第4話【魔法使いはコスプレイヤー? 突きつけられた異世界の現実】
ギイイ……
音と共に開く扉。隙間から差し込む朝日が扇状に広がっていく。そこに伸びる人影と共に現れたのは、紺色のレインコートのような物をまとった若い少女。手にした木の棒には、淡い光を放つ不思議な赤い石が埋め込まれていた。
目が合うアキラと少女――
(……!?)
「……そこで……何を」
「ええと、これは……ですね……」
シーツを手繰り寄せ肌を隠し、ゆっくりと隣のグランを見るアキラ。その様子を少女はどう理解したのか。
――その答え。
「ぎゃあああ!へ・ん・た・い!」
咄嗟に床に木の棒を突き立て、早口に何かを呟く少女。足元に浮かび出る、不思議な文様の赤い円。
(LED?レーザー?)
ボウッ!っと、棒の先に灯る炎。
(杖型のライター?)
「ドワーフをたぶらかすとは、インキュバスめ!地獄へ戻れぇ!」
そういって持ち直した木の棒を振ると、先から炎がほとばしりシーツに火をつけた。
「あーぢぢぢぢぢぢ!」
炎の熱さと派手な光に驚いたグランが目を覚ます。アキラも思わず燃えるシーツを放り投げ、両腕で肌を隠した。
「わしの、おろしたてのシーツがぁ!」
(この地域は事故ると殺されるのか……え……まってここ……どこ?)
アキラは二日酔いの頭痛をこらえながら周囲を見回す。
「髭のおじさんは……覚えてる!グランさん!」
アキラは、グランを指さし確認。
「この危ない人は……だれだ、魔法使いのコスプレ少女……?」
アキラは少女を指さし確認。少女は棒を構えたままアキラを睨みつけていた。
「羽根のないインキュバスだと?……亜種か!」
「……インキュバス?ちがうちがう、こいつはアキラじゃ!人間じゃ!」
あわてて2人の間に立つ半裸のグラン。
「じゃあなんで二人とも裸なのよ!」
「これは……その……イテテテ」
頭痛に顔を歪めるアキラに代わって、グランが説明する。
「昨日二人で盛大に酒盛りをしてな……暑くなって脱いでおったんじゃ」
「そういえば……お互い筋肉自慢をして上着を脱いだような……」
二日酔いで記憶があいまいなアキラ。一方のグランはピンピンしている。
「がははは。アキラもなかなかじゃが、わしの筋肉もまだまだいけるじゃろ?」
腕に力こぶを作って少女に見せるグラン。少女は二人の半裸を見て、目を覆った。
「二人裸でソファーに寝てるなんて紛らわしい!早く服を着て!」
(紛らわしいって……どのへんがだ?)
アキラは脱ぎ捨ててあった服を急いで身に着ける。グランは着替えを取りに奥の部屋へトボトボ歩いて行った。残された面識のない二人の気まずい空気。耐えられずアキラが口を開く。
「なんかすみません、びっくりさせちゃって」
(グランさんの知り合いみたいだし、ここは失礼がないように)
「わたくし、怪しいものではありません。こういう者です」
そう言ってアキラは胸ポケットから名刺入れを取り出し、両手で少女に差し出した。
「……上質な紙……それに何?この見たことない文字は……」
「瀬戸せと 晃あきらと申します。昨日グランさんの工房に車で突っ込んでしまって、どこにも連絡がつかない状況だったので、一晩泊めてもらったんです」
すると奥から上着を着ながらグランがでてきた。
「アキラはキャラバンなんじゃ、それでここでは見かけない格好をしておる。なんでも仕事でこの近くに来てたそうなんじゃ」
「まぁキャラバンっていうか車種はハイエースなんですけど……」
「白い馬車が工房に突っ込んでのう……しかしアキラ、馬は雷に驚いて逃げたということじゃったが、キャラバンなら他の仲間はどうした?キャラバン隊はどこへ行った?」
「キャラバンたい?なかま?」
「ねぇねぇ、そのハイエースって、なに?」
三人の頭の上にそれぞれクエスチョンマークが浮かぶ。
キャラバン隊なのにアキラが一人でここにいるのが不思議なグラン。
乗ってる車はハイエースなのにキャラバンと勘違いするグランに困惑するアキラ。
アキラからもらった上質な紙に書かれた、見たことのない文字。聞いたことのない”ハイエース”という言葉が不思議な少女。
「ちょっと……いいですか」
全員が困った顔をしているのを見かねてアキラが仕切り始める。
「まず、レイヤーさん……お名前を聞いても?」
「私はスレイヤーじゃないわ!宮廷魔術師・副師長 アリエナ・アシュリー!」
「わしらはエナと呼んでおる。若くして宮廷魔術師の副師長を務める天才じゃ」
「”宮廷魔術師アリエナ”……ほほう、”オリキャラ”ってやつですね!」
「オリキャラ?わたしはアリエナ・アシュリー!魔術師!!」
「なんじゃアキラ、さっきから妙に噛み合わんのう」
ほっぺを膨らませて腕組みする美少女魔術師。それをじっと見るアキラ。
立派な髭をたくわえた小柄なおじさんグラン。それをじっと見るアキラ。
そして、再確認するようにアンティークな部屋の中を見回すアキラ。
しばしの沈黙――
(やっぱり、何かがおかしい……ここは、どこ!?)
そして、気づいてしまう――
「俺……死んだのか?」
急に喉が渇く。息がうまく吸えない。
「何を言っとるんじゃ唐突に」
「グラン、やっぱりこの人おかしくない?」
二人が怪訝そうな顔でアキラを見る。
「……別世界に、いや何かの間違いだ……」
そういいながらアキラはエナを押しのけ、ふらふらと扉へ歩き出す。
「ちょっと、大丈夫?」
ドアを開けるとそこには……
――見たことのない景色。
豊かな自然、草原と森の緑。真夏のように高い空の青。視界を遠くに向けると、聳え立つ堅固な城壁。そしてその上に見えるのは白い大きな城。
――まさに、異世界。
今までの自分の現実が音を立てて崩れる。そのショックに呼吸が荒くなり、目が眩む。
「……て、ん、い、しちゃった……俺、どうなるの……」
アキラは全身の力が抜け、両膝を地面に落としそのまま前に倒れた。
「あ!アキラ、大丈夫!?」
「アキラ!どうしたんじゃ!」
――異世界転移のショックで倒れたアキラ。
再びソファーで目を覚ますと、見慣れない天井と自分の顔を覗き込む美少女の顔。そしてその隣に小柄なおじさんの顔。
「うわっ!」
「よかったー死んだのかと思ったわ」
「いちいち倒れるんじゃない二日酔い程度で、情けない奴じゃ」
ほっとしたような、それでいてまだ夢の中の様な。不思議な感覚のままの自分を落ち着かせる。
「あの……順を追って話しましょうか」
アキラは体を起こし、ソファーに座りなおした。そして二人にゆっくりと説明を始める。
自分は日本人の瀬戸せと 晃あきら、41歳であること。
日本はこの世界とは別の世界にある国だということ。
雷で撃たれ、そのせいでここに転移か転生のようなものでここに来たということ。
そして壊れた車のことと、積んである工具一式を使って設備工事の仕事をしていたということ。
「アキラって、うそ……アトラシア大陸の人間じゃないの!?」
「おぬし、キャラバン隊の旅でクリスタニア王国に来たのではなかったのか!?」
アキラはまずエナに向かい合い、話し始めた。
「頭が痛い……一つ一つ解決していこう。まず俺はどう考えてもこの世界の人間ではない。転移とか転生とかいうやつだ、たぶん」
そしてグランに向き直る。
「なんかおかしいと思ってたんだ……俺は行商でもキャラバン隊でもない。仕事は俺一人。そして乗ってたのは荷馬車じゃなくて車。ハイエースっていう名前の車」
二日酔いの頭痛なのか別の意味で頭が痛いのか、アキラは頭を抱えた。それを不憫に思ったのか、グランがアキラの肩に手をのせ話し始める。
「別の世界から来たと?」
腕を組み、天井を見て、アキラを見て、一言。
「……まぁそんなこともあるじゃろ」
「え……グラン、随分軽く受け入れるわね」
「考えてみろ、この世界はわからないことばかりじゃ。精霊も魔物も我々にとっては未知の存在じゃろう」
「そういわれるとそうかもね。魔術は研究されてきたけど、悪魔も古竜種も謎だらけ。この大陸以外のことも実は全然分かっていないのよね」
「そうじゃ、アキラはこの大陸の外から魔術かなにかで飛ばされたのかもしれん」
アキラは耳から聞こえてくる二人の会話を必死に理解しようとしたが、異世界アニメや漫画でしか知らない世界のこと。いざ自分の身に起きると、混乱して受け入れがたかった。
「俺……これからどうすればいいんだ」
「なんじゃ、そんなことを心配しておったのか」
「旅人がここに一人増えたくらいで何も変わりはしないわよ、ね!」
「おぬし、しばらくここに住め。昨日の美味かった酒の礼じゃ」
「礼ってグランさん、俺はグランさんの工房壊しちゃったんですよ」
「気にするな。聞けばおぬしも設備とかいうモノづくりの仕事なのじゃろ?わしも鍛冶師、仲間みたいなもんじゃ。工房は一緒に直せばいい。そうじゃろ?」
「グランさん……ありがとうございます」
涙ぐむアキラにエナが声をかける。
「グランさんなんて呼ぶ人はこの辺にはいないわ!グ・ラ・ン!グラン工房の主はこの辺では”人助けのグラン”なんて呼ばれてるの。気にしないで」
人助けしているのはグランなのに、自分が胸を張って言い切るエナ。それをみてちょっとリラックスできたアキラだった。
「グラン、これからよろしくお願いします」
そういってアキラはグランの手を両手でつかみ握手をした。
「エナもよろしくお願いします」
エナはちょっと照れくさそうに横を向く。
「しかしレインコートかと思ったけど、そのローブと杖……本物?」
「は?……宮廷魔術師っていったわよね……今度はその服、燃やしてやろうかしら?」
「冗談!冗談!今度魔法見せてください……」
「はっ!そういえばわしのシーツが!」
グランが焦げて穴が開いてしまったシーツに気づき、大声を出したその時、
ギイイ……
とドアが開き、元気な老人の声が部屋に響く。
「グラン工房が壊れておる!あれは何じゃ!!」




