九話「ザ・サード・サイド×ONE」
奴は棚から葉巻を取り出し奥のソファに向かって歩き始める。こちらに背を向ける辺り余裕のようだ。人相は顔写真と寸分違わない脂ののったおっさんだが、背丈と声の高さだけは年齢通りだと思われるし、隅にランドセルらしきものが転がっていた。動きながら奴は話し始める。
「驚いちゃったかな?さっきのは、ぼくの能力ブザーさ。ほんとはこの敷地に入ってきた時から気付いてたんだ。お兄さん、ここらを何日か前から嗅ぎまわってたでしょ。バレバレにも程があるよ。それで、警戒レベル上げたらほんとに来ちゃうんだもん。笑えるね。だけどさあ、お客さんにお茶も出さないでお帰り願うなんて、そんなことぼくには出来ないや。」
そこには二人分のティーカップが用意されていた。前の家主のセンスなのか、調度品の一つ一つに品がある。そして、この部屋だけは手入れが行き届いていて外壁のぼろさとかなりの開きがある。奴の服装は綺麗とは言い難いし、こいつが掃除などしないだろう。もうこの時点で確実だろう。こいつには少なくとも一人は仲間がいる。あの警告音で、仲間を呼んだのだろう。
「あと40分。それがタイムリミットさ。」
俺の心の中を見透かされたようで腹が立つ。そして奴は葉巻を咥えて火を点け、こちらに向いたソファに深く腰を下ろした。
「お兄さんは、そこに座ってよ。」
指の先には、これまた小奇麗な椅子があった。俺は動揺を隠す為にその指示に従った。
「緊張しないでよ。ぼくまで緊張するじゃんか。よしっ取り敢えず自己紹介するね。ぼくはマチオ。お兄さんは?」
「俺は海斗だ。」
「なかなか素直だね。そのコーヒーはぼくのお気に入りの豆をさっき挽いたんだ。喉乾いてない?構わず、飲んで良いよ。次の質問は何にしようかな?えーっと、じゃあ、お兄さんはどこの所属だい?黒?白?、それとも色?」
色とは何だ??それに何と答えるのが正解なんだ?奴はクロに違いない。だが、黒は母数故に一蓮托生の組織では無いし下手を打つかも知れない。沈黙を選択した。
「うーん。微妙だな。でも、白の線が濃厚かな?」
こいつは何で判断している?
「ルールテキストを囮に呼び寄せたのに、色じゃないのは残念だなあ。コーヒーには自白剤たっぷり入れたのにやっぱ無駄だったな。たとえ色だとしても、この世界に足を踏み入れてまだまだの素人さんでしょ?心臓バクバクいってるし。腹立つなあ。………もういいやトランプでもして遊ぼうよ。」
前に猪が言っていた。クロは宿しているのだと。能力を貸してくれる存在を。それらとの交渉を実現したものが能力を扱える。交渉の場で奴らが喋るのは自らの名のみ、どんな能力を持っているかなどは分からない。その名から推測するしかない。だがその推測は簡単なのだという。名から連想することはほぼ出来てしまうからだ。おそらくマチオの能力名はサウンド。ブザーも音だし、心臓の鼓動も音だ。最初のは混乱させる罠だったんだ。
「このトランプは凄いよ。特別製なんだ。」
そう言い終わる前に俺の頬から血が流れていた。シロの能力でガードしていた筈なのに。
「やっぱ。シロだね。」
マチオは筆を取り出して、カードに液体を塗り始めた。
「シロは固いから厄介だけど、これでお兄さんの死は確実だね。三枚かすればもうこの世にはいられない。」
奴のカードは音速で飛んでくる。次の一手で決まる。