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妖刀怪奇譚  作者: かずくん
現代編
1/12

第一部 第一話 『片鱗』

よろしくお願いします。

ご感想やご意見をお待ち申し上げております。

<2015年8月 東京>


 うぉぉぉぉぉ!!??


 会場内は熱気に包まれ、ここ数年に限っては珍しくも無いが、観客に決して余所見を許さぬ妙技が披露された。


 東京都内で開催中の全国高等学校剣道大会の最終日であり、女子個人の部の決勝戦が、いま一分と経たずに終った。


 「一本っ!」


 主審の掛け声に両選手が残心を示し、勝者が舞台から下がるとともに、一際大きな歓声が上がった。


 「先輩! お疲れ様です!」

 「三年連続優勝っ! 有終の美ですよ!」

 「うっ……うっぐ、ふ、ふじわらぁ……先生は感動したぞぉぉ」


 決勝戦で鮮やかな一本勝ちを収めた選手の周りを、同じく道着姿の仲間たちや顧問と思しき男性が囲む。

彼らに囲まれた勝者は顧問に手伝われて面を外し、皆の視線を一身に受け止めて言い放った。


 「皆さんの声援のお陰です。ありがとうございます」


 抑揚の無い声音には些かの感情も見せず、勝者の表情と思えぬ、まるで能面のような顔付きである。


 さっと一礼を施し、壁際まで移動して防具の類を手早く外してゆく。

誰も手伝おうとも言い出せぬ程に、その背中からはあからさまな雰囲気を放っている。


 「なんなのアレ……ホントに頭おかしいんじゃないの」

 「やめなって、聞こえるよ……ってかウザいよね」


 「藤原先輩……全国優勝してもあのノリなんですね……」

 「あー……一年生は初めて見るもんね。ウチらも去年ビックリしたもん……ってかヒいたわ」


 優勝者、藤原と呼ばれた女生徒の後ろで、彼女の同級生が露骨に陰口を言い合い、下級生らは姦しく囁き合っている。


 キッと振り返り、彼女らを睨む。

 咄嗟に顔を背け、各々がゆっくりと片付けを始める。


 「午後一時より、男子団体の部の……」


 会場内にアナウンスが入り、出場者や観客が思い思いに武道場から出てゆく。

午前は女子団体及び個人の部が、昼食を挟んで、午後からは男子団体及び個人の部が決勝まで行われ、表彰までが予定されている。


 「藤原……もう少しな、みんなで喜びを分かち合うような……」

 「私は優勝出来て当然の結果だと思っていますし、喜ぶような事じゃありませんから」


 顧問の言葉を遮るように言って、藤原は自らの荷物を担ぎ上げた。


 「表彰まで自由行動でいいですか? お昼は外で食べて来ますので」

 「いや、お昼ぐらいはみんなで……」

 「失礼します」


 剣道部の仲間たちを一瞥もせず、彼女は困惑する顧問を尻目に去って行った。






 うううぅぅぅーーーあああぁぁぁーーー!?

 またやっちゃったよーーー!!

 

 武道館の裏、建物と塀に挟まれた中庭とも呼べぬ小さな空き地から声にならぬ声が漏れ聞こえる。

こんな場所に人がいるとは誰も思わないような所に、彼女はいた。


 女子個人の部優勝者、藤原千歳が頭を抱えて悶絶していた。


 あぁぁぁ……有り得ない……なんなのよぉもう……

 厨二病どころじゃないわ!

 なんでこんなキャラ作っちゃったかなぁーー!?


 傍から見れば、顔色を青くしたり赤くしたり表情豊かな女子高生の一人芝居だが、当の本人は真剣そのものであり、おおいに悩んでいる。

 

 彼女の苦悩の原因は、先刻までの自らの振舞いにあった。


 他人に迎合せず、自らの意見を通す意思の強さを持つ、クールビューティー。

数年前に彼女が理想とした姿は、いまでは歪な形で実を結んでしまった。


 彼女自身そうと自覚しているのだが、今更自らのキャラを崩壊させては自身の矜持に関わるとおかしな意地を張り続け、数年が経ってしまった。


 元は中学の頃に愛読していた時代小説の女主人公をモデルにしたのだ。

安易にマンガやアニメに影響されないところが彼女らしさではあったが、江戸時代の女必殺仕事人のクールビューティを現代で演じるには相当な無理があったのだ。


 とは言え、既にこのキャラを続けて五年近い。

 いつものように自らの振舞いに煩悶としながらも、いつもの理屈で自らを落ち着かせる。


 あと半年よ、チトセ。

 あと半年もしたら、京都を出て東京の大学でも行って一人暮らしをするの!

 誰も私を知らない場所で、大学デビューするんだから!


 ちなみに彼女の実家は京都は錦小路にある老舗の料理道具を扱う店である。

開業は江戸初期に遡り、以来連綿と伝統を受け継ぐ、割と京都では珍しくも無い、歴史あるお店である。


 もちろん彼女が通う高校は京都にあり、彼女にとっては最後の年となる全国大会に出場の為、今年の開催地である東京に来ている。


 こんなトコで一人ランチとか……有り得ないし……

 みんなで東京観光したかったなぁ……

 ……あ、あれ、女剣士シリーズの新刊、鞄に入れて来たのに……


 一人ランチの慰みにと、膝上にコンビニ袋を広げながら、片手でゴソゴソと鞄を漁って愛読書を探している。


 その時、ふと、気配を感じた。


 「な、なにやつっ!?」

 「……えぇ?」


 瞬時にチトセの顔色が羞恥に染まった。


 なに言ってんのよわたしーーー!!

 なにやつっ!とかイタすぎでしょ!?

 もうなんか色々グチャグチャだよーーー!!


 チトセの目の前にいるのは、同じ年頃の男だった。

道着姿の出で立ちから、自分と同じく大会出場者と判る。


 「えっと……札幌から来ました。剣道部の佐藤と言います」

 「あっ……はぁ……」


 自己紹介する出来ない程にチトセは俯いてしまっている。

 初対面の年頃の男子相手に「なにやつっ」と誰何するような女子が、一体この場をどう取り繕えるものかと必死に思案しているのだが、ふと彼女の鼻腔に微かな香りが捉えられた。


 おもむろにチトセは顔を上げる。

 しっかりと目の前の男子の顔を見据えて言った。


 「煙草の匂いがしませんか?」

 「えっ? そうですか? 判らないけど……」

 「失礼ですけど、隠れて煙草を吸っていたりしてません?」

 「えぇ!? 勘弁してくださいよ! 俺、真面目なスポーツマンなんすから!?」


 大袈裟な程に表情をコロコロと変え、身振り手振りで否定をする男子。

なにやら軽薄そうな男だな、とやや眉根を顰めてチトセは続ける。


 「でも匂いがしましたよ。貴方が近付いてからです」

 「いやいや! 誤解ですって! 身体検査します? いや、冗談っすよ! 塀の向こうに喫煙所があるんじゃないですか?」

 「そう……ですね。そうかも、しれないですね」


 ジッと相手の目を見据える。

 チトセの得意技だ。

疚しい処がある人物は、たいてい直ぐに目を逸らすのだが。


 目の前の男子は些かも怯むこと無く、彼女の視線を受け止めている。


 これは、早とちりだったか、やっぱり焦っちゃってたなぁ、と彼女は思い直し、口にした。


 「失礼しました。つい匂いが近くに思えたものですから。疑うような事を言って申し訳ありません」


 綺麗な一礼をして、男子に向き直る。

 失敗したと思えば素直に謝るし、礼儀作法には祖父母からも厳しく躾けられていたので、彼女の誠意は十分に伝わっている振舞いである。


 「ははっ! ぜーんぜん、構わないっすよ! ってか大丈夫ですか?」

 「え? なにがでしょう?」

 「いや……あーとかうーとかずっと悶てたから、体調悪いんすか?」

 「失礼しますっ!」


 驚くべき速度でチトセは荷物をまとめて足早に去って行った。


 「ははっ……おもしれー……ってかこのブレスケア効き目無さ過ぎ」


 面白いとは口にしながらも、先ほどまでとは違って表情を消した男は、懐から煙草を取り出し自然な姿で火を付けていた。






 うぉぉぉぉぉ!!??


 午前にも聞こえたような歓声だが、感嘆というよりは驚嘆の色合いが強い。


 本大会最後の試合であり、男子個人の部の決勝戦の決着が、女子の部同様に一分と掛らずに終わったのだ。

 

 優れた技巧を見せながらも、並外れた膂力によって産み出された一撃が観客を今年も驚かせた。


 両者が礼を交わし、敗者は足早に去ってゆく。


 勝者はゆっくりと後ろを振り返る。

後方では、たくさんの部活仲間たちが居並んでいる。

皆がみな、その顔に喜色をたたえていまにも爆発しそうな雰囲気だ。


 勝者は、これもまたゆっくりと、無言で仲間たちの元へ歩み寄ってゆく。

下級生と思しき一人が手早く面防具を外す。


 唇を固く結び、眦を吊り上げて、引き締まった表情をしている。

グルリと周りの仲間たちを見渡し、厳かな儀式のような風情である。


 「……でへっ」


 優勝者が、急に破顔して、おかしな声を出した。

と、同時に周囲の仲間たちが距離を詰める。


 「今年も優勝しちゃったもんねぇぇーーー!!」

 「うぉぉぉぉぉーーー! おめでとーーー!!」


 あの厳しい表情が嘘のように、優勝者はデレデレした顔をして、仲間たちから手荒い祝福を受け止めている。

背中やら肩やら、身体中をバンバンと叩かれて、口々に祝ってもらっている。


 「おお! センキューセンキュー! 痛っ! 痛えって! 誰だおい! カンチョーしたやつ誰だよ!?」


 満面の笑みで祝福を受けて、怒っても見せる。

 仲間たちに囲まれて幸せそうな優勝者は、ついに仲間の一人に肩車をされた。


 「カッズッミ! カッズッミ! カッズッミ!」


 仲間たちの声拍子に手を上げて応えながら武道場を練り歩くが、直ぐに大人たちに注意をされ、顧問からも叱責を受け、大人しくなった。


 仲間たちの後ろにつきながら、すごすごと壁際に戻る。


 「ありがとうな、みんなのお陰だよ……」


 仲間たちが振り返る。


 「ダハハハッ!? 泣いてんのかよ佐藤? そうだぞ! 俺らに感謝しろよ?」

 「ああん? 誰のお陰で団体優勝出来たと思ってんだよ?」

 「ギャハハハハッ!」


 肩を組んで友と笑い合う、まさに理想の青春の一ページのような光景であった。






 うぜぇ……ノリ合わせんのもきつくなってきたな。

 俺が入るまで剣道じゃ無名の学校だったのを、二年連続個人優勝の旗だぜ。

 あのクソジジイ……偉そうに説教しやがって。


 男子個人の部の優勝者、佐藤一三は、武道館の裏にいる。

昼間もここで過ごし、煙草をくゆらせていた。


 携帯電話を取り出して、簡単な操作をして耳にあてる。


 「あぁ、俺、カズミ。親父は? ……あっそう。いや、別にいいよ。言っといてよ、優勝だって」

 「いやいいって、呼ばなくて! 兄貴から言っといてよ。もう切るわ、表彰だし……切るわ」


 ふと気がついて見ると、すぐ傍に目付きの悪い二人組の男子が立っていた。


 「おいおい……個人優勝の佐藤クンじゃねえの? 煙草片手にお電話ですかぁ?」

 「いいんかよ? 煙草なんて吸っちゃってさぁ? 二年連続優勝の佐藤クンが煙草とか、バレたらヤバイんじゃねえ……」


 一分と掛からなかった。

 足元には二人の男子生徒が、下半身を剥き出しにして転がっている。

二人は涙目になりながら、か細い声で詫び言を繰り返している。

その顔は血や赤痣に塗れ、道着も土砂の汚れで酷い有様だ。


 カズミは自分に絡んで来た二人組に、最後まで発言もさせずに、猛然と殴りかかったのだ。


 「テメエらも煙草吸いにこんなトコまで来たんだろうが。いっちょ前に脅しくれるたぁな、舐めんなよ」

 「すんませんすんません、ホント勘弁してください……その写真どうすんすか、勘弁してください」

 「写真じゃねえよ、ムービーだっての。道着にばっちり名前刺繍してるしな、学校名も。終わったなお前ら」


 ニヤニヤとカズミを脅して来た威勢は全く失せてしまい、喧嘩に負けただけではこうはなるまいと思える程に震えている。


 それ程までに、圧倒的な暴力で捩じ伏せられたのだ。


 「解ってんな? 余計な事抜かすなよ? おめえらは勝手に喧嘩して勝手に怪我したんだ。だよな?」

 「はい、はいっ! なにも言わないっす……ぐえっ!?」


 最後にトドメとばかりに、地面に正座した二人組に蹴りを加える。

 優勝直後の笑顔溢れた人物と同じとは思えないほどに、酷薄な表情をしている。


 「チッ……つまんねえな。やっぱつまんねえよ」


 最早二人組に興味を失ったのか、視線も向けずに歩み去ってゆく。

 傲然と、決して良心の僅かな痛みも見せずに、肩を聳やかして。



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