第15話【エイシックスの作業靴。剣聖を虜にする『BOシステム』の包容力】
アキラは弾かれたように立ち上がり、工房奥の倉庫へと姿を消した。その先にあるのは、この世界の住人が知らない純白の鉄馬、ハイエース。
スライドドアを開け、棚の奥底から真新しい箱を掴み出す。
「オンライン限定の商品!もったいなくて温存してたのが、ここで活きるか!」
その箱をわきに抱えてジンたちの元へ戻ってきたアキラ。ミニテーブルにその箱を置き、椅子に腰かけた。
「ジンさん、身長は俺よりだいぶ大きいですよね」
アキラは屈みこみ、ジンの革靴を凝視する。
「ジンさん、試合の時もこの靴にサバトン被せますか?」
アキラの矢継ぎ早な質問にジンはたじろいでいる。
「アキラよ、まず何が一体どうしたんじゃ。わしにもジンにも説明してからにしてくれ」
「あ、すいません……閃いたら嬉しくなっちゃって。俺の靴をプレゼントしようと思って!」
「靴?君が履いている珍しい形の革靴かい?」
「なんじゃ、工具じゃないのか。つまらん」
「いや、これは普段使いなのでこれといった特徴はないんですが、ジンさんにプレゼントしたいのはこれです!」
アキラはミニテーブルに置いた箱を開けた。そこには紙に包まれた新品の靴が入っていた。
「エイシックス ウィンワーク ハイカット BO オンライン限定ブラウン!」
「何を言っておるのかわからん……魔法の詠唱か何かか?」
「靴造りにおいて頂点に君臨するメーカーの、技術の結晶です。俺が『現場』で命を預けている作業靴ですよ」
「ほうアキラ君が惚れ込んだ品か……見事な革の継ぎ目だ。この布の織り、そしてこの精密すぎる縫製、何だこれは!」
「防水・透湿性に優れ、内部の蒸れを許さない。さらに、ここにはまだ存在しない『インソール』が内蔵されています。足裏のアーチを完璧に支え、荷重を分散させる。ジンさん、まずは履いてみてください」
アキラは半ば強引に、ジンの古びた革靴を剥ぎ取った。 使い込まれ、持ち主の足に馴染んではいるが、エイシックスと比べればそれはただの”革の袋”に過ぎない。
(片足だけと思ったけど、あっさり脱げたな……このまま両足脱がせてしまおう)
両足裸足になったジン。
アキラはエイシックスの心臓部、BOダイヤルを力強く引き上げた。
――パキッ。
小気味よい音と共に、シューズの締め付けが瞬時に開放される。
「靴が、一瞬で広がった……!?」
「紐が伸びたのか? どんな魔法じゃ!」
「ダイヤル一つで、履き口を自在にコントロールできるんです」
「素晴らしい……だが仕組みがわからん」
「調整できる靴じゃと?」
アキラはエイシックス作業靴を床に置き、ジンの前に置いた。
「ジンさん身長は俺より高いけど、思った通り足のサイズが同じくらいですね。ちょうどよかった!」
(昔の人は足が小さかったって聞いたことがある、本当だったんだ)
「これ……履いていいのか?」
「どうぞ、ジンさんへのプレゼントです!」
「いいのか……じゃあ、履いてみる……か」
ジンが恐る恐る、未知の『器』へと足を滑り込ませる。右足、そして左足。
両足の裏がインソールについたその瞬間、彼の表情が凍りついた。
「な……なんだ、この感触は……っ!足の輪郭に吸い付くようだ。こんな靴が、この世にあってたまるか……!」
「いろいろな素材と技術で出来てますからね……」
羨望の眼差しを送るグランを余所に、ジンは両足をエイシックスに預け、ゆっくりと立ち上がった。
「くっ……柔らかい! なぜだ、なぜ底が撓う!?」
「インソールが足裏を迎え入れ、踵に仕込まれた『特殊ゲル』が衝撃を無力化する。工学の粋を集めた緩衝機構ですよ」
「アキラ君、一体どこでこれを……君が鍛え上げたのか?」
ジンの膝が、武者震いのように小刻みに震えている。
初めて履く靴の感触は確かにそうだろう。技術の結晶ともいえるその靴は、たしかにアキラも愛用している理由が随所にある。
「さぁ仕上げです。このダイヤルを、回します……」
カチ、カチ、カチカチカチッ――
静寂な工房に、精密なギアが噛み合う音が響く。
極細のワイヤーが、ジンの足甲を均等な圧力で包囲し、完璧な一体感を生み出していく。
「おぅ、おおおおおぅっ……!!」
「ジン!どうしたんじゃ!!」
「……だめだ。これは、だめだっ……!」
「なにが駄目なんじゃ、おい!」
「……至高だ。神の御手に、抱かれているようだ……」
剣聖『白銀』の異名を持つ男ジン・ベイネイ。あまりの快感に恍惚とした表情を浮かべ、醜態を晒している。
BOシステムがもたらす未体験の包容力。そして、しなやかさと剛性を兼ね備えたソールの反発力に、彼は完膚なきまでに圧倒されていた。
「これはダメだ、靴が気持ちいいなど……こんなことが……」
「アキラ、わしにもないのかこのエイシックスとかいうのは!」
工具にしか興味がなかったグランもジンの反応を見て興味津々。
「ジンさん、ぜひ歩いてみてください!」
「……おう……」
ジンは震える膝を手で押さえつけ、工房の中を歩き始めた。靴が軽すぎるのか、足の運びが高くておかしい。
「軽い!と、とにかく軽い!革靴とは比べ物にならん……」
「履き心地はどうですか?」
「これなら山だろうが谷だろうがどこへでもいけるぞ。足裏の感触が確かにあるのにまったく痛くない。それなのに硬くて柔らかいんだ!足裏がまったく痛くない!どんな魔術だこれは!」
「靴は時代に合わせて大きく進化しましたからね……この世界の様子だと中世辺りから一気に現代。そりゃ驚くか」
「細かいことはわからないが、とにかく奇跡だ、このエイシックスというやつは」
「のう、アキラ……わしのはないのか?」
グランも相当欲しがっている顔に見える。
「ジンさん。星鉄会まではその上にサバトンを装着して靴の正体隠してください。重りとしてトレーニングにもなるでしょう」
「わ、わかった……そうしよう」
わかったのかわかっていないのか、生返事のまま不思議そうに嬉しそうに工房の中を歩き回っている。
「そして本番までは外ではなく兵舎のなかで訓練してください。本番と同じ石の床に慣れておくべきです、このエイシックスで」
「そういうことか。初めての靴だしな。本番と同じ石の床の上で慣れておくべきだな」
「繰り返しになりますけど、くれぐれもサバトンで隠しておいてくださいよ!もしエイシックスが見つかって大事になったら返してもらいますからね」
「な、なんだと!返す?……くれたのではないのか!」
「ジンさん、相当気に入ってるようですけどエイシックスは一点ものなんですよ。この世界には存在しない……」
「アキラ!」
人差し指を口元で立ててシーと合図するグラン。だがもう手遅れだった。
「……この世界には無い……それはどういう?」
ジンの足が止まる。
「この靴はこの世界の物ではないのか、では一体……」
考え込むジン。それを見守るグランとアキラ。やがて何か答えを得たかのようにジンがポンと手を叩く。
「そうか、天からの贈り物か!」
「そ、そうじゃ……この奇跡の品は天からの授けものじゃ」
「おお、神よ!」
グランが目配せする。
(ジンが信心深くて良かったのう)
(剣聖ってすこし天然なんですかね)
アキラが元いた世界、現代のエイシックス作業靴。
そして刀身を短くし、重心を手元に近づける今年の受け身仕様の木剣。
グラン工房発の2つの武器が古き剣聖 白銀を後押しする。




