六話「クモハリュウニシタガイ」
猪に教えられた通りの場所にやってきた。そこは学校の近くの廃墟で、虎太はどっしりと構えて待っていた。
「予想より早かったですね。」
白縁の眼鏡を、親指と薬指を使い、顔を覆うようにして上げている。奴の癖なのだろうか。細身で背の高い奴は、名前に似合わず落ち着いた雰囲気を醸し出している。俺の方に向き直し、残念そうに言い放った。
「このままゲームオーバーでも、僕は全然構わなかったのですが。」
「そうなったらお前らが困るんじゃないのか?」
「いえいえ、辰くんと猪ちゃんは面倒事が嫌なだけなんですよ。でも、こんな事になってしまうなら、新しい人間を探した方が良いと、私は思いますがね。」
「すまないな。なんせビギナーもんで。でも、お前の予想は超えているんだろう?」
「ええ。少しだけですよ。猪ちゃんに殺されると思ってました。」
「殺される相手がお前に変わったとでも言いたいのか?生憎だな。」
虎太は純白の手袋を右手にはめた。戦いの準備なのだろう。だが、俺は猪に勝ったのだ。今なら奴にも勝てる気がする。
「じゃあ、手合せと行こうぜ。」
「何をおっしゃてるんです?僕とあなたが戦う理由はないでしょ。僕の役目はシロについての指南だけ。今日はただ、ちょこっと技を見せるだけですよ。」
左手には白い棒が握られていた。
「僕はこれを、雲竜風虎と名付けている。君も、猪ちゃんから名付けによるパイプの広げ方を聞いてますよね?」
「ああ。」
「いいです。じゃあ、うんちゃんの力を見せてあげましょう。」
「略すところはそこなのね。」
「じゃあ、行きますよ。でも、その前に、これはブラックボックスというものです。一時的にクロの力を借りれる便利な道具です。うちのグループが開発したもので、使用者によって負う代償にとても大きな差がある危険な代物です。」
右手には黒い箱が握られていた。
「これは猪ちゃんから借りた力です。近隣住民への配慮です♪」
俺は奴から距離を取った。それを見てから、虎太はその箱を思い切り握りつぶし声を張り上げた。
「我に従え。ゾーン!!!」
寒気の訪れと共に、廃墟はその姿を消していく。猪に連れていかれた、あの場所だ。しかし、少し違っていた。突然虎太が膝から崩れ落ちた。
「グっ」
痛みに耐えるその声はまさしく虎太からだった。血に染まった右手を押さえていた。これはブラックボックスの副作用なのか?
「お前は、何でそんなもんこんな時に使ってんだよ!?」
「しっ、仕方ないでしょ。いつかは使わなきゃならない。いざって時に初めて使うなんてナンセンスですからね。試してみたかったんですよ。」
「じゃあ、今度こそ行きますよ、ハアハア。」
「大丈夫なのか?」
「ええ、これしき、辰に比べれば。」
棒で地面を突くと虎太は大きく舞い上がった、そして、地面に鋭い突きを放った。その跡は、爆心地の様相を呈していた。
「これが、クロとシロの武力差です。猪ちゃんに勝ったのは当たり前。ただし、能力を使う猪ちゃんにあなたが勝てる道理はありませんけどね。」
俺は興奮していた。
「明日からは、クロとの戦闘で気を付けるべきことを教えます。出来が良ければ、明後日には出陣ですよ。では、私はこれで失礼します。」
もう昨日の憂慮は消え去っていた。圧倒的パワーを前にして、胸がざわめく俺がいた。
虎太はすぐさま、右腕を切り落とした。その腕は黒く変色し腐っていたからだ。心臓まで届く勢いだった。
「あ~あ。いざって時に使う方がセンスありましたね。」