじゃ! お主はよ? 従五位であったかの? ぐわっははは!!」


 まさに鬼の様な男が、鬼の首を取ったかの如くに破顔して大笑している様は、現代高校生二人にとっては恐怖する代物以外の何ものでもなかった。


 「長生きした甲斐があったの、市松よ? して……誰のお陰で従三位に昇ったのじゃ? よもや、殿下の敵に尾を振った訳ではあるまいな?」


 加藤の言葉に福島が鋭く反応した。

 チトセへ向けていた槍を驚異の速度で後ろ手に突き出し、加藤の胸元に突き込んだのだ。

 この槍捌きも恐ろしい手並みだが、その槍先を身体を僅かに反らして空を切らせ、片手で槍を掴み込んだ加藤の芸当などカズミらにとって異次元の域であった。



 ギリギリと歯軋りしながら片手で力を込める福島と、これまた片手で槍をがっしりと押さえ込んだ加藤は、両者ともに動きを止めた。


 「あの……もう、帰っていいすか?」


 意を決して、カズミが切り込んだ。

 佐藤くん良く言った、とチトセは内心喝采を送った程である。

 カズミの問いに、背を向けたままの福島が応える。


 「あぁ!? 良いとも! 但し、その刀は置いてゆけ!」

 「え? コレ、俺の刀なんですよ?」

 「阿呆を申すな! 貴様にはこの刀の価値など判るまい!」

 「いやいや……俺のなんで……帰りまーす……」


 そう言って、両者が啀み合っている横を忍び足で通ろうとしたカズミの行く手を、刃先が十字のように伸びた槍に遮られた。

 加藤が福島の槍を掴む手とは逆の、空いた手で槍を伸ばしたのだ。


 福島もようやく気が抜けたのか、力を抜いて再度カズミらに向き直った。

 

 「娘! 命までは取らぬ! 刀を、村正を渡すのじゃ!」

 「……は、はい……」


 カズミは鋭い視線を送ってチトセを制しようとするが、加藤の槍先が揺らぎ、身体を強張らせる。


 チトセが鞘に納めたままの村正を、柄頭を向けて福島に差し出した。

 その、次の瞬間だった。


 右手で差し出したチトセが、手首の力だけで鞘の握り込みを引き戻した。

 手の中を鞘が落ち込んでゆく。

 柄が手元に滑り込む。


 逆手で柄を握り込み、鞘が落ち込む勢いそのままに抜刀して、右下から左上と斬り上げたのだ。


 血飛沫が舞う。

 指が、飛んだ。


 福島が村正を受け取ろうと差し出していた左手の親指を、チトセが寸断したのだ。


 「寄るなぁ! 化け物っっ!?」

 

 チトセが叫びを上げて、刀を握り直して、両手を添えて上段に構えた。


 

 「しゃあっ!!」


 チトセの乱心を好機と捉えたカズミの動きも素早かった。

 一気に抜刀したカズミは、目の前を塞ぐ槍に一挙に距離を詰めた。

 慌てて槍を引き戻そうとする加藤だが、遅かった。


 音も立てずに、カズミは加藤の十文字槍の柄を両断したのだ。


 殺れるっ! 殺れるぞっ!

 

 確かな手応えに、カズミは狂喜した。






 「この小娘が……くそっ! 儂の指が、無うなってしもうた」

 「唾でもつけておけ。どれ……儂がしゃぶってくれようか?」

 「ええぃ寄るな! 気持ち悪いんじゃ!」


 チトセが抜刀して構えた直後。

 福島は痛みに惑わされる事無く、一気に彼女に接近して、やや力加減をした拳を彼女の腹に見舞ったのだ。

 チトセはその場から数メートル吹き飛んで、吐瀉物を撒き散らし呼吸不全に陥った。


 カズミが加藤の槍の柄を両断して得意になった直後。

 加藤が想定内とばかりに槍の石突を振り上げて、カズミを威嚇した。

 咄嗟に身を引いたカズミであったが、次の瞬間にはその柄も放り投げた加藤が脇差を鞘ごと腰から引き抜いて、力任せにカズミの横面に撃ち込んだ。

 壁際に顔面から叩き付けられたカズミは息も絶え絶えに、腰を砕かれたかのように力無く床に沈んだ。


 

 なんで……あんな事しちゃったんだろう……

 きっとこの刀の所為だ……

 佐藤君が言ってた通りだ……人を惑わせる、妖刀なんだ。

 痛いな……死んじゃう、のかな……



 む、無理だな……こりゃ……地力が違い過ぎる。

 どうにも喧嘩慣れっつーか、得物を使い慣れた感じだな。

 あー……頭っから血が止んねえ。

 あの女が余計な事すっから、調子に乗っちまった。


 

 カズミの手にも、チトセの手にも、あれだけの苦痛を負いながらも、未だ村正が握られていた。

 その姿には、福島などは言葉には出さねど感心していた。

 指を斬り捨てられたのは自らの不覚であり、殊更恨みには思っていない。

 ただ手向かって来たが故に返り討ちにしたまでである。


 刀を手放さなければ、おそらく虎之助はこの二人を殺すのだろう、と些か残念にも思う。

 年若い割には気骨のある風に見受けられた。

 

 「ええぃ、やめじゃ! 儂はもう良い! 虎之助、お主が好きにせい!」

 「なんじゃ物臭め……。まぁ良いわ、儂が止めを刺してやる」

 「刀だけ奪えば良かろう!」

 「殿下が申して居られたではないか!? 卑しい者どもに触れさせるなと。儂が清めてやるわい」

 「殿下の申されることが全てではあるまい……」


 部屋の空気が変わった。


 「殿下のお言葉が全てじゃ……。市松よ、なんぞ意趣でもあるのかよ?」

 「ちっ……そうではない……」


 先ほどのじゃれ合いのような雰囲気ではなく、加藤の面相は狂気に染まり、福島を刺すように睨み付けている。


 だが、この武者たちは気付いていない。

 部屋の空気が変わったのは、この両者の険悪さからだけでは無かった。


 

 カズミが持つ村正と、チトセが持つ村正。

 ともに妖刀伝説で語られ、数百年の時を経て、現代にまで遺る因縁の刀。


 これからカズミとチトセは村正に導かれ、激しい動乱の世界を生き抜く事となる。

 村正が持つ謎の力によって、時を渡り刀を振るう事となる。


 この時、彼らの生きたいという希望が村正に吸い取られ、村正に秘められた因縁の力が呼び起こされた初めての瞬間だった。


 

 加藤と福島が気を張り詰めていた空間を裂いて、彼らが出て来た黒丸のような靄が、カズミとチトセに覆い被さった。


 背を向けていた加藤には分からなかっただろうが、福島の目には、村正から黒い靄が放出されたようにも見えた。


 彼らの視界が靄に覆われ、それが晴れた時には、カズミとチトセと、村正の姿は掻き消えていた。

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