第2話【魔法を支える『現場の知恵』折れたホースと、PF管の即興リペア】
次の瞬間――
叩きつけるような水圧が、解き放たれた。
白い奔流が空気を裂き、一直線に舞い上がる。
エナに向かって――
脚立に上っているグランが支えるパイプから水が勢いよく飛び出す。
そしてエナの頭上へ大きな弧を描いた。
「この水の量なら、行けるわ!」
エナの目が鋭く細まり、魔法の詠唱が始まる。
グランの家で見た時よりも、遥かに大きな魔法陣が森の地面に描かれていく。
魔法陣はゆっくり回転しながらエナの頭上高く浮かび上がった。
そしてエナの頭上を越える水が魔法陣に吸い込まれていく。
「……もう少し……まだ足りない!」
吸い込まれた水はその陣を潤し浸透していく。だが魔法陣の大きさに対して水がまだ足りない。
「やっと半分くらいか、もう少し我慢じゃ!」
「そう、このまま水を送り続ければ!」
グランとアキラがパイプから吹き出す水を見守っている。
――と。
急に水のアーチが小さくなり、パイプから出る水はチョロチョロという音と共に水滴になってしまった。
「……キンク!?」
「禁句じゃと?」
「いや、ホースが折れ曲がって水が止まったんだ!」
(このままでは火が街に届く――)
「アキラ、失敗なのか!」
「まだだ!戻ってなんとかする!」
「ちょっと!魔法陣は一度発動したら止められない!急いで!」
アキラはホースを見ながらポンプの元へと走り出す。
放水パイプとして使っているVP管とポリ管は、まず潰れることはない。水が止まっているとすればポンプ直後の立ち上がりと曲がりの部分の可能性が高い。ポンプに接続されている排水ホースはもともと折り畳まれ巻かれていたもので、どうしても潰れやすい構造だった。
アキラがポンプの元へ戻ると、予想通りポンプ近くで青いホースが折れ曲がり、ポンプ本体が唸りを上げていた。
(まずい!)
アキラはすぐに発電機へ駆け寄り、コンセントを抜きポンプを止めた。
(しかし!このまま再始動してもまたホースが潰れてしまう……何か対策はないか)
リヤカーに目をやり、使えそうなものを探す。
(立ち上がり部分に使えそうなVP継手は持ってこなかったし……これだ!)
念のためにと積み込んだPF管の切れ端。
(これなら腰があって曲げに負けない。これをホースの中に突っ込んで骨にする!)
アキラはPF管を手にしてポンプの元へ向かう。泥で足をとられながらも、必死に足を上げて急いだ。
ポンプを少し持ち上げ、ホースバンドをドライバーで緩める。繋がっていたホースを外してPF管をホースの中に入れていく。
(PF管が細すぎる?……いや、これでいい。内径が絞られれば流速は上がる。流量は少し落ちるが、背圧がかかってポンプの自吸が安定するはずだ)
PF管を一度引き抜き、腰道具から取り出したカッターで2本に切り分ける。
(ホースの中に2本のPF管を入れて径を稼ぎ、ホースが曲がらないように補強する!)
アキラはPF管を2本まとめてグイグイとホースの中へ入れ込んだ。そしてそれぞれのPF管の口に5センチほどの切り込みをカッターで3回切り分ける。
切り込みを入れ、柔軟になったPF管をポンプの排水口へ突っ込むと2本の管がぴったり食い込んだ。
(中に入れた配管の分流量が減るけどキンクするよりはいい、立ち上がりもしっかりするから排水は安定するはずだ)
腰袋からビニールテープを取り出し排水口とPF管に巻きつける。引っ張りながら半掛け3往復。その上からホースをかぶせホースバンドで縛り、またビニールテープで補強した。
「アキラはまだか?」
「早く……不完全なまま魔法が発動しちゃう……」
ポンプを穴に戻し、配管を捌く。
(よし!曲がってない!潰れない!)
アキラは泥に埋まる足を引き抜き、発電機に駆けだす。ホースのゆく先には不安そうにアキラを待つ2人が見えた。
「出来た!いま水がそっちにいく!」
ポンプの電源プラグを手に取り発電機のコンセントに差し込んだ。
すると一瞬発電機が唸り、再びポンプが動き動き出す。
ホースが水圧で跳ねるように震えた。
中を通った水は一気に水圧を増しホースを膨らませながら先に進んでいく。
「おお!水が来おった!」
発電機が唸り続け、ポンプが周りの水をぐいぐい吸い込んでいく。
次の瞬間――
グランの持つパイプにショックが走り、先端から派手に水が吹き出した。
その水はエナの頭上の魔法陣に吸い込まれ、どんどん陣を潤していく。
やがて十分な水を蓄えた魔法陣から、水が溢れ出した。
そして――エナの魔法詠唱。
「――大瀑布の抱擁――」
魔法を唱えた瞬間、魔法陣に蓄えられた濁流が、天を衝く巨大な水の渦となって巻き上がった。
嵐のように勢いを増した水の渦は、加速する回転と共に豪雨へと変化し森に降り注いだ。
直上の空が雲に包まれ、轟音が鳴り響く。
周囲の魔術師は突然の豪雨に驚き、動きを止めた。
「おお、あれが宮廷魔術師 副師長のアリエナ・アシュリー……」
「凄い、魔法効果の増幅度が比べ物にならん!」
遠くから森を見ていた住民たち、森の中で消火をしていた衛兵たちも、天候にまで影響する大魔術を見守った。
「何だあれ……雨が!」
「急に雲が現れた、助かった!!」
しばらくの局所的な雨天。
――やがて
嵐の渦が収縮し、雨雲が晴れ、空に丸い虹が現れた。
木々から落ちる雫の音がポツポツと森に響く。
焦げ跡がくすぶる音もついには消え、森は完全に鎮火した。
住民と衛兵の歓声。
勝ち名乗りを上げる者たち。
森の恵みと生活の拠点、両方を守ったことに皆喜んでいた。
「やるわね、アキラ!」
真っ黒な顔をしたエナが、安心して座り込んでいるアキラたちに駆けよってくる。
「凄いのはエナさ……なんだよあれ、大魔法使いだったのか」
「わしもそれなりに頑張ったぞ?」
「グランはさすがというか、知らない物への順応が早い。やっぱりドワーフは現場の職人気質なのかな」
3人はお互いを労い、笑い合った。
そこへ一人の衛兵が駆け寄ってくる。
「副師長殿――その男は……何者ですか。私は、あんな術を見たことがありません。」
衛兵の手は槍にかかっていた。




