五話「ココロ」
この学校はかなりの歴史があり、都会(といっても一地方都市だが)に立地している割りには校舎の数が多い。その為生徒数の減少した現在、空きのある教室や部屋がいくつかある。その内の一つが、ここだ。老朽化が進み立ち入り禁止に近い状態だが、改修に費用を回す気が無いらしい。そうやって誰も寄り付かないので、隠れて集会を行うにはかなり好都合な場所になっている。
猪は、夜またここに来て、としか言わなかった。何時に行けば良いのか分からなかったが教えを乞う身としては一度家に帰る訳にもいかず、日が暮れるまで校舎で待つことにした。そこで、机に伏しながら辰に連れていかれてからの出来事を振り返っていた。しかし昨日の疲れからか、睡魔に白旗を揚げるのは早かった。
小さくて甲高い声が遠くに聞こえる。
「起きて、起きて!」
か細く、今にも消えてしまいそうそうな声だが、懸命さだけはしっかりと伝わる。おそらく猪の声だ。それで顔を上げると、不安げな少女の顔があった。俺はその顔に臆しすぐさま立ち上がり、小柄な彼女を見下ろしながら言った。
「すまない。俺の為に来てくれたのに」
不安げな顔は不満の色に染まり、頬がふくれていた。
「なんか偉そーーだっ」
気に障ったらしい、何故かは分からんが。
しかし分からない。辰は戦闘なら猪に任せろと言った。だが強そうなのは名前だけだ。
あとは、、。
猪は長髪ポニーテールのチビっ子で、制服のズボンをはき、常に耳当ての着用を行い、竹刀を背負っている。前半だけならインテリアとして一家に一台欲しいところだが、後半からは迷走っぷりが凄い。可愛い。
「よし!修行を始めるぞーい」
俺が思考の世界に旅行している間に、痺れを切らしてしまったようだ。その言葉と共に地面を叩くと、俺と猪はよく分からない空間に居た。
「まだ、あんたは正式な仲間じゃない。だから、詳しくは教えられない。だけどここはあたしのクロとしての能力が生み出した世界。いくら暴れても大丈夫。まずは細かい説明よりも手合せしてみようよ。もちろんこの空間の維持以外は能力使わないよ。相手を倒せば勝ちだぁ!」
「そうか。周りのことよりも、自分の心配したらどうだ?」
「ぷぷっ。ばーか。チミじゃあ、あたしに近づくことも出来ないよーだ」
俺だって分かってる。奴はこの世界の玄人だ。今のは奴の手の内を探る罠。猪の言葉から、飛び道具、あるいはそれに準ずるものでの攻撃から始めると読める。能力を使わないとなると一つ。
猪が叫んだ。
「始めるよー」
ダッ
先手必勝。走り込みながら剣を練成する。思った通り、猪は懐に手を入れようとしていた。少し、反応が遅れる。
獲った!
だが、猪には読まれていた。
「ヒドくない?ほんとに殺すつもり?」
奴は笑いながら、前に踏み出してきた。しっかりと竹刀を握りしめて。やられた。俺の性格を逆手にとられた。
飛び道具を臭わせれば、開始と共に間合いを詰めようとする。しかし剣術に拙い俺ならその時には突くという選択肢を選ぶだろう。そうすれば、最初の立ち位置から少し線をずらせば良いだけ。腹部に衝撃が走った。
勝てない。
ターゲットの抹殺の指令の猶予は二週間。けれども、期間の半分を過ぎても、能力を使わない猪に手も足も出ない。
「名を付けてみたら?」
いつも通り負けた後に、猪は俺に言った。
「あんたの剣に名前を付けてみなさいよ。シロの持つ武器は、使用者の心の力を食うのよ。その代価としてそれは使用者に力を与える。名を付けるのはそのパイプを太くする為の一つの手段。だけど、あまりパイプを太くしすぎてはいけない。諸刃の剣だから。死を感じるだけで、そのまま死ぬことも有りうるの」
名前、そんなの、決まってるよ。
「ようやくね。あんた要領が、、、。大事なことを言っとくよ。クロとシロは戦闘力では雲泥の差があるの。だから、シロは相手をシルことで勝てる。能力を潰せば、後は圧倒的な武力で倒せる。まあ、潰せればだけど。後は、虎太に聞いて。あいつはシロに詳しいから」
殺戮の道具と繋がり合うのが、勝利への近道。本当にそうなのか。