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妖刀怪奇譚  作者: かずくん
現代編
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第一部 第五話 『初体験』

 「ふっぅ!」


 軽く、鋭く息を吐いて、カズミは前に踏み込んだ。

 左手で藤原の右腕を掴んで一気に後方へ引き寄せ、そのままの勢いで放り投げる。


 「きゃあ!」


 小さく悲鳴を上げたが、おそらくは村正の台座にぶつかって勢いは殺せた筈だ。

 最早、藤原のことなど構っていられない。

 

 両手で村正を握り込み、咄嗟の判断で刃ではなく峰を立てる。

 流石に人殺しはまずいか、と最低限の理性は保っていた。


 まずは腕を突出して走り寄る男。

 逆袈裟に切り上げて、したたかに両腕を巻き込む形で打ち込んだ。

 

 「うががぁぁぁ!!」


 もんどり打って先頭の男が倒れ込む。

 続く男は、目の前で倒れ込んだ同僚に気を取られている。


 実家の道場では、突き、をひたすらに練習させられた。

 剣道場での試合では、それを得意技として連勝記録を重ねて来た。

 それ故に、身体が無意識に動いてしまった。


 真剣でお突きを放ってしまった。


 「あ、やべ」


 そう呟いた時には、既に刀身は峰を立てたまま、次の男の心臓部へと狙い違わずに刃先が吸い込まれてしまった。


 「ぐべぇっ……」


 熱い……なにかがカズミの顔を覆った。

 ひどい生臭さに息が詰まりそうだった。


 早く刀をコイツの身体から抜かなくては、と思った時、ふと見上げた。

 目と鼻の先に、カズミの顔のほんの数センチの先に、男の顔があった。

 血色が悪そうなのは元からのように見受けられたが、今際の際の顔は、とりわけ蒼白く見えた。


 殺してしまった、と思った。


 

 「あ……あぁあぁ……あ、な、なんで……なんてこと……」


 思わず腰が抜けそうになる。

 チトセの口からは言葉にならない呻きが漏れている。


 つい先刻まで自分の傍らに立っていた男が、人を殺した。

 真剣で胸を突き込まれた男は、盛大に吐血して佐藤の顔を赤く染め上げ、ブルブルと震えている。


 軽口が多くて、好きにはなれないが憎めない、それなりに見栄えは良い、そんな男子高校生が、突然現れた足軽のような格好の男を殺してしまった。


 「あぁ……あっ……せ、正当防衛……かな、だ、大丈夫、わたし、証言するから……」


 必死に現実的な理屈を捏ねて筋道を立てて状況を無理やりに理解しようと努めるチトセだが。


 「いい加減にしろよっ!!」


 カズミが激昂した口ぶりで後ろを見ずに怒鳴った。


 

 片足を持ち上げて、刃先を飲み込んだ男の下腹に足を置き体重を掛けて一気に刀を引き抜いた。

 血がひどい勢いで薄汚れた具足から溢れている。

 よほど切れ味が良く丈夫な拵えなのだろう。

 見れば刀身にも刃先にも傷や欠けた部分は無かった。


 しかし、いまは後ろの女が問題だった。

 思わず怒鳴ってしまった。


 「見れば解るだろっ!? コイツらが先に仕掛けて来たんだろっ! 黙って殺られろってのかよ!?」

 「だ、だからって……こ、殺して……私たちを殺そうとした訳じゃ……」

 「そうなってからじゃ遅いだろっ!? コレが欲しいんだよ、コイツらは!」


 そう言って、藤原に向かって刀を横に倒して突き出す。

 自分でも驚くぐらい、気分が高揚していた。


 「コレは俺のものだ! 誰にもやらねえっ! 欲しいってんなら力尽くで奪ってみろっ!」

 

 この場にいる全ての存在に向かって吼える。

 そうだ、この刀は俺が持つべき刀だ。



 腰に差した刀を、抜いた男たち。

 カズミの目の前に、いまだ健在な男たちが、一人はモノガシラと呼ばれた男と、もう一人の落ち着きの無い若い男が、揃って刀を抜いた。


 「小童……容赦はせぬぞ……おい! 右手に回れい!」

 「へい!」


 そう言って物頭はカズミに正対し、若い男を右手、カズミにとっては左手に位置を取らせた。

 カズミの利き手は右手であり、左に立たれると少し厄介だった。


 だが、これは剣道の試合ではない。

 いや、剣道場でも同じ事ではあるが、とても負ける気がしないのだ。


 相手の構えを見る。

 深く腰を落とし、片手で刀を高く掲げ、顔の前を空いた手の篭手で庇うように構えている。

 左手の男は両手で刀を握り込んで、脇構えのような格好であるが腰が据わっていない。


 カズミは前者を知っている。

 介者剣法と云うべき構えの典型的なそれだった。

 対する自分の流派は、なんでも有りの素肌剣法と呼ばれる、学問としての剣道の流れから外れた邪道のそれが身に付いている。


 介者剣法、戦国時代に鎧兜に固めた人間を効率的に傷を負わせる為に特化した剣法だ、と父に聞いた事がある。

 なぜか、父の顔が浮かんだ。

 普段通りの、厳しい、優しさの欠片も感じさせない、あの父の顔だ。


 こんな時に里心かよ、と自分の内心を嘲笑う。

 村正を握ったまま、袖口で顔の返り血を拭う。


 「きえぇぇぃ!」


 物頭が一歩を強く踏み出し気合を放ってきた。



 ま、また……斬り合いが、殺し合いだ……

 なんで、こんな事に……


 チトセはこの期に及んで眼前の事実を現実として受け入れることを拒否していた。

 目の前で繰り広げられる問答と、彼らの身のこなしは、自分にとっては絵空事として頭の中で描いたことがある。


 女子高校剣道を極めた天才女子校生と持て囃されているが、一皮剥けば寂しがり屋で万年友達募集中の女の子だ。

 厨二病満載の思考回路は常に彼女を妄想の世界に誘う。

 チトセの趣味でもある、時代劇や歴史ものの世界を夢見ていた。


 女だてらの剣を振るっている自分が、歴史上の剣豪たちと立ち合ったらどうなるか。

 戦国時代の合戦に放り込まれたら、自分は生き抜くことが出来るのか。


 およそ女子校生の妄想とはかけ離れた内容であるが、それがチトセの嗜好であったのだから仕方が無い。


 しかしコレではないのだ。

 彼女が夢見た世界では、血飛沫は舞う事なく、人が苦悶の呻きを漏らす事も無かった。

 

 支離滅裂な思考がチトセの脳内を占めていた。

 そんな彼女の意識を覚醒させた感触。


 左足の踝に、なにかが触れてきた。

 チトセの全身が電気で打たれたように、ビクッと震えた。

 咄嗟に左足を引き、視線を下方に向ける。


 左腕がおかしな方向に捻れ、腹這いになりながら右腕を必死の形相で伸ばす男がいた。

 自分を指差して嗤っていた男だ。


 「ひっ! いやっ!」


 声を震わせて叫び、小さく跳ねて距離を取ろうとした。

 が、体勢を崩してしまい、脇に立つ村正の台座に縋るも、ずり落ちて尻餅をついてしまった。

 その拍子に、下段に飾っていたもう一振りの村正が鞘とともにチトセの足元に転がってきた。


 チトセは尻餅をついて後ろ手に伸ばすと、手慣れた感触を覚えた。

 彼女の竹刀袋が背後に転がっている。

 手探って袋の口を開けて、竹刀を抜き出し震える声で威嚇する。


 「こ、来ないでよっ! 止めて下さい!」

 

 既に床を這う男はチトセを見向きもしなかった。

 男の視線は、彼女の足元に転がる村正に向けられていた。

 

 ズリッと身体を這わせたまま前に送って、男がまだ達者な右腕を伸ばした瞬間だった。


 バチンッ!!


 チトセが立ち上がり、上段から勢いを込めて振り下ろしたのだ。

 男の腕、ではなく、正しく男の脳天に向けて振り下ろした。


 勢い込んだ竹刀は容赦なく男の頭頂を打ち、その衝撃で軽く前に向けていた男の顔はしたたかに床に打ち付けられた。


 真剣に手を伸ばそうとしていた。

 だから、危険を未然に防ぐ為に、仕方無く、自分は竹刀を振るったのだ。

 決して、好んでした訳ではない。


 そんなチトセの言い分は、眼下で床に血溜まりを作ってゆく男には聞こえる訳も無かった。



 物頭の男が、小さく刀を振るって自分の腕を斬り付けようと仕掛ける。

 左側から若い男が同時に突っ掛けてくる。

 

 カズミはダランと村正を握った右腕を下ろしたまま、いつの間にか拾っていた鞘を左手に握り込み、構えも見せずに左の男の喉元に突き込んだ。


 左足を踏み込んだまま、上体を低く屈めて、右腕を左下から右上へと振り切る。

 狙いは過たず、物頭の右手首を斬って捨てた。

 右手で握る柄に左手も添え、両手で握り込んで上段に構える。


 物頭と目が合った。

 驚いているのだろうか、両目が随分と大きく見開かれている。

 カズミは僅かに唇を歪めて、目を細めた。

 

 「せっ!!」


 短い気合とともに、上段に構えられた村正が驚異の刀速で振り下ろされる。

 物頭の脳天から斬り込まれた村正は、些かも勢いを殺がれることなく、股下まで男を両断した。


 左右に死に別れた身体が崩れ落ちる。

 滝のような血飛沫が迸り、室内を真っ赤に染め上げていく。

 カズミの身体の前面も、真紅に染め抜かれた。


 その中で、カズミは顔付きを変えることなく、確かな手応えに満足気に佇んでいる。



 「あ……あぁ……ひ、ひどい……なんで……」

 

 チトセがカズミの後ろで呆けた声を上げる。

 そういえば居たな、とカズミは苦笑しながら振り返る。


 藤原が息を呑んだのが伝わってきた。


 「あー……藤原さん? もしかして、けっこうひどい顔してます、俺?」

 「か、顔の話しをしてるんじゃ……」

 「おおっ! 藤原さんも一人仕留めたんすか!?」


 ビクッとして藤原が振り返って、床に倒れ伏す男を恐る恐る見遣る。

 

 「ち、違うのっ! この人が、こっちの刀を取ろうとしたから!」

 「解ってますって! お手柄っすよ! 放っといていいんすか、ソレ?」


 慌てたように竹刀を取り落とし、足元に転がっていた村正を藤原が拾い上げ、抜き身だったそれを鞘に収める。

 佐藤には予想外の光景だった。


 「……プッ、クハハハッ! 本気っすか、藤原さん!?」

 「な、なに!? なんで笑うの!?」

 「俺が言ったのは、それじゃなくて、ソレ。そこでぶっ倒れてる男! 死んでんじゃないの? 心配じゃないの?」


 えっ、と思った瞬間に、チトセは全身から血の気が引く様な感覚を覚えた。

 自分が手を下し傷付けた人物を尻目に、自分とは縁もゆかりも無い刀を後生大事に抱え込んだ自分に気付く。


 最早声も出なかった。

 どうして、ヒトでは無く、刀を心配してしまったのか、チトセ自身にも解らなかった。


 コツコツとブーツの音を立てて歩くカズミ。

 倒れ伏す男の側に立ち、刀を突き込んだ。

 盆の窪から刺さり、おそらく床まで突き通して不愉快な音が響いた。

 男は一瞬だけ身体を震わせて、そのまま生気を喪った。


 「まぁね、いきなりヴァージン捨てるって訳にはいかないよね……。俺が殺るよ……俺は、もう、気にしないって決めたから」

 

 チトセの目には、カズミの狂気が形を作って朧ろな輪郭を描くように、それが漂っている濃密な気配を感じ取れた。


 「あと……もう一人……」


 カズミは刀を小さく揺すって血を払い、顔だけを振り向かせて、あの黒丸の前でへたれ混んでいる若い男を射抜く様に見据えた。



 「ひっ……ひえぇっ!?」


 生き残りの男が座り込んだまま後退ってゆく。


 カズミは拍子抜けしていた。

 いったい全体、どうしたことなのだろう、と状況を理解しようと、あの黒丸が出現した時から努力を続けている。


 あの黒丸は、解らない。

 解らないが、あそこからこの昔の雑兵足軽のような連中が出て来た事は間違いない。

 それが先ず、第一の不思議。


 そして連中が、いまは自分と藤原が持っている村正二振りを欲している。

 その理由が皆目想像もつかないというのが第二の謎。


 そして最後に、こんな不可思議な状況で敵対した相手ならば、それこそこれが映画や漫画なら、敵はもっと手強いべきではないのかとも思うのだが、あまりに手緩い。

 この容易ならぬ状況を生んだ相手にしては、どうにも張り合いが無いのだ。

 そんな不自然さが第三の不思議だった。


 「おい……殺しゃしねえから、安心しなよ」

 「ひ……えっ……?」

 「見たところ、あんた下っ端だろ? その割にゃ随分と真面目にお勤めしてますって顔だ、嫌いじゃねえよ。勝負は時の運だしな、無理すんなよ」


 カズミはそう言って、ポケットに突っ込んでいた煙草を取り出す。


 「さ、佐藤、くん……?」

 「なによ?」


 チトセがなにか言いたそうに声を上げたが、首だけ捻って見返り、一言で黙らせる。


 「煙草、吸うかい?」

 「タ、タバコ? なんじゃソレ……」

 「あー、なんてんだろ。煙管、かな? 煙管、判る?」

 「し、知らん……儂は百姓の出じゃ……そんなモンは知らん!」


 あっそう、と言い捨てて、カズミは一本銜えて火を入れた。

 小さく吹かして、煙をたてる。

 片手で煙草を挟み持ち、男に更に近寄る。


 「気分が落ち着くぜ……騙されたと思ってよ? ほら、吸ってみ」


 爽やかな笑顔を男に向ける。

 カズミは自分でも驚くぐらい、最近では一番の、欺瞞に溢れた作り笑顔を浮かべることが出来た。

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